ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘インド’ Category

ゴビンダ医師の市民的抵抗,医学部長解任事件最高裁判決に対して(3)

4.市民的抵抗としてのゴビンダ医師ハンスト
(1)ハンスト支持
ゴビンダ医師が今回のハンストで訴えていることについては,賛成し支持する声が圧倒的に多い。

主要3党は,党としてではないが,幹部がそれぞれパラジュリ最高裁長官を批判し,ゴビンダ医師支持を表明した。またナヤシャクティ(新しい力)党のバブラム・バタライ(元首相)も,長文コメント「改革の闘い」(1月15日付リパブリカ)を発表,ゴビンダ医師の司法改革要求は全く法廷侮辱には当たらないと述べ,彼を全面的に支持した。なにかにつけ不仲のネパール諸党がこれほど意見の一致をみるのは,珍しい。

新聞各紙も,ニュアンスの違いはあれ,ゴビンダ医師の主張を支持している。「カトマンズ・ポスト」は1月10日付社説「見下げ果てた行為:最高裁は抗議の権利を行使したにすぎないKC医師の逮捕を命令した」において,次のように述べている。

「KC医師は,強く求められてきた医学教育改革のために,命がけで繰り返し闘ってきた。その平和を愛し腐敗と闘う改革の闘士が留置され,法廷侮辱容疑で法廷に引き出された。なんたるお粗末な決定か。」

(2)ハンスト反対
政界も市民社会もゴビンダ医師支持が圧倒的多数なのに対し,いわば身内の法曹社会は意見が割れている。

ゴビンダ医師支持の法律家も少なくないが,代表的法曹組織の「ネパール法律家協会(NBA[Nepal Bar Association])」は,法廷陳述後のゴビンダ医師釈放(後述)は歓迎しつつも,彼の最高裁攻撃の方法については,許されないと批判する。

NBAによれば,ゴビンダ医師は,最高裁長官に対し不適切な言葉で人格攻撃をし,ハンストで脅し,司法を混乱させている。ハンストはやめ,憲法の定める「司法委員会」などを通し問題は解決されるべきだ。「独立した司法の尊厳は守られなければならない」(“Bar unhappy with Dr KC’s protest, urges him to end hunger strike,” Kathmandu Post, 20 Jan 2018)。

このNBAの反対にも一理はある。憲法は第101(2)条で連邦代議院による最高裁長官弾劾を,また第153条では「司法委員会」による裁判官の資格審査や腐敗および職権乱用の調査・裁判を認めている。法治国家では,これが裁判官の責任を問う通常の法手続きであることに間違いはない。

しかしながら,もしこの裁判官弾劾手続きが,憲法の規定通り機能しない場合,市民はどうすればよいのか?

(3)市民的抵抗としてのハンスト
こうした場合,国家社会の構成員たる市民には,市民として悪政に抵抗する権利,すなわち「市民的抵抗(civil disobedience)」の権利がある。

ネパールでは,現行2015年憲法が世界最高水準の民主的司法制度を定めているが,残念ながら実際にはまだそれが規定通り運用されない場合が少なくない。今回のゴビンダ医師法廷侮辱事件裁判も,その典型である。

ゴビンダ医師は,パラジュリ最高裁長官の行為を職権乱用と確信し,自らの市民としての良心に基づき一人でハンストを行い,憲法の認める言論の自由を行使して長官を批判し辞任を要求した。

もしかりに彼のこの行為のある部分が法の定める異議申し立て手続きに形式的には反しているとしても,それは市民的抵抗として,近現代社会では正当な(legitimate)行為と認められるはずである。

ゴビンダ医師自身が,1月9日の法廷において,こう述べている。「私は,法廷侮辱罪のことはよくわきまえている。職務を正しく遂行する裁判官を尊敬してもいる。しかし,不当な判決を下し誤った行為をする裁判官に反論するのは,決して法廷侮辱には当たらない。それこそが,法廷を尊重することに他ならないのだ。」(“Dr KC: Criticism of controversial judgement not contempt of court,” Kathmandu Post, 10 Jan 2018)

ゴビンダ医師は,裁判官や判決の批判は法廷侮辱ではない,あくまでも合法的ないし合憲的行為だ,とここでは弁明している。これは「市民的抵抗」を根拠とする主張ではない。

しかしながら,ゴビンダ医師の対最高裁長官ハンスト闘争は,たとえ形式的には罪に問われようが正義のために命をかけて闘いぬく,それが市民としての義務であり,またそれこそが司法を本来の姿に戻すことになるという固い信念に基づくものだ。これは「市民的抵抗」に他ならない。

(4)「市民的抵抗」嫌いの市民的抵抗
「市民的抵抗」は,ガンジーが唱え実践したことで知られているが,なぜかネパールでは人気がない。ネパールはガンジー嫌い? インド嫌いが高じて「市民的抵抗」嫌いになってしまったのか? ここのところは,いまのところよくわからないが,いずれにせよネパールの政治や学界において真正面から「市民的抵抗」が掲げられ,あるいは議論されることは,少ない。

ところが,実際には,内容的には「市民的抵抗」に他ならない闘争が,各地で繰り返し行われてきた。「市民的抵抗」だらけ。これは,市民の諸権利が形式的に合法的な手段では守られないことが少なくなかったからである。形式的合法性(legality)よりもむしろ実質的正当性(legitimacy)に訴える。日常茶飯事だったから,あえて「市民的抵抗」として理論化する必要がなかったのかもしれない。

そのネパールで「2015年憲法」が制定された。民主的な法制度や政治制度を定めた世界最高水準の憲法。その憲法に基づき2017年には連邦,州,市町村の選挙も実施された。形式的合法性のための諸制度は,ほぼ実現された。

ネパールの次の課題は,この形式的合法性により実質的正当性を実現していくこと。憲法の実践ないし具体化。

この2015年憲法体制の下で,皮肉なことに,憲法と現実との矛盾は,むしろ以前以上に鮮明となるであろう。形式的合法性だけに依拠していては,実質的正当性が確保できない事例の先鋭化。そうした場合,闘いの理論的根拠として,「市民的抵抗」が要請されることになるであろう。ガンジーはどうも,インドは嫌い,などと言ってはいられない。

その現代ネパールにおける「市民的抵抗」の範例の一つとして,ゴビンダ医師の抗議ハンストは位置づけられてよいであろう。

 
■敵をも愛したガンジー/巨大ガンジー像の前で学ぶ学生と教師(ニューデリー,2010年3月撮影)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/22 at 14:55

南アジア中印オセロ対局,ネパールの「目」は中国に

2017年ネパール選挙について,抜群に「明快」で,読んで「面白い」のは,『日経アジアンレビュー』の記事「新対局において中国がインドを包囲 次々と南アジア諸国を北京が勢力圏内に」:
 ▼Yuji Kuronuma, “China has India surrounded in their new Great Game: One after another, Beijing is pulling South Asian countries into its orbit,” Nikkei Asian Review, 19 Dec 2017.

[Yuji Kuronuma, “China Has India Surrounded In Their New Great Game: Nepal, Sri Lanka, Pakistan — Beijing is pulling South Asia into its orbit,” Spotlight Nepal, 20 Dec 2017. この『スポットライト-ネパール』掲載記事では,ネパールに加え,スリランカ,モルディブ,パキスタンなど他の南アジア諸国の状況についても分析されている。ここでは,ネパールのみを扱った『日経アジアンレビュー』掲載記事について,紹介・論評する。]

著者は,南アジアを「巨大なオセロ盤」に見立て,そこで中国とインドが盤上の「目(国や地域)」をめぐって陣取り合戦をしているとみる。

このオセロ対局で,いま勝利を手にしつつあるのが中国。「つい最近,北京の勢力下にはいった目は,2018年初に親中政権が発足する見込みのネパールである。これは,地域二大国の間の定位置にいたヒマラヤのこの国にとって,大きな変化となる。ネパールのこれまでの政権は親印の立場を維持してきたからだ。」

むろん著者も,ネパールはなおインドとの関係が特に経済や出稼ぎ労働の分野で大きいことは認める。が,中国は道路や鉄道のネパール延伸などインフラ投資を積極化,ネパールへの接近を図っている。「UML幹部らもニューデリーの『管理統制』からの離脱の意思を隠そうとはしない。」

インド情報機関[RAW?]のRSN・シンも,ネパールの政権交代は「中国の後押し」によるものであり,ネパールへの影響力拡大を狙う狡賢い中国の戦略の一部だと語ったという。

記事はこう結ばれている。「インド近隣で中国に引き寄せられている国はネパールだけではない。最近まで,近隣諸国の多くは手強い交渉相手であり,ライバル二大国を競わせ,より多くの経済的支援等の約束を獲得しようとしてきた。ところが,それらの国々が,このところすんなりと中国勢力圏内に入る動きをますます強め,インドをいたく狼狽させている。」

以上のように,この記事は南アジア政治を中印対局のオセロにたとえて説明するもの。たしかに白黒ハッキリ,「明快」でスッキリし,見て読んで「面白い」。が,南アジアの政治って,そんなものなのかなぁ? 白黒がしょっちゅう入れ替わったり,あいまいだったりするのが,南アジア政治の常態のような気もするのだが?

 ■Spotlight Nepal(20 Dec 2017)より。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/09 at 16:42

インドはネパールの真の友人たれ:SD・ムニ(2)

3.左派連合政権の課題
(1)UMLとMCの統一または連合維持
UMLとMCは,人民戦争で敵として戦った過去を持つだけでなく,政策の違いも多い。
・マデシの要求する憲法改正への対応の違い。[UMLは否定的,MCは肯定的]
・平和移行のための「真実和解委員会」ないし「移行期正義」についての考え方の違い。[UMLは肯定的,MCは消極的]
・大統領制の在り方についての考え方の違い。[UMLは現状維持の儀式的大統領制,MCは大統領直接選挙元首化]
・権力分有に関する考え方の違い。[有力ポスト争奪,状況により流動的]

しかし,これらの違いはあっても,UMLは,結局,MCと組まざるを得ない。それが,平和と安定と開発を実現せよという人民の意思に応えることになるのである。

(2)対印中バランス外交
左派連合が,中国主導によるブディガンダキ・ダム事業の再開を表明したように,これまで親中的であったことは事実だし,また中国も左派連合に大いに期待している。

「一帯一路発足以降,中国はオリやプラチャンダの開発計画への支援をてこに,その対ネ経済政策の拡大を図ってきた。中国は左派連合の勝利を期待していたし,また左派連合が一つの党に統一され,中国の対ネ政策や対ネ戦略を強力に支援してくれることも強く期待している。」

しかし,ネパールとしては,対中関係については,慎重であるべきだ。第一に,スリランカ,ミャンマー,モルディブ,パキスタンなどのように,対中長期債務のワナに陥るような事業は避けるべきだ。

第二に,インドの安全保障にかかわるような危険な事業には手を出さないこと。この点については,オリもプラチャンダも有能な経験豊かな指導者だ。「彼らは,印ネ関係特有の構造的制約や超えるべきではない危険ラインについて,十二分にわきまえている。」

オリもプラチャンダも,南と北の隣国とはバランスの取れた協力関係をつくり上げる,と繰り返し公言してきた。ネパールには,それが期待されるところである。

4.インドの対ネ政策の課題
(1)インドの対ネ政策失敗と左派連合の勝利
インドは,一連の不適切な対ネ政策により,ネパール・ナショナリズムに火をつけ,数十年来親印だったオリを離反させ,結局,反印的な左派連合を勝利させた。
・制憲過程への強引な介入。たとえば2015年9月には,制憲作業を中断させるため外務局長を送ったりした。
・2015年にはスシル・コイララ(NC)を支援してオリと対決させ,2016年にはプラチャンダ(MC)をUMLから引き離してNCと組ませ,オリを降板させた。
・マデシの憲法改正要求に応じないオリ政権に圧力をかけるため経済封鎖を強行した。

インドのこのような対ネ介入に対し,ネパールにはすでに,これに対抗できる「中国オプション」が開けていた。「オリは,インドの圧力に勇敢に立ち向かう強力な指導者というイメージを打ち立てることに成功した。今回の選挙結果は,こうした巧妙な彼の政治行動への報奨である。」

(2)不適切な対ネ政策
左派連合が勝利し「中国オプション」を手にしたネパールに対し,インドはこの新しい状況と折り合いをつけ,何とか巧くやっていくしかない。その現実を無視する次のような政策は,避けるべきだ。

i) 左派連合を崩壊させる策謀
インドの首相官邸,外務省あるいは他の官庁には,ネパール左派連合を崩壊させるのは容易だと考え,それを画策しようとする人々がいる。「これは,近視眼的な動きであり,インドの対ネ政策を破綻させるだろう。」左派連合は崩壊するかもしれないが,それはあくまでも内部対立によって自壊するのであって,外部からそこに介入すべきではない。

ii) ヒンドゥー教君主国への復帰画策
インド政権与党BJPの中には,ネパールをヒンドゥー教君主国に復帰させ,これをもって共産主義や中国に対抗させようとする動きがある。が,これは誤り。「彼らは,ネパールの人々が選挙により封建制やヒンドゥートヴァの諸勢力を粉砕した,その結果を直視し,そこから学ぶべきである。」

(3)真の友人たれ
「インドは,これらの破滅的冒険ではなく,左派連合がネパール人民に安定と良き統治をもたらすことができるよう支援すべきだ。インドは,言葉ではなく行動によって,ネパール人民の真の友人であり,ネパール開発への協力を誠実に望んでいることを自ら積極的に実証していくべきである。」

[補足追加(1月8日):SD・ムニ「もしインドが信頼に足る開発協力国と納得させることができなければ,ネパールにおいて中国の評価が高まることは間違いないであろう。」B. Sharma, R. Bhandari & K. Schltzdec, “Communist Parties’ Victory in Nepal May Signal Closer China Ties,” New York Times, 15 Dec 2017]

—–<以上,ムニ記事要旨>——————————-

ムニのこのネパール選挙分析は,ネパール民主政治の安定化という観点から左派連合の勝利を肯定的に評価するものであり,先に紹介したKM・ディクシトの選挙分析と共通する部分が少なくない。ネパールと印中との関係についても,両者の提言は基本的には一致している。ネパールのこれまでの民主化過程や現在の地政学的条件を踏まえるなら,彼らの選挙分析評価は,新政権への期待・激励の含意が多分にあるものの,基本的には妥当とみてよいであろう。

しかしながら,左派連合による民主政治の安定化は,必ずしも容易ではない。理念やイデオロギーよりもむしろ身内やコネ(アフノマンチェ)に起因する際限なき分派抗争はネパール政界の宿痾であり,選挙大勝といえども,それですんなりオリ政権成立となるかどうか? また,オリ内閣が無事成立しても,安定的に政権を維持できるかどうか? ムニが危惧するように,内部対立抗争の激化で自壊するのではないか? ネパール政界のこれまでの動向を見ると,いささか不安である。

対印中関係も難しい。ネパール史の常識からして,どの政権であれ,親印あるいは親中一辺倒ではありえない。ネパールは,長年にわたり印中二大国の間で巧妙にバランスを取りながら,曲がりなりにも独立を維持してきた。その意味で「バランス外交」はネパールの伝統といってよい。

しかしながら,グローバル化の大波はヒマラヤの小内陸国ネパールにも押し寄せ,ネパールを呑み込もうとしている。北からの「一帯一路」の大波と,南からの「一文化一地域」の大波の間で,ネパールはどうバランスを取り大波にさらわれるのを防ぐか? これも難しい。

この意味では,ムニのこの選挙分析評価も,KM・ディクシトのそれと同様,先述のように勝利した左派連合への期待・激励の意味もあるにせよ,やや楽観的に過ぎるといってよいかもしれない。

■『インドとネパール』表紙

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/07 at 14:45

インドはネパールの真の友人たれ:SD・ムニ(1)

ネパールの2017年選挙は,インドでも非常に関心が高く,多くの記事や分析がネット上にあふれている。左派連合大勝によるネパールの赤化,反印親中政権成立へ,といった一面的・感情的な記事が多いなか,SD・ムニのこの長文記事「ネパールの支配的勢力となった左派連合」は,バランスの取れた選挙分析であり,印政府への提言も冷静な現実的なものである。
S D Muni, “Left Alliance Now a Dominant Force in Nepal,” The Wire, 16 Dec 2017.

SD・ムニは,「防衛研究分析センター」(ニューデリー)名誉研究員,ネルー大学名誉教授。主な研究分野は国際関係論,安全保障論,南アジア地域研究。印ネパール学の権威の一人。ネルー大学,シンガポール国立大学,バナラシ・ヒンドゥー大学などで研究・教育にあたったのち,駐ラオス印大使など重要な外交実務も担った。「地域戦略研究所」(コロンボ)創立メンバー。主要著書(ネパール関係ほか):
 ・Foreign Policy of Nepal, 1973(2016)
 ・India and Nepal: A Changing Relationship, 1992
 ・Maoist Insurgency in Nepal, 2003(2004)
 ・India’s Energy Security, 2002
 ・Creating Strategic Space: China and Its New ASEAN Neighbours, 2003
 ・India’s Foreign Policy: The Democracy Dimension, 2009

以下,ムニの上記ネパール選挙分析記事の要点を紹介する。


 ■SD・ムニ(防衛研究分析センターHP)/『ネパールの外交政策』表紙/『ネパールのマオイスト反乱』表紙

—–<以下,ムニ記事要旨>——————————-

1. 左派連合の勝因,NCの敗因
2017年国会・州会選挙では,統一共産党(CPN-UML:UML)とマオイスト(マオイスト・センター,CPN-MC:MC)からなる左派連合が大勝,国会(連邦議会)下院の圧倒的多数派となり,州議会でも7州のうちの6州で強固な第一党となる見込み。選挙前夜急造にもかかわらず,左派連合が大勝できたのは,なぜか?

(1)党首のカリスマ。UMLのKP・オリとMCのPK・ダハル(プラチャンダ)は,ともに雄弁で,政治的機知に富み,強力な組織を持ち,統率力も豊か。カリスマを持つ2党首が,「ネパール人民に安定,平和,繁栄を実現すると訴えた」こと。

(2)UMLとMCは,人民戦争で激しく敵対していたので選挙協力は実際には難しいのではないかとみられていたが,選挙が始まると予想以上に協力がうまく出来たこと。

(3)NC党首の不人気。現議会第一党で政権党のコングレス党(NC)は,党首SB・デウバ首相の弁舌が貧弱で,左派連合のNC批判に効果的に反論できなかった。

(4)NC選挙キャンペーン作戦の失敗。NCは,選挙戦を通して,左派連合は全体主義だと非難攻撃したが,まったくの的外れ。UMLやMCは,これまでに党内から極左を排除する一方,政権担当も経験,民主化し他党との権力分有の術を学び取ってきた。

また,NCはUMLがマオイストと組むことを批判したが,選挙直前までは,NC自身がマオイストと連立しており,これも説得力はまるでなかった。

その一方,NCは開発計画についてはほとんど触れず,また自党による開発成果も十分には訴えられなかった。

(5)NCと他の諸党との選挙協力の失敗。NCは,左派連合に対抗するため,マデシ系や他の非共産党系諸党との選挙協力を試みたが,いずれも失敗。

(6)マデシ系諸党は,いくつかの選挙区で予想以上に善戦したものの,いつもの分裂・乱立に陥り,結局,左派連合の大勝は阻止できなかった。

(7)国民民主党(RPP)など,立憲君主制ヒンドゥー教国家への復帰を唱える諸党の惨敗。多くの党幹部が落選し,比例区でも3%以下となり全国政党の資格喪失。

2.ネパール人民の選択は「新しいナショナリズム」
左派連合の大勝は,ネパール人民が「共産主義」を選択したことを意味しない。選挙で示されたネパール人民の意思は,「新しいナショナリズム」である。

「この新しいナショナリズムは,政治の安定と平和,速やかで総合的な開発,そしてインドに対する正当な権利の主張の三つを柱としている。」「新憲法を採択したネパール人民は,いま秩序と安定と開発を求めているのである。」

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/06 at 15:25

左派連合政権への期待:KM・ディクシト

ネパール議会選挙については,従来とは比較にならないほど多くの報道がなされ,しかも長く詳細なものが少なくない。

論調は,この2週間ほどで,かなり変化した。開票が進み左派連合の勝利が明らかになると,各メディアは,左派連合の地滑り的圧勝,ネパールの赤化,親中共産党長期政権の成立へ,インドの対ネ政策の失敗などといった,一方的な趣旨のセンセーショナルな記事があふれた。

しばらくすると,コングレス党(NC)の比例制での善戦が明らかになったこともあり,親中左派連合完勝といった一面的な報道を修正し,新政権の構成や対印・対中関係の在り方などと関連付けた冷静な分析が現れ始めた。

ここでは,この間のおびただしい様々な報道にすべて目を通し総合的に論評することは困難なので,いくつか注目すべき記事を選び,紹介することにしたい。

まず最初に取り上げるのは,ネパールの代表的知識人の一人,カナク・マニ・ディクシト「民主主義安定への正道」
 ▼Kanak Mani Dixit, “High Road to Democratic stability,” The Hindu, 18 Dec 2017


 ■K. M. Dixit(Twitter) / K. P. Oli(FB) / S. B. Deuba(FB)

——<以下要旨>———————–
国会・州会ダブル選挙で左派連合が快勝し,中央と,7州のうちの6州で左派連合政権成立の可能性が高くなった。野党弱小化に懸念はあるものの,これで安定政権は得られることになった。

ネパール人民は,2006年人民運動,コミュナル紛争解決,2015-16年経済封鎖克服などを通して,この10年間で政治能力を向上させており,新憲法へのインドの反対も,人民意思の力により克服することができた。

新憲法は,立法・行政・財政などの諸権限を2階層ではなく3階層の「政府(सरकार)」に分割付与するものであり,これは「南アジアにおける革新」といってよい。憲法によれば,代議政府が国家(連邦政府)に加え,7つの州,17の市,276の町,460の村に設置される。これにより,長きにわたったカトマンズ中央集権と地方代議政府なしの20年間は,ようやく終わりを告げることになる。

このネパール政治の変革は,統一共産党(UML)オリ議長の手腕によるところが大きい。オリ氏は,ダサイン休暇中に,マオイストのカマル・ダハル(プラチャンダ)議長と交渉,国会・州会の獲得議席の40~60%割当を約束し,マオイストをコングレス党との連立から離脱させ,左派連合を成立させた。インド経済封鎖と果敢に闘ったナショナリスト,オリ議長は雄弁家であり,演説下手のデウバNC議長では到底太刀打ちできない。共産主義は民主主義の敵だなどという非難攻撃は,デウバ議長自身がつい最近までマオイストと連立を組んでいたのだから,まったく説得力がなかった。

オリ氏は,国民の支持を得て選挙で大勝,いまや最強の指導者となった。新しい規定によれば,新政府に対する不信任動議は2年間は提出できないので,オリ氏は5年の首相任期を全うしそうだ。そうなれば,ネパール近現代史初の長期政権首相となる。

オリ氏は,前の首相在任中に移行期正義を大きく前進させた。もしそれを継承し,完結させることが出来るなら,オリ氏は,「自由民主主義(リベラル・デモクラシー)の勝利」をもたらすことになろう。

オリ氏は,民主政治を安定させ,経済発展を図らなければならない。また,政権安定をバックに,対印関係を修復し,中国とはおもねることなく互恵関係をさらに発展させるべきだ。

国際社会においては,オリ氏には長い専制や紛争のため失墜してしまった信用の回復が期待されている。「オリ氏には,1950年代のB・P・コイララの頃のような国際社会におけるネパールへの尊敬を取り戻すチャンスがある。なお残る様々な問題が解決されれば,ネパール大統領の官邸と住居をシタル・ニワスからナラヤンヒティ元王宮に移すことも可能であろう。」

オリ新政府には,いくつか大きな難問が控えている。一つは,統治が憲法により連邦・州・地方の三階層に分権されたが,政治家や官僚がこれに抵抗すること。新設の最高裁憲法裁判所に訴訟が殺到する恐れがある。

また,この10年間,規律なき「合意による統治(コンセンサス・ガバナンス)」が拡大し,国庫は空になってしまった。統治機構複雑化による経費増大や,莫大な震災復興費,インフラ整備費などにどう対処するか?

また,新設7州のうち第1州(東部)と第3州(カトマンズ盆地など)の経済力は,他州と比べはるかに大きい。州間の大きな経済格差をどう解消していくか?

さらに,連邦政府,州政府,地方政府が権力乱用する恐れも多分にある。そうした場合,市民社会はどう監視し,権力乱用を阻止するか?

結局,それは憲法の理想をどう実現していくか,ということだ。「経済的,政治的,地政学的諸課題を背負い,未知の海図なき世界に出ていく社会には,2015年ネパール憲法に規定する民主的で,包摂的な,社会正義指向の諸理想を実現することが求められているのである。」
——<以上要旨>———————–

KM・ディクシトのオリ評価は,デウバ現首相の低評価とは対照的に,極めて高い。ただし,それはこれまでの実績を踏まえてというよりは,むしろ今後の改革への期待という意味合いのほうがはるかに大きい。

オリ政権の発足は,上院選挙との関係で,まだいつになるかはっきりしないが,いずれ成立することはほぼ間違いない。そのオリ新政権がKM・ディクシトの期待に応えられるかどうか,注目されるところである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/12/24 at 21:37

中印の対ネ政策:「一帯一路」vs「一文化一地域」

KR・コイララの「リパブリカ」記事(*1)によれば,中国の「一帯一路(One Belt One Road: OBOR)」に対し,インドは「一文化一地域(One Culture One Region: OCOR)」で対抗しようとし始めたという。これは興味深い指摘だ。

■中国「一帯一路」(UNDP in Nepal Twitter 2017-05-14)

1.中印とネパール下院選
中国とインドは,いまネパール下院選(投票11月26日/12月7日)に従来見られなかったほど大きな関心を示している。

一つは,中印にサンドイッチのように挟まれたネパールが,政治経済のグローバル化とともに,両国にとって地政学的にますます重要になってきたこと。そして,もう一つは,それと関係するが,今回の下院選はネパール新憲法(2015年憲法)による初の選挙であり,選出議員は任期5年,新体制の今後の方向性を決める重要な役割を果たすとみられていること。選挙でどのような政権が生まれるか,それを中印は注視しているのである。

選挙結果は,開票を待たねばならないが,いまのところ統一共産党(CPN-UML)とマオイスト(CPN-MC)を中心とする左派連合が優勢。もし勝利すれば,共産党系諸党は合同して一つの共産党となり,安定政権の樹立を目指すことになる。

2.親中の左派連合
選挙優勢を伝えられる左派連合は親中とされ,中国もその勝利を期待しているという。歴史的にみると,UMLやマオイストが親中一辺倒であったわけではないが,少なくともここ数年,中国寄りになってきたことは確かだ。

特にUMLのオリは,首相だったとき,中国との間で重要な協定をいくつも締結した。そして,インドによる事実上の国境封鎖の際は,対印強硬策を貫き,中国接近を際立たせた。

左派連合の選挙マニフェストにも,たとえばネパールに不利な「1950年印ネ平和友好条約(通商・通過条約)」を破棄し,新条約を締結することが目標として掲げられている。

3.ブディガンダキ・ダム問題
親中左派と親印コングレス党との確執を象徴するとされる最近の事例の一つが,ブディガンダキ・ダム問題(*3)。

ネパールは,プラチャンダ首相(マオイスト)のとき,ブディガンダキ水力発電事業を中国国有企業に請け負わせ,中国政府にはこれを「一帯一路」計画に組み込んでもらうことにした。中国政府はこの要請を受け入れそれを「一帯一路」に組み込み,中国企業も事業準備を進めてきた。

ところが,下院選直前の11月中旬,デウバ首相(コングレス党)は,突然,中国側との合意を取り消し,ブディガンダキ水力発電事業をネパール電力公社に担当させると発表した。一方,インド企業が中心となっているアルン3・上カルナリ水力発電事業の方は,予定通り推進すると決めた。

このデウバ内閣決定に対し,中国側は,それは中国企業の正当な権利の侵害であり,反中国政策に他ならないと激しく反発している。

4.インドの「一文化一地域」
このような中国との対立競合の激化を背景に,インドでは,RSS系の人々を中心に,「一文化一地域(OCOR)」政策を推進し始めたという。南アジアは宗教的・文化的な基盤を共有しているので,これを再確認し強化していくという考え方である。
▼プーリ駐ネ印大使
「印ネ両国民の社会的,宗教的,文化的結びつきは,われわれの比類なきユニークな関係を示している。」(*1)

インドの「一文化一地域」は,ソフトパワーとしての「文化」に注目するものであり,ネパールでは文化祭の催行,文化施設の建設,遺跡の復旧などを支援し,また人的には両国民交流の活発化を図る政策である(*1)。

たとえば,モディ政府は,ネパールを「休暇旅行」の対象国にした。印政府職員がネパール旅行をすれば,休暇とチケット代が支給されるという(予算額等詳細不明)。これは,事実上ヒンドゥー教巡礼の勧めと見てよいであろう。またカトマンズ=バナラシ,ルンビニ=ブッダガヤ,ジャナクプル=アヨダヤなど,友好都市関係の強化も謳われている。

そして,印ネ国民交流の活発化が図られるのだから,交通インフラの改善も提案されている。カトマンズ=ニューデリー間バス便の開設に加え,国境付近の鉄道網の拡充が計画されている。たとえば,ルンビニ⇔ブッダガヤ,ジャナクプル⇔アヨダヤ,ビラトナガル⇔ジョグバニなど。

5.経済に文化で対抗できるか?
「一文化一地域」には鉄道建設なども含まれているが,前面に立てているのは「文化」であり,その中心は宗教,とりわけヒンドゥー教ということになろう。

たしかに南アジアにおいて宗教は大きな力を持っているが,しかしそれで経済ないしマネーに対抗できるのだろうか?

むろん,この「一文化一地域」については,RSS系の人々を中心に唱えられているが,実際に政府政策にどの程度採り入れられているかなど,具体的なことはまだよく分からない。どう展開するのか,注視していたい。

*1 Kosh Raj Koirala, “India turns to social-cultural ties as China steps up role in Nepal,” Republica, 26 Nov 2017
*2 “RSS’s counter to OBOR: One Culture One Region,” The Indian Express, July 24, 2017
*3 Kamal Dev Bhattarai, “Why India and China are Watching Nepal’s Election,” The Diplomat, 01 Dec 2017
*4 「ネパール 新印か親中か 新憲法下,初の下院選」毎日新聞,2017.11.27
*5 「中印の間で揺れる小国ネパール 26日に下院選,親中政権誕生の可能性」,sankei.com, 2017.11.26
*6 「ネパール総選挙,投票始まる 親中政権誕生なるか」,nikkei.com. 2017.11.26

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/12/07 at 23:07

中ネ交通インフラ建設,印がますます警戒

中国が,チベットからネパールに向けての交通インフラ建設を加速させている。9月15日には,シガツェ和平空港(軍民共用)からシガツェ市内までの高規格道路が完成した。ラサからシガツェに至るG318号線の一部で幅員25m,イザというときには軍用機の離発着が可能だそうだ。

 ■シガツェ和平空港~シガツェ市(Google)

鉄道は,ラサからシガツェまではすでに完成しており,2020年までにその先の吉隆鎮(Kyrong, Gyirong, Kerung)まで延伸の予定。吉隆鎮からネパール側のラスワガディまでは30㎞ほど,カトマンズまででも120㎞余り。山岳地で難工事が予想されるが,すでに中国企業数社が事業化をネパール側に打診している。

この9月6~11日に公式訪中したKB・マハラ副首相兼外相も,このルートでの鉄道建設につき,中国側とかなり突っ込んだ話し合いをした模様だ。「一帯一路」のネパール経由ルートは,ラサ~シガツェ~ラスワガディ~カトマンズが本命となったとみてよいであろう。

 ▼シガツェから鉄道3線延伸,2030年までに(中国日報*3)
 

この中国南進に神経をとがらせているのが,インド。たとえば,国際政治学者のA・ルフ(*1)は,次のように指摘している。

「パキスタン,バングラデシュ,スリランカ,ネパールはいまや北京の衛星国家である。」
「ネパールは,旧シルクロードを今日に再生し名実ともに超大国になろうとする中国の大きな野望から最大の利益を得ている国の一つであり,これこそが,対印関係悪化を警戒しつつも,ネパールをしてインドをいら立たせても構わないという態度をとらせている理由である。」
「中国と南アジアとの経済関係は,『一帯一路』によりさらに強化され,これが安全保障関係強化にもつながるものとみられている。これを,インドは危惧しているのである。」(*1)

ネパールなどを「衛星国家」と呼ぶのはいささか言いすぎだが,「一帯一路」の旗を翻し,着々と南下する中国をインドが警戒するのは当然といえよう。

 ■吉隆鎮~ラスワがディ(Google)

*1 ABDUL RUFF, “China, Nepal to focus on cross-border Railway,” Modern Diplomacy, SEP 19, 2017
*2 Ramesh Bhushal, “Nepal dreams of railway linking China to India,” 中外対話,22.09.2017
*3 Cui Jia and Hou Liqiang, “Himalayan rail route endorsed,” China Daily, 2016-08-05
*4 Om Astha Rai, “The Tibet Train: China’s railway arrives in Kerung in 4 years, Nepal should get its border infrastructure in place by then,” https://nepalitimes.atavist.com/the-tibet-train
*5 “Feasibility study for railway projects in Nepal under way,” Himalayan Times, June 10, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/25 at 14:10