ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

プラチャンダ政権,前途多難

1.プラチャンダ首相選出,多難な前途
ネパール立法議会は8月3日,ネパール共産党マオイスト・センター(CPN-MC)議長のプラチャンダप्रचण्ड, Prachanda(プシュパ・カマル・ダハールपुष्प कमल दहल, Pushpa Kamal Dahal)を第39代首相に選出した。ネパールでは多くがそうであるように,このプラチャンダ政権も前途多難が予想される。

首相選出(8月3日)
 ・投票総数 573
 ・賛成 363(NC, MC, SG*ほか)
 ・反対 210 (UML, RPP-N, CPN-ML, NWPPほか)
 ・欠席 19
 ・議長 1
  *SG=Sanghiya Gathabandhan マデシ・ジャナジャーティ同盟

立法議会政党別議員数(WIKI, 2016-08-05)
 ・NC 196
 ・UML 175
 ・CPN-MC 80
 ・RPP-N 24
 ・連邦社会主義フォーラム 15
 ・RPP 13
 ・タライ・マデシ民主党 11

 160731b ■プラチャンダ首相(マオイスト議長)  

2.NC・MC・SG「3項目合意」
今回の首相選挙において,マオイスト(CPN-MC)は,コングレス党(NC)およびマデシ・ジャナジャーティ同盟(SG)と次のような「3項目合意」(8月2日)を締結し,プラチャンダ議長の首相選出支持を取り付けた。
 (1)マデシとジャナジャーティの包摂参加実現のため,州区画の変更など,必要な憲法改正を行う。
 (2)マデシ闘争に関する調査委員会の設置
 (3)マデシ闘争における死者を「殉死者」とし,死傷者に賠償。マデシに対する告訴取り下げ。

マデシ・ジャナジャーティ連盟は議会少数派だが,インドの支援をバックに,プラチャンダ政権においてキャスティングボートを握っている。

ウペンドラ・ヤダブ(Federal Socialist Forum Nepal議長)
「ダハールを首相ポストにつけたのは,われわれ(マデシ諸党)だ。マデシ運動で訴えてきた諸問題を憲法改正により解決するという合意書にNCとマオイストセンターが署名してくれたから,支持したのだ。・・・・連立新政権には,直ちに,それを実行してもらいたい。」(Republica, 3 Aug)

3.憲法改正の難しさ
プラチャンダ首相は,SG(マデシ・ジャナジャーティ連盟)に彼らの要求に沿う憲法改正を約束しているが,それには議会の3分の2の賛成が必要(憲法274(8)条)。ところが,政府与党議席は3分の2には達しておらず,可決は容易ではない。プラチャンダ首相が憲法改正を実現できなければ,SGは内閣支持をやめ,政権は運営が困難になり崩壊する。

包摂原理主義憲法は,現実には統治過程に諸党派のすべてを包摂しきれないがゆえに,施行できない危険性を常にはらんでいる。

4.コングレス・マオイスト連立の不自然
プラチャンダ政権の二本柱たるコングレス党(NC)とネパール共産党マオイスト・センター(CPN-MC)は,イデオロギーが全く異なり,人民戦争においては,それぞれが殲滅されるべき不倶戴天の敵だった。

2001年,首相だったNCのデウバは,プラチャンダの首に500万ルピーの懸賞金をかけ,殺害ないし捕縛を狙った。他方,マオイストも2003年,西ネパール訪問中のデウバ一行を銃撃し殺害を図った。その仇敵同士が,今回,打算で手を握った。はたして,いつまでもつか?

「新政権がネパールの状況を改善するとは,期待されていない。なぜなら,与党2党はあまりにも共通点が少なすぎるからだ。」(AP, 3 Aug)

5.移行期正義の難しさ
マオイストがUMLからNCに乗り換えた理由の一つは,人民戦争期の人権侵害,財産移転等にかかわる諸問題の処理(移行期正義)を彼らに有利に進めるためである。

人民戦争期の加害者処罰,被害救済の訴えは,数万件あるいはそれ以上提出されているといわれている。プラチャンダ自身,いまだに,人民戦争期の人道犯罪容疑で逮捕されることを恐れ,海外旅行を躊躇しているという。(国外重大犯罪に対する普遍的裁判管轄権を認めている国がいくつもある。)

人民戦争期の加害行為は,政府側(軍,武装警察,警察など)も多数行っており,免罪や現状追認の要求は政府側からもたくさん出ている。しかし,より切実なのはマオイスト側。

いずれにせよ,被害者はマオイスト,政府,そして一般市民のいずれの側にもいる。彼らの救済には,関係諸法の改正が必要だが,利害は複雑に錯綜しており,法改正とそれに基づく救済実施には大きな困難が伴うものとみられている。

6.政権禅譲の約束
第1党のNCは,第3党マオイストの首相を支持する見返りとして,政権禅譲の約束を取り付けた。

報道では,プラチャンダからNCのSB.デウバへの首相交代は,次の議会選挙以前。憲法296条は,立法議会任期を2018年1月21日までと定めているので,選挙はそれ以前に行われる。与党は,次の選挙をデウバ首相の下で戦うことになる。

あるいは,別の報道では,9か月以内に,プラチャンダはNCのデウバに首相職を引き渡す取り決めだという。この場合,来春には首相交代。オリ首相が9か月だったので,これも十分にありうる。

いずれにせよ,政権が政党間の政策協定というよりはむしろ首相職禅譲約束でつくられるというのは,健全とはいえない。もっとも,包摂民主主義からすれば,政権たらいまわしこそが諸勢力の包摂的政治参加ということになるかもしれないが。

7.ダハール首相は「プラチャンダ」たりうるか?
ロイター記事(8月3日)の中で,ゴパル・シャルマがこう書いている。
「プラチャンダは,“勇猛”を意味するゲリラ名であり,いまなお使われているが,彼はすでに以前のロビン・フッドのようなイメージを失ってしまっている。プラチャンダが政権復帰しても,世界最貧国の一つたるこの国の経済的魅力を損なってきた政治的不安定を終わらせることにはならないであろう。」

しかし,その一方,プラチャンダは,10年余の人民戦争を戦い抜き,マオイストを事実上,勝利に導いた卓越した指導者である。毀誉褒貶,評価は大きく割れるが,まさにそのことこそが彼の人間としての大きさ,魅力を物語っているともいえる。

内政も外交も激動期のネパール。プシュパ・ラル・ダハール首相が,「プラチャンダ」首相として,次の飛躍に向けネパールを導いていってくれるかもしれない――そう期待する人も少なくないであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/07 @ 15:52