ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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ネパールの屋外広告: アサが来る

ネパールには,原色の赤と濃紺がよく似合う。これはメガ銀行と,その前面道路側の震災復興キャンペーン。

この銀行の建物は,以前はたしか英国文化会館。2階建てだったとおもうが,記憶違いかもしれない。いずれにせよ,なかなか趣がある。向かいは,これまた伝統的な選管の建物。隣は,およそ非文化的なアメリカンクラブ。英米といっても,文化的には大違いだ。

道路側は震災復興を願う「希望(アサ)の壁」。これは,「ベルリンの壁」,「イスラエル分離壁」などとは正反対。ネパールでは,壁には,レンガ造りの建物のように,目標に向け一つ一つ積み重ねていくという,積極的な意味もあるようだ。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/12/09 at 15:09

カテゴリー: ネパール, 文化

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軍施設撮影で韓国人逮捕

カトマンズの軍施設撮影容疑で,3月18日,韓国人4人が逮捕された。

逮捕されたのは韓国放送局のスタッフ4人とネパール人ガイド1人。パシュパティ寺院を無人ヘリで空撮していた。この寺院はトリブバン国際空港の西隣にあり,空港内空軍施設に近接している。そのため,空撮に軍施設が写ってしまったらしい。

最近,ネパールは善良な観光客にとって,ますます危険な国になってきた。カトマンズのど真ん中,アメリカンクラブ付近のことについては,何度か報告した。今度は,空港やパシュパティ寺院だ。

それにしても,この情報化時代,このような秘密主義はアナクロではないか。たとえば,グーグルでも,トリブバン空港内軍施設はよく見える。隠しようもない。それでも隠そうとするのが,軍の抜きがたい習性。軍事機密,防衛秘密,特定秘密などの恐ろしさは,そこにある。

これからネパールに行く人には,カメラにくれぐれもご用心いただきたい。最近のカメラは高性能だ。私の初心者用ズーム(55~250mm)付カメラでも,スワヤンブーあたりから市内の軍関係施設を撮ることは十分に可能だ。一つ上の400~800mmレンズをつけ,市内の高台かビル上層階に行けば,どの軍施設であれ,丸見えだろう。

ネパールに行って無邪気にバシャバシャ写真を撮っていると,いつしょっ引かれるか分からない。たまたま軍施設が写っていようものなら,面倒なことになる。桑原くわばら。

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 ■パシュパティ寺院(P)とトリブバン空港(TIA)/空港内軍施設付近(Google)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/03/22 at 00:15

カテゴリー: 軍事

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制憲議会選挙2013(2):意外に低調?

カトマンズ市内を数時間歩いてみた限りでは,制憲議会選挙は予想外に低調な感じだ。今回の選挙規制や地方の状況はまだ調べていない。

むろん各地で選挙がらみの衝突が続発,負傷者も出ているし,選挙反対のCPN-M(バイダ派マオイスト)は11月11~16日の全日バンダ(ゼネスト)を宣言している。断行されれば,1週間ゼネスト! いかにもネパールの選挙らしくはあるが,それでも街は意外と静かというのが,いつわらざる第一印象だ

アメリカンクラブ向かいの選挙管理委員会は,かつてのうらぶれた姿が信じられないくらい,元気。警備兵(武装警官?)が銃を構えて警戒し,アメリカンクラブに負けないくらい物々しい。前庭には大きなテントが張られ,カンチパト道路歩道上方からは選挙啓発ポスターがずらりとつり下げられ,無知な庶民を啓蒙すべく頭上から教訓を垂れている。選管には先進国の英知と援助資金が有り余っているのだろう。

が,その割には,街には政党ビラが意外に少ない。壁面の多くにも何も貼られておらず,まるで平時の日本管理社会のようだ。アサン付近にはそこそこ貼られているが,それでも一部だけ。

ティハール明けから本格化するのだろうか? 

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■アムリト・キャンパスのプラチャンダ/キャンパス付近の壁

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■タメル付近/ジャタ

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■アサン付近/アサン付近

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■アサン/破られた選挙啓発ビラと警官

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■選管/選管前の選挙啓発ビラル

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/11/01 at 10:24

カテゴリー: 選挙, 憲法

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法治「信号機」よりも人治「ロータリー」

午前,1時間ほど王宮博物館前・カンチパト付近を歩いてみた。まず気になるのが,例の信号機。

タメル入口(王宮博物館・アメリカンクラブ・旧文部省)交差点の信号機。旧来の格調高い英国風ロータリーを撤去し,日本援助で高性能信号機を設置した。

電気は来ている。午前11時頃で交通量も多い。が,見よ! 赤黄点滅で,車も歩行者も信号機など全く見ていない。法治(rule of law)の権化「信号機」は完全無視,交通警官の指示に従い,通行している。昨夜,交通警官がいないときは,ロータリー式完全「自治」通行が実践されていた。何の問題も無し。(再設置「ロータリー」は右外回りではないが,原理は,ロータリー式と同じ。)

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■タメル入口交差点 SAARC本部前より(赤点滅)/パスポート・センター前より(黄点滅)

もう一つ,王宮博物館前(交通警察署前)交差点では,電気は来ているはずなのに,完全消灯,警官が交通整理。交通警察自身が,署の前で自ら法治「信号機」無視のお手本を示している。お見事!

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 ■王宮博物館前交差点 完全消灯信号/背後は交通警察署 

私の「ロータリー文化論」には批判も多いが,この十数年の観察で,その妥当性がかなり実証されたように思う。

ネパール社会は,人治(人の支配)原理で動いている。そこに法治の制度や機械を外から持ち込んでも,うまくはいかない。今後どうなるか分からないが,少なくともいままでは,そうであったといってよいのではあるまいか。

[追加]点灯信号機発見(2013ー11-01)
ラトナ公園・バスパーク前の歩行者用信号機が点灯されていた! といっても,車も歩行者も警官の指示に従っていたが。
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夕方,バスパークからキルティプルまでバスで1時間半。道路は車の洪水。途中のスタジアム前,野菜市場前などの高性能信号機は,もちろん全滅。すべて,警官が手信号で整理していた。

エンジンを切って待っているバスの中から見ていると,警笛の鳴らしあいで強力そうな方が,先に通されていた。これぞ人治,加徳満都の道路は法学教育の場としても有益だ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/10/30 at 23:13

焼身抗議死報道の自己規制

ボダナートの仏塔の側で8月6日,チベット僧カルマ・ゲトゥン・ギャンツォさん(39歳)が焼身抗議死(焼身自殺)を遂げた。ボダナートで3人目。(生死不明を含め焼身抗議総数126人)

カルマさんは,チベットで僧侶となったが,下半身麻痺となり,政府圧力により僧院追放,各地を巡礼し,ネパールを経てダラムサラに亡命していた(中原一博「ダラムサラ通信」8月9日参照)。

周知のように,ネパール政府は,「一つの中国」政策を支持し,ネパール国土を反中国活動に使用させないと繰り返し約束している。いまでは「一つの中国」を宣言してからでないと,中国側とのいかなる会合も始まらない有様だ。

ネパール政府は,こうした反中国活動取り締まり要求に応え,ボダナートなど,チベット系住民の多い地区に警官多数を配備し,さらにハイテク監視カメラ34台を設置した。

主たる監視対象はチベット系だろうが,カメラに人種差別なし。日本人でも挙動不審であれば,マークされる。当然,某国にも筒抜けだろう。ヒッピーのよき時代は今や昔。ボダナートで某国に監視され,アメリカンクラブ付近で某々国に監視され・・・・。

自由チベット運動に対しては,こうしたハードな取り締まりに加え,最近ではソフトな規制も始めているようだ。各メディア(8-9日)の記事タイトルはこうなっている。

AP「チベット僧,中国に抗議し焼身自殺」
ekantipur「僧,焼身自殺」
nepalnews.com「チベット人,ボーダで焼身自殺」
Nepali Times「また焼身自殺」
Himalayan「チベット僧,自分に火をつけ死亡」
新華社(英文)「ネパールの身元不明焼身自殺者は身体障害者だった:地元住民」

APと新華社が両極にあり,他のネパール・メディアがその中間に位置する。ネパール・メディアは,記事内容も,ほとんどが警察発表通り(後日,多少補足修正された)。自己規制しているのだろう。

興味深いのが,新華社。記事はやたら詳しく,しかも一定の方向性をもっている。カルマさんは,焼身のため200ルピーでバターランプを買った(他メディアでは100-150ルピー)。動機については,マノジ警察DSPの説明――「政治的動機か否か,また自殺か焼身抗議か,これから調査したい」――をそのまま掲載している。タイトルで,身体障害を苦に自殺したと暗示し,それをこのマノジ警察SDP説明で補強しているのだ。

このところ中国の情報収集・発信能力の強化は,目を見張るばかりだ。ネパールでも,すでにネパールのメディア自身が「新華社によれば・・・・」などと,中国情報源を利用し始めている。日本でも,中国メディアを介したネパール情報が急増し始めた。

さすが中国は大国,要所を押さえ,勢力拡大を図っている。かつて宗教は民衆のアヘンだったが,現代では情報こそが,いわば「民衆のアヘン」。情報を制するものが,世界を制する。(尖閣も竹島も,情報報道戦では,日本劣勢。内弁慶日本の悲哀を感じざるを得ない。)

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 ■新華社日本語版(2013.5.27)。元首相のプラチャンダ,MK・ネパール,B・バタライが「中国夢」絶賛

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/08/10 at 10:00

信号機かロータリーか:ネパールとスイス

1.道路近代化批判
ネパリタイムズ(6月28日号)が,道路新設・拡幅政策を批判している。都市部でいくら道路を建設しても,流入車両が増えるだけで,何ら問題解決にはならない。また,「日本援助信号機は,ほとんど機能していない。」

以前,信号機全滅と紹介したら,「そんなことはない」と叱られたが,ネパールの人びとから見れば,日本援助信号機はやはり役立たずの木偶の坊なのだ。

ネパールの交差点の多くは,文化に適合したロータリー(ラウンドアバウト)式であったのに,それらをやみくもに撤去し,一見合理的な信号機式交差点に近代化したため,この惨状となってしまったのだ。

カトマンズ盆地は狭く,徒歩・自転車でほぼ間に合う。電車,トロリーバス,地下鉄など,低公害公共交通機関の導入を進める一方,道路幅を狭くし,ロータリー式でさばける程度にまで車両数を削減すべきだろう。日本援助信号機は撤去し,古き良きロータリー式に戻す。
[参照] ▼信号
▼信号機、ほぼ全滅(5):王宮博物館前
▼信号機、ほぼ全滅(4):カランキ交差点(付:タタの威厳)
▼信号機、ほぼ全滅(3):「日本に学べ」
▼信号機、ほぼ全滅(2):タパタリ交差点ほか
▼信号機、ほぼ全滅(1):アメリカンクラブ前

2.スイスのロータリー文化
見習うべきモデルの一つが,スイス。先日,単なる団体観光旅行にすぎないが,10日間ほど,スイスに行ってきた。大部分がバス移動。

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 ■ネパールそっくりの山村風景/夕暮れのマッターホルン

感心したのが,多くの交差点がロータリー式であったこと。既存の信号機交差点も,順次,ロータリー式に改造されつつあるという。

幾度か紹介したが,日本では,交通量の少ない道路でも,深夜の人っ子1人いない田舎道でさえ,赤信号で停車し,青を待つ。時間とエネルギーのたいへんな浪費だ。これに対し,スイス・ロータリー式交差点では,ほとんど待つことはなかった。少々交通量が多くても,共有されているロータリー通行規則に自主的に従い,スムースに通過できた。

スイスは,ネパールにとって,自然環境や多民族状況,そして大国に囲まれた内陸国という地政学的位置など,多くの点でよく似ており,連邦制,多言語主義など,学ぶべきものは多い。ただし,民族自治,地域自治などは,決して近代的な新しいものではない。むしろ本質的に前近代的な,古いものである。その古いものの全否定ではなく,保守すべきものは保守しつつ,生活を豊かにしていく。女性の権利など,問題は多々あるにせよ,頑固な保守主義の国であるがゆえ,スイスは多民族多文化民主主義のモデル国の一つとなり得ているのである。

なお,蛇足ながら,自然環境や地域景観についても,スイスは保守主義に立ち,保存を開発と両立させる努力をしている。フランス領のシャモニーにも立ち寄ったが,スイスとの違いに愕然,幻滅した。近代合理主義の宗主国フランスは,自然と伝統を克服すべきものと見ている。他の地域はどうか知らないが,少なくともシャモニー付近の景観は,フランス国民文化のスイスのそれとの相違を際立たせ,その意味では興味深かった。

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 ■インターラーケン「ゲマインデハウス」前/ヴィルダーズヴィル

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 ■幹線道路交差点/ベルンの路面電車とバス

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/07/01 at 11:41

信号機、ほぼ全滅(1):アメリカンクラブ前

幾度か議論してきたが、ネパールに来るたびに、ロータリー文化と信号機文化の原理的対立に注目せざるをえない。
 ▼信号機文化

カトマンズの交通信号機は、見た限りでは、ほぼ全滅。スタジアム前やカリマティのような大きな交差点でも、信号は消えていた。

「定点観測地」の旧文部省・アメリカンクラブ前の日本援助信号機も点灯の気配はない。ここは、観光客にとっては、ネパールでもっとも危険なところといってもよい。車ではなく、なにやら怪しい「アメリカンクラブ」だ。カメラを向けようものなら、警備兵に射殺されるか、逮捕されてしまう。くれぐれもご用心!

この旧文部省・アメリカンクラブ前の交差点に日本援助のハイテク信号機が設置され、赤黄青と機械的・規則的に点灯していたときは、大渋滞が日常化していた。しばらくして、赤点滅となったが、こんな中途半端な信号など誰も守りはしない。

そこで交差点の中央に小型ロータリーが設置された。点滅信号とロータリーの2原理併存でさらにややこしくなり、ますます信号はじゃまになった。そこで、完全に消灯してしまったというわけだろう。

昔からあった品格のある立派なロータリーを撤去し、日本援助で華々しくハイテク信号機を設置したのに、完全に元戻り。新設小型ロータリーは貧相だし、消灯信号機は木偶の坊、見苦しく無様なだけだ。切り倒して完全撤去した方がよい。

もう一つの「定点観測地」タパタリ交差点についても、いずれ見学し、報告したい。


■旧文部省前消灯信号機

■新設ロータリーと消灯信号機


■アメリカンクラブ(撮影厳禁) [Google]

(注)ネパールでも、いずれロータリーでは対応しきれない事態になるだろうが、見る限りでは、市内信号機はまだ時期尚早ということのようだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/07 at 14:32

人治の国の立ち枯れ援助信号機

毎日、朝から晩まで勤勉に仕事をし、合間に街を移動。車は引き続き急増し(韓国車多し)、各地で渋滞が続発している。

この車増加を見越し(あるいは車輸出のため)、日本を始め先進資本主義国は、市内各所に最新式信号機を援助してきたが、見た限りではほぼ全滅、まともに動いているのは最近(今年?)設置したばかりの日本援助カトマンズ=バクタプル高規格道路のものだけだった。これも、この調子では、半年もすれば消されてしまうだろう。

電気は、雨期であり、足りている。スイッチを入れれば稼働するはずなのに、切ってしまう。これはハードではなく、ソフト、つまり文化の問題である。

以前にも指摘したように、信号機は法治(ルール遵守)のモデル。機械(信号機)の合理的命令に人間が服従する。法治が内面化されている日本では、たとえタヌキしかいない深夜の農道でも赤信号で車はちゃんと停止する。日本では、法(ルール)をつくる支配階級は法を守らないが、大半の人民大衆はいつ、どこでも法を遵守する。

これに対し、ネパールは本質的に人治の国。周りの人々の動きを見て自分の行動を決める。文化全体がそうなっているので、道路においても、いくら高価・高級な信号機を設置しようが、それは援助国の自己満足に過ぎず、ネパール人民にとっては何の意味もない。半年もすれば、スイッチを切り、人治に戻してしまう。

たとえば、日本援助の文部省前信号機も、ロータリー式に戻され、警官が手信号で交通整理している。ここには、怪しい「アメリカン・クラブ」があり、前回、日本援助信号機をタメル方面から激写したら、アメリカンクラブ警備兵(武装警官)がすっ飛んできて、すんでの所で射殺されるところであった。ここでは毎年、何も知らず王室博物館やタメル方面をパチリとやった日本人観光客が何人か拘束されている。いまや文部省前交差点は、ネパール文化・社会・政治のパワースポットの一つである。ぜひ見学していただきたい。ただし、写真は撮らないこと。

信号機のないロータリー式交差点は、人治のモデル。つねに相手の格や動きを見て、自分の行動を決める。そして、人治の国ネパールでは、ロータリー式や警官手信号の方が、はるかによく機能している。実に見事だ。

ネパールの人治文化は、社会に深く根付いており、近代的な法治主義や立憲政治を移植するのは、至難の業である。それは、立ち枯れの哀れをさそう日本援助信号機を見れば、誰しも納得せざるをえないだろう。
トヨタと消灯信号と交通安全啓蒙(バグバザール)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/09/21 at 14:31

カテゴリー: 社会, 文化

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威嚇外交:アメリカンクラブの戦略的意義

谷川昌幸(C)

アメリカは敬愛すべき民主主義国であると同時に、鼻もちならない自国中心主義大国だ。この二面が併存しているところが、厄介だ。

 

またかといわれるが、例のアメリカンクラブ。もしこんなものが東京や大阪のど真ん中にあれば、日本人はカンカンに怒り、連日デモを掛け、まちがいなく撤去させてしまう。それほど許しがたい存在なのだ。

 

アメリカンクラブはカトマンズのど真ん中、元王宮の前にある。武装警官十数名がテッポウを構え、24時間厳戒態勢を敷いている。

 

この施設の特徴は、撮影禁止を塀に仰々しく掲示していること。この施設に向けカメラを構えると、カメラ没収、拘束、最悪の場合は射殺される。そんな恐ろしい外国施設が、東京や大阪のど真ん中、繁華街の中心にあることが想像できるだろうか。

 

ネパールは独立国なのか? この治外法権施設をみると、決してそうではない。こんな屈辱、国辱をどうしてネパール人は甘受しているのか? なぜマオイストは怒り波状デモをアメリカンクラブにかけないのか?

 

私は、一外国人旅行者にすぎないが、アメリカンクラブの前を通るたびに、腹が立つ。この施設そのものが、人間の尊厳を踏みにじるものだからだ。

 

撮影禁止の掲示は、撮影禁止それ自体が目的ではない。その気になれば、こんな施設の撮影などいくらでもできる。アメリカは、そんなことは百も承知で、仰々しく「撮影禁止」を塀に貼り、テッポウをもたせた武装警官に厳重警戒させているのだ。

 

「公然の秘密」は秘密でも何でもない。恐ろしいものがここにあるぞ、という威嚇宣伝こそがこの「撮影禁止」の目的なのだ。そして、その威嚇宣伝の効果をさらに上げるため、無邪気に撮影した外国人、特に無抵抗の日本人をときどきテッポウで脅して連行、拘束し、撮影メモリを没収する。「ならず者国家」とは、アメリカのことなのだ。

 

そのアメリカの厄介なところは、そうやって力で威嚇しつつ、自由・人権・民主主義の旗振りをすること。しかも、自分でも正義を信じ込み、それに酔ってさえいる。

 

いまアメリカで核廃絶、核何なき世界を叫んでいる政治学者らは、つい先日まで核抑止力論の旗手だった人々だ。彼らは、脅しの効果を熟知しており、その手段の比重を核から通常兵器に移そうとしているにすぎない。アメリカ自身の都合で。

 

アメリカは偽善を偽善と感じていない。そうでもなければ、テッポウで脅しつつ、自由・人権・民主主義を唱えることなど、恥ずかしくて出来るわけがない。

 

「カメラ禁止」の啓示の前でテッポウをかまえごく普通の市民や旅行者たちを脅している武装警官たちの写真を撮影し、アメリカ系慈善団体や人権団体の事務所前に貼りだしてやりたいくらいだ。

 

しかし、これが人間社会の現実なのだ。アメリカはお人好しだから、「カメラ禁止」を掲示し、恥部を露出しているが、われわれだってピストルを持った警官に守られ生活している。見せしめ残虐刑の絞首刑さえあるのだ。

 

そのことを恥じるかどうか、そこが偽善大国アメリカと小心日本国との決定的な違いである。おそらくアメリカ人旅行者は、アメリカンクラブの前を通っても、「恥ずかしい」とも「腹が立つ」とも感じないだろう。いや、ひょっとして力誇示への「誇り」さえ覚えるのかもしれない。

 

 

現在のグーグル地図では「アメリカン・レクレーションセンター」となっている。CIA保養所?

Written by Tanigawa

2010/09/15 at 13:32

カテゴリー: 外交

信号機援助の無残:人治→法治→人治

谷川昌幸(C)

タメル入口、文部省前の日本援助信号機の定点観察(ちょっと大げさだが)をしている。派手でよく目立つし、法学・政治学的にも、これは人治から法治への近代化移行支援の一つといってもよく、興味深いからだ。

 

1.信号機の機能停止

現状は、無残の一言に尽きる。日本援助の交通信号機は完全に機能停止し、古都景観とはミスマッチの無用の長物と化している。

 

短期滞在なので、なぜこうなったか、誰がこの決定をしたのか、今後どうなるか、そういったことはよくは分からない。が、とにかく見た限りでは、日本の信号機援助は失敗と言わざるをえない。

 

2.信号機:人治から法治へ

信号機が設置される以前は、交差点では、まず相手(車・リキシャ・人・牛など)の様子をみて自分の行動を決めていた。人治である。

 

車の数が増え、完全な人治つまり交差点完全自治では捌ききれなくなると、警官が出て、手信号で整理し始めた。これも人治。警官は偉そうな人が来ると、当然、優先通行させた。

 

これはイカンと思ったのが、東洋近代化の模範生日本。人治を法治に替えるのが、しかも内政干渉の非難を受けるリスクなしに派手に目立つ援助として実施できるのが、交通信号機援助だったからだ(たぶん)。

 

文部省前の信号機設置は、それはそれは華やかだった。短期滞在なので一部始終見学したわけではないが、それでも信号機日本援助の目的と効果を説明する大看板が交差点歩道に設置され、信号(ルール)を守る必要を図解したイラスト入りビラが付近の電柱に貼られ、たしか啓蒙横断幕もあったと記憶している。

 

設置後しばらく(2,3年)は、たしかに信号機は機能し始めていた。ネパールの人々も、相手を見て自分の行動を決める(人治)のではなく、信号機(ルール=)の指示に従い自分の行動を決める(法治)ようになりかけていた。うまくいくかな、ネパールの近代化は日本援助で達成できるかな、と愛国心丸出しで期待していた。

 

3.警官手信号への置き換え

ところが、やはりダメだった。昨年ころから、信号機があるにもかかわらず交通警官が交差点に出て、歩行者、自転車、バイク、車、牛の整理を始めた。

 

そして1年後のいま、信号機は消されるか点滅に変えられ、交差点の真ん中には交通整理用のお立ち台が設置され、警官が手信号と笛で交通整理をしている。人治への逆行である。

 

皮肉なことに、休日、夜間など、車が少なく交通警官がいないときは、交差点中央のお立ち台がロータリーの役割を果たしている。

 

ネパール人民は、日本援助の信号機を放棄し、国産警官を投入、伝統継承の人治へ戻したのである。

 

4.人海戦術

これは、見た限りでは、他の交差点でも同じだ。デリーバザール西側出口交差点、シンハダーバー前交差点など(これらは休日等には信号機に戻されることもある)。環状線(リングロード)の主要交差点はまだ見ていない。

 

そうした人治(手信号)化交差点の中でも最も惨めなのが、タパタリ交差点。パタン入口、バグマティ川の橋(日本援助)の手前にあるこの交差点は、交通要所であるうえに、ロータリー崩れの複雑な構造になっている。

 

この複雑なハイテク交通信号機も完全崩壊、見るも無残なガラクタと化している。

 

タパタリ交差点の中央にはお立ち台が設置され、警官が手信号で交通整理する。さらに進入路の各所に警官が配置され、交通整理している。人海戦術である。

 

交通警官には、女性が多い。若くビックリするくらい美人だ。イカツイ男の制服姿は威圧的だが、女性の制服姿は美しさを倍増させる。だから、女性交通警官の指示には、皆おとなしく従っている。

 

手信号に従うのも法治と言えなくもないが、手信号を出すのは人であり、やはり人治に分類すべきだろう。ネパール人民は、近代的法治を伝統的な人治に戻しつつあるのだ。

 

5.ロータリーの健在

これとは対照的に、英国式ロータリーは健在だ。たとえばマイティガル交差点は、信号機は崩壊しているものの、ロータリーは残されているので、交通はロータリーの論理により自動整理され、かなり能率的に流れている。

 

ロータリーは、英国民主主義の伝統の具現であり、これが機能する社会は、あえていうならば民主主義成熟社会、より正確にはポストモダン民主主義社会である。

 

交差点民主主義において、日本は英国に完敗した。短期的には日本型近代合理主義が強いが、長期的には英国型の方が強い。やはり日本はダメだ。英国の古き良き伝統には到底かなわない。

 

6.地下鉄とリキシャ

しかし、その英国式ロータリーといえども、このまま車やバイクが増加していけば機能しなくなる。カトマンズやパタンなどが都市再生を図るには、市街地から車やバイクを一掃する以外に方法はない。信号機不要市街に戻すのだ。地下鉄、路面電車を通し、市街地は原則として徒歩、自転車、リキシャ、牛だけに限定する(指定車を除く)。不便になるが、仕方ない。

 

一つのモデルは長崎。最近値上げされたが、それでも路面電車はどこまで乗っても120円、回数券なら100円ほどだ。安全快適。

 

もしネパールがこのまま車増加を放任し、信号機で整理しようとすれば、街を破壊し道路建設する以外に方法はない。しかし、そんな野蛮な文化破壊は選択すべきではない。

 

日本は、人口密集古都保全型都市交通体系への移行支援に、援助方針を変えていくべきだろう。

 

 

文部省前交差点。赤・黄点滅。警官手信号で交通整理。右前方が恐怖のアメリカンクラブ。

 

文部省前交差点。中央のお立ち台が、警官不在の夜間はロータリーとなる。点滅信号機完全無視。

 

タパタリ交差点。警官約十名で交通整理。制服姿の女性警官が、メチャかっこよい。

 

タパタリ交差点。ハイテク信号機消灯。醜いガラクタと化す。反文化的。

 

 

Written by Tanigawa

2010/09/07 at 12:45

カテゴリー: 文化, 民主主義

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