ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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キリスト教攻撃激化と規制強化(2)

1.キリスト教の利用から排斥へ
ネパールの体制派(the Establishment)にとって,近年の最大の危機は,いうまでもなくマオイスト人民戦争(1996~2006年)であった。マオイスト(毛沢東主義派)は,ヒンズー教旧体制が差別し周縁化してきた低カーストや少数諸民族を糾合して旧体制と戦い,優勢裡に和平に持ち込み,ヒンズー教王制を廃止して世俗共和制の新体制を発足させ,そこに有力な勢力の一つとして参画した。

しかし,その一方,新体制は革命ではなく和平により成立したため,旧体制の制度的中核たるヒンズー教王制(ビシュヌ神化身たる国王の統治)は廃止され,ネパールは世俗共和制に転換したものの,それを除く旧体制の諸勢力の多くは新体制を受け入れ,そこに参加していった。

このヒンズー教王国から世俗共和制への転換にキリスト教がどう関与したのか,いまのところ,それはよくわからない。ただ,キリスト教は長年,旧体制により厳しく禁止され弾圧されてきたので,その転換に希望を抱いてきたことは間違いない。事実,キリスト教徒は,1990年民主化運動の頃から潜伏していた人々も徐々に表に出始め,人民戦争を経て現在に至るまで着実に数を増やしてきた。

そのキリスト教は,ネパールでは,欧米諸国に物心両面で強力に支援されている,と見られてきた。したがって,ネパールで権力闘争が激しくなればなるほどキリスト教利用のメリットは大きくなり,いずれかの勢力がアプローチして何ら不思議ではなかったが,ネパールでは1990年民主化運動以降も,つい最近まで,政治家個人によるキリスト教接近・利用の試みは散発的に見られたものの,政党等が本格的・組織的にキリスト教と連携を図る動きはなかった。それは,おそらくキリスト教がネパールでは党派を超え取扱厳重注意だったからであろうし,現在もなお一般にキリスト教はそう見られている。

しかしながら,キリスト教が近現代欧米の人権や民主主義と不可分の関係にあることは言うまでもない。したがって,途上国が開発促進のため欧米先進諸国の支援をえて近現代的な人権・民主主義の実現を目指すことになれば,それは自ずとキリスト教にとっても好ましい政治的・社会的状況がそこに生じることはまぎれもない事実である。

欧米諸国は,このキリスト教と近現代的な人権・民主主義との不可分の関係を十二分にわかったうえで,宗教と政治を巧妙に使い分け,途上国への影響力を拡大してきた。かつての「宣教師と軍隊」が,近現代風に洗練され「キリスト教と人権・民主主義」となったといっても,決して言い過ぎではあるまい。国家世俗化と宗教の自由がその典型。ネパールでも,この問題を筆頭に,人権や民主主義に関する多くの諸問題において,キリスト教と欧米世俗権力は多かれ少なかれ共闘関係にある。(参照:改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント)いまのネパールでは,キリスト教を擁護すれば欧米諸国家の支援が,近現代的人権・民主主義を唱えればキリスト教社会の支援が何らかの形で期待できるのである。

英大使の改宗勧奨

ネパールの政治家はみな,そんなことは百も承知。和平後新体制もジレンマを感じてはいたであろうが,開発・民主化促進は何よりの急務,キリスト教を警戒しつつも,欧米諸国の支援をえるため,キリスト教に宥和的ないし協力的な姿勢をみせ始めていた。(*4)

ところが,ネパール新体制の,このようなキリスト教に対する宥和的な態度は,ここにきて逆転,再び悪化し始めた。「アジアンアクセス」のジョー・ハンドリー代表は,こう指摘している――

この数年間,ネパール側は孤児,人身売買,職業訓練などに関する教会事業を高く評価してきた。そして,「一緒に頑張ろう! 活動をもっと自由にするので,ネパール社会を変えてほしい」などと言っていた。「共産党政府は,教会指導者らに憲法制定への参加さえ要請した。その憲法が3,4年前に制定され,宗教の自由が新たな局面を迎えた。」

ところが,いまや一転,ヒンズーナショナリストのロビー活動や政府筋からの新たな規制圧力により「これらの自由は後戻りさせられている」。キリスト教指導者は殺すと脅迫され,教会は爆破され,墓地は禁止され,キリスト教徒の子供たちは学校でいじめられている。(*4)

――以上のハンドリーの指摘は,むろんキリスト教会の側からのものだが,最近の布教禁止刑法制定や一連の教会攻撃をみると,大筋ではおおむね事実に沿っており妥当といってよいであろう。

*4 Alex Anhalt, “New pressure faces Nepalese Christians,” Mission Network News, 12 June 2018


■英有力紙ガーディアンのセンセーショナルな暴露記事,「『金でキリスト教布教』:ネパールでの魂の闘い」(The Guardian, 15 Aug 2017)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/08/07 at 10:06

カテゴリー: 宗教, 民主主義, 人権

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紹介:三瓶清朝『みんなが知らないネパール―文化人類学者が出会った人びと』(5)

5.低カーストはキリスト教に向かわないか?
ネパールは宗教が生活に深く根付いた社会であり,人々がどの宗教を,どのように信仰するかは,ネパールの動向を知る最も重要な指標の一つである。この点について,本書では次のように述べられている。

「ヒンズー教的カースト制度を嫌う低い階層のカースト(民族)は,マルクス主義か仏教かに向かうだろう,逃げるだろうことは簡単に想像できる。現在のところ,なぜかキリスト教には向かっていない。」(181)

ここで著者が挙げている選択肢のうち,ネパールの低カーストや少数民族の人々がマルクス主義,とりわけ毛沢東主義に向かうことは,ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)が1990年民主化後しばらくすると彼らの支持を得て急成長し,人民戦争(1996-2006年)を戦い,優勢裡に和平に持ち込み,戦後新体制に参画するに至ったことを見れば,すでに疑いようのない事実である。ただし,ネパールのマルクス主義や毛沢東主義はネパール独特のものであって,日本で一般に理解されているそれらの主義とは大きく異なるが,この点については別の機会に議論することにしたい。(仏教改宗については,いまのところ私には不明。)

では,キリスト教はどうか? 本書のもとになる現地調査は2001年8~9月であり,原稿完成は2016年3月下旬のことである。この時点での,低カーストの人々は「キリスト教には向かっていない」という分析は,どこまで妥当であろうか?

キリスト教は,1990年民主化を転機に,ネパールで低カーストや少数民族の人々を中心に信者を増やし始めた。2011年国勢調査によれば,キリスト教徒は全人口の1.14%となっており,すでに日本の1%(2012年)を上回っている。低カーストではサルキの4.3%,サンタル/サタルの6.1%がキリスト教徒だし,少数民族ではタマンの3.6%,ライの5.3%,チェパンの25.6%がキリスト教徒になっている。

しかも,2011年国勢調査のキリスト教徒数は過少報告とされており,実際にはキリスト教徒はすでに3~7%,あるいは2~3百万人にのぼるとさえいわれている。いまやキリスト教系メディアでは,「キリスト教徒急増国」がネパールに言及する際の格好の枕詞にさえなっている。教会は全国に約1万2千あるといわれているし,キリスト教系政党も先の国政選挙に立候補者を出した政党を含め数政党ある。これをどう見るか? 相対的にはキリスト教はなお弱小勢力なので,評価は難しい。

ネパールにおけるキリスト教の動向については,これまでに幾度か紹介したので,ご参照いただきたい。
 ・キリスト教とネパール政治(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10)
 ・改宗勧誘・宗教感情棄損を禁止する改正刑法,成立
 ・「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について
 ・キリスト教政党の台頭
 ・タルーのキリスト教改宗も急増
 ・キリスト教絵本配布事件,無罪判決
 ・改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント
 ・国家世俗化とキリスト教墓地問題

■ネパール:成長世界最速の教会(Nepal Church Com)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/06/22 at 15:34

紹介:三瓶清朝『みんなが知らないネパール―文化人類学者が出会った人びと』(1)

この本は,文化人類学者の著者が2001年8月~9月のネパール現地調査において観察した男女7人の生活を通して見た「ネパール民族誌」。こうした実地調査に基づく実証的研究は,私のような法や政治といった社会の上部構造を主に英語の論文や記事を通して勉強している者にとっては,たいへん興味深く,教えられることも多い。以下,私にとって特に興味深く感じられた部分を中心に,私見を交えつつ,紹介する。

三瓶清朝『みんなが知らないネパール―文化人類学者が出会った人びと』pp.i-xii, 1-308,尚学社,2018年5月刊
まえがき / 第1章 カトマンズ到着 / 第2章 オミラ=ダリ(女性,46歳) / 第3章 ギャヌー(女性,50歳) / 第4章 シバ(男性,30歳) / 第5章 カマラ=カント(男性,49歳) / 第6章 バリヤ(男性,45歳) / 第7章 ラム=バブ(男性,38歳) / シタ・カナル(女性,42歳) / あとがき

1.変わらないネパール
本書は,一言でいえば,ネパールの人々の生活を現地でつぶさに観察し,それにもとづき,個人の暮らしぶりやそれを取り巻く文化や社会組織の点では「ネパールは変わっていない」ことを,具体的に実証することを主な目的にしていると見てよいであろう。「まえがき」と「あとがき」に,こう記されている。

まえがき:「わたしがこの本で扱うネパールは個人・・・・の暮らしぶりやそれを取り巻く文化や社会組織(社会制度)に関するもので,大きく動く経済でも政治でも歴史でもない。これはいまもそんなに変わらないはずだ。ヒンズー教の骨格たるカースト身分制度など,これでもかこれでもかと書き定めた,ヒンズー教の聖典の一つである『マヌの法典』以来,つまり2000年前以来,何ひとつ変わっていない。」(v)

あとがき:「[2017年3月刊『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相』を]読んでみたが,そのときの感想は,小さな変容はそこかしこに見られるものの大きくは『ネパールは変わっていない』というものである。ネパールは変わっていないのだ。たとえば,カースト制度など何も変わっていない。」(306)

これは,憲法や統治など現実政治の動きを中心にネパールを見ている私にとっては,驚くべき指摘である。ネパールは,1990年以降,とりわけ人民戦争(1996-2006)を転機に,近現代化,民主化,世俗化,資本主義化,消費社会化,少子高齢化,情報化,グローバル化,教育普及など,生活の様々な分野で,急変,激変しているのではないか?

たとえば,「後発国の技術的優位」により,ネパールでは携帯電話・スマホ,ソーラー蓄電池街灯,監視カメラなどが急速に普及した。安定性,運用などに問題はあるにせよ,日本より安価で便利なものも少なくない。

憲法や政治では,何といってもヒンズー教王国が崩壊し世俗的連邦共和国が成立したことが,決定的に重要な革命的変化だ。そして,それとともに始まった包摂民主主義の――問題は多々あるにせよ――大胆な導入により,カーストや性による差別は激減した。議会ではダリットや女性議員が,バフン,チェットリなど高位カースト男性議員に伍し,堂々と論陣を張っている。女性の政治参加,社会参加では,ネパールは,日本の2歩も3歩も,いやそれ以上に先行している部分が少なくない。

宗教では,キリスト教改宗が増えている。民主化により布教規制をいったん緩めたが,改宗急増に驚き,憲法に事実上の改宗布教禁止規定を再導入し,さらに刑法では重罰付きの改宗布教禁止を明文規定したほどだ。キリスト教政党ですらすでに活動している。(下記「5」参照。)

こうしたことや,上述のようなことを考え合わせると,ネパールはいま急変,激変しているといってもよいのではないだろうか?

そこで,私にとって特に興味深いのは,これら急変・激変部分と,本書で指摘されている変わらない部分とがどう関係しているのか,ということである。「変わらない部分」は,やはり変わらないのか,それとも変わるのか?

 
 ■ソーラー蓄電池街灯/監視カメラ(いずれもカトマンズ市内,2015年)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/06/17 at 14:12

キリスト教とネパール政治(7)

1.「キリスト教徒急増」問題の複雑さと危険性
2.キリスト教系政党と2017年5月地方選挙
3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
 (1)キリスト教の急拡大
 (2)布教の法的規制
 (3)布教規制撤廃の働きかけ
 (4)キリスト教系政党の政界進出
4.改宗の理由[以上,前出]

5.タマンのキリスト教改宗
ネパールにおけるキリスト教への改宗は,それでは具体的にどのように行われてきたのであろうか? これもケースバイケース,様々な形があろうが,ここでは統計上最も改宗者の多いタマンの人々の改宗について紹介したい。(民族/カーストごとの改宗率が一番高いのは先述のチェパン。)

(1)民族/カースト別キリスト教改宗率
ネパールの宗教別信者数は,ネパール政府中央統計局(CBS)が人口調査の一項目として調査し定期的に発表している。

ただ,宗教は複雑で微妙な問題。日本でも,正月は神社,盆はお寺,結婚式は教会といった慣行が珍しくないように,ネパールでも個々人の宗教をいずれか一つに特定することは難しい場合が少なくない。また,ヒンドゥー教が国教だったころは無論のこと,世俗国家になってからも,他宗教,特にキリスト教は警戒され,信者数が過少カウントされているといわれている。いわば,ネパール版かくれキリシタン!

とはいえ,いまのところCBS統計以上に便利な人口統計は見当たらないので,以下に,CBS統計の宗教に関する部分,あるいはそれに基づいた統計をいくつか紹介する。(教徒数最多のタマンと教徒比率最高のチェパンの部分は赤字表示。)

 

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/11 at 14:39

キリスト教とネパール政治(5)

3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
(1)キリスト教の急拡大[前掲]
(2)布教の法的規制[前掲]
(3)布教規制撤廃の働きかけ
キリスト教会側は,この憲法や刑法による布教(改宗)規制に対し,2017年連邦議会・州議会ダブル選挙を好機ととらえ,その撤廃を政官界に働きかけた。

国民覚醒党のロクマニ・ダカル議員は8月10日,改正刑法案の改宗(布教)処罰規定を削除するよう要求した。「私には,この国が宗教の自由と人権を守る国際規約に署名していることを忘れ刑法改正を進めている,と思われてならない。・・・・どうか,ネパールは国際法に署名しながら国内法の制定・施行においては別のことをする国だ,などと世界から言われないようにしていただきたい。」(*5)

改正刑法案への大統領署名(10月16日)直前には,「宗教信仰の自由のための国際議員パネル(International Panel of Parliamentarians for Freedom of Religion or Belief [IPPFoRB])」ネパール支部が,10月9~12日の日程で,国際使節団をネパールに招いた。

IPPFoRBネパール支部長はロクマニ・ダカル議員。訪ネ使節団に参加したのは,IPPFoRB運営委員長でカナダ国会議員のデイビド・アンダーソンをはじめ,米欧,ラテンアメリカ,アジアの諸国の国会議員ら。彼らは,ネパールの大臣や議員,市民団体代表者らと会い,宗教の自由の保障を強く要請した(*6)。

また,IPPFoRBのネパール支部長ロクマニ・ダカル議員と運営委員長デイビド・アンダーソン議員は連名でコメント「ネパールにおける宗教の自由―転落の瀬戸際」を発表,次のように現状を厳しく批判し,内外協力して抜本的改革を実現するよう訴えた(*7)。

以下,コメント要旨
訪ネ使節団は,宗教の自由を制限する憲法26(3)条や改正刑法案を見て,大きなショックを受けた。ネパールでは,「この最も基本的な人権が危機に瀕していることに疑いの余地はまずない」。

「改宗を規制する改正刑法案の第9部160条は,正当な宗教信仰の表明を幅広く規制できるものであり,これにより宗教団体の慈善活動も自分の信仰表明でさえもできなくなる恐れがある。・・・・

昨年6月,8人のクリスチャンが,子供たちにイエスを描いたコミックを見せたにすぎないのに,子供たちを改宗させようとしたとして罪に問われた。幸い,彼らは2016年12月,無罪判決を受けたが,もしこの法案が成立し法律となり,憲法が改正されないままであれば,同じような事件がこれからも起きるに違いない。

これは,市民的政治的諸権利国際規約18条の規定に違反している。同条は宗教の自由を各人の基本的権利として明確に保障しており,ネパールは自らの1991年条約法によりその施行を義務づけられている。

新憲法制定を急ぐあまり,政府は,宗教を持つこと,宗教を変えること,そしていかなる宗教をも持たないことですら,個人の権利として保障している国際規約に署名したことを忘れてしまったようだ。ネパールは,国際規約に署名しながら,国内法の制定施行においては全く逆のことをする国だ,などといった評判を立てられないよう注意すべきだ。

こうした状況は変えねばならない。ネパールの市民社会諸団体や議員らは,政府に国際的義務を果たさせるため,さらにもっともっと努力すべきである。むろん,これは極めて重要な闘いであり,国内の人々の努力だけに期待するわけにはいかないが。

70以上の国の加盟者を擁する「宗教信仰の自由のための国際議員パネル(IPPFoRB)」は,全世界の政府に対し,ネパール大統領に圧力をかけ刑法典署名を断念させ,また時機を見てネパール憲法26(3)条を改正させるための努力を,なお一層強化するよう要請する。

これらは,もしわれわれが,この美しく荘厳な山の国において宗教信仰の自由への権利が守られることを確実にしようとするなら,避けることのできない行動である。」(*7)
以上,コメント要旨

こうしたキリスト教会側からの働きかけに対し,政府や政治家らも,報道は少ないものの,ある程度の対応はしているようだ。キリスト教会代表が提出した布教(改宗)規制規定削除要請に対して,デウバ首相は世俗主義を制度化し少数者の権利を守ると語ったし,ディネシュ・バタライ首相顧問も「直ちに対処し選挙前に解決する」と述べたという(*4)。

また,教会関係行事への政官界有力者の参加も少なくない。7月のビリーバーズ教会ネパール教区主教就任式(2017年7月9日)には「新しい力党」幹部ヒシラ・ヤミ(バブラム・バタライ元首相夫人)が出席し,主賓あいさつの中で,こうのべた。「ネパールは世俗国家だが,キリスト教徒は当然享受すべき宗教の自由をまだ享受していない。・・・・すべての人々は,どの宗教,どの社会共同体に属するにせよ,平等に取り扱われるべきだ。」(8)

この主教就任式には,UMLのMK・ネパール議員(元首相),コングレス党のガガン・タパ議員(元保健大臣),国民覚醒党のロクマニ・ダカル議員など,多数の有力政治家が出席している(*8)。

年末のクリスマス集会にも政官界有力者が多数参加した。たとえば,「ネパール・クリスチャン協会(NCS)」・「ネパール教会連盟(NCFN)」共催のクリスマス集会(カトマンズ,12月3日)には,プラチャンダMC党首が出席し,世俗主義の意義について講演した(*9)。

*4 “Nepal PN ‘commits to adress’ Christian concerns ahead of election,” World Watch Monitor Nepal, 8 Nov 2017
*5 “Bill Criminalises Religious Conversion,” Christian Solidarity Worldwatch, 22 Aug 2017
*6 “Not Secular,” Kathmandu Post, 29 Oct 2017
*7 Lokmani Dhakal & David Anderson, “Religious Freedom in Nepal – Teetering on the Edge of a Precipice,” Ratopati, 2074-06-31
*8 “Two New Bishops Installed in Nepal Dioceses of Believers Church,” Believers Eastern Church, 10 Jul 2017
*9 “Christmas Greeting Exchange Program in Conjunction of NCS and NCFN,” Nepal Church com, 2017-12-19

■IPPFoRBホームページ(2017年10月25日)

(4)キリスト教系政党の政界進出
このようにみてくると,ネパールではキリスト教が信者を着実に増やし,地方レベルでは政界へも進出し始めたことがわかる。

中央でも,キリスト教会と政界との関係は日常化し深まりつつあるが,連邦議会に限定すると,キリスト教系政党の進出はまだ見られない。

制憲議会(定数601)では人民覚醒党が1議席(ロクマニ・ダカル)を得ていたが,今回の連邦議会選挙では,定数半減もあってか,下院(定数275),上院(定数59)ともキリスト教会系政党は議席を獲得できなかった。


 ■「キリスト教世界最速成長国ネパール」(The Gundruk Post, 4 Apr 2018) / ビリーバーズ・イースタン教会HP(4 Apr 2018)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/05 at 10:32

カテゴリー: ネパール, 議会, 宗教, 憲法, 政治

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キリスト教とネパール政治(4)

3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
(1)キリスト教の急拡大[前掲]
(2)布教の法的規制
キリスト教のこの急拡大に対し,ヒンドゥー教多数派や彼らをバックとする政治諸勢力は危機感を募らせ,法令による布教規制ないし改宗禁止に向かわせた。(報道,特にキリスト教系メディアは「改宗禁止」を多用するが,内容的には「布教規制」の方が妥当であろう。)憲法の布教規制規定について,ロルフ・ジージャーズ(Open Doors’ World Watch Research)は,こう述べている。

「ネパールは2008年に世俗国家になり,クリスチャンの自由は大きく拡大した。キリスト教は繁栄し急成長,2008~2017年で3倍になった。これがヒンドゥー急進派を怒らせ,彼らをして宗教の自由の制限への復帰を繰り返し要求させることになった。その最大の成果の一つが,2015年9月の憲法への[改宗を犯罪とする]第26条の組み込みであった。」(*4)

この憲法の改宗禁止(布教規制)規定と米英による改正要求については,すでに紹介したので参照されたい。
 ・「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について 2017-09-20
 ・改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ 2016-08-12
 ・改憲勧奨:英国大使のクリスマスプレゼント 2014-12-16
 ・宗教問題への「不介入」独大使館 2014-12-20

布教(改宗)に関する刑法規定の方は,2007年暫定憲法の下で準備され,2014年10月15日に,それを含む改正刑法案が議会に提出されていた。

その改正刑法案を,デウバ内閣が地方選挙後の8月9日立法議会(制憲議会)において可決,これにバンダリ大統領が10月16日署名し,こうして布教(改宗)を重罰をもって処罰する改正刑法が成立した。

この間,憲法が「2007年暫定憲法」から現行「2015年憲法」に変わったので刑法改正案も修正されているかもしれないが,いまのところ詳細は不明。ただし,2007年暫定憲法成立後,世論が揺り戻し,布教(改宗)に関する規定も2015年憲法の方が厳しくなっているので,改正刑法案が修正されているとすれば,おそらく原案より規制強化されているものと思われる。改正刑法の布教(改宗)規制規定については,以下参照。
 ・改宗投獄5年のおそれ,改正刑法 2017-09-12
 ・改宗勧誘,宗教感情棄損を禁止する改正刑法成立 2017-10-31

▼キリスト教迫害指数2018 (Open Doors)
 
 ■迫害調査100か国中,北朝鮮が最悪,ネパールは25番目。

*4 “Nepal PM ‘commits to adress’ Christian concerns ahead of election,” World Watch Monitor Nepal, 8 Nov 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/04 at 15:23

カテゴリー: 宗教, 憲法, 政治, 人権

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キリスト教とネパール政治(3)

3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
(1)キリスト教の急拡大
ネパールは,前述のように「クリスチャン急増の国」であり,政治へのキリスト教勢力の進出も積極化し始めた。多少重複するが,たとえば――
 ・キリスト教会は,信者数3百万人以上と推計している。(*1)
 ・「ネパールでは,法による厳しい改宗禁止にもかかわらず,この20年ほどの間にキリスト教徒が急増した。」(*1)
 ・キリスト教会は現在,全国に1万2千あり,なお増加中(ネパール全国クリスチャン連盟[FNCN])。布教に熱心なのは,カトリックよりもプロテスタント諸教会。(*2)
 ・シンドパルチョーク郡の教会は,30年前は1つだけだったが,現在は175あり,その半数は2008年世俗国家移行後に開設された。(*2)
 ・マクワンプル郡の教会は,10年前は200だったが,現在は1000となっている。(*3)
 ・マクワンプル郡では「20年ほど前にキリスト教の普及活動があり,・・・・先住民族であるチェパン民族の大部分はキリスト教徒になっている。」(*4)
 ・コイノニア・ミッションは1978年にパタンに初の教会を開設,現在は90教会となった。2020年までに,さらに400教会を開設する予定。(*2)
 ・「君主制の200年間はネパールのクリスチャンにとって暗黒時代だったが,いまは攻撃されることはあるにせよ,黄金時代だ。」キラン・クマール・ダス(アヌグラハ教会,ラリトプル)(*2)
 ・パンチャヤト王政期には投獄されたが,いまは活動の余地があり,参会者も増えてきた。(カナンプレーヤーハウス牧師トリ・ラトナ・アダム・トゥラダール)(*2)

Churches Network Nepal登録教会数(2018年4月3日現在) ( *5)

*1 “Despite conversion ban, Christianity spreads in Nepal,” AFP, 23 December 2017
*2 Om Astha Rai, “The golden age of the gospel: A secular Nepal sees a surge in conversions to Christianity by evangelical groups,” Nepali Times, #873, 25-31 August 2017
*3 Pete Pattisson, “Why many Nepalis are converting to Christianity,” the Record, August 30, 2017
*4 紅谷昇平ほか「2015 年ネパール地震における国際支援と組織間ネットワークの実態」,『神戸大学都市安全研究センター研究報告』第21号,平成29年 3 月
*5 Churches Network Nepal(http://www.churchesnetwork.com/directory)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/03 at 15:59

カテゴリー: 宗教, 憲法, 政治, 民族

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キリスト教とネパール政治(2)

2.キリスト教系政党と2017年5月地方選挙
ネパールには現在,キリスト教系政党が少なくとも4~5政党はあるとされている。
人民覚醒党(Jana Jagaran Party)
  党首:ロクマニ・ダカル(牧師)
  選挙シンボル:懐中電灯
  制憲議会議席:1(LM・ダカル,唯一のキリスト教徒議席)
国民解放運動党(Rastriya Mukti Andolan Party)
  党首:ジャヤワンタ・B・シャハ
APメサイア党(Amul Parivartan [AP] Messiah Party)
  議長:バラト・ギリ
人民の党(People’s Party)
PAクリスチャン党(PA Christian Party)

2017年5月の地方選挙では,キリスト教徒候補が何人か当選した(正確な人数不明)。また,ダディン郡ガンガジムナでは,女性クリスチャンのアンジェラ・タマンが副町長に当選した。彼女はこう語っている――

「私は,先住タマン共同体に属している。これまで差別されてきたが,私たちは神に祈り,福音の導きに従ってきた。いまでは,私たちは強力なキリスト教共同体となっている。私たちは,社会全体への奉仕を通して神に仕えたいと願っている。・・・・
 もし私がヒンドゥー教徒であったなら,私のような先住民女性が選出されるようなことは,決して夢にも思わなかったであろう。神が私に道を示し導かれたのだ。・・・・
 私は,宗教の別なく,社会全体のために働きたいと思う。」(Christopher Sharma, “Christians in Nepal enter politics. First Christian woman elected,” AsiaNews.it, 05/24/2017)

ネパール全国キリスト者連盟のCB・ガハトラジ会長もこう述べ祝福した。「女性がクリスチャンとして当選し政治家となったのは,クリスチャンにとって朗報だ。他のクリスチャンを勇気づけ,政治を志させることになるだろう。」(ibid)

国民解放運動党のJB・シャハ党首は,こうした状況を受け,こう檄を飛ばした。「世俗化以前は,クリスチャンとして政治に参加することは禁止されていた。・・・・今回が初の地方選であり,われわれは,福音に従い,キリスト者アイデンティティを持つ人々にもっともっと訴えかけなければならない。何千もの人々が投票を待っている。第2次投票の準備はできている。われわれは,急速に支持を拡大しているのだ。」(ibid)

この2017年5月地方選挙におけるキリスト教系政党の動向については,すでに概略を紹介しているので,一部重複もあるが,以下をご参照ください。
【参照】キリスト教政党の台頭


■人民覚醒党FB/APメサイア党FB

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/03/27 at 17:12

「宗教の自由」とキリスト教:ネパール憲法の改宗勧誘禁止規定について

「自由」は一般に,格差のあるところでは「強者の権利」となりがちである。格差を無視し自由を形式的に認めると,経済的,政治的,知的,身体的等々において優位にある者が,自由を名目として,劣位にある者を事実上一方的に支配することが許されてしまう。形式的自由は「強者の権利」を正当化する。最も基本的な自由の一つである「宗教の自由」もその例外ではない。このことについては幾度か議論してきたが,重要な問題であるので,ここでもう一度,ネパールを例にとり,「宗教の自由」について考えてみたい。
 【参照】世俗国家 キリスト教 改宗

 ■Church in Nepal HP

1.ネパール憲法の「世俗国家」規定と「宗教の自由」
現行2015年ネパール憲法は,「宗教の自由」について次のように規定している。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第26条 宗教の自由への権利
(1)宗教的信仰を持つ何人も,自分の信じる宗教を告白し,実践し,そして守る権利をもつ。
(3)何人も,本条規定の権利の行使において,公共の健康・良俗・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,他者を別の宗教に改宗させる行為,または他者の宗教を損なう行為を,自ら行うことも他の人に行わせることも為してはならない。そのような行為は法により処罰される。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

宗教の自由は最も基本的な人権の一つだが,無制限ではなく,他者の正当な権利の侵害までも許容するものではない。しかし,たとえそうだとしても,この26条3項による宗教の自由の制限は,あまりにも広範であり,解釈次第でどのような宗教活動であっても禁止されてしまう恐れがある。

とりわけ問題なのが,改宗勧誘の禁止である。直接的あるいは間接的な改宗勧誘が禁止されてしまえば,自発的な改宗の機会も少なくなるので,これは改宗の全面禁止に近い規定とみてよいであろう。

それでは,改宗を禁止ないし大幅制限したうえでの「宗教の自由」とは何か? それは,既存の諸宗教を前提とし,それらを信仰する自由にすぎないのではではないか? そのことを,もって回った表現ながらも,具体的に規定しているのが,憲法4条の世俗国家規定である。

 ・・・・・<以下引用>・・・・・
第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な(धर्मनिरपेक्ष)連邦民主共和国である。
 解釈(स्पष्तीकरण, explanation):本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

この第4条を第26条と合わせ読むと,ネパール国家の根本規定の一つたる「世俗的」は,改宗が大幅規制されているのだから,結局,「古くから伝えられてきた宗教や文化の自由」にほかならないことがわかる。世俗国家たるネパールは,古来の宗教や文化の自由を保障しなければならない。では,その古来の宗教や文化とは何か?

2011年人口調査によれば,ネパールの宗教別人口は,ヒンドゥー教81.3%,仏教9%,イスラム教4.4%,キリスト教(多数がプロテスタント)1.4%,その他3.9%。ネパール憲法は,「世俗的」を,事実上,古来の宗教文化と規定することにより,このヒンドゥー教(およびそれと習合した仏教)を中心とする既存の宗教社会の保守を義務づけているのである。

3.キリスト教徒急増と改宗勧誘禁止規定
ネパールが,外国とりわけ欧米近代諸国家との接触があまりない伝統的閉鎖社会であり続けたなら,ここまで強引な改宗禁止規定を憲法に置く必要はなかったであろう。国民のほとんどがヒンドゥー教とそれと習合した仏教を信じており,たとえ「宗教の自由」を認めても,彼らは圧倒的な多数派であり,「強者」として政治的,社会的,文化的なあらゆる権益を守ることができたに違いない。

ところが,ネパールは,1990年と2006年の2回の人民運動(民主化運動)の成功により,近現代民主主義を受け入れ,本格的に国を開き,欧米諸国と直に向き合うことになった。その結果,ヒンドゥー教は,ネパール国内では依然として多数派強者ではあっても,世界社会では必ずしもそうとは言えなくなってしまった。

この新たな状況下で,ネパール国内の他の宗教が,国外の何らかの有力勢力と結びつき支援を受け始めるなら,ネパール・ヒンドゥー教の優位は,経済的にも国際世論的にもたちまち瓦解する。そうなれば,「宗教の自由」は,外国勢力の支援を受け,その意味で新たに強者となった他の宗教の「強者の権利」へと一変してしまうのである。

民主化後のネパールにおいて,この「宗教の自由」を最も有効に使い,急速に勢力を拡大してきたのが,キリスト教である。キリスト教徒は,2011年人口調査で全人口の1.4%だが,実際には3~7%,あるいはそれ以上ともいわれている。1991年が0.2%,2001年でも0.5%だから,政府公式調査でも大幅増,実数はそれを大きく上回る。(日本は1%[2012]。)近年のネパールは,キリスト教徒増加率が世界で最も高い国だといわれている。

では,ネパールで,なぜいまキリスト教徒が急増しているのか? ヒンドゥー教の側は,ネパールのキリスト教会が直接的あるいは間接的に先進諸国の援助を受け,ネパールの人々に金銭や物品,教育や医療・福祉の機会などを提供し,キリスト教に改宗させているからだと非難している。先進諸国の教会などの支援を受けているネパールの教会は,経済,科学技術,教育,医療,福祉など宗教以外の多くの分野において優位となり,この強者の立場を利用してネパール庶民をキリスト教に改宗させているというのである。

ネパールのヒンドゥー教勢力が,2015年憲法に強引に世俗国家規定を置き,改宗勧誘禁止を書き込んだ最大の理由は,強者として「宗教の自由」を利用し信者を増やしていると彼らがみなすキリスト教会の動きを阻止することにあったとみてよいであろう。

 
 ■Churches Network Nepal HP / Nepal Church Com HP 

4.アメリカ政府によるキリスト教会支援
キリスト教会が「宗教の自由」を強者として利用し乱用しているというのは,ヒンドゥー教の側の言い分だが,この非難には全く根拠がないわけではない。たとえば,アメリカ国務省の「宗教の自由レポート2016年」をみると,アメリカ政府がネパールにおけるキリスト教会の自由のために大使館をあげて努力していることがよくわかる。
 * “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State

「宗教の自由レポート2016年」は,まず,ネパールにおける「宗教の自由」の現状を批判的に要約・紹介する。
 ・2015年憲法が「世俗主義」を「古来の宗教と文化の保護」と規定していること。
 ・2015年憲法が改宗勧誘を禁止していること。
 ・仏教僧院を除き,キリスト教会などの宗教組織はNGOとして登録し,規約,役員,会計,事業活動などの詳細な報告を義務づけられていること。
 ・キリスト教系学校は公費補助を受けられないこと。
 ・ドラカ郡でキリスト教徒8人が改宗勧誘容疑で逮捕された事件(2016年8月)。
 ・ジャパ郡で外国人キリスト教徒が改宗勧誘容疑で逮捕され,国外退去処分とされた事件(2016年8月)。
 ・クリスマスが国民祭日から外されたこと(2016年3月)。
 ・キリスト教徒は墓地の購入や利用が困難なこと。
 ・様々なメディアが,キリスト教会は騙したり物品を配ったりして改宗させ,また教会行事と称して改宗勧誘を行っているなどと,さかんに報道していること。
 ・牛(オスとメス)殺害が重罰をもって禁止され,パンチタール郡では牛殺害容疑で4人が逮捕されたこと。
 ・政府が郡開発委員会に対し,改宗を勧誘する団体のNGO登録は認めてはならない,とする通達を出したこと。
 ・キリスト教に改宗したが,秘密にしている者が多数いること。

アメリカ国務省レポートは,ネパールにおける「宗教の自由」の現状につき以上のような指摘をしたうえで,「米国政府の政策」を次のように報告している。少々長く重複もあるが,要所を抜き出し紹介する。

 ・・・・・<以下引用>・・・・
ドラカ郡で改宗勧誘容疑により8人が逮捕され裁判にかけられたとき,米大使館員はネパール政府高官と会い,自分の宗教を自由に実践する人民の権利を尊重するよう要請した。米大使館員は,宗教関係図書配布容疑でのキリスト教徒の逮捕が,現行の憲法や刑法の規定が宗教の自由を大幅に制限する結果になることを実証したことを特に強調した。

2016年を通して,米大使と大使館員は,訪ネ米政府高官らとともに,ネパール政府高官や政治指導者らに対し,憲法や改正刑法案の規定が布教や改宗を含む宗教の自由を制限することにつき,憂慮の念を伝えた。米大使と大使館員は,政治指導者や政府幹部に対し,刑法改正最終案には処罰を心配せず自分の宗教を選択する権利をはじめとする宗教の自由を盛り込むことを要望した。米大使館員は,主要政党幹部とも会い,この要望を繰り返し伝えた。11月には,米国務省の近東および南・中央アジア宗教的少数派問題特別顧問がネパール政府幹部や議員らと会い,宗教的寛容を促進し,政府には改宗を犯罪としないよう働きかけることを要望した。

米国特別顧問は,宗教指導者らとも会い,宗教的少数派の宗教的諸権利に対する規制につき意見を交換した。米大使館員は,キリスト教諸団体と会い,改宗禁止の強行やヒンドゥー教政治家たちによるキリスト教社会への非難攻撃につき,意見を交換した。また大使館員は,カトマンズをはじめ国中の少数派宗教の地域代表らと定期的に会い,キリスト教徒が改宗を強制しているという糾弾につき,またキリスト教徒やイスラム教徒がそれぞれの宗教に基づく埋葬のための土地の取得に困っていることにつき,意見を交換した。大使館員は,ヒンドゥー教,仏教,イスラム教およびキリスト教の指導者らと会い,刑法改正案や改宗禁止の憲法規定の施行につき,意見を交換した。
 ・・・・・<以上引用>・・・・・

このように,米国は,ネパールに「宗教の自由」を宣べ伝えることに何の躊躇もない。「自由」の伝道は,新大陸アメリカ国家の「明白な使命(Manifesto Destiny)」なのだ。世界最強のアメリカには,格差の自覚なき「自由」は“強者の,強者による,強者のための権利”に堕してしまうことへの恐れはまるでない。

なお,蛇足ながら,ネパールのキリスト教徒が,ネパール国内に限定すれば少数派であり,弱者であることは言うまでもない。

*1 “International Religious Freedom Report 2016: Nepal,” US Department of State
*2 宣教投獄5年のおそれ,改正刑法
*3 キリスト教政党の台頭
*4 タルーのキリスト教改宗も急増
*5 キリスト教絵本配布事件,無罪判決
*6 改宗の自由の憲法保障,米大使館が働きかけ
*7 新憲法による初の宗教裁判
*8 改宗勧誘は禁錮5年,刑法改正案
*9 クリスマスを国民祭日から削除:内務省
*10 改宗勧奨: 英国大使のクリスマス・プレゼント

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/20 at 14:37

宣教投獄5年のおそれ,改正刑法

8月9日立法議会で可決された改正刑法には,いくつか重大な問題がある。強制失踪関係規定については前稿で触れたが,それ以上に大きく問題視されているのが,宗教に関する規定である。改正刑法が施行されると,宣教ないし改宗の働きかけ,いや解釈次第で信者らの礼拝それ自体ですら拘禁5ないし3年以下,罰金5ないし2万ルピー以下の刑に処せられる恐れがある。ヒンドゥー正統への揺り戻しの動きの一つと見てよいであろう。

1.2015年憲法の宣教禁止規定
現行2015年憲法は,ネパールを「世俗国家」と規定しながら,同時に他方では,「古来の宗教文化」に特別の権利を認めている。
————————————–
憲法第4条 ネパール国家
(1)ネパールは,・・・・世俗的な連邦民主共和国である。
 解釈:本条でいう「世俗的」は,古くから伝えられてきた宗教や文化を含む,宗教と文化の自由を意味する。
————————————–
この国家の根本規定を受け,第26条では,改宗を働きかける宣教活動を大幅に規制している。
————————————–
憲法第26条 宗教の自由への権利
(3)何人も,本条の定める権利[宗教の自由]の行使において,公共の健康・礼節・道徳に反する行為,公共の平和を損なう行為,または他者をある宗教から別の宗教に改宗させる行為,もしくは他者の宗教を損なう行為や行動を自ら行い,または他者に行わせることを,なしてはならない。そのような行為は,法により処罰される。
—————————————
宗教活動は,極秘のものを除けば,多かれ少なかれ宣教の意味をもつ可能性があるとすれば,上記の規定を根拠に,国家は宗教活動をいかようにでも規制できることになる。

2.改正刑法の宣教禁止規定
2015年憲法の規定に基づき,改正刑法は宣教活動を大幅に規制し,違反には重罰を科すことを定めている(以下の条文はCSW記事[*1]からの引用)。
————————————–
改正刑法第9部
第158条 (1)何人も,文章,声ないし会話,造形物ないしシンボル,または他の同様の方法により,いかなるカースト,民族または社会集団の宗教感情をも害してはならない。
(2)(1)に定める罪を犯した者は,2年以下の拘禁および2万ルピー以下の罰金の刑に処す。

第160条 (1)何人も他者の宗教を改めさせてはならないし,またそれを自ら試み,または他の者に教唆してはならない。
(2)何人も,あるカースト,民族または社会集団が古来信奉してきた宗教,信仰または信条を否定するような行為や行動を行ってはならないし,また他の宗教への改宗の目的をもって,もしくはその目的をもたなくとも,そうした宗教,信仰または信条を害してはならないし,また他の宗教や信仰を上記目的のいずれかをもって説いてはならない。
(3)(1)および(2)に定める罪を犯した者は,5年以下の拘禁および5万ルピー以下の罰金の刑に処す。
(4)(1)および(2)に定める罪を犯した者が外国人の場合,本条の定める刑の執行後,7日以内にネパール国外へ退去させるものとする。
————————————–
複雑・難解な文章だが,宣教ないし改宗の働きかけが広く禁止されていることは明らかである。

ネパールで活動しようとする宗教,とくにキリスト教諸派が,この改正刑法に危機感を募らせ,世界各地で反対運動を繰り広げ始めたのも,彼らの立場からすれば,至極もっともなことといえるであろう。

 
 ■議会での改宗勧誘禁止条項削除要求(Nepal Church.Com,8月10日)

*1 “NEPAL BILL CRIMINALISES RELIGIOUS CONVERSION,” Christian Solidarity Worldwide (CSW), 21 Aug 2017
*2 Anugrah Kuma, “Christians Fear Crackdown on Religion Under Evangelism Ban in Nepal,” Christian Post, Aug 28, 2017
*3 Surinder Kaur, “Evangelism to be made illegal under new Nepal law,” globalchristiannews.org, 31st August 2017
*4 Prakash Khadka, “Nepal criminalizes religious conversion under new law,” ucanews.com, September 5, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/12 at 21:54

カテゴリー: 宗教, 憲法, 人権

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