ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

制憲議会選挙2013(19):「革命英雄プラチャンダ」試論1

制憲議会選挙でのコングレス党(NC)と共産党統一マルクス・レーニン主義派(UML)の圧勝,マオイスト(UCPN-M)の惨敗が,ほぼ確実となった。が,今後の見通しはまだつけにくい。ただ,この選挙結果が,2006年革命の後退,旧体制への後戻りとなることは避けがたい。

(1)旧体制回復
コングレスもUMLも,上位カースト寡頭支配の前近代的旧体制政党である。王党派カマル・タパの国民民主党ネパール(RPP-N)も,比例制ではそこそこ議席を伸ばしそうなので,これら3党が手を組めば,王制復古は無理でも,マオイスト革命(1996-2006年革命)で侵食された上位カーストの地位の回復は難しくない。被抑圧諸集団や女性の地位や社会参加は引き下げられる。問題は,旧体制への後退がどの程度か,ということ。

(2)社会革命としてのマオイスト革命
マオイスト革命は,単なる政治革命(支配者の交代)ではなく,不十分とはいえ,社会革命を目指すものであった。十年余の人民戦争の前と後を比較してみると,この革命の達成した変革の大きさに驚かされる。

もし仮に自由と平等の拡大を「進歩」と呼ぶならば,あるいは被抑圧カースト・民族・女性らの解放を「正義」と呼ぶならば,マオイストは,歴史的に見て,間違いなく「進歩」と「正義」のために戦い,それらの大幅な実現を達成したのだ。

昨日(23日),パタンの南方,チャパガオンに行ってみた。バス停に着くと,女性警官と男性警官がそれぞれ小銃を構え,ペアでバス停を警備していた。まさしく「銃口から革命が生まれる!

世界一のジェンダーフリー軍隊であったマオイスト人民解放軍(PLA)が実証したように,あるいはアメリカ憲法が原理的に保障しているように,銃を持てば,男女平等。

そのマオイスト革命の成果の一つが,男女平等となったネパール警察だ。「革命万歳!」と叫び,記念撮影をお願いしようと思ったが,キャノンを向けるとガンを向け返される恐れがあったので,断念した。

このような自由・平等への前進は,民族,カースト,職業,言語,宗教,教育などネパール社会のあらゆる側面において認められる。マオイスト革命・人民戦争が大きな犠牲を伴ったことは周知の事実であり,その悲惨は決して忘れられてはならないが,そうした犠牲の上に,このような大きな「進歩」と「正義」がネパール社会にもたらされたこともまた歴然たる事実である。

マオイスト革命は,1990年革命を継承発展させ,イギリス革命やフランス革命よりも,あるいは明治維新革命と比べてすらも,桁違いに少ない犠牲で,それらと比肩しうるような社会革命を短期間で達成したのだ。

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 ■チャパガオン

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 ■テチョ

(3)革命英雄プラチャンダ
そのマオイスト革命を指導した英雄が,プラチャンダ=プシュパ・カマル・ダハール(マオイスト現議長)である。プラチャンダの勇猛果敢,政治力,統率力,柔軟性,そして天性の明るさ(ネアカ)がなければ,マオイスト革命の達成は,およそ不可能であった。今日のネパール人民の自由・平等は,英雄プラチャンダに多くを負っているといっても過言ではない。

(4)世に憚る英雄豪傑
そのプラチャンダが,カトマンズ第10選挙区で得票第3位,屈辱の落選。彼の率いるマオイストも全国で総崩れだ。

その理由を,内外のマスコミ,知識人,政官有力者らは,口を揃えて,プラチャンダの変節堕落に求め,罵詈雑言,言いたい放題だ。丸山真男はかつて,現在の「失敗」を過去にさかのぼって糾弾する本質還元主義の誤謬を完膚なきまでに批判した。昨今のプラチャンダ批判は,まさにその本質還元主義そのものだ。つい数年前,「民衆が立ち上がった!」と浮かれ歓喜したのは,いったい誰だったのか? 

カースト差別,民族差別,女性差別といった社会悪の撤廃を願ったのは,ネパール人民であり,それを支援したのは,西洋諸国であった。そして,その期待に応え,自由・平等の目標に向け,ネパール社会を大きく前進させたのは,プラチャンダの率いるマオイストであった。これは誰しも否定できない歴史的事実である。

その事実を無視し,最大の功労者たるプラチャンダへ掌を返したような罵詈雑言を投げつけるのは,いわば「下衆の勘ぐり」,あるいは「英雄世に憚る」ということにすぎない。西郷がそうであったように,英雄豪傑は通俗的で偏狭な世間には器が大きすぎる。むろん英雄豪傑の多くは,厳密に言えば神話であろうが,そうした神話をすら後生に残せないような国民の歴史は,正直,面白くない。

(5)矮小通俗社会のねたみと裏切り
プラチャンダへの罵詈雑言は,内外通俗社会の裏切りとねたみによるものだ。プラチャンダの「自由」と「平等」への戦いが成果を上げ始めると,ネパール人民と西洋諸国は,その「行き過ぎ」を恐れ,革命の阻止にかかった。「自由」と「平等」のための戦いは反人道的だから止めよ,と。そして,米国をはじめ諸外国は,政府軍への武器援助など,露骨な内政干渉を始めた。

これは,ネパール人民と西洋諸国がプラチャンダから旧体制派に乗り換えたことを意味する。英雄にしてステーツマンシップに長けたプラチャンダは,この状況下での外国介入強化の危険性を憂慮し,ネパール人民のため人民戦争を中途停止し,旧体制派との和解に応じたのだ。

その革命を裏切ったネパール人民と西洋諸国が,人民への裏切りとか権力私物化とかいって英雄プラチャンダに罵詈雑言を浴びせるのは,まさしく天にツバするもの。ネパール人民や西洋諸国は,プラチャンダに,変節することなく革命理念を追求せよ,と求める勇気はあるのか? プラチャンダに,スターリンや毛沢東になれ,と本気で要求するつもりか?

英雄プラチャンダは,望めばスターリンにでも毛沢東にでもなれたであろうが,その卓越した政治センスに耳を傾け,革命を中途で断念する道を選択した。スターリンや毛沢東より,政治家として熟達していたからにほかならない。

ネパールは,日本以上に,世論が一方に傾きすぎる傾向が強い。大勢順応ジャーナリズムがそれに輪をかける。世論は誰かが操作している。少数意見ないし批判は,いかに極論であれ,日本以上にネパールでは必要とされているといってよいであろう。

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 ■故意か偶然か? キルティプル:11月3日/16日

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/26 @ 11:02