ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

ネパールの農薬汚染,中国が報道

1.ネパール野菜の高濃度残留農薬
中国の新華社通信記事(7月18日)によれば,カトマンズの野菜の14%から,WHO基準を大幅に超える農薬が検出された。胡椒,ニガウリ,ほうれん草,ジャガイモ,トマト,タマネギなど。検査したのはネパール農業開発省。

農業開発省のJM.カナル氏は,新華社記者インタビューに,「ネパールの農業が化学製品依存になってしまったのは,実に残念だ。・・・・消費者を守るため,厳しい対策をとることにした」と語っている。

ネパール農作物の農薬汚染については,以前から問題にされていた。農薬輸入はこの10年で7倍になっている(Gorkhapatra,1 Jan.2014)。しかし,むろんネパール全土が農薬汚染されているわけではない。農薬多用は,伝統農法の地方貧農ではなく,消費者向け商品農作物を作っている,多少とも資本主義化した農家だ。生活の都市化と,農業の近代化・資本主義化が,農薬まみれ農作物を生み出しているのだ。

ネパール近郊農業 ■ネパール都市近郊農業

2.自然離反の農業近代化
農業の近代化・資本主義化は,一般に,農業の自然からの離反,化学肥料・農薬依存をもたらす。この自明の理をわきまえず,上から目線で,優越感にむせびながら,たとえば「上海福喜食品」事件など,中国の食品問題を一方的に非難するのは,天に唾するもの,小国の小児,みっともないことこの上なし。

論より証拠,八百屋やスーパーの生鮮食品売り場にいけば,品定めに余念がない多くの買い物客を目にすることができる。品定めの基準は,(1)安い,(2)大きくて形が良い,(3)新鮮で美しい。(「味」はむろん重要だが,これは食った後でなければ,分からない)。

これが農作物の「商品」としての評価基準であることに間違いはなく,そうであるなら,商品生産者たる農家が,その基準に合わせて,「商品」としての農作物を作るのは当然ではないか。

3.自業自得の日本消費者
かつて高度経済成長期の日本では,すべてとはいわないが相当数の農家が,出荷用と自宅用を分けて栽培していた。出荷用には,化学肥料をたっぷり施し,農薬をふりかけ,大きくて美しい「商品」としての農作物を作った。自宅用は,有機肥料で,無農薬か低農薬で育てた。当然,自宅用は,形が悪く,虫に食われ,切ると中から青虫などが出てくることもあった。それでも農家は,自宅用には,そうした農作物を作り食べていた。安全だと知っていたから。

近くの町の人々も,日々の農作業が見えるので,できるだけ自然な農作物を買って食べようとし,農家もそれが分かっているので,近くの人々には自家用かそれに近い農作物を売るようにしていた。

が,遠くの都市住民の健康のことなど,知ったことではない。都市住民は,農作業のことには関心がなく,目の前の「商品」としての農作物をただ買いたたくだけ。農家としては,消費者の品定め3基準に合わせなければ,農作物は売れない。かくして,日本の農業も化学肥料・農薬依存となった。これは全部,消費者自身が求めたこと。

4.食の安全はカネで買え
食の安全をいうなら,カネをだせ! 形が悪くても,虫食いでも,青虫が出てきても,文句言うな!

そもそも,日本企業は,中国産の食材・食品に,いくらカネを払っているのか? タイから,鶏肉やエビをいくらで仕入れているのか? 安全なものが食べたいなら,自分の目の届く身近なところでつくられる食材・食品を,適正なカネで買い,食べるべきだ。

食材・食品を単なる「商品」と見なして買いたたく資本主義社会の「根無し草」市民なら,多少の農薬,多少の異物,多少の賞味期限切れなど,我慢せよ。すぐ死ぬわけではないのだから。

140728 ■農薬汚染風刺画(Nepali Times, 2014-07-28)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/07/29 @ 10:50

カテゴリー: 経済

Tagged with , ,