ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘ネパール’ Category

「陽春」の丹後:天橋立とネパール料理店

新年早々,所用で丹後の村に行ってきた。以前だと,この時期,厳寒で積雪も多かったが,地球温暖化のせいか,最近は,そのようなことはほとんどなくなった。この正月も暖かく,村の田畑に積雪なし。驚いたことに,民家の石垣に生えたユリらしき植物が満開の花をつけていた。
■石垣のユリ(?)

陽気に誘われ村の名所「大内峠」に行き,「股のぞき」をすると,日本三景の一つ「天橋立」が,まるで春霞に包まれたかのように,ぼんやりと中空に浮かんでいるのが望まれた。右手の高峰,鬼の住む大江山(832m)にさえ積雪なし。

5日には,近くの町のインド・ネパール料理店に行ってきた。小さな町だが,メニューを工夫し頑張っている。丹後の文化も,大きく変わりつつあるようだ。

■天橋立

■ネパール料理店

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/01/08 at 17:31

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(9)

【参考文献】
*1「世界最大のいけにえ祭り、ネパールで開幕 前回は動物20万頭が犠牲に」,jiji.com, 2019年12月04日 (AFP)
*2 Gadhimai Nepal, “Why To Visit Gadhimai Temple ?,” 2019/01
*3 Humane Society International, “Victory! Animal Sacrifice Banned at Nepal’s Gadhimai Festival, Half a Million Animals Saved: Gadhimai Temple Trust agrees to cancel all future animal sacrifice, urges devotees not to bring animals to the festival,”July 28, 2015
*4 Humane Society International, “Animal Slaughter at Gadhimai Festival
*5 Humane Society International / Nepal, “Animal welfare groups in Nepal join multi-faith rally to urge the government to ban religious animal sacrifice,” June 14, 2019
*6 Humane Society International / India, “Gadhimai devotees urged not to transport animals for mass sacrifice during Nepal’s Gadhimai Mela 2019,” March 30, 2019
*7 Humane Society International (HSI) India, “How We Stopped The Massacre Of Animals At Gadhimai
*8 Humane Society, “Animal sacrifice resumes at Gadhimai, Nepal, but on smaller scale,” December 6, 2019
*9 Heather Clark, “Hindu Worshipers Sacrifice Thousands of Buffalo to ‘goddess of Power’, During Nepali Gadhimai Festival,” Christian News, December 5, 2019
*10 “Gadhimai festival starts,” Himalayan Times, November 17, 2019
*11 “Around 8 million observers expected at Gadhimai Mela this year,” Himalayan Times, December 02, 2019
*12 “Despite protests from animal rights activists, tens of thousands of animals are being slaughtered in Gadhimai,” Kathmandu Post, December 2, 2019
*13 “More Than 5,000 Buffaloes Offered In Gadhimai Festival By Tuesday,” 03 Dec, 2019
*14 Upendra Yadav, “Over 1.5 million converge for Gadhimai Mela,” Republica, December 4, 2019
*15 Laxmi Sah, “Contempt of court case against govt, Gadhimai Trust for animal sacrifice,” Republica, December 4, 2019
*16 “Animal rights activists decry mass slaughtering at Gadhimai: Brutal massacre of tens of thousands of animals challenges the Supreme Court order, campaigners say,” Kathmandu Post, 2019/12/09/
*17 Hindustan Times, “Mass animal slaughter to honour goddess Gadhimai’s legacy begins in Nepal,” Dec 05, 2019
*18 Bhadra Sharma, “Nepal’s Animal-Sacrifice Festival Slays On. But Activists Are Having an Effect,” The New York Times, Dec. 6, 2019
*19 ARISTOS GEORGIOU, “THE LARGEST MASS ANIMAL SACRIFICE IN THE WORLD IS ABOUT TO BEGIN,” Newsweek, 11/27/19
*20 ARISTOS GEORGIOU, “WORLD’S LARGEST ANIMAL SACRIFICE SEES THOUSANDS OF BUFFALOES DECAPITATED,” Newsweek, 12/3/19
*21 Matt Coyle, “BLOODY MASSACRE World’s ‘largest animal sacrifice’ takes place at Gadhimai Hindu festival as thousands of buffalo slaughtered in Nepal,” 3 Dec 2019
*22 Gopal Sharma, “Thousands of animals sacrificed in Nepal Hindu ritual amid outcry,” Reuters, DECEMBER 4, 2019
*23 Samuel Osborne, “Gadhimai Hindu festival: World’s ‘largest animal sacrifice’ under way in defiance of ban,” Independent,
*24 “Nepal animal sacrifice festival pits devotees against activists,” The Guardian, 2019/dec/03/
*25 Gabriel Power, “What is the Gadhimai festival and why is it so controversial?,” The Week, Dec 5, 2019
*26 “Activists to Sue Nepal Govt for Failing to Stop Animal Sacrifice at Gadhimai Festival,” News 18, December 8, 2019
*27 WOLF GORDON CLIFTON, “Making Sense of Sacrifice: An Interview with the High Priest of Gadhimai,” Animal People Forum, DECEMBER 3, 2019
*28 Federation of Animal Welfare Nepal (FAWN), “GADHIMAI ANIMAL SACRIFICE – SHAME FOR NEPAL,” 2019/11/06
*29 Aashish Mishra, “The sacrifice of animal sacrifices: Appeasing the gods through blood-letting may slowly go out of fashion,” Nepali Times, October 12, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/01/05 at 23:21

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(8)

5.動物供儀の根源的意味
ガディマイ祭では,毎回,水牛だけでも数千~1万頭も供儀されてきた。見世物化・商業化し,衛生上も問題が多いといわれている。おそらく,そうであろう。

しかしながら,動物供儀には,「かわいそう」といって一方的に非難し拒絶して済ますことのできないような,歴史的・文化的・倫理的・宗教的な意味もあるのではないだろうか? 

たとえば,動物にも「人権」ないし権利を認め,「人道的」な扱いを求める動物愛護の主張の背後には,動物を食用や衣料用などに利用して生きているという厳粛な事実を直視したくないという人々の願望が隠されているのではないだろうか? あるいは,生物を理性の有無により峻別し,理性ある人間は,理性ある動物の「人権」を尊重し「人道的」に扱うべきだが,他の理性なき生物についてはそのような配慮は必要ないといった差別的生命観が,その主張の根源にはあるのではないだろうか?

穀物や動物の供儀は,日本を含め世界各地に古くからある。その挙行方法は多種多様だが,人々にとって最も大切な生命を神に捧げ,神に感謝し,その加護を願うという最も基本的な点では,みな共通しているように思う。あるいは,供儀後の穀物や肉を食べるのであれば,聖別された穀物や肉を神の前で―神から恵まれたものとして―食べ,他の生物の生命の犠牲により生きざるをえない人間の業―原罪―の許しを願う。さらには,そうした罪意識があまりないところでも,食物を神に捧げたあと,それを神の前で,神と共に食べる―神人共食―ことにより,人は神や食を共にする他の人々と親密に結びつき,神の加護の下で豊穣や子孫繁栄などを願う。このように,食物を神に捧げる慣習は,方法は異なれ,世界各地に古くからみられる。

さてそこで問題は,動物供儀が「反人道的」,「反人権的」で許されないか,ということ。動物供儀擁護派は,以上に見た限りでは,この問いに正面から答えてはいない。人々が供儀を望むから,供儀せざるをえない。あるいは,求められた供儀に応ずるのは,ヒンドゥー司祭の義務だなどと答えるのみ。逃げのよう見えてならない。

この問いにつき,私見を一言でいえば,たしかに「かわいそう」ではあるが,決して「反人道的」,「反人権的」ではないということに尽きる。

われわれ人間は,毎日,大量の動植物の生命を殺し食べて生きている。が,それら動植物の生命が奪われ食品へと加工される現場の人々以外は,生命が奪われる現場は見てはいない。動物も魚も野菜も穀物も,殺され,切り刻まれ,加工され,ビニールパックや小袋に入れられ,商品として美しく店頭に並べられ,売られ,買われていく。われわれ大多数の人間は,動植物の死骸を買い,調理して食べ,生きているにすぎない。その根源的な事実を,われわれは忌避し,見ようとはしない。

人間に食われる動植物の側からすれば,自分たちの唯一無二の生命が奪われるその峻厳な事実を見られ知られることもなく,自分たちの身体が切り刻まれ「おいしそうな」商品食品へと加工され,売買され消費されるのは,耐えがたく許しがたいことであろう。

動植物を殺して食べている事実をしかと見つめ自覚しつつ食べる人と,そこから目を背け,目の前の「おいしそうな」加工食品を食べる人。いずれが動植物の生命の「尊厳」を尊重しているのか?

むろん,そうはいっても,動物に無用な苦痛を与えてよいということにはならない。「熊いじめ」など,見世物化した「流血スポーツ(blood sports)」は,生命の弄びであり,許されることではない。また,逆に,動物の行き過ぎたペット化,愛玩化も,動物の本性・自然(nature)を否定しその尊厳を奪うものであり,決して許されてはならない。

では,ガディマイ祭はどうか? たしかにガディマイ祭にも,反対派が非難するように,見世物化した流血スポーツの要素が多々あるし,衛生面でも問題はある。そうした点は,今後,改めていかなければならない。

しかしながら,だからといって動物供儀そのものを「反人道的」とか「反人権的」とかいって禁止するのは,倫理的に道理が通らない。

ガディマイ祭反対派は,動物の代わりに「花」や「ココナッツ」を供えよ,と主張しているが,供えられる「花」や「ココナッツ」も大地に根を下ろす母体から切り離され「生命」を奪われているのだ。植物や微生物や昆虫や小動物らは,「自己意識」や「理性」をもたない(とされている)ので,人間の都合で殺してもよいということか?

不殺生(アヒンサー)は,徹底すると,生命あるものは何も食べられなくなる。人は生きるために何かを殺して食べざるをえない。あるいは,直接殺さなくても,食糧生産のため「害獣」,「害虫」,「雑草」,「病原菌」など無数の生物を「駆除」し殺している。人は他の生命の犠牲により生きている。だからこそ,その業ないし原罪の許しを請うため,いかに苦しく辛かろうが,死を直視する努力をし,神や仏や大自然など,自らの信じるもの,信じたいと願っているものに,祈るのだ。

ガディマイ寺院やダクシンカーリ寺院などにおいて敬虔に動物供儀を行うこと――それ自体は,決して禁じられるべきことではない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/01/04 at 15:41

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(7)

4.動物供儀擁護派の主張
  (1)マンガル・チョーダリ

(2)ラムチャンドラ・S・テリ(ガディマイ寺院運営委員会議長)
「われわれは,人々に供儀動物を連れてこいとは言っていない。人々が自分たちで連れてきたのだ。人々は伝統を守り,その結果,祭りがこれほど盛んになった。われわれとしては,大量の動物供儀を支持しもしなければ反対もしない。」(*12)
(3)ビレンドラ・ヤダブ(ガディマイ祭実行委員会事務局)
「人々は,動物を連れて,ここに来る。もし女神への約束を守らないと,何か悪いことが起こるに違いないと恐れている。われわれとしては,動物供儀を人々に勧めているわけではないが,さりとてそれを拒否することが出来るわけでもない。」(*18)
(4)ラム・A・ダス(供儀係?)
水牛30頭をククリで供儀した。「動物の首を切り落とすのは,いつも楽しみ(fun)だ。この伝統が悪なら,どうしてこんなに多くの人がここに来るのか?」(*18)
(5)ビシュワナート・カラワル(インドからの参拝者)
「私は,ガディマイ女神をとても尊敬している。だから喜んで,お供えをする。これは私たちが決めたことだ。」(*12)
(6)モハン・マイヤ・ジャー(パタンのヒンドゥー寺院司祭)
「人間供儀が,かつては最高の供儀だった――真の解脱(モクシャ)のためとなれば,躊躇させるものは何もなかった。しかし,人間の生命は,宗教的象徴主義をもってしてもあまりにも重く大切なものなので,人間供儀は動物供儀に置き換えられた。社会が発展し,時代が変わっていくと,動物供儀もまた,無くなるだろう。
[・・・・]
[しかし]宗教の伝統へは,介入すべきではない。抗議活動や裁判で,慣習が創られたり廃止されたりすることはない。」(*29)

5.地方機関の対応
(1)パニンドラ・マニ(バラ郡事務局長)
動物供儀を禁止すると,社会不安を招くし,またチャマール(ダリット)の人々への経済的打撃となる。禁止は難しい。(*24)
(2)ビカシュ・カナル(バラ郡警察署長)
「信者たちに動物供儀をやめるよう働きかけることはできるが,強制的にやめさせることはできない。」(*22)

■ダクシンカーリ―での動物供儀(Eyes on Nepal

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/01/03 at 10:04

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(6)

4.動物供儀擁護派の主張
新聞記事やネット配信では,動物供儀反対派の意見が圧倒的に多く,擁護派の意見はそれほど多くは見られない。管見の限りでは,最初に紹介する「動物と人々のフォーラム(Animal People Forum)」のインタビュー記事におけるガディマイ寺院司祭の説明がもっとも詳しく説得的であった。以下,このインタビュー記事を中心に,いくつか動物供儀擁護派の議論を紹介する。

(1)マンガル・チョーダリ(ガディマイ寺院高位司祭,ガディマイ祭始祖とされるバグワン・チョーダリの10代目子孫,2016年10月インタビューの記録)

「ヒンドゥーの伝統には,無殺生(アヒンサー)のようなものは何もない。パシュパティナート寺院に行ってみよ。そこでは毎日,9頭の水牛が供儀されている。われわれは,高裁や最高裁へも出廷し,この問題につき見解を述べた。わが方の弁護士は,法廷において,われわれの伝統を阻止しうる者は誰一人いないことを明確に論証した。
[・・・・]
最高裁は,われわれの主張を認める判決を下した。その判決文を,われわれは保有している。ネパール政府とガディマイ運営委員会および地域社会は,三者とも,最高裁判決に従うことに合意した。すなわち,動物供儀の日程を予告し,[動物検査のための]チェックポスト設置を公告し,これにより供儀の儀式をきちんと管理運営していくということだ。これにより人々は,一般の食用であれ供儀用であれ,いかなる肉を持ち込むのであっても,事前にそれをチェックポストで申告しなければならないことになった。[このように管理運営されることにはなったが]動物供儀そのものが禁止となったわけではない。・・・・
[・・・・]
寺院運営委員会には,供儀を止めさせる権利は全くない。・・・・われわれが,この伝統に従い供儀をやれと唆したり命令したりしているのではない――人々自身が願い,行っているのだ。何千もの供儀動物を連れてくる人々もいれば,お米を握りしめ持ってくる人もいる。
[・・・・]
人はみな,それぞれ異なる自分の文化を持っている。われわれは,お供えを持って来いと人々に呼びかけはしない――人々は,それぞれ自分自身の願いをもち,ここにやってくる。われわれは,ナワドゥルガとカーリーに犠牲を捧げる。すべての神々に動物を捧げるわけではない。
[・・・・]
すでに述べたように,人々は自分自身の希望で供儀動物を持ってくる。その彼らを打ち据え,追い払うようなことは,われわれにはできない。たとえわれわれが自分たちの力で動物持ち込みを止めさせることが出来るとしても,それで問題解決ということにはならない。政府高官ですら,動物を持ってくるのだ。聞くところによると,カトマンズへは,毎日,50~100台ものトラックが供儀用水牛を載せ運んでくる。ニワトリも同様。グルたちは,あちこちで,[もし供儀をしなければ]投獄してやると脅されてきた。私でさえ,かつて最高裁で,そう要求されたことがある。供儀を褒めたたえるのは,われわれではない。それは,彼らの選択なのだ。
[・・・・]
ネパール最高裁は,この祭りをもっと整然と行うため,共に力を合わせ協力すべきだと提案してくれた。
[・・・・]
悲惨なのはむしろ,カトマンズで毎日,動物が屠殺されていることだ。われわれは,[カトマンズの]5つ星ホテルに滞在したことがある。夕食や昼食には,チキン,卵,牛肉,羊肉が出された。われわれはベジタリアンなのに,ホテルはそのような料理を出したのだ。動物たちが,このように食材として扱われているのに,だれもそれを非難しない。そのくせ,彼らはわれわれを非難するのだ。
[・・・・]
ここには,人々がたくさんのお供えを持ってくる。われわれは,彼らの求めに応じなければならない。それは,カルマの命じるところである。われわれは,人々がここに持ってくる動物たちを供儀しなければならないのだ。
[・・・・]
ネパールの仏教徒は,自分では殺さなくても,肉は食べているのではないか。北部ネパールでは,彼らは動物を崖から突き落とし,動物が死ぬと,身体を切り刻み,食べてしまう。ネワール社会でも,人々は仏陀を拝んでいるが,毎日のように肉を食べている。もし殺さないとすれば,肉はいったいどこから来るのか? こういったことを,われわれは見てきたのだ。」(*27)

■Animal People Forum HP(*27)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2020/01/02 at 09:36

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(4)

3.動物供儀反対派の主張
動物愛護諸団体は,ガディマイ祭での動物供儀をやめさせるため大々的な運動を繰り広げてきたが,今年も阻止は出来なかった。それでも,彼らの反対運動は西洋を中心に支持を拡大しており,いずれネパール政府もガディマイ寺院も動物供儀廃止に追い込まれる公算は大とみざるをえない。

では,動物愛護諸団体が動物供儀に反対する理由は,具体的にはどのようなものであろうか? 以下,代表的な反対論をいくつか,重複もあるが,紹介する。

(1)国際人道的動物愛護協会(Humane Society International)
①ウェンディ・ヒギンズ(HSI報道担当)
「残虐な殺し方,それに疑いの余地はない。動物たちは,太刀のようなもので首を切り落とされる。悲惨なことに,動物たちは仲間の目の前で殺され,なかには自分の子供の目の前で殺される母親もいる。調査団が殺し方を直に目撃し報告しているところによれば,少なくとも水牛は多くの場合,すぐに落命することはない。苦しそうに幾度かあえぎながら,死んでいくのだ。」(*19)

■Humane Society International, HP

②HSI-印
「伝統と信仰のワナから抜け出せば,動物供儀が残虐な時代錯誤であることは自ずと明らかになる。倫理的ないし進歩的を自認する社会にとって,動物供儀は唾棄すべき呪いのようなものだ。
 道徳的根拠はとりあえず別にするとしても,動物供儀の禁止は,環境や経済の観点からも重要だ。供儀の場では,腐敗死骸や糞便が病原体を増殖させ,様々な人畜疫病を広めることになる。1995年にネパールで「小反芻獣疫(PPR,ヤギ疫病)が発生したが,これはガディマイに動物を集めたため流行したのだとみられた。動物供儀はまた,農業にとって大切な,健康な家畜の減少をもたらす。さらに,供儀参加者の多くは貧しく,その彼らにとって,動物を求め供儀するに必要な経費は途方もない額に及び,耐えがたい経済的重荷となる。
 それに加えて,このような動物供儀は動物への暴力を助長するものであり,大人も子供もそれを見ているのだ。多くの学者がはっきりと立証したように,暴力的な行為(対人間,対動物を問わず)を目にした人々は,子供も大人も,人間に対しても暴力的となる傾向がある。暴力をなくすことは,動物のためだけではない。それは,人間のためであり,この地域の中核的文化価値たる無殺生のためである。」(*7)
「何世代にもわたって迷信により正当化され伝統として受け入れられてきたこの種の儀式を止めるよう民衆を説得しなければならない。」(*7)

③アルカブラバ・バール(HSI-印)
「若い水牛たちが殺された水牛に躓きながら歩き,子牛たちは水牛が屠殺されるのを見つめ,また別の水牛たちは刃を逃れようとしたが,尻尾や後足をつかまれ,引き倒された。」(*8)

④ガウリ・マンレキ(HSI-印顧問)
「動物供儀は時代錯誤きわまる行事であり,現代世界では,そのようなことを喜ぶ国は一つもない。」(*3)

⑤アロクパルナ・セングプタ(HSI-印事務局長)
「国境でわれわれが多くの山羊,鳩,水牛を救ったので,信者らは以前のガディマイ祭のときより何千も少ない水牛しか買うことが出来なかった。今回は無血ガディマイを実現できなかったが,そのうち必ず,この身の毛もよだつ見世物を終わりにさせるつもりだ。」(*20)

■Humane Society International / India, FB 2019/12/05

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/31 at 10:31

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(3)

2.動物供儀禁止への動き
ガディマイ祭での動物供儀は,情報化の進展もあって,2009年度の大量供儀が生々しい写真や動画付きで大々的に報道されると,西洋の動物愛護諸団体や印ネの非暴力・非殺生(アヒンサー)主義者たちの激しい反発を招き,その結果,ネパール政府とガディマイ寺院は動物供儀に何らかの規制をかけざるをえなくなった。(以下,末尾参考文献参照)

ネパール最高裁は2014年と2016年,ガディマイ祭での動物供儀をやめさせるための措置をとるよう政府に対し命令を下した。さらに2019年9月にも最高裁が同様の措置命令を出し,これに基づき11月には文化・旅行・航空省,内務省,通信・情報技術省が動物供儀中止を訴えるアピールを出した。また,ガディマイ祭実行委員会自身も2015年,動物供儀をやめると決めた,と報道された。その結果,供儀動物は,2009年に比べると,2014年と2019年には大幅に減少した。

しかしながら,最高裁の動物供儀禁止措置命令や関係各省の中止アピールは単なる努力義務と解され,事実上ほとんど無視されたし,またガディマイ祭実行委員会の動物供儀中止発表も,実際には,寺院境内での水牛供儀を禁止しただけだとか,「平和の象徴としての鳩」は供儀しないということだなどとされてしまった。

さらに,インド最高裁は2014年から,ガディマイ祭への動物のインドからの持ち出しを禁止しているのだが,この禁止命令も十分な実効性は持ってはいない。参拝者も供儀動物も,依然として,その多くがインド側からなのだ。

ガディマイ祭は,激しい反対運動により供儀動物の数は減ったものの,今もって世界最大の動物供儀祭であることに何ら変わりはないのである。

動物供儀動画(「残虐」とされる画面あり,閲覧注意)
■Bloodless Gadhimai FB, 3 Dec.

(注)12月31日,一部追加修正。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/30 at 16:20