ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

絞首刑を煽るインド民主主義:A.ロイ(8)

7.「社会の集合的良心」と状況証拠による死刑判決
(1)スケープゴートとしてのアフザル
2001年国会襲撃事件の容疑者4人のうち,「首謀者(mastermind)」のデリー大学講師ジーラーニは高裁で無罪となったにもかかわらず,アフザルは最高裁でも死刑判決を受け,2013年2月9日絞首刑が執行されてしまった。なぜだろうか?

アフザルは自身は,先述のように,対テロ戦争を叫ぶ権力により「スケープゴート」にされてしまったと考える。ロイも,同じ見方だ。ロイによれば,アフザルの絞首刑は,得体の知れない権力が操るマスコミによって煽られた人民の意思の要求であり,それは「世界最大の民主主義」の輝かしい勝利であった。

130312b ■絞首刑執行の報道(You Tube[NDTV,Feb.9, 2013])

(2)状況証拠による死刑判決
最高裁は,ジーラーニを無罪とした高裁判決を支持し,またアフザルの自白の信憑性についてもいくつか留保したにもかかわらず,国会襲撃をジェイシェ・ムハンマドとラシュカレ・タイバのテロ攻撃とする事件の基本構図は変えなかった。いや,おそらく変えられなかったのだろう。そのため,アフザル有罪を導き出すため,状況証拠に依存するという無理をあえて強行することになった。判決は,こう述べている。

「以上に詳細に述べた諸状況から,上訴人アフザルが死亡したテロリストたちと協力していたことは明白である。議事堂攻撃を実行するため彼らが行ったほぼすべてのことにおいて,アフザルは彼らに協力した。アフザルは,死亡したテロリストたち,特にムハンマドと密接に連絡を取っていた。アフザルは,襲撃そのものには参加しなかったが,悪魔的使命の遂行のため,あらゆることをした。ほとんどの陰謀がそうであるように,陰謀罪を構成する共謀の直接的証拠はないし,またあり得ないだろう。しかしながら,様々な状況を集め比較検証するならば,それらの状況が,アフザル被告と殺された『フェダイーン』テロリストたちとの共謀共犯を示していることに疑いの余地はない。諸状況は総体としてみられるべきであり,そう見るならば,アフザルが陰謀の当事者であり,陰謀の遂行のための様々な行為において積極的な役割を果たしたことに合理的な疑いを挟む余地はない,と判断される。….それゆえ,アフザルがこの重大な陰謀犯罪の共犯者であると断定するに必要十分な状況証拠がある,とわれわれは判断する。」(18 CASE OF MOHM. aFZAL (a1))

130312a ■自白会見(You Tube[ABP News,Dec.20,2001])

(3)メディアと「社会の集合的良心」
最高裁が,自白の信憑性を一部留保しつつも,状況証拠により死刑判決を下さざるをえなかったのは,おそらく判決の中で自ら引き合いに出した「社会の集合的良心(the collective conscience of the society)」のためであろう。

「この事件は,重大な被害をもたらし,全国を震撼させた。社会の集合的良心は,襲撃犯に死刑を科すことによってのみ満足させられるであろう。」

ここでいう「良心」は,形而上学的な倫理ではなく,実際には,マスコミのつくり出す「国民世論」である。要するに,アフザルを縛り首にしなければ,世間が納得しないということ。このつくられた世論を,ロイは,様々な視角から厳しく批判している。

「もし世論調査,読者投稿,そしてテレビ出演視聴者の声がインド世論を正しく反映しているとするなら,リンチ(私刑)を求める大衆が刻々増大していることになる。。インド市民の圧倒的多数が,この先数年間,毎日毎日,週末も含め,モハンマド・アフザルの縛り首をみたいと願っているかのようだ。」(Roy:ⅳ)

「あわれなことに,熱狂の只中で,アフザルは個人としての権利,一人の生きている人間としての権利を,剥奪されてしまったように見える。彼は,あらゆる人々の,すなわちナショナリスト,分離主義者,死刑廃止活動家らの道具となった。彼は,インド最大の極悪人とされ,またカシミールの偉大な英雄にもされたのである。」(Roy:ⅳ)

こうしてアフザルは縛り首にされてしまった。処刑の通知は,処刑後配達され,妻子はアフザルとの最後の面会すらできなかった。しかも,遺体は妻子に引き渡されず,ティハール刑務所敷地内に埋められたため,葬儀もできなかった。遺体を引き渡すと,カシミールで聖者扱いされ,葬儀が反政府活動の引き金になることを怖れたからである。

その一方,処刑後,テレビ局は「全インド反テロ戦線」議長や襲撃で殺された警備員の妻らを番組に出演させ,処刑を歓迎させた。ロイは,こう批判する。

「夫を撃ち殺した犯人らは,その場で,そのとき殺されたのだ,と誰も妻たちになぜ告げないのだろうか? 襲撃を計画したのが何者か,私たちにはまだ分からず,当然,彼らは法廷に一度も立たされてはいない。誰も,このことを彼女らになぜ告げないのだろう?」(Roy:ⅱ)

(4)インド民主主義の威厳と矮小
「これらすべてを考え合わせると,12月13日の議会襲撃についての奇妙で非情で邪悪きわまりない説明は,十二分に用心深く取り扱われなければならないであろう。それは,世界最大の『民主主義』が実際にはどのようなものなのかを,如実に示している。」(Roy:ⅳ)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/03/12 @ 18:40

カテゴリー: インド, 民主主義, 人権

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