ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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カトマンズの東芝広告

これは,ニューロード近くの商店街路地の東芝広告。蜘蛛の巣配線に,ほこりまみれの古い看板。洗濯機と冷蔵庫の宣伝だ。

既視感を禁じえない。日本の僻地に行くと,古い薬や農機具や家電などの広告が残っていることがある。日本で,そうした広告を見た時と同じような懐旧と哀愁のないまぜになったような思いに,ここカトマンズでも,しばしとらわれたのだ。

しかし,カトマンズの東芝広告については,懐旧よりも哀愁の感の方が強い。東芝の対ネ販売戦略には,以前から違和感を感じていた。数年前,あるいはもう少し前,東芝の電気洗濯機の宣伝を付けた移動式道路標識が,カトマンズ市街に大量に設置されたことがあった。(以前,コメントを投稿したが,リンク切れで所在不明。見つかったら追加します。参照:トリチャンドラ校前の信号機

カトマンズは,万年,電力,水不足。現在は,1日10時間停電。これでもまし。雨期はまだ先であり,さらに停電時間が伸びることは避けられない。水はもっと深刻。金持ちは水商売業者からタンクローリーで水を買い,貧乏人は水場を探し,多少遠くても,多少汚くても,それを汲んでこざるをえない。そんなカトマンズで,貧乏人相手に電気洗濯機の大宣伝をする――その感覚がどうにも理解できなかったのだ。

下掲の看板では,電気洗濯機に加え,冷蔵庫も宣伝されている。こちらも電力浪費家電。最近ではかなり増えたが,それでも冷蔵庫がぜいたく品であることに変わりはない。この宣伝看板が設置されたころは,いま以上に,一部特権階級だけのものだったはずだ。

そんな「反人民的」「反庶民的」な商品を,電気も水もないカトマンズで庶民向けに大宣伝する。たしかに,需要がないところで,需要を人為的に創り出すのが資本主義には違いない。それはそうだが,素人目には,どう見てもズレているというか,浮いているというか,そんな違和感を禁じえなかったし,いまも禁じえない。金儲けも,センスがなければ,成功はおぼつかないのではないだろうか。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/12/21 at 11:49

カテゴリー: ネパール, 社会, 経済

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オリ首相の危険なナショナリズム

オリ政権は,UML,UCPN,RPP-Nのナショナリスト3党を基盤としており,もともと対外強硬路線に向かいがちだ。

エースはなんといっても,カマル・タパ副首相兼外相。いち早くニューデリーに乗り込み,モディ首相に直談判したし,11月2日にはジュネーブのUNHRC会議でインドの対ネ非公式経済封鎖を非難した。しかし,彼はもともと王制派ナショナリストなので,そうした発言は予想されたことであったし,また保守主義者なので発言には良識的抑制が利いていた。

これに対し,オリ首相(UML)のナショナリズムは民主主義的で,よりストレート,あるいは報道が事実とするなら,かなり荒っぽく,それだけに,より危険である。オリ首相は11月6日,「ネパール記者連盟(FNJ)」と「ネパール・タルン・ダル(NC青年組織)」のメンバーと相次いで会い,次のように語ったと報道されている。

 151108■オリ首相(内閣府HP)

「ネパール新憲法はネパール人がネパール人のために制定公布したのであり,他の誰への加害も意図したものではない。」また「われわれは隣国インドに対し何ら悪意を持っていないし,その利益を害しようとも思っていない。」(Himalayan, 1 Nov)

ところが,インドはネパールに対し意図的に経済封鎖をし,ネパールを「非人道的に扱っている」。インド政府は,腐った魚や野菜を送りつけ,封鎖をしていないことを証明しようとしたが,ガスは供給しない。戦時中であっても,食料などは人道的観点から輸送されるのに,いまはそうではない。インドの対ネ封鎖は,「戦争より非人間的」だ。(Himalayan & Republica, 6 Nov)

またインドは,ジュネーブのUNHRC会議において,人民戦争期の人権問題を蒸し返した。「少し前,隣国指導者の一人が,インドはネパールに対しその気概を示すだろう,と公に警告した。・・・・いま,彼らは10年も前の問題を掘り出してきた。」たしかに「われわれは,過去に戦争の苦難に直面したが,いつまでも戦争を続けることはできない,と思い知った。そこで,われわれは平和プロセスを開始したのだ。」「以前は戦っていた諸党が,いまでは一緒になり,与党,野党にかかわりなく,民主的・平和的な改革を押し進めている。」(Zee News, 6 Nov)

「隣国がわれわれの目を覚ましてくれた。私は,わが国の独立,尊厳,国民的統一を堅持し,この国を今の危機から救い出す努力を惜しまない。」(Republica, 6 Nov)

このように述べたうえで,オリ首相は,国民とメディアに二つの要請をする。

インドの対ネ経済封鎖は,「別の道を求めるチャンス」でもある。政府はトロリーバス復活を考えるし,国民は電気自動車や電気ヒーターを買い使ってほしい。[一日十数時間停電では?]

また,メディアは,国家の統一,主権,独立を損なうような記事を書くべきではない。自由はアナーキーではない。しかるに,このところ,表現の自由を名目に,国家を脅かすような活動が目に付く。この国は国民的統一を必要としているのであり,国民とメディアには成熟した責任ある態度が求められている。

オリ首相は,以上のようなことを語ったと,ネパールとインドのメディアは報道している。もしこれらの報道が事実から大きく外れていないのなら,オリ首相は,カマル・タパ副首相以上に強硬なナショナリストということになる。

 151108a■UML第9回党大会(同党HP)

もともとネパール新憲法は,きわめて国民主義的,愛国主義的である。第5条は「国益」を定めており,「国益」侵害は連邦法により処罰される。ネパール国民の独立,主権,領土的統一,国民性,尊厳などは,「国益」として法の処罰をもって守られる。したがって,オリ首相の「国益」を理由とした報道自粛要請も,単なるお願いではなく,法的な根拠があるわけだ。

ナショナリズムは,民主的であればあるほど,危険だ。11月7日には,プラチャンダUCPN議長が,ブトワルでの記者会見で,「もしインドがわれわれを支配しようとするなら,そのような抑圧とはいつでも戦う覚悟をすべきだ」と檄を飛ばした(Kathmandu Post, 7 Nov)。UMLもUCPNも,いずれ劣らず強硬な民主主義的ナショナリストだ。

これは危ない。愛国心をあおられ,激高した人々が,不測の事態を引き起こさなければよいが。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/11/08 at 08:39

太陽光蓄電池式LED照明,激増中

ネパールでは,小型の太陽光発電が激増している。乾季,雨季を問わず,連日,長時間停電なので,いまや当地の生活必需品となったようだ。後発国の技術的優位。モバイルに続き,太陽光発電でも,ネパールは日本を追い越し,はるか先を疾走しつつある。

太陽光発電でも特に目立つのが,蓄電池式LED照明。いたるところにあり,なお激増中。

が,よいことばかりではない。近代合理主義が「もっと光を」と叫んだように,近代の光は効率本位で,文化的暖かさがない。LEDは暖色も発光させうるが,近代化を急ぐ先行ネパールでは効率本位の白色光ばかり。どぎついLED光が,いたるところで目を射る。

私のネパール初体験は,夜間フライトで上空からカトマンズを見たこと。盆地全体が,電燈の暖かくやわらかい光で,やさし~く包まれていた。

それが,少しずつ蛍光灯に置き換えられ,そして今,冷たい合理主義の反文化の光によって急速に取って代わられつつある。

それともう一つ,気がかりなのは蓄電池の処分。ネパールのLED照明の多くは蓄電池式なので,しばらくすると蓄電池が大量に廃棄され始める。日常生活ゴミですらまともに処理されていないのに,廃棄蓄電池をどう処分するのだろう。文化もさることながら,現実生活の方も心配だ。ガンジス源流域に大量放棄といったことにならなければよいが。

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 ■トリブバン大学の合理のLED光/LED街灯とアパートの太陽光発電版(7月15日早朝)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/15 at 11:05

カテゴリー: 経済, 文化

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震災なきがごときカトマンズ

トリブバん空港到着後,タクシーでキルティプルに来た。驚いたのは,少なくとも見た限り,見えた限りでは,震災はほとんど感じられなかったこと。

4月地震で村にも街にも被害が出ていることは事実だが,連日の報道から想像していたほど,少なくともカトマンズの街には被害はなさそうだ。タクシーから見た限りでは,倒壊したり大きく損傷した建物は,沿道には,タパタリ近くの寺院を除けば,ほとんど見られなかった。

空港ビルは無傷,絶対崩壊と思っていたマイティガルの半宙吊り建物(下図)も無事,反対側の古い古典調官庁群も見た限りでは健在。

150212e150212d■2015年2月現在

キルティプルも同様。ホテルは丘の急斜面にへばりつくように立っており,地震があれば丘の下まで崩落はまぬかれないと恐れていたのに,なんとひび一つ入ることなく,平常通り営業していた。

キルティプルで最も心配していたのが,寺院とその周辺の古い建物群。こちらはダメだろうなと覚悟していたが,すべて無傷,ひびすらほとんど見られなかった。

といっても,被害が全く見られなかったわけではない。丘の上の,地震以前から自然崩壊しつつあった古い,古~い建物は,いくつか部分崩壊し,近くの広場にテントや仮設避難所が設営されていた。キルティプルで避難生活をしているのは,40家族ほどだそうだ。

震災は地域差が大きいらしい。キルティプルのすぐ近く,古い街並みが見事な愛すべきパンガ。ほぼ全滅だそうだ。近くのマッチェ村も多くの家が倒壊とのこと。本当だろうか?

それにしても,雨季ど真ん中,水は有り余っているはずなのに,長時間停電とは,不思議な国だ。

▼キルティプルの寺院と民家と避難所(2015-7-13)
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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/07/14 at 11:56

カテゴリー: 社会, 自然

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霧と排ガスの東タライ

東ネパールのビラトナガル,ダマク,バラトプル付近を見てきた。広大な平原(タライ)で,まるで別の国のようだ。

この時期の朝,東タライは濃霧に包まれる。カトマンズにも朝霧が出るが,東タライはけた違い,数メートル先も見えないほど濃い霧が立ち込め,昼ころまで残る。

ヤシやバナナの林が点在する広い田畑は,黄色の菜の花や赤のソバの花で一面におおわれ,まるでおとぎの国。霧の東タライは,ロマンチックで情緒がある。

一方,東タライは広い平原で水も豊かなので,あちこちに大きな工場ができている。停電はほとんどなく,道路もかなり整備されている。貧富格差は大きそうだが,産業開発は相当程度すすんでいるようだ。

そこで興ざめなのが,排ガス。一面を覆う濃霧は排ガスの臭いがする。伝統的な薪を焚く煙の匂いなら,それはそれなりに情緒があり好ましい。が,東タライの濃霧の臭いは,そうではない。工場排ガス,ゴミ野焼き,車の排気ガスなどの混ざった臭いなのだ。特に調査したわけではないので濃度や範囲は正確にはわからないが,東タライは広い平原なので,この排ガス公害は相当程度広がっていると見ざるをえないだろう。

伝統と霧のロマンか,経済発展とその代償としての排ガスか? 東タライは岐路に差し掛かっているようだ。

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谷川昌幸(C)

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2015/02/04 at 11:46

ソーラーLEDの街灯とバス停

憲法制定が泥沼停滞中なので,カトマンズ市内を見ることにした。すぐ目についたのが,太陽光発電の街灯とバス停。道路沿いに大量設置中だ。

連日長時間停電なので,電線配電をあきらめ,一足飛びに最先端のエコ持続可能ソーラーLED照明へのポストモダン化。スゴイ,スゴイと驚嘆,感動,雨あられ。憲法に続き,街灯でもバス停照明でも,日本を追い越しつつある。

設置予算は,どこから出ているのか? 街灯の柱は鋼鉄かアルミ(たぶん鋼鉄)で,とにかく立派。上部に太陽光発電板,中間に蓄電池が取り付けられている。バス停の場合は,屋根の上に太陽光発電板,蓄電池はたぶん天井部分収納であろう。

スゴイ,たしかにスゴイが,全体として,どことなく野暮ったく,あか抜けない。もし援助しているとすれば,中国かな?

そう思いながら歩いていると,ありました! ネパール民主主義再建の父の一人,ガネッシュマン・シン像の前にこれ見よがしに林立しているソーラー照明の,像のすぐそばの最も目立つ支柱に,「中国西蔵自治区○○○○」の掲示。○部分は消えているが,英語表記では「贈呈」となっている。他はどうかは不明だが,少なくともここでは中国が援助していた。スゴイぞ,中国!

が,しかし,そこはネパール,太陽光エコ照明でネパールが一気に西洋文明近代を超克するかというと,どうも,そううまくはいきそうにない。少し前に設置された同様の仕様のソーラー発電式街灯を見ると,受光面にはすでに厚くほこりが積もり,どう見ても発電しているようには見えない。日本援助の信号機以上の,文字通り立ち枯れソーラー街灯となっているのだ。年に何回か掃除すれば,使えそうなのに,それすらやっていないようだ。この調子では,蓄電池メンテナンスもやっていないのだろう。(実際の点灯状況は,後日,夜間観察し,報告する。)

いやはや,前近代からの近代以後への一足飛びの跳躍は,かくも難しいことなのだ。街路灯にして然りとすれば,憲法においては,なおさらのことではないのだろうか?

150127■H.エベレスト前

150124a■王宮博物館前

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  ■ガネッシュマン像前/同贈呈表示板

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  ■バス停/埃まみれ太陽光発電版と従来型信号機 

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/02/03 at 12:40

小水力発電の可能性

ネパールでは,再生可能エコ発電の一つ,小水力発電が急増しているという。Sunir Pandy, “Taking power into their own hands,” Nepali Times, #725, 19-25 Sep.2014.
 ▼小規模水力発電所(出力5~100kw):2500事業所,総出力48MW,供給20万所帯
 ▼政府補助:25万5千ルピー/kw

141004a ■小水力発電(Nepali Times, #725)

ネパールでは,まだ「ネパール電力」(NEA)の送電線がない地域が少なくない。そうした地域では,住民自身が組合を作り,小水力発電所を建設,近隣の同様の小水力発電所とも送電線を結合し,自主的に地域の電化を進めてきた。

当初は照明用だけだったが,徐々に製粉,灌漑,パソコンなどのための電力としても利用し始めた。NEA送電線未整備のための窮余の策とはいえ,地域住民自身による再生可能エコ発電であり,最先端の地域電化事業といってよいであろう。

一方,NEAは大規模水力発電やインドからの買電により電力を確保し都市部を中心に供給しているが,それでも停電は常態化,乾期には1日18時間停電といった事態さえ起こっている。

しかし,それにもかかわらず,地方住民にはNEA電力利用への期待が強く,送電線が出来れば,NEA電力を使用するという。記事には理由が説明されていないが,やはり停電はあっても大電力の利用が可能となるからであろう。

日本では,太陽光などのエコ発電の新規受付を電力各社が停止した。ネパールでも,NEAが地域エコ発電との回路接合を,コストや技術的困難を理由に,拒否している。このままでは,せっかく急拡大してきたネパールの自給自足小水力発電システムも,頓挫しかねない。今後の成り行きが注目される。

141004b ■NEA Annual Report 2014

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/10/04 at 15:23

カテゴリー: 経済, 自然

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停電14時間の明暗

カトマンズ地区が、1月19日より停電14時間となった。インドが送電を削減したためらしい。

この停電時間は、月でも週でもなく、毎日14時間! 昨年の18時間の大記録にはまだ及ばないが、それでも驚嘆すべき快挙には違いない。

130120a ■電柱と送電線(2012-11-6)

1.停電強靱社会
ネパールは、14時間停電だろうが18時間停電だろうが、平気だ。世界No.1の停電強靱社会といってよいだろう。

しかも、カトマンズはいまや現代的大都市。ケイタイやバスの利便性など、いくつかの点では日本より優れている。数日前,朝日新聞が,印刷紙面と同じものがネット版PDFで読めるようになったと大宣伝したが,こんなもの,ネパールでは数年前から実現しており,しかも無料。朝日のネット後進性に驚きを禁じ得なかった。このように,いくつかの分野では,カトマンズはすでに日本を追い抜いているのだ。

その大都市カトマンズが,14時間/日停電になっても平気。これは驚くべきことだ。後述のように,別の側面はあるにせよ,この停電強靱社会から学ぶべきものは,決して少なくない。

2.不便の便利
ネパールでは,スケジュール通りの停電の以外に,突然の停電や不規則な電力変化もよくある。このような環境では,電化製品も学習し,少々の不規則電流ではびくともしない。

昨秋おじゃました友人の家でも,数日前,過電流が流れたらしく,冷蔵庫,電気ポット,照明などが故障していた。しかし,その故障の仕方が素晴らしい。電気ポットは,ボタンで湯を出す部分は壊れたが,ヒーターは生きていて,湯は沸く。つまり,ボタンを押して湯を出すといった反文化的なことさえしようとしなければ,ポットは十分使えるし,事実,家族は当然のように,そのような使い方をしていた。同じく冷蔵庫も,庫内灯が切れたらしいが,モーターは大丈夫。もともと冷蔵庫内に照明など必要ないのだから,これも平気。

ネパールでは,電圧や周波数の多少の変動など,平気なのだ。日本流の不便は,ここではまったく問題にならない。余計な贅肉取りに役立ち,かえって便利。実に人間的,文化的だ。

3.強靱社会の裏面
しかし,これは停電の明るい側面。表には裏がある。カトマンズが停電強靱社会であるのは,政府が基礎インフラの整備促進を放棄し,インフラの私化(privatization)を放任しているからである。

停電になっても,有産階級や外人観光客は大して困らない。なぜなら,金持ちや観光客向けホテルは自家発電装置や蓄電池を備えているから。たとえ停電になっても,ホテルは煌々と背徳の明かりをともし,エアコンさえ作動している。何の心配も不要。

その反面,そんな余裕のない庶民は,暗黒の夜を過ごすか,せいぜいランプかローソク。電力格差,照明格差は,目もくらむばかりだ。

水も同じこと。金持ちは断水など平気。深井戸を掘り汲み出してもよいし,タンクローリーから水を買ってもよい。水道がでるときは,蛇口満開にして自宅の大きな水槽やプールに,しこたま水をため込む。古来の共同水場が涸れようが,川が溝となろうが,関係ない。一方,貧しい庶民は,どぶ川で水浴や洗濯をせざるをえない。水格差は,電力格差以上に深刻といえよう。

130120c ■給水車(キルティプール,2012-11-9)

130120b ■水浴・洗濯(バルクー川,11-27)

4.ほどほどの難しさ
日本とネパールは,電力と水では過剰と過小の両極端であり,いずれも不健全だ。ときどき停電や断水となり,電気や水道のありがたさを思い起こさせてくれるくらいが、ちょうどよい。

しかし,中庸は,古来,もっとも難しい美徳。まったくもって人間の強欲は度しがたい。

【参照】停電

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/01/20 at 11:39

カテゴリー: 社会, 経済, 文化

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伝統農法と電力の自給自足:シュールなネパール

日本は柔らかい全体主義、電力も水道も地域独占となっている。福島原発事故で発送電分離が叫ばれているが、自由化は難しいであろう。

これと対照的に、ネパールは自由競争の国。電力も水も自由に調達してよく、自給自足が進行している。

水は、水道不足分を給水タンクローリーから買ったり、町の水商売屋さんから買う。水は普通の商品の一つとして自由に取引されている。

電力も、自主独立のネパール人はお上依存から脱却している。まかなえるだけの余裕のある人や企業は、それぞれ自家発電装置を備え、停電時には必要なだけ発電して使用する。

ネパールが電力自由化超先進国であることを実感させられるのは、最近めざましい高層マンション建設。カトマンズ盆地のあちこちにニョキニョキと建ち始めた。

周囲の水田では農民が昔ながらの農法で稲作をしている。手で稲を刈り、人力脱穀機で脱穀し、自然の風を利用し米を選別している。その背後には、高層ビル群。この超現実的な、シュールな風景のあまりのコントラストに目がくらくらするほどだ。

 ■稲刈りと高層マンション


 ■人力脱穀と風利用籾選別

こんなところに、こんな高層ビルを建てて本当に大丈夫なのか? 停電になったらエレベータも水も止まり、生活できないではないか?

友人に聞くと、心配ないという。高層ビルはそれぞれ自給自足であり、イザというときには自前の電力と水で十分生活できるのだそうだ。

自給自足の前近代的農民のとなりに、自給自足の世界最先端未来型高層マンション。国家依存の近代を超克して勇猛果敢に前進するネパール! 自生的秩序とは、こんなものなのか?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/05 at 12:31

停電20時間:省エネ超先進国ネパール

ネパールは,現在,停電7時間/日。地区割りし,スケジュール表を作り,ちゃんと停電を実施している。多少不便だが,特にどうということはない。庶民は冷静に対応している。

政府発表では,乾期になると,停電は20時間/日になる予定。やはりスケジュール表を作り,粛々と実施し変わりなく暮らす。

ネパールはヒマラヤの国であり,水力発電が中心。ダム計画はいくつもあるが,かつては環境保護団体(電力浪費三昧先進国NGO)の妨害により,次にマオイスト紛争により,そして現在は紛争後混乱により,ほとんどが頓挫,電力需要急増に追いつかない。目下期待は西セティ(750MW)の中国と,上部トリスリ(250MW)の韓国。日本はお呼びじゃないようだ。

(Nepali Times,24-30 Aug)

いずれにせよ,電力はまったく足りないので,急場しのぎにインドからの電力輸入とディーゼル発電機稼働の予定だが,焼け石に水,どうにもならない。かくて,20時間/日の革命的停電が実施されるわけだ。

この窮状を見て,このところ冴えているネパリタイムズが,社説でこんな皮肉をかましている。

首相の党にとって,パワーは銃口から生まれる。とすれば,次は発電水車からパワーを生みだすべきだろう。(Nepali Times,24-30 Aug)

ネパリタイムズの立腹はよく分かるが,それはそれとして,20時間/日停電は革命的にすごい。強いられた省エネであるにせよ,それに耐えられる社会は強靱であり,真の意味で健全である。

日本だって,敗戦後しばらくは,裸電球のほの明かりの下で夕食,一家団欒を楽しんでいた。停電は常識,TVもグルメもなかったが,時間と会話と近隣交際はふんだんにあった。

このような形で「省エネ超先進国ネパール」を紹介すると,現場第一主義者からは,安全圏からの無責任放言と非難されるかもしれないが,厳密に言えば,本人以外は多かれ少なかれ部外者,そんなことをいわれたら歴史研究も外国研究も,一切できなくなってしまう。

実感主義,クソ実証主義は,決して「事実」を見ることにはならない。20時間/日停電が「超先進的」であることこともまた,もう一つの「事実」なのである。

風力発電も原発もイヤだな
停電16時間の革命的意義
電力神話からの脱却,ネパールから学べ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/08/27 at 17:31

カテゴリー: 社会, 経済, 文化

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