ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘ネパール’ Category

世界でいちばん美しい村,大阪上映

「世界でいちばん美しい村」が,大阪の「第七芸術劇場」(淀川区十三)で,6月17日から上映される。石川梵監督らのトークショーも予定されている。詳しくは,同劇場HPをご覧ください。
 ●第七芸術劇場 http://www.nanagei.com/

世界でいちばん美しい村
「ネパール大地震で壊滅した村が、悪戦苦闘しながら復興を果たそうとする姿を捉えた感動のドキュメンタリー。貧しくともいつも笑顔のアシュバドル一家、村を支える一人の看護婦、神秘的な風習、ヒマラヤの大自然を舞台に繰り広げられるさまざまな人間模様を捉える。」(公式HPより)

■公式HPより

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/06/13 at 10:53

カテゴリー: ネパール, 自然, 文化

Tagged with ,

地方選:2大政党善戦と選挙運動の変化

地方選(5月14日投票)の開票はまだ少し残っているが,全体としてみると,2大政党,とくにUMLが善戦,マオイストは地盤のルクム,サルヤンなど地方で底力を見せたものの,市長,副市長レベルでは2大政党(UML,NC)の半分以下の当選者となった。

 政 党  市長  副市長(5月22日現在)
 UML   117  130
 NC    103  83
 MC    46   48
 RPP    1    5
 その他   6    8

プラチャンダ首相(マオイスト)は,前期地方選「成功」を手に近日中に辞任し,NCのデウバ党首に首相職を譲る予定。これによりNCとの連立が継続できれば,マオイストは連立与党としての様々な特権を維持できる。(後期地方選直前の首相たらい回しには批判も出ているが。)

今回の地方選は,選挙運動の変化にも注目されている。各党とも動画や応援歌をつくり,ネットにも掲載し,派手な選挙運動を繰り広げた。以下は,主要政党ユーチューブ映像の一部(ナヤシャクティ以外は動画)。


 ■NC(https://youtu.be/JGEgnmd7AZg) / UML(https://youtu.be/KF55n-7I2hw)


 ■MC(https://youtu.be/GDO-B-fHoW4) / Naya Shakti(https://youtu.be/BnaAfaObTFs)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/05/22 at 22:32

カテゴリー: ネパール, 選挙, 情報 IT

Tagged with

英米は口,中国は投票箱:ネパール地方選

15日の英国大使館に続き,米国大使館も,ネパール地方選につき,同様のコメントを発表した。

「合衆国は,・・・・選挙関係者すべての努力を評価する。・・・・前期地方選はほぼ平穏に実施されたと思われる。6月の後期地方選にあったっても,・・・・関係者すべての努力を期待する。後期地方選においては,正規外交官を含む国際社会が選挙を監視し支援できるよう,無制限の国際選挙監視を認めることを,合衆国はネパール政府に強く要請する。」(在ネ米大使館HP, 2017-05-16)

16日付「ネパリタイムズ」によると,選管は,このような外国による選挙監視を拒否していた。「外交官に連絡係をつけ,カトマンズの選挙を見て回らせた。ただし,見るだけで,監視ではない。だから報告は不要だ。」(選管職員) 6月14日の後期地方選でも,選管は外国による選挙監視は認めない方針。

また,この選管職員は,「英米政府は後期地方選のための適切な環境をつくれとネパール政府に要求しているが,これは後期地方選以前に憲法を改正せよということだ」と述べ,英米の選挙介入を厳しく批判している。

これに対し,中国政府については,選管職員は「中国は前期地方選を全面的に歓迎している」と述べ,その援助姿勢を高く評価している(Nepali Times, 2017-05-16)。

先述のように,今回の地方選のため,中国政府は1億4千4百万ルピー相当の援助をした。4月17日,駐ネ中国大使,選管委員長らが出席して贈呈式が行われ,ネパール側が要望したペン,スタンプ台,ゴム印,インキ,計算器,時計,ハサミ,糊などが選管に引き渡された(選管HP, 2017-04-18)。また,中ネ国境のラスワには,中国側から投票箱3万個が到着した。これらの投票箱は贈与ではないらしいが,それを差し引くとしても,投票箱ですら中国から,まさしく中国支援の地方選といった感じだ。

このようにみてくると,口は出すが金は出さない英米vs金は出すが口は出さない中国,といった構図だ。ネパール政府が中国を歓迎するのは当然である。むろん,中国がしたたかな政治的計算に基づきネパール地方選を支援していることは,言うまでもないことだが。

IDPG Statement On Elections (27 April 2017)
「われわれは,平和的,包摂的で,広く支持され,信頼される選挙を実施するため,すべての関係者と協力をする。」
 署名:英,米,独,仏,EU, デンマーク,フィンランド,ノルウェー,オーストラリア,UNネパール,世界銀行

 ■在ネ米大使館FB(2017-04-28)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/05/18 at 20:06

カテゴリー: ネパール, 選挙, 中国

Tagged with , ,

「一帯一路」喧伝のUNDPネパール

このところ「UNDPネパール(国連開発計画ネパール)」が,中国主導の「一帯一路」を連日,ツイッターなどで大々的に宣伝している。ネパール・メディアを見る限り,中国本国より国連の方が熱心にさえ見える。

UNDPは2016年9月19日,「一帯一路」を中国と協力して推進する了解覚書に署名した。そのための「行動計画」にも合意している。了解覚書に署名したヘレン・クラークUNDP総裁(元ニュージーランド首相)は,署名後,こう述べている。

「一帯一路計画(BRI=Belt and Road Initiative)」は,経済成長と地域協力のための強力な基盤(platform)であり,途上国を主とする40億人以上の人々を対象としている。・・・・それは,持続的発展のための重要な触媒となり,また加速装置ともなりうるものである。」(UNDP HP, 2016-09-19)

手放しの賞賛といってもよいであろう。権威あるクラーク総裁(在職:2009~2017年)が,こう号令をかけているのだから,「UNDP中国」はむろんのこと,「UNDPネパール」も「一帯一路,万歳!」となるのはごく自然な成り行きである。

これはやはり中国外交の勝利とみてよいであろう。UNDP拠出金(2016年)は,第1位=日本,第2位=EU,第3位=米国であり,中国は上位30位以内には入っていない。それなのに,米国は「アメリカ・ファースト」で国内向きとなり,米追従の日本も中国のような壮大な世界構想は示せない。

古来,世界の新たな秩序をつくり平和と繁栄を実現しようとするのは,新たな覇者。世界秩序の中心は,西洋から中国へと,いま大きく転換しはじめたのではないだろうか?


 ■UNDP in China HP/UNDP in Nepal Twitter(2017-05-14)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/05/16 at 20:34

百党斉放のネパール地方選挙

今日5月14日は,前後2回に分けて実施予定のネパール地方選の前期投票日。
 ●前期選挙 5月14日
  選挙実施州:第3,4,6州
  市町村数:283  有権者数:496万人
 ●後期選挙 6月14日
  選挙実施州:第1,2,5,7州
  市町村数:461  有権者数:910万人

今日投票の前期選挙は,カトマンズなど大都市が含まれているが,自治体数も有権者数も後期選挙に比べ,はるかに少ない。また,後期選挙地域は,インド国境沿いのタライや少数民族問題を抱える山地が多い。このような選挙方法の採択には,有力諸政党の政治的思惑が絡んでいるように思われる。

それはそれとして,選管発表の投票用紙を見ると,まさに百花斉放ならぬ「百党斉放」,さすが「何百もの花からなる我ら」を国歌とするネパールだ。このような「百党斉放」をどう見るか? 多文化包摂の理念への前進か,それとも政党に名を借りたコネ利権の露骨な政治的解放か? 成り行きが注目される。

▼地方選投票用紙(選管HPより)

 ■カトマンズ/カスキ


 ■ドラカ/ナワルパラシ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/05/14 at 12:43

カテゴリー: ネパール, 選挙, 政党

Tagged with

「一帯一路」にネパールも参加

「一帯一路(OBOR=One Belt One Road)」は,陸と海の現代版シルクロードによりアジア・中東・欧州を一つの緊密な経済圏にしようとする,中国主導の壮大な計画。その第1回国際会議が5月14-15日,北京で開催される。

ネパールは,すでに幾度かOBOR参加の意向を表明しており,プラチャンダ首相が3月に訪中したときにも直接その旨伝えたが,正式の了解覚書調印は今日(5月12日),ネパール外務省において行われた。北京開催のOBOR国際会議には,KB・マハラ副首相兼蔵相らが参加の予定。

OBORへのネパールの期待は大きい。了解覚書調印式に出席していたPS・マハト外相も,「道路と鉄道はネパールにとって重要であり,この分野への投資を期待している」と語っている。

一方,南隣のインドは,中国主導のOBORには消極的だという。しかし,ロシア,イラン,ネパール,スリランカなど周辺の国々はこぞって参加しそうだし,国際機関,たとえばUNDPも下掲のようなポスターをネットで拡散している。こうした状況で消極的,あるいは不参加となれば,インドは取り残されかねない。インドはどう動くか? ネパールにとっても気になるところであろう。

[追加]インド不参加。ドイツ,ハンガリー等は関係文書署名拒否(朝日新聞,5月17日)

 
 ■UNDP Nepal, Twitter, 12 May 2017/UNDP China(*3)

*1 “Nepal officially signs OBOR,” Republica, May 12, 2017
*2 “Nepal, China sign framework deal on OBOR,” Kathmandu Post, May 12, 2017
*3 Christina Pinna, “UNDP and China’s Belt and Road Initiative,” 19 Sep 2016 (isid.unido.org)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/05/12 at 19:08

紹介:名和克郎「近現代ネパールにおける国家による人々の範疇化とその論理の変遷」

これは,名和(編)『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相』(三元社2017)の第1章(p35-87)。近現代ネパールの憲法(広義)が原典資料にもとづき明快に分析・評価されており,私にとっては特に憲法史・憲法思想史の観点から大変興味深く読むことができた。以下,私見を適宜交えつつ,要点を紹介する。

1.集団的権利⇒個人的権利⇒集団的権利
この論文では,ムルキ・アイン(1854)から2015年憲法に至るネパールの広義の憲法が,D・ゲルナーの「集団的権利から個人的権利へ,そしてまた集団的権利へ」(同名論文2001)という図式を手掛かりとして分析・評価されている(p39,79)。すなわち――
 ・1854年ムルキ・アイン=「ヒエラルヒー的なカースト基盤モデル」
 ・1962年憲法=「開発的な文化均質化モデル」
 ・1990年憲法~2015年憲法=「多文化的な『異なっているが平等』モデル」

この図式は,ネパール憲法(国制constitution)の展開を俯瞰する場合,たしかに極めて明快で魅力的である。

2.ムルキ・アイン
「ムルキ・アイン(国の法)」は,ジャング・バハドゥル・ラナ[クンワル」が1854年に制定した法律。163項,1400ページからなる成文大法典で,国の在り方を決めているという意味では広義の憲法(国制constitution)である。このムルキ・アインについて,著者はこう評価している。

「国家のヒンドゥー性が強調され,全国統一のカースト的ヒエラルヒーによってネパールの全住民を不平等な形で一つの法の下に位置付けたこの法律[ムルキ・アイン]は,しかし,国境により閉ざされた一つの領域内に住む人々を統一的に支配しようとする点で,近代的な性格をも併せ持っていた。」(p77)

たしかに,ラナ宰相家統治は,ムルキ・アインによる統一的領域国家支配という意味では近代的であった。一方,ムルキ・アイン自体は,刑罰等の一部合理化はあるものの,大部分は伝統的ヒンドゥー法や既存の様々な社会慣行を整理し法典化したものであり,内容的には前近代的・封建的である。このムルキ・アインに基づくラナ家統治は,1951年まで続く。これを,全体として,どこまで近代的と評価するか?

また,この論文では,ラナ家統治末期から1962年憲法までの憲法についてはほとんど触れられていないが,憲法史的にはこの間にいくつかの憲法が制定されたことも無視できない。

1948年の「ネパール統治法(1948年憲法)」は,6編68か条の堂々たる成文憲法で,二院制議会や裁判所など近代的統治制度を定め,人身の自由,言論集会の自由,信仰の自由,法の前の平等,無償義務教育など近代的な諸権利をネパール市民(国民)個人に保障している。この憲法は,ラナ家統治崩壊から王政復古に至る政治的混乱のため,事実上,施行されなかった。

1951年王政復古後,新体制移行のため1951年暫定統治法(暫定憲法)がつくられ,そして1959年には公式にはネパール初の「ネパール王国憲法(1959年憲法)」が制定された。この憲法は,立憲君主制,二院制議会,議院内閣制など民主的な統治諸制度を定め,国民個人に,人身の自由,言論・出版の自由,集会の自由,財産権,平等権,自らの古来の宗教への権利など多くの権利を認めている。多くの点で近代的・民主的な立憲君主制の本格的な正式憲法であったが,残念なことにこの憲法も翌年(1960年)の国王クーデターにより1年余りで停止されてしまった。

なお,宗教,民族,カースト,性などによる差別の禁止は,1951年暫定憲法も1959年憲法も規定しており,またネパール語を国語とすることは1959年憲法が規定している。

このように,1962年憲法制定以前に相当程度近代的な成文憲法が制定されていたこと,またそのような近代的な憲法をつくりつつも,他方では前近代的・封建的なムルキ・アイン秩序を温存していたこと――これをどう評価するか? 憲法史的には,大いに関心のあるところである。

3.1962年憲法
1960年クーデターで全権掌握したマヘンドラ国王は,1962年,非政党制パンチャーヤット民主主義を理念とする「1962年憲法」を制定した。この憲法につき,著者はこう評価する。

「1962年憲法においては,ネパールがヒンドゥーの国家だという条文は存在するが,ジャートの違いに関するいわゆるカースト的な規定が全て姿を消し,全く逆に宗教,人種,性,カースト,民族による差別の禁止に関する条項が現れているのだ。」(p52)

「1950年代から1960年代前半にかけて,ネパールの法のあり方は根本的に変化した。ジャートによる扱いの差異は法律から消滅し,代わって国王とネパール語,ヒンドゥー教を中核とする国民国家ネパールの発展が目指されるようになった。そこで想定されたネパール国民は,ネパール語を話すヒンドゥー教徒たる平等な臣民であった。」(p56)

1962年憲法が,国王・国語・国教による強力な国民国家を目指していることは明らかである。中央集権的開発独裁。しかし,その一方,多言語・多民族のネパールでネパール語を国語と定め,特有の社会構造を持つヒンドゥー教を国教と定める憲法が,どこまで「個人の権利へ」(ゲルナー)を志向していたかについては,疑問が残る。

4.1990年憲法
1990年民主化により成立した「1990年憲法」は,著者によれば「画期的なもの」である。

「この憲法においてネパール史上初めて,ネパールの国民の民族的,言語的多様性がヒエラルヒー的合意抜きで明確に認められ,少数者の言語的権利が条文の中で具体的に示されたからである。」(p60)

しかし,そう評価しつつも,著者は,1990年憲法では依然としてヒンドゥー王国であり,西洋近代的な「信仰の自由」,ないし「個人が宗教を選択すること」は想定されていない,という留保をつけている。このことは,他の自由や権利についても,多かれ少なかれ言えることであろうか。もしそうなら,これは宗教以外の領域でも重要な意味を持つ指摘である。

5.2007年暫定憲法から2015年憲法へ
マオイスト人民戦争後,彼らの要求の相当部分をうけいれ制定された「2007年暫定憲法」と現行「2015年憲法」につき,著者はこう述べている。

「2007年暫定憲法では,ネパール国内の多様な人々の範疇が,『包摂』の対象として明確に現れることになった。こうした方向性は,2015年憲法においても基本的には引き継がれており,『包摂』は連邦共和制国家ネパールの主要原理の一つとなった感がある。」(p78)

こうして「包摂」が憲法の基本原理となれば,当然,包摂を求め「集団範疇の細分化」や多重化・多元化が進んでいく(p74-79)。これをどう評価するか?

また,すでに紹介した部分と一部重複するが,次のような指摘も重要である。
 
「宗教=dharmaについては,出自に基づく集団に帰属することが長く前提とされ,他人を改宗させることが禁じられてきたことから,『個人的権利』への十全な移行は一度も生じなかったと言える。そして興味深いことに,ジャナジャーティの運動家の多くは,ヒンドゥー教の強制には強く反対する一方,宗教=dharmaを集団的なものとする基本的発想を,多くのヒンドゥー達と共有してきた。自らの社会的文化的独自性に基づく集団的な権利の主張にとって,ネパールの宗教=dharma概念は確かに適合的ではある。」(p78-79)

著者は,この論文をこう結んでいる。ゲルナーは,多文化的な「異なっているが平等」モデルに「未だ実現されておらず,おそらく実現不可能な」という形容詞句をつけたが,「これはやや拙速な表現であった。・・・・ネパールの事例もまた,西洋的範疇を逸脱した変則的な例外としてではなく,様々な地理的歴史的制約のもとに展開しつつある一つの現在進行形の挑戦として,捉えられるべきである。」(p79)

多文化主義的「包摂」を前提とすると,これはネパールの「挑戦」の妥当な評価であろう。ただ「近代主義者」としての私としては,いまのネパール憲法論における「個人の権利」の理論的基礎づけの弱さが,どうしても気なる。自己規律なきエゴの主張は,事実として,いたるところに蔓延してはいるのだが。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/05/06 at 21:23