ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

サハナ・プラダンさん,死去

サハナ・プラダン(सहाना प्रधान)さんが,2014年9月22日,亡くなられた。87歳(1927/7/11-2014/9/22)。集会で何回かお見かけしたが,直接,お話ししたことはない。それでも,亡くなられると,一方的なものとはいえ,同時代的なネパールとのつながりがまた一つなくなってしまい寂しい限りだ。

サハナさんは,ネパール共産主義運動の最初期からの女性リーダーの一人。17歳で反ラナ闘争に参加し,1947年には「ネパール女性同盟」に創立メンバーの一人として参加(議長はガネッシュマン・シンの妻マンガラデビ・シン)。また1951年頃には女性参政権運動に参加。そして,1954年,ネパール共産党結成メンバーのプシュパ・ラル・シュレスタと結婚した。

1978年のプシュパラルの死後は,プシュパラル派をバックに活動し,反パンチャヤット闘争では何回も投獄されたが,コングレス党のガネッシュマン・シンらと協力し,1990年,パンチャヤット王政を打倒し,立憲君主制の政党政治を実現した。生涯にわたって,ネパールの共産主義運動と女性運動の中で重要な役割を担い続けてきた。
  ・統一左翼戦線(ULF)議長,1990
  ・CPN-ML議長,1978-2002
  ・CPN-UML中央委員(2003-?)
  ・通産大臣(1992-03)
  ・女性・子供・福祉大臣(1996-67)
  ・外務大臣(2005,07-08)。2007年外相として訪日。

140926a ■葬儀報道(Rising Nepal, 24 Sep)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/09/26 @ 16:52