ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

検索結果

ネパール共産党とドゥンゲル恩赦(4)

5.平和か正義か?
ウジャン殺害事件が難しいのは,それが内戦としての人民戦争の中で,交戦中の一方の勢力たるマオイストの作戦の一環と見られる余地が全くないとは言い切れないからである。

人民戦争終結のための「包括和平協定」(2006年)には,戦時の諸事件は「真実和解委員会(TRC)」等の和平機関を設置し,そこで解決を図るとの取り決めもある。マオイスト側は,党幹部もYCLなどの傘下諸組織も,ウジャン殺害事件は人民戦争中のスパイ絡みの「政治的な事件」だから,TRCで解決されるべきだと繰り返し主張してきた。

それなのに,もしウジャン殺害事件が戦後,通常の裁判所で「刑事犯罪」として裁かれ処罰されることになれば,他の同様の行為も「刑事犯罪」となり,責任追及は他の党幹部にも及ぶ恐れがある。マオイストとしては,これはどうしても未然に防止しなければならない事態である。

他方,被害者側からすれば,ウジャン殺害は異カースト間結婚に絡む殺人であり,殺人事件として裁かれ処罰されるべきだし,たとえ仮に人民戦争の一環だとしても,ウジャン殺害は国際法が禁止する人道に反する虐殺行為であり,戦争犯罪として裁かれ処罰されるべきだ,と主張している。内外の人権諸団体は,この観点からウジャン側を一貫して強力に支援している。ウジャン側のこの主張も,もっともである。

ウジャン殺害事件は,理念的には,平和と正義の相克の問題である。平和と正義は,同時に実現されるのであれば,それが理想である。が,現実には,いくらそれを願い努力しても,そうならない場合が少なくない。

平和のため正義を,正義のために平和を,ある程度断念せざるをえない場合が,現実には少なくない。悲しく苦しく無念な事態だが,不完全な人間の業であり宿命として観念せざるを得ないのではないだろうか。

■カトマンズポスト2016-11-21

*1 British Embassy Kathmandu, “Information Pack for British Prisoners in Kathmandu Prisoners pack template – 2015,” 1 July 2015
*2 Rajeev Ranjan and Jivesh Jha, “Pardoning criminals: Nepal’s communism model?,” Lokantar, 2018-06-29
*3 “Students, cops clash in Tanahun,” Kathmandu Post, Jun 12, 2018
*4 Yubaraj Ghimire, “Next Door Nepal: Reading the reprieve Presidential pardon to Maoist leader points to the threat of authoritarianism,” Indian Express, June 4, 2018
*5 “New laws for pardon, waiver, suspension, commutation of sentence sought,” Himalayan, June 03, 2018
*6 “Investigation into war crimes gets tougher under new govt ‘Former rebels wielding new-found political influence to hinder probe’ , “ Kathmandu Post, May 31, 2018
*7 BINOD GHIMIRE, “Dhungel freed despite criticism,” Kathmandu Post, May 30, 2018
*8 Ananta Raj Luitel, “SC refuses stay order in president’s pardon for Dhungel,” Republica, May 30, 2018
*9 Binod Ghimire, “Nepal Communist Party leader Dhungel freed despite criticism,” Kathmandu Post, 30 May 2018
*10 “President pardons Dhungel, decision condemned,” Republica, May 30, 2018
*11 Yubaraj Ghimire, “Nepal President Bidhya Devi Bhandari, PM OLi under fire for pardoning Maoist murder convict Dhungel,” Indian Express, May 30, 2018
*12 “Nepali Congress objects to Dhungel’s release,” Himalayan, May 29, 2018
*13 “Murder-convict Dhungel gets presidential pardon,” Kathmandu Post, May 29, 2018
*14 “SC seeks govt file on Dhungel pardon,” Kathmandu Post, May 29, 2018
*15 “SC refuses interim order against govt decision to grant amnesty to Dhungel,” Kathmandu Post, May 29, 2018
*16 “SC to hear Dhungel’s case today,” Kathmandu Post, May 28, 2018
*17 “Hearing on govt decision to offer amnesty to murder-convict Dhungel on Monday ,” Kathmandu Post, May 27, 2018
*18 “Apex court show-cause to government on Dhungel clemency bid,” Kathmandu Post, May 26, 2018
*19 “Don’t misuse the presidential pardon,” Review Nepal, May 25 2018
*20 “Writ at SC against recommendation to waive remaining jail sentence of Dhungel,” Kathmandu Post, May 24, 2018
*21 Yubaraj Ghimire, “Nepal: Oli government prepares for clemency to ex-Maoist leaders serving jail term,” Indian Express, May 24, 2018
*22 “Republic Day pardon recommended for Balkrishna Dhungel,” Himalayan, May 22, 2018
*23 Kosh Raj Koirala, “New ordinance to extend term of TRC, CIEDP by a year,” Republica, January 4, 2018
*24 “Demonstration in Okhaldhunga demanding Dhungel’s release,” Kathmandu Post, Nov 1, 2017
*25 “CPN (MC) demands prompt release of Dhungel Kathmandu,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*26 “YCL demands immediate release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*27 “Murder convict leader Bal Krishna Dhungel arrested, sent to Dillibazaar prison,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*28 “Contempt of court writ filed against IGP Aryal,” Kathmandu Post, Oct 24, 2017
*29 “Court to govt: Arrest murder convict Bal Krishna Dhungel,” Kathmandu Post, Apr 14, 2017
*30 “Issue arrest warrant against Bal Krishna Dhungel: SC orders IGP Aryal,” Kathmandu Post, Apr 13, 2017
*31 DEWAN RAI, “Supreme Court asks police again to arrest Dhungel,” Kathmandu Post, Dec 26, 2016
*32 “Government eases criteria for clemency,” Himalayan, May 07, 2016
*33 “No amnesty to Bal Krishna Dhungel: SC,” Kathmandu Post, Jan 7, 2016
*34 Pranab Kharel, “SC to begin fresh hearing on appeal against Dhungel,” Kathmandu Post, Sep 5, 2014
*35 “Jail-sentenced former Maoist cadre arrested & jailed,” Kathmandu Post, May 13, 2014
*36 “NC, UML reiterate stance against presidential pardon to Dhungel,” Kathmandu Post, Nov 14, 2011
*37 Pranab Kharel, “SC stays Cabinet decision to pardon lawmaker Dhungel,” Kathmandu Post, Nov 13, 2011
*38 Pranab Kharel, “To pardon or not to pardon, Prez ponders,” Kathmandu Post, Nov 13, 2011
*39 “Oppositions to raise Dhungel’s issue in House today,” Kathmandu Post, Nov 11, 2011
*40 “Lawmakers warn govt over Dhungel plea,” Kathmandu Post, Nov 11, 2011
*41 “Serious lapses in parties’ PR lists,” Kathmandu Post, Nov 11, 2013
*42 “RPP-N chair against clemency to Dhungel,” Kathmandu Post, Nov 10, 2011
*43 “Rights groups to protest if Dhungel pardoned,” Kathmandu Post, Nov 10, 2011
*44 DEWAN RAI, “Apex court denies clemency to murder convict Dhungel Issues mandamus order to send Maoist leader to prison for life,” Kathmandu Post, June 24, 1998

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/07/14 at 16:07

ネパール共産党とドゥンゲル恩赦(3)

3.ドゥンゲルへの恩赦
オリ内閣は,全国の刑務所から提出された約1000人(正確な人数不明)の恩赦候補者リストの中から816人を恩赦対象者に決定し,5月29日の共和国記念日にバンダリ大統領がその816人に恩赦を与えた。ビルクリシュナ・ドゥンゲルもその一人。

ドゥンゲルは終身刑(禁錮20年)だが,前述のように収監期間は通算8年を超え,改正されたばかりの刑務所規則の刑期40%以上経過の要件をギリギリ満たしている。そして,むろん行状も良好と認められた。こうして,ドゥンゲルは共和国記念日恩赦を与えられ,釈放されたのである。

このドゥンゲル恩赦につき,オリ首相は,それは「定められた手続きにしががったもの」だと述べた(*4)。

ドゥンゲル自身はというと,釈放されるとすぐネパール共産党事務所に行き,支持者を集め,自分は人権キャンペーンで「ドル稼ぎ」をしている人権活動家らの謀略の犠牲者だと演説し,無実を訴えた(*4)。

■ドゥンゲル(FBより)

4.ドゥンゲル恩赦への反対
(1)ウジャン親族
ドゥンゲル恩赦に対し,被害者ウジャンの妹サビトリ・シュレスタは,「政府は犠牲者家族の言葉に耳を傾けようとはしないばかりか,逆に,犯罪者への配慮をますます強めさえしている」と述べ,ドゥンゲル恩赦を非難した。家族は,国連人権委員会に,この問題を訴える予定だという(*10)。

(2)ガガン・タパ議員(NC)
コングレス党のガガン・タパ議員は,連邦議会で,ウジャン恩赦に反対し,こう演説した。

「虐殺犯釈放のような恣意的決定は,王政期にのみ行われていた。首相は,意のままに恩赦を与える国王ではない。もし政府がドゥンゲル釈放の決定を直ちに撤回しなければ,わが党は街頭に出て抗議活動を始めるだろう。」(*10,12)


 ■がガン・タパのドゥンゲル恩赦批判FB(5月29日)

(3)ユバラジ・ギミレ
ジャーナリストのユバラジ・ギミレは,ドゥンゲル恩赦をUML・MC合併によるNCP政権成立の背後にある密約の履行の一環と見る。

ギミレによれば,2005年和平交渉の頃,インドとEUがマオイストの政権参加による和平を働きかけたのに対し,アメリカは王室に期待し働きかけた。その頃,あるアメリカ外交官が「王政は権威的とはいえ民主的な制度に改めうるが,マオイストは全体主義であり変えようがない」と語ったが,その警告が,ネパール共産党が議会三分の二に近い大勢力になったいま,現実化しつつある(*4)。

そもそもUML・MC合併は,マオイスト戦争犯罪の免責が前提条件であった可能性がある。強大政権党NCPの報復を恐れ,人権活動家らは沈黙し始めたし,真実和解委員会(TRC)もいまや「牙なし」状態となってしまった。最高裁人事でさえ,NCP寄りとなっている(*4)。ギミレはこう述べている。

「絶対多数を持つ新党が結成されKP・オリ政権が成立すると,政府は虐殺の罪で終身刑に服している元マオイスト幹部の元議員に『大統領恩赦』を与えるため,権力を行使し始めた。」(*21)

「[当局筋によれば]与党幹部の指示に従い,刑務所当局は様々な罪で投獄されている他の800人の受刑者に加え,良好な態度を理由にバルクリシュナ・ドゥンゲルにも恩赦を与えるよう勧告した。」(*21)

「刑務所規則によれば,大統領恩赦を受けられる受刑者もいるが,虐殺,レイプ,人身売買および汚職の罪を犯した者は除かれる。これは,ビドヤ・デビ・バンダリ大統領にとって,一つの大きな試練となっている。バンダリ大統領は法を厳守しなければならないし,また,より重要ともいえるが,マオイスト指導者だったバブラム・バタライが6年前首相だったときドゥンゲルへの恩赦を彼女の前任者ラム・バラン・ヤダブ大統領に勧告したとき,ヤダブ大統領はそれを拒否していたからである。」(*21)

「マオイスト幹部バル・クリシュナ・ドゥンゲルの大統領恩赦釈放は,10年に及ぶ内戦期の人権侵害で有罪とされ,あるいは責任追及されているマオイスト幹部すべてに対し,恩赦を与えるか,あるいは責任免除とするかへの前兆と見られている。」(*4)

■ユバラジ・ギミレ(FBより)

(4)ディネシュ・トリパティ弁護士
ドゥンゲル恩赦に反対し法廷闘争を展開しているのが,憲法,行政法,人権問題が専門でカトマンズ大学法学部講師を務めているディネシュ・トリパティ弁護士。法廷闘争は複雑で前後関係がはっきりしない部分もあるが,報道によれば,彼の法廷闘争の大筋は以下のとおりである。

ドゥンゲル恩赦は,前述のように,かつてバブラム・バタライ首相(2011年8月29日~2013年3月14日)が2011年11月8日閣議決定したが,ウジャンの妹サビトリ・シュレスタが11月10日最高裁に閣議決定取り消しを求めて提訴,これを最高裁は11月23日認めていた。そのとき,最高裁は,恩赦は恣意的,無制限であってはならないし,また国際法で禁止されている重大犯罪への恩赦は認められないと命令していた。

今回,内閣が2018年共和国記念日恩赦にドゥンゲルを含める方針であることが明らかになると,トリパティ弁護士は5月24日,ドゥンゲル恩赦を認めないことを求める訴えを最高裁に提出した。

この訴えに対し,最高裁は5月28日,政府に対しドゥンゲル恩赦釈放に関する関係文書の提出を命令し,その審理を29日11時から行うことを決めた。ところが,審理開始直前の午前9時,政府はドゥンゲルを釈放してしまった。

そのため最高裁は6月26日,ドゥンゲルへの恩赦そのものへの最終判断は留保しつつも,ドゥンゲル釈放停止の仮処分については,すでに釈放されているとして,トリパティ弁護士の訴えを棄却した。これにつき,トリパティ弁護士はこう批判している。

「この恩赦は司法制度への攻撃である。重大な人権侵害事件が裁判所審理中であるにもかかわらず,恩赦を与えるような権限は,政府にはない。」(*9,cf.*5)

またオム・プラカシ弁護士も,こう問題提起している。

「ドゥンゲルは,いまもなお犠牲者家族を脅している。犯罪者の釈放は,犠牲者家族の安全をさらに危うくさえしているのだ。」(*10)

■トリパティ弁護士(カトマンズ大学HPより)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/07/13 at 15:23

ネパール共産党とドゥンゲル恩赦(1)

1.ウジャン殺害とドゥンゲル裁判
「ネパール共産党(NCP)」は,「ネパール共産党統一マルクスレーニン主義派(CPN-UML)」と「ネパール共産党マオイストセンター(CPN-MC)」が5月17日合併して発足し,現在,連邦議会下院(275)で三分の二に近い174議席をもつ巨大政権党である。(連立している連邦社会主義フォーラムと合わせると,与党は190議席,総議席の69.1%となり,憲法改正も可能。)

合併以前のUMLは,伝統的中道政党のコングレス党(NC)以上に高位カースト寡占の権威主義的政党であったし,MCは言わずと知れた毛沢東主義政党,暴力革命たる「人民戦争(1996-2006)」を戦い抜き優勢裡に和平に持ち込んだプラチャンダら党幹部になお権限が集中する革命カリスマ的政党である。したがって,これら2党の合併により成立したNCPが両党の党体質を併せ持つことになったのは,至極当然の成り行きといえるであろう。

ネパール共産党(NCP)のこの党体質は,先のごり押し政党登録に加え,今年の共和国記念日恩赦(5月29日)によるドゥンゲル釈放をみると,さらに一層明らかとなる。

共和国記念日恩赦を受けたバル・クリシュナ・ドゥンゲルは,オカルドゥンガを地盤とするマオイスト幹部だが,人民戦争中の1998年,地元住民ウジャン・クマール・シュレスタを親族婚姻問題がらみで「スパイ」として虐殺した。裁判にかけられ,和平後の2010年,最高裁で終身刑が確定したが,マオイストの強引な介入により逮捕を免れた。彼が逮捕・収監されたのは,ようやく2017年11月選挙直前になってのことであった。ところが,選挙がらみで逮捕されたものの,そのわずか半年後の2018年5月29日,選挙で大勝し政権をとったオリ首相(NCP)がその強大な権力をバックに共和国記念日恩赦を実施,ドゥンゲルは釈放された。

たしかに,人民戦争期の事件については,通常の裁判により裁くか,それとも「真実和解委員会(TRC)」で解決するか,意見が分かれている。ウジャン虐殺事件も,マオイスト側は一貫してTRCで解決すべきだと主張してきた。他の諸政党――マオイストと連立時以外のUMLを含め――や人権諸団体は強く反対してきたが,このマオイスト側の主張にもまったく根拠がないわけではない。

そこで,そうしたマオイスト側の言い分も考慮しつつ,以下,今回のドゥンゲル恩赦の意味について検討してみることにしたい。ウジャン虐殺事件については,すでに概略を述べたことがあるので,ご参照いただきたい。
 参照:選挙と移行期正義(1):ウジャン・シュレスタ殺害事件 2017/11/19

 ▼ウジャン殺害事件 略年表
1998.06.24 マオイスト幹部バル・クリシュナ・ドゥンゲルとそのマオイスト仲間数名が,オカルドゥンガ郡でウジャン・クマル・シュレスタを「スパイ」・「人民の敵」として殺害,遺体をリクー川に投棄。
2004.05.10 オカルドゥンガ郡裁,ドゥンゲルに対し財産没収・終身刑(禁錮20年)の判決,収監。
2006.06.25 ラジビラジ上訴裁判所,郡裁判決を取り消し,無罪判決。ドゥンゲル釈放。
2008.04.- ドゥンゲル,オカルドゥンガ郡よりマオイスト(CPN-M)候補として制憲議会議員選挙に立候補し,当選。
2010.01.03 最高裁,ラジビラジ上訴裁判決を取り消し,郡裁判決支持。ドゥンゲルの財産没収・終身刑(禁錮20年)確定。ただし,議員特権により逮捕されず。以後,議員任期満了後も党に保護され2017年10月30日まで未収監。
2011.11.08 バブラム・バタライ首相(マオイスト),ドゥンゲル恩赦勧告。
2011.11.23 最高裁,ドゥンゲル恩赦手続き停止命令。
2013.11.11 選管,マオイスト比例制候補者名簿から終身刑を理由にドゥンゲルを削除。
2016.01.07 最高裁,恩赦要件明確化まで恩赦禁止を命令。
2016.04.12 D・トリパティ弁護士,不利な判決を下した判事脅迫を理由にドゥンゲルを法廷侮辱罪で告発。
2017.04.14 最高裁,ドゥンゲル逮捕を警察に命令するも,警察は逮捕せず。
2017.10.24 D・トリパティ弁護士,ドゥンゲル逮捕命令無視の警察総監を法廷侮辱罪で最高裁に告発。。
2017.10.31 ドゥンゲル逮捕,ディリバザール刑務所収監。
2017.11.- 連邦議会・州議会選挙。UML圧勝。UML・MC連立オリ政権成立へ。
2018.05.06 「刑務所規則」第4次改正。刑期短縮を「50%まで」から「60%まで」に緩和。
2018.05.20 ディリバザール刑務所,ドゥンゲルを含む恩赦候補者名簿提出。
2018.05.24 D・トリパティ弁護士,ドゥンゲル恩赦停止の仮処分を求め最高裁提訴。
2018.05.27 オリ内閣,共和国記念日恩赦決定。
2018.05.29 共和国記念日恩赦実施。ドゥンゲルを含む816人釈放。
2018.06.26 最高裁,ドゥンゲル恩赦釈放の取り消し請求を棄却。


 ■ウジャン(左)とドゥンゲル(右)(FB: No Amnesty for BalKrishna Dhungel 2011-11-11)

谷川昌幸(C)

ネパール共産党の発足と課題(4)

4.権威主義
ネパール共産党(NCP)はUML系を主力としており,したがってUMLの党体質を継承する可能性が高い。高カースト寡頭支配,ナショナリズム,男性優先など。

これらのうち,いま特に問題とされているのが男性優先。先の連邦議会選挙におけるUMLの女性後回しは,際立っていた(「比例制は女性特待議席か(1),(2)」参照)。その男性優先体質が,そのまま新党NCPに継承され,NCP役員選任も男性優先となっている。

ネパール憲法269(4)条は政党役員構成を比例的包摂とすることを定め,政党登録法15(4)条は政党各委員会委員の三分の一以上を女性とすると定めている。

ところが,5月26日現在,NCP中央委員会は441委員中,女性は73人(17%)だけ。書記局は9人全員が男性。そのため,選管は,現状ではNCPの政党登録は認めない方針という(*2,3)(女性だけでなく,ダリットやマデシもNCP役員には少ない。)

NCPは,ネパール流のやり方でつじつまを合わせ,登録することにはなるだろうが,たとえそうではあっても,非包摂的男性優先権威主義の体質は牢乎として抜きがたいと見ざるを得ない。

第3州UML比例当選者全員女性(2017年州議会選挙)

5.移行期正義
UMLとMCの合併において深刻な事態となりそうなのが,人民戦争期(1996-2006)の人権侵害をどう取り扱うか,つまり移行期正義の問題である(*5,6)。

人民戦争ではUMLとマオイスト(現MC)は敵であり,非戦闘員をも巻き込み,激しいゲリラ戦を繰り広げた。双方が,暴行,強奪,拉致,虐殺,強制失踪など,多くの重大な人権侵害に直接的あるいは間接的に関与した。その多くが,いまだ未解決のままとなっている。

今回のUML・MC合併により,その人民戦争における加害者と被害者が同じ党のメンバーとなり活動することになった。これは当事者,とりわけ被害者側にとっては,極めて難しい事態である。

オム・アスタ・ライは,5月25日付記事「昨日の敵は今日の同志」(*4)において,次のように述べている。

マオイスト(現MC)は,人民戦争において,まずNCを攻撃し,次にUMLを攻撃した。UMLは,1996年ロルパで9人が焼き殺されるなど,約200人がマオイストに殺された。こうしたマオイストによる虐殺,拷問,拉致,強制失踪などの被害者や被害者家族は,事件の真相解明と責任者の処罰および損害賠償を求め裁判所や真実和解委員会(TRC)に訴えてきた。ところが,今回のUML・MC合併により,下手人と見られる人々が同志となってしまった。しかも,その中には上役や強大な権限を持つ幹部になった人々もいる。

たとえば,1999年2月マオイストに斬殺されたUML幹部ヤドゥ・ガウタムの家族の場合。彼らは裁判所や真実和解委員会に訴える一方,妻ティルタはUML議員となり政治活動をしてきた。ところが,UML・MC合併により,夫殺害に関与したMC系議員と同じNCPの議員となり,同僚として同席することになってしまった。

また,UML傘下諸組織においても,同様のことが生じている。家族を攻撃し苦しめたマオイスト傘下組織と統合し,同僚として,あるいは時には部下として行動を共にしなければならない。これはがいかに難しく苦しい事態かは,想像に難くない。

「合併によるネパール共産党(NCP)の成立は,マオイスト・ゲリラに殺されたUML党員の家族を難しい状況に陥らせた。家族は真実と正義を求めているが,下手人はいまや彼らの指導者なのである。」(*4)

以上のように,昨日の敵を同志とすることには,想像を絶する苦難が伴う。人民戦争の終結はほんの十数年前のことであり,被害はまだ生々しく記憶され残っているのだ。

そして,忘れてはならないのは,この記事では触れられていないが,人民戦争においては,政府の掃討作戦により,マオイスト戦闘員やシンパ(およびシンパと見られて人々)の側にも多大な被害が出たこと。警察,武装警察,そしてのちには王国軍の側も,拷問,拉致,虐殺,強制失踪など,多くの重大な人権侵害に関与した。そこに,UMLは体制側政党として直接的あるいは間接的に関与しており,当然,責任は免れない。

人民戦争は,内戦でありゲリラ戦であった。その傷は広く深く,わずか十数年で癒えるはずがない。その状態での,かつての不倶戴天の敵との合併統一には大きな困難が伴うのは当然と覚悟しなければならないであろう。

これは,戦時から平時への移行期正義の問題。複雑で難しい課題なので,後日,改めて考えてみることにしたい。

ウジャン・シュレスタ殺害事件

*1 “Fringe party raps ruling party for copying its name,” Republica, 21 May 2018
*2 “EC likely to reject NCP registration,” Republica, 26 May 2018
*3 “Only 16 pc representation for women,” Himalayan, 22 May 2018
*4 Om Astha Rai, “Yesterday’s enemies, today’s comrades,” Nepali Times, 25 May 2018
*5 選挙と移行期正義(1):ウジャン・シュレスタ殺害事件
*6 選挙と移行期正義(2):マイナ殺害事件

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/06/05 at 14:30

インドはネパールの真の友人たれ:SD・ムニ(2)

3.左派連合政権の課題
(1)UMLとMCの統一または連合維持
UMLとMCは,人民戦争で敵として戦った過去を持つだけでなく,政策の違いも多い。
・マデシの要求する憲法改正への対応の違い。[UMLは否定的,MCは肯定的]
・平和移行のための「真実和解委員会」ないし「移行期正義」についての考え方の違い。[UMLは肯定的,MCは消極的]
・大統領制の在り方についての考え方の違い。[UMLは現状維持の儀式的大統領制,MCは大統領直接選挙元首化]
・権力分有に関する考え方の違い。[有力ポスト争奪,状況により流動的]

しかし,これらの違いはあっても,UMLは,結局,MCと組まざるを得ない。それが,平和と安定と開発を実現せよという人民の意思に応えることになるのである。

(2)対印中バランス外交
左派連合が,中国主導によるブディガンダキ・ダム事業の再開を表明したように,これまで親中的であったことは事実だし,また中国も左派連合に大いに期待している。

「一帯一路発足以降,中国はオリやプラチャンダの開発計画への支援をてこに,その対ネ経済政策の拡大を図ってきた。中国は左派連合の勝利を期待していたし,また左派連合が一つの党に統一され,中国の対ネ政策や対ネ戦略を強力に支援してくれることも強く期待している。」

しかし,ネパールとしては,対中関係については,慎重であるべきだ。第一に,スリランカ,ミャンマー,モルディブ,パキスタンなどのように,対中長期債務のワナに陥るような事業は避けるべきだ。

第二に,インドの安全保障にかかわるような危険な事業には手を出さないこと。この点については,オリもプラチャンダも有能な経験豊かな指導者だ。「彼らは,印ネ関係特有の構造的制約や超えるべきではない危険ラインについて,十二分にわきまえている。」

オリもプラチャンダも,南と北の隣国とはバランスの取れた協力関係をつくり上げる,と繰り返し公言してきた。ネパールには,それが期待されるところである。

4.インドの対ネ政策の課題
(1)インドの対ネ政策失敗と左派連合の勝利
インドは,一連の不適切な対ネ政策により,ネパール・ナショナリズムに火をつけ,数十年来親印だったオリを離反させ,結局,反印的な左派連合を勝利させた。
・制憲過程への強引な介入。たとえば2015年9月には,制憲作業を中断させるため外務局長を送ったりした。
・2015年にはスシル・コイララ(NC)を支援してオリと対決させ,2016年にはプラチャンダ(MC)をUMLから引き離してNCと組ませ,オリを降板させた。
・マデシの憲法改正要求に応じないオリ政権に圧力をかけるため経済封鎖を強行した。

インドのこのような対ネ介入に対し,ネパールにはすでに,これに対抗できる「中国オプション」が開けていた。「オリは,インドの圧力に勇敢に立ち向かう強力な指導者というイメージを打ち立てることに成功した。今回の選挙結果は,こうした巧妙な彼の政治行動への報奨である。」

(2)不適切な対ネ政策
左派連合が勝利し「中国オプション」を手にしたネパールに対し,インドはこの新しい状況と折り合いをつけ,何とか巧くやっていくしかない。その現実を無視する次のような政策は,避けるべきだ。

i) 左派連合を崩壊させる策謀
インドの首相官邸,外務省あるいは他の官庁には,ネパール左派連合を崩壊させるのは容易だと考え,それを画策しようとする人々がいる。「これは,近視眼的な動きであり,インドの対ネ政策を破綻させるだろう。」左派連合は崩壊するかもしれないが,それはあくまでも内部対立によって自壊するのであって,外部からそこに介入すべきではない。

ii) ヒンドゥー教君主国への復帰画策
インド政権与党BJPの中には,ネパールをヒンドゥー教君主国に復帰させ,これをもって共産主義や中国に対抗させようとする動きがある。が,これは誤り。「彼らは,ネパールの人々が選挙により封建制やヒンドゥートヴァの諸勢力を粉砕した,その結果を直視し,そこから学ぶべきである。」

(3)真の友人たれ
「インドは,これらの破滅的冒険ではなく,左派連合がネパール人民に安定と良き統治をもたらすことができるよう支援すべきだ。インドは,言葉ではなく行動によって,ネパール人民の真の友人であり,ネパール開発への協力を誠実に望んでいることを自ら積極的に実証していくべきである。」

[補足追加(1月8日):SD・ムニ「もしインドが信頼に足る開発協力国と納得させることができなければ,ネパールにおいて中国の評価が高まることは間違いないであろう。」B. Sharma, R. Bhandari & K. Schltzdec, “Communist Parties’ Victory in Nepal May Signal Closer China Ties,” New York Times, 15 Dec 2017]

—–<以上,ムニ記事要旨>——————————-

ムニのこのネパール選挙分析は,ネパール民主政治の安定化という観点から左派連合の勝利を肯定的に評価するものであり,先に紹介したKM・ディクシトの選挙分析と共通する部分が少なくない。ネパールと印中との関係についても,両者の提言は基本的には一致している。ネパールのこれまでの民主化過程や現在の地政学的条件を踏まえるなら,彼らの選挙分析評価は,新政権への期待・激励の含意が多分にあるものの,基本的には妥当とみてよいであろう。

しかしながら,左派連合による民主政治の安定化は,必ずしも容易ではない。理念やイデオロギーよりもむしろ身内やコネ(アフノマンチェ)に起因する際限なき分派抗争はネパール政界の宿痾であり,選挙大勝といえども,それですんなりオリ政権成立となるかどうか? また,オリ内閣が無事成立しても,安定的に政権を維持できるかどうか? ムニが危惧するように,内部対立抗争の激化で自壊するのではないか? ネパール政界のこれまでの動向を見ると,いささか不安である。

対印中関係も難しい。ネパール史の常識からして,どの政権であれ,親印あるいは親中一辺倒ではありえない。ネパールは,長年にわたり印中二大国の間で巧妙にバランスを取りながら,曲がりなりにも独立を維持してきた。その意味で「バランス外交」はネパールの伝統といってよい。

しかしながら,グローバル化の大波はヒマラヤの小内陸国ネパールにも押し寄せ,ネパールを呑み込もうとしている。北からの「一帯一路」の大波と,南からの「一文化一地域」の大波の間で,ネパールはどうバランスを取り大波にさらわれるのを防ぐか? これも難しい。

この意味では,ムニのこの選挙分析評価も,KM・ディクシトのそれと同様,先述のように勝利した左派連合への期待・激励の意味もあるにせよ,やや楽観的に過ぎるといってよいかもしれない。

■『インドとネパール』表紙

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/07 at 14:45

選挙と移行期正義(1):ウジャン・シュレスタ殺害事件

国会・州会ダブル選挙まで,あと1週間。この選挙は,人民戦争後平和構築の制度的総仕上げとなる重要な選挙だが,もう一つ,見落としてならないのが,戦後処理としての移行期正義との関係。

1.ネパールにおける移行期正義の難しさ
人民戦争(マオイスト紛争)においては,政府・議会政党側もマオイスト側も,強制失踪,拷問,虐殺,財産強奪など様々な人権侵害に関与した。戦後平和構築においては,これらの重大な人権侵害につき,事実を解明し,それに基づき加害者の謝罪と必要な場合には処罰,および被害者の救済が行われなければならない。公正な移行期正義の実現である。

この移行期正義の実現には,誰しも建前としては反対しない。しかし,現実には,そうはいかない。ネパール人民戦争は,交戦当事者のいずれか一方の勝利ではなく,両者の停戦・和平という形で終結した。そのため戦後体制には人民戦争を戦った政府側諸勢力とマオイストの双方が参加し,軍や警察による人権侵害を裁こうとすればNC,UML,RPPなどが,逆に人民解放軍による人権侵害を裁こうとすればマオイストが,反対する。

ネパールにおいて,移行期正義は,政党とりわけその有力幹部たちにとっては,人権問題である以上に,自分たちの命運を左右しかねない重要問題なのである。

2.ウジャン・シュレスタ殺害事件
この移行期正義は,今回の選挙においても当然取り上げられ,政治問題化している。最も注目されているのが,マオイスト幹部によるウジャン殺害事件。その概要は,報道によれば以下の通り(*3,*4)。

ウジャン・クマール・シュレスタ(Ujjan Kumar Shrestha)はオカルドゥンガの住民。そのウジャンの身内が異カースト間結婚をしたことに怒り,あるいは別説ではウジャンがスパイ行為をしたと疑い,地元出身のマオイスト幹部バルクリシュナ・ドゥンゲル(Balkrishna Dhungel)が1998年6月24日,プシュカル・ガウタムら仲間7人を引き連れウジャンを待ち伏せて襲撃,銃で撃ち殺し,遺体をリクー川に投棄した。

事件後,弟のガネシュ・クマールが兄殺害を訴え出ようとしたところ,やはりマオイスト集団に彼も虐殺された。さらにガネシュの娘ラチャナも,父の居所をうっかりマオイストに告げてしまったため父が殺されたと思い込み,自殺してしまった。


 ■ウジャン(左)とドゥンゲル(右)(FB: No Amnesty for BalKrishna Dhungel 2011-11-11)

3.ドゥンゲル裁判と議員特権
ウジャン殺害6年後の2004年5月10日,オカルドゥンガ郡裁判所が,ドゥンゲルに対し,ウジャン殺害の事実を認め,財産没収の上,終身刑に処するとする判決を下した。他の仲間7人も有罪判決を受け,ドゥンゲルとともに収監された。

ところが,ドゥンゲルは判決を不当とし,ラジビラジ上訴裁判所に上訴,2006年に無罪判決を受け,釈放された。そして,2008年4月には制憲議会選挙にオカルドゥンガ選挙区からマオイスト候補として立候補して当選,議員となった。

これに対し,ウジャン家族は最高裁に上訴,2010年1月3日最高裁においてラジビラジ上訴裁判所無罪判決を取り消し,オカルドゥンガ郡裁判所判決を支持する判決を得た。ドゥンゲルを財産没収のうえ終身刑とする判決が確定したのである。

ところが,最高裁判決が出たにもかかわらず,ドゥンゲルは「議員特権」により収監されなかった。そして,翌2011年11月8月には,バブラム・バタライ首相(マオイスト)が,ドゥンゲルに大統領恩赦を与えるよう大統領に勧告した。これに対し,最高裁は2011年11月23日に恩赦手続き停止命令,2016年1月7日には恩赦禁止命令を出し,さらに2016年4月16日には警察総監に対しドゥンゲル逮捕命令を出した。しかし,これらの最高裁命令にもかかわらず,ドゥンゲルは依然として収監されることはなく,自由を謳歌していた。

この最高裁命令無視に対し,2017年10月24日,ディネシュ・トリパティ弁護士が警察総監を法廷侮辱容疑で告発した。ここに至って,警察は2017年10月31日,ようやくドゥンゲルを逮捕し,ディリバザール刑務所に送った。この手続きが確定すれば,ドゥンゲルはオカルドゥンガ郡裁判所判決後の収監期間を差し引く,残りの12年5か月余の期間,収監されることになる。

4.マオイストのドゥンゲル擁護
以上が,ウジャン殺害とその後の経過の概要だが,ドゥンゲル再逮捕,収監へと大きく動き始めたのは,国会・州会ダブル選挙日程がほぼ決まり,選挙戦が本格化し始めたころからであった。したがって,マオイスト幹部であり国会議員選挙出馬予定のドゥンゲル逮捕への動きが,選挙と関係しているとみるのが自然であろう。

ドゥンゲル再逮捕への動きが出ると,マオイストは党を挙げて彼を守ろうとした。たとえば,2017年3月12-13日,マオイストはラメチャップ郡で集会を開き,ドゥンゲル逮捕を命令した最高裁判決を激しく非難した。ドゥンゲルはこう演説した。「最高裁判決は破棄させる。・・・・この判決を下した裁判官を逮捕してやる。」(*12)

2017年10月30日,ドゥンゲルが逮捕されると,マオイスト幹部のディペンドラ・ポウデルは,こう非難した。「この逮捕投獄は,進行中の平和構築への重大な攻撃だ。この種の事件は移行期正義の手法で解決することに諸党が合意していたのに,いまになって逮捕が強行された。これは平和構築の完成を危うくすることになる。・・・・これは,包括和平協定と憲法の規定および精神に反している。」(*21)

また,マオイスト報道担当幹部のパンパ・プーサルも,「和平合意の精神に照らせば,戦時の事件は真実和解委員会(TRC)において解決されるべきである」と述べ,ドゥンゲル逮捕は選挙を失敗させる恐れがあると警告した(*20)。

さらに戦闘的マオイスト組織として知られている「青年共産主義者同盟(YCL)」も,ウジャン事件は「真実和解委員会」を通して解決されるべきだとして,彼の即時釈放を要求した。そして,もし釈放されないなら,人民戦争期のNCやRPPの関与が疑われる事件をすべて暴き,責任者を告発する,と警告した(*19)。

このように,ドゥンゲル逮捕にマオイストが激しく抵抗するのは,人民戦争期の重大な人権侵害事件に党首プラチャンダをはじめ党幹部の多くが多かれ少なかれ関与しているとみられており,ドゥンゲル逮捕を認めると,責任追及が彼ら幹部たちにも及びかねないからである。

5.ドゥンゲル擁護の根拠
しかしながら,マオイストによるドゥンゲル擁護にも根拠がないわけではない。第一に,人民戦争関係諸事件は真実和解委員会ないし移行期正義の手法により解決することが,停戦・和解の際,取り決められていたこと。

そして,第二に,マオイストが警告しているように,重大な戦時人権侵害には政府側の軍や警察あるいはNC,UML,RPPなど当時の議会主要諸政党が関与していたことが少なくないこと。マオイスト側の戦時人権侵害を刑事事件として裁くなら,政府側も裁けということになり,下手をすると紛争再発となりかねない,というわけである。

5.移行期正義の難しさ
これは難しい問題だ。ウジャン家族をはじめ被害者家族は,戦時人権侵害に対する損害賠償と責任者の厳罰を要求している。

内外の人権諸団体も,重大な戦時人権侵害を政治取引により免罪にすることには,強く反対している。たとえば,フレデリック・ラウスキー国際法律家協会(ICJ)アジア太平洋地域委員長はこう批判している。「人権侵害容疑者たちを守ることが,政治的支持を得たり政治的協力関係を作るための交渉の切り札として使われた。・・・・政党間取引のため人権尊重義務が損なわれるようなことをしてはならない。」(*26)

純然たる平時においては,確かにその通りだ。しかし,泥沼の人民戦争を終結させるため政治的に採用されたのが移行期正義ないし真実和解委員会による和解。戦時を平時にどう移行させるか,これは難しい。

6.選挙で問われる移行期正義の在り方
ウジャン殺害事件は,選挙戦本格化とともに大きく動き,マオイスト幹部のドゥンゲルが2017年10月31日,犯人として逮捕・投獄された。

そして,選挙管理委員会は2017年11月6日,ドゥンゲル立候補への異議申し立てを受理し,マオイスト比例制候補者リストから彼の名を削除した。マオイストの政治的敗北である。

今回の選挙でNCやRPPが大勝すればマオイスト側の戦時人権侵害が,逆にマオイストを中心とする共産党連合が大勝すれば旧政府側の戦時人権侵害が,表に出され,責任追及が激しくなる可能性がある。

戦争から平和へ――その移行の総仕上げとなる国会・州会ダブル選挙において,移行期正義はどうあるべきかも問われている。

■オカルドゥンガ(赤印)

[1998]
*1 DEWAN RAI, “Apex court denies clemency to murder convict Dhungel: Issues mandamus order to send Maoist leader to prison for life,” Kathmandu Post, June 24, 1998
[2010]
*2 INTERNATIONAL COMMISSION OF JURISTS, “ICJ urges the Government of Nepal to cease obstruction of justice,” ICJ, 5 October 2010
[2011]
*3 Advocacy Forum, “UJJAN KUMAR SHRESTHA,”
http://advocacyforum.org/fir/2011/10/ujjan-kumar-shrestha.php
*4 KANAK MANI DIXIT, “The lords of impunity,” Nepali Times, #578 (11 NOV 2011 – 17 NOV 2011)
[2014]
*5 “Jail-sentenced former Maoist cadre arrested & jailed,” Kathmandu Post, May 13, 2014
*6 Pranab Kharel, “SC to begin fresh hearing on appeal against Dhungel,” Kathmandu Post, Sep 5, 2014
[2016]
*7 NABIN KHATIWADA, “No presidential clemency for Bal Krishna Dhungel: SC,” Republica, 07 Jan 2016
*8 Nabin Khatiwada, “SC body again tells police to arrest murder convict Dhungel,” Rpublica, December 27, 2016
[2017]
*9 Deepak Kharel, “‘Murder-convict Dhungel hasn’t been arrested because police don’t want it’,” Republica, January 6, 2017
*10 “Prachanda Talks About Balkrishna Dhungel,”
http://khabarvideo123.blogspot.jp/2017/02/prachanda-talks-about-balkrishna-dhungel.h
tml
*11 Anil Bhandari, “Murder-convict Dhungel felicitated in Okhaldhunga,” Republica, March 14, 2017
*12 “Issue arrest warrant against Bal Krishna Dhungel: SC orders IGP Aryal,” Kathmandu Post, Apr 13, 2017
*13 “Supreme Court tells police to nab Bal Krishna Dhungel in a week,” Himalayan Times, April 13, 2017
*14 “Rule of lawlessness: The row over Balkrishna Dhungel inaugurates a new turbulence,” Indian Express, April 17, 2017
*15 “Contempt of court writ filed against IGP Aryal,” Kathmandu Post, Oct 24, 2017
*16 “IGP charged for neglecting Supreme Court’s verdict to arrest Dhungel,” Republica, October 24, 2017
*17 Shirish B Pradhan, “Maoist party leader arrested for murder during Nepal civil war,” Outlook India. 31 OCTOBER 2017
*18 “CPN (MC) demands prompt release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*19 “YCL demands immediate release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*20 “CPN-MC calls for Dhungel’s release,” Himalayan Times, October 31, 2017
*21 “Finally, murder-convict Dhungel arrested, sent to jail,” Republica, November 1, 2017
*22 “Demonstration in Okhaldhunga demanding Dhungel’s release,” Kathmandu Post , Nov 1, 2017
*23 “Murder convict Dhungel sent to prison,” Peoples Review, 2017/11/01/
*24 “Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability” Kathmandu Post, Nov 2, 2017
*25 Vinita Rawat, “Nepal: Arrest of Maoist leader Dhungel raises hope of justice for war-era victims,” The aPolitical | 02/11/2017
*26 “Search for truth and justice continues in Nepal: ICJ; Says arrest of Maoist leader Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability,” Kathmandu Post, 02-11-2017
*27 “Half a milestone: Maoist leader Dhungel’s arrest for war-era murder should now be followed by broader prosecution,” Kathmandu Post, Editorial, Nov 2, 2017
*28 Ritu Raj Subedi, “Arrest Order Against Dhungel A Blow To Prachanda,” Rising Nepal, 4 November 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/11/19 at 21:02

強制失踪,脛に傷の体制エリート

8月30日は「強制失踪被害者の日(International Day of the Victims of Enforced Disappearances)」。ネパールでも,強制失踪者の家族や支援者らが,失踪事件の解明と被害家族の救済を訴えた。

 

1.強制失踪防止条約
「強制失踪」とは,国家機関等が不法に人の自由を奪い,強制的に失踪(行方不明に)させること。国連は,このような行為を「強制失踪犯罪」と定め,それを処罰するため,「強制失踪防止条約」を採択した(総会採択2006年,条約発効2010年)。

この条約は,締約国に次のことを義務づけている。
 ・強制失踪は「人道犯罪」であり,刑法で「犯罪」と規定すること。
 ・強制失踪を調査し,責任者を訴追すること。
 ・強制失踪申し立ての権利を保障し,速やかに当該の件につき調査すること。
 ・強制失踪調査機関に必要な権限と財源を付与すること。
 ・秘密拘禁の禁止。
 ・強制失踪の被害の回復。

強制失踪防止条約は現在,署名96か国,批准57か国。日本は2007年署名,2009年批准したが,ネパールは未署名。(米英ロ中なども未署名。)

2.人民戦争期の強制失踪
ネパールでは,人民戦争(1996-2006)において,死者約1万3千人のほかに,強制失踪者も千数百人だしている。(失踪の訴えは多数あり,実数はまだ不明。)

人民戦争は,王国政府とマオイストが国民を巻き込んで戦った内戦であり,強制失踪には交戦両当事者のいずれもが関与している。政府側(王国軍,武装警察,警察など)はマオイスト容疑で,逆にマオイスト(人民解放軍など)は反マオイスト容疑で,人々を連行し,多くの場合拷問を加え,おそらく殺害し,そのまま行方不明にしてしまった。強制失踪である。

現在,「強制失踪者調査委員会(CIEDP: Commission for the Investigation of Enforced Disappeared Persons)」(後述)には,強制失踪の訴えが2870件だされているという。このうちバルディア284件,ダン124件,バンケ121件。

バルディアが最多だが,ここには王国軍のチサパニ基地があり,ここが反政府派の取り調べに利用された。連行されてきた人々の大半がタルー族の若者で,拷問され殺害されたとされるが,詳細不明。これに対し,マオイスト側もバルディアで十数名を連行,行方不明にしてしまったとされる。まさしく強制失踪の応酬,こうしたことが人民戦争期には極西部,中西部を中心に全国各地で行われたのである。

3.強制失踪者調査委員会の機能不全
強制失踪については,「包括和平協定」(2006年11月)でも「2007年暫定憲法」(33(q)条)でも解決への努力が規定されていた。そして2014年には,「失踪者調査および真実和解委員会法」が制定され,これに基づき2015年2月には「強制失踪者調査委員会(CIEDP)」と「真実和解委員会(TRC)」が設立された。両委員会の任期は当初2017年2月10日までだったが,1年延期され2018年2月10日までとなっている。

しかし,CIEDPやTRCが設立されても,強制失踪問題への取り組みは,一向にはかどらなかった。人民戦争を戦い強制失踪に何らかの形で関与したとされる政府側とマオイスト側の幹部が,ほとんどそのまま和平後新体制の中枢にいる。したがって,強制失踪の解明を進めると,責任追及が彼ら自身にまで及びかねない。そのため,CIEDPやTRCには権限も予算も十分には与えられず,委員会の政治的独立も十分には保障されていない。強制失踪の解明が進まなかったのは,当然といえよう。

 ■CIEPD / TRC

4.新聞各紙の強制失踪問題報道
ネパール各紙も,この状況を次のように批判している。

「彼らはどこに?」ネパリタイムズ,8月29日(*1)
強制失踪者調査委員会(CIEDP)は,任期あと半年のため,任期再延長を求めているが,犠牲者家族はCIEDPには失望してしまっている。「いまや政府は,われわれの家族の拘束・拉致を命令した人々により動かされている。政府に従っているだけのCIEDPには何の期待もできない」(失踪者家族全国ネット議長ラム・バンダリ)。調査できないなら,委員は辞職せよ。

「正義の失踪」ネパリタイムズ,9月1日(*2)
強制失踪は,革命や反乱鎮圧を名目として行われた犯罪である。ところが,当時首相だったデウバ[首相在職1995-97, 2001-02, 2004-5, 2017-]やマオイスト党首のプラチャンダ[首相在職2008-09, 2016-17]が,いまや政府を率いており,ともに相手の罪を水に流そうとしている。

CIEPDとTRCには,彼らの息のかかった人物が送り込まれている。「任命された彼らの仕事は,調査を失速させ,指導者らを免罪にすることだけだった。」最高裁が有罪としたケースですら,TRCは無罪とした。「これら2委員会は,正義を実現する政治的意思をもたず,したがって当然,任期延長の理由もない。」

RK・バンダリ「失踪」カトマンズポスト,8月30日(*3)
「CIEDPは真実と正義を追求する政治的意思を持たず,もっぱら政治的利害に奉仕する弱々しい機関のようだ。・・・・この2年半,委員会は公平な犠牲者調査を怠ってきた。委員の大半が政党により忠実な代理人として任命された事実をみれば,これはなにも驚くべきことではない。」

「足跡もなく」カトマンズポスト社説,9月1日(*4)
「強制失踪は重大な人権侵害であり,国際法では犯罪とされている。ネパールは,この犯罪の重大さを認識し,それに見合う刑罰を定めねばならない。ネパールの移行期正義の問題点の一つは,まさにそれを定めた法がないことにある。・・・・」

「CIEDPとTRCが設立されて3年が過ぎようというのに,重大な人権侵害や虐待の犠牲者たちに正義はまだもたらされていない。ネパールの移行期正義は,制度的にも運用においても,国際基準にははるかに及ばない。」

「いまネパールでは,強制失踪を犯罪と定める法案が準備されている。・・・・しかし,この法案には欠陥があり,国際基準にははるかに及ばない。ネパールには,強制失踪に関する明確な国法がぜひとも必要である。」

5.改正刑法の強制失踪罪
ネパール政府は,強制失踪被害者の要求や国際社会からの圧力を受け,刑法(ムルキアインの刑法部分)を改正し,そこに強制失踪を犯罪とする規定を組み込むことにした。改正刑法案は8月9日,立法議会で可決され,あとは大統領の署名を待つだけとなっている。

この改正刑法の正文はまだ見ていないが,報道によれば,強制失踪に関する規定は不十分で,国際基準にも2007年の最高裁判決にもはるかに及ばないものだという。もしそうだとすると,皮肉にも,強制失踪が現体制にとっていかに敏感な問題かを,改正刑法が如実に物語っているとみてよいであろう。

(注)刑法改正について
8月の刑法改正では,強制失踪のほかに,チャウパディ(生理中女性隔離),ダウリー(持参金),奴隷労働,環境汚染などが犯罪として規定された。また,人身売買,重婚,強制結婚,レイプ,結婚年齢20歳以上,ハイジャック,ジェノサイドなどについても規定された。大幅な改正であり,特にチャウパディ禁止が注目された結果,皮肉にも,強制失踪規定からは目が逸らされる結果となってしまった。

*1 Om Astha Rai, “Where are they?,” Nepali Times, 29 Aug 2017
*2 “Disappearance of justice,” Editorial, Nepali Times, 1-7 Sep, 2017
*3 Ram Kumar Bhandari, “The disappeared,” Kathmandu Post, 30 Aug 2017
*4 “Without a trace,” Editorial, Kathmandu Post, 1 Sep 2017
*5 Om Astha Rai, “Toothless commission,” Nepali Times, 23-29 Aug 2016
*6 Nepal’s Transitional Justice Process, ICJ, August 2017
*7 “Nepal’s transitional justice mechanisms have failed to ensure justice for victims: ICJ,” Kathmandu Post, 8 Aug 2017
*8 Profile of Disappeared Persons, INSEC, 2011
*9 Ashok Dahal, “Landmark legal reform bills passed,” Republica, 10 Aug 2017
*10 “Criminal code passed, Chhaupadi criminalized,” Republica, 9 Aug 2017Nepal
*11 真実和解委員会の構成と機能(4)
*12 真実和解委員会任期,最高裁判決無視し1年延長

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/11 at 15:25

カテゴリー: マオイスト, 人権, 人民戦争

Tagged with ,

真実和解委員会任期,最高裁判決無視し1年延長

プラチャンダ内閣は2月9日,「真実和解委員会(TRC: Truth and Reconciliation Commission)」と「失踪者調査委員会(COID: Commission on Investigation of Disappeared Persons)」の任期を1年延長し,2018年2月10日までとした。

TRCとCOIDは,マオイスト人民戦争(1996-2006)終結のため締結された包括和平協定(2006年11月)に基づき制定された「TRC法(強制失踪者調査および真実和解委員会法)2014年」(2014年5月11日公布施行)の規定に従い,2015年2月10日に設置された。当初の任期は,2017年2月10日まで。

ところが,TRC(とCOID)は,任期満了のこの2月10日までに,その任務を果たすことが出来なかった。幾度か指摘したように(参照:真実和解委員会),人民戦争期には,重大な人権侵害が多数行われ,加害者は政府側にもマオイスト側にもいた。しかも,包括和平協定後の現体制は,人民戦争を戦った主要諸勢力がすべて参加して構築し,維持してきたものだ。したがって,人民戦争期の人権侵害を追及していけば,必然的に主要政党政治家や政府高官など,現体制下の有力者の責任が問われることになるのは避けられない。調査を担うTRCそれ自体ですら,有力諸政党代表により構成されているといっても過言ではないのである。

そのため,TRCとCOIDは設置されたものの,調査は遅々として進まなかった。被害の受付こそ2016年2月から始められ,約6万件を受け付けたものの,2017年2月10日の任期切れまでに調査を完了したものは1件もない。重大事件であればあるほど,加害者は現体制下の有力者だからである。

この状況に被害者たちは不満を募らせ,国際人権諸団体の支援も得て,政府に対し実効的な正義の実現を強く迫っていった。プラチャンダ内閣は,この要求に押され,TRC任期を1年延長し,調査の継続を図ることにしたわけである。

しかし,この泥縄のTRC任期延長には,人民戦争被害者やその支援諸団体が,厳しい批判を加えている。たとえば,サム・ザリフィ国際法律家委員会アジア局長は,次のように指摘する。

「被害者らは正義を求め10年以上待ち続けており,もはや移行期正義の手法への希望を失いつつある。・・・・ネパール政府が,TRC法を最高裁判決と国際法に沿うよう改正し,かつ両委員会の任務遂行を2年間にわたり阻害してきた根本的諸要因を除去する具体的な対策をとらなければ,両委員会の任期延長は無意味となるであろう。」(IJC「ネパール:実効的権限付与なしの移行期正義委員会任期延長は犠牲者の信頼への裏切りである」IJC, 10 Feb. 2017)

【参照1】TRC法,2014年
第26条 アムネスティ(要旨) 委員会は,十分に合理的な理由があると認めた場合,重大な人権侵害についてもアムネスティ(赦免)を政府に勧告することが出来る。

【参照2】最高裁判決(2015年2月26日)要旨
(1)重大な人権侵害を赦免するTRC法のアムネスティ条項は不当。
(2)同意なき和解は認められない。
(3)法廷係争中の事件をTRCに移送してはならない。
(4)TRC法,特に上記(1)は,ネパール国家の国際法上の義務に違反。

また,ネパール立法議会でも,「社会正義・人権委員会」が2017年2月9日,政府に対し,TRC法を最高裁判決に沿うよう改正し,委員会には必要な予算と人員を配分せよ,と勧告している。

しかし,それでもなお,プラチャンダ内閣は,そうした要請をことごとく無視し,TRC任期の1年延長だけにとどめた。これでは,移行期正義の手続きを進め,人民戦争被害者を救済し,和解を実現していくことは,困難であろう。

 170214a

*1 ICJ, “Nepal: extending transitional justice commissions without granting real powers betrays trust of victims,” International Commission of Jurists, February 10, 2017
*2 Alexandra Farone, “Nepal extends deadlines for war crimes investigations,” jurist.org, Friday 10 February 2017
*3 “Nepal extends term of war crimes probes by one year,” Himalayan Times, February 10, 2017
*4 “AI, HRW call to extend mandates of TRC, CIEDP,” Himalayan Times, February 05, 2017
*5 LEKHANATH PANDEY, “Conflict victims question TRC’s efficacy,” Himalayan Times, February 07, 2017
*6 “House panel tells govt to amend TRC and CIEDP Act,” Republica, February 11, 2017
*7 “Nepal: Supreme Court Strikes Down Amnesty Provision in Truth and Reconciliation Law,” The Library of Congress (USA), Mar. 17, 2015
*8 Wendy Zeldin, “Nepal: Supreme Court Rules Government Ordinance on Truth and Reconciliation Commission to Be Unconstitutional,” The Library of Congress (USA), Jan. 8, 2014
*9 Monica Moyo, “Nepali Supreme Court Rejects Amnesty for War Crimes,” The American Society of International Law, March 6, 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/02/14 at 19:52

戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(3)

3.父母のハンスト闘争
(1)ハンスト闘争へ
クリシュナを虐殺されたアディカリ一家は,警察に捜査を求め,容疑者を告発していった。主な容疑者は,後日告発も含め,以下の通り(*3,*20)。
 Chhabilal Poudel, 55, Fujel, Gorkha
 Januka Poudel(マオイスト女性リーダーでバブラム・バタライの妻ヒシラ・ヤミの側近)
 Meghnath Poudel, 57, Fujel, Gorkha
 Bishnu Tiwari, 40, Fujel, Gorkha
 Subhadra Tiwari, 48, Fujel, Gorkha
 Sita Adhikary, 30, Fujel, Gorkha
 Kali Prasad Adhikary, 50, Fujel, Gorkha
 Himlal Adhikary, 34, Fujel, Gorkha (Kali’s son)
 Ram Prasad Adhikary, 27, Fujel, Gorkha (Kali’s son)
 Ram Prasad Adhikary, 30, Fujel, Gorkha
 Bhimsen Poudel, 30, Ratnanagar Municiplaity, Chitwan
 Parashuram Poudel a.k.a. Ajib, 35, Bharatpur Municipality
 Baburam Adhikari
 Shiva Prasad Adhikari
 Rudra Acharya(英国在住)

政府は,父母の訴えを受け捜査に着手したものの,進展はせず,結論はずるずる先延ばしにされた。それどころか,マオイスト議長のプラチャンダが首相になると(在職2008年8月15日‐2009年5月4日),紛争関係被害の訴えをすべて棄却させてしまった(*2,*3)。また,後日首相(在職2011年8月29日‐2013年3月14日)になるバブラム・バタライも,捜査や裁判に繰り返し介入し圧力をかけた(*5,*6)。

そこで父母は2013年1月,カトマンズに移り,首相官邸前で息子殺害犯の裁判を求め,ハンストを始めた(当時の首相はバブラム・バタライ)。これに対し,政府は警察を動員し,父母を署に連行,拘置した。しかし,何回排除されてもハンストをやめないので,警察は父母を無理やりジープに乗せ,ゴルカに連れ戻した。あるいは,2013年6月には父母を精神病院に強制入院させたが,医師は異常なしと診断,40日後,父母は退院した(*2,*5)。

この間,マオイスト中央執行委員会は,政府に対し「真実和解委員会」の設置を要求し,紛争時諸事件を蒸し返すのは「包括和平協定」に違反すると非難した。またプラチャンダは,政府がクリシュナ虐殺事件を利用しプラチャンダとバブラムを逮捕しようとしているとして,政府を攻撃したという(*2)。

▼Sam Zarifi(ICJ) 「アディカリ夫婦は,マオイストや政府部隊の暴力行為による被害の救済を求める何千人もの人々の象徴である。」(*6)

(2)父のハンスト死
このようにして父母は不屈のハンスト闘争を繰り返してきたが,2014年9月22日,父ナンダが11か月に及ぶハンストの末,骨と皮になり,ビル病院で衰弱死した。52歳。

父ナンダのこのハンスト死は,衝撃的であった。
▼Brad Adams(Human Rights Watch’s Asia Division) 「ナンダ・プラサド・アディカリの死は,ネパールの紛争期犯罪に対する和解や補償の取り組みの欠陥を明るみに出した。」(*6)
▼カナク・マニ・デグジト 「われわれは,ナンダ・プラサドの命を救うため出来る限りの努力をした。彼は,正義を求めて闘い,そして命を失ったのだ。」(*4)
▼Damakant Jayshi  「ナンダ・プラサド・アディカリは,2004年にマオイストに虐殺されたとされる息子のため裁判を求め,決死のハンストを断行し,死んだのではない。かれは,過去を葬り去ろうとする非情な国家と諸政党により虐殺されたのである。」(*5)

(3)母のハンスト闘争
母ガンガは,父(夫)ナンダがハンスト死しても,正義への訴えを決してあきらめなかった。ガンガは,息子殺害責任者が法により裁かれ正義が実現するまでは葬儀はできないとして,父ナンダの遺体の引き取りを拒否,そのため遺体はいまでもビル病院遺体安置所にそのまま保管されている。

2014年10月,母ガンガは政府と10項目合意を取り交わし,息子殺害事件の捜査促進を約束させた。その結果,2015年12月には,最高裁がチトワン郡の関係機関に容疑者の取り調べを命令した。

しかしながら,政府や関係諸機関は,またしても実際には捜査・取り調べに真剣に取り組まず,はぐらかし,先送りを始めた。

そこで母ガンガは,再び首相に就任したプラチャンダ首相(マオイスト)にたいし,息子殺害責任者の裁判の実現を求め,2016年8月11日から,6回目のハンストに入ったのである(*27)。

今回の母ガンガのハンストは,先述のように,水も食塩水も拒否する文字通りの決死のハンストである。残された時間は長くはない。

160819■ハンスト中のガンガ:8月11日(INSECOnline)

4.移行期正義の試練
プラチャンダ首相は,母ガンガの突きつける移行期正義の問題から,今度こそ目を逸らすことができないかもしれない。

移行期正義は,プラチャンダ首相自身にとっても,極めて微妙な難しい問題である。政権交代に至るこの数か月,連立相手をUMLからNCに乗り換えようとしていたマオイストに対し,UMLは,プラチャンダや他のマオイストを戦時犯罪容疑で逮捕投獄する策を練っていたとされる(*27)。真偽は定かではないが,以前にも同じような謀略はあったのであり,まったく根も葉もない話ではない。

このように,母ガンガがいま突きつけている移行期正義は,プラチャンダ首相自身の政治生命にもかかわりかねない重要問題である。プラチャンダ首相は,就任早々,大きな試練に直面しているといえよう。

[2013]
*1 Killers Roam Free in Nepal, http://www.ipsnews.net/2013/09/
*2 KRISHNA ADHIKARI, Advocacy Forum[AF], Sep. 2013
[[2014]
*3 Death of justice, Nepali Times, September 22nd, 2014
*4 NANDA PRASAD ADHIKARI: Justice Denied, After 329 days of hunger strike, Nanda Prasad Adhikari died at Bir Hospital, Spotlight, Vol: 08 No. 8 September. 26- 2014
*5 The sad saga of the Adhikari family, It was murder, not a fast-unto-death, Nepali Times 26 Sep – 2 Oct 2014 #726
*6 Nepal: Adhikari Death Highlights Injustice; Investigate, Prosecute Conflict-Era Crimes, https://www.hrw.org/news/2014/09/26/nepal-adhikari-death-highlights-injustice
*7 Govt urges Ganga Maya to end hunger strike, Ekantipur, Oct 15, 2014
*8 The Resident Coordinator of the United Nations in Nepal, Jamie McGoldrick expressed his concern for the life of Ganga Maya Adhikari, Press Statement–16 October 2014, UNITED NATIONS
*9 Gana Maya ends hunger strike, Ekantipur Report, Oct 18, 2014
[2015]
*10 Ganga Maya gets Rs 2m in relief, Kathmandu Post, Feb 16, 2015
*11 Govt to release relief fund to Ganga Maya, Kathmandu Post, Mar 9, 2015
*12 Save Ganga Maya’s life: Rights activists, The Himalayan Times, June 16, 2015
*13 Ganga Maya files RTI application at Nepal Police Headquarters, The Himalayan Times, June 17, 2015
*14 Address Ganga Maya’s demand: Rights activists, The Himalayan Times, June 22, 2015
*15 Nepal Police replies to Ganga Maya Adhikari, The Himalayan Times, June 27, 2015
*16 Adhikari murder case in apex court, Kathmandu Post, Jul 3, 2015
*17 INSEC: Supreme Court orders judicial remand for accused murderer of Krishna Adhikari, Dec 21 2015, https://nepalmonitor.org/reports/view/8622
[2016]
*18 12 human rights activists briefly detained, The Himalayan Times, February 19, 2016
*19 She believes that Chabilal Paudel is under protection of the Home Minister himself, http://www.southasia.com.au/2016/03/03/
*20 NEPAL: State silence on Ganga Maya Adhikari screams murder (Press Release: Asian Human Rights Commission), Saturday, 9 July 2016
*21 Ganga Maya’s wait for justice continues, The Himalayan Times, July 18, 2016
*22 Ganga Maya Adhikari serves 5-day ultimatum to Dahal govt, warns of hunger strike, The Himalayan Times, August 05, 2016
*23 PARLIAMENTARY PANEL VISITS GANGA MAYA, REPUBLICA, 08 Apr 2016
*24 Ganga Maya Adhikari begins fast-unto-death again, The Himalayan Times, August 11, 2016
*25 INSEC news, August 11, 2016
*26 Gangamaya resumes fast-onto-death; keeps herself away from saline, medicine, Kathmandu Post, Aug 11, 2016
*27 Do or die, Nepali Times, August 12th, 2016
*28 Activists continue Save Ganga Maya campaign, The Himalayan Times, August 15, 2016
*29 NHRC asks govt to address Ganga Maya’s demands, Kathmandu Post, Aug 15, 2016
*30 No govt support for probing conflict-era cases: TRC chair, Republica, August 15, 2016
*31 A conflict-era ‘bourgeois’ teacher victim, Republica, August 15, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/08/19 at 09:54

真実和解委員会の構成と機能(4)

4.正義か平和か
「真実和解(Truth and Reconciliation)」は,もともと法的正義(法による裁き)の貫徹を断念し,和解による平和回復を求めるものである。和解には真相(真実)の解明と受け容れが前提とされているが,それは建前,現実には,真実は一つではなく,和解による平和は妥協による平和とならざるをえない。

ネパールでも,人民戦争は,国王政府かマオイストのいずれかが完勝すれば,勝者の裁判により妥協なき法的正義が実現されていたはずである。しかしながら,現実には,人民戦争は泥沼化し,いずれかの完勝は見込めなくなり,終戦には,法的正義をあきらめ,妥協による「平和」を選択せざるをえなくなった。かくして,「真実和解」が戦後処理の基本方針となったのである。

この「真実和解」は,妥協であり「正義」ではないから,人民戦争被害者にとっては,おいそれと受け入れられるものではない。生命,身体,精神そして財産への加害行為の責任を断固追及し,加害者を処罰せよ,という要求が出るのは当然だ。

ネパールの「真実和解委員会(TRC)」が直面しているのは,まさにこの被害者の「法的正義」実現への要求だ。国際社会や平和諸団体も,戦時中は“とにかく停戦,そして平和を!”と大合唱していたのに,いまでは宗旨替えし,“平和より正義だ”と叫び,TRCを,罪赦免の要件をあいまいにし法的正義をないがしろにしているとして激しく非難している。

これを受け,ネパール最高裁も,2014年5月4日判決において,旧TRC法(2012年)の罪赦免規定を違憲とし,その厳格化を命令した。さらに,改正TRC法(2014年5月11日)についても,最高裁は2015年1月26日,TRCに罪赦免の裁量権を認める規定や起訴済みの事件のTRCへの移送を違憲とする判決を下した。

最高裁とTRCのこの対立は,結局は,「正義」と「平和」の対立だ。これら二つの理念を,有力者から庶民まで様々な多くの利害関係者がいる現実政治の場で,どのように折り合いをつけるか? 難しいが,避けては通れない重い課題である。

 160623■南アフリカ真実和解委員会

[参照]
*1 “Nepal: Government must implement landmark Supreme Court decision against impunity,” International Commission of Jurists, February 27, 2015
*2 “OHCHR hails SC verdict on TRC amnesty provision,” Kathmandu Post, Mar 6, 2015
*3 Om Astha Rai, “Who doesn’t want a TRC? Conflict victims fear the TRC serves only the interests of a state made up of former enemies,” Nepali Times, 20-26 February 2015
*4 David Seddon, “TRC and Col Lama: Truth and reconciliation, but not without justice,” Nepali Times, 20-26 February 2015.
*5 KUNDA DIXIT, “Irreconcilable truths,” Nepali Times, 11-17 April 2014
*6 “Nepal: Supreme Court Strikes Down Amnesty Provision in Truth and Reconciliation Law,” The Library of Congress(USA), Mar. 17, 2015
*7 “Nepal: Reject Draft Truth and Reconciliation Bill, Proposed Measure Contravenes International Law,” Institute of Peace and Conflict Studies (IPCS), APRIL 17, 2014
*8 GOPAL SHARMA, “U.N. warns Nepal against amnesty for civil war crimes,” Reuters, Apr 15, 2014
*9 Kamal Dev Bhattarai, “Justice for Nepal’s War-Era Victims? Nepal struggles to form a mechanism that would deal with cases of wartime human rights violations,” The Diplomat, April 15, 2014
*10 Alison Bisset, “ TRANSITIONAL JUSTICE IN NEPAL, The Commission on Investigation of Disappeared Persons, Truth and Reconciliation Act 2014,” Bingham Centre for the Rule of Law, London, September 2014.
*11 “OHCHR Technical Note: The Nepal Act on the Commission on Investigation of Disappeared Persons, Truth and Reconciliation, 2071 (2014) – as Gazetted 21 May 2014,” OHCHR

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/06/23 at 20:12

カテゴリー: 平和, 人権, 人民戦争

Tagged with