ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for 7月 2015

時間の豊かさ

いつものことだが,ネパールの伝統的集落,たとえばここキルティプルを歩いていると,前資本主義社会の豊かさに圧倒される。

キルティプルの丘の上の集落は,本当に不思議な社会だ。あちこちで人々が手で糸を紡ぎ,手織りで布を織っている。絨毯の手組もやっている。そうかと思えば,いつ売れるのか,売る気があるのか見当もつかないような彫刻置物屋さんもある。そして,商店。狭い丘の上の小さな路地裏にまで,いたるところにある。いったい何人を相手に商売をしているのだろう? 1日に客が何人来るのだろう? 

キルティプルの丘の上の商工業は,資本主義の観点からすれば,およそ不合理,経済合理性がまるでない。もし誰かが「資本主義の精神」に目覚め,利潤の合理的追求を始めるなら,これらの商店や家内手工業は,あっという間に淘汰され,消えてしまうだろう。

が,そうはならない。いつまでも同じ。時はカネに変換されることなく,丘の上にふんだんにあふれかえっている。とにかく,みな暇そうだ。あちこちにたむろし,ボケーとしたり,おしゃべりしたり。無為の時間ほど,人生にとって贅沢で豊かなものはない。

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 ■豊かな時間の中の人々/野の花。牛も山羊も食わないらしく,いたるところ生い茂っている。無用の美。

谷川昌幸(C)

 

Written by Tanigawa

2015/07/31 at 10:09

カテゴリー: 経済, 文化, 旅行

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動物供犠停止か? ガディマイ祭

ネパール各紙やロイターなどの報道によれば,ガディマイ祭動物供犠が停止されるらしい。ガディマイ寺院運営基金は公式に停止とは発表していないらしいが,動物愛護団体の圧力に屈し,事実上の停止に追い込まれたようだ。

記事では,インドやネパール国内の反対にも言及されているが,国際的な反対運動の中心は実際には欧米の「動物の人権と福祉」擁護諸団体である。実にケシカラン。許せない。ネパールの動物供犠派は,もっと怒るべきだ。(以下,これまで幾度か述べてきたことで繰り返しになるが,腹の虫がおさまらないので,繰り返す。)

世界最大の動物供犠を伴うガディマイ祭には,差別,衛生,ネ印国境管理,商業化(見世物化)など,様々な問題があることは事実であり,改善は必要であった。これはガディマイ祭実行委員会もネパール政府も認めていた。が,そのことと,動物供犠そのものの是非とは本質的には別の問題だ。

欧米「動物の人権福祉」擁護諸団体も信奉するはずの多文化主義からすれば,動物を一切殺さない文化もあれば,近代的屠殺工場で苦痛のない「人道的」な方法で動物を衛生的に処理し,その肉を食する文化もありうる。ならば,動物の生命を畏敬するが故に,神に動物をささげ,神の祝福をえたうえで,その肉を食し,皮や骨を最大限利用しつくすという文化もあってしかるべきだ。

そもそも,自らの手で水牛や山羊や鶏の首を切り,生き血をあびつつ,動物たちの生命により生かされていることを神に感謝することの,いったいどこが残酷なのか!

これに反し,現代社会では,動物たちは大量管理飼育され,消費者の目に触れることなく出荷計画通り整然と近代的屠殺工場に運び込まれ,機械的・衛生的に処理され,肉塊とされ,そして美しくパック詰めされ,商品として百貨店やスーパーに並べられる。その肉を,現代の消費者は買って食べる。が,これでは肉を食べても,他の動物の命を食べているという実感は持ちにくく,したがって罪悪感を感じることもなく,自分を生かしてくれている動物への心からの感謝の念が生じることもない。動物の尊厳を踏みにじり,動物をモノ扱い,商品扱いしているのは,いったい誰なのだ。

むろん,これはいわれなき非難攻撃を受けるから,こう反撃せざるをえないのであって,もし「動物の人権福祉」擁護諸団体が彼らだけでその生き方を選び実践しているのであれば,彼らのその生き方に動物供犠派が外からイチャモンをつけるようなことはない。多文化主義であれば,当然,そうあるべきだ。

ところが,「動物の人権福祉」擁護諸団体は,自分たちだけで満足できず,自分たちの生き方,自分たちの文化を絶対視し,それを他文化に宣教し,押し付けようとする。余計なおせっかい,バカなことはするな!

ネパールの動物供犠派の人々には,欧米文化帝国主義者どもの偽善的文化侵略を断固撃退し,神聖な動物供犠を守り抜いていただきたい。なによりも動物の尊厳を守るために!

▼旧王宮寺院前でも動物供犠が行われてきた。今年はどうなるか?(7月29日撮影)
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【参照】動物供犠 ガディマイ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/30 at 12:58

カテゴリー: 宗教, 文化, 旅行

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ハコモノ好きのネパール人

ネパールの人々は,日本人以上に,ハコモノが好きなように思われる。いたるところに装飾過多のケバケバしい建物が立っている。よくもまぁ,こんなド派手な建物で生活や仕事が続けられるものだと感心する。

が,個人や私企業は好き好きだから,それでよいとして,問題は公金を使って建てられる建物。やたら立派だ。カトマンズ郡裁判所など,豪華ホテルか何かと見まがうばかり。

私の滞在ホテルの丘の下にも,キルティプル市庁舎新築工事中。とにかく熱心。夜明け前から日没後まで,休む暇なくやっている。驚異的勤勉。なぜそんなに急ぐのか?

キルティプルには,丘の上に市庁舎がある。地震で破損したというが,素人が見た限りでは,損傷は見当たらない。たとえ多少損傷があったとしても,修理できないほどのことではないような気がする。

いまネパールは震災復興のさ中。建設機材も建材も建設作業員も,何もかも不足している。でも,そんなことは,お構いなし。新庁舎建設にまっしぐら。きっと,豪華庁舎になるのだろう。楽しみだ。

▼現庁舎
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▼新庁舎建設現場
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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/29 at 09:45

カテゴリー: 社会, 行政

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仮設教室で憲法授業,ネパールの生徒たち

震災で校舎が損壊したネパールの学校では,テントや竹製の仮設教室をつくり,急場をしのいでいる。テントにせよ,竹を柱と壁に使用した竹製教室にせよ,寒暑,風雨などに十分対応できず,また音も筒抜けなので,授業はやりにくい。日本では想像もできないほど劣悪な授業環境だ。

そのような学校の一つが,カトマンズのスリョダヤ校。地震で本校舎が全壊,別棟の小さな数教室を除き,全教室を失った。そのため,USAID等のテント提供を受け,校庭にテント仮設教室をつくり,そこで授業を続けている。

そのスリョダヤ校で,先日,憲法制定議会の2議員を招き,いま最終段階にある新憲法をテーマに,特別授業が行われた。私は参加できなかったが,同校FBの写真からは,生徒たちが出席議員や先生たちを前に,盛んに意見を述べている様子がうかがわれる。

 全壊校舎跡のテント教室で,祖国の未来を託す新憲法について存分に議論する――なんと健気なことか!

ひるがえって,日本。冷暖房完備の快適な教室。雨も吹き込まなければ,蚊や蠅に悩まされることもない。ネパールの生徒から見れば,天国のような日本の学校で,いまどのような教育が行われているのか? どのような教育に変えようとされているのか? 日本で,憲法や国家の基本問題について,先生や生徒たちが自由に学び議論する権利は保障されているのか?

スリョダヤ校には,長年にわたって交流のある仲間たちと一緒に,ささやかながら再建支援を行っている。(参照:ネパール 震災支援 ムスムス

▼全壊校舎跡とテント仮設教室(7月15日)
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▼テント仮設教室で憲法特別授業(同校FBより)
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【参照】スリョダヤ校:フェイスブック ホームページ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/28 at 16:38

カテゴリー: 国際協力, 憲法, 教育

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憲法公布日合意するも,シラケ後退ムード瀰漫

制憲議会(CA)ネバン議長が7月26日,新憲法の8月16日公布を提案し,これにNC,UML,UCPN.MJF-L(MDRF-D)の主要4党が合意した。これで,8月16日新憲法公布の可能性が一気に高まった。

ところが,憲法制定は,街でも新聞でも,全く盛り上がっていない。マオイスト分派によるバンダ(ゼネスト)が7月25日にあったが,これはいつものこと,休日が1日増えただけ。一言でいえば,憲法シラケムード,どうぞご自由に,といった感じだ。

ところが,これが曲者。市民,学生らのシラケ(無関心)の拡大を良いことに,以前にも指摘したように,憲法公聴会や憲法提言募集を利用した一種の「やらせ」ないし世論操作が行われている。
 参照: 儀式かやらせの憲法公聴会

各紙報道によれば,憲法公聴会・憲法提案募集において出され,CAが最大限尊重すべきだとされる主要意見は,次のようなものである。

(1)「世俗」「世俗的」は使用せず,「宗教の自由」の用語を用いる。[これにより布教活動制限の存続の可能性がある。]これと関連して,「ヒンドゥー国家」復帰要望も強い。
(2)州の数の削減。
(3)比例制当選の最低得票率設定。

他にも様々な意見が出されているが,国家の基本構造にかかわるのは,なんといってもこれらの要望である。そして,主要4政党は,これらの意見を最大限尊重する努力をすると約束している。

一見明らかなように,これは旧体制に向かっての大幅後退である。善悪は別にして,現象的には大幅な揺り戻し。しかもそれが,制憲議会選挙や制憲議会での議論といった公明正大な方法ではなく,透明性も公平性もまるでない憲法公聴会・憲法提案募集といった形で進められつつある。

さらに,それに輪をかけているのが,不透明で怪しい,正式憲法案作成までの手続き。

■憲法草案のCA採択:6月30日
⇒ 憲法草案への国民意見聴取:7月20,21日
⇒ 「市民関係・世論聴取委員会」が「国民の意見」をまとめ,報告書をCAに提出。
⇒ CAが,「国民の意見」報告書を「政治的対話・合意形成委員会(PDCC)」に送付。
⇒ PDCCが「国民の意見」報告書を参照しつつ憲法草案を修正し,これをCAに提出。
⇒ CAがこれを受理し,それを「憲法起草委員会」へ送付。
⇒ 「憲法起草委員会」が,それを(おそらく必要な修正を加え)憲法法案としてCAに提出。
⇒ CAが,この憲法法案を三分の二の多数を持って可決。
⇒ CA議長が可決憲法法案を認証。
⇒ これを大統領が憲法として公布。

まるで大きな雲の中。そして,その雲が過去に向かって流れつつある。世論はつくられる。つくられる世論の中にいる人々は,大きな全体としての流れに気づかない。

ごく限られた人々にすぎないが,ネパールで知識人らと話していると,多かれ少なかれ論調が変化しているのに気づく。本人らは気づいていないかもしれないが。

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■ネパールを見守るヒマラヤ(7月26日夕,キルティプルより)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/27 at 14:54

カテゴリー: 憲法, 民主主義

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マチェガオン付近の震災,散策にさして支障なし

23日午後,暇つぶしにマチェガオン付近をぶらぶらしてきた。下記のコース。

キルティプル⇒⇒バトケパティ⇒⇒ドゥドポカリ⇒⇒マチェガオン⇒⇒タウケル⇒⇒サルヤンスタン⇒⇒キルティプル

ちょっと長いが,特にドゥドポカリ~マチェガオン間は,乾季にはマナスルやランタンの山々が見えるし,カトマンズ市街方面の景色もよい。山麓沿いの,車もバイクも少ない絶好の散歩コース。

数日前から天候が変わり,初秋のような爽やかな風。途中の茶店でお茶を飲んだりしながら,のんびり半日を過ごした。

この小路沿いにも古いレンガ積みの家屋があちこちにあり,山麓の風景とよくマッチしていたが,地震でかなり倒壊してしまった。特に,古い村であるマチェガオンには,レンガ造りの趣のある家が多かったが,地震で相当数が倒壊した。残念だか,自然には手向かえない。

マチェガオンからタウケルに向かって緩やかに下っていく小路からは,両側にレンガ工場が見える。特に情緒があるのが,乾季の花と霧の季節,いつまで見ていても飽きない。

ところが,そのレンガ工場の煙突が,地震で折れてしまった。これでは情緒半減。レンガ工場は,半壊煙突でも震災後復興のためフル操業,周囲にはレンガ山済みだ。この景気なら,煙突など,すぐ直すだろう。

環境上問題もあろうが,霧に霞むレンガ工場の煙突は,菜の花の田園によく似合う。

▼伝統的家屋健在
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150725j■竹製の門

▼被災家屋
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150725e■寺院の塔上部も破損

▼レンガ工場の折れた煙突
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▼キルティプル遠望
150725k■稲田の白点は白鷺(のような鳥)

【参照】
 カトマンズ市街の震災「軽微」,観光支障なし(2015-07-16
 震災深刻

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/26 at 12:45

カテゴリー: 文化, 旅行

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パタン震災,観光にさして支障なし

パタン旧市街は,まだ古い家がたくさん残っているので,地震被害は,カトマンズ市街に比べ,はるかに大きい。いたるところで家屋がツッカイ棒で支えれている。見るからに痛々しいが,しかし,それでも倒壊は思ったより少ない。

寺院はいくつか倒壊したが,すでに瓦礫はきれいに片づけられ,見て歩くに特に大きな支障はない。寺院周辺の趣のある古い店や喫茶食堂の多くも健在。のんびり歩きながら,古き良きネパールを存分に楽しめる。

街では,いつものように山鉾を立て,祭りを楽しんでいた。収穫と雨の神様,マッチェンドラナートの祭らしい。ブンガマティのはずれに大きな山鉾が立っていたが,パタンのこの小ぶりの山鉾はそれを迎えに行くものという。地震被害で巡行は延び延びになっているが,それでも修理し何とか祭りをやろうとする。家々をツッカイ棒で支えつつ,祭りは楽しむ。やぼな自粛はなし。粋だ。

というわけで,パタン観光は,必要な注意さえしておれば,特に危険ということはない。危険性から言えば,バイクや車の方が,何倍も危険だ。傍若無人,凶暴とさえ言ってもよい。ネパール観光は大いに楽しみつつも,バイクと車には,くれぐれもご用心いただきたい。

▼ツッカイ棒で支えられる家屋や寺院
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▼伝統的家屋/寺院修理
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▼パタン・ダーバー広場
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▼1階お土産・2階食堂喫茶/果物屋さん
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▼マッチェンドラナート山鉾
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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/25 at 15:04