ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

中印覇権競争とプラチャンダ外交(5)

7.プラチャンダの訪印
プラチャンダは,中国からの帰国1週間後,今度は訪印し,マンモハン・シン首相ら要人と会談した。中国優先や「3国協定」提案は不快なはずなのに,インドもやはりプラチャンダを招待した方が得策だと考えたのだ。

130511a ■シン首相Twitter

(1)印の民主化要求に応えたマオイスト
インドはこれまで,ことあるごとにネパールに介入してきた。P.ジャー(The Hindu, Apr30)によれば,2010年8月,シン首相は特使をカトマンズに送り,プラチャンダにこう伝えたという。

「強制力を持つ革命勢力のままでいるか,それとも多党制民主主義の規範に従う市民的政党となるか。選択せよ。」

そして,プラチャンダがヘトウダ党大会においてこの要求に従ったので,インドは彼の訪問を受け容れたのだという。

プラチャンダ訪印は,「ネパール・マオイストの党改革のニューデリーによる承認」であり,またインドが「ネパール政治の中心にいるダハールを敵視し続けるコストを重視した」ためでもあった(ekantipur, Apr25)。

KB.マハラもこう述べている。「インドの指導者や高官らは,先の党大会での決定を高く評価している。われわれへのインドの見方が好転したことを,はっきり感じることができる。」(ekantipur, Apr30)

Shyam Saran国家安全保障諮問委員会議長代行によれば,「ネパールは,移行を成功させるため,ダハールのような指導力と判断力を兼備した人物を必要としている。」(ekantipur, Apr30)

(2)3国協定の提案
プラチャンダは,シン首相との会談において,経済開発や制憲議会選挙への援助を要請した。そして,「ネパール=インド=中国3国協定(Nepal-India-China tripartite cooperation)」も提案した。インドとしては,不快なはずなのに,これも頭から拒否されることはなかった。

(3)訪印の「成功」
以上を根拠に,プラチャンダは,インドからも「高レベル政治委員会議長としてだけでなく,ネパール代表として,私は招待された」(Republica, May1)と述べ,訪印は大成功だったと自画自賛した。

むろん,これはプラチャンダの言い分であり,訪印がどこまで成功したかは,まだよくわからない。ただ,「インド膨張主義」をネパール人民の敵として闘ってきたマオイストが,ヘトウダ党大会で「議会制民主主義政党」に衣替えし,プラチャンダの下で「資本主義革命」と「3国協定」を目指すことを少なくとも表面的には認めさせたのだから,その限りでは成功といってもよいであろう。

8.中印介入の危険性
しかし,こうした中印両国を両天秤に掛けるようなプラチャンダ外交が,本当に成功するだろうか? 歴代国王は,それを試み,その都度,潰され,インド従属からの脱却はならなかった。その後,地政学的情況が大きく変化し,中国の影響力が拡大,中印バランス外交を以前よりはやりやすくなったが,その代わり,今度は,下手をすると,国内が親中派,親印派に分裂し,代理戦争を始めることになりかねない。

最大の懸念は,いうまでもなく連邦制。インドは,ネパールの連邦制化を支持し,言語州にするよう働きかけている(The Hindu, Oct5,2012)。もちろん,タライのことを考えてだ。

これに対し中国は,連邦制に反対。特に民族州とすると,北部が小民族州に分裂し,バルカン化し,チベットに波及する。しかも,中国は,民族州連邦制の背後には西洋諸国がいると考えている。中国にとっては,インド以上にやっかいな勢力だ。

そこで中国は,コングレスにも働きかけ,単一制国家への復帰,それが無理なら領域的連邦制とし、北部はごく少数の大領域州とすることを要求している(The Hindu, Oct5,2012)。People’s Review(Apr25)は,中国のプラチャンダ招待の理由は,民族連邦制反対に転向させるためだ,などといったうがった見方さえしている。

小国は,いずれかの大国の勢力圏に入ってしまうか,さもなければ大国間バランス外交の道を取らざるをえない。プラチャンダは,どうやらネパールを前者(印従属)から後者に移行させようとしているようだ。たしかに,ネパールをめぐる中印関係は,流動化し始めた。プラチャンダは,その流れに乗ろうとしているようだが,果たしてうまくいくのか? 先行きはまったく読めない。

9.国益のための援助と戦略思考
今回,プラチャンダは中印に援助協力を要請したが,これまでの先進諸国によるネパール援助は,開発援助にせよ民主化支援にせよ,うまくいってはいない。カネの無駄使いだ,いやそれどころかネパールを腐敗・堕落させるだけだ,といった非難さえしばしば聞かれる。私も,それに近いことを書いたことがある。しかし,そもそも外国援助の第一の目的は援助国側の国益確保である,という基本的事実を忘れてはならないだろう。

たとえば,もしいま西側がネパール開発援助から手を引けば,その穴は中国が埋める。インドが,はらわたが煮えかえっても,天敵プラチャンダ訪問を表面上は歓迎し,開発援助を約束せざるをえないのは,そのためだ。

いやそれどころか,もし西側が民主化支援や選挙支援をやめれば,その穴も中国が埋める。プラチャンダは,それらの支援も中国に要請しているのだ。もしネパールの制憲議会選挙が中国援助で実施され,中国支援で新憲法が制定され,中国支援で立法・行政・司法制度が整備されていったら,どうなるか?

だから,インドは,米帝の手先の膨張主義者といくら悪口を言われようが,選挙支援も民主化支援も,やめられないのだ。

援助は自国の国益のためと割り切るとして,さて日本はネパールにおいて,どのような日本国益の確保を目指すのか? 日本の戦略的思考力が試されている。

130511b ■日印関係も緊密化(シン首相Twitter)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/05/11 @ 10:02