ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for 8月 2018

老老介護(15):過食から寡食へ

高齢認知症の母は,つい先日まで典型的な過食だった。三度のご飯,お菓子,果物など,とにかく手あたり次第,一日中,何かを食べている。食べ物が見当たらないと,いたるところを探し回る。

たまったものではないので,食品は全部隠し,冷蔵庫は鎖で縛り鍵をかけた。そして小型冷蔵庫を別に買い,食べてよいものだけ,その中に入れるようにした。

ところが,一転,今度はあまり食べなくなった。食事を出すと,以前なら,餓鬼のごとく,すぐむさぼり食べた。量も恐ろしく多かった。ところが,最近は,食事を出しても,おやつを出しておいても,なかなか食べない。しかも,量が減った。以前の半分から三分の一。

体調は悪くない。それなのに,以前のようには食べない。食べ物への関心はあるので,食事を拒否する「拒食」ではない。「ごはん」「ごはん」と言うので食事を出しても,なかなか手を付けない。そして,ちょっと食べたかと思うと,すぐ席を離れ,別のことをする。その結果,結局,ご飯を食べ残すことになる。状況からみて,これは「遅食」であり,結果として「寡食」となっている。

原因不明。とりたててどこが悪いわけでも,痛いわけでも,苦しいわけでもない。年齢相応に,いまのところ健康。病気ではないので,無理に食べさせる必要はあるまい。誰でも年とともに食は細くなる。過食は異常だが,これは自然。その自然に任せるのが,人間の本性=自然にかなうことになるであろう。

 認知症ONLINE

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/08/14 at 11:14

カテゴリー: 健康

Tagged with , ,

伊吹山の花々

伊吹山に,日帰りで行ってきた。滋賀県と岐阜県の県境に位置し,標高は1377m。高山ではないが,本州中央のくびれ部分に位置し,季節風の通路となっているため,気候はきびしく,積雪も多い。

登山は,「関が原」からのドライブウェイを利用すると,頂上直下まで車で行ける。山頂まで歩いて30~60分。

登山道沿いには,高山の花々が咲き,アルプスの雰囲気を楽しめる。イヌワシが獲物をワシづかみにして飛来することもあるという。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/08/13 at 16:27

カテゴリー: 自然, 旅行

Tagged with , ,

キリスト教攻撃激化と規制強化(6)

5.二つの自由の難しさ
ネパールのこうしたキリスト教布教問題は,理念的には「二つの自由(権利)」の問題であり,単純明快な解決は難しい。
 【参照】信仰の自由と強者の権利(2013/04/15)

すでにふれたように,自由や権利には,形式的なものと実質的なものの二種類がある。一つは,国家や社会からの干渉を受けず個々人の意思で行為できる形式的自由ないし「消極的自由(negative freedom)」。もう一つは,人々の置かれている経済的・社会的・政治的状況を考慮し,積極的格差是正措置などにより実質的に自由を実現していく実質的自由ないし「積極的自由(positive freedom)」。

最もわかりやすいのが「契約の自由」。自由意思による契約は,われわれの最も基本的な自由ないし権利の一つだが,もし当事者の置かれている諸状況を度外視し,契約を当事者の意思だけにまかせたら,どうなるか?

いうまでもなく「契約の自由」は,そこでは「強者の自由」となる。たとえば,企業には労働者を徹底的に搾取する自由が,労働者には非人間的雇用に甘んじるか,さもなければ餓死するかの自由が保障される。弱者の労働者にとって,それは名だけの形式的な自由にすぎない。このことは,他のあらゆる自由についても多かれ少なかれ妥当する。

ネパールのキリスト教は,先述のように欧米やアジアの先進富裕諸国に支援されているとみられている。これは相当程度,事実である。もしそうだとすると,ネパールにおいて,その実質的不平等の状況を無視し万人の「宗教の自由」を唱えると,それはネパール国内では少数派弱者であっても先進富裕諸国に支援されている強者たるキリスト教にとって圧倒的に有利な,強者の自由ということになる。ネパールのキリスト教反対派は,それを問題にしているのである。

「宗教の自由」は最も根源的な自由であり,万人に保障されなければならない。では,それをどう保障するか? 形式的に平等な自由保障と,実質的に平等な自由保障をどう関係づけ,宗教の自由を公平に保障するにはどうすればよいか? ネパールはいま,宗教の自由をめぐる問題でも,世界で最も注目すべき国の一つなのである。

 

*1 Devendra Basnet, “Targets of ‘zealous’ Christian missionaries speak up,” Republica, 7 May 2018
*2 “Four more churches attacked in Nepal,” Sight(World Watch Monitor), 17 May 2018
*3 “6 Christians Arrested, 4 Churches Attacked, Bombed in Nepal,” Christian Today, 7 June 2018
*4 Alex Anhalt, “New pressure faces Nepalese Christians,” Mission Network News, 12 June 2018
*5 Gary Lane, “Christians Forced Out of Nepal; Persecution Intensifies,” CBNNEWS.COM, 07-17-2018
*6 “Foreign Christian Couple Deported from Nepal on Conversion Charges,” Persecution.org, 2018/07/12
*7 “Pressure on Christians Heats Up in Nepal,” Morning Star News, 13 July 2018
*8 “Assault on Christian Leader in Nepal Reflects Growing Threat,” Morning Star News, 31 July 2018
*9 Pete Pattisson, “ ‘They use money to promote Christianity’: Nepal’s battle for souls,” The Guardian, 15 Aug 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/08/12 at 15:05

キリスト教攻撃激化と規制強化(5)

4.キリスト教布教に対する批判
ネパールのキリスト教に関する記事は,英語メディアでは,圧倒的にキリスト教会側からのものが多い。また,欧米近現代の人権・民主主義は,先述のようにキリスト教と不可分の関係にあるので,人権・民主主義推進の立場からの発言も,多かれ少なかれキリスト教に好意的なものが多い。したがってネパールの宗教問題の現状をより公平にみるには,キリスト教批判の側の言い分も見ておく必要がある。

ネパールにおけるキリスト教批判に共通するのは,一言でいえば,キリスト教は貧困な途上国ネパールにおいて,圧倒的に強大な欧米先進国の政治力・経済力をバックに,「宗教の自由」を「強者の権利」として行使している,という主張である。キリスト教は,金銭や物品,医療,教育,海外留学など様々な利益や権益を与えることにより,ネパールの人々を引き寄せて釣り上げ(lure),キリスト教に改宗させている,という批判である。これは,ことあるごとに繰り返されるキリスト教非難の常套句だが,根拠がないこともなく,ネパールでは相当の説得力を持っている。このことについては,これまでに幾度か言及したことがあるので,それらを参照されたい。
 参照:キリスト教とネパール政治 

ここでは,一つだけ,5月7日付「リパブリカ」掲載の長文署名記事,ディベンドラ・バスネット「『熱心な』キリスト教宣教師の標的とされた人々,声を上げる」(*1)を紹介する。著者はダン郡在住のジャーナリスト。にわかには信じがたい部分もあるが,大手メディア掲載記事だし,地方ではこんなことでさえあるのかもしれない。
 *1 Devendra Basnet, “Targets of ‘zealous’ Christian missionaries speak up,” Republica, 7 May 2018

<以下,記事要旨>
ダン郡の人々によれば,キリスト教への強制改宗がこの十年ほど前から激化してきた。“主イエス”の名に恥ずべきようなことですら,行われている。たとえば,ラマヒ住民ガンガ・カドカの場合。彼女は,こう証言している。

「自宅を掃除し,外で休んでいるときでした。女の人がやってきて,目の前で何ら躊躇することなく軒下の土間に小便をしたのです。家にも軒下の土間にも牛糞を塗ったところでした。そこに小便をされたので,あまりのことにびっくりし,深く傷つけられました。」
 (注)伝統的民家では,神聖な牛の糞を粘土に混ぜ,壁や床に塗る。牛糞には殺菌・防虫効果もあるとされる。

ガンガはヒンズー教徒であり,軒下に小便をしたのはネパール人キリスト教徒で,外国人(性別不明)を一人連れてきていた。驚いたガンガが小便をやめさせようとすると,「二人は,この小便は神の僕の一人から出たものだから,これでこの家は浄化された,と私に言いました」。

ガンガは怒り,近くの教会に行き牧師に抗議したが,牧師は謝りはしたものの,穏便に済ませてほしいといっただけだった。

どうして,このようなことになったのか? ガンガ・カドカには,スニルという名の末男がいる。4年前,彼はヒンズー教徒女性と結婚したが,その嫁は,結婚後,外国人キリスト教徒の執拗な勧誘によりキリスト教に改宗してしまった。改宗後,嫁は夫のスニルも改宗するよう迫ったため,夫婦の間でいさかいが絶えなくなった。2017年,スニルは事故で大怪我をしたとして入院したが,ガンガによれば,本当は改宗でもめ,妻がスニルを殴ったのだという。警察もそれを認め妻を逮捕したが,幼い子供がいるので,ガンガが頼み込み,嫁を釈放してもらった。ところが,その後もスニルは嫁といさかいが絶えず,とうとう根負けしたのか,彼も改宗してしまった。そのため,ガンガはスニルと会うことを断念した。「死ぬまで顔も見たくない,と息子には告げました。」ガンガとキリスト教の関係は,軒下に小便をされるときまでに,このような状態になっていたのである。
<以上,記事要旨>

■キリスト教関係書籍もかなり出版されている。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/08/11 at 17:42

キリスト教攻撃激化と規制強化(4)

3.キリスト教徒の取締り
(1)外国人キリスト教徒夫妻の国外退去処分
外国人キリスト教徒夫妻が,教会活動を理由に,罰金支払いの上,国外退去処分とされた。(*5,6)

夫はフィリピン人のDV・リチャード,妻はインドネシア人のR・ゴンガ。夫妻は2017年11月28日,1年有効のビジネスビザで入国し,パタン・プルチョークのシンガポール人経営レストラン「シグマ」で働いていた。(注:レストランはSingMaかもしれない)。

ところが,5月21日,内務省に夫妻が教会活動をしているとの告発があり,入管が調査した。その結果,夫妻は「エブリネーション教会」(クマリパティ)で牧師活動をし,ヒンズー教徒をキリスト教徒に改宗させていると認定され,入管法違反の罪で5万ルピーの罰金支払いのうえ国外退去処分とされた。夫妻は7月6日,出国。

この夫妻国外退去処分に対して,キリスト教会側は,当然ながら,激しく反発している。

ウィリアム・スターク(International Christian Concern 地域マネージャー)
「二人のキリスト教徒が教会活動参加を理由に強制退去とされた。われわれICCは,深く憂慮し失望している。ネパール憲法によれば,個々人は自分の信仰を実践する権利を有する。ところが,ネパールのキリスト教徒の多くは,宗教の自由への規制が強まり,キリスト教信仰共同体への敵意が増してきていることを心配せざるをえない状況だ。今回の夫妻退去処分は,ネパールのキリスト教徒に対する更なる攻撃に他ならない。」(*6)

BP・カナル(人民覚醒党書記長)
「憲法は,自分の宗教を信じ実践する自由を,権利として保障している。夫妻が地域の教会に行くのは,したがって罪ではない。当局は,重大な過ちを犯し,二人の宗教の自由を著しく侵害した。当局に尋ねたい。ヒンズー寺院の活動に深くかかわっている人にも,当局は退去命令を出してきたのか? 当局は,すべての人の信仰を公平に扱い,少数者集団の宗教信仰を尊重しなければならない。」(*6)

これらは,たしかにもっともな批判だ。ネパール国内でヒンズー教や仏教の宗教活動をしている外国人は,無数にいる。それを大目に見て,キリスト教徒だけを厳しく取り締まるのは,法の下の平等に著しく反する。


■ICC FB/人民覚醒党選挙シンボル

(2)布教活動の取締り
ネパール国民の教会活動も,取り締まりが厳しくなっている。

ネパールでは憲法26条が「他者を改宗させる行為」や「他者の宗教を損なう行為」を禁止し,これを刑法がさらに具体的に「(他者の)宗教感情を損なう行為」(158条)や「(他者を)改宗させる行為」(160条)を禁止している。しかし,これらの規定はかなりあいまいであり,解釈次第で,広狭どのようにでも運用できる。

布教は,暴力等による「強制改宗」の形をとれば,それは人権侵害であり,むろん認められない。では,非暴力的・平和的な方法による布教はどうか? 信仰は最も個人的な自由ないし権利だが,だからといって個人が他の人々とは全く無関係に自分一人で自分の信仰を持ち実践することは,皆無とはいえないまでも,一般にはみられない。信仰を持つ人々は,社会の中で自分の信仰を実践し,意図の有無にかかわらず,周囲の人々に何らかの影響を及ぼす。信仰の実践は,どのようなものであれ,そうした「布教」の意味を多かれ少なかれ持たざるをえない。われわれは,宗教を本質的にそのようなものと認めたうえで,「宗教の自由」や「信仰の自由」を最も基本的な人権の一つとして人々に保障しているのである。

「宗教の自由」ないし「信仰の自由」が本質的にこのような権利だとするなら,ネパールにおける最近のキリスト教徒取締りの多くは,権力の乱用であり,人権侵害と見ざるをえない。以下に,最近の事例をいくつか挙げておく(重複や日時異同が一部あるかもしれない)。(*3,7)

・3月22日/場所不明:女性キリスト教徒ソニア・タカリ,布教活動による宗教感情毀損容疑で逮捕。6か月の乳児とともに1週間勾留。姉(妹?)エリナも3月7日,同容疑で告発。
・4月30日/チトワン郡:デビド・ライらキリスト教徒2名,強制改宗・宗教感情毀損容疑で逮捕。数日間勾留後,釈放。
・5月8日/カトマンズ:女性キリスト教徒3名,買収による改宗強要の容疑で,教会において逮捕。ヒンズー右派グループが告発。
・5月8日/デラトゥム郡:キリスト教徒6名(ネパール人4名,インド人2名),キリスト教文書配布を理由に逮捕,15日間勾留後,保釈。7月9日,郡裁,6人に無罪判決。
・5月9日/場所不明:キリスト教徒9名,路上で賛美歌を歌った等の理由で逮捕。
・5月19日/モラン郡:キリスト教徒ビム・プラダンとナビン・マンダル,地元民に宗教感情毀損で告発され,逮捕。
・5月19日/ポカラ:キリスト教系孤児院ニュービジョン・チルドレンズ・ホーム,違法運営容疑でカスキ郡当局が閉鎖。ジョティ・グルン事務局長(チャンドラ牧師の妻)を取り調べ。収容9児童(5~12歳)は他施設へ。郡当局は「救出」と説明。
・6月15日/場所不明:キリスト教徒ディープ・カルマチャリ,クシュブ・カマト宅でキリストについて話をしているとき,それに気づいた青年の警察通報により,逮捕。勾留1日。
・7月2日/タプレジュン郡:チェンブン自由教会ディプ・ライ牧師と他のキリスト教徒3名,強制改宗容疑で逮捕。

■地方布教の訴え(TEAM HP)

*3 “6 Christians Arrested, 4 Churches Attacked, Bombed in Nepal,” Christian Today, 7 June 2018
*4 Alex Anhalt, “New pressure faces Nepalese Christians,” Mission Network News, 12 June 2018
*5 Gary Lane, “Christians Forced Out of Nepal; Persecution Intensifies,” CBNNEWS.COM, 07-17-2018
*6 “Foreign Christian Couple Deported from Nepal on Conversion Charges,” Persecution.org, 2018/07/12
*7 “Pressure on Christians Heats Up in Nepal,” Morning Star News, 13 July 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/08/10 at 15:00

カテゴリー: 宗教

Tagged with , , ,

キリスト教攻撃激化と規制強化(3)

2.教会施設の破壊攻撃
この4月以降,教会の建物への爆弾投入や放火が,前掲の表記載のように,頻発している。これらの教会攻撃で,いまのところ人的被害はないが,建物や備品には相当の損害が出ている。警察は,そのいくつかについて,ビプラブ(NB・チャンド)派共産党の犯行と疑っているが,当局は捜査に消極的であり,解明は進んでいない。(*2)

一方,教会側は,攻撃が連続的で全国に及んでいることから,ヒンズー右派によるものとみている。ヒンズー右派はいま「キリスト教改宗を警戒せよ」キャンペーンを展開しており,これが支持を拡大している。「ネパールの教会に対するこれらの攻撃は散発的なものではなく,キリスト教社会に対する計画的・組織的な攻撃に他ならないのに,政府は何も対応しようとはしない。」(BP・カナル牧師)(*3)

そうした中,著名な教会指導者が白昼,襲撃される事件が起きた。7月31日付「モーニングスター・ニューズ」記事によれば,7月19日午後2時頃,カトマンズの目抜き通りの喫茶店で,「ネパール全国クリスチャン連盟(FNCN)」書記長のサガル・バイズ牧師(ブダニルカンタ「グレースビクトリ教会」主任牧師)が男数人に突然襲撃され,滅多打ちにされた。彼らは,「お前の教会も他の教会もすべて爆破し,お前ら教会指導者をみな殺してやる」と言い残し,逃走した。

この襲撃は,記事によれば,この数か月のキリスト教への敵意の高まりの中で発生した。バイズ牧師は,「ネパールでは,毎日のように,こうした事件が起きている」にもかかわらず,政府がキリスト教徒の権利を守るに必要な対策をとらないため,ヒンズー右派諸組織がそのスキを突きキリスト教攻撃を激化させている,と見ている。(*8)

■カトマンズの主要教会(Google, 2018/08/07)


■FNCN FB(2018/08/08)/バイズ牧師襲撃(*8)

*2 “Four more churches attacked in Nepal,” Sight(World Watch Monitor), 17 May 2018
*3 “6 Christians Arrested, 4 Churches Attacked, Bombed in Nepal,” Christian Today, 7 June 2018
*8 “Assault on Christian Leader in Nepal Reflects Growing Threat,” Morning Star News, 31 July 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/08/08 at 17:02

カテゴリー: 宗教, 人権

Tagged with , , ,

キリスト教攻撃激化と規制強化(2)

1.キリスト教の利用から排斥へ
ネパールの体制派(the Establishment)にとって,近年の最大の危機は,いうまでもなくマオイスト人民戦争(1996~2006年)であった。マオイスト(毛沢東主義派)は,ヒンズー教旧体制が差別し周縁化してきた低カーストや少数諸民族を糾合して旧体制と戦い,優勢裡に和平に持ち込み,ヒンズー教王制を廃止して世俗共和制の新体制を発足させ,そこに有力な勢力の一つとして参画した。

しかし,その一方,新体制は革命ではなく和平により成立したため,旧体制の制度的中核たるヒンズー教王制(ビシュヌ神化身たる国王の統治)は廃止され,ネパールは世俗共和制に転換したものの,それを除く旧体制の諸勢力の多くは新体制を受け入れ,そこに参加していった。

このヒンズー教王国から世俗共和制への転換にキリスト教がどう関与したのか,いまのところ,それはよくわからない。ただ,キリスト教は長年,旧体制により厳しく禁止され弾圧されてきたので,その転換に希望を抱いてきたことは間違いない。事実,キリスト教徒は,1990年民主化運動の頃から潜伏していた人々も徐々に表に出始め,人民戦争を経て現在に至るまで着実に数を増やしてきた。

そのキリスト教は,ネパールでは,欧米諸国に物心両面で強力に支援されている,と見られてきた。したがって,ネパールで権力闘争が激しくなればなるほどキリスト教利用のメリットは大きくなり,いずれかの勢力がアプローチして何ら不思議ではなかったが,ネパールでは1990年民主化運動以降も,つい最近まで,政治家個人によるキリスト教接近・利用の試みは散発的に見られたものの,政党等が本格的・組織的にキリスト教と連携を図る動きはなかった。それは,おそらくキリスト教がネパールでは党派を超え取扱厳重注意だったからであろうし,現在もなお一般にキリスト教はそう見られている。

しかしながら,キリスト教が近現代欧米の人権や民主主義と不可分の関係にあることは言うまでもない。したがって,途上国が開発促進のため欧米先進諸国の支援をえて近現代的な人権・民主主義の実現を目指すことになれば,それは自ずとキリスト教にとっても好ましい政治的・社会的状況がそこに生じることはまぎれもない事実である。

欧米諸国は,このキリスト教と近現代的な人権・民主主義との不可分の関係を十二分にわかったうえで,宗教と政治を巧妙に使い分け,途上国への影響力を拡大してきた。かつての「宣教師と軍隊」が,近現代風に洗練され「キリスト教と人権・民主主義」となったといっても,決して言い過ぎではあるまい。国家世俗化と宗教の自由がその典型。ネパールでも,この問題を筆頭に,人権や民主主義に関する多くの諸問題において,キリスト教と欧米世俗権力は多かれ少なかれ共闘関係にある。(参照:改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント)いまのネパールでは,キリスト教を擁護すれば欧米諸国家の支援が,近現代的人権・民主主義を唱えればキリスト教社会の支援が何らかの形で期待できるのである。

英大使の改宗勧奨

ネパールの政治家はみな,そんなことは百も承知。和平後新体制もジレンマを感じてはいたであろうが,開発・民主化促進は何よりの急務,キリスト教を警戒しつつも,欧米諸国の支援をえるため,キリスト教に宥和的ないし協力的な姿勢をみせ始めていた。(*4)

ところが,ネパール新体制の,このようなキリスト教に対する宥和的な態度は,ここにきて逆転,再び悪化し始めた。「アジアンアクセス」のジョー・ハンドリー代表は,こう指摘している――

この数年間,ネパール側は孤児,人身売買,職業訓練などに関する教会事業を高く評価してきた。そして,「一緒に頑張ろう! 活動をもっと自由にするので,ネパール社会を変えてほしい」などと言っていた。「共産党政府は,教会指導者らに憲法制定への参加さえ要請した。その憲法が3,4年前に制定され,宗教の自由が新たな局面を迎えた。」

ところが,いまや一転,ヒンズーナショナリストのロビー活動や政府筋からの新たな規制圧力により「これらの自由は後戻りさせられている」。キリスト教指導者は殺すと脅迫され,教会は爆破され,墓地は禁止され,キリスト教徒の子供たちは学校でいじめられている。(*4)

――以上のハンドリーの指摘は,むろんキリスト教会の側からのものだが,最近の布教禁止刑法制定や一連の教会攻撃をみると,大筋ではおおむね事実に沿っており妥当といってよいであろう。

*4 Alex Anhalt, “New pressure faces Nepalese Christians,” Mission Network News, 12 June 2018


■英有力紙ガーディアンのセンセーショナルな暴露記事,「『金でキリスト教布教』:ネパールでの魂の闘い」(The Guardian, 15 Aug 2017)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/08/07 at 10:06

カテゴリー: 宗教, 民主主義, 人権

Tagged with , , ,