ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

大統領の専制化:選挙関連2法署名拒否

ヤダブ大統領(コングレス党)が,バブラム内閣提出の制憲議会選挙関連2法への署名・公布を拒否した(Republica, 18 Aug)。根拠は,暫定憲法第88条(1)。

暫定憲法第88条 (1)立法議会開会中を除き,大統領は,緊急対応が必要と考える場合は,この憲法の諸規定に反しない限りにおいて,内閣の助言に基づき,必要な法令(ordinance)を公布することができる。

あれあれ?! 憲法では、大統領は内閣の助言に基づき行為するはずなのに,ヤダブ大統領は,その憲法規定を根拠として,バブラム内閣提出の法律(ordinance)への署名を拒否した。議院内閣制において,そんなことがあり得るのか?

ヤダブ大統領の署名拒否理由は,11月22日予定の制憲議会選挙は事実上困難であり,また諸政党の合意もなく,大統領として「satisfy」できないから。つまり,署名・公布の諸条件が整っていないということだろう。

しかし,バブラム首相は,第88条(1)に定める「助言」をしたのであり,にもかかわらず大統領はそれに「満足」しないという。いったい,これはどういうことか? ヤダブ大統領にそのような権限があるのだろうか?

これは,日本の天皇に置き換えてみるとよく分かる。もし天皇が,内閣の「助言と承認」に満足(satisfy)せず,法律への署名・押印(御名御璽)を拒否したら,どうなるか? もし天皇がそんなことをしたら,日本の国制は根底から転覆する。天皇には,内閣の「助言と承認」に反する自由はない。何を助言されようが,たとえ天皇制廃止法であれ,機械的に署名・押印するのみだ。

ネパール大統領は日本天皇とは異なり,相当程度の政治的権限を認められている。しかし,法令署名・公布権(88条)をはじめ,非常事態権限(143条),国軍指揮権(144条),憲法施行障害除去権(158条)など,実質的な国政に関することについてはすべて「内閣の助言に基づき」権限を行使することが明記されている。それにもかかわらず,内閣の助言を無視し,選挙関連2法への署名を拒否するとは,いったい全体,この国の法治主義はどうなっているのだろう。リーガルマインドはあるのか?

このように大統領が内閣の助言を無視して行動し始めると,それは国王専制よりもはるかに危険な事態になる恐れがある。王制は歴史的に成熟した制度であり,国王には「伝統」の枠があるのに対し,大統領には,現実の力関係を別にすれば,法以外にその手を縛るものはない。その大統領が,もし法を無視し権力行使を始めたら,歯止めがきかなくなってしまう。

すでにヤダブ大統領は,制憲議会選挙には全国民的合意が必要であり,バブラム首相には選挙実施は不可能だ,と発言した。あるいは,統一共産党のオーリ元副首相によれば,ヤダブ大統領はすでにバブラム首相を暫定(caretaker)首相と認定しており,したがって大統領はバブラム首相を罷免できるし,また罷免すべきであるという。

首相(内閣)の助言に基づき行為するはずの大統領が,「満足(satisfy)」できないという理由で,首相を罷免する。そんなことがあってよいのだろうか? もし天皇が,「あいつは気にくわない」といって,野田首相を罷免したら,いったいどうなるのか?

こうしたヤダブ大統領の専制化に対し,マオイストは猛反発している。ディベンドラ・ポウデル首相顧問は,「大統領には署名・公布以外の選択肢はない」のであり,署名拒否は反民主的・反憲法的だと述べ,大統領を非難した。プラチャンダ議長も,署名拒否は混乱をもたらすと述べ,大統領を厳しく批判した。

選挙関連2法をいま成立させることが政治的に賢明か否かは,どちらとも言いがたい。しかし,それは政治判断であり,儀式的大統領の仕事ではない。コングレス党や統一共産党は,大統領の違憲の政治的利用をやめるべきだ。もし選挙関連2法を違憲と考えるのなら,政治闘争により阻止するか,もしくは最高裁に訴え阻止する努力をすべきである。それが法治主義であり,憲政の常道だ。

* Republica,18 Aug; nepalnews.com, 18 Aug; ekantipur, 18-19 Aug; Hindustan Times, 18 Aug.

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/08/20 @ 10:33