ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

農業現代化と動植物の権利

11月9日、奇跡の家を見学したついでに、キルティプールの南西の山麓を散策すると、農業の現代化(近代化)が急速に進行していることに驚いた。

これはトマトのビニールハウス栽培。他に、キャベツ、花などもハウス栽培。日本以上にぎっしり密集して植えている。

これは鶏舎。こちらも驚くほど多くの鶏を詰め込み、飼育している。
 

これは豚舎。やはり過密だ。

ネパールといえば、かつては自然粗放農業。米や野菜は雑草と競争しつつ共生していたし、鶏は庭先や畑を勝手に走り回り、卵を産み、そして肉となっていた。豚も、ビシュヌマティ川の川岸などで放牧されていた。いずれも生産性は低く、農民の生活が苦しかったことは容易に想像がつく。

ところが、写真に見るように、ネパールはその前近代的自然農法から一足飛びに現代的な高度集約農法に大飛躍。大丈夫だろうか?

農業専門家ではなく調査もしていないので推測にすぎないが、野菜にせよ鶏や豚にせよ、ビニールハウスや鶏舎・畜舎にこんなに詰め込めば、化学肥料・人工飼料に頼らざるをえないだろうし、殺虫剤・殺菌剤も欠かせないだろう。抗生物質やホルモン剤も使用されているかもしれない。

動物や植物にも、自然に生き、自由に育つ「権利」があるはずだ。たしかリンボウ先生の本に出ていたと思うが、イギリスでは豚にも自由と独立を認め、清潔な一戸建て豚舎をそれぞれの豚家族に割り当てているそうだ。

西洋の動物愛護団体は、動物の権利を理由に、水牛や山羊や鶏などの供犠に猛反対しているが、神の前で聖別され首を切り落とされるのと、鶏舎や豚舎に閉じこめられ、抗生物質入り人工飼料や殺菌剤まみれで飼育され、食肉工場で機械的に殺されていくのと、どちらがより残酷かは言うまでもあるまい。動物愛護団体の動物供犠反対の偽善は、惨めなまでに浅薄であり、愚劣だ。

ここで大切なことは、動植物の権利を守ることは、人間の権利を守ることでもある、ということだ。権利を奪われた不健康な動植物を食べると、当然、人間の健康も保たれない。日本の農村では、化学肥料・農薬まみれの作物は出荷用、自然農法作物は自宅用と、区別して作られている。これは、田舎の常識だ。

ただ、日本や先進諸国の場合、農薬規制がある程度きいており、短期的な被害は目立たない。しかし、ネパールの場合、そのような規制はあまり期待できない。だからこそ、ネパールでは、ヒステリックな偽善的動物供犠反対ではなく、動植物の自然な権利の擁護が、先進国以上に強く主張されなければならないのである。

郊外を散策していると、近代以前から近代以後への近代抜き飛躍が、とんでもない無理を引き起こしていることを、いたるところで目にすることができる。
 

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/16 @ 23:35