ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

制憲議会選挙2013(16):コネ社会の選挙監視と高投票率

制憲議会選挙の投票(19日)が,一部投票延期地区をのぞき,終了した。今日(20日)まで政府指定選挙休日(バンダ・交通ストを含め連休10日間!)で,排ガスが減り空気が清浄化,連日ヒマラヤ全山がくっきり見えた。が,それも今日まで,少しずつバスやタクシーが走りだし,排ガス・スモッグが濃くなり始めた。観光客にとっては,反選挙バンダ(ゼネスト)以上に悩ましいかもしれない。

(1)高投票率絶賛一色
選挙は,大方の予想に反し,70%前後の高投票率であった。援助先進諸国や選挙監視団,暫定内閣や選管は大はしゃぎ,マスコミや知識人までもが手放しで礼賛している。

 ヒマラヤン社説(20日): 「人々が投票に示した熱意を見れば,ネパール市民が成熟し,選挙の意義をよく理解していることが分かる。」
 カトマンズポスト社説(20日): 「投票者の勝利」
 SP.シュレスタ前選管委員長: 人々の政治意識・民主主義意識の高まりの結果(カトマンズポスト,11月20日)
 ロックラジ・バラール: 「それ(高得票率)は,人々が民主主義を強く支持し投票権を行使した結果だ。・・・・高投票率は,諸政党が一年以内に約束通り新憲法をつくることへの圧力となる。」(同上)
 監視団筋: 中立公正な政府が高投票率をもたらした。(同上)

内外の選挙関係諸機関や選挙関係者が,手柄を自分のものにしたくて選挙成功の大合唱に殺到するのは――はしたないとしても――分からないではないが,独立の批判精神を信条とするはずの知識人やマスコミまでもが,無批判に成功万歳を唱和してよいのだろうか? ネパールの新聞各紙を開くと,あまりの無邪気さに,よそ者外国人ながら,赤面しそうになる。

ネパール市民の政治意識が成熟し,選挙手続きが合理化・効率化され,選挙の安全と公平中立が保障されたため,投票率が70%にもなった――本当か?

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 ■投票TV中継(キルティプル)/開票TV速報/同左

(2)有権者登録数の激減
まず第一に指摘すべきは,投票率算定の母数となる登録有権者数が,実数に近づき,大幅減となったこと。

 ■登録有権者数/投票者数/投票率(リパブリカ,11月21日)
  1991年 1119万人   729万人  65.1%
  1994年 1233万人   763万人  61.9%
  1999年 1352万人   889万人  65.8%
  2008年 1761万人  1087万人  61.7%
  2013年 1215万人  約850万人 約70%(未確定)  

以前は,有権者登録が不正確で,死者や所在不明者まで(あるいは噂では牛や犬ですら)記載され,その結果,実数よりも大幅に多い有権者登録数となっていた。

今回は,登録手続きが合理化・厳格化され,特に写真付有権者登録証が効果を発揮した。(使い捨てのため莫大な非生産的経費負担となるが。)その結果,登録者数が実数に近づいた。5年前より人口は増えているのに,今回の登録者総数は,なんと546万人も少ない。これでは,投票率が上がるのは当然だ。

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 ■暴力装置と投票箱(キルティプル)/投票日貼付壁ビラ(パンガ)

(3)コネ社会の投票監視
しかし,それはそれとして,それでも投票率70%は,異常に高い。むろん,住民の政治意識が(欧米や日本よりも)成熟し,政治参加意欲が強く,その結果,投票率が高くなった可能性がまったくないというわけではない。しかし,状況を総合的に見ると,そうとは考えにくい。違うのではないか?

高投票率ですぐ思い当たるのは,かつての共産圏諸国。90%以上は当たり前であった。もう一つは,日本の村。村落地域だけを見れば,80~90%はあるはずだ。

しかし,それを住民の政治意識の高さ故とは,誰も考えはしない。旧共産圏諸国の高投票率は権力による動員の結果であり,日本のそれは村社会の相互監視の結果である。

村社会では,誰かが投票に行かなければ,すぐ全村に知れ渡り,以前であれば村八分,昨今であれば何らかの陰湿なイジメを覚悟せざるをえない。交際が濃密であればあるほど,投票に行かざるをえないのだ。

ネパールは,日本以上のコネ社会であり,人々の相互監視は強い。投票に行かなければ,すぐ知れ渡る。

たとえば,帰郷投票。19日付リパブリカによれば,カトマンズだけで15万人が,投票のため故郷の村に帰ったという。私の周辺でも,村に帰った家族は少なくない。全国で見ると,投票のため,中長距離を移動した人は,膨大な数に上るであろう。

折しも,反選挙33党連合によるバンダ(ゼネスト)・交通スト。移動には危険と時間と重い経済的負担が伴う。日本人であれば,こんなことまでして投票する人は,ほとんどいないであろう。西洋先進諸国にしても,あまりいないはずだ。それなのに,なぜネパール人は,投票のため,わざわざ郷里に帰るのか? 政治意識が高いから? まさか!

投票日(19日),村や町の様子を見ていると,あちこちに各政党が関所のようなものをもうけ,投票に行く人々を名簿らしきもので確認していた。これが票読みだとすると,その圧力は相当のもののはずだ。

日本でも各党が票読みはするが,よほどの閉鎖的村落でなければ,かつてほどの拘束力はない。それでも,先述のように,都市部よりも地方の方が投票率が高いのだから,閉鎖的コネ社会ネパールの監視圧力の強さは,容易に想像がつく。

投票率は,高いにこしたことはないが,高ければよいというものでもない。そんなことは,先進諸国の人々にとっては常識なのに,都合の悪いことは見て見ぬふりをして,高投票率を絶賛する。投票行動の実態を知悉しているはずのネパール知識人やジャーナリストも,援助先進国に迎合し,やはり高投票率を手放しで褒め称える。

こんな初歩的・根本的な点での誤魔化しは,決してネパールのためにはならない。物事を批判的に見る独立した精神的態度の育成こそが,ネパールの民主化のためには,何よりも先決であろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/21 @ 14:38