ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘ネパール’ Category

検察庁取調中のネパール人男性不審死事件

報告者: 高橋徹氏,川上資人弁護士,小川隆太郎弁護士,橘真理夫弁護士,伏見良隆医師
入管問題調査会 第7回定例会
日 時: 2018年11月9日(金)午後7時~
会 場: 文京シビックセンター 区民会議室3階会議室A

 *入管問題調査会FBより転載

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/09/24 at 16:06

カテゴリー: ネパール, 人権

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ネパール共産党とドゥンゲル恩赦(4)

5.平和か正義か?
ウジャン殺害事件が難しいのは,それが内戦としての人民戦争の中で,交戦中の一方の勢力たるマオイストの作戦の一環と見られる余地が全くないとは言い切れないからである。

人民戦争終結のための「包括和平協定」(2006年)には,戦時の諸事件は「真実和解委員会(TRC)」等の和平機関を設置し,そこで解決を図るとの取り決めもある。マオイスト側は,党幹部もYCLなどの傘下諸組織も,ウジャン殺害事件は人民戦争中のスパイ絡みの「政治的な事件」だから,TRCで解決されるべきだと繰り返し主張してきた。

それなのに,もしウジャン殺害事件が戦後,通常の裁判所で「刑事犯罪」として裁かれ処罰されることになれば,他の同様の行為も「刑事犯罪」となり,責任追及は他の党幹部にも及ぶ恐れがある。マオイストとしては,これはどうしても未然に防止しなければならない事態である。

他方,被害者側からすれば,ウジャン殺害は異カースト間結婚に絡む殺人であり,殺人事件として裁かれ処罰されるべきだし,たとえ仮に人民戦争の一環だとしても,ウジャン殺害は国際法が禁止する人道に反する虐殺行為であり,戦争犯罪として裁かれ処罰されるべきだ,と主張している。内外の人権諸団体は,この観点からウジャン側を一貫して強力に支援している。ウジャン側のこの主張も,もっともである。

ウジャン殺害事件は,理念的には,平和と正義の相克の問題である。平和と正義は,同時に実現されるのであれば,それが理想である。が,現実には,いくらそれを願い努力しても,そうならない場合が少なくない。

平和のため正義を,正義のために平和を,ある程度断念せざるをえない場合が,現実には少なくない。悲しく苦しく無念な事態だが,不完全な人間の業であり宿命として観念せざるを得ないのではないだろうか。

■カトマンズポスト2016-11-21

*1 British Embassy Kathmandu, “Information Pack for British Prisoners in Kathmandu Prisoners pack template – 2015,” 1 July 2015
*2 Rajeev Ranjan and Jivesh Jha, “Pardoning criminals: Nepal’s communism model?,” Lokantar, 2018-06-29
*3 “Students, cops clash in Tanahun,” Kathmandu Post, Jun 12, 2018
*4 Yubaraj Ghimire, “Next Door Nepal: Reading the reprieve Presidential pardon to Maoist leader points to the threat of authoritarianism,” Indian Express, June 4, 2018
*5 “New laws for pardon, waiver, suspension, commutation of sentence sought,” Himalayan, June 03, 2018
*6 “Investigation into war crimes gets tougher under new govt ‘Former rebels wielding new-found political influence to hinder probe’ , “ Kathmandu Post, May 31, 2018
*7 BINOD GHIMIRE, “Dhungel freed despite criticism,” Kathmandu Post, May 30, 2018
*8 Ananta Raj Luitel, “SC refuses stay order in president’s pardon for Dhungel,” Republica, May 30, 2018
*9 Binod Ghimire, “Nepal Communist Party leader Dhungel freed despite criticism,” Kathmandu Post, 30 May 2018
*10 “President pardons Dhungel, decision condemned,” Republica, May 30, 2018
*11 Yubaraj Ghimire, “Nepal President Bidhya Devi Bhandari, PM OLi under fire for pardoning Maoist murder convict Dhungel,” Indian Express, May 30, 2018
*12 “Nepali Congress objects to Dhungel’s release,” Himalayan, May 29, 2018
*13 “Murder-convict Dhungel gets presidential pardon,” Kathmandu Post, May 29, 2018
*14 “SC seeks govt file on Dhungel pardon,” Kathmandu Post, May 29, 2018
*15 “SC refuses interim order against govt decision to grant amnesty to Dhungel,” Kathmandu Post, May 29, 2018
*16 “SC to hear Dhungel’s case today,” Kathmandu Post, May 28, 2018
*17 “Hearing on govt decision to offer amnesty to murder-convict Dhungel on Monday ,” Kathmandu Post, May 27, 2018
*18 “Apex court show-cause to government on Dhungel clemency bid,” Kathmandu Post, May 26, 2018
*19 “Don’t misuse the presidential pardon,” Review Nepal, May 25 2018
*20 “Writ at SC against recommendation to waive remaining jail sentence of Dhungel,” Kathmandu Post, May 24, 2018
*21 Yubaraj Ghimire, “Nepal: Oli government prepares for clemency to ex-Maoist leaders serving jail term,” Indian Express, May 24, 2018
*22 “Republic Day pardon recommended for Balkrishna Dhungel,” Himalayan, May 22, 2018
*23 Kosh Raj Koirala, “New ordinance to extend term of TRC, CIEDP by a year,” Republica, January 4, 2018
*24 “Demonstration in Okhaldhunga demanding Dhungel’s release,” Kathmandu Post, Nov 1, 2017
*25 “CPN (MC) demands prompt release of Dhungel Kathmandu,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*26 “YCL demands immediate release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*27 “Murder convict leader Bal Krishna Dhungel arrested, sent to Dillibazaar prison,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*28 “Contempt of court writ filed against IGP Aryal,” Kathmandu Post, Oct 24, 2017
*29 “Court to govt: Arrest murder convict Bal Krishna Dhungel,” Kathmandu Post, Apr 14, 2017
*30 “Issue arrest warrant against Bal Krishna Dhungel: SC orders IGP Aryal,” Kathmandu Post, Apr 13, 2017
*31 DEWAN RAI, “Supreme Court asks police again to arrest Dhungel,” Kathmandu Post, Dec 26, 2016
*32 “Government eases criteria for clemency,” Himalayan, May 07, 2016
*33 “No amnesty to Bal Krishna Dhungel: SC,” Kathmandu Post, Jan 7, 2016
*34 Pranab Kharel, “SC to begin fresh hearing on appeal against Dhungel,” Kathmandu Post, Sep 5, 2014
*35 “Jail-sentenced former Maoist cadre arrested & jailed,” Kathmandu Post, May 13, 2014
*36 “NC, UML reiterate stance against presidential pardon to Dhungel,” Kathmandu Post, Nov 14, 2011
*37 Pranab Kharel, “SC stays Cabinet decision to pardon lawmaker Dhungel,” Kathmandu Post, Nov 13, 2011
*38 Pranab Kharel, “To pardon or not to pardon, Prez ponders,” Kathmandu Post, Nov 13, 2011
*39 “Oppositions to raise Dhungel’s issue in House today,” Kathmandu Post, Nov 11, 2011
*40 “Lawmakers warn govt over Dhungel plea,” Kathmandu Post, Nov 11, 2011
*41 “Serious lapses in parties’ PR lists,” Kathmandu Post, Nov 11, 2013
*42 “RPP-N chair against clemency to Dhungel,” Kathmandu Post, Nov 10, 2011
*43 “Rights groups to protest if Dhungel pardoned,” Kathmandu Post, Nov 10, 2011
*44 DEWAN RAI, “Apex court denies clemency to murder convict Dhungel Issues mandamus order to send Maoist leader to prison for life,” Kathmandu Post, June 24, 1998

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/07/14 at 16:07

紹介:三瓶清朝『みんなが知らないネパール―文化人類学者が出会った人びと』(2)

2.言葉と社会構造
本書の第2章11では,ネパールにおける言葉と社会構造の関係が分析されている。

言葉といえば,それが私たちの個人的および社会的生活と不可分の関係にあることは,古来,常識中の常識であった。聖書もこう述べている。「初めに言があった。言は神であった。万物は言によって成った。言によらずに成ったものは何一つなかった」(ヨハネ福音書)。

私たちは,何かあるもの(それ自体としては認識できない或るもの)に名(言葉)を与え,他と関係づけ,秩序づけることによりはじめて,それをそれとして認識する。はじめの名づけが神によるのか,それとも何かひょんな偶然か何かで人間が行ったのかは,わからない。それはわからないが,いずれにせよ,言葉使用ないし名づけが関係づけ,秩序づけと同義であることは,明白である。

しかし,言葉は日常的に使用するものであり,繰り返し使用していると,当初の作為的な関係づけ,秩序づけの意識が薄れていき,言葉で創り出した関係や秩序が「自然なもの」と思われるようになってくる。いわゆる「第二の自然」である。

この関係や秩序が「第二の自然」となってしまったところでは,それを批判し人為的なものだと説くのは容易ではない。そうした場合,具体的な事例をあげ,一つ一つ丁寧に実証し反省を促していく以外に方法はあるまい。

本書の「ことばと社会構造」の部分は,そのような実証的研究を目的としていると思われる。ネパールの人々は,相手を呼ぶとき,どのような語を対称詞として使うのか? 対称詞の使い分けと社会構造は,どのような関係にあるのか? 以下,要点を抜粋する(timiやtaは原文では音声表記)。

「カトマンズ市内の,教養のあるバフン族の男性の対称詞の使い方から比較して見ると,田舎のパンチカル村のバフン族はダヌワール族[低カースト少数民族]のおとな(おじいさん)に対して目下のものに使われるtimiや,手に負えない動物に向かって,つまり犬以下のものにしかも怒ったときに使う対称詞taを使うというのである。パンチカル村のバフン族はダヌワール族を犬以下扱いにしていることがよくわかる。ダヌワール族を強く軽蔑していることがわかる。しかし,これがバフン族の伝統的なことばの使い方である。」(68)

「バフン族は,ことばによって異カースト(異民族)を強く軽蔑し侮辱し,結果として劣位者(または犬)を支配し屈服させ服従させることを子どものときからじょうずに学ぶ。反対に,ダヌワール族にしてみるとバフン族という異カースト(異民族)からtimiや,犬以下にしか使われない対称詞taを使って軽蔑され侮辱され服従させられるように毎日,学ぶ。父や祖父がこのように軽蔑され侮辱され服従させられることを毎日,子どもの時から学ぶのである。軽蔑や侮辱,服従をおとなしく受容するように子どもの時から学ぶ。」(69)

「ことばの使われ方の中に社会構造(社会組織,社会的仕組み,社会的上下序列)が反映されて,ことばを使えば使うほど社会構造が心の中に刻み込まれる・・・・。」(70)

ここで指摘されている,このような言葉と社会構造(社会秩序)との相関関係は,ネパールだけでなく,どの社会にもある。日本でも,極端な例を挙げるなら,こともあろうに仏教僧侶が,社会で差別されている人々にあからさまな「差別戒名」をつけ,差別の維持拡大,永続化に大きな役割を果たした。ヒンズー教司祭のバフンの言葉の使い方と,本質的には,何ら変わりはない。

言葉と社会構造がこのような相関関係にあるとするなら,社会の不正な差別をなくすには,差別的な制度や行為そのものに加え,差別的な言葉,いわゆる「差別用語」をも無くさなければならないことになる。

しかしながら,これは容易なことではない。先述のように,言葉は文化であり人々の魂や精神と一体不可分の関係にあるからである。たとえば,「man」を「he」で受け,「人=男」とみなし,女性を「人」扱いしない慣行。それによれば,人間の権利(rights of man)は「男の権利」だから,女には権利はないことになる。投票権の男性限定は20世紀半ばころまで広く見られたし,実質的参政権ともなると日本をはじめ多くの国でまだ男性同等とはなっていない。

それゆえ「man=he(人間=男)」という言語使用慣行を改めなければならないのだが,「man」は一般名詞として広く使用されてきており,その作為的な使用制限や意味変更は極めて困難である。

努力はされている。いま注目すべきものの一つが,世界最新憲法の一つである「ネパール憲法」(2015年)の公定英訳。大統領,議長,首相などを受ける代名詞として,「he or she」または「he/she」を用いている。しかし,これではまだ男性(he)優先と恐れたのか,ときには「she or he」または「she/he」あるいは「s/he」が使用されている。いや,それどころか,一つの条文の中で「he/she」と「she/he」が交互に使用されているところさえある。エライ,立派! ネパールは,そこまでして,言葉による差別をなくし,差別的社会構造を矯正しようとしているのだ。日本も,頭を垂れ,見習うべきである。

しかしながら,ネパールをはじめとして,そうした努力はみられるにせよ,日常生活における言語使用慣行の変更が難しいことに変わりはない。言葉そのものに拘泥しすぎると,「he or she」「he/she」「she or he」「she/he」「s/he」のように煩雑になったり,終わりなき「ことば狩り」に陥ったりする。「chairman(議長)」を「chairperson」に変えるくらいはよいとしても,「history(歴史)」は「his story(男の歴史)」だから使うなとか,「manhole」は差別的だから「personhole」に変えよといった主張になると,正直,ちょっと待って,そこまでしなくてもと思えてくる。日本語にも,差別的を理由に使用禁止や言いかえの対象になっている言葉が多数ある。もっともなものも少なくないが,たとえば「子供」は「供」が差別的だから「子ども」とせよとか,「障害者」の「害」は悪い意味なので「障碍者」か「障がい者」とせよといった要求になると,ちょっと首をかしげざるをえない。(「障」を残し,「害」を「碍」やひらかなに変える根拠は?)

このように,言葉使用の作為的変更には複雑で難しい問題が少なくないが,明白に差別的な言葉については,改めるべきだし,それは比較的容易でもある。ネパールも,憲法公定英訳のように,作為的に変えやすい部分については,意欲的に変更しつつある。日常的な対称詞使用差別も,いずれ改められていくのではないだろうか。


 ■ネパール憲法 ネパール語正文/公定英訳

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/06/18 at 16:20

老老介護,事始め(14):人口ピラミッドの日ネ比較

論より図,ネパールが日本ほど極端ではないにせよ高齢化社会に向かい始めたことは,人口ピラミッドを見れば一目瞭然である(下図参照)。ほんの四半世紀前,1990年ころまでは先の鋭くとがったスマートな若々しい三角形だったし,2000年になってもまだ最下部(最若年層)が少し減り始めたくらいだったのに,2010年になると下部が大きくへこみ,三角形が台形に変わり始めている。平均余命の急伸で中高年層が増えているのに,子供の数は相対的に減り始めたからだ。ネパールでも,高齢者扶養負担増は避けられない。

ネパールの老齢年金は,支給年齢の引き下げと支給額の引き上げが段階的に行われてきた。
ネパールの老齢年金
 1994-96支給開始:75歳以上,100ルピー/月
 1999/00改定:75歳以上,150ルピー/月
 2008/09改定:70歳以上(ダリット,カルナリ住民60歳以上),500ルピー/月
 2011/12改定:70歳以上(ダリット,カルナリ住民60歳以上),1000ルピー/月
 2015/16改定:70歳以上(ダリット,カルナリ住民60歳以上),2000ルピー/月
  *開始年度等に一部不明確な部分がある。

このように,ネパールの老齢年金は,まだまだ不十分とはいえ,いままでのところ近年の日本の年金引き下げとは逆に,拡充に向かって動いてきた。しかし,そのネパールでも,このまま高齢化が進めば,憲法や高齢市民法が保障している「高齢市民の権利」の実現のはるか手前で,逆転・逆行が始まるのは避けられそうにない。ネパールは日本以上に高齢者問題が深刻になる恐れがある。

ネパールと日本の人口ピラミッドWorld Life Expectancyより作成)

* DEMOGRAPHIC CHANGES OF NEPAL: Trends and Policy Implications, National Planning Commission, Government of Nepal & United Nations Children’s Fund (UNICEF). KATHMANDU, MARCH 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/05/24 at 10:24

老老介護,事始め(13):ネパールの高齢市民法

ネパールの高齢市民(高齢者)は, 2015年憲法制定以前の「高齢市民法2063(2006)年」と「高齢市民規則2065(2008)年」により諸権利を保障され,それが以後そのまま継承されている。その意味では,2015年憲法第41条(高齢市民の権利)は,すでに法令で保障されている高齢者の諸権利をあらためて理念的に再確認したとみてもよいであろう。いずれにせよ,これらの法令は具体的で社会の現実に近く,それだけに生々しく,憲法以上に興味深い。

A. 高齢家族扶養の法的義務
高齢市民法は,「高齢市民」を60歳以上と定め,国民に「高齢市民を尊敬する義務」を課している。(日本の老人福祉法では「老人」は65歳以上。)  これが基本原則。

その上で,高齢市民法は,高齢者の扶養を家族各人に義務づけている。家族は,家族の中の高齢者を本人の意思に反して家族から引き離してはならないし,また同居,別居にかかわりなく高齢家族の扶養義務を負う。

家族がこの高齢家族扶養義務を果たさない場合,当該高齢者には,救済申し立ての権利がある。当該高齢者は,家族に対し扶養命令を出すことを,居住地区の区長に申し立てる。申し立てを受けた区長は,まず仲裁を試み,もし仲裁で解決しない場合は扶養命令を出し,それを公告する。それでも解決しない場合は,村長または市長が家族に対し扶養命令を出し,それを公告する。(これで解決できない場合の規定はないが,これ以降はおそらく裁判か,遺棄高齢者として行政当局が保護することになるのであろう。下記F項参照。)

家族はまた,高齢家族に「乞食」をさせてはならない。あるいは,本人の意思を無視して高齢家族をサンヤシ(托鉢僧),僧侶またはファキール(「貧者」,行者)にしてはならない。

B. 高齢者への優遇措置
高齢者には様々な優遇措置が保障されている。(ただし,バス料金,医療費など,まだ規定通りには実施されていない措置もある。)
・バス等には優先席を設け,料金は半額
・医療費は半額
・水道,電気および電話の利用優遇措置(詳細規定なし)
・裁判において弁護士を自費依頼できない場合,裁判所が弁護士をつける
・刑期の短縮:65~70歳=25%,70~75歳=50%,75歳以上=75%
・受刑者が高齢無能力または75歳以上の場合,刑務所ではなく介護施設に収容

C. 高齢市民福祉委員会
女性・子供・社会福祉担当大臣を議長とする「高齢市民福祉委員会」を設置し,その下で高齢者の保護と社会保障のための政策の立案・施行・評価を行う。また,同委員会は,介護施設(高齢者介護センター,通所介護センター等)や高齢者クラブの運営を監督する。

D. 高齢市民福祉基金
高齢者の保護と社会保障のために「高齢市民福祉基金」を設置する。資金拠出者は,ネパール政府,外国の政府や団体,国際的な組織や団体,ネパールの市民や団体,その他。

基金からは,認定介護施設を通してのみ,金銭を支出する。個人的な支出は一切認められない。

E. 介護施設の設置・運営
介護センター(ケアセンター),通所サービスセンター(デイサービスセンター)等の介護施設は,政府,団体,個人のいずれかが法令に基づき設置し運営する。利用は,高齢者自身が自費で利用する場合,家族が経費負担して利用させる場合,あるいは裁判所命令により入所させる場合がある(下記F項参照。)。

介護施設は,入所者が希望する宗教活動,社会活動,娯楽,経済活動をすることを認め,支援する。なお,「高齢市民規則」では,介護施設には,少なくとも聖地巡礼年1回,観光旅行年2回の実施が義務づけられている。

高齢者が入所している介護施設で死亡した場合,施設側が本人の希望した形で葬儀を行う。遺産は,本人による自費入所の場合は当該介護施設に譲渡される。家族が費用を負担して入所させている場合は,残った遺産は家族に返却される。

F. 通報義務
高齢者が遺棄されている場合,それを認めた市民は近くの介護施設,警察または市町村役所に通報しなければならない。警察は,当該高齢者を介護施設に引き渡す。

――以上が,ネパール高齢市民法と高齢市民規則の概要だが,これらはいくつかの点で,たいへん興味深い。第一に,これらの法令は,公権力が真正面から家族関係に介入し,高齢家族の扶養を法的義務として明記したことを意味する。だから,扶養義務違反は,居住地行政機関によりその事実(家族遺棄)を公告され,世論により非難され「罰せられる」ことになる。

高齢者の「乞食」や「サンヤシ」,「ファキール」等については,法律に明記されているのだから,そうした行為の家族による強制が社会において現実に相当程度行われている,と見ざるを得ないであろう。

高齢者優遇も,優遇座席や料金割引など,かなり広範に認められている。特に興味深いのは,高齢犯罪者の年齢に応じた拘禁刑の減刑。

介護施設は,政府,団体あるいは個人のいずれでも法令に基づき開設でき,居住型と通所型がある。入所者には,かなり大幅な行動の自由が認められている。年1回の聖地巡礼の権利保障はいかにもネパールらしい。経済活動については,どの程度認められているのか不明。

このように,ネパールでも家族関係が近代化する一方,すでに幾度か触れたように少子高齢化,小家族化,出稼ぎなども進み,家族による高齢者扶養が難しくなり始めている。高齢者を受け入れる介護施設の必要性がますます高まっていくと見てまず間違いあるまい。

すでに,ネットにはネパール富裕層向け高級老人ホームの宣伝がいくつも出ている。経済的に余裕のある富裕家族が,それらを利用し始めているのであろう。それは,それでよい。

では,一般庶民,特に低所得家族はどうすればよいのであろうか? 政府に備えはあるのか? はなはだ心もとない。問題の本質は日本と同じだが,深刻さはネパールの方が今後はるかに大きくなるのではないかと危惧される。

▼ネパールの老人ホーム宣伝

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/05/20 at 14:12

カテゴリー: ネパール, 社会, 健康, 憲法

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老老介護,事始め(12):ネパール憲法の高齢者権利保障

現行「2015年ネパール憲法」は,市民(国民)一般への権利保障に加え,特に高齢者に関する条を別に設け,「高齢者の権利」を保障している。

第41条 高齢市民の権利
高齢市民は,国家による特別の保護(बिशोष संरक्षण)と社会保障(सामाजिक सुरक्षा)を受ける権利を有する。

2015年憲法では,他に第18条(平等権)において,高齢市民の保護・能力向上・地位改善のための特別法の制定を認め,第259条(国家包摂委員会の機能,義務および権限)では国家包摂委員会に高齢市民の権利や福祉を守るための調査研究の権限を付与している。

四半世紀前の「1990年憲法」をみると,高齢者の権利を定めた独立の条はない。高齢者は,女性,子供,障害者らと同様,保護の必要な社会諸集団の一つとされ,第11条(平等権)で高齢者のための特別法の制定を認めているにすぎない。また第26条(国家の政策)では,高齢者の社会保障を定めているが,これは政策目標であり,いわゆる「プログラム規定」である。

「2007年暫定憲法」になると,女性と子供にそれぞれ独立の条が割り当てられ,「第20条 女性の権利」,「第22条 子供の権利」とされたが,高齢者にはまだ独立の条はなかった。それでも,「第18条 雇用と社会保障に関する権利」において,高齢者は女性,障害者らとともに,社会保障への権利が認められた。高齢者のための特別法が認められているのは,1990年憲法と同様。

そして,2015年憲法になって初めて,高齢者の権利が独立の条として規定されることになった。この1990年憲法から2015年憲法に至る四半世紀の憲法規定の変化は,ネパールにおける高齢者問題の表面化・深刻化を如実に物語っているといえよう。

■老人ホームのFB(カトマンズ)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/05/18 at 15:15

カテゴリー: ネパール, 健康, 憲法, 人権

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老老介護,事始め(9):ネパールの反面教師,日本[1]

日本の認知症高齢者介護の現状は,少子高齢化に向かい始めたネパールにとって,多くを学びうる格好の反面教師である。

日本でも,高齢者認知症は,私の生まれ育った地方の村々では,平成に入るころまでは,あまり問題とはされていなかった。少子高齢化や小家族化はまだそれほど進んでおらず,認知症高齢者も相対的に少なく,たとえ認知症になっても地域共同体の見守りなど様々な支援を受け,家族交代で面倒を見ることが出来たからである。地方は,他の地域でも同様であったであろう。

いまのネパールは,まだそれに近い状況にある。2012年10月~2013年1月の実地調査に基づき執筆された論文,伊関千書ほか「ネパールにおける高齢者と認知症」(『国際保健医療』 29(2), 2014)では,次のように説明されている。

「ネパールの医療現場の特に地方においては,認知症に対する認識が乏しかった。・・・・高齢者の家族を含め,ネパール人は加齢や認知機能の低下に対して楽観的,寛容的で,それを障害と捉えない傾向を示した。」(p.59)

「ネパールの高齢者では,会話によるコミュニケーションが日本以上に盛んであった。・・・・ネパール人は,・・・・高齢者に限らず屋外で時間を過ごすことを好む。地方では,日中,家の外の茣蓙の上や縁側のような場所・・・・に居ることが多く,ここを通りがかる家族や近所の人と会話を交わしている様子がしばしば観察された。地方ではテレビもなく,近所人間関係がさらに多いので,日本の一部の高齢者のように,一日中テレビを相手にしている生活はない。近所との関係が強いことが,地域在住の住民の健康によい影響を与えるということが,社会疫学分野から報告されている。」(p.66)

「ネパールの伝統的な家族構成は,多世帯同居家族であり,一家族に3~5世帯が同居していることも稀ではない。・・・・高齢者の世話や介護を,高齢者の子供以外にも甥や姪,孫世代までの多人数が交代で行う習慣が観察された。このような習慣では,高齢者が認知症であっても,介護の担い手1人当たりの負担が少なくなると考えられる。」(p.65-66)

ネパールの特に地方では,認知症になっても,「家族・地域内で解決されていたり,『祈祷師に相談する』という解決策をとられていたりする」(p.65)。

以上のようなネパール社会の現状は,少子高齢化や小家族化が加速し始める前の日本,特に高度経済成長本格化以前の日本の地方の状況とよく似ている。

たとえば,私の生まれ育った村は,1960年頃までは自給自足に近い農村であり,農繁期を除けば,時間や暇が有り余るほどあった。村人たちは仕事や村行事や趣味の場で日常的に交流し,おしゃべりを楽しんでいた。村には,半強制的な組に加え,様々な講のようなものもあり,たとえ誰かが近隣と無関係で生活したいと思っても,事実上,それは困難であった。たしかに息苦しくはあるが,高齢者認知症予防には最適であり,たとえ不幸にして認知症になっても地域社会の自然な支援が期待できた。いまのように少人数の家族だけで介護に明け暮れ,社会から孤立し,介護疲れで燃え尽きるといったことは少なかった。こうした村の状況については,以前,別の観点から少し紹介したことがあるので,参照されたい。
 ▼「郷里とネパール:失って得るものは?」2007年1月3日

ところが,そのネパールでもいま,少子高齢化が始まる一方,伝統的な大家族や地域社会の解体も進み始めた。高齢者認知症への備えが,ネパールでも必要になってきたのである。


 * ネパール高齢者(60歳以上)人口分布( Arun Jha, Nidesh Sapkota, “Dementia Assessment and Management Protocol for Doctors in Nepal,” JNMA, Vol 52 No 5, Issue 189, JAN-MAR, 2013)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/05/11 at 15:47