ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

中国の対ネパール政策:消極的関与から積極的関与へ

1.対ネパール政策の転換
中国は,この数年で,対ネパール政策を大きく転換した。以前は,ネルー・周恩来合意により,ネパールはインド勢力圏内とされ,中国はチベットに重大な影響がないかぎりネパールに積極的には関与してこなかった。必要最低限度の消極的関与といってもよいだろう。

ところが,マオイスト人民戦争終結(2006年)の前後から,中国は対ネパール政策を転換,積極的に関与し,影響力の拡大を図り始めた。

 130530a ■中国大使館HP

2.駐ネパール中国大使の交代
中国の対ネ政策の転換は,駐ネ中国大使の交代からも見て取れる。

2008年11月着任の邱国洪大使(大阪総領事から転任)は,dnaindia(Mar18)によれば,ネパール国内のチベット解放運動への対応がまずく,任期途中で本国へ召還されてしまった。これに対し,2011年6月着任の楊厚蘭大使はチベット解放運動対策を評価され,中国にとってはより重要なミャンマーへ大使として栄転したという。

その後任として2013年2月に着任した現大使,呉春太(Wu Chuntai)氏は,その経歴からして,注目される。呉大使は,外務省に入り,トルコ,北アイルランド,香港勤務を経て外国安全局副局長(Deputy Director General of the Department of External Security)となる。主に情報対策,在外中国人保護,そしてチベット,新疆,台湾の安全保障を担当してきた。

この呉春太氏の大使任命は,ネパールにおけるチベット解放運動対策強化のためと見てよいであろう。

 130530 ■呉春太大使(中国大使館HP)

3.チベット解放運動取締り
呉大使は,着任後すぐ(3月11日),ヤダブ大統領と会見し,チベット解放運動規制の言質をとりつけた。

新華社(3月12日)によれば,ヤダブ大統領は「中国援助の継続を期待している」と述べ,「一つの中国政策を支持すると繰り返し,ネパール・中国国境の警備に万全を図る」と約束した。これに対し呉大使は,「われわれの重大国益へのネパールの支持を中国は高く評価し感謝する」と応えた。着任早々,大成果である。

3月15日には,ギミレ副首相(兼内相・外相)を訪問。ギミレ副首相は「われわれは一つの中国政策を支持しており,隣国への反対運動にわが国を利用させることはない」と呉大使に約束した。

プラチャンダUCPN-M議長とは4月18日に会見し,次のような発言を引き出した。「カトマンズのチベット難民のチベット解放運動を規制し,反中国運動をやめさせる。・・・・両国の安定と国民統合を,宗教の自由や人権の名をもって攻撃させはしない」(asianews, David Wood, contactmagazine, Apr23)。

4.親中派の育成
中国の積極的関与政策の遂行には,政官財学など,各界各層での親中国派の育成が不可欠となる。この戦略に沿って,呉大使は着任早々,精力的にネパール要人と接触している。一部紹介する。
 3月11日:ヤダブ大統領に信任状を提出し,会談 / MK・シュレスタ前副首相兼外相(UCPN副議長)と会談
 3月12日:プラチャンダUCPN議長と会談
 3月15日:ギミレ外相と会談 / カナルUML議長と会談
 3月28日:ネパール産業会議(CNI)出席
 3月29日:RC・ポウデルNC副党首と会談
 4月 3日:ネパール商工会議所(FNCCI)訪問
 4月11日:MK・ネパールUML幹部と会談
 4月12日:中国教育展出席。M・ポウデル教育大臣同席 / 中国研究センター訪問
 4月15日:カトマンズ大学孔子学院訪問
 4月22日:スシル・コイララNC議長と会談

他方,ネパール要人の中国招待も相次いでいる。
 4月14-20日:プラチャンダUCPN議長。習主席と会談(4月18日)
 6月4~9日頃:GS・ラナ軍総監(CoAS)
 6月第2週:カナルUML議長
 日程未定:スシル・コイララNC議長 / バブラム・バタライ前首相(UCPN副議長) / ヒシラ・ヤミUCPN中央委員

中国は,制憲議会選挙前にネパール要人を片っ端から招待し,親中派を育成し,選挙後の新体制への影響力拡大を狙っているのだ。

また,留学生受け入れも増大している。新華社(5月12日)によると,2012年度の中国受け入れ留学生32万人,そのうちネパール人は3千人(中国政府奨学生100人)だという。

中国政府は,ネパール人留学生をさらに増やすため,中国教育展なども開催している。この5月12日の教育展には,中国13大学が参加し,開会式には呉大使とM・ポウデル教育大臣が出席した。

中国政府は,カトマンズ大学に孔子学院を開設し,また中国語教師を多数派遣するなど,明確な戦略に基づき,教育文化外交を展開している。その結果,ネパール人学生の関心は,これまでのインド留学から中国留学へとシフトし始めたという(Rajesh Joshi, BBC Asia, May8)。

5.開発援助の2目的
中国は,すでにネパール開発援助を激増させている。
 ・西セティ(750MW)事業,2012年契約
 ・上部タマコシ事業(456MW)
 ・アルニコ道路(カトマンズ―コダリ)改良事業
 ・Shaphrubesi-Kerng改良事業(10年で完成予定)
 ・他に,ポカラ空港,カトマンズ環状道路,カトマンズ―Chakrapath道路など,進行中,計画中のものがいくつもある。

こうした対ネ開発援助の最大の目的は,いうまでもなくチベット対策である。The Times of India(May12)によれば,中国大使館員はフムラ,ムスタンなど,北部国境地域を定期的に訪れ,治安調査をし,地方当局との関係強化を図っている。北部15郡への援助を増やし,特に警察署の改善・強化を支援しているという。

対ネ開発援助のもう一つの狙いは,南アジアへの南下の通路とすること。このことは,中国がチベット―ネパール間の道路・鉄道建設に繰り返し言及していることを見ても明らかだ。たとえば,呉大使もカナルUML議長との会談の際(3月15日),鉄道のネパール延伸を打診している。

6.ネパールの4Sとプラチャンダ
こうした中国のネパール関与において重要な役割を果たしていると思われるのが,プラチャンダUCPN議長だ。

呉大使は,ネパールの4Sをあちこちで称賛している。Smile(笑顔),Sun(美しい自然),Sagarmatha(エベレスト),Siddhartha Gautam(仏陀)。(サガルマータを省き,3Sとされるときもある。)孔子学院では,「ネパール=中国観光交流計画」に触れ,「中国政府はネパールの観光インフラ整備に関心を持っている」とし,特にポカラとルンビニの観光開発の重要性を指摘した。PATA Nepalは,2015年の中国人観光客を21万5千人と見込んでいる。

中国のネパール観光開発は本気であり,もしそうだとすると,プラチャンダの「ルンビニ大開発」も単なるホラ話ではないことになる。ルンビニ国際空港が建設され,鉄道でラサ―カトマンズ―ルンビニが直結されることになるかもしれない。

プラチャンダは,アジア太平洋交流協力基金(APECF)の副議長(副代表)だ。議長(代表)のXiao Wunan氏は,習主席に近い人物といわれている。ルンビニ大開発には,仏教徒を取り込み,チベット解放運動に対抗させる狙いも見え隠れする。

Dnaindia(May18)は,こう書いている。「特にプラチャンダUCPN-M議長の政治力増大とともに,中国の影響力はネパール中に急拡大してきた。」

――以上の議論は,インド・西洋の情報源もあり,偏りがあるかもしれないが,それでも中国の対ネパール政策が積極的関与へと変化してきたことはまず間違いないと見てよいであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/05/30 @ 23:50