ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for 9月 2014

安倍首相の国連演説とカタカナ英語の綾

安倍首相が9月25日,国連で,また英語演説をした。英語は,ほとんどの日本人にとってチンプンカンプンの外国語であり,母語ではない。その異国の言語を,日本国元首たる首相が,国連という公の場で日本国民を代表し演説する場合,なぜ使わなければならないのか?

140928 ■国連演説(官邸HP)

1.取り戻すべきは日本語
安倍首相は,「日本を取り戻す」を信条とする愛国主義者だ。では,その取り戻すべき「日本」とは何か? 答えは様々でありうるが,もっとも核心的なものは「日本」をして「日本」たらしめている「日本文化」であり,その核心の核心が「言語」,つまり「日本語」だ。多くの日本人にとって,日本語は祖先から連綿として受け継がれてきたかけがえのない「母語」なのだ。

むろん,蛇足ながら誤解なきよう述べておくと,日本語以外の言語を母語とする日本人も,権利義務において,日本語を母語とする日本人と完全に平等であり,何ら差別されるはずはない。それを当然の前提とした上で,日本国元首たる首相が国連や他の公の場で日本国民を代表して発言する場合,便宜的にどの言語を選択し使用すべきかといえば,それは圧倒的多数の日本人の母語であり首相自身の母語でもある日本語をおいて他にはありえない。ほとんどの日本人が理解しえない外国語で,自分たちの代表たる首相が国連や他の国際会議の場で演説する――国民にとって,これほど卑屈で惨めなことはあるまい。

2.内外二枚舌の危険性
安倍首相は,国内向けには「日本を取り戻す」を信条とするコワモテ愛国主義者だが,一歩,外に出ると,英語帝国主義国に「日本を差し出す」お人好しの従属的「国際主義者」に豹変する。首相には,国内向けの舌と外国向けの舌がある。内外二枚舌!

世界各地において,少数派文化集団・言語集団が,自分たちの文化=言語=魂を守るため,長年にわたって艱難辛苦,どれほど苦しい闘いを強いられてきたか? 「国際派」の安倍首相が知らないはずはあるまい。

にもかかわらず,安倍首相は,自ら進んで,嬉々として,自らの母語=魂を英語帝国主義国に差し出す。国際社会で自国の母語すら使えない情けない国が,安保理常任理事国のイスを要求する? チャンチャラおかしい。日本国元首(=首相)たるもの,堂々と日本語で演説し,有能な専門家に国連公用語に正確に通訳してもらうのが,筋だ。(現在の国連公用語は差別的であり,国連自身の多文化共生理念に反するが,この問題については別途論じる。)内容のある演説なら日本語でも(通訳を通して)傾聴され,無内容なら英語でも居眠りされる。

安倍首相の内外二枚舌は,国内政治的には,十分に計算されたものだ。今回の国連演説でも,たとえば――
  [英語演説]    [政府日本語訳]
 ”war culture” ⇒⇒ 「ウォー・カルチャー」
 Proactive Contribution to Peace ⇒⇒ 積極的平和主義

国連英語演説の”war culture”が,国内向けの日本語訳では「ウォー・カルチャー」。これは断じて日本語ではない。なぜカタカナ英語にしているのか?

“war culture”は,いうまでもなく本来の「積極的平和(positive peace)」主義において使用されてきた概念である。ガルトゥングらは,平和の反対概念を「暴力(violence)」と捉え,その暴力には「直接的」「間接的(構造的)」「文化的」の三層があると考えた。これらのうちの「文化的暴力」は,最も基底的なものであり,戦争ないし暴力を容認したり是認したりする文化,つまり「平和の文化(culture of peace)」の反対概念たる「暴力の文化(culture of violence)」ないし「戦争の文化(culture of war)」のことである。では,もしそうなら,なぜ日本政府は「戦争文化」ないし「戦争容認文化」と訳さないのか?

一般に,行政がカタカナ英語を使うのは,ズバリ,本来の意味を誤魔化したり微妙にずらしたりして,国民を行政の望む方向に誘導するためである。「ウォー・カルチャー」もしかり。安倍首相が,「戦争容認文化」「戦争是認文化」の旗手たることは,国内では誰一人知らない人はない。それなのに国連演説では,世界世論に迎合するため――

Japan has been,is now, and will continue to be a force providing momentum for proactive contributions to peace.Moreover,I wish to state and pledge first of all that Japan is a nation that has worked to eliminate the “war culture” from people’s hearts and will spare no efforts to continue doing so.(国連演説英語原文)

と,大見得を切ってしまった。正確に訳せば,「人々の心から“戦争文化(戦争容認文化・戦争是認文化)”を除去する」となる。が,そう訳してしまうと,国内ではまさしく「戦争文化」の旗手たる安倍首相が困ったことになる。明々白々,丸見えの自己矛盾,自己否定だ。そこで知恵者・日本行政は例の手,カタカナ英語を繰り出した――

「日本とは、これまで、今、この先とも、積極的な平和の推進力である。しかも人の心から『ウォー・カルチャー』をなくそうとし、労を惜しまぬ国であると、まずはそう申し上げ、約束としましょう。」(国連演説政府訳)

「ウォー・カルチャー」は英語でも日本語でもない。それは,”war culture”でも「戦争文化」でもない。そして,その限りでは,それは「誤訳」ではない。

しかし,このようなカタカナ英語による内外二枚舌の使い分けは,いずれ必ず露見する。日本政府の信用は根底から失墜し,世界社会からも日本国民からも見放されてしまうであろう。

もう一つ,今回国連演説でも,「積極的平和主義」の誤魔化しが繰り返された。
 [国連演説] a force providing momentum for proactive contributions to peace
    ⇒⇒[国内向け政府訳] 積極的な平和の推進力
 [国連演説]Proactive Contribution to Peace
    ⇒⇒[国内向け政府訳] 積極的平和主義
この点については,すでに批判したので,参照されたい。
 [参照]自称「右翼軍国主義者」の「積極的平和主義」:安倍首相の国連演説

3.英語帝国主義国の精神に支配される日本国の身体
今回の国連演説で,安倍政権の危険性がさらに明白となった。国内では「日本を取り戻す」コワモテ愛国主義者,外国では英語帝国主義にひれ伏し日本の魂=日本語を売り渡すよい子ちゃん。

西洋合理主義によれば,情念や身体は魂(精神・理性)により支配されなければならない。とすれば,日本の身体も,当然,魂を売り渡した英語帝国主義国の意思により支配されねばならないことになる。カネだけではなく軍隊も出せといわれれば,はいはい分かりました,と国民の身体を差し出す。この屈辱の論理を誤魔化しているのが,英語演説とカタカナ英語と誤魔化し翻訳。

このままでは,「日本を取り戻す」どころか,いずれ日本は精神的にも身体的にも真の独立を失い,ヘラヘラ,カタカナ英語をしゃべる軽薄卑屈な三流従属国家に転落してしまうであろう。「日本を取り戻す」のであれば,まず日本語から始めよ! 

谷川昌幸(C)

サハナ・プラダンさん,死去

サハナ・プラダン(सहाना प्रधान)さんが,2014年9月22日,亡くなられた。87歳(1927/7/11-2014/9/22)。集会で何回かお見かけしたが,直接,お話ししたことはない。それでも,亡くなられると,一方的なものとはいえ,同時代的なネパールとのつながりがまた一つなくなってしまい寂しい限りだ。

サハナさんは,ネパール共産主義運動の最初期からの女性リーダーの一人。17歳で反ラナ闘争に参加し,1947年には「ネパール女性同盟」に創立メンバーの一人として参加(議長はガネッシュマン・シンの妻マンガラデビ・シン)。また1951年頃には女性参政権運動に参加。そして,1954年,ネパール共産党結成メンバーのプシュパ・ラル・シュレスタと結婚した。

1978年のプシュパラルの死後は,プシュパラル派をバックに活動し,反パンチャヤット闘争では何回も投獄されたが,コングレス党のガネッシュマン・シンらと協力し,1990年,パンチャヤット王政を打倒し,立憲君主制の政党政治を実現した。生涯にわたって,ネパールの共産主義運動と女性運動の中で重要な役割を担い続けてきた。
  ・統一左翼戦線(ULF)議長,1990
  ・CPN-ML議長,1978-2002
  ・CPN-UML中央委員(2003-?)
  ・通産大臣(1992-03)
  ・女性・子供・福祉大臣(1996-67)
  ・外務大臣(2005,07-08)。2007年外相として訪日。

140926a ■葬儀報道(Rising Nepal, 24 Sep)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/09/26 at 16:52

高知の性政治

全国の自治体が,国民健康管理の「生政治」にとどまらず,いまや恥も外聞もかなぐり捨て,“産めよ殖やせよ”の「性政治」に狂奔している。

1.高知の桃色路面電車
とりわけ,ビックリ仰天したのが,たまたま訪れた高知の性政治。高知を走る路面電車に,高知県がピンク色公告を貼っているのだ。(撮りそこねたが,この写真の電車よりもっとド派手な電車も走っていた。)たまげた。
 ▼車外:桃色の出会い系宣伝板取り付け
 ▼車窓:ハート多数貼付
 ▼車内:県公認出会い系サイト宣伝「高知で恋しよ!!」
     「高知県が運営する恋と出会いの応援サイト」
     「出会いイベントの情報・申込み」
     「高知の出会いと結婚応援団」
     「高知出会いのきっかけときめきパーティー」

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 ■電車外側貼付看板/ハートだらけの車窓

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 ■車内ポスター/同左拡大

2.少子化対策
このような性政治は,高知県だけでなく,他のどの地方の自治体も多かれ少なかれ行っている。旗振りは,いうまでもなく中央政府。いわゆる「少子化対策」がそれで,2013年度補正予算に「地域少子化対策強化交付金」30億円を計上。都道府県4000万円,市町村800万円。実施例は,いずれも見るもバカバカしく気恥ずかしい,ピンクなものばかり。たとえば,静岡県の大学生恋愛対策。他県については,下記「資料」参照

140922f 140922i
 ■秋田県少子化対策局HP/島根県少子化対策推進室HP

3.恋と性の国家管理
そもそも恋愛や性はプライバシー(私的領域)の中でも最も私的なものであり,公権力による介入は許されない。公権力は公開と公的コントロールに服すものであり,私的領域の守られるべき秘密と自由を保護するためにこそあるといってよい。

そうした私的領域の秘密を必要としないのは,神か動物であり,断じて人間ではない。公然と性行為をしても動物や神々は全く恥じることはないし,またキリスト教の唯一神はそもそも性交渉を必要とはしない。ただ人間だけが,隠れてコソコソ性行為をする。それは人間の宿命であり,その秘密と自由を失えば,人間は人間ではなくなる。

現代の生政治=性政治は,人間の私的領域の秘密と自由を放置できない危険とみなし,その領域に介入し,公的支配に組み込もうとしている。その典型が,日本国政府の「少子化対策」だ。

この「少子化対策」は,戦前・戦中の「産めよ殖やせよ」政策よりも危険ですらある。以前は,少なくとも結婚までは,親や親戚近隣縁者らが男女の仲を取りもった。たしかに国策としての様々な奨励や誘導はあっただろうが,大学生に恋の手ほどきをするほどの,恥ずかしいところに手の届くような手厚い公権力介入ではなかった。

ところが,現代日本の「少子化対策」はそうではない。いまでは中央や地方の公権力が,公金(税金)を使い,そもそもの初めから「出会い」の場をあてがい,男と女を引き合わせ,結婚させ,性行為を促し,子を産ませようとしているのだ。 

万人監視の公開と強制を本質とする公権力が,秘密と自由を本質とする男女の性行為を終始コントロールする! 恋と性の国家管理!

国家や地方自治体の「少子化対策」は,いかにソフトなピンク色のものであれ,本質的に私生活への不当な権力介入であり,人間の人間的な自由に反する。

4.その先には何が?
それでも,日本は「少子化対策」にむけ大きく舵を取った。そして,今日も高知では,ハートをちりばめた桃色の「出会いと結婚応援団」電車が,街中を走り回っている。いったい私たちは,どこに向かって進んでいるのであろうか?

140922d ■高知県少子対策課HP

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[参考資料]結婚に向けた情報提供等(内閣府HP)
茨城県】結婚に関して悩みを抱えるすべての方からの相談対応 。本人のみならず親、親戚、友人等すべての方からの悩みや疑問に答える相談窓口を開設する。
香川県】親世代を中心とした理解の促進。 親世代を中心に広く県民に「結婚活動をしないと結婚できない時代」という現状についての理解を深めるとともに、親や地域の一員ができることを紹介するシンポジウムを開催。
岡山県】結婚応援者のスキルアップ、ネットワークの強化。様々な結婚支援の取組を行い高いスキルを持つ団体が、結婚支援NPOや行政担当者、市町村の結婚推進員等の結婚応援者のスキルアップのためのセミナーを行うとともに、関係者間のネットワークの強化を進める。
広島県】結婚に向けた行動促進、企業内の推進役によるサポート。 会員登録制による直接的な意識啓発により自らの行動を促進するとともに、企業内の推進役によるサポート、サポーター同士の交流を行う。
富山県】企業との連携による結婚支援の取組。 結婚希望男女の情報を一元化し、効果的なマッチングを行うとともに、県と企業との結びつきが強いという強みを活かし、企業の人事担当者を対象にした従業員に対する結婚支援のノウハウ等のセミナーや、企業からの推薦を受けた結婚希望者等を対象としたセミナーを行う。
徳島県】企業、団体、県人会等とのネットワークの構築。企業・団体、在京、在阪の県人会、地域のNPO、農協、漁協等のネットワークを構築し、従業員や会員等に対する、地域の実情に応じた未婚男女へのマッチング支援、情報提供、相談対応等を行う。
静岡県】大学生による大学生のための少子化対策(恋愛、結婚等)。大学生が、同世代の大学生のために、恋愛や早期の結婚を意識させるための企画から実施までを一貫して行う。
埼玉県】未婚者に対するライフデザイン構築の支援。 未婚者を対象に、結婚や家庭を持つことの意義を啓発するとともに、妊娠・出産・育児等に関する正しい知識の普及を行うことで、受講者がライフデザインを構築できる支援を行う。
愛媛県】成婚に至ったモデルなど好事例の取りまとめ、発信 独身者及び婚活支援者向けの講座を開催するとともに、これまで県の結婚支援センターの事業で蓄積された事例から、成婚に至ったモデル、独身者への好アドバイス等の事例の取りまとめ及び発信を行う。
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[引用者コメント]
最高学府の大学生の恋を公権力が支援。手引きされなければ,恋もセックスも出来ない! それで大学生?
②「マッチング」はカタカナ英語。世間では,イヌネコを掛け合わせる場合などにもよく使われる。
③「結婚希望男女の情報を一元化」。こんなことにまで公権力が関与してよいのか?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/09/23 at 17:40

無視される日本国憲法

ネパール制憲議会(CA)が2015年初春の制定・公布に向け,新憲法の起草をしているが,その過程において,日本国憲法はほぼ完全に無視されている。

1990年憲法制定過程においては,日本国憲法は最も重要な外国憲法の一つとされ,憲法調査団さえ,日本に派遣された。1990年憲法には,日本国憲法を参考にしたと思われる条文も,いくつかある。

ところが,今回の新憲法制定では,日本国憲法は全くお呼びではない。たとえば,国連開発計画(UNDP)の「ネパール参加型憲法制定支援(SPCBN)」の参照用外国憲法は,下記の通り。

140921a Support to Participatory Constitution Building in Nepal (SPCBN)
Constitutions of Other Countries
 1) The Constitution of France (नेपाली English)
 2) The Constitution of Socialist Republic of Cuba (नेपाली)
 3) The Constitution of the People’s Republic of China (नेपाली)
 4) The Constitution of Austria (नेपाली English)
 5) The Constitution of South Africa (नेपाली)
 6) The Constitution of Ethiopia (नेपाली)
 7) German Basic Law (नेपाली)
 8) The Constitution of Canada 1982 (नेपाली)
 9) The Constitution of United States of America (नेपाली English)
 10) Indian Constitution (English)
 11) Federal Constitution of the Swiss Confederation (नेपाली)
 12) The Draft Constitution of Kenya (English)

理由は,いくつか考えられる。第一に,今回は,世俗共和制,連邦制が前提であり,象徴天皇制単一国家の日本国憲法は,原理的になじまないということ。第二に,ネパールは武装独立,国軍堅持だが,日本国憲法は非戦非武装(第2章第9条)だということ。そして,第三に,日本の国力が減退し,存在感ないし影響力が小さくなっているということ。

むろん,先進諸国のネパール憲法制定支援は,実際には支援にとどまりえず,事実上,国政の根幹への広範な介入,赤裸々な内政干渉になっている。もし私がネパール人なら,愛国心を奮い立たせ,外国介入阻止,排外闘争に走っていたかもしれない。日本とならび,有史以来,独立を維持し続けてきた誇り高きネパールにとって,外国の憲法制定支援介入は政治的屈辱であり,最良の友好国・日本としては,そのようなポストモダン型ネオ植民地主義への加担は警戒すべきであろう。

が,それはそれとして,UNDPの参照憲法資料リストから日本国憲法が外されているのは,愛国者の一人として,無性に腹が立ってならない。UNDPの最大スポンサーは日本(下記グラフ赤線)。米仏独ばかりか社会主義の中国ですらあるのに,なぜ日本の憲法はないのか? (英国は不文憲法。)

140921 ■UNDP拠出金。※その他の資金はコスト・シェアリングと信託基金の合計。出典:UNDP, Annual Review of the Financial Situation(UNDP駐日代表事務所)

たしかに日本国憲法は古い。しかし,少なくとも第2章第9条の戦争放棄は,世界最先端であり,たとえネパールが最終的には武装独立を採るにせよ,もう一つの選択肢として十二分に検討されるに値する規定だ。これを参照憲法資料にすら掲載しないのは,明らかにUNDPの政治的意思であり,その見識を疑う。

ネパールの友人・知人には,日本国憲法,少なくとも第2章第9条は,参照憲法資料に追加されるべきではないか,と問題提起してみたいと思っている。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/09/21 at 11:54

渥美資子さんとNBSAのユニークな支援活動

渥美資子さんが,2014年8月10日,休養帰国中の東京で亡くなられた。まだ60歳すこしのはず,まったくもって惜しまれる。

140919a ■渥美さんとグワッチャさん:広島講演会(AICAT=中国新聞2002/5/18)

1.NBSAの活動
渥美さんが,NBSA(Nepal Blind Support Association,ネパールの視覚障害者を支える会)を本格的に立ち上げられたのは,2002年3月。以来,12年の長きにわたり,しかも人民戦争とその後の大混乱の中で,NBSAの様々な支援活動を現地ネパールにおいて精力的に続けてこられた。主な活動は以下の通り。
 *視覚障害者訓練所兼集会所の開設・運営
 *点字情報誌『タッチ』発行
 *カセットライブラリー,トーキングブック(大学教科書,小説などの音読録音ライブラリー)の作成・発行
 *音声パソコン講習会
 *「子供クイズ大会」を毎年夏の「子供の日」に実施
 *点字講習会
 *裁縫,アイロンがけなどの家事訓練
 *つめ切り,顔剃りなどの身だしなみ訓練
 *「白杖の日」行事参加
 *各種障害者団体との連携事業
 *日本でのNBSA活動報告会(年1回開催)
 [参照]NBSAホームページ

140919c 140919d ■裁縫訓練/爪切り訓練(渥美2008年9月)

2.ユニークな自立支援
私は,これらの活動のほんの一部を拝見したにすぎないが,それでも渥美さんのユニークな支援方法に強い印象を受け,多くを教えられた。

第一に,渥美さんには,視覚障害者支援に強い関心をもち,信念を持って取り組んでいたが,それにもかかわらず,支援者が陥りがちな「押しつけ支援」的なところは全く見られなかった。視覚障害者の自立が支援目的なので,はたから見ていると冷たくさえ感じるほど,障害者自身の努力に任せていた。

最も印象的だったのは,毎年夏に開催の「子供クイズ大会」。大会の運営はすべてネパール側に任されていたし,また,視覚障害者のクイズ問答も驚くほど高度なものであった。
 [参照]視覚障害児クイズ大会

第二に,渥美さんもNBSA活動の宣伝はされていたが,それでも,あえて組織を大きくしようとはせず,視覚障害者個々人の自立努力を見守ることが出来る範囲にとどめられていた。カトマンズにほぼ通年居住し,活動されているのに,この自己抑制。見習おうとしても,なかなか出来ない規律ある態度である。

このように,渥美さんの活動は,専門外の私が年一度の訪ネの際,垣間見る程度にすぎなかったが,それでも強い印象を受けるユニークなものであった。この渥美さんの信念,活動への献身は,そもそも何に由って来たるものであったのだろうか?

3.死生観
ネパール視覚障害者支援の動機について,直接,渥美さんにお伺いしたことはない。視覚障害者問題は専門外なので,渥美さんとの議論は,ネパールの文化や政治に関するものが多かった。

そうした議論の中で,最も興味深かったのが,死に関する渥美さんの考え方。

ネパールは,死に満ちあふれていた。出生率は高いが,母子死亡率も高かった。平均余命は短く,特に医療不備の地方では,人はあっけなく死んだ。死はごく身近な現象であった。(最近は大幅に改善されているが,まだまだ不十分。)

人が死ぬと,遺体は川岸のガートの火葬場で荼毘に付される。薪を積み,遺体を乗せ,焼き,灰は川に流す。即物的であり,身体が焼け,灰となっていくのが,丸見えだ。その限りでは,サンマやブタの丸焼きと,何ら変わりはない。その光景は,よそ者の目には,厳粛,非日常とはほど遠い。人間も,生ある無数のものの一つとして生まれ,死ぬにすぎない。やるせない無常観,そこはかとない寂寥観に囚われざるをえない。

カトマンズに居住しネパールのそのような死を日々目にしていたであろう渥美さんの死生観は,極めて即物的であり,死は自然現象の一つにすぎない,というものであった。しかもその上,渥美さんは唯物論者であり,ヒンドゥー教や仏教の信仰はない。したがって,輪廻転生を信じることにより,自然現象としての死を意味づけ受け入れるという逃げ道もない。死は死であり,ただそれだけ。

140919b ■日常の中の死:パシュパチナート(Ekantipur)

4.評価峻拒の支援活動
私が聞きえた限りでは,渥美さんの死生観は,このようなものであったが,もしそうだとすると,NBSA活動の動機は何であり,それをどう意義づけられていたのであろうか? 

現世での世間的評価を全くといってよいほど気にかけていなかったことは,先述の通りだ。現世的成功は目的ではない。では,死後の評価はどうか? ネパール人民,人類,歴史など,何でもよいが,そのような個々人の存在を超えて存続すると想定されるものへの貢献と,その結果としての評価。これについても,渥美さんははっきりと否定された。そのような超個人的なものによる意義づけは無用だというのだ。

世評にも,何らかの普遍的理念や価値にも訴えないとすると,残るは,働きかけるネパール視覚障害者との関係だけだが,ここでも渥美さんは,彼らからの感謝や評価を特段期待しているようには,少なくとも私には見えなかった。淡々と,しかし本気でもって献身的に,NBSA活動に打ち込むだけ。

このような評価峻拒の支援活動そのものへの献身を12年の長きにわたって続けることが,どうして出来たのか? まったくもって凡人には解きがたい,大きな謎である。

5.没後の評価
渥美さん本人はNBSA活動の評価を峻拒ないし超越していたが,没後の現在,世間がそれをしていけないわけはない。専門外の私が年一回の訪ネで垣間見ただけでも,NBSAの活動はユニークであり,指導者養成など,ネパール視覚障害者自立運動にいくつもの重要な貢献をしている。これは,今後,日ネ両国において正当に評価されるべきであろう。

――以上は,渥美さんの訃報を聞き,私が感じたこと,思ったことを,あやふやな記憶を頼りに書き記したにすぎない。事実関係や解釈の間違いが多々あるかもしれないが,それらは,もし天国というものがあり,そこで再びお目にかかる機会があれば,お叱りいただき,訂正させていただくことにしたい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/09/19 at 13:52

朝日の「おわび」チラシ

朝日新聞が,9月18日朝刊に「おわび」チラシを入れた。危機管理ゼロ。朝日誤報をめぐる問題の本質がまったく見えていない。ジャーナリズム失格。

朝日「おわび」チラシは,おそらく購読急減にあわてた販売店からの強い要求で配布されることになったのだろう。チラシという形式もさることながら,文面も極めて形式的であり,「出しましたよ」の官僚主義的アリバイ文書にすぎない。

しかも「朝日新聞社」名義で出しているにもかかわらず,肝心要の日付が一切ない。日付なしの文書が歴史的検証に耐えうると,朝日新聞は考えているのだろうか? それとも,販売店が勝手に作成し配布した急場しのぎの「わび状」にすぎないのか?

朝日は,チラシで詫びるといった場当たり的で軽薄姑息なことはせず,紙面で堂々と,自社の考えを述べるべきだ。報道に誤報はつきもの。きちんと対応すれば,信頼失墜には陥らない。

そして,「常識」と「良識」の高級紙としての節を曲げることなく,問題の本質に大胆に,勇気を持って鋭く切り込む記事を書く努力をしていただきたい。

「売らんかな」のセンセーショナリズムと,数歩遅れの権力追従と,そして,その場しのぎの形式主義・官僚主義を払拭しないと,朝日新聞は本物のジャーナリズムを求める本物の読者から見放されてしまうだろう。

[参照]朝日の変調と変節

 
ご愛読者のみなさまへ深くおわび申し上げます

謹啓

 初秋の候、朝日新聞のご愛読者のみなさまにおかれましてはご清栄のこととお喜び申し上げます。いつも朝日新聞をお読みいただき、ありがとうございます。心からお礼申し上げます。
 ご存知のように弊社の「慰安婦問題特集」「池上彰さんのコラム『新聞ななめ読み』」「福島第一原発事故に関する吉田調書の記事」をめぐる問題で、たいへんなご心配をおかけするとともに、紙面に対するみなさまの信頼を損ねる結果となり、ご迷惑をおかけいたしました。深くおわびいたします。申し訳ございませんでした。

 このたびの件を反省し、弊社は、まず社内で「信頼回復と再生のための委員会」を立ち上げ、取材・報道上の問題点を早急に点検・検証し、紙面づくりにいかしてまいります。慰安婦報道につきましては社外の有識者による第三者委員会を新設します。過去の記事の作成や訂正に至る経緯、今回の特集記事の妥当性、朝日新聞の記事が国際社会に与えた影響などについて検証いたします。また、吉田調書につきましては、誤った記事がもたらした影響などについて、従来からある弊社第三者機関の「報道と人権委員会」に審理をお願いしました。朝日新聞社外の目でも厳しくご審議をいただき、その結果は随時紙面でお知らせいたします。

 朝日新聞社は、今回の一連の事態を大きな教訓として胸に刻みます。さまざまなご意見やご批判に謙虚に耳を傾け、初心に帰って、みなさまの信頼を回復できるように、社員一丸となって精進してまいります。今後も、紙面と弊社の取り組みを厳しく見守っていただきますよう、切にお願い申し上げます。

 これからますます秋が深まります。どうぞご自愛のうえお過ごし下さいますようお祈り申し上げます。

敬白

朝日新聞社

                                 
140918 ■朝日折り込みチラシ(9月18日)                       

谷川昌幸(C)

       

Written by Tanigawa

2014/09/18 at 10:30

カテゴリー: 文化

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仏陀空港工事も中国企業優勢

バイラワの「仏陀(ゴータマ・ブッダ)空港」の拡張・国際化工事も,受注は中国企業が優勢だ。

仏陀空港の拡張は,3000mの滑走路をもつ本格的な国際空港化が目標。ネパール政府は,もっぱらルンビニ観光のためと宣伝しているが,実際には,タライ地方の産業化のためと見るべきだろう。タライは,中央諸勢力による長年の支配搾取により貧しかったが,ネパールには珍しい広大な平地であり,開発余地は大きい。国境を接して巨大なインド市場もあり,産業化には最適だ。中国資本はさずが目の付け所がよい。(参照:タライの豊かさと貧しさタライの魚釣り少年

[工事予定]
 第1期(2017年完成?) 76万人/年
 第2期(10年後)    200万人/年
 第3期(--)     600万人/年

乗降客600万人/年の多くが国際線利用だとすると,いまの中部国際空港なみ。野心的だが,絶好の立地を考えると,決して夢ではない。

融資は,ADBアジア開発銀行5850万ドル,OPEC国際開発基金(OFID)1500万ドル。OFIDは他の案件でもときどき目にする。最近は,産油国の経済進出もめざましい。

140917a ■バイラワ空港(nepaldomesticflights.com,文字追加)

この仏陀空港拡張工事の第1期入札は,2月26日実施され,7社が応札した。
 (1)西北民航機場建設 Northwest Civil Aviation Airport Co.
 (2)中国交通建設 China Harbour Engineering Co.
 (3)ネパール=スペインJV Sanjose-Kalika
 (-)中国水力発電建設 Sinohydro Co.
 (-)中国海外工程 Overseas Engineering Group Co.
 (-)Isolux-Carsan(スペイン)
 (-)不明1社 

応札7社のうち,4社が中国企業であり,最低価格応札は中国企業。おそらく,この企業が落札するであろう。

朝日新聞の新連載「攻防日中」(9月17日)をみても,このところ他国でもインフラ受注は中国圧勝だ。斜陽日本とは,勢いが違う。インド台頭まで,しばらくは中国の時代――この現実は誰しも認めざるをえないだろう。

140917 ■朝日新聞9月17日

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/09/17 at 10:07

カテゴリー: 経済, 旅行, 中国

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