ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘インド’ Category

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(4)

3.動物供儀反対派の主張
動物愛護諸団体は,ガディマイ祭での動物供儀をやめさせるため大々的な運動を繰り広げてきたが,今年も阻止は出来なかった。それでも,彼らの反対運動は西洋を中心に支持を拡大しており,いずれネパール政府もガディマイ寺院も動物供儀廃止に追い込まれる公算は大とみざるをえない。

では,動物愛護諸団体が動物供儀に反対する理由は,具体的にはどのようなものであろうか? 以下,代表的な反対論をいくつか,重複もあるが,紹介する。

(1)国際人道的動物愛護協会(Humane Society International)
①ウェンディ・ヒギンズ(HSI報道担当)
「残虐な殺し方,それに疑いの余地はない。動物たちは,太刀のようなもので首を切り落とされる。悲惨なことに,動物たちは仲間の目の前で殺され,なかには自分の子供の目の前で殺される母親もいる。調査団が殺し方を直に目撃し報告しているところによれば,少なくとも水牛は多くの場合,すぐに落命することはない。苦しそうに幾度かあえぎながら,死んでいくのだ。」(*19)

■Humane Society International, HP

②HSI-印
「伝統と信仰のワナから抜け出せば,動物供儀が残虐な時代錯誤であることは自ずと明らかになる。倫理的ないし進歩的を自認する社会にとって,動物供儀は唾棄すべき呪いのようなものだ。
 道徳的根拠はとりあえず別にするとしても,動物供儀の禁止は,環境や経済の観点からも重要だ。供儀の場では,腐敗死骸や糞便が病原体を増殖させ,様々な人畜疫病を広めることになる。1995年にネパールで「小反芻獣疫(PPR,ヤギ疫病)が発生したが,これはガディマイに動物を集めたため流行したのだとみられた。動物供儀はまた,農業にとって大切な,健康な家畜の減少をもたらす。さらに,供儀参加者の多くは貧しく,その彼らにとって,動物を求め供儀するに必要な経費は途方もない額に及び,耐えがたい経済的重荷となる。
 それに加えて,このような動物供儀は動物への暴力を助長するものであり,大人も子供もそれを見ているのだ。多くの学者がはっきりと立証したように,暴力的な行為(対人間,対動物を問わず)を目にした人々は,子供も大人も,人間に対しても暴力的となる傾向がある。暴力をなくすことは,動物のためだけではない。それは,人間のためであり,この地域の中核的文化価値たる無殺生のためである。」(*7)
「何世代にもわたって迷信により正当化され伝統として受け入れられてきたこの種の儀式を止めるよう民衆を説得しなければならない。」(*7)

③アルカブラバ・バール(HSI-印)
「若い水牛たちが殺された水牛に躓きながら歩き,子牛たちは水牛が屠殺されるのを見つめ,また別の水牛たちは刃を逃れようとしたが,尻尾や後足をつかまれ,引き倒された。」(*8)

④ガウリ・マンレキ(HSI-印顧問)
「動物供儀は時代錯誤きわまる行事であり,現代世界では,そのようなことを喜ぶ国は一つもない。」(*3)

⑤アロクパルナ・セングプタ(HSI-印事務局長)
「国境でわれわれが多くの山羊,鳩,水牛を救ったので,信者らは以前のガディマイ祭のときより何千も少ない水牛しか買うことが出来なかった。今回は無血ガディマイを実現できなかったが,そのうち必ず,この身の毛もよだつ見世物を終わりにさせるつもりだ。」(*20)

■Humane Society International / India, FB 2019/12/05

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/31 at 10:31

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(3)

2.動物供儀禁止への動き
ガディマイ祭での動物供儀は,情報化の進展もあって,2009年度の大量供儀が生々しい写真や動画付きで大々的に報道されると,西洋の動物愛護諸団体や印ネの非暴力・非殺生(アヒンサー)主義者たちの激しい反発を招き,その結果,ネパール政府とガディマイ寺院は動物供儀に何らかの規制をかけざるをえなくなった。(以下,末尾参考文献参照)

ネパール最高裁は2014年と2016年,ガディマイ祭での動物供儀をやめさせるための措置をとるよう政府に対し命令を下した。さらに2019年9月にも最高裁が同様の措置命令を出し,これに基づき11月には文化・旅行・航空省,内務省,通信・情報技術省が動物供儀中止を訴えるアピールを出した。また,ガディマイ祭実行委員会自身も2015年,動物供儀をやめると決めた,と報道された。その結果,供儀動物は,2009年に比べると,2014年と2019年には大幅に減少した。

しかしながら,最高裁の動物供儀禁止措置命令や関係各省の中止アピールは単なる努力義務と解され,事実上ほとんど無視されたし,またガディマイ祭実行委員会の動物供儀中止発表も,実際には,寺院境内での水牛供儀を禁止しただけだとか,「平和の象徴としての鳩」は供儀しないということだなどとされてしまった。

さらに,インド最高裁は2014年から,ガディマイ祭への動物のインドからの持ち出しを禁止しているのだが,この禁止命令も十分な実効性は持ってはいない。参拝者も供儀動物も,依然として,その多くがインド側からなのだ。

ガディマイ祭は,激しい反対運動により供儀動物の数は減ったものの,今もって世界最大の動物供儀祭であることに何ら変わりはないのである。

動物供儀動画(「残虐」とされる画面あり,閲覧注意)
■Bloodless Gadhimai FB, 3 Dec.

(注)12月31日,一部追加修正。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/30 at 16:20

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(2)

1.2019年ガディマイ祭の概要
今年のガディマイ祭は,12月3日に水牛,翌4日に他の動物が供儀された。その供儀動物数は,報道によりかなり異なるが,おおよそ次の通り(*1,5,7,8,13,16,23,24)。
【参拝者]150万人以上
【警備要員]警官1千人,武装警官3百人
【供儀執行係]200人
【供儀動物]水牛 3千~6千5百(山羊,鶏等を含め総数?)
 [2014年 水牛 3千5百(山羊,鶏等を含め総数20万)]
 [2009年 水牛 1万(山羊,鶏等を含め総数25~50万)]

この150万人もの参拝者の約7割はインドから来た人々であり,供儀動物の多くも国境を越えインドから持ち込まれたものである。その意味では,ガディマイ祭は,ネパール人というよりもむしろインド人のための祭りという色彩が濃いとみてよいであろう(*25,26)。

ガディマイ祭において最も重要なのは,いうまでもなく水牛供儀である。今年も,数千頭の水牛が,寺院近くの柵で囲まれたクリケット場(ないしサッカー場)ほどの広場に集められ,12月3日,供儀係約200人によりククリ刀で次々と首を切り落とされていった。

供儀後の水牛については,頭は供儀数確認のため残し(確認後の扱い不明),胃腸など不要部分は穴を掘り埋めてしまう。肉や皮や骨は利用されるが,報道では具体的な利用方法がいま一つはっきりしない。
 ・肉は,供儀した人々がプラサド(供物)として食べたり持ち帰ったりする。皮は,寺院に納められて売却され,祭り経費に充てられる。(寺院高僧,Animal People Forum, 3 Dec)(*28)
 ・人々が持ち帰るか,商人に売却(Reuters, 4 Dec)(*14)
 ・カトマンズに運び,売却(New York Times, 6 Dec)(*23)
 ・インドとネパールの会社に売却(WIKI)
 ・持ち込み供儀した人々や他の参拝者らが食べたり持ち帰ったりする。(Animal People Forum, 3 Dec)(*27)
 ・チャマール(ダリット)の人々が持ち帰り,売ったり加工したりする。ただ,最近は,引き取り拒否が増加(Kathmandu Post, 2 Dec)(*10,28)

ネパールでも現在は,認可された処理施設で衛生的に処理された肉以外の取引は法律(Animal Slaughterhouse and Meat Inspection Act, 1999)で禁止されている。ガディマイ祭では,水牛以外に山羊や鶏が供儀され,大量の肉や皮が残される。冬で寒いから大丈夫とされ,供儀者や地域の人々が周辺で食べたり持ち帰ったり,あるいは商品として売買しているようだが,これには法的にも衛生的にも問題があるとされている。

■2019年ガディマイ祭FB(12月4日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/29 at 17:43

ゴビンダ医師のハンスト闘争(24)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 
④強制摂食:いくつかの事例 A. 西洋近世・近代の奴隷と病人 B. イギリス

C. アメリカ もう一方の人権と民主主義の国,米国では,いまでも強制摂食が合憲・合法とされ,刑務所や収容所でしばしば実施されている。

米国では,自己決定権ないし「独りでいる権利」が「プライバシー権」として広く認められているが,そこには「自殺の権利」までは含まれてはいない(末期患者尊厳死は別問題)。また,国家には秩序維持の権利義務があり,そのために必要な場合にはプライバシー権の一部を制限することが出来る。ハンストをする権利は,そうした制限可能な権利の一つであり,必要な場合には,ハンスト死防止のための強制摂食が認められるとされている。

米国刑務所での強制摂食としては,早くには1917年,ニューヨークの刑務所内でハンストをした女性産児制限主義者に対し,実施された。以後,強制摂食は継続され,たとえばコロラド州の刑務所では,2001~2007年に,少なくとも900回の強制摂食が実施されたという。そこでは2014年にも,ハンストをした8~9人に対し,強制摂食が行われている。(*5)

さらにウィスコンシン州の刑務所では2016年,ハンストの3人に対し強制摂食が実施された(*15)。米国では,州により扱いは異なるが,刑務所での強制摂食はマニュアル化されているとみてよいであろう。

米国の強制摂食として最も悪名高いのが,米軍グアンタナモ収容所(キューバ)でのもの。グアンタナモでは,早くも2001年1月からハンストが始まり,最多の時は150人余がそれに参加した。このハンストについては,2013年までは報告されているが,それ以降は情報不開示となったため詳細不明。

グアンタナモ収容所は,いわば治外法権であり,収容者の扱いは残虐を極めた。ハンストにも,当然のように強制摂食が実施された。ここでは死ぬことは許されない。人間の最後の自由,死ぬ権利さえ奪われている。「核軍縮キャンペーン(CND)」は,2005年大会において,次のような緊急決議をしている。「大会は,グアンタナモの200人以上の拘留者によるハンストが摂食と鎮痛剤の強制により長期化し8週目に入っていることを懸念をもって指摘する。」

米国で,いま最も問題にされているのは,急増する難民・移民希望者に対する収容所や拘置所での強制摂食である。「移民関税局(ICE)」は,食事9回拒否でハンストと認定し,裁判所の許可の下,強制摂食を行っているという。

「ICEは,収容所収容者の生命を守り,収容所の秩序を維持していく。・・・・ハンストを行う収容者に対しては,その健康と安全のため,ICEは食物と水の摂取をきちんと見届けている。収容者のハンストが,生命あるいは健康にとって危険かどうかは,医療担当者が常に監視している。」(*1)

この2019年1月には,ICEテキサス収容所が,ハンストをしているインドとキューバからの難民申請者30人のうちの6人に対し,裁判所の許可を得て強制摂食をした。彼らは鼻から出血し,耐えがたい苦痛を訴えている(*8)。


■ICE強制摂食抗議デモ(NYT, 2019/01/31)/グアンタナモ強制摂食(Graphic News, 2013/05/01)

D. ロシア ロシアの刑務所では,ハンストに対し強制摂食が行われている。テロ等の罪で収監されたウクライナ人映画監督オレグ・センツォフは2018年5月から抗議ハンストを続けたが,この強制摂食を避けるため同年10月6日,ハンストをやめざるをえなかった。

E. 北朝鮮 北朝鮮教化所は2018年夏,看守に対する抗議ハンストを行った収監者2人に対し,ホースを口に入れ強制摂食させた。

F. イスラエル イスラエル議会は2015年,ハンストで抵抗するパレスチナ人収監者に対する強制摂食を合法化した。
■イスラエル議会強制摂食法制定(The Telegraph, 2015/07/30)

G. インド インドの人権活動家で「鉄の女」とも称されるイロム・ミャルミラが2000年,インド軍による住民虐殺に抗議しハンストを開始したのに対し,インド政府はチューブによる強制摂食を始めた。彼女は,これに耐え16年間もハンストを続けたが,闘争方針を変え州議会選挙に出て闘うため2016年8月9日,ハンストを終了した。


■Burning Bright: Irom Sharmila(Penguin, 2009)/シャルミラ-ハンスト10年目(Facebook, 2011/09/19)

*1 BURKE, GARANCE, “UN: US force-feeding immigrants may breach torture agreement,” AP,
*2 Burke, Garance and Martha Mendoza, “U.S. immigration officials are force-feeding detainees who’ve been refusing food at Texas centre,” AP, January 31, 2019
*3 DAUGHERTY,OWEN, “UN says US force-feeding detained immigrants may violate torture convention,” The Hill, 02/07/2019
*4 Greenberg, Joel K., “Hunger Striking Prisoners: The Constitutionality of Force-Feeding,” Fordham Law Review, Volume 51, Issue 4 Article 7, 1983
*5 Hsieh, Steven, “Colorado’s Federal Supermax Prison Is Force-Feeding Inmates on Hunger Strike: Solitary Watch reports that eight to nine prisoners are taking part in the strike, held at the federal government’s highest-security prison” The Nation, Feb 27, 2014
*6 Long, Clara “ICE Force-feeding Immigrant Detainees on Hunger Strike: Force-feeding is Cruel, Inhuman and Degrading,” Human Rights Watch, February 1, 2019
*7 Miller, Ian, A History of Force Feeding: Hunger Strikes, Prisons and Medical Ethics, 1909–1974, Springer Nature, 2016
*8 Stevens, Matt, “ICE Force-Feeds Detainees Who Are on Hunger Strike,” New York Times, Jan. 31, 2019
*9 “1910 Liverpool, Force-Feeding: The suffering of a suffragette,” Lapham’s Quarterly
*10 “Cartoon depicting force-feeding from The Daily Herald: Illustration depicts Asquith force-feeding an imprisoned suffragette,” British Library
*11 “Force-feeding,” Wikipedia
*12 “Force-feeding in English jails – a hidden history,” The University of Manchester, 5 Nov 2015
*13 “Force-feeding at Guantanamo Bay,” Graphic News, 05/01/2013
*14 “Prison officials force-feed inmates on hunger strike against solitary confinement,” RT, 29 Jun, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/28 at 18:04

ゴビンダ医師のハンスト闘争(15)

5.オリ共産党政権成立とその医学教育政策
(3)医学教育法案批判
 ①ガガン・タパ(コングレス党議員,元保健大臣)
 ②ディレンドラ・P・バドゥ(コングレス党議員)
 ③スシラ・カルキ(元最高裁長官)
 ④KB・マテマ(元「医学教育政策に関する上級委員会」代表,元トリブバン大学副学長,元駐日大使)
 ⑤ビシュヌ・P・アルヤル(ジャーナリスト)(以上前出
⑥カトマンズ・ポスト社説
ネパールの有力紙の一つ『カトマンズ・ポスト』は,7月16日付社説「悪しき処方箋:オリ首相公約は万人の繁栄保障だが,医学法案は一握りの人々の暴利をもたらすだけだ」において,政府案を完膚なきまでに批判している。少々長いが,重要部分を抜き書きしておく(“Wrong prescription: PM Oli’s stated goal is to ensure prosperity to all but medical bill will profiteer only a tiny section,” Kathmandu Post, Jul 16, 2018)。

「この法案[医学教育法案]がネパール全体の医学教育改善ではなく,少数の事業家や彼らとコネのある政党政治家に利益をもたらすことを第一の目的に起草されたことは,いまや周知の事実である。反対派を特に怒らせたのは,この法案が前回のKC医師ハンスト時に政府がすでに決めたことの撤回に他ならないからである。」

「政府がなすべきは,この法案を撤回し,各方面の意見を広く聴取し,それを修正することである。以前には,保健医療教育法案に関する意見聴取のためマテマ委員会が組織された。今回も,医学界の優れた人々を委員とする同様の委員会を組織すべきであろう。今の法案は致命的な損傷を受けている。政府と社会の間で合意を形成し信頼を回復するには,多大な努力が必要である。」

「オリ首相は,かつてネパール全人民の繁栄こそが第一の目標だと述べた。が,現在の法案は,ほんの一握りのネパール人が大多数の人々を犠牲にして利益を得るようなネパールを目指しているように見える。この法案が可決され法律となれば,貧弱な教育環境にもかかわらず多額の授業料を学生からとる医大の開設が可能となる。医大は首都や他の大都市にだけ開設され,貧しい地域には何の便益ももたらさないだろう。」

「オリは良い統治の確立を目指すとも言った。しかし,この法案はコネ資本主義と結託した法による支配の蔓延をもたらす恐れのあるものであり,悪しき統治の典型にほかならない。この法案が可決されれば,人々は政府への信頼を失い,公約の諸目標を実現する意思が政府にあるのか疑うであろう。この法案は撤回し,これ以上の先送りをせず,意見を広く聴き,改めて法案を起草しなおすべきである。」

参照ネパール医学士(MBBS)取得こそ,インド学生にとって最善の選択
なぜネパール医学士取得がお勧めなのか?
 ⇒提出書類準備が容易,ビザ不要,授業料が印・米・英・加などより安い,カリキュラムが印に近く高水準,TOEFL不要
ネパール有名医大の最低必要学費(2018年)
   医科大学[認可提携元大学]: 最低必要学費(1 Lakh=10万ルピー)
1 Nobel Medical College, Biratnagar [Kathmandu Univ] : 50 Lakh
2 Universal College of Medical Sciences [Tribhuvan Univ]: 55 Lakh
3 KIST Medical College, Imadol, Lalitpur [Tribhuvan Univ]: 46 Lakh
4 National Medical College, Birganj [Tribhuvan Univ]: 60 Lakh
5 Devdaha Medical College, Devdaha [Kathmandu Univ]: 45 Lakh
6 Nepal Ganj Medical College, Nepalganj [Kathmandu Univ]: 50 Lakh
7 Chitawan Medical College, Chitawan [Tribhuvan Univ)] : 52 Lakh
8 Birat Medical College & Teaching Hospital, Biratnagar [Kathmandu Univ]: 46 Lakh
9 Manipal College of Medical Sciences, Pokhara [Kathmandu Univ]: 50 Lakh
10 Lumbini Medical College & Research Cente, Palpa [Kathmandu Univ]: 45 Lakh

 

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/01/07 at 16:15

オリ首相就任と共産党統一

1.オリ首相就任
「統一共産党(CPN-UML)」のKP・オリ(खड्ग प्रसाद शर्मा ओली)議長が2月15日,ネパール第41代首相に就任した。

オリは,1952年2月22日,東部テラトゥム生まれのブラーマン。1970年頃から共産主義運動に参加,ジャパ闘争を闘い,73年から87年にかけ14年間投獄された。出獄後,UMLルンビニ地区代表(1990年就任)などを経て,UMLジャパ郡選出下院議員となり,党や政府の要職を歴任した。
・下院議員初当選 1991
・内相 1994-95
・副首相/外相 2006-07
・UML議長 2014.07-
・首相 (1)2015.10.11-2016.08.03 (2)2018.02.15-

2.共産党統一
オリUML議長が首相に就任できたのは,2017-18年の連邦議会選挙において,議会三大政党のうちの二党たるUMLと「ネパール共産党・マオイストセンター[マオイスト](CPN-MC)」が選挙後の統一を掲げ,安定と繁栄を訴え,選挙共闘により勝利したからである。

連邦議会代議院(下院)は議員定数275。このうちUMLは121(44.0%),MCは53(19.3%)の議席を獲得した。未曽有の大勝利である。

この選挙共闘の成功を受け,UMLとMCは選挙前に約束していた両党の統一に向け最後の詰めを行い,2月19日「7項目合意」に署名して一つの共産党となった。仮称「ネパール共産党(Communist Party of Nepal[CPN])」。

この新生「ネパール共産党」は,代議院(定数275)において174議席(63.3%)をもつ。これだけでも絶対多数を優に超えるが,もしマデシ系のRJP-N(17議席)かFSF[SSF]-N(16議席)の協力が得られるなら,三分の二を超え,憲法改正ですら可能となる。強力な安定政権の確立・維持に,形式的には十分な議席数である。

3.新生「ネパール共産党」の先行き?
しかしながら,新生「ネパール共産党」のオリ政権が強力な長期安定政権となるかどうかは,まだ何とも言えない。

(1)党名。新生政権党は「ネパール共産党(Communist Party of Nepal[CPN])」を名乗りたいらしいが,ネパールには共産党が多数あり,「ネパール共産党」もむろんすでに登録使用されている。看板にすぎないとはいえ,名は体を表す,おろそかにはできない。新党の名称はどうなるか?

(2)党是。「マルクス・レーニン主義」には異論はないが,「毛沢東主義(マオイズム)」はどうするか? 多数派のUML系は,もちろん由緒ある「人民多党制(複数政党制)民主主義」を党是とすることは当然と考え,譲る気はない。これに対し,人民戦争を戦い抜き事実上勝利したMC系は,多かれ少なかれ原理主義的な「毛沢東主義(マオイズム)」を放棄しはしないであろう。

(3)権益配分。議席,政府役職,党役職等の権益をどう配分するか? 政治闘争の赤裸々な本音部分。今回,MCが「ネパール会議派(NC)」との連立を解消してUMLに乗り換えたのも,NCがMCへの役職配分30-40%を拒否したのに対し,UMLは40%を約束したからだといわれている(*1)。身近な現世利益は現実政治を動かす大きな要因である。
*1 Kamal D. Bhattarai, “The (Re)Birth of the Nepal Communist Party,” The Diplomat, 21 Feb 2018.

新生「ネパール共産党」は,いまのところUML系6対MC系4の取り決めを守り,議席や主要な役職を配分しつつある。

党議長は,UML系のオリとMC系のプラチャンダ(PK・ダハル)が第一回党大会まで共同で務める(共同議長)。ただし,党大会がいつになるかは不明。

首相は,前半3年をオリ,後半2年をプラチャンダが務める。ただし,政権たらいまわし批判を恐れ,密約になっているともいわれており,約束通り政権が回されるかどうかは不明。

大統領と下院副議長はUML系,副大統領と下院議長はMC系に割り振る予定。

大臣ポストは,UML系11(61%),MC系7(39%)と,約束通り,6対4にきっちり割り振った(2018年2月24日現在)。しかし,これで不満はないのか? 以前であれば,大臣ポストをいくらでも増やし,ばら撒くことができたが,いまは憲法66(2)条により25大臣以下に制限されている。

(4)対印・対中関係。メディア,特に日本の新聞は,「親中安定政権誕生」などと書き立てているが,ネパールの対印・対中関係は,そう簡単ではない。

そもそも,いまや昇竜・中国を無視しては,世界の大半の国々は自国国益を守りえない。嫌中・日本ですら,中国無視や敵視は観念論,中国をよく観察し互恵関係を深めていかざるを得ない。ましてや国境を長く接し歴史的関係も深いネパールが中国に接近するのは,国益を考えるなら,当たり前。問題は,中国にどう接近し,どのような関係を構築していくかだ。

オリ首相はブラーマンで,もともと親印。親中の国王と闘い,14年間も投獄された。そのオリが,グローバル化の下での中国台頭により中国カードを手にし,使い始めたので,親中と見られているに過ぎない。国益第一なら,他の政治家であっても,多かれ少なかれ同じことをするはずだ。

一方,プラチャンダもブラーマンで,もともと親印。ネパール・マオイストは,中国共産党をニセ毛沢東主義者と非難し,激しく攻撃していた。中国側も,ときにはネパール体制側を支援しマオイスト弾圧に加担したことさえあった。いまはプラチャンダも中国に接近しているが,オリ同様,それは国益の観点からの戦略的な選択とみてよいだろう。

そこで問題は,オリ首相がたとえ戦略とはいえ,中国により接近した場合,インド筋が何らかの形で介入し,オリ政権打倒を画策するのではないかということ。そして,その際,働きかけのターゲットとなるのは,「ネパール共産党」反主流派のMC系,つまり親印・親マデシのプラチャンダではないか,ということ。

政権党「ネパール共産党」においては,オリ首相の率いるUML系が多数派。プラチャンダ率いるMC系は少数派であり,どうしても冷や飯を食わされ,不満がたまる。そこにインド筋が働きかけ,MC系の造反,連立組み換えによりオリ政権を崩壊させることは十分に考えられることだ。

事実,この数年の政権交代は,第三党マオイストによる連立相手組み換えによるものがほとんど。マオイストは2015年,UMLと組んでオリを首相とし,2016年には相手をコングレス党(NC)と取り換えてプラチャンダを首相とし,そして今度またUMLと組んでオリをふたたび首相とした。第三党のマオイストが,キャスティングボートを握っている。

そこにマデシ問題がらみでインド筋が介入してくるかもしれない。インドは,NC,マオイスト,マデシ系諸党の連携による親印政権を期待しているとみられている。

(5)移行期正義。「ネパール共産党」内のMC系の人々にとって,人民戦争期の重大な人権侵害をどう処理するか,つまり移行期正義の問題をどう解決するかは,個々人の浮沈に直接かかわる重大問題である。人民戦争期には,国軍,武装警察など政府側だけでなく,マオイスト側にも,重大な人権侵害に加担した人が少なからずいた。被害者側は,国際社会の強力な支援をバックに,責任者の処罰と損害賠償を求めている。これを受け,UML系も移行期正義の実現には肯定的である。しかし,もしオリ政権がこの問題に一歩踏み込めば,幹部を含め加害を疑われている人の多いMC系が激しく反発し,たちまち政権は動揺するであろう。オリ首相は,この難問をどう処理するか?

(6)憲法改正。マデシ系の人々は,インドの強力な支援をバックに,彼らの権利が認められるよう憲法を改正することを要求している。この要求に対し,MC系は肯定的,UML系は否定的。この問題は,インドが非公式国境封鎖を強行せざるをえなかったほど深刻。オリ首相は,この憲法改正問題をどう考え解決を図るつもりか?

以上のように見てくると,オリ内閣が親中長期安定政権になるかどうかは,まだいずれともいえないと考えざるをえない。今後の成り行きが注目される。


■オリ首相ツイッター(2月23日)/プラチャンダ議長フェイスブック(2月18日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/02/25 at 17:46

ゴビンダ医師の市民的抵抗,医学部長解任事件最高裁判決に対して(3)

4.市民的抵抗としてのゴビンダ医師ハンスト
(1)ハンスト支持
ゴビンダ医師が今回のハンストで訴えていることについては,賛成し支持する声が圧倒的に多い。

主要3党は,党としてではないが,幹部がそれぞれパラジュリ最高裁長官を批判し,ゴビンダ医師支持を表明した。またナヤシャクティ(新しい力)党のバブラム・バタライ(元首相)も,長文コメント「改革の闘い」(1月15日付リパブリカ)を発表,ゴビンダ医師の司法改革要求は全く法廷侮辱には当たらないと述べ,彼を全面的に支持した。なにかにつけ不仲のネパール諸党がこれほど意見の一致をみるのは,珍しい。

新聞各紙も,ニュアンスの違いはあれ,ゴビンダ医師の主張を支持している。「カトマンズ・ポスト」は1月10日付社説「見下げ果てた行為:最高裁は抗議の権利を行使したにすぎないKC医師の逮捕を命令した」において,次のように述べている。

「KC医師は,強く求められてきた医学教育改革のために,命がけで繰り返し闘ってきた。その平和を愛し腐敗と闘う改革の闘士が留置され,法廷侮辱容疑で法廷に引き出された。なんたるお粗末な決定か。」

(2)ハンスト反対
政界も市民社会もゴビンダ医師支持が圧倒的多数なのに対し,いわば身内の法曹社会は意見が割れている。

ゴビンダ医師支持の法律家も少なくないが,代表的法曹組織の「ネパール法律家協会(NBA[Nepal Bar Association])」は,法廷陳述後のゴビンダ医師釈放(後述)は歓迎しつつも,彼の最高裁攻撃の方法については,許されないと批判する。

NBAによれば,ゴビンダ医師は,最高裁長官に対し不適切な言葉で人格攻撃をし,ハンストで脅し,司法を混乱させている。ハンストはやめ,憲法の定める「司法委員会」などを通し問題は解決されるべきだ。「独立した司法の尊厳は守られなければならない」(“Bar unhappy with Dr KC’s protest, urges him to end hunger strike,” Kathmandu Post, 20 Jan 2018)。

このNBAの反対にも一理はある。憲法は第101(2)条で連邦代議院による最高裁長官弾劾を,また第153条では「司法委員会」による裁判官の資格審査や腐敗および職権乱用の調査・裁判を認めている。法治国家では,これが裁判官の責任を問う通常の法手続きであることに間違いはない。

しかしながら,もしこの裁判官弾劾手続きが,憲法の規定通り機能しない場合,市民はどうすればよいのか?

(3)市民的抵抗としてのハンスト
こうした場合,国家社会の構成員たる市民には,市民として悪政に抵抗する権利,すなわち「市民的抵抗(civil disobedience)」の権利がある。

ネパールでは,現行2015年憲法が世界最高水準の民主的司法制度を定めているが,残念ながら実際にはまだそれが規定通り運用されない場合が少なくない。今回のゴビンダ医師法廷侮辱事件裁判も,その典型である。

ゴビンダ医師は,パラジュリ最高裁長官の行為を職権乱用と確信し,自らの市民としての良心に基づき一人でハンストを行い,憲法の認める言論の自由を行使して長官を批判し辞任を要求した。

もしかりに彼のこの行為のある部分が法の定める異議申し立て手続きに形式的には反しているとしても,それは市民的抵抗として,近現代社会では正当な(legitimate)行為と認められるはずである。

ゴビンダ医師自身が,1月9日の法廷において,こう述べている。「私は,法廷侮辱罪のことはよくわきまえている。職務を正しく遂行する裁判官を尊敬してもいる。しかし,不当な判決を下し誤った行為をする裁判官に反論するのは,決して法廷侮辱には当たらない。それこそが,法廷を尊重することに他ならないのだ。」(“Dr KC: Criticism of controversial judgement not contempt of court,” Kathmandu Post, 10 Jan 2018)

ゴビンダ医師は,裁判官や判決の批判は法廷侮辱ではない,あくまでも合法的ないし合憲的行為だ,とここでは弁明している。これは「市民的抵抗」を根拠とする主張ではない。

しかしながら,ゴビンダ医師の対最高裁長官ハンスト闘争は,たとえ形式的には罪に問われようが正義のために命をかけて闘いぬく,それが市民としての義務であり,またそれこそが司法を本来の姿に戻すことになるという固い信念に基づくものだ。これは「市民的抵抗」に他ならない。

(4)「市民的抵抗」嫌いの市民的抵抗
「市民的抵抗」は,ガンジーが唱え実践したことで知られているが,なぜかネパールでは人気がない。ネパールはガンジー嫌い? インド嫌いが高じて「市民的抵抗」嫌いになってしまったのか? ここのところは,いまのところよくわからないが,いずれにせよネパールの政治や学界において真正面から「市民的抵抗」が掲げられ,あるいは議論されることは,少ない。

ところが,実際には,内容的には「市民的抵抗」に他ならない闘争が,各地で繰り返し行われてきた。「市民的抵抗」だらけ。これは,市民の諸権利が形式的に合法的な手段では守られないことが少なくなかったからである。形式的合法性(legality)よりもむしろ実質的正当性(legitimacy)に訴える。日常茶飯事だったから,あえて「市民的抵抗」として理論化する必要がなかったのかもしれない。

そのネパールで「2015年憲法」が制定された。民主的な法制度や政治制度を定めた世界最高水準の憲法。その憲法に基づき2017年には連邦,州,市町村の選挙も実施された。形式的合法性のための諸制度は,ほぼ実現された。

ネパールの次の課題は,この形式的合法性により実質的正当性を実現していくこと。憲法の実践ないし具体化。

この2015年憲法体制の下で,皮肉なことに,憲法と現実との矛盾は,むしろ以前以上に鮮明となるであろう。形式的合法性だけに依拠していては,実質的正当性が確保できない事例の先鋭化。そうした場合,闘いの理論的根拠として,「市民的抵抗」が要請されることになるであろう。ガンジーはどうも,インドは嫌い,などと言ってはいられない。

その現代ネパールにおける「市民的抵抗」の範例の一つとして,ゴビンダ医師の抗議ハンストは位置づけられてよいであろう。

 
■敵をも愛したガンジー/巨大ガンジー像の前で学ぶ学生と教師(ニューデリー,2010年3月撮影)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/22 at 14:55