ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

人民政府不動産登記と「9項目合意」

人民戦争のころ,マオイストは支配地域において人民政府を設立し,実効支配をしていた。人民政府は,行政窓口で地域住民の身分関係変更や不動産取引などの届け出を受け付け,人民法廷で民事・刑事事件の裁判を行い,判決を執行した。それらの行政手続きや統治行為はおびただしい数にのぼるが,和平後の現在,それらはどう評価され,どこまで有効とされているのだろうか?

問題は多岐にわたるが,いまUML・UCPN「9項目合意」(5月5日)との関係で注目されているのが,人民政府の下での不動産移転登記の有効性。身近な家や土地にかかわることであり,事態は深刻だ。たとえば,ハリ・ガウタム(*)は次のような事例を紹介している。
 *HARI GAUTAM , “In the name of the people,” Nepali Times, May 22, 2016

【事例1】
ルクム郡の住民Aは2004年,Bの土地を17万3千ルピーで買い,郡人民政府で登記し,以後,その土地を耕作してきた。

ところが,2006年和平により,人民政府の土地登記は無効とされ,土地は元の所有者Bに戻されることになった。これを受け,Bは2010年,Aが耕作し続けている土地をAの隣人Cに売却し,政府事務所で登記した。

Bから土地を買い登記したCは,Aに対し土地の明け渡しを要求したが,Aは拒否。そこでCはルクム郡裁判所に訴え,土地所有権はCにあるとする判決をえた。

この判決によりAは土地を取り上げられ,これまで住んでいた村を出て別の村に移り,土地なしスクォッターとして生活している。

【事例2】
ルクム郡のDは2003年,Eの土地を買い,郡人民政府で登記した。ところが,和平後,郡裁判所はDの土地登記を無効とした。しかし,Dは土地の引き渡しを拒否し,自らの土地所有権の確認を要求し続けている。

 160527■ルクム郡役所(同FBより)

以上の2例は,多くの事例の一部にすぎない。著者によれば,ルクム郡だけで約3500家族が人民政府による土地登記を無効とされ,すでに土地を失ってしまったか,これから失う恐れがるという。なお,購入代金の扱いについては,記事では全く触れられていない。

この問題については,これまでにも繰り返し議論されてきた。2012年,バブラム・バタライ政府(マオイスト)が人民政府による不動産登記を有効とする決定をしたが,これは最高裁により無効判決が下された。

ところが,先述のように,またもやオリ首相(UML)がプラチャンダUCPN議長の求める「9項目合意」に同意し,人民政府による不動産登記を有効と認める約束をしてしまった。

このように,関係地域住民は,不動産登記に関する中央の政治決定に翻弄され続けているが,これは10年の長きにわたる人民戦争の戦後処理であり,どう決めても,どこかに不平不満が出ることは避けられない。

しかも,人民戦争は,中央政府とマオイストのいずれも決定的な勝利を得られないまま,国際社会の仲介により和平をもって終息した。そのため,内戦継続による犠牲拡大は免れたが,そのかわり和平はあいまいな妥協によるものとなり,戦後処理は,それだけ難しいものとなってしまった。

そのつけの一つが,「9項目合意」の主要項目の一つとなっている,内戦期における家や土地の移転登記の有効性をめぐる争いなのである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/05/27 @ 15:06