ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

国家世俗化とキリスト教墓地問題

キリスト教墓地問題は,一応の決着がついたかに見えたが,いつものように政府の約束は言葉だけで,実行は棚上げらしい。
  レグミ内閣とキリスト教墓地問題
  キリスト教墓地要求,ハンストへ
  キリスト教墓地問題検討委員会発足
  クリスマスと墓地問題
  墓地紛争:キリスト教vsヒンドゥー教
 ▼キリスト教墓地問題一覧

1.深夜の無断埋葬
カトマンズ・ポストのアンキト・アディカリ「拒絶された墓地」(8月23日)によれば,ネパールのキリスト教徒は,墓地を拒否され,死者の埋葬ができず,切羽詰まったぎりぎりの事態に追い詰められている。

ある日,カトマンズで信者2人(男性82歳,女性62歳)が病死したが,カトマンズには墓地はない。そこで深夜,ひそかにジープでヌワコットのトリスリ川沿いの人里離れた森まで運び,すばやく穴を掘り,2人を埋め,急ぎカトマンズに戻った。地元民には,もちろん内緒。

このような方法での信者埋葬は,ヌワコット以外にもダディング,ラウタート,シンドバルチョーク,カブレなどあちことで行われており,時にはスルケットまでも運ぶこともあるという。「よくないに決まっているが,ではどうすればよいのか? 他に方法はないのだ。」(BG.ガルトラジ全国キリスト教連盟[FNCN]議長)

2.ゴティケル墓地の棚上げ
カトマンズ盆地のキリスト教徒が,このような深刻な事態に追い込まれたのは,政府が約束を実行せず,墓地問題を棚上げにしているからだ。

従来,カトマンズ盆地のキリスト教徒(及びキラント諸民族)は,パシュパティ寺院のシュレスマンタク・バンカリの森への埋葬を黙認されていた。ところが,2006年革命の結果,国家世俗化が実現し,これによりヒンドゥー教側もかえってアイデンティティを明確化させていき,2011年1月,「パシュパテ地区開発トラスト(PADT)」が寺院敷地内のバンカリの森への埋葬を拒否する決定を下した。

この埋葬拒否により深刻な事態に陥ったキリスト教会は,2011年4月,ハンストを決行,政府に「墓地問題検討委員会」を設置させた。そして,そこでの交渉の結果,政府はラリトプル郡ゴティケルに2000ロパニのキリスト教墓地をつくることを約束した。ビノド・パハディ委員長によれば,すでにゴティケルの住民やラリトプルの郡庁と郡森林局の同意も得てあるという。

ところが,この約束は実行されないまま,委員会が任期切れとなってしまった。ゴティケル墓地は棚上げ。抗議すると,政府は造るというが,口約束だけ。「もし今度も空手形なら,強力な抗議運動を全国に呼びかける」(ガルトラジFNCN議長)

3.国家世俗化とキリスト教
2006年革命により,ネパールはヒンドゥー教国家から世俗国家に転換した。ヒンドゥー教にとっては,これは大敗北であり,他宗教,とくにキリスト教への敵愾心を強めている。パシュパティの森の墓地問題は,その最も極端な実例である。

キリスト教徒は,全人口の1.4%とされている。少数派だが,バックに欧米のキリスト教会が控えており,世俗化の追い風に乗り勢力を急拡大させている。たとえば,この記事を書いたカトマンズポストのアンキド・アディカリ編集委員は,クリスチャンか否か不明だが,出身校は,聖ザビエル校(カトマンズ)である。

聖ザビエル校は,イエズス会系の学校であり,ネパールには5校ある。カトマンズ校は1988年設立で,いまや大学院までもつ超名門エリート学校。アディカリ氏は,この学校で英文学を修め,ジャーナリストとなったようである。

彼のこのような経歴が,おそらく彼をしてキリスト教会への理解を深めさせ,墓地問題を追わせているのだろう。彼の記事そのものは,問題に即して書かれており公平と見えるが,ヒンドゥー教徒の側から見ると果たしてどうなるか? ここが難しいところだ。

130831a ■聖ザビエル校(カトマンズ)

キリスト教会側の攻勢は,教育以外でも様々な形で展開されている。たとえば,これはタルー民族への働きかけ。詳細はわからないが,「はじめに言葉があった」と信じるキリスト教のこと,タルー以外にも様々な少数民族の言葉で布教を進めている。

130831b ■Good News THARU

4.宗教対立激化のおそれ
国家世俗化は,一般に,宗教対立の緩和が目的だが,ネパールでは,少なくとも今のところ,それは宗教アイデンティティの強化→宗教対立の激化という逆の結果をもたらしている。

墓地を取り上げ,死者を埋葬させない! これはセンセーショナルな切羽詰まった問題であり,外部からの干渉も招きやすい。対処を誤ると,ネパールは取り返しのつかない深刻な宗教紛争に陥ってしまうだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/08/31 @ 08:48