ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

既成政党からのジャナジャーティ離脱

ジャナジャーティ(少数派民族,先住民族)の既成政党からの離脱が始まった。

ネパールは文字通りの「多民族」国家であり,圧倒的多数派のカーストや民族は存在しない。「バフン」と「チェトリ」を相対的多数派の上位支配カーストとすれば,他は全部,少数派カースト/民族,つまりジャナジャーティということになってしまう。

しかも,最近では,バフンやチェトリの中からも,自分たちはネパールの諸民族の一つであり,割当制度などにおいて,他のカースト/民族と同等の扱いを受けるべきだという主張が出始めている。

というわけで,「ジャナジャーティ」といっても必ずしも概念的にはっきりしないが,以下では,一応,伝統的支配カースト/民族以外の様々な社会諸集団と考えることにする。

ネパールのカースト/民族(2001)
   チェトリ(15.8%)
  バフン(12.7%)
  マガール(7.1%)
  タルー(6.8%)
  タマン(5.6%)
  ネワール(5.5%)
  ムスリム(4.3%)
  カミ(3.9%)
  ヤダブ(3.9%)
  ライ(2.8%)
  グルン(2.4%)
  他はすべて2%未満

1.三大政党からの離脱
(1)統一共産党-Mからの離脱
統一共産党-M(UCPN-M)からのバイダ派離党については,すでに紹介した。
 ▼マオイスト分裂へ  マオイスト新党CPN-M,発足  

(2)コングレス党からの離脱
10月3日,クマール・ライら約30人が,コングレス党(NC)からの離脱を宣言した。彼らによると,スシル・コイララ党首は,民主的・立憲的な方法で被抑圧諸集団の権利を実現すると約束したが,実際には,口先だけで,彼らの権利を保障するはずの新憲法の制定にも失敗した。

NCでは,連邦制に関するタマン委員会も,「民族」による州区分や州命名は民族紛争を引き起こすので,単一アイデンティティ州は認められない,という答申を出している。

このように,NCは彼らジャナジャーティへの理解がなく,したがって,もはやNCにとどまることはできない――これが,クマール・ライらの離党理由である(Republica, 4 Oct)。

(3)共産党-UMLからの離党
クマール・ライらのNC離党宣言の翌日(10月4日),アショカ・ライ副党首ら約550人が,共産党-UML(CPN-UML)からの離党宣言を出した。ライはこう言っている。「私のアイデンティティや私の帰属集団を認めないような党に留まりたいとは思わない」(nepalnews.com, 4 Oct)。

また,ラジェンドラ・シュレスタによれば,「UML中央委員115人のうち66人がブラーマン」であり,「党指導部は一握りのブラーマンにより独占されている」(Republica,5 Oct)。

そこで,彼らジャナジャーティは,離党し新党を作る予定だが,その新党は,A.ライによれば「すべての民族集団・宗教集団・言語集団の平等」を認めるものであり,またラジェンドラ・シュレスタによれば「各集団には人口比に応じた集団代表を保障する」ものである(Republica, 5 Oct)。連邦制については,彼らは,単一アイデンティティ州を要求している。

2.既成政党vsジャナジャーティ
このような三大既成政党からのジャナジャーティ離党は,ネパール政治が新しい段階に入り始めたことの明らかな兆候の一つである。

NC,UMLは言うに及ばず,UCPN-M(旧マオイスト)も,プラチャンダ(プスパカマル・ダハール)党首とバブラム・バッタライ副党首(首相)がともにブラーマンであるように,上位カースト支配である。彼らは,1990年体制下で,下位カースト/ジャナジャーティの権利要求を利用して勢力を拡大し,ついには王制を打倒した。

しかし,こうして勝利した彼らにとって,もはや下位カーストやジャナジャーティは不要であり,したがって彼らの権利要求は聞き置くだけで,実際にはその実現には真剣に取り組むことをせず,包摂参加を実現するはずの新憲法の制定も先送りしてしまった。

こうした既成政党の在り方に対し真っ先に異議を唱えたのは,皮肉なことに,あるいは当然ながら,党幹部に最大限利用されてきたUCPN-M内のジャナジャーティである。彼らはUCPN-M(旧マオイスト)を離脱し,CPN-M(新マオイスト)を設立,単一民族アイデンティティ州による連邦制の樹立を旗印に,合法的あるいは非合法的手段をもちいて既成三大政党の打倒を目指すことを宣言したのである。

次に離党宣言をしたのは,NC内のジャナジャーティである。NCは「国家」主権ないし「国民」主権の立場をとり,単一アイデンティティ州はいうまでもなく,連邦制そのものについても消極的であった。NC内のジャナジャーティが不満を募らせ,離党へ動いたのは,当然といえよう。

最後に離党したのは,UML内のジャナジャーティである。UMLは,NCとUCPN-Mの中間に位置し,連邦制に賛成するものの,単一アイデンティティ州については揺れ動いていた。日和見政党といってよい。

そのため,UML内ジャナジャーティも党幹部への期待と失望の間を揺れていたが,バイダ派マオイストやNC内ジャナジャーティの離党を見て,結局は,UML離党を決めたのである。

今後の展開はまだ分からないが,このまま進行するなら,NC,UML,UCPN-Mが新たな体制派となり,これにジャナジャーティ諸派が対立,合法・非合法の反体制運動を展開する,ということになりそうである。

3.国家主権争奪から国家主権否定へ
この数十年のネパール政治は,正統な国家主権の争奪闘争であったといってもよい。王党派は,ヒンドゥー教により国家を聖別し,神の化身としての国王による国家統治を正統化した。国王は国家であり人民であった。

1990年革命成功により,王政の正統性は否定され,選挙が議会に正統性を付与した。議会は実際には上位カースト寡占であったが,選挙の洗礼により議会多数派政党が国民を代表するものとして国家を統治することができた。

このように,これまでは,国王にせよNC,UML,UCPN-Mにせよ,立場は異なっても,正統な国家主権の存在は認め,その掌握をめぐって激しく争ってきたといってよい。

ところが,いま新たな対抗勢力となりつつあるジャナジャーティは,すくなくともその核心的主張においては,そのような普遍的国家主権の正統性は認めない。

各民族,各ジャーティは,アイデンティティ集団としてそれぞれ主権を持ち,たとえ国家の枠を認めるにせよ,それは便宜的なものであり,主権的アイデンティティ集団の単なる集合体にすぎない。

こうしたジャナジャーティの主張は,従来の正統的国家主権の掌握をめぐる闘争とは本質的に異なる。その意味で,ジャナジャーティの闘争は極めてラディカルであり,もしこの闘争がこのまま拡大し本格的な民族紛争となれば,外国の介入も不可避であり,ネパールにとっては10年間のマオイスト紛争よりもはるかに深刻な事態となるかもしれない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/10/11 @ 23:34