ネパール評論 Nepal Review

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転轍機を右に切り替えた朝日主筆

朝日新聞1月12日付朝刊は,若宮啓文主筆の文章を,1面左8段と13面全段全ページ(広告なし)に掲載している。1面タイトル:「『改憲』で刺激 避ける時」,13面タイトル:「私の見た政治の40年」。 1月16日退任を前にしての文章ということだが,いくら主筆とはいえ,「社会の公器」たる新聞紙面を,こんな「私事」に使用してよいのだろうか?

1.無内容な「私の見た政治の40年」
13面(オピニオン)には,全ページびっしりと,1970年以降の若宮主筆の「思い」が書き連ねてある。内容的には,この間の日本政治史のおさらいであり,通読には相当の忍耐が求められる。この程度のことであれば,ネットの方が,無料で,はるかに要領よく,詳しく解説してくれている。

2.曖昧社説による進路切り替え
問題は1面の文章。そもそも「『改憲』で刺激 避ける時」というタイトルが,意味不明。改憲問題について,若宮主筆はいったいどのような意見を持っているのか? こんな風に書かれている――

「憲法9条では自衛隊の説明がつきにくいことから,憲法のあり方が論じられてきたのは無理もない。・・・・9条を改めることがすべて危険だなどとは思わない。」

この曖昧な立場から,朝日新聞は2007年の「社説21」により,自衛隊違憲論から合法論へと社説を切り替えた。朝日は長きにわたり自衛隊違憲論を採り護憲世論をリードしてきた。産経や読売の改憲論とはわけが違う。朝日変説のインパクトは強烈であり,これにより護憲派は総崩れとなった。

3.無責任な変節
この朝日の変説は,正確には,むしろ「変節」である。状況が変化した場合,説を変えることがあるのは当然だ。この場合,変説の理由が合理的に説明されるなら,賛否は別にして,少なくとも説を変えたことそれ自体は理解できる。ところが,朝日の変説には合理的な説明はなく,したがってそれは許されざる「変節」である。

若宮主筆は,こう言い訳をしている――

「少々分かりにくさがあっても9条は変えず,自衛隊は軍隊としない方がよいと結論づけ,2007年5月3日に『社説21』をお届けした。・・・・自衛隊をきちんと位置づけるため,準憲法的な平和安全保障基本法の制定も唱えた。」

「分かりにくさ」とは,いったい何か? 国家の基本法たる憲法,しかも最も危険な「軍隊」の憲法規定について「分かりにくさ」を認めながら,その曖昧な憲法解釈に基づき「準憲法的な平和安全保障基本法」で自衛隊の合法化をはかる。若宮主筆は,「平和安全保障法」の合憲性について,あるいはより根源的には日本における「法の支配」について,どのように考えておられるのか? こんな曖昧な憲法解釈で「暴力装置」たる自衛隊がコントロールできると,本当に考えておられるのだろうか?

4.右に切り替えられた進路
「社説21」あるいは若宮主筆の議論は,護憲派にとっては致命的な打撃となった。これにより転轍機は右に切り替えられたが,まさに「少々分かりにくさ」があるがゆえに,護憲派にとっては批判しずらく,改憲派にとっては攻撃しやすかった。改憲派は朝日変説の不合理を攻撃しつつ,「変節」の実は巧みに,貪欲に,すくい取った。「社説21」以降,日本世論の進路は改憲へと切り替えられ,もはや逆転は少々のことでは望めそうにない状況となっている。

「改憲で刺激」をしたのは,産経や読売というよりはむしろ,「社説21」あるいは若宮主筆である。その反省なしに,刺激を「避ける時」とは,いったいどういうことなのか? お得意のマッチポンプではないのか?

5.「社説21」の撤回を
「私事」を語る暇があったら,「社説21」を撤回し,「改憲で刺激」の元凶を自ら取り除くべきである。そもそも憲法9条に「分かりにくさ」など,みじんもない。もし分からなければ,小学校に行き,虚心坦懐に生徒に教えを請うべきであろう。

【参照】
海外派兵を煽る朝日社説
良心的兵役拒否国家から地球貢献国家へ:朝日の変節
朝日社説の陸自スーダン派兵論

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/01/14 @ 11:22

カテゴリー: 平和, 憲法

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