ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for 11月 2013

制憲議会選挙2013(21):選挙と情報産業

開票速報(2013-11-30)】
  NC    196 (小選挙区制105+比例制91)
  UML   175 (91+84)
  UCP-M  80 (26+54)
  RPP-N  24 (0+24)
  MJF-D  14 (4+10)
  RPP    13 (3+10)
 ——————————–

今回の制憲議会選挙で大繁盛した業界の一つが,情報産業だ。新聞・雑誌も選挙特集で大いに潤ったが,特筆すべきは,モバイルとインターネット。

ネパールの情報化は急速に進んでおり,すでにケイタイは日本よりはるかに安くて便利。インターネット接続も,都市部ではWIFIが普及しているし,場所をえらばない従量課金制ネット接続モバイルルーターでさえ,安くて便利。日本は遅れている。

そんな中,制憲議会選挙は,情報産業にとって絶好のビジネスチャンス。テレビや新聞,ネットは,あれこれ工夫し,開票速報を伝えてきた。モバイルには,選挙区を登録しておけば,刻々,その選挙区の開票状況が表示される。いやはやスゴイ。

選挙が,政治的意義はいざ知らず,少なくとも経済的には,ネパールの情報産業に大いに貢献していることは間違いない。

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 ■カトマンズポスト(11月24日)/ヒマラヤン(11月24日)

131130c 131130d 131130e ■ネパールニューズコムの選挙特集(11月30日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/30 at 19:10

カテゴリー: 選挙, 情報 IT

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制憲議会選挙2013(20):「革命英雄プラチャンダ」試論2

マオイストが「包括和平協定」(2006年)締結後,合法政党となり,体制内化していったことは,周知の事実である。この変身は,コングレス(NC)や共産党統一マルクス・レーニン派(CPN-UML)が,そしてまた西洋中心の国際社会が,要求したことであった。

マオイストの体制内化は,文字通りドラスティックであった。党幹部ら,特にプラチャンダ議長は,おおかたの期待をはるかに超える「革命的」な過激さで体制内化し,人々のドギモを抜いた。プラチャンダは,勇敢な「革命英雄」から,過激な体制内「豪傑」へと華麗な転身を遂げたのである。

プラチャンダは,首相就任直後,「王様ベッド」を首相公邸に運び込み,世間をあっと言わせた。その後も,超豪華党本部や党議長宅,中・米をも巻き込んだ巨大利権ルンビニ開発,息子を押し立てたエベレスト遠征など,アッケラカンと権力私物化を満喫した。そして,今回選挙では,親族縁者をあちこちに立て,身内コネ社会ネパールの実情を,一身をもって満天下に暴露した。さすが大物,何ら臆するところがない。ネアカの大豪傑だ。

131129b ■「選挙公約(प्रतिबद्धता पत्र )」開発計画 

ネパール政治社会の宿痾とされる権力私物化や利権は,王制下では,特権階級が比較的限定されていたため,わかりやすく,それだけ御しやすかった。ところが,民主革命により権力分有参加が一気に進展し社会関係が複雑化したため,権力や様々な意思決定過程に参加する人びとの数が激増し,それに応じて,権力私物化や利権も拡散した。いまでは,多くの人が,どこかで,何らかの利権を求め,右往左往している。

プラチャンダは,いまやその利権的コネ社会ネパールのチャンピオンである。ネパール社会の現実を理念化して映し出す鏡,それがプラチャンダだ。多くの人びとが,いたるところで,こそこそやっていることを,プラチャンダは,大胆不敵にも,何の言い訳もせず,何はばかることなく,平然とやってのけてきた。まさしくネアカ豪傑だ。

プラチャンダが,自覚的に露悪的態度をとり,世間を覚醒させようとしているのかどうか,それはわからない。しかし,プラチャンダの権力私物化や身内コネ優遇を非難すれば,たちどころにそれは,非難している人びと自身に跳ね返ってくる。あなた自身はどうなのか,と。

すくなくとも,よそもの外国人には,こそこそと小ずるく利権をあさる小心者よりも,米・中をも手玉にとり,何はばかることなく,アッケラカンと巨大利権を要求するプラチャンダの方が,はるかに魅力的だ。

もしプラチャンダが,自覚的にこのような自己戯画化の態度をとっているなら,彼は本物の大物だといえよう。

131129a ■「選挙公約(प्रतिबद्धता पत्र )」裏表紙

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/29 at 13:56

制憲議会選挙2013(19):「革命英雄プラチャンダ」試論1

制憲議会選挙でのコングレス党(NC)と共産党統一マルクス・レーニン主義派(UML)の圧勝,マオイスト(UCPN-M)の惨敗が,ほぼ確実となった。が,今後の見通しはまだつけにくい。ただ,この選挙結果が,2006年革命の後退,旧体制への後戻りとなることは避けがたい。

(1)旧体制回復
コングレスもUMLも,上位カースト寡頭支配の前近代的旧体制政党である。王党派カマル・タパの国民民主党ネパール(RPP-N)も,比例制ではそこそこ議席を伸ばしそうなので,これら3党が手を組めば,王制復古は無理でも,マオイスト革命(1996-2006年革命)で侵食された上位カーストの地位の回復は難しくない。被抑圧諸集団や女性の地位や社会参加は引き下げられる。問題は,旧体制への後退がどの程度か,ということ。

(2)社会革命としてのマオイスト革命
マオイスト革命は,単なる政治革命(支配者の交代)ではなく,不十分とはいえ,社会革命を目指すものであった。十年余の人民戦争の前と後を比較してみると,この革命の達成した変革の大きさに驚かされる。

もし仮に自由と平等の拡大を「進歩」と呼ぶならば,あるいは被抑圧カースト・民族・女性らの解放を「正義」と呼ぶならば,マオイストは,歴史的に見て,間違いなく「進歩」と「正義」のために戦い,それらの大幅な実現を達成したのだ。

昨日(23日),パタンの南方,チャパガオンに行ってみた。バス停に着くと,女性警官と男性警官がそれぞれ小銃を構え,ペアでバス停を警備していた。まさしく「銃口から革命が生まれる!

世界一のジェンダーフリー軍隊であったマオイスト人民解放軍(PLA)が実証したように,あるいはアメリカ憲法が原理的に保障しているように,銃を持てば,男女平等。

そのマオイスト革命の成果の一つが,男女平等となったネパール警察だ。「革命万歳!」と叫び,記念撮影をお願いしようと思ったが,キャノンを向けるとガンを向け返される恐れがあったので,断念した。

このような自由・平等への前進は,民族,カースト,職業,言語,宗教,教育などネパール社会のあらゆる側面において認められる。マオイスト革命・人民戦争が大きな犠牲を伴ったことは周知の事実であり,その悲惨は決して忘れられてはならないが,そうした犠牲の上に,このような大きな「進歩」と「正義」がネパール社会にもたらされたこともまた歴然たる事実である。

マオイスト革命は,1990年革命を継承発展させ,イギリス革命やフランス革命よりも,あるいは明治維新革命と比べてすらも,桁違いに少ない犠牲で,それらと比肩しうるような社会革命を短期間で達成したのだ。

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 ■チャパガオン

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 ■テチョ

(3)革命英雄プラチャンダ
そのマオイスト革命を指導した英雄が,プラチャンダ=プシュパ・カマル・ダハール(マオイスト現議長)である。プラチャンダの勇猛果敢,政治力,統率力,柔軟性,そして天性の明るさ(ネアカ)がなければ,マオイスト革命の達成は,およそ不可能であった。今日のネパール人民の自由・平等は,英雄プラチャンダに多くを負っているといっても過言ではない。

(4)世に憚る英雄豪傑
そのプラチャンダが,カトマンズ第10選挙区で得票第3位,屈辱の落選。彼の率いるマオイストも全国で総崩れだ。

その理由を,内外のマスコミ,知識人,政官有力者らは,口を揃えて,プラチャンダの変節堕落に求め,罵詈雑言,言いたい放題だ。丸山真男はかつて,現在の「失敗」を過去にさかのぼって糾弾する本質還元主義の誤謬を完膚なきまでに批判した。昨今のプラチャンダ批判は,まさにその本質還元主義そのものだ。つい数年前,「民衆が立ち上がった!」と浮かれ歓喜したのは,いったい誰だったのか? 

カースト差別,民族差別,女性差別といった社会悪の撤廃を願ったのは,ネパール人民であり,それを支援したのは,西洋諸国であった。そして,その期待に応え,自由・平等の目標に向け,ネパール社会を大きく前進させたのは,プラチャンダの率いるマオイストであった。これは誰しも否定できない歴史的事実である。

その事実を無視し,最大の功労者たるプラチャンダへ掌を返したような罵詈雑言を投げつけるのは,いわば「下衆の勘ぐり」,あるいは「英雄世に憚る」ということにすぎない。西郷がそうであったように,英雄豪傑は通俗的で偏狭な世間には器が大きすぎる。むろん英雄豪傑の多くは,厳密に言えば神話であろうが,そうした神話をすら後生に残せないような国民の歴史は,正直,面白くない。

(5)矮小通俗社会のねたみと裏切り
プラチャンダへの罵詈雑言は,内外通俗社会の裏切りとねたみによるものだ。プラチャンダの「自由」と「平等」への戦いが成果を上げ始めると,ネパール人民と西洋諸国は,その「行き過ぎ」を恐れ,革命の阻止にかかった。「自由」と「平等」のための戦いは反人道的だから止めよ,と。そして,米国をはじめ諸外国は,政府軍への武器援助など,露骨な内政干渉を始めた。

これは,ネパール人民と西洋諸国がプラチャンダから旧体制派に乗り換えたことを意味する。英雄にしてステーツマンシップに長けたプラチャンダは,この状況下での外国介入強化の危険性を憂慮し,ネパール人民のため人民戦争を中途停止し,旧体制派との和解に応じたのだ。

その革命を裏切ったネパール人民と西洋諸国が,人民への裏切りとか権力私物化とかいって英雄プラチャンダに罵詈雑言を浴びせるのは,まさしく天にツバするもの。ネパール人民や西洋諸国は,プラチャンダに,変節することなく革命理念を追求せよ,と求める勇気はあるのか? プラチャンダに,スターリンや毛沢東になれ,と本気で要求するつもりか?

英雄プラチャンダは,望めばスターリンにでも毛沢東にでもなれたであろうが,その卓越した政治センスに耳を傾け,革命を中途で断念する道を選択した。スターリンや毛沢東より,政治家として熟達していたからにほかならない。

ネパールは,日本以上に,世論が一方に傾きすぎる傾向が強い。大勢順応ジャーナリズムがそれに輪をかける。世論は誰かが操作している。少数意見ないし批判は,いかに極論であれ,日本以上にネパールでは必要とされているといってよいであろう。

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 ■故意か偶然か? キルティプル:11月3日/16日

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/26 at 11:02

制憲議会選挙2013(18):厳戒マオイスト事務所

制憲議会選挙惨敗濃厚のマオイスト事務所(キルティプル)を,11月22日午後,見学に行った。

同じ並びの東方20mにコングレス事務所があるが,こちらは通常通り。ところが,マオイスト事務所は,警官が厳重警戒していた。マオイストが攻撃されるのを警戒しているのか,それともマオイストが攻撃に出るのを警戒しているのかは,不明。

このマオイスト事務所は,投票前に何回か外から見学した。また,16日には事務所内に入り,役員から配布用『マニフェスト(選挙公約)』をいただいた。

このマオイスト『マニフェスト』は,前回2008年選挙のときのものよりはるかに豪華。ページ数は堂々の52+2頁。三つ折りカラー地図(州区分,鉄道・道路等の開発計画記載)付。上質紙使用。事務所内は人であふれ,活気に満ちていた。

ところが,投票後の22日になると,静まりかえり警官の厳重警備で,近寄りがたい感じ。

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 ■マオイスト党事務所/コングレス党事務所

近くには,プラチャンダ議長の大きな写真付き垂れ幕を下げたところが,まだいくつも残っていたが,通りでは他党の大きな旗やシンボルマークがやけに目立つようになっていた。投票前日にはなかったので,前夜に闇に紛れて取り付けたか,開票開始後うかれて,あるいは風向きを見て,掲げたのではないだろうか。

比例制開票速報はまだだが,小選挙区でこれほど落ち込むと,比例制での挽回は絶望的だ。

選挙は水物とはいうが,各党の盛衰は,風を受け,たなびく各党の旗の勢いが,案外よく正直に物語っているようだ。非科学的で超安直だが,当たるのなら,風見・旗見も悪くはあるまい。

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 ■マオイスト党事務所150m西/同左200m西

【開票速報】 コングレス=100,UML=90,マオイスト=25 (23日夜)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/24 at 00:03

カテゴリー: マオイスト, 選挙, 政党

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制憲議会選挙2013(17):ノーサイドなき選挙

(1)マオイストの選挙ボイコット宣言
開票が始まったばかりだというのに,劣勢のマオイスト(UCPN-M)は21日,早々と選挙ボイコットを決め,開票停止を要求,開票所から党立会人を退去させた。この選挙には「陰謀」が働いており,結果は「人民の期待に反するもの」であり,したがって制憲議会がつくられても参加しないという(Republica, Nov.21)。

これに対し,優勢のコングレス(NC)と共産党統一マルクス・レーニン派(UML)は,マオイストを激しく非難,選挙の公平を唱え,結果の受け入れを強く要求している。

一方,反選挙33党連合を主導してきたバイダ派マオイスト(CPN-M)は,開票直後からのこの大混乱を当然と受け止め,33党連合の反選挙運動の正当性を改めて力説し,今後への自信を示した。

マオイスト劣勢は,図らずも選挙前に分裂したマオイスト2派を急接近させることになった。両派マオイストが再統合し,ジャングルに戻ることになれば,ネパール平和構築は元の木阿弥,振り出しに戻ることになる。もっとも,国内外の圧力は強く,マオイスト幹部がいまや「有産階級」となったこともあり,その危険性は,いまのところ,それほど大きくはない。あれこれ駆け引きをしつつも,結局は,マオイストは選挙結果を受け入れざるをえないのではないであろうか。

131122e ■小選挙区開票速報(22日午前)

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 ■市内要所を他党に制圧されたマオイスト。アサン/イカナラヤン付近/インドラチョーク

(2)コングレスの無規律
一方,予想外の好調に,コングレスは21日朝から大はしゃぎ,車やバイクに旗を立て,大音響でプカプカドンドンやりながら,街中を走り回っている。

特にキルティプルは,コングレスのラジェンドラ・クマール・KCが当選,それにUMLのスレンドラ・マナンダールが続き,マオイスト革命英雄プラチャンダたるプシュパカマル・ダハール議長は,まさかの第3位。コングレスが喜ぶのは当然だが,それにしても少々やり過ぎのような気がする。

惨敗した革命英雄陣営の前で,勝利に浮かれ,これ見よがしに大はしゃぎで行進し,投票結果を受け入れよと叫ぶ。こんなことをされては,敗者側は頭に来て,石の一つでも投げてやりたくなる。そして,もし本当に石でも投げたら,たちまち興奮した両派の大乱闘となり,止めようがなくなる。

それをおそれ,治安部隊が多数出動し,要所を警戒している。まるで戒厳令下のようだが,たとえどのように警戒しても,興奮した群衆に火がつけば,もはや止めようがない。今日のキルティプル外周道路では,そのような恐怖を覚えた。

コングレスは,もっとも由緒ある政党なのだから,もう少し大人の振る舞いを身につけてほしい。といっても,敗者へのいたわりとか惻隠の情といった,日本的なウェットな感情を引き合いに出して批判しているのではない。ネパールの選挙に不足しているのは,それとは全く異質のドライなフェアプレーとノーサイドの精神である。

フェアプレーとノーサイドは,世界に冠たる政治的国民の英米が誇る精神である。他のものは別として,これは文句なしに賞賛すべき精神であり,特にネパールは是が非でもこれを学び取る必要がある。

すなわち,いったんゲームを始めたら,勝利を目指して,共通のルールの下でフェアに,全力で最大限戦うが,ゲームが終われば,敵味方なしのノーサイド。勝敗は厳然としてあり,その結果は誰もが認めなければならないが,ゲーム終了=ノーサイドとなれば,両者とも全力で戦った者として健闘をたたえ合い,尊敬し合う。

選挙は,政治的ゲームの典型であり,いわば政治のスポーツ。要するに「遊び」だ。政治の場で,真剣に全力で戦うゲーム,それが選挙だ。選挙に,フェアプレーとノーサイドの精神が不可欠なのは当然だろう。

このフェアプレーとノーサイドの精神をどう育成するか? 投票箱や投票用紙,選管用コンピュータや四駆車――そんなものの援助より,ラグビー普及支援の方が早道かもしれない。

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 ■キルティプル門前広場のNC集会(21日朝)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/22 at 13:21

制憲議会選挙2013(16):コネ社会の選挙監視と高投票率

制憲議会選挙の投票(19日)が,一部投票延期地区をのぞき,終了した。今日(20日)まで政府指定選挙休日(バンダ・交通ストを含め連休10日間!)で,排ガスが減り空気が清浄化,連日ヒマラヤ全山がくっきり見えた。が,それも今日まで,少しずつバスやタクシーが走りだし,排ガス・スモッグが濃くなり始めた。観光客にとっては,反選挙バンダ(ゼネスト)以上に悩ましいかもしれない。

(1)高投票率絶賛一色
選挙は,大方の予想に反し,70%前後の高投票率であった。援助先進諸国や選挙監視団,暫定内閣や選管は大はしゃぎ,マスコミや知識人までもが手放しで礼賛している。

 ヒマラヤン社説(20日): 「人々が投票に示した熱意を見れば,ネパール市民が成熟し,選挙の意義をよく理解していることが分かる。」
 カトマンズポスト社説(20日): 「投票者の勝利」
 SP.シュレスタ前選管委員長: 人々の政治意識・民主主義意識の高まりの結果(カトマンズポスト,11月20日)
 ロックラジ・バラール: 「それ(高得票率)は,人々が民主主義を強く支持し投票権を行使した結果だ。・・・・高投票率は,諸政党が一年以内に約束通り新憲法をつくることへの圧力となる。」(同上)
 監視団筋: 中立公正な政府が高投票率をもたらした。(同上)

内外の選挙関係諸機関や選挙関係者が,手柄を自分のものにしたくて選挙成功の大合唱に殺到するのは――はしたないとしても――分からないではないが,独立の批判精神を信条とするはずの知識人やマスコミまでもが,無批判に成功万歳を唱和してよいのだろうか? ネパールの新聞各紙を開くと,あまりの無邪気さに,よそ者外国人ながら,赤面しそうになる。

ネパール市民の政治意識が成熟し,選挙手続きが合理化・効率化され,選挙の安全と公平中立が保障されたため,投票率が70%にもなった――本当か?

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 ■投票TV中継(キルティプル)/開票TV速報/同左

(2)有権者登録数の激減
まず第一に指摘すべきは,投票率算定の母数となる登録有権者数が,実数に近づき,大幅減となったこと。

 ■登録有権者数/投票者数/投票率(リパブリカ,11月21日)
  1991年 1119万人   729万人  65.1%
  1994年 1233万人   763万人  61.9%
  1999年 1352万人   889万人  65.8%
  2008年 1761万人  1087万人  61.7%
  2013年 1215万人  約850万人 約70%(未確定)  

以前は,有権者登録が不正確で,死者や所在不明者まで(あるいは噂では牛や犬ですら)記載され,その結果,実数よりも大幅に多い有権者登録数となっていた。

今回は,登録手続きが合理化・厳格化され,特に写真付有権者登録証が効果を発揮した。(使い捨てのため莫大な非生産的経費負担となるが。)その結果,登録者数が実数に近づいた。5年前より人口は増えているのに,今回の登録者総数は,なんと546万人も少ない。これでは,投票率が上がるのは当然だ。

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 ■暴力装置と投票箱(キルティプル)/投票日貼付壁ビラ(パンガ)

(3)コネ社会の投票監視
しかし,それはそれとして,それでも投票率70%は,異常に高い。むろん,住民の政治意識が(欧米や日本よりも)成熟し,政治参加意欲が強く,その結果,投票率が高くなった可能性がまったくないというわけではない。しかし,状況を総合的に見ると,そうとは考えにくい。違うのではないか?

高投票率ですぐ思い当たるのは,かつての共産圏諸国。90%以上は当たり前であった。もう一つは,日本の村。村落地域だけを見れば,80~90%はあるはずだ。

しかし,それを住民の政治意識の高さ故とは,誰も考えはしない。旧共産圏諸国の高投票率は権力による動員の結果であり,日本のそれは村社会の相互監視の結果である。

村社会では,誰かが投票に行かなければ,すぐ全村に知れ渡り,以前であれば村八分,昨今であれば何らかの陰湿なイジメを覚悟せざるをえない。交際が濃密であればあるほど,投票に行かざるをえないのだ。

ネパールは,日本以上のコネ社会であり,人々の相互監視は強い。投票に行かなければ,すぐ知れ渡る。

たとえば,帰郷投票。19日付リパブリカによれば,カトマンズだけで15万人が,投票のため故郷の村に帰ったという。私の周辺でも,村に帰った家族は少なくない。全国で見ると,投票のため,中長距離を移動した人は,膨大な数に上るであろう。

折しも,反選挙33党連合によるバンダ(ゼネスト)・交通スト。移動には危険と時間と重い経済的負担が伴う。日本人であれば,こんなことまでして投票する人は,ほとんどいないであろう。西洋先進諸国にしても,あまりいないはずだ。それなのに,なぜネパール人は,投票のため,わざわざ郷里に帰るのか? 政治意識が高いから? まさか!

投票日(19日),村や町の様子を見ていると,あちこちに各政党が関所のようなものをもうけ,投票に行く人々を名簿らしきもので確認していた。これが票読みだとすると,その圧力は相当のもののはずだ。

日本でも各党が票読みはするが,よほどの閉鎖的村落でなければ,かつてほどの拘束力はない。それでも,先述のように,都市部よりも地方の方が投票率が高いのだから,閉鎖的コネ社会ネパールの監視圧力の強さは,容易に想像がつく。

投票率は,高いにこしたことはないが,高ければよいというものでもない。そんなことは,先進諸国の人々にとっては常識なのに,都合の悪いことは見て見ぬふりをして,高投票率を絶賛する。投票行動の実態を知悉しているはずのネパール知識人やジャーナリストも,援助先進国に迎合し,やはり高投票率を手放しで褒め称える。

こんな初歩的・根本的な点での誤魔化しは,決してネパールのためにはならない。物事を批判的に見る独立した精神的態度の育成こそが,ネパールの民主化のためには,何よりも先決であろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/21 at 14:38

制憲議会選挙2013(15):監視と選挙,銃と票

11月19日午前7時より制憲議会選挙の投票が始まった。キルティプルの丘の上は,治安がよい(と思われる)ので,投票所の見学に行った。

百聞は一見にしかず。これは「監視下の選挙」であり「銃下の投票」だ。何かが決定的に欠如している。

(1)監視下の選挙
キルティプルの丘の上はカトマンズ近郊で治安もよいせいか,監視団天国。いたるところにいる。威厳を誇示しているのは,いうまでもなく国連とカーターセンター。そもそも使用車両が別格。頑丈な高級車で乗り付け,別格を思い知らせ,上から目線で監視し,無知な地元住民に民主主義のイロハをしつける。

選挙のための監視か,監視のための選挙か? いずれかであろうが,いずれにせよ,決定的に大切なものが欠けている。

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 ■(左上から順に)バグバイラブ投票所前/党事務所前で支持者投票確認(マビ・プク)/インドラヤニ小学校投票所に向かう人々/インドラヤニ小学校投票所/同左/同左/UNDPとカーターセンターの車(チトゥ投票所前)/EU選挙監視団(インドラヤニ小学校前)/人権委員会と選挙監視団の車(キルティプル中学校投票所前)/選挙監視団(チトゥ投票所)

(2)銃下の投票
修辞ではなく,即物的に文字通り,銃と票が隣り合わせ。「投票か銃弾か(Ballot or Bullet)」ではなく――

  Ballot and Bullet!   投票と銃弾!

小銃を構えた兵士が,投票用紙記入台と投票箱の間に立ち警戒している光景は,まさしく異様。こんなものは選挙ではない。選挙・投票以前に,決定的に必要な何かが,ここには欠如している。

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 ■選挙監視員・投票箱・小銃武装警備兵・投票用紙記入台(インドラヤニ小学校)

(3)独立自尊の精神
ネパールの選挙に決定的に欠けているのは,福沢諭吉の言葉を借りるなら,「独立自尊」である。外国に監視され,銃で脅され投票する人々に,そんなものはありえない。『学問のすすめ』(1872-76年)において,福沢はこう述べている。

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一身独立して一国独立すること
 第一条 独立の気力なき者は国を思うこと深切ならず。
 独立とは自分にて自分の身を支配し他によりすがる心なきを言う。
 第二条 内に居て独立の地位を得ざる者は、外にありて外国人に接するときもまた独立の権義を伸ぶること能わず。
 独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛つらうものなり。常に人を恐れ人に諛う者はしだいにこれに慣れ、その面の皮、鉄のごとくなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。いわゆる「習い、性となる」とはこのことにて、慣れたることは容易に改め難きものなり。
 第三条 独立の気力なき者は人に依頼して悪事をなすことあり。
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現実主義の立場に立つならば,先進諸国による啓蒙専制ないし「自由への強制」も一概に否定はできない。慈父のようなパターナリズム(父権的支配)が,民主主義への離陸に必要な場合もあろう。

しかし,その可能性は認めるにしても,ネパールの選挙への違和感は解消しきれない。先進諸国の選挙支援は,本当にネパールのためなのか,それとも先進諸国の利益と必要のためなのか?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/20 at 01:05