ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for 12月 2012

2012 in review

ワードプレスはなかなか親切だ。こんなレポートをつくり、送ってくれた。ご覧ください。—-谷川

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WordPress.com 統計チームは、2012年のあなたのブログの年間まとめレポートを用意しました。

概要はこちらです。

Jay-Z のコンサートで NY のバークレイズ・センターには19,000人が訪れました。2012年にこのブログは約76,000回表示されました。バークレイズ・センターのコンサートだとすると、ソールドアウトのイベントが4回分の計算になります。

レポートをすべて見るにはクリックしてください。

Written by Tanigawa

2012/12/31 at 10:25

カテゴリー: ネパール, 情報 IT

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Anand Aditya ed., Civil Society-State Interface in Nepal

11月末、本書の出版披露の会に招かれたが、風邪気味のため欠席してしまった。日本語ではあるが、ここで紹介し、ご招待のお礼に代えたい。

▼Anand Aditya ed., The Civil Society-State Interface in Nepal: Renegotiating the Role between the Private and the Political,Sanepa, Nepal: Pragya Foundation and Friedrich Ebert Foundation, 2011.

FOREWORD
PREFACE
FROM SUBJECTS TO CITIZENS: Civic Transformation in a Captive State –Anand Aditya
THE ENLIGHTENMENT TRADITION OF NEPAL: Can the Civil Society Grasp It? — Dev Raj Dahal
ROLE OF CIVIL SOCIETY IN THE PEACE PROCESS IN NEPAL — Anjoo Sharan Upadhyaya and Hemraj Subedee
THE CIVIL SOCIETY-STATE INTERFACE — C. D. Bhatta
PEACE POLITICS AND CIVIL SOCIETY IN NEPAL: The Space to Mediate the Fault-Lines — Tika P. Dhaka!
MULTI-TRACK APPROACHES TO PEACEBUILDING IN NEPAL: Public Morality as an Issue in the Future Civil State — Tone Bleie
CHALLENGES OF CITIZENSHIP BUILDING IN NEPAL — Yubaraj Ghimire, journalist
CHALLENGES TO TRANSITIONAL JUSTICE IN NEPAL: The Role of Civil Society — Julius Engel
REIEECTIONS ON CIVIL SOCIETY — Shambhu Ram Simkhada
RESULTS OF OPINION POLL ON CIVIL SOCIETY IN NEPAL: 2011 — Pramod R. Mishra

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ネパールでは、王制→立憲君主制(1990-2007)→民主共和制(2007-)という体制移行が20年余の短期間に行われたため、民主共和制の基盤となるはずの市民社会の形成がそれについて行けなかった。

この事態を憂慮したのが西洋諸国の援助関係者である。彼らはネパール側に強く働きかけ、様々な援助やセミナーを通して市民社会(Civil Society)を育成しようとした。

その結果、たとえば市民社会の中心となるNGO(非政府組織)は、本書によれば、下図のように激増した。これは1999年までの統計だが、その後もNGOは増加しており、いまやネパールは世界有数のNGO大国といってもよいであろう。

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 ■ネパールの公認NGO数(8頁)

しかし、問題がないわけではない。市民社会は、編者アディチャによれば、「公的(public)」なものであり、「市民個々人の私的領域と政府の政治的領域の間のギャップを架橋すること」(序文)を任務としている。換言すれば、それは、私的・個人的でもなく、政治的・国家的でもないものである。

問題はここにある。1990年民主革命以前のネパールは、まだ近代以前であり、そこには明確な私的領域も明確な政治的領域もなかった。それは公私未分化の封建社会といってよいだろう。この社会は、公私未分化であるから、その限りでは、一見「市民社会」のようでもある。

したがって、もしそうであるならば、この公私未分化の伝統的社会関係を「市民社会」の中に滑り込ませることもできるのではないか? あるいは、換言するなら、西洋諸国の現代の市民社会論は近代市民革命を経て成立したものだが、それを棚上げし、ネパールに現代市民社会論をそのまま持ち込むと、それは、前近代的なネパールの人間関係や社会関係に「市民社会」という新しい衣を着せ、それらを温存することになるのではないか? 

先述のように、ネパールはNGO天国であり、おびただしい数のNGO、PPT(Public Private Partnership)、Cooperativeなどがあるが、運営の実態をみると、多くが前近代的なものといわざるをえない。ネパールの市民社会論は、西洋諸国の市民社会論者が何を言おうとも、まずはこの自らの組織の現実を直視することから始めるべきであろう。

この観点から見ると、本書の議論もやや物足りないが、それでもいくつか注目すべき議論は現れ始めている。たとえば、Tone Bleieはこう述べている。

「個人の権利と集団の権利のバランスが大切である。」(158頁)
「内面化された個人の良心こそが公的道徳を育成する。」(161頁)
「近代以前にはカーストが社会集団とアイデンティティの基礎であったが、これがいま、原初的民族アイデンティティや民族ナショナリズム・アイデンティティに置き換えられつつある。」(166頁)

つまり、前近代的カーストを既存の民族や他の社会集団によって置き換えてみても、何ら問題の解決にはならないということである。

ネパールには、公式統計によれば、カースト/ジャーティが100以上ある。それぞれが多かれ少なかれ独自のアイデンティティを持つ社会集団である。そうした状況の下で、もし個人の主体性、個人の内面化された独立の良心、個人の固有の権利といったものが棚上げされ、個人と国家の中間の「公的領域」とか「市民社会」を主張すれば、既存のカースト/ジャーティなどがNGO、PPT、Cooperativeなどといったものに衣替えし、実態はあまり変わらないまま存続するであろうことは明白である。

ネパールの市民社会論は、近代市民革命の理念を軽々と飛び越え「超克」するのではなく、そこに愚直に立ち返り十分に「内面化」した上で、それを基礎に自らを再構築していくべきであろう。迂遠かもしれないが、市民社会の成熟にはそれしか道はあるまい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/28 at 21:07

カテゴリー: 政治,

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紹介『東電OL事件:DNAが暴いた闇』

本書は、東電OL殺害事件の再審開始に大きな役割を果たした読売新聞スクープの取材ドキュメント。

取材は、読売新聞東京本社取材班が中心になって取り組み、真犯人が別にいる可能性を示すDNA鑑定結果が出たことをいち早くつかみ、2011年7月21日付朝刊で特報した。取材班は、その後も裏付け取材・報道を継続し、再審開始決定にジャーナリズムとして大きく貢献した。

この一連の記事は高く評価され、2012年度新聞協会賞が授与された。

この事件は、売買春に絡むものであり、一般の人々には、有罪はおかしいと感じていても、具体的には議論しづらいものであった。そうした中、「支える会」・弁護団・ジャーナリズムが、それぞれの立場から勇気と忍耐をもって真相の解明に努力され、ゴビンダ氏の無実を明らかにされたことは、高く評価されるであろう。

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■読売新聞社会部『東電OL事件:DNAが暴いた闇』中央公論社、2012年、1400円

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/26 at 21:34

カテゴリー:

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クリスマスと墓地問題

1.ユニセフのキリスト教支援
ネパールでは、世俗国家宣言後、クリスマスも国家祭日となり、キリスト教にとって状況は大きく好転した。たとえば、これはユニセフのフェイスブック。ネパールの子供たちに「クリスマスおめでとう!」と言わせ、世界に向け、ユニセフの権威をもってキリスト教を宣伝している。

121225a ■ユニセフ・フェイスブック(2012-12-25)

むろん、クリスマスはすでに「国家祭日」として公認され、また宗教行事と言うよりは習俗だから、ユニセフがネパールの子供たちに「メリークリスマス」と言わせても問題はない、という意見もあろう。

しかし、これは、英語は世界共通語だから英語を話して当然、という英語帝国主義と同じ論法である。こんな論理を認めると、世界共通語ではない言語は二流、三流言語となり、いずれ抹殺されてしまう。

同じことが、キリスト教についてもいえる。キリスト教は大宗教であり、世界中に普及しているから、ユニセフがネパールの(異教徒であろう)子供たちに「メリークリスマス」と言わせてもよいということになれば、他の少数派宗教はどうなるのか? ユニセフが、様々な小宗教の祭日に、同じことをするはずがない。ユニセフが世俗機関なら、特にネパールのような国では、無邪気な子供を利用して特定の宗教の宣伝をするようなことはすべきではない。

基本的人権は、子供にも少数派にも当然認められている。いや、守られなければならないのは、まさに彼らのような弱者の人権である。このユニセフ写真の子供の基本的人権は守られているのか? ネパールの他の宗教の人々の人権への配慮はなされているのか?

2.キリスト教墓地問題
クリスマスは、また懸案の墓地問題をも再浮上させた。(以下、参照:Anjali Subedi, “Christians don’t get secular-state feel,” Republica, Dec25)

キリスト教徒は、イエスの下での死後の復活を信じている。復活には身体も必要だから、遺体は墓地で保存されなければならない。キリスト教徒にとって、墓地は必要不可欠のものなのである。

旧体制の下では、キリスト教徒は、暗黙の了解の下に、たとえばパシュパティナートの森の墓地を利用してきた。ところが、「人民運動Ⅱ」以後のアイデンティティ政治の激化により、宗教アイデンティティの明確化が進み、パシュパティナートの利用はヒンドゥー教側に拒否された。

こうしてキリスト教墓地が、世俗国家ネパールの早急に解決すべき大問題となって急浮上した。キリスト教会側は、「全ネパール・キリスト教連盟(FNCN)」が中心となって政府と交渉し、この5月、「6項目合意」を取り付けた。「合意」によれば、政府は「キリスト教委員会」を設置し、クリスマス以外のキリスト教祭日(イースターなど)も「国家祭日」として公認し、墓地については墓地問題特別委員会を設置して問題解決に当たることになった。

「連盟」側の説明によれば、「合意」において政府はゴティケルに2000ロパニ(100ヘクタール)の墓地を用意する約束をした。そして、この2000ロパニについては、現地の住民もラリトプル郡当局もすでに同意している。ところが、政府の承認がないため、墓地はいまだに棚上げにされたままだという。

これに対し、墓地問題特別委員会によれば、政府は、すべての宗教共同体に対し墓地を分配することはできないが、それぞれの宗教共同体が墓地を購入することは認めるし、墓地使用の安全も保障するという。

「連盟」と政府との交渉の詳細は分からないが、ゴティケルにキリスト教墓地がまだ設置されていないのは事実である。ただ、国家と宗教共同体との関係から言えば、国家が直接墓地を宗教共同体に供与するよりも、特別委員会の勧告のような間接的な関与の方が望ましいことはいうまでもない。

121225b ■ゴティケル(google)

3.墓地闘争の強化
いずれにせよ、キリスト教墓地はまだ実現しておらず、「連盟」はクリスマス闘争に引き続き、墓地闘争を強化すると宣言している。

「連盟」によれば、この11月発表の2011年人口調査では、キリスト教徒は30万人とされているが、実際には、教会は8500あり、登録信者だけでも250万人にのぼる。事実とすれば、全国民の10%弱に相当する。すでに大勢力である。

こうした勢力拡大を背景に、キリスト教徒は、クリスマス・イブにカトマンズでバイク行進を敢行した。そして、25日には、バブラム首相を招いてアカデミーホールでキリスト教大集会を開催する。

「われわれは、深夜までクリスマスを祝い、主イエス・キリストの全人類への愛と犠牲を広く宣べ伝えていきたい。」(FNCNカボ副会長)

「全ネパール・キリスト教連盟」は、クリスマス後、墓地問題をはじめとする諸要求の実現のため、抗議活動をさらに強化していくという。

4.政教分離のあり方
キリスト教は、ネパール社会では少数派であり、行使が認められるべき自由や権利を国家に対して要求するのは当然である。しかし、その一方、他の少数派とは異なり、ネパールのキリスト教徒の背後には圧倒的に強大な世界のキリスト教社会が控えている。

ユニセフですら、キリスト教を応援している。他の宗教が、同等の支援をユニセフに求めても、はなから相手にされないであろう。キリスト教は、世界社会ではそのような特権的な位置にいる。

このことは、ネパールのキリスト教会もよくよく考えて、行動すべきだろう。たとえば、墓地を政府に要求し造らせるのは、欧米諸国民の応援もあり、たしかに手っ取り早いであろうが、これは政教一致であり、極めて危険である。ヒンドゥー教国家が認められないなら、キリスト教国家も認められるべきではない。迂遠かもしれないが、やはり政教分離の原則に則り運動し、宗教集団に当然認められるべき諸権利の実現を目指すべきであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/25 at 18:51

クリスマスと布教の自由問題

1.ネパールのクリスマス広告
ネパールのクリスマス広告は、一時よりは控え目となったが、それでも新聞には大きな広告が出ているし、ヒンドゥー教徒の友人からもクリスマスカードが多数送られてくる。キリスト教は、商売先行だが、着実に勢力を拡大しつつある。

121224a ■Republica, Dec24

 121224b ■YES KANTIPUR, Dec24

2.布教活動の活発化
アジアニュース(カトリック系)によると、今年は、ヒンドゥー原理主義者の脅はなく、被昇天大聖堂教会では、ヒンドゥー教徒も仏教徒も参加し、安心してクリスマスを祝うことができる。これは、クリスマスが国家祭日として公認されたことが大きいという。

“2006年のヒンドゥー王制崩壊後、政府は、観光促進のためクリスマスを国家祭日とした。これによりキリスト教徒は、聖像などを店内でも、教会や自宅の外でも飾ることができるようになった。現在、カトリック教徒は1万人。これは、2006年の世俗国家移行時よりも4千人の増加である。

宗教の自由が拡大したことにより、信仰を公にするカトリック教徒の数が増えた。教会は、クリスマス行事を行い、庭には十字架やツリーや花環を飾っている。もはや装甲車は必要ない。

このように表に出て活動できるようになったおかげで、多くの人がカトリックに関心を持ち始めた。カトマンズのある小さな教会では、クリスマス・ミサで24人が洗礼を受ける。ほとんどがヒンドゥー教徒だ。

大聖堂教区ロビン・ライ神父は、人類のためにイエスが生まれたことの本当の意味の証となるよう、信者に呼びかけた。「すべての人が信仰告白により信仰を強化し、キリストのお告げを全国にあまねく広げていってほしい。」

ネパールでは、近年、たいていはヒンドゥー過激派によるものだが、少数派宗教への攻撃が続き、殺害もあった。最悪の事件は、2009年5月23日のカトリック大聖堂攻撃であり、このときは2人が殺され、13人が負傷した。

2011年からは、保守諸政党の提案する改宗禁止法の施行もまた、議論されるようになった。しかしながら、この刑法改正への動きは、新憲法制定問題のため、いまのところは議会で止まっている。”(Asianews.it, 2012-12-20)

3.カトリックの柔軟さと強さ
カトリック教会は、形式主義でありながら、いや形式主義だからこそ、きわめて柔軟であり、それがプロテスタントにない強みとなっている。とにかく、利用できるものは何であれ、布教に利用する。

前掲記事では、「観光促進のためクリスマスを国家祭日とした」と皮肉・嫌味をいいながら、ちゃっかりそれを布教に利用している。キリスト教団体幹部のKB・ロカヤ氏は、クリスマスはヒンドゥー教徒のビジネス・チャンスになっていると皮肉りつつも、「その盛り上がりにより、少数派キリスト教徒の境遇は改善された」と歓迎している。

あるいは、アジアニューズの別の記事(12月10日)は、在ネパール国連人権担当官ロバート・パイパー氏がクリスマス慈善フェアに出席し開会を宣言したことを特筆し、「大部分の慈善用商品はキリスト教徒、ヒンドゥー教徒、仏教徒がつくったクリスマス関連商品であり」、フェアの成功はこれらの人々の「勝利」であると高く評価した。ここでもカトリック教会は、信仰の純粋さなど問題にせず、とにかく利用できるものは利用し、キリスト教受容の下地をつくり出すことに努力している。理屈のプロテスタントにはない、カトリックの幅の広さと強さである。

4.布教禁止規定の存続
先の記事にあるように、キリスト教にとって最大の法的障害は、憲法の改宗強制(布教)禁止規定である。これは世界最先端の超進歩的暫定憲法にも、以前の憲法からそのまま継承され、残っている。

「何人も、他の人を別の宗教に改宗させることはできない。」(第23条1)

これはもちろん改宗強制の禁止規定だが、布教は改宗勧誘に他ならず、容易にこの規定により禁止できる。そして、事実、この規定により布教は事実上禁止されるか、あるいは厳しく制限されてきた。

この改宗強制禁止規定が、西洋諸国の強い反対にもかかわらず、暫定憲法に残されたのは、まさに布教問題こそが、ネパールのヒンドゥー教社会の死命を制すると見られてきたからである。布教禁止規定の正否・善悪は別として、この状況認識そのものは、正確に問題の核心を突いていると言ってよいだろう。

現在、正式憲法の制定が焦眉の課題となり、そこでは連邦制に議論が集中しているが、ネパールの国家社会にとっては、それよりもむしろ、この布教禁止規定ををどうするかの方が、長期的には重要な問題だといっても決して言いすぎではあるまい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/24 at 17:43

シバ・セナ、リパブリカ社襲撃

ヒンドゥー原理主義「シバ・セナ・ネパール」のメンバー30~50人が、12月20日午後、スンダラのリパブリカ(ナガリク)事務所を襲撃、社員に暴力をふるい、編集室に放火しようとした。ビレンドラ元国王の家族財産不正問題に関する記事への不満が理由らしい。

警察が出動し、マダブ・プラサド・バンダリ書記長ら13人を逮捕、ハヌマンドカの拘置所に拘置した。

宗教紛争は難しく、先行き予断を許さない。大事にならなければよいが。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/20 at 21:21

カテゴリー: 宗教

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コケにされる大統領、天の声は印から

ヤダブ大統領が、諸党合意による首相候補の選出期限を12月22日(土)まで延期した。11月23日の初回から、これで延期4回目。まるでバナナのたたき売りだ。

ネパールの諸政党には、統治の当事者能力がない。王制の頃も、諸政党は同じようなことを繰り返した。仕方なく、国王が天の声を発し、首相を決めた。

ところが、民主化とともに国王の権威が衰弱すると、そっと耳打ちのような介入では効き目がなくなり、介入はあからさまな強権的なものになった。しかし、国王がやむなく強権的な介入をすると、当の諸政党はそしらぬ顔で責任転嫁し、国王専制を非難した。そして、結局は、王制を廃止し、めでたく「完全(絶対)民主制」を実現したのである。

この完全民主制は、完全だから、他に責任を転嫁することはできない。だが、責任をとれないのに責任を引き受けると、どうなるか? 2010-2011年には、諸政党は多数派を形成できず、首相選17回の堂々たる世界記録を達成した。今後100年は破られない、大記録だ。

政党政治の未熟は、いまも同じだが、以前とは状況がかなり変わってきた。以前は、まだ国連や国際社会がネパール民主化に熱意を持ち、あれこれ介入し、圧力をかけていた。ところが、もはや世界社会は、ネパール民主化へのかつてのような関心を失い、冷たく突き放すようになった。

天の声は、もはや国連からも世界社会からも降されない。そこで、結局は、もっとも頼りになる宗主国インドに、天の声を懇願せざるをえないことになったのである。

これは大統領の訪印を見れは明らかである。大統領は、諸党合意首相候補の提出期限を3回も無視され、面目丸つぶれ、権威は地に落ちた。大統領の言うことなど、どの政党もきかない。そこで、大統領は12月24日の訪印を決め、インドの権威を借りて、第4回目の候補提出期限を12月22日に定めたのである。もし22日までに首相候補を提出しなければ、訪印し天の声を聞いてくる、というわけだ。

ネパールは、民主主義の成熟以前に権威の源泉たる国王を廃止してしまったため、結局、それに代わる権威の源泉をインドに求めざるをえなくなった。ナショナリストを自慢しながら、訪米し天の声を聴く某国首相よりはましだが、それでもみっともないことに変わりはないだろう。

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 ■ヤダブ大統領(The Hindu)

[追加]印外相の口先介入(2012-12-22)
インドのクルシド外相が21日、ネパールの挙国一致政府形成問題について、口先介入した。外相は、ヤダブ大統領の努力を評価し、こう述べている(ekantipur, Dec22)。

「ネパール国家元首として、大統領は、すべての党を話し合いのテーブルに着かせるため、最善の努力をしている。」

「ニューデリーにできることは、挙国一致政府を形成し選挙を実施する努力を、精神的・道徳的に(morally)支援することだけだ。」

控え目な表現ながら、24日のヤダブ大統領訪印直前の口先介入であり、これだけでも十分効果がある。天の声は、やはりインド方面から降るのではないか? 大統領訪印後の展開が注目される。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/19 at 20:24