ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘マオイスト’ Category

強制失踪,脛に傷の体制エリート

8月30日は「強制失踪被害者の日(International Day of the Victims of Enforced Disappearances)」。ネパールでも,強制失踪者の家族や支援者らが,失踪事件の解明と被害家族の救済を訴えた。

 

1.強制失踪防止条約
「強制失踪」とは,国家機関等が不法に人の自由を奪い,強制的に失踪(行方不明に)させること。国連は,このような行為を「強制失踪犯罪」と定め,それを処罰するため,「強制失踪防止条約」を採択した(総会採択2006年,条約発効2010年)。

この条約は,締約国に次のことを義務づけている。
 ・強制失踪は「人道犯罪」であり,刑法で「犯罪」と規定すること。
 ・強制失踪を調査し,責任者を訴追すること。
 ・強制失踪申し立ての権利を保障し,速やかに当該の件につき調査すること。
 ・強制失踪調査機関に必要な権限と財源を付与すること。
 ・秘密拘禁の禁止。
 ・強制失踪の被害の回復。

強制失踪防止条約は現在,署名96か国,批准57か国。日本は2007年署名,2009年批准したが,ネパールは未署名。(米英ロ中なども未署名。)

2.人民戦争期の強制失踪
ネパールでは,人民戦争(1996-2006)において,死者約1万3千人のほかに,強制失踪者も千数百人だしている。(失踪の訴えは多数あり,実数はまだ不明。)

人民戦争は,王国政府とマオイストが国民を巻き込んで戦った内戦であり,強制失踪には交戦両当事者のいずれもが関与している。政府側(王国軍,武装警察,警察など)はマオイスト容疑で,逆にマオイスト(人民解放軍など)は反マオイスト容疑で,人々を連行し,多くの場合拷問を加え,おそらく殺害し,そのまま行方不明にしてしまった。強制失踪である。

現在,「強制失踪者調査委員会(CIEDP: Commission for the Investigation of Enforced Disappeared Persons)」(後述)には,強制失踪の訴えが2870件だされているという。このうちバルディア284件,ダン124件,バンケ121件。

バルディアが最多だが,ここには王国軍のチサパニ基地があり,ここが反政府派の取り調べに利用された。連行されてきた人々の大半がタルー族の若者で,拷問され殺害されたとされるが,詳細不明。これに対し,マオイスト側もバルディアで十数名を連行,行方不明にしてしまったとされる。まさしく強制失踪の応酬,こうしたことが人民戦争期には極西部,中西部を中心に全国各地で行われたのである。

3.強制失踪者調査委員会の機能不全
強制失踪については,「包括和平協定」(2006年11月)でも「2007年暫定憲法」(33(q)条)でも解決への努力が規定されていた。そして2014年には,「失踪者調査および真実和解委員会法」が制定され,これに基づき2015年2月には「強制失踪者調査委員会(CIEDP)」と「真実和解委員会(TRC)」が設立された。両委員会の任期は当初2017年2月10日までだったが,1年延期され2018年2月10日までとなっている。

しかし,CIEDPやTRCが設立されても,強制失踪問題への取り組みは,一向にはかどらなかった。人民戦争を戦い強制失踪に何らかの形で関与したとされる政府側とマオイスト側の幹部が,ほとんどそのまま和平後新体制の中枢にいる。したがって,強制失踪の解明を進めると,責任追及が彼ら自身にまで及びかねない。そのため,CIEDPやTRCには権限も予算も十分には与えられず,委員会の政治的独立も十分には保障されていない。強制失踪の解明が進まなかったのは,当然といえよう。

 ■CIEPD / TRC

4.新聞各紙の強制失踪問題報道
ネパール各紙も,この状況を次のように批判している。

「彼らはどこに?」ネパリタイムズ,8月29日(*1)
強制失踪者調査委員会(CIEDP)は,任期あと半年のため,任期再延長を求めているが,犠牲者家族はCIEDPには失望してしまっている。「いまや政府は,われわれの家族の拘束・拉致を命令した人々により動かされている。政府に従っているだけのCIEDPには何の期待もできない」(失踪者家族全国ネット議長ラム・バンダリ)。調査できないなら,委員は辞職せよ。

「正義の失踪」ネパリタイムズ,9月1日(*2)
強制失踪は,革命や反乱鎮圧を名目として行われた犯罪である。ところが,当時首相だったデウバ[首相在職1995-97, 2001-02, 2004-5, 2017-]やマオイスト党首のプラチャンダ[首相在職2008-09, 2016-17]が,いまや政府を率いており,ともに相手の罪を水に流そうとしている。

CIEPDとTRCには,彼らの息のかかった人物が送り込まれている。「任命された彼らの仕事は,調査を失速させ,指導者らを免罪にすることだけだった。」最高裁が有罪としたケースですら,TRCは無罪とした。「これら2委員会は,正義を実現する政治的意思をもたず,したがって当然,任期延長の理由もない。」

RK・バンダリ「失踪」カトマンズポスト,8月30日(*3)
「CIEDPは真実と正義を追求する政治的意思を持たず,もっぱら政治的利害に奉仕する弱々しい機関のようだ。・・・・この2年半,委員会は公平な犠牲者調査を怠ってきた。委員の大半が政党により忠実な代理人として任命された事実をみれば,これはなにも驚くべきことではない。」

「足跡もなく」カトマンズポスト社説,9月1日(*4)
「強制失踪は重大な人権侵害であり,国際法では犯罪とされている。ネパールは,この犯罪の重大さを認識し,それに見合う刑罰を定めねばならない。ネパールの移行期正義の問題点の一つは,まさにそれを定めた法がないことにある。・・・・」

「CIEDPとTRCが設立されて3年が過ぎようというのに,重大な人権侵害や虐待の犠牲者たちに正義はまだもたらされていない。ネパールの移行期正義は,制度的にも運用においても,国際基準にははるかに及ばない。」

「いまネパールでは,強制失踪を犯罪と定める法案が準備されている。・・・・しかし,この法案には欠陥があり,国際基準にははるかに及ばない。ネパールには,強制失踪に関する明確な国法がぜひとも必要である。」

5.改正刑法の強制失踪罪
ネパール政府は,強制失踪被害者の要求や国際社会からの圧力を受け,刑法(ムルキアインの刑法部分)を改正し,そこに強制失踪を犯罪とする規定を組み込むことにした。改正刑法案は8月9日,立法議会で可決され,あとは大統領の署名を待つだけとなっている。

この改正刑法の正文はまだ見ていないが,報道によれば,強制失踪に関する規定は不十分で,国際基準にも2007年の最高裁判決にもはるかに及ばないものだという。もしそうだとすると,皮肉にも,強制失踪が現体制にとっていかに敏感な問題かを,改正刑法が如実に物語っているとみてよいであろう。

(注)刑法改正について
8月の刑法改正では,強制失踪のほかに,チャウパディ(生理中女性隔離),ダウリー(持参金),奴隷労働,環境汚染などが犯罪として規定された。また,人身売買,重婚,強制結婚,レイプ,結婚年齢20歳以上,ハイジャック,ジェノサイドなどについても規定された。大幅な改正であり,特にチャウパディ禁止が注目された結果,皮肉にも,強制失踪規定からは目が逸らされる結果となってしまった。

*1 Om Astha Rai, “Where are they?,” Nepali Times, 29 Aug 2017
*2 “Disappearance of justice,” Editorial, Nepali Times, 1-7 Sep, 2017
*3 Ram Kumar Bhandari, “The disappeared,” Kathmandu Post, 30 Aug 2017
*4 “Without a trace,” Editorial, Kathmandu Post, 1 Sep 2017
*5 Om Astha Rai, “Toothless commission,” Nepali Times, 23-29 Aug 2016
*6 Nepal’s Transitional Justice Process, ICJ, August 2017
*7 “Nepal’s transitional justice mechanisms have failed to ensure justice for victims: ICJ,” Kathmandu Post, 8 Aug 2017
*8 Profile of Disappeared Persons, INSEC, 2011
*9 Ashok Dahal, “Landmark legal reform bills passed,” Republica, 10 Aug 2017
*10 “Criminal code passed, Chhaupadi criminalized,” Republica, 9 Aug 2017Nepal
*11 真実和解委員会の構成と機能(4)
*12 真実和解委員会任期,最高裁判決無視し1年延長

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/11 at 15:25

カテゴリー: マオイスト, 人権, 人民戦争

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プラチャンダの愛娘,ごり押し市長当選

ネパール地方選では女性が大躍進,全ポストの40%を占めるに至ったが,その中には,あまり関心しない事例もみられる。その典型が,マオイスト(MC)議長プラチャンダの娘,レヌ・ダハルさんが市長に当選した8月4日のバラトプル市再選挙。

 ■レヌ・ダハル(同FBより)

チトワン郡バラトプル市(28万人)は全29区。ここはプラチャンダ議長の地元だが,もともとコングレス党(NC)の地盤であり,また統一共産党(CPN-UML)も強い。マオイストは人民戦争の悪イメージが残り,はるか引き離された第3勢力。

ここに,当時首相だったプラチャンダ議長が,娘のレヌさんを市長候補として押し込んだ。レヌさんはプラチャンダ議長の第2子で1976年生まれ。マオイスト政治局員であり,第1次制憲議会比例制選出議員だったが,バラトプルでは知名度は低く不人気。
 【市長候補
   MC=レヌ・ダハル
   UML=デビ・ギャワリ
 【副市長候補
   NC=パルバティ・シャハ
   UML=ディビヤ・シャルマ

投票は5月14日。投票終了後,開票作業が行われ,28日深夜には全29区のうち第19,20区の2区を残すのみとなった。この時点で,レヌ候補(MC)はギャワリ候補(UML) に784票負けていた。

この経過を見ていたマオイストは,もはや逆転勝利は不可能と判断,開票所に来ていたマオイスト2人が開票作業中の第19区の投票用紙90枚を奪い破り捨ててしまった。そのため,開票はここでストップ。マオイスト2人は逮捕されたが,1週間後,1人10万ルピーで保釈された。

これに対し,リードしていたUMLは,当然,激怒,開票再開を要求した。ところが,MCとNCは第19区の投票やり直しを主張した。これを受け中央選管は審議した結果,再投票を決定,そして最高裁も7月30日,それを合法と認めた。こうして,バラトプル市第19区は8月4日再投票と決まった。この間,MCやNCが,再投票に向け,与党として様々な影響力を行使したことは想像に難くない。

その一方,レヌ陣営は,再投票を見越し,猛烈な働き掛けを続けた。父のプラチャンダ(MC党首,7月7日まで首相)は,連立相手のNCと手を組んで野党UMLと対抗,市長にはレヌ・ダハル,副市長にはディビヤ・シャルマを当選させるという作戦を一層強化した。また首相や与党党首の地位を利用し,様々な地元支援をも約束したという。

その結果,コングレス支持者の相当数が,再投票ではレヌ候補に投票し,結局,僅少差でレヌさんが勝利を収めた。副市長もコングレス候補が勝利。
 【バラトプル市長選・開票結果】
  ▼市長
   レヌ・ダハル(MC)43,127 当選
   デビ・ギャワィ(UML)42,924
  ▼副市長
   パルバティ・シャハ(NC)47,197 当選
   ディビヤ・シャルマ(UML)39,535

こうして,バラトプル市長選は,政権与党MC=NCの思惑通りとなったが,これはどう見ても選挙の公正に反する。こんなことが前例となれば,開票状況不利な陣営が開票妨害をし,再投票に持ち込むことが許されてしまう。

今回のバラトプル市長選では,伝統的な有力者の身内えこひいき(アフノマンチェआफ्नो मान्छे)が,依然として健在であることを改めて強烈に印象づけられた。イデオロギーや法の取り決めよりも,身内の方がはるかに優先されるということ。

 ■チトワン郡投票用紙(選管HP)

*1 “PM Dahal’s daughter files nomination for Bharatpur mayor,” Kathmandu Post, 2 May 2017
*2 “Re-polling in Ward 19”, Nepali Times, 30 Jul 2017
*3 “Will Renu Dahal be able to turn the tables on Devi Gyawali in Bharatpur?,” Setopati, 4 Aug, 2017
*4 “Renu Dahal wins Bharatpur mayoral race,” Republica, 5 Aug 2017
*5 “Bharatpur re-election: Renu Dahal turns the tables on Devi Gyawali,” Kathmandu Post, 6 Aug 2017
*6 “Renu Dahal elected mayor of Bharatpur metropolis,” Himalayan, 6 Aug 2017
*7 “Renu’s victory fails to impress Maoist leaders,” Kathmandu Post, 7 Aug 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/11 at 17:19

ネパール地方選を中国援助

プラチャンダ首相が訪中し,3月27日,習近平主席と会談した。会談後,中国政府は,ネパールの5月地方選に対し,1億3千6百万ルピーの援助をすると発表した。

あれあれ,ネパール政府は,次の選挙では外国援助を受けないと宣言していたのではなかったかな?(参照:地方選,5月14日投票)それを知ってか知らずか,よりによって人民民主主義の中国が多党制民主主義のネパールの選挙を支援する。興味深い。

一方,この中国による選挙支援には,世界最大の選挙民主主義国インドをバックにするマデシ諸党が猛反発,中国政府を激しく非難している。ネパールでは,地方選ですら,国際政治と密接不可分なのだ。難しい。

■在中ネ大使館HPより

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/03/31 at 22:40

真実和解委員会任期,最高裁判決無視し1年延長

プラチャンダ内閣は2月9日,「真実和解委員会(TRC: Truth and Reconciliation Commission)」と「失踪者調査委員会(COID: Commission on Investigation of Disappeared Persons)」の任期を1年延長し,2018年2月10日までとした。

TRCとCOIDは,マオイスト人民戦争(1996-2006)終結のため締結された包括和平協定(2006年11月)に基づき制定された「TRC法(強制失踪者調査および真実和解委員会法)2014年」(2014年5月11日公布施行)の規定に従い,2015年2月10日に設置された。当初の任期は,2017年2月10日まで。

ところが,TRC(とCOID)は,任期満了のこの2月10日までに,その任務を果たすことが出来なかった。幾度か指摘したように(参照:真実和解委員会),人民戦争期には,重大な人権侵害が多数行われ,加害者は政府側にもマオイスト側にもいた。しかも,包括和平協定後の現体制は,人民戦争を戦った主要諸勢力がすべて参加して構築し,維持してきたものだ。したがって,人民戦争期の人権侵害を追及していけば,必然的に主要政党政治家や政府高官など,現体制下の有力者の責任が問われることになるのは避けられない。調査を担うTRCそれ自体ですら,有力諸政党代表により構成されているといっても過言ではないのである。

そのため,TRCとCOIDは設置されたものの,調査は遅々として進まなかった。被害の受付こそ2016年2月から始められ,約6万件を受け付けたものの,2017年2月10日の任期切れまでに調査を完了したものは1件もない。重大事件であればあるほど,加害者は現体制下の有力者だからである。

この状況に被害者たちは不満を募らせ,国際人権諸団体の支援も得て,政府に対し実効的な正義の実現を強く迫っていった。プラチャンダ内閣は,この要求に押され,TRC任期を1年延長し,調査の継続を図ることにしたわけである。

しかし,この泥縄のTRC任期延長には,人民戦争被害者やその支援諸団体が,厳しい批判を加えている。たとえば,サム・ザリフィ国際法律家委員会アジア局長は,次のように指摘する。

「被害者らは正義を求め10年以上待ち続けており,もはや移行期正義の手法への希望を失いつつある。・・・・ネパール政府が,TRC法を最高裁判決と国際法に沿うよう改正し,かつ両委員会の任務遂行を2年間にわたり阻害してきた根本的諸要因を除去する具体的な対策をとらなければ,両委員会の任期延長は無意味となるであろう。」(IJC「ネパール:実効的権限付与なしの移行期正義委員会任期延長は犠牲者の信頼への裏切りである」IJC, 10 Feb. 2017)

【参照1】TRC法,2014年
第26条 アムネスティ(要旨) 委員会は,十分に合理的な理由があると認めた場合,重大な人権侵害についてもアムネスティ(赦免)を政府に勧告することが出来る。

【参照2】最高裁判決(2015年2月26日)要旨
(1)重大な人権侵害を赦免するTRC法のアムネスティ条項は不当。
(2)同意なき和解は認められない。
(3)法廷係争中の事件をTRCに移送してはならない。
(4)TRC法,特に上記(1)は,ネパール国家の国際法上の義務に違反。

また,ネパール立法議会でも,「社会正義・人権委員会」が2017年2月9日,政府に対し,TRC法を最高裁判決に沿うよう改正し,委員会には必要な予算と人員を配分せよ,と勧告している。

しかし,それでもなお,プラチャンダ内閣は,そうした要請をことごとく無視し,TRC任期の1年延長だけにとどめた。これでは,移行期正義の手続きを進め,人民戦争被害者を救済し,和解を実現していくことは,困難であろう。

 170214a

*1 ICJ, “Nepal: extending transitional justice commissions without granting real powers betrays trust of victims,” International Commission of Jurists, February 10, 2017
*2 Alexandra Farone, “Nepal extends deadlines for war crimes investigations,” jurist.org, Friday 10 February 2017
*3 “Nepal extends term of war crimes probes by one year,” Himalayan Times, February 10, 2017
*4 “AI, HRW call to extend mandates of TRC, CIEDP,” Himalayan Times, February 05, 2017
*5 LEKHANATH PANDEY, “Conflict victims question TRC’s efficacy,” Himalayan Times, February 07, 2017
*6 “House panel tells govt to amend TRC and CIEDP Act,” Republica, February 11, 2017
*7 “Nepal: Supreme Court Strikes Down Amnesty Provision in Truth and Reconciliation Law,” The Library of Congress (USA), Mar. 17, 2015
*8 Wendy Zeldin, “Nepal: Supreme Court Rules Government Ordinance on Truth and Reconciliation Commission to Be Unconstitutional,” The Library of Congress (USA), Jan. 8, 2014
*9 Monica Moyo, “Nepali Supreme Court Rejects Amnesty for War Crimes,” The American Society of International Law, March 6, 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/02/14 at 19:52

地方選,5月実施?

ネパールの代議院議員任期は5年だが,経過規定(憲法296条)により現議員(立法議会議員)の任期は2074年マーグ月7日(2018年1月21日)まで。はや1年を切っている。したがって,代議院議員選挙の準備を急がなければならないが,それには,なによりもまず州,郡,町村の選挙を行い,正統な地方政府を構成しておくことが必要である。(上院の方は議員の大半が地方と州の長や議員から互選されることになっており,町村や州の正統な政府が成立していなければ,そもそも選出できない。)

これは,政治的にも実務(事務)的・経済的にも,たいへんな大事業である。へたをすると,国家そのものが選挙倒産しかねない。本当に,実施できるのだろうか?

準備は進められている。立法議会(連邦議会)は1月25日,「改正選管法」と「有権者登録法」を可決した。そして,地方(स्तनिय),州,連邦の3レベルの選挙を実施するに必要な他の法令や制度の準備も急いでいる。

しかし,州については,マデシ諸勢力が現行憲法付則の州区分に強硬に反対,議会ではこの部分の改正につき議論が続いている。州区画は,事実上まだ確定していないといっても過言ではない。この状態で,どのようにして州議会選挙を実施するのか?

地方レベルの村(गाउँ)や町(नगर)も,当然,どう区画するかをめぐり,タライを中心に,大混乱している。現在,地方自治体は町が217,村が3117あるという(CBS2002では町58,村3915)。「地方制度再編委員会(LLRC)」は1月6日,これらを719に再編・統合する答申書をプラチャンダ首相に提出した。

このLLRC答申は,地方自治体を「人口と地理」を基準に719に区分している。これに対し,タライ諸勢力は,「人口」を基準に区分すべきだと主張している。タライは人口が多い。タライは,答申では719自治体のうち30%しか配分されていないが,「人口」だけを基準にすれば,少なくとも45%は配分されることになる。これは,州区分争いと同じ構図だ。町村は生活に近いだけに,州区分以上に再編・統合は難しいだろう。(日本では平成大合併の後遺症がなおも継続中。)

 ▼1町村の区画基準人口(LLRC,2016年10月)
  地 域  村(ガウン) 町(ナガル)
  山 地 13,000    17,000
  丘 陵 22,000    31,000
  タライ 40,000    60,000

現状はこのような有様なのに,プラチャンダ首相は,必要な法令を成立させ,5月半ばまでに地方選挙を実施すると繰り返し明言している。自らの手で地方選挙を断行し,これをてこに,州議会選挙と連邦議会選挙を実施しマオイストを勝利に導きたいと考えているのだろう。

しかし,本当にプラチャンダはこれらの選挙を実施できるのであろうか? あるいは,かれ,または他党の誰かがこれらの選挙を実施するとして,それでネパールの財政はもつのであろうか? 

ネパールに設計主義的な選挙民主主義(選挙原理主義)を押し付けた国連や西洋諸国は,責任を免れない。必要なカネとヒトの支援を惜しむべきではあるまい。

170129■松本の姉妹都市カトマンズ(同市HPより)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/01/29 at 16:59

ゴビンダ医師との合意ほご,プラチャンダ首相

プラチャンダ内閣が,ゴビンダ・KC医師に約束した医学教育改革の約束を,合意署名3日後に反故にした。政治家の約束,鴻毛の如し。

プラチャンダ内閣は,医療制度・医学教育改革を要求してハンスト(10回目)を続けていたゴビンダ医師に対し,要求に沿う改革への努力を約束し,ハンストを止めさせた。その合意の中でも最も重要な約束の一つが,「『国家医科教育法』成立まで,医科カレッジのTU提携(affiliation)を認可しない」というもの。(10回目ハンスト11月13日~12月4日。参照:ゴビンダ医師,ハンスト終了

ところが,報道によれば,プラチャンダ首相はゴビンダ医師との協議を進めながら,他方では教育省を通して「ネパール医学委員会(NMC)」に圧力をかけ,私立病院・医科カレッジのB&C Medical College Teaching Hospital and Research Centreのために,TU提携を認めさせようとしてきた。提携認定手続きは,ゴビンダ医師ハンスト中の11月24日頃から進められ,月末までにはNMCが予備調査をほぼ終了,12月2日にはB&CのMBBS(医科学士)教育適格性を認める報告書を教育省に提出した。もし教育省がこの報告書に基づきTU提携を認定すれば,B&Cはトリブバン大学医学部やカトマンズ大学との提携が可能となり,MBBS課程を開設できる。TU提携認定は,私立医科カレッジにとって決定的に重要な資格要件なのである。

B&Cは,2015年3月,マオイスト幹部の一人を中心とする私財25億ルピーの出資により,ジャパ郡ビルタモドに開設された。メチ・ゾーン最大の病院であり,700ベッド。開院式にはプラチャンダ議長が出席し,主賓として除幕をとり行った。他党有力者も出席していたが,設立の経緯を見れば,マオイスト系とみてよいだろう。そのB&CのTU提携認定を,マオイスト議長たるプラチャンダ首相が政治的圧力をかけ強引に押し進めようとしている。

ゴビンダ医師は,当然ながら,このB&CのTU提携認定に真っ向から反対し,ハンスト再開を考えている。もし再開されれば,11回目のハンストとなる。

161209a161209b(B&Cホームページより)

*1 “Govt flouts deal it reached with Dr KC,” Kathmandu Post, Dec 8, 2016
*2 “Govt breaches deal with Dr KC, allows affiliation to B & C College,” Republica, December 7, 2016
*3 “Govt forces NMC to issue letter to MoE,” Republica, December 7, 2016
*4 “700-bed hospital opens in Birtamod,” Kathmandu Post, Mar 2, 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/12/11 at 10:24

ハンスト闘争の政治的効果

ネパールにおける2つのハンスト闘争が,政府を動かし始めた。

一つは,人民戦争末期のクリシュナ・プラサド・アディカリ虐殺事件。母ガンガマヤが公正な裁判を求め,ハンストを続けてきた。(参照:戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(1) (2)(3)) これに対し,チトワン郡裁判所が9月25日,審理再開を発表した。被告は13人。主犯とされるチャビラル・ポウデルは逃走中,8人は保釈中(2014年4月17日決定),そして2人は行方不明。裁判所は,必要ならさらに証拠を調べるが,不要なら結審し判決を下すことになるという。

もう一つは,ゴビンダ・KC医師による医科教育改革要求。(参照:ゴビンダ・KC医師のハンスト闘争) 議会は9月25日,ダニラム・ポウデル教育大臣提出の「ネパール医科教育法2073年」に関する議案の審議を開始することを決議した。

以上の二つの動きは,ハンスト闘争により要求されてきたものである。その意味では,ガンガデビやゴビンダ医師のハンスト闘争は一定の成果を上げたといえるが,結果がどうなるかは,まだわからない。クリシュナ・アディカリ虐殺事件裁判にも医科教育改革にも,大きな利権が複雑に絡み合っているからである。

160819 160907
■ハンスト中のガンガマヤ(INSECOnline8月11日)/ゴビンダ医師(保健省FB9月3日)

*1 Parliament endorses proposal on Nepal Medical Education Bill 2073 BS, Kathmandu Post, 25-09-2016
*2 Hearing on Adhikari’s murder case begins, Kathmandu Post, Sep 25, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/27 at 11:59