ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

チョバールの丘*:古き良き農村

昨日は面白かった。むろん無責任な外人観光客の勝手な感傷に過ぎないが、事実、私自身、一観光客にすぎないのだから許されるだろう。世間で、文化人類学者は先住民族を調査し、見たいことをみ、聞きたいことを聞き、得意満面で「発見」を発表する、と揶揄されるのと、五十歩百歩だ。

●チョバールの丘
キルティプールから徒歩で30分くらいのところに、同じくらいの高さの小さな丘がある。「チョバールの丘*」とでも呼ぶのだろうか。昼食後、ちょっと散歩のつもりで出かけたら、これがなかなか面白い。結局、夕方まで遊びほうけてしまった。

[*訂正]当初「チャンパデビの丘とでも呼ぶのだろうか」と書いたが、この丘は「チョバール丘」とのころ。観光地図では「Chobhar」。在住邦人の方に教えていただいた。多謝。

1.ヒマラヤ絶景
この時期、キルティプールの丘からも、連日、ヒマラヤがよく見える。朝は、目覚めると、ベッドの上からヒマラヤ連山を拝し、夕は、ヒマラヤの日没を眺めながら夕食をとる。贅沢この上ない毎日だ。

ところが、チョバールの丘に登ると、ほんのわずかの距離なのに、ヒマラヤが何倍もの迫力で迫ってくる。信じられない。

たしかに登山では、峠を一つ越えると、景色が一変することはある。しかし、ここからヒマラヤ連山ははるか遠い。それなのに、ほんのわずか移動しただけで、こんなに見え方が変わる。驚き、いたく感動した。

この写真は、安物のカメラで適当に撮ったものだが、それでもヒマラヤの迫力は十分に感じ取れるだろう。写真は400ピクセル程度に縮小してある(以下同様)。


 ■ランタン(チョバールの丘より)

2.花盛り
チョバールの丘は、11月だというのに花盛り。ブーゲンビリア、マリーゴールド、ラルパテ、カンナ(のような花)、その他、名も知らぬ花々が咲き乱れている。そして、特記すべきは、菜の花(からし菜かもしれない)。

菜の花は、私の古き良き少年時代、あの夢のように幸せだった頃の原風景である。菜の花畑をみると、つい涙しそうになるほどだ。

その菜の花が、11月だというのに、チョバールの丘では、畑一面に咲いているではないか! 古き良き時代の、春霞のわが村の風景とそっくりだ。その歓喜は、安物カメラでは到底表現しきれないが、それでも一部は感じ取っていただけるだろう。

 ■菜の花畑、遠景はガネシュ

3.美しい民家
ヒマラヤと花々に自然にとけ込んでいるのが、伝統的な造りの民家。キルティプールの丘の民家も古いものが多いが、密集していて、どちらかというと中世小都市の趣がある。

ところが、チョバールの丘の家々は、適度に離れていて、村の趣が強い。しかも、古いにもかかわらず、手入れが行き届き、美しい家が多い。これには感心した。

■丘の中腹の民家


 ■丘の麓の民家

 

4.素朴な村人
都市からの観光客は、素朴な農民を期待するが、チョバールの丘には、そのような感じの村人が多い。キルティプールの丘の人々は、ちょっと小難しい感じの人が多いが、同じネワールのはずなのに、こちらの人々はたいへん愛想がよい。

都市的な造りのキルティプールと村的な造りのチョバールの、居住環境の違いからくるものだろうか? 文化人類学者になって、この思い込みを、村人たちからの聞き取り調査で「実証」してみると、面白いかもしれない。
 [補足]チョバールの丘は畑が多く、外部からバフン、チェットリ、タマンなど様々な人が移住してきている。相対的に民族/ジャーティが多いことも、開放的と感じる理由かもしれない。

 ■通路で籾干し(テャンパデビ)

5.愛想のよいマオイスト
チョバールの丘を歩いていると、愛想のよい中年男性が、日本から来たのかと話しかけてきて、あれが自分の家だ、寄っていかないか、と誘われた。見ると、その家は古い造りだが、よく手入れされていて、ちょっと見物したくなった。

そこで、言葉に甘えて、家の軒先に座り(古い民家の軒先には腰掛けて話す場所が作られている)、話を聞いた。

すると、驚いたことに、彼はマオイスト中央委員会委員で、バグルン出身。数年前、この家を買い、ここからカトマンズ市内に通い、党活動をしているとのこと。もちろん、ネワールではない。

私がよほどマオイスト好きと見えたのか、彼は、プラチャンダ議長やバブラム・バタライ首相のことをあれこれ話してくれた。また、彼自身についても、バグルンやカトマンズで幾度も逮捕され、拷問されたことなど、詳しく話してくれた。

しかし、感心なことに、そんな厳しい闘争を経験したにもかかわらず、彼には陰のようなものは全くなく、快活な明るい人物であった。マオイストのことが知りたかったらいつでも訪ねてくれ、と言ってくれたので、メールで連絡することにし、彼の家をあとにした。マオイストですら、この丘では、愛想よくなるらしい。

6.変化の兆し
無責任な外人観光客としては残念なことだが、そのチョバールの丘にも、邪悪な近現代文明の波が押し寄せてきている。

諸悪の根源は、車とテレビ。寺院のある丘の頂上まで道ができ、車やバイクが登ってくる。村人が、下の水田で収穫した米やジャガイモを袋に入れ背負って急坂を喘ぎ喘ぎ運び上げているのに、それを蹴散らし成金都会人が車やバイクで排ガスを吐きつつ駈けのぼる。この不条理、罰当たり!

また、TV。西洋やインドの俗悪番組が、村の神聖な寺院のそばでも見られている。子供たちから急激に俗物化し、伝統文化は失われていくだろう。

繰り返すが、以上はもちろん「素朴な農民」を期待する外人観光客の勝手な願望である。私自身、日本三大秘境の一つの出身だから、よそ者の勝手な「思い込み」や好奇心が村住民の感情をいたく傷つけることは、よくわかっている。

が、それはたしかにそうだが、私もここでは外人観光客の一人に過ぎないから、どうしても「古き良きネパール」を期待してしまう。どうしようもない。

せめて、できるだけ謙虚に振る舞い、よそ者として嫌われないよう努力する以外に方法はあるまい。因果なものだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/08 @ 15:03