ネパール評論

ネパール研究会

第37代首相はスシル・コイララNC議長

1.首相選挙
ネパール制憲議会=立法議会は2月10日,コングレス党(NC)のスシル・コイララ議長(सभापति शुशिल कोइराला)を首相に選出した(सभापति =chairman, president)。第37代首相。

 首相選挙立候補:スシル・コイララNC議長のみ。
 議員総数:571(2月10日現在)
 政党別議席数:NC196, 統一共産党(UML)175, マオイスト(UCPN-M)80, 国民民主党(RPP)24, 他96(2月10日現在)
 出席議員数:533
 賛成:405(NC,UML,RPP,共産党ML,MJF-L,他)
 反対:148(マオイスト,他)

 140211b ■コイララNC議長(NCホームページ)

2.NC=UML連立政権
スシル・コイララ首相選出は,選挙で大勝したNCとUMLの「7項目合意」(2月7日)により,実現した。

▼NC=UML7項目合意(2月7日)
 (1)新憲法は1年以内に制定。
 (2)第1次制憲議会における憲法関係各党合意事項の承認・継承。
 (3)新憲法施行前に大統領と副大統領を新たに選出。
 (4)現大統領と現副大統領の任期は,制憲議会=立法議会において暫定的に延長する。
 (5)UMLは,首相選挙において,スシル・コイララNC議長に投票する。
 (7)制憲議会議長はUMLとし,NCはこれを支援する。

3.コイララ首相の公約
コイララ首相は,NC=UML連立内閣首相であり,当然,「7項目合意」が基本となる。この合意に基づき,彼は,首相選挙立候補演説において,つぎの「12項目目標」を公約した。

▼12項目目標(2月10日)(nepalnews.com, 10 Feb)
 (1)和平プロセスの継続・完了。
 (2)新しい民主的・共和的憲法の1年以内の公布施行。
 (3)地方選挙の6か月以内の実施。
 (4)経済発展と社会正義のための基本政策の作成。
 (5)インフレ抑制。
 (6)すべてのバンダ(ストライキあるいは閉鎖)の規制。
 (7)紛争被害者の救済。
 (8)法の支配による平和と秩序の確立。
 (9)内外資本の投資環境の改善。
 (10)インフラ建設および社会サービスの可及的速やかな促進。
 (11)印中および他の友好国との関係の強化。
 (12)すべての政党とつねに協力し,コンセンサスによる統治を目指す。

 140211a ■コイララ首相フェイスブック

4.勇猛にして清貧
スシル・コイララ氏は,1939年生まれで74歳。独身で,質素な生活を好み,「清貧指導者(saint leader)」などとも評されている。

一方,スシル氏は,名門中の名門,コイララ一族の一員であり,パンチャヤト期にはBP・コイララ,ギリジャ・コイララらとともに激しい民主化闘争を闘っている。

特に有名なのは,1973年のギリジャをリーダーとするハイジャック事件。1973年6月10日,NC党員3人がビラトナガルを離陸したロイヤル・ネパール航空機をハイジャックし,インド・ビハール州に強制着陸させ,ネパール政府公金3百万ルピーを強奪した。反パンチャヤト武装闘争の軍資金とするためだった。スシルは,このハイジャック事件の支援メンバーの1人として逮捕され,デリー監獄に投獄されたが,1975年,保釈された(wiki)。

政党活動が禁止されていたパンチャヤト期には,ガネッシュマン・シン,KP・バッタライなど激しい実力闘争を闘い長期間投獄された政党政治家が,たくさんいた。スシル首相もその1人なのである。

 140211c ■NCトロイカ(NCホームページ) 

5.揺り戻し
NC=UML連立コイララ内閣が,「行きすぎた」民主化革命体制からの揺り戻しとなることは間違いない。「12項目目標」を見ても,バンダ規制や「法の支配」強化があげられている。

NCとUMLは旧1990年体制の中心勢力だったし,コイララ首相に賛成投票したRPPも今回の選挙で26議席を獲得し勢力を回復しつつあ。

さらに,マオイストは野党を選択したものの,幹部らはこの数年で戦利品を十分すぎるほど手中にし,体制内化している。プラチャンダ議長自身,「1年以内の新憲法制定というコイララの公約は評価できる。われわれは,憲法制定を建設的な立場から支援する」と明言している(Republica, 10 Feb)。

だから,2007年暫定憲法体制からの揺り戻しは避けられないだろうが,問題は,それがどの程度になるか。たとえば,「12項目目標」の公約では,新憲法は「民主的・共和的」とされている。「連邦制」はない! たまたまなのか,それとも意図的なのか? もし意図的に落としたとすれば,これは大問題になる。

歴史的に見ると,イギリス革命,フランス革命など大きな革命はたいてい「行きすぎ」,それへの揺り戻しが起こり,結局,状況から見てそこそこ妥当なところに落ち着く。巨視的に見れば,ネパール革命も,そのような経過をたどるのではないだろうか?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/02/11 @ 19:43

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