ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘人権’ Category

ゴビンダ医師のハンスト闘争(35)

8.「9項目合意」の評価
  (1)リパブリカ「KC医師との合意をその文書と精神に沿い実行せよ」(2018年7月29日)

(2)リパブリカ「KC医師との合意を実行せよ」(2018年8月13日)
「オリ首相とゴビンダ・KC医師が土曜日[8月11日],会談をもち,2週間前成立した9項目合意の実施につき話し合った。オリ首相は,合意の効果的実施のため監査委員会を設置することを提案した。首相は,以前は,KC医師のハンストや医学教育改革要求に反対と見られていたので,これは歓迎すべき一歩前進である。首相は前向きの姿勢を見せており,われわれも政府が約束を守り,合意に沿いその義務を果たすことを願っている。

オリ首相は,KC医師に監査委員会の長となるよう打診したが,即座に彼は辞退したという。KC医師のような人は,わが社会の道徳的権威であり,民衆の尊敬を集めている。国家はこの事実を認めるべきだ。彼は15回もハンストを行ったが,それは個人的な理由からではない。彼の目標は,この国の医学教育や保健サ-ビスの改革にあった。KC医師がいなければ,いまごろはMBBS[医学士課程]を学ぶのに1千万ルピー以上かかっていただろう。いまの学費はその半分以下だ――KC医師の妥協なき改革努力に感謝する。KC医師は,市民すべてに利用可能な保健医療を保障する憲法の精神を政府が遵守することを求めている。都市部の医療機関は例外なく繁盛しているけれど,遠隔地の村々の住民の80%は,下痢や発熱といったありふれた病気で死に続けている。わが国の憲法が求めているように,「社会主義指向」国家では,自分には必要なとき病院に行くすべのない人々であっても,十分な手当てが受けられるようにされなければならないのである。

オリ首相とKC医師との会談[8月11日]は,この国における医学教育を医学マフィアが牛耳っており,それを首相が手助けしているとして,人々が首相を糾弾しているときに行われた。この首相の会談への姿勢は,政府とKC医師とのこれまでの合意の効率的・効果的な実行へとつながるものでなければならない。二人は同じことを目指しているように見えはする。すべてのネパール人が良好な保健医療を受けられること,そして医学教育を受けうる能力のある人々が医科大学学費を払うため全財産を売り払わなくてもよくすることである。二人が,人々のための効率的で信頼でき利用可能な医療サービスと,学びたい人が学べる医学教育制度をこの国に実現しようと願っているのなら,[政府側が]KC医師とともに署名した合意諸項目が実行されない理由は,どこにもないはずだ。政府は,KC医師が同じ理由で再び次のハンストをしなくてもよいよう保証すべきだ。さもなければ,民衆の怒りを買い,オリ政府はたちまち民衆の今ある支持すらすべて失うことになるだけだからである。KC医師と人民は,保健医療と保健医療教育が直面している諸問題に政府が次にどのような対策をとるか,いまじっと見つめている。首相がKC医師と会談したことで,いくらか希望が見えてきた。どうか,この希望を消さないでほしい。」

▼180日,6年,15回のハンスト(Republica, 17 Jul 2018)

*91 “Implement agreements with Dr KC,” Republica, August 13, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/11 at 11:25

ゴビンダ医師のハンスト闘争(30)

7.ハンスト:開始から終了まで
 (1)ジュムラでハンスト開始
 (2)体調悪化
 (3)ゴビンダ医師支持の拡大
 (4)カトマンズへの強制移送

(5)カトマンズでのハンスト継続
ゴビンダ・KC医師は2018年7月19日,軍ヘリによりジュムラからカトマンズへ強制移送され,午後4時にはトリブバン大学教育病院(TUTH)に収容された。

ゴビンダ医師の体調は,20日以上にも及ぶハンストのため極度に悪化,生命すら危険な状態になっていた。7月20日にKCを見舞ったデウバNC党首は,こう述べている。「彼は危険な状態だ。何か言いたそうだったが,話すことはできなかった。・・・・彼の背後には何百万人もの支持者がいる。政府は直ちにKCとの話し合いに応じ,彼の要求を聞き入れるべきだ。」(*67)

7月22日には,KCの母(80歳)が彼と面会し,精密検査受診を訴えた。この母の懇願を受け,KCが検査を受けると,冠疾集中治療室(CCU)での治療が必要なほど危険な状態であった。(*68)

7月25日付報道では,TUTH医師が,KCは危険な状態にあると警告した。白血球数,血糖値,カリウム値が,いずれも基準から著しく外れ,記憶喪失もある。このままでは,痙攣(seizure)を引き起こし,意識喪失(coma)になるという。

まさに極限状態。この文字通りの「決死のハンスト」は人々の関心をさらに高め,メディアが連日,大きく報道し,KC支持の集会やデモ,医療機関のストなどが拡大していった。

7月21日には,マイティガルでKC支持大集会が開催された。参加したのは,ガンガ・タパ元保健大臣らNC幹部数名,「新しい力」党のバブラム・バタライとヒシラ・ヤミ,ビベカシール・サージャ党幹部,スシル・カルキ元最高裁長官,人権活動家のクリシュナ・パダディ,女優のクリシュナ・マナンダールといった有力者・著名人をはじめとする多数の人々(参加者数詳細不明)。

マイティガル集会後,ニューバネスワルに向け,「マフィアのお友だち政府はいらない」などと書かれたプラカードを掲げ,風船を手にした「風船デモ」が行われた。このデモ隊は,ニューバネスワルで警官隊と衝突,デモ隊側数十人と警官11人が負傷した。この知らせを聞き,デウバNC党首はオリ首相に会い,警官隊の実力行使を非難し,KCの要求に応えなければ,闘争をさらに強化すると警告した。(*69, 70, 71)

翌22日には,「ゴビンダ・KC医師連帯同盟」主催のKC支持集会がダーバー広場で開かれ,医師,看護師,医学生ら約300名が参加した。さらに23日には,国民民主党,ビベカシール・サージャ党,ネパール医学協会を中心とするKC支持集会が開かれ,数百人が参加した。こうしたKC支持集会やデモは,ポカラなどでも実施され,全国へと拡大していった。(*72, 73)

■風船デモ(Republica, 22 Jul 2018)

*67 Bishnu Prasad Aryal, “180 days, 6 years, 15 hunger strikes,” Republica, July 18, 2018
*68 “Dr KC agrees to checkup at mother’s request,” Republica, July 24, 2018
*69 “For Dr. Govinda KC, Against Govt’s Decision,” Republica, July 21, 2018
*70 “Dozens including 11 police injured in protests over Dr KC’s demands,” Republica, July 22, 2018
*71 “Civil society takes to the street over Dr KC’s demands,” Republica, July 22, 2018
*72 “Civil society starts mass sit-in supporting Dr KC’s demands,” Republica, July 23, 2018
*73 “Civil society’s mass sit-in continues Monday,” Republica, July 24, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/06 at 09:41

グローバル情報化とアルジュンさん死亡事件報道

先述のように,アルジュンさん死亡事件の報道,とりわけユーチューブ動画は「衝撃的」であった。十数年前,いやおそらく数年前ですら,こんな動画がネット上に掲載され,世界中に配布され見られることは,まずなかったであろう。
▼小島寛明「【衝撃映像入手】16人で1人取り押さえ手足拘束した警察。検察取り調べ中にネパール人男性死亡」Business Insider Japan, Mar. 29, 2019

関心をもち検索すれば,事件を報じた英文記事も世界中で読むことが出来る。
▼SAKURA MURAKAMI, “Wife of Nepalese man who died during interrogation sues state,” Japan Times, Jul 27, 2018

世界はいまや万人監視社会になった。わがアパートですら,玄関,駐車場,駐輪場,ごみ置場などに監視カメラが設置され,四六時中,監視・録画している。アパートに出入りする人はむろんのこと,前を通るだけの人や車,犬や猫やタヌキなど,すべて見られ記録されている。

わがアパートが特殊なのではない。近くの駅や道路,ビルや駐車場はおろか,一般の民家にも,いや走り回る車にすら監視カメラが設置され,常時監視・記録している。他の地域でも,状況は似たり寄ったりであろう。

しかも驚くべきことに,これら監視カメラの映像は,革命的技術進歩により個々人の識別にすら利用可能だ。われわれは,つねに監視され,個人として識別され,記録されているのだ。しかも,それらの情報は,可能的にはネットを介して世界中に配布され利用されうる。いやそればかりか,いったんネット上に掲載されれば,その情報は無数に拡散し,ほぼ制御不能となり,半永久的に残り利用されうる。まさにグローバル監視社会! ネット情報化社会は,いわば「神の目」をもつに至ったのだ。

この情報化社会では,ネットにつながりさえすれば,世界中,どこからでも世界に向け,映像・音声・文字などの情報を送受信できる。ネパールの地方からでも,つい数年前までは想像もつかないような生の情報がネット上に多数送られ,だれでも閲覧可能となっている。神秘の国,秘境など,もはやどこにもない。

日本の留置場や拘置所も,このグローバル情報化から免れることは,もはやできないであろう。監視カメラが設置されておれば,その映像は,どこかから流出し,ネット上に掲載され,世界中に拡散される可能性がある。そして,いったん拡散すれば,もはや取り消しは不可能!

アルジュンさん死亡事件の「衝撃映像」がどこから入手されたのか,私には全くわからないが,すでに「Business Insider Japan」や「ユーチューブ」などに掲載され,世界中に拡散している。可能的には,世界中の人々が,いつでも,どこでも見ることが出来る。もちろん,アルジュンさんの郷里,ネパールの人々にも!

アルジュンさん死亡事件の裁判は,世界中から,とりわけネパールの人々により,見られている。

【参照】Kanak Mani Dixit : In Nepal, 91% of individuals now own at least one mobile device, almost half of them smartphones.


■Nepali Telecom, 12 Mar 2019 / Nepali Times, 12 Apr 2019

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/04/15 at 15:28

アルジュンさん取調中死亡事件,続報

アルジュンさん取調中死亡事件の続報が,Business Insider Japan(2019年3月29日)に掲載されている。

・小島寛明「【衝撃映像入手】16人で1人取り押さえ手足拘束した警察。検察取り調べ中にネパール人男性死亡」Business Insider Japan, Mar. 29, 2019

アルジュン・バハドゥル・シンさん(死亡時39歳)は,ネパールから料理人として来日,ネパール料理店で働いていたが,2017年2月頃失職,ホームレス状態になった。同年3月13日,他人名義クレジットカード所持などを理由に新宿署に連行され,14日逮捕された。

翌15日朝,アルジュンさんは留置場で暴れたとして十数名で取り押さえられ,戒具で身体を強く拘束,そのまま検察に送られた。ところが検察取り調べ中,体調に異変が生じたため午前11時頃戒具を外したところ,彼は午後3時前,急死してしまった。

アルジュンさんの妻は2018年7月26日,不当な強制的拘束により夫を死に至らしめた業務上過失致死の疑いで新宿署に刑事告訴した。また翌27日には,注意義務違反を理由に東京都を相手に慰謝料を求める訴えを東京地裁に提出した。

この事件の上記3月29日付続報には,アルジュンさん取り押さえ,戒具拘束の状況を記録した東京都提出証拠映像が添付されている。タイトル通り,衝撃的な映像だ。
⇒⇒【衝撃映像】取り調べ中にネパール人はなぜ死んだ。留置場で何が起きたのか

アルジュンさんはなぜ逮捕後,取調中に死亡したのか? 外国人の,いやひいては日本人自身の生命権をはじめとする基本的人権を守るためにも,裁判を通してアルジュンさん死亡の真相が,あますところなく徹底的に解明されるべきである。

▼戒具拘束されるアルジュンさん(東京都提出証拠映像,YouTube
 

【参照】
・小島寛明「ネパール人男性はなぜ死んだ。「移民」はいないが外国人労働者に頼る日本といびつな入管制度」Business Insider Japan, Sep. 12, 2018
・「手錠で拘束されたネパール人、検察の取調べ中に突然死…妻「真実知りたい」と提訴」弁護士ドットコム,2018年07月27日
・SAKURA MURAKAMI, “Wife of Nepalese man who died during interrogation sues state,” Japan Times, Jul 27, 2018
・小島寛明「東京地検の取り調べ中に死亡のネパール人、遺族が検察官ら告訴」,Business Insider Japan, Jul. 26, 201

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/04/10 at 16:35

ゴビンダ医師のハンスト闘争(25)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 

④強制摂食:いくつかの事例
A. 西洋近世・近代の奴隷と病人  B. イギリス  C. アメリカ
D. ロシア  E. 北朝鮮  F. イスラエル  G. インド

H. 日本 強制摂食は,医療先進国・日本でも,むろん行われている。どうしても抵抗して食べない場合は,数人がかりで押さえつけたり拘束したりして鼻からチューブを入れ,流動食を直接胃に流し込む。鼻からの出血や激しい嘔吐があり,身体的にも精神的にも苦しいが,生命を救うため止むを得ないとされている。

刑務所や拘置所での事例としては,2007年5月の大阪拘置所での強制摂食があげられる。明確な政治的理由からではなさそうだが,ある収監者が食事を拒否し続けたので,嫌がる本人の手足を職員数名で押さえ,鼻腔経管栄養補給を行った。

この本人の同意なき強制摂食については,鼻からの出血など不当な身体的・精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求の訴えが出されたが,最高裁は国側には「安全配慮義務」違反はないとして請求を棄却した。日本でも,拘置所等では同意なき強制摂食が――事例は多くはなさそうだが――現在のところ法的には認められているのである。

拒食が,本人の自覚的選択によるものではなく,疾病としての摂食障害によるものである場合には,日本の刑務所,拘置所等でも,当然の医療行為として強制摂食が実施されている。これは,一般社会における場合と,本質的には変わりはない。

日本において,これから先,深刻な政治問題となりそうなのが,在留資格なしとして入国者収容所(入管センター)等に収容されている外国人に対する同意なき強制摂食である。今はまだ実施されていないようだが,今後,もし実施されることになれば,国内にとどまらず国際的にも大問題とならざるを得ない。

このところ出稼ぎ、移民,難民など,観光以外の目的で来日する外国人は年々増加し,それに伴い在留資格なしとして入管センターに収容される外国人も,2012年末に1028人だったのが2017年末には1382人になるなど,大きく増加している。

これら入管センターに収容されている外国人は,先が見通せないまま収容が長引くにつれ不満を募らせ,処遇改善を求め最後の手段としてのハンストに訴えることが多くなった。
・2011年4月 名古屋入管センターで処遇改善を求め20名余ハンスト。
・2015年4月 東京入管センターで仮放免申請却下に抗議し数十名がハンスト。
・2016年2月 大阪入管センターで食事改善等を求め49人ハンスト。6~7月には処遇改善を求め14人ハンスト。
・2017年5月 収容長期化に抗議し東京入管センターで40人,名古屋入管センターで約20人がハンスト。
・2018年4月 東京入管センターで,仮放免不許可後のインド人自殺をきっかけに,約140人ハンスト。
・2018年11月 東京入管センターで仮放免制度改善を求め20~30名ハンスト。
・2018年12月 大阪入管センターで強制退去命令を受けた10人以上がハンスト。

このように入管法違反で収容されている外国人のハンストは著しく増加しているものの,管見のかぎりでは,いまのところハンスト死も,それを防止するための強制摂食も報道されてはいない。

しかしながら,移民・難民政策不備をこのまま放置すれば,入管センター等での抗議ハンストの激化は免れえず,「決死のハンスト」によるハンスト死かさもなければ同意なき強制摂食かの,いずれも採りがたい二者からの択一を迫られることになる。

日本では,「決死のハンスト」の問題が,日本人自身ではなく,むしろ来日外国人によって,日本国民に突き付けられるおそれが大きい。が,これは,言うまでもなく,われわれ自身の問題である。

■東日本入管センター,牛久市(Google)

*16 「名入管で集団ハンスト 難民申請外国人ら 処遇改善を求める」中日新聞,2011/4/30
*17 「『私たちは動物ではない』不法滞在外国人の不満爆発 収容生活改善求めハンスト」sankeibiz, 2016.2.28
*18 「東京入管施設で約40人の被収容者がハンスト、長期収容などに抗議」reuters, 2017年5月11日
*19 「名古屋入管でもハンスト 収容長期化に20人抗議」sankei.com, 2017.5.16
*20 「東京入管の被収容者によるハンストが終了、『影響見極めたい』」jp.reuters.com, 2017年5月25日
*21 レジス・アルノー/倉沢美左「ベトナム人の死と外国人収容所の過酷な実態 収容者が見た壮絶な最期」東洋経済,2017/06/09
*22 「入管収容施設で待遇改善求めハンスト、インド人男性死亡を受け」newsweekjapan, 2018/04/21
*23 片岡伸行「収容者1人がケガ、ハンストへ──牛久の入管施設で抗議行動を強制排除」kinyobi,2015年4月7日
*24 「大阪入管でもハンスト 病気収容者の対応に抗議」共同通信, 2018年12月5日
*25 「入管収容者が集団ハンスト 東日本センター 長期の拘束抗議」東京新聞 18/4/17
*26 「入管収容者がハンスト、長期拘束に抗議 茨城・牛久、インド人自殺で」日本経済新聞,2018/4/17
*27 鬼室黎「入管施設で外国人30人抗議のハンスト 開始から1週間」朝日新聞デジタル,2018年11月26日
*28 「大阪入管でもハンスト 病気収容者の対応に抗議」共同,2018年12月5日
*29 宮崎岳志「東京入国管理局に収容されている外国人多数がハンガーストライキを行っているとの報道に関する質問主意書」衆議院,平成二十九年五月十六日提出
*30松本克美「判例研究:拘置所に収容された被拘留者に対する国の安全配慮義務の有無」末川民事法研究,第1号,2017
*31 鈴鹿祥吾(文責),若林茂雄(監修)「最高裁判所平成 26 年(受)第 755 号損害賠償請求事件 平成 28 年 4 月 21 日 第一小法廷判決」岩田合同法律事務所

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/03/03 at 20:56

ゴビンダ医師のハンスト闘争(24)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 
④強制摂食:いくつかの事例 A. 西洋近世・近代の奴隷と病人 B. イギリス

C. アメリカ もう一方の人権と民主主義の国,米国では,いまでも強制摂食が合憲・合法とされ,刑務所や収容所でしばしば実施されている。

米国では,自己決定権ないし「独りでいる権利」が「プライバシー権」として広く認められているが,そこには「自殺の権利」までは含まれてはいない(末期患者尊厳死は別問題)。また,国家には秩序維持の権利義務があり,そのために必要な場合にはプライバシー権の一部を制限することが出来る。ハンストをする権利は,そうした制限可能な権利の一つであり,必要な場合には,ハンスト死防止のための強制摂食が認められるとされている。

米国刑務所での強制摂食としては,早くには1917年,ニューヨークの刑務所内でハンストをした女性産児制限主義者に対し,実施された。以後,強制摂食は継続され,たとえばコロラド州の刑務所では,2001~2007年に,少なくとも900回の強制摂食が実施されたという。そこでは2014年にも,ハンストをした8~9人に対し,強制摂食が行われている。(*5)

さらにウィスコンシン州の刑務所では2016年,ハンストの3人に対し強制摂食が実施された(*15)。米国では,州により扱いは異なるが,刑務所での強制摂食はマニュアル化されているとみてよいであろう。

米国の強制摂食として最も悪名高いのが,米軍グアンタナモ収容所(キューバ)でのもの。グアンタナモでは,早くも2001年1月からハンストが始まり,最多の時は150人余がそれに参加した。このハンストについては,2013年までは報告されているが,それ以降は情報不開示となったため詳細不明。

グアンタナモ収容所は,いわば治外法権であり,収容者の扱いは残虐を極めた。ハンストにも,当然のように強制摂食が実施された。ここでは死ぬことは許されない。人間の最後の自由,死ぬ権利さえ奪われている。「核軍縮キャンペーン(CND)」は,2005年大会において,次のような緊急決議をしている。「大会は,グアンタナモの200人以上の拘留者によるハンストが摂食と鎮痛剤の強制により長期化し8週目に入っていることを懸念をもって指摘する。」

米国で,いま最も問題にされているのは,急増する難民・移民希望者に対する収容所や拘置所での強制摂食である。「移民関税局(ICE)」は,食事9回拒否でハンストと認定し,裁判所の許可の下,強制摂食を行っているという。

「ICEは,収容所収容者の生命を守り,収容所の秩序を維持していく。・・・・ハンストを行う収容者に対しては,その健康と安全のため,ICEは食物と水の摂取をきちんと見届けている。収容者のハンストが,生命あるいは健康にとって危険かどうかは,医療担当者が常に監視している。」(*1)

この2019年1月には,ICEテキサス収容所が,ハンストをしているインドとキューバからの難民申請者30人のうちの6人に対し,裁判所の許可を得て強制摂食をした。彼らは鼻から出血し,耐えがたい苦痛を訴えている(*8)。


■ICE強制摂食抗議デモ(NYT, 2019/01/31)/グアンタナモ強制摂食(Graphic News, 2013/05/01)

D. ロシア ロシアの刑務所では,ハンストに対し強制摂食が行われている。テロ等の罪で収監されたウクライナ人映画監督オレグ・センツォフは2018年5月から抗議ハンストを続けたが,この強制摂食を避けるため同年10月6日,ハンストをやめざるをえなかった。

E. 北朝鮮 北朝鮮教化所は2018年夏,看守に対する抗議ハンストを行った収監者2人に対し,ホースを口に入れ強制摂食させた。

F. イスラエル イスラエル議会は2015年,ハンストで抵抗するパレスチナ人収監者に対する強制摂食を合法化した。
■イスラエル議会強制摂食法制定(The Telegraph, 2015/07/30)

G. インド インドの人権活動家で「鉄の女」とも称されるイロム・ミャルミラが2000年,インド軍による住民虐殺に抗議しハンストを開始したのに対し,インド政府はチューブによる強制摂食を始めた。彼女は,これに耐え16年間もハンストを続けたが,闘争方針を変え州議会選挙に出て闘うため2016年8月9日,ハンストを終了した。


■Burning Bright: Irom Sharmila(Penguin, 2009)/シャルミラ-ハンスト10年目(Facebook, 2011/09/19)

*1 BURKE, GARANCE, “UN: US force-feeding immigrants may breach torture agreement,” AP,
*2 Burke, Garance and Martha Mendoza, “U.S. immigration officials are force-feeding detainees who’ve been refusing food at Texas centre,” AP, January 31, 2019
*3 DAUGHERTY,OWEN, “UN says US force-feeding detained immigrants may violate torture convention,” The Hill, 02/07/2019
*4 Greenberg, Joel K., “Hunger Striking Prisoners: The Constitutionality of Force-Feeding,” Fordham Law Review, Volume 51, Issue 4 Article 7, 1983
*5 Hsieh, Steven, “Colorado’s Federal Supermax Prison Is Force-Feeding Inmates on Hunger Strike: Solitary Watch reports that eight to nine prisoners are taking part in the strike, held at the federal government’s highest-security prison” The Nation, Feb 27, 2014
*6 Long, Clara “ICE Force-feeding Immigrant Detainees on Hunger Strike: Force-feeding is Cruel, Inhuman and Degrading,” Human Rights Watch, February 1, 2019
*7 Miller, Ian, A History of Force Feeding: Hunger Strikes, Prisons and Medical Ethics, 1909–1974, Springer Nature, 2016
*8 Stevens, Matt, “ICE Force-Feeds Detainees Who Are on Hunger Strike,” New York Times, Jan. 31, 2019
*9 “1910 Liverpool, Force-Feeding: The suffering of a suffragette,” Lapham’s Quarterly
*10 “Cartoon depicting force-feeding from The Daily Herald: Illustration depicts Asquith force-feeding an imprisoned suffragette,” British Library
*11 “Force-feeding,” Wikipedia
*12 “Force-feeding in English jails – a hidden history,” The University of Manchester, 5 Nov 2015
*13 “Force-feeding at Guantanamo Bay,” Graphic News, 05/01/2013
*14 “Prison officials force-feed inmates on hunger strike against solitary confinement,” RT, 29 Jun, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/28 at 18:04

ゴビンダ医師のハンスト闘争(23)

6.第15回ハンスト
 (6)決死のハンスト(v) 
 ④強制摂食:いくつかの事例
  A. 西洋近世・近代の奴隷と病人

B. イギリス 収監ハンスト者への強制摂食が本格的に行われ始めたのは,英国においてのようだ。

英国では,19世紀末から20世紀初めにかけて,サフラジェット(Suffragette)が女性参政権を求め勇猛果敢に闘った。彼女らは,投獄されると,ハンストで抵抗した。当初,政府は殉死を恐れ,ハンスト者を釈放したが,1909年多数の収監サフラジェットがハンストを始めると,方針を改め,強制摂食を始めた。

英国内務省の1909年声明によれば,「人為的摂食(artificial feeding)」は人道的であり,理性を失い食べられなくなった収監者が生命を失うことを防止するのに必要な治療である。

しかしながら,実際には,抵抗するハンスト者を拘束し力づくで実施される強制摂食は,出血や嘔吐を伴う,肉体的にも精神的にも耐えがたい苦痛をもたらす「拷問」に他ならなかった。特に女性サフラジェットへの強制摂食は,「口からの強姦」として嫌悪され非難された。

英国政府は,千人以上のサフラジェットに強制摂食をしたとされるが,結局これを継続しえず,1913年に「猫ネズミ法(Cat and Mouse Act)」を制定した。収監者がハンストを始め危険な状態になると釈放し,回復すると再収監するという,まるで猫がネズミをいたぶるような,いかにも皮肉とユーモアの紳士の国,英国らしい法律だ。が,仮釈放したサフラジェットの再逮捕は容易ではなく,実効性は低かった。そうこうするうちに第一次世界大戦(1914-18)が勃発し,対サフラジェット強制摂食問題は終息した。

しかし,英国での強制摂食は,その後も,主にアイルランド民族派のハンスト者に対し継続された。1917~23年,多数のアイルランド民族派が捕らえられ,獄中ハンストは一万人にも及んだという。そうした中,ハンストをしていたトマス・アシュが1917年,強制摂食により死亡,大問題となった。これを機に,アイルランドでは強制摂食は実施されなくなった。

一方,英国では,トマス・アシュ強制摂食死以後も,強制摂食は継続された。英国の刑務所では1913~40年に834人(うちIRA40人)がハンストをし,強制摂食は7734回にも及んだ。(*13)

そして戦後1974年には,IRAのマイケル・ゴーガンと他の4人が英国ワイト島の刑務所でハンストを開始,強制摂食された。そして,64日目,ゴーガンが17回目の強制摂食後,死亡した。この強制摂食死は内外に大きな衝撃を与え,ついに英国政府はハンスト者に対する強制摂食を断念するに至った。

ところが,その代わり,ハンストは放置されることになり,再びハンストを始めたゴーガンの獄中仲間フランク・スタッグは1976年,ハンスト62日で餓死した。その後,1981年には,「鉄の女」サッチャー首相が,ボビー・サンズらIRAメンバー10人のハンストを放置して餓死させ,大問題になったことは周知のとおり。

人権と民主主義の総本家,イギリスでも,ハンストと強制摂食はなおも未解決の難問として残されているのである。


■強制摂食反対ポスター/「猫ネズミ法」反対ポスター/T・アシェ伝記

*13 “Force-feeding in English jails – a hidden history,” The University of Manchester, 5 Nov 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/27 at 15:25