ナラヤンヒティ王宮博物館,再訪
6年ぶりに,ナラヤンヒティ王宮博物館を訪れた。入場は前回以上に厳しい。以前は,撮影禁止にもかかわらず,持ち込んだデジカメやスマホでパチパチ撮り放題だったが,いまは入口で厳重なボディ・チェックがあり(男女別,第三の性なし),私物は何も持ち込めない。(参照:王宮博物館と中日米)
博物館は,館内も庭園も,予想に反し,よく管理されていた。前回は,博物館としての開館後日も浅く,特に2001年6月の王族殺害事件現場(トリブバン・サダン)付近は雑然としていたが,いまはきれいに整備されている。ディペンドラ皇太子銃撃のとき出来たとされる壁の銃弾の跡も,くっきり残っており,以前よりむしろ深くなったような気さえする。王族殺害事件は,いまではすっかり過去のものとなり,貴重な観光資源の一つとして役立てられている。
【補足】文化・観光・航空省発行リーフレット「ナラヤンヒティ王宮博物館」は,ディペンドラ皇太子被害者説を採っている。銃撃実行者は特定せず。
館内で気づいたのは,日本関係の展示物や備品が減っていること。ネパール王家は,日本の皇室や政財官界と懇ろであり,その特別の関係を誇示する展示物や備品が以前はたくさんあった。いちいちチェックしていなかったので印象にすぎないが,今回いってみると,それらのかなり多くが無くなっていた。単なる展示の入れ替えや備品の交換にすぎないのかもしれないが。
しかしながら,それよりもなによりも,今回も印象深かったのは,中国の扱い。入場料区分を見ると,中国はネパールの次, 南アジア地域協力連合(SAARC)よりも前だ。単にゴロのためかもしれないが,こうした場合,そう見るのはナイーブすぎる。やはり何らかの配慮が働いているのだろう。そもそもネパール王室は中国と仲がよかった。そのゆかりの地への入場には,やはり中国への敬意を表するのが筋であり礼儀というものかもしれない。
谷川昌幸(C)
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