ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

老老介護,事始め(4):認知と行為の断絶

母の認知能力は,いま思い返すと,十数年前から減退し始めていた。小銭入れやメガネなどを置き忘れ紛失したり,冷蔵庫から取り出した食品を入れ忘れたり。しかし,そうした物忘れは誰にでもあることであり,日常生活にさして支障はなかった。

数年すると,物忘れがひどくなり,ガスコンロや石油ストーブの消し忘れも始まったので,それらをすべて撤去し,安全装置付き電気器具に置き換えた。その一方,物事の判断もおかしくなり始め,冷凍庫に缶詰を入れたり,使い捨て紙パンツを洗濯機で洗ったりするようになった。この頃から生活にある程度支障が出始めたが,それでも生活環境を整え,少し用心さえしておれば,まだ自立して暮らしていけた。

しばらくすると,これまで長年にわたって繰り返し行ってきた洗濯機や風呂給湯器の操作ができなくなった。いずれも自動運転で,「電源入れる」と「運転開始」の2つのボタンを押すだけ。仕方ないので,それぞれのボタンに①,②の印をつけ,壁に「①を押してから,②を押す」と大書した紙を貼り付けた。炊飯器,電子レンジ,電気ストーブなどの他の機器や,玄関錠などにも同様の操作指示書をつくり見やすいところに掲示した。

また,この頃には,お金の計算ができなくなり始めた。お金がいくつかの財布に入っているときや,千円札,五千円札など異なる紙幣があるときは,途中で忘れてしまい,何回やっても合計金額を出せなくなった。仕方ないので,一区切りごとに紙に金額を書き留め,あとで合計を出すことにした。いくつかに区切れば,数え,書き留め,あとで合算することはできた。

日付や薬を飲むことも,忘れ始めた。そこで,新聞を見てカレンダー日付を1日ずつ×印で消していき,その日の薬を飲むようにした。これも,指示通りできた。

このように,この段階では,必要な操作や行動を紙に書き,近くの見やすいところに貼っておけば,家中,掲示だらけとはなったが,一応,それに従って行為できたので,何とか自立して生活を続けることができた。

ところが,1年ほど前から,この「文字書き操作指示」に従い行動することが出来なくなり始めた。当初,なぜ指示に従えないのか,まったく理解できなかった。毎日,新聞や雑誌を読み,メモなど文章を書くことも問題なく出来た。では,なぜ「操作指示」に従わないのか? わざと指示を無視し,勝手なことをしているのか? そう疑い,怒ったり叱りつけたりした。しかし,いくら繰り返し掲示の指示通り操作せよと言い聞かせ,実際にやって見せても,効果は全くなかった。

そんなとき,お金を数えさせていて,はっと気づいた――ある種の認知ないし記憶は瞬時に失われ,次の行為につながらないのだ,と。千円札を持ち,1枚,2枚,3枚・・・・と数え,12枚で1万2千円と認知する。ここまではできる。ところが,ボールペンを持ちノートに書きつけようとすると,もうその「合計1万2千円」という認知は記憶から消え去ってしまっている。だから,何回も数えては忘れ,数えては忘れを繰り返し,いつまでたっても合計金額をノートには書けない。

そう,そういうことだったのだ! 毎日,新聞,雑誌を読み,相当難しい文章を理解している。だから「①を押してから,②を押す」といった指示も,何の問題もなく理解している。しかし,読み理解してから,それを自分の身体の動き(指で押す)に移すまでの間に,読み取った指示を忘れてしまっているのだ。他の指示もすべて同じこと。

こと,ここに至って,自立した生活はもはや無理と判断せざるをえなくなったのである。

▼脳の変化と認知症
厚労省HPより

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/30 @ 15:26

カテゴリー: 社会

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