ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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選挙と移行期正義(2):マイナ殺害事件

国会・州会ダブル選挙(投票11月26日/12月7日)との関係で注目される移行期正義のもう一つの事例が,2004年のマイナ・スルワル(मैना सुलुवर)殺害事件である。この事件も,選挙が近づいてきた今年になって大きく動き始めた。容疑者は,ウジャン殺害事件とは逆に,マオイストと戦っていた王国軍(国軍)の側の将兵7名。(事件概要は下記*14ほか参照。)


 ■マイナ(*18) /人民戦争期の強制失踪者数(2054BS=1997AD, *12)

1.マイナ虐殺
2004年2月12日,カブレ郡ポカリチャウリのリナ・ラサイリ(17歳)がレイプされ殺されているのが発見された。その前(どのくらい前かは不明),リナの叔母デビ・スヌワルが,王国軍軍人がリナを捕らえ殴っているのを目撃していた。そして,そのことを周りの人々に話し,それが地方紙に掲載された。国軍にとって,デビは不都合な目撃者ということになる。

5日後の2月17日,パンチカルのビレンドラ平和活動訓練所駐留国軍のN・バスネット大尉ら将兵12名がカレルトクのデビの家にやってきて,彼女を捕らえようとした。ところが,そのときデビは不在で,父のプルナと娘のマイナ(15歳)が家にいた。そこで部隊はデビを出頭させよと命令し,マイナもスパイ活動に加担したとして彼女を基地に連行した。

ビレンドラ平和活動訓練所では, B・カトリ中佐,N・バスネット大尉,S・P・アディカリ大尉,A・プン大尉など7名の将兵がマイナの尋問にあたった。方法は酸鼻の極み。頭を水中に沈める水攻めや,濡れた身体に電流を流す電気ショックを繰り返した。そして,ようやく「自白」を得たあと,マイナに目隠しをし,後ろ手に縛り,基地内の部屋に監禁した。しばらくすると,激しい拷問を受けていたためマイナの容体が急変,医師が来る前に死亡してしまった。

国軍部隊は,拷問発覚を恐れ,逃亡に見せかけるため,すでに死亡していたマイナを背後から撃ち,警官を呼んでそれを見せたうえで,遺体を近くの空き地に埋めた。

国軍部隊によるマイナ連行後,家族や村人は,マイナを探し回ったが,軍も警察もマイナの拘束を否定,行方は分からなかった。結局,国軍がデビにマイナの死と遺品が警察に保管されていることを告げたのは,ようやく2004年4月に入ってからであった。

 ■現在のビレンドラ平和活動訓練所(同所HP,2017/12/01)

2.軍法会議での審理
国軍は,マイナ事件の解明を求める内外の声の高まりを放置できなくなり,翌2005年3月,国軍内に調査委員会を設置した。そして,その報告に基づき,関係将兵を軍法会議にかけた。

2005年9月8日,軍法会議は,マイナの尋問方法と遺体処理手続きの誤りを認め,政府には15万ルピーの遺族賠償金の支払いを,またB・カトリ中佐,S・P・アディカリ大尉,A・プン大尉の3名には6か月の禁錮と,5万ルピー(カトリ中佐)ないし2万5千ルピー(他の2名)の遺族賠償金の支払いを言い渡した。しかし,禁錮については,裁判中拘束されていたとして判決後の収監はなされなかった。また重要な役割を果たしたとみられるN・バスネット大尉は,なぜか軍法会議にはかけられなかった。マイナの死は,故意の拷問によるものではなく,「事故」ないし手続き上の過失とされたのである。

3.司法裁判所での審理
軍法会議の判決は出たが,マイナ家族はこれを不当として2005年11月13日,カブレ警察に,軍法会議有罪判決の3名と,N・バスネット大尉の4名をマイナ殺害容疑で告発した。しかし,軍の妨害で,捜査は進まなかった。

そこで母デビは2007年1月10日,最高裁に,マイナ殺害事件調査を関係諸機関に命令することを求める訴えを出した。その結果,経緯は錯綜するが,いくつかの進展が見られた。2007年3月23日=警察がパンチカル軍基地敷地内に埋められていたマイナの遺体を掘り出し調査。5月8日=最高裁,軍法会議に対し関係書類提出を命令。7月=最高裁,マイナ事件は司法裁判所で審理することを決定。9月20日=最高裁,郡警察と郡検察に対し,マイナ事件を3か月以内に調査するよう命令。

(1)カブレ郡裁判所の判決
翌2008年1月31日,カブレ検察は,マイナ家族の告発した軍人4名を殺人罪でカブレ郡裁判所に起訴した。これを受け,郡裁判所は4軍人の逮捕状を出したが,彼らは逮捕されなかった。それどころか,N・バスネット大尉は少佐に昇進し,チャドPKOに派遣されてしまった。

2009年9月13日になって,カブレ郡裁判所は,ようやくN・バスネット少佐(当時大尉)の停職,カブレ郡検察と軍による関係調書の作成を命令した。しかし,その後も,軍の抵抗によりマイナ事件審理は進まず,郡裁判所が本格的に審理を再開したのは,2016年1月になってからである。

ところが,今年に入り選挙が日程に上り始めると,マイナ裁判も大きく動き始めた。2017年4月16日,カブレ郡裁判所が,B・カトリ中佐,A・プン大尉,S・アディカリ大尉の3名に対し,禁錮20年の判決を言い渡した。ただし,当時の政治状況と故意ではなかったことを考慮し禁錮5年への減刑が望ましいとの補足意見を付していた。また,N・バスネット大尉については,命令に従っただけだとして,無罪とした。この無罪判決については,アムネスティなどが不当だとして厳しく批判している。

(2)最高裁審理へ
 このカブレ郡裁判所判決に対し,国軍は2017年9月22日,判決は誤りだとして,棄却を求める訴えを最高裁判所に提出した。これを受け,最高裁判所はこの11月5日,カブレ郡裁判所に対し,マイナ事件裁判関係書類の作成提出を命令した。

4.選挙とマイナ殺害事件裁判の行方
以上が,マイナ殺害事件の18年余の長きにわたる経緯の概略である。この事件の当事者は国軍であり,マオイストが当事者であるウジャン殺害事件と同様,現在においても,その扱いは政治的に重大な意味を持ちうる。

今回の国会・州会ダブル選挙でいずれの勢力が勝利し,それがマイナ殺害事件裁判にどう影響するか? 移行期正義の観点からも,この選挙は注目されるところである。

*1“Maina Sunuwar murder case: SC orders Kavre court to produce documents: Three ex-Nepal Army officials were sentenced to life in prison in April,” Kathmandu Post, Nov 7, 2017
*2 Victor Talukdar, “Nepal Army challenges Kavre District Court verdict in Maina Sunuwar murder case, SC calls for case documents,” The aPolitical, 07/11/2017
*3 International Commission of Jurists & Amnesty International, “OPEN LETTER TO THE ATTORNEY GENERAL OF NEPAL: PURSUE APPEAL IN MAINA SANUWAR’S CASE,” 19 May 2017
*4“Maina Sunuwar murder: Nepal soldiers convicted of war-era killing,” BBC, 17 April 2017
*5 Advocacy Forum Nepal, “The District Court Kavrepalanchowk Convicts Three out of Four Army Officers Accused of Maina’s Murder,” 17 April 2017
*6“Maina Sunuwar murder case: Court awards life imprisonment to 3 NA officers,” Kathmandu Post, Apr 17, 2017
*7 INSEC, “Maina Sunuwar Murderer Gets Life Imprisonment,” April 17, 2017
*8 Nabin Khatiwada, “Kavre court slaps life term on 3 NA officers, acquits Basnet,” Republica, April 17, 2017
*9“Nepal: Ensure Truth, Reparation and Justice: 8th Anniversary of the Killing of Maina Sunuwar, 15,” Human Rights Watch, February 17, 2012
*10 Human Rights Watch, “Joint Open Letter to Prime Minister Khanal of Nepal on Persistent Impunity,” 2011/05/24
*11 Brad Adams (Human Rights Watch) , “Nepal’s elusive justice,” The Kathmandu Post, September 16, 2011
*12 INSEC, “Profile of Disappeared Persons: Profi le of the persons subjected to enforced disappearances during armed confl ict in Nepal (From February 13, 1996 to November 5, 2006),” 2011
*13 Meenakshi Ganguly (Human Rights Watch), “Nepal: Torture vs Democracy,” Open Democracy, February 18, 2010
*14 Advocacy Forum Nepal, “Maina Sunuwar: Separation Fact from Fiction,” 2010
*15 Human Rights Watch, “Nepal: Hand Over Murder Suspect to Police: Army Officer Accused of Murder Removed as UN Peacekeeper,” December 14, 2009
*16 Amnesty International, “Nepal: Major accused of torturing girl to death must be arrested,” 8 December 2009
*17“How Maina was killed,” Nepali Times, 01 SEPT 2006 – 07 SEPT 2006
*18 United Nations Office of the High Commissioner of Human Rights in Nepal, “The torture and death in custody of Maina Sunuwar,” December 2006

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/12/01 at 13:41

選挙と移行期正義(1):ウジャン・シュレスタ殺害事件

国会・州会ダブル選挙まで,あと1週間。この選挙は,人民戦争後平和構築の制度的総仕上げとなる重要な選挙だが,もう一つ,見落としてならないのが,戦後処理としての移行期正義との関係。

1.ネパールにおける移行期正義の難しさ
人民戦争(マオイスト紛争)においては,政府・議会政党側もマオイスト側も,強制失踪,拷問,虐殺,財産強奪など様々な人権侵害に関与した。戦後平和構築においては,これらの重大な人権侵害につき,事実を解明し,それに基づき加害者の謝罪と必要な場合には処罰,および被害者の救済が行われなければならない。公正な移行期正義の実現である。

この移行期正義の実現には,誰しも建前としては反対しない。しかし,現実には,そうはいかない。ネパール人民戦争は,交戦当事者のいずれか一方の勝利ではなく,両者の停戦・和平という形で終結した。そのため戦後体制には人民戦争を戦った政府側諸勢力とマオイストの双方が参加し,軍や警察による人権侵害を裁こうとすればNC,UML,RPPなどが,逆に人民解放軍による人権侵害を裁こうとすればマオイストが,反対する。

ネパールにおいて,移行期正義は,政党とりわけその有力幹部たちにとっては,人権問題である以上に,自分たちの命運を左右しかねない重要問題なのである。

2.ウジャン・シュレスタ殺害事件
この移行期正義は,今回の選挙においても当然取り上げられ,政治問題化している。最も注目されているのが,マオイスト幹部によるウジャン殺害事件。その概要は,報道によれば以下の通り(*3,*4)。

ウジャン・クマール・シュレスタ(Ujjan Kumar Shrestha)はオカルドゥンガの住民。そのウジャンの身内が異カースト間結婚をしたことに怒り,あるいは別説ではウジャンがスパイ行為をしたと疑い,地元出身のマオイスト幹部バルクリシュナ・ドゥンゲル(Balkrishna Dhungel)が1998年6月24日,プシュカル・ガウタムら仲間7人を引き連れウジャンを待ち伏せて襲撃,銃で撃ち殺し,遺体をリクー川に投棄した。

事件後,弟のガネシュ・クマールが兄殺害を訴え出ようとしたところ,やはりマオイスト集団に彼も虐殺された。さらにガネシュの娘ラチャナも,父の居所をうっかりマオイストに告げてしまったため父が殺されたと思い込み,自殺してしまった。


 ■ウジャン(左)とドゥンゲル(右)(FB: No Amnesty for BalKrishna Dhungel 2011-11-11)

3.ドゥンゲル裁判と議員特権
ウジャン殺害6年後の2004年5月10日,オカルドゥンガ郡裁判所が,ドゥンゲルに対し,ウジャン殺害の事実を認め,財産没収の上,終身刑に処するとする判決を下した。他の仲間7人も有罪判決を受け,ドゥンゲルとともに収監された。

ところが,ドゥンゲルは判決を不当とし,ラジビラジ上訴裁判所に上訴,2006年に無罪判決を受け,釈放された。そして,2008年4月には制憲議会選挙にオカルドゥンガ選挙区からマオイスト候補として立候補して当選,議員となった。

これに対し,ウジャン家族は最高裁に上訴,2010年1月3日最高裁においてラジビラジ上訴裁判所無罪判決を取り消し,オカルドゥンガ郡裁判所判決を支持する判決を得た。ドゥンゲルを財産没収のうえ終身刑とする判決が確定したのである。

ところが,最高裁判決が出たにもかかわらず,ドゥンゲルは「議員特権」により収監されなかった。そして,翌2011年11月8月には,バブラム・バタライ首相(マオイスト)が,ドゥンゲルに大統領恩赦を与えるよう大統領に勧告した。これに対し,最高裁は2011年11月23日に恩赦手続き停止命令,2016年1月7日には恩赦禁止命令を出し,さらに2016年4月16日には警察総監に対しドゥンゲル逮捕命令を出した。しかし,これらの最高裁命令にもかかわらず,ドゥンゲルは依然として収監されることはなく,自由を謳歌していた。

この最高裁命令無視に対し,2017年10月24日,ディネシュ・トリパティ弁護士が警察総監を法廷侮辱容疑で告発した。ここに至って,警察は2017年10月31日,ようやくドゥンゲルを逮捕し,ディリバザール刑務所に送った。この手続きが確定すれば,ドゥンゲルはオカルドゥンガ郡裁判所判決後の収監期間を差し引く,残りの12年5か月余の期間,収監されることになる。

4.マオイストのドゥンゲル擁護
以上が,ウジャン殺害とその後の経過の概要だが,ドゥンゲル再逮捕,収監へと大きく動き始めたのは,国会・州会ダブル選挙日程がほぼ決まり,選挙戦が本格化し始めたころからであった。したがって,マオイスト幹部であり国会議員選挙出馬予定のドゥンゲル逮捕への動きが,選挙と関係しているとみるのが自然であろう。

ドゥンゲル再逮捕への動きが出ると,マオイストは党を挙げて彼を守ろうとした。たとえば,2017年3月12-13日,マオイストはラメチャップ郡で集会を開き,ドゥンゲル逮捕を命令した最高裁判決を激しく非難した。ドゥンゲルはこう演説した。「最高裁判決は破棄させる。・・・・この判決を下した裁判官を逮捕してやる。」(*12)

2017年10月30日,ドゥンゲルが逮捕されると,マオイスト幹部のディペンドラ・ポウデルは,こう非難した。「この逮捕投獄は,進行中の平和構築への重大な攻撃だ。この種の事件は移行期正義の手法で解決することに諸党が合意していたのに,いまになって逮捕が強行された。これは平和構築の完成を危うくすることになる。・・・・これは,包括和平協定と憲法の規定および精神に反している。」(*21)

また,マオイスト報道担当幹部のパンパ・プーサルも,「和平合意の精神に照らせば,戦時の事件は真実和解委員会(TRC)において解決されるべきである」と述べ,ドゥンゲル逮捕は選挙を失敗させる恐れがあると警告した(*20)。

さらに戦闘的マオイスト組織として知られている「青年共産主義者同盟(YCL)」も,ウジャン事件は「真実和解委員会」を通して解決されるべきだとして,彼の即時釈放を要求した。そして,もし釈放されないなら,人民戦争期のNCやRPPの関与が疑われる事件をすべて暴き,責任者を告発する,と警告した(*19)。

このように,ドゥンゲル逮捕にマオイストが激しく抵抗するのは,人民戦争期の重大な人権侵害事件に党首プラチャンダをはじめ党幹部の多くが多かれ少なかれ関与しているとみられており,ドゥンゲル逮捕を認めると,責任追及が彼ら幹部たちにも及びかねないからである。

5.ドゥンゲル擁護の根拠
しかしながら,マオイストによるドゥンゲル擁護にも根拠がないわけではない。第一に,人民戦争関係諸事件は真実和解委員会ないし移行期正義の手法により解決することが,停戦・和解の際,取り決められていたこと。

そして,第二に,マオイストが警告しているように,重大な戦時人権侵害には政府側の軍や警察あるいはNC,UML,RPPなど当時の議会主要諸政党が関与していたことが少なくないこと。マオイスト側の戦時人権侵害を刑事事件として裁くなら,政府側も裁けということになり,下手をすると紛争再発となりかねない,というわけである。

5.移行期正義の難しさ
これは難しい問題だ。ウジャン家族をはじめ被害者家族は,戦時人権侵害に対する損害賠償と責任者の厳罰を要求している。

内外の人権諸団体も,重大な戦時人権侵害を政治取引により免罪にすることには,強く反対している。たとえば,フレデリック・ラウスキー国際法律家協会(ICJ)アジア太平洋地域委員長はこう批判している。「人権侵害容疑者たちを守ることが,政治的支持を得たり政治的協力関係を作るための交渉の切り札として使われた。・・・・政党間取引のため人権尊重義務が損なわれるようなことをしてはならない。」(*26)

純然たる平時においては,確かにその通りだ。しかし,泥沼の人民戦争を終結させるため政治的に採用されたのが移行期正義ないし真実和解委員会による和解。戦時を平時にどう移行させるか,これは難しい。

6.選挙で問われる移行期正義の在り方
ウジャン殺害事件は,選挙戦本格化とともに大きく動き,マオイスト幹部のドゥンゲルが2017年10月31日,犯人として逮捕・投獄された。

そして,選挙管理委員会は2017年11月6日,ドゥンゲル立候補への異議申し立てを受理し,マオイスト比例制候補者リストから彼の名を削除した。マオイストの政治的敗北である。

今回の選挙でNCやRPPが大勝すればマオイスト側の戦時人権侵害が,逆にマオイストを中心とする共産党連合が大勝すれば旧政府側の戦時人権侵害が,表に出され,責任追及が激しくなる可能性がある。

戦争から平和へ――その移行の総仕上げとなる国会・州会ダブル選挙において,移行期正義はどうあるべきかも問われている。

■オカルドゥンガ(赤印)

[1998]
*1 DEWAN RAI, “Apex court denies clemency to murder convict Dhungel: Issues mandamus order to send Maoist leader to prison for life,” Kathmandu Post, June 24, 1998
[2010]
*2 INTERNATIONAL COMMISSION OF JURISTS, “ICJ urges the Government of Nepal to cease obstruction of justice,” ICJ, 5 October 2010
[2011]
*3 Advocacy Forum, “UJJAN KUMAR SHRESTHA,”
http://advocacyforum.org/fir/2011/10/ujjan-kumar-shrestha.php
*4 KANAK MANI DIXIT, “The lords of impunity,” Nepali Times, #578 (11 NOV 2011 – 17 NOV 2011)
[2014]
*5 “Jail-sentenced former Maoist cadre arrested & jailed,” Kathmandu Post, May 13, 2014
*6 Pranab Kharel, “SC to begin fresh hearing on appeal against Dhungel,” Kathmandu Post, Sep 5, 2014
[2016]
*7 NABIN KHATIWADA, “No presidential clemency for Bal Krishna Dhungel: SC,” Republica, 07 Jan 2016
*8 Nabin Khatiwada, “SC body again tells police to arrest murder convict Dhungel,” Rpublica, December 27, 2016
[2017]
*9 Deepak Kharel, “‘Murder-convict Dhungel hasn’t been arrested because police don’t want it’,” Republica, January 6, 2017
*10 “Prachanda Talks About Balkrishna Dhungel,”
http://khabarvideo123.blogspot.jp/2017/02/prachanda-talks-about-balkrishna-dhungel.h
tml
*11 Anil Bhandari, “Murder-convict Dhungel felicitated in Okhaldhunga,” Republica, March 14, 2017
*12 “Issue arrest warrant against Bal Krishna Dhungel: SC orders IGP Aryal,” Kathmandu Post, Apr 13, 2017
*13 “Supreme Court tells police to nab Bal Krishna Dhungel in a week,” Himalayan Times, April 13, 2017
*14 “Rule of lawlessness: The row over Balkrishna Dhungel inaugurates a new turbulence,” Indian Express, April 17, 2017
*15 “Contempt of court writ filed against IGP Aryal,” Kathmandu Post, Oct 24, 2017
*16 “IGP charged for neglecting Supreme Court’s verdict to arrest Dhungel,” Republica, October 24, 2017
*17 Shirish B Pradhan, “Maoist party leader arrested for murder during Nepal civil war,” Outlook India. 31 OCTOBER 2017
*18 “CPN (MC) demands prompt release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*19 “YCL demands immediate release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*20 “CPN-MC calls for Dhungel’s release,” Himalayan Times, October 31, 2017
*21 “Finally, murder-convict Dhungel arrested, sent to jail,” Republica, November 1, 2017
*22 “Demonstration in Okhaldhunga demanding Dhungel’s release,” Kathmandu Post , Nov 1, 2017
*23 “Murder convict Dhungel sent to prison,” Peoples Review, 2017/11/01/
*24 “Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability” Kathmandu Post, Nov 2, 2017
*25 Vinita Rawat, “Nepal: Arrest of Maoist leader Dhungel raises hope of justice for war-era victims,” The aPolitical | 02/11/2017
*26 “Search for truth and justice continues in Nepal: ICJ; Says arrest of Maoist leader Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability,” Kathmandu Post, 02-11-2017
*27 “Half a milestone: Maoist leader Dhungel’s arrest for war-era murder should now be followed by broader prosecution,” Kathmandu Post, Editorial, Nov 2, 2017
*28 Ritu Raj Subedi, “Arrest Order Against Dhungel A Blow To Prachanda,” Rising Nepal, 4 November 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/11/19 at 21:02

強制失踪,脛に傷の体制エリート

8月30日は「強制失踪被害者の日(International Day of the Victims of Enforced Disappearances)」。ネパールでも,強制失踪者の家族や支援者らが,失踪事件の解明と被害家族の救済を訴えた。

 

1.強制失踪防止条約
「強制失踪」とは,国家機関等が不法に人の自由を奪い,強制的に失踪(行方不明に)させること。国連は,このような行為を「強制失踪犯罪」と定め,それを処罰するため,「強制失踪防止条約」を採択した(総会採択2006年,条約発効2010年)。

この条約は,締約国に次のことを義務づけている。
 ・強制失踪は「人道犯罪」であり,刑法で「犯罪」と規定すること。
 ・強制失踪を調査し,責任者を訴追すること。
 ・強制失踪申し立ての権利を保障し,速やかに当該の件につき調査すること。
 ・強制失踪調査機関に必要な権限と財源を付与すること。
 ・秘密拘禁の禁止。
 ・強制失踪の被害の回復。

強制失踪防止条約は現在,署名96か国,批准57か国。日本は2007年署名,2009年批准したが,ネパールは未署名。(米英ロ中なども未署名。)

2.人民戦争期の強制失踪
ネパールでは,人民戦争(1996-2006)において,死者約1万3千人のほかに,強制失踪者も千数百人だしている。(失踪の訴えは多数あり,実数はまだ不明。)

人民戦争は,王国政府とマオイストが国民を巻き込んで戦った内戦であり,強制失踪には交戦両当事者のいずれもが関与している。政府側(王国軍,武装警察,警察など)はマオイスト容疑で,逆にマオイスト(人民解放軍など)は反マオイスト容疑で,人々を連行し,多くの場合拷問を加え,おそらく殺害し,そのまま行方不明にしてしまった。強制失踪である。

現在,「強制失踪者調査委員会(CIEDP: Commission for the Investigation of Enforced Disappeared Persons)」(後述)には,強制失踪の訴えが2870件だされているという。このうちバルディア284件,ダン124件,バンケ121件。

バルディアが最多だが,ここには王国軍のチサパニ基地があり,ここが反政府派の取り調べに利用された。連行されてきた人々の大半がタルー族の若者で,拷問され殺害されたとされるが,詳細不明。これに対し,マオイスト側もバルディアで十数名を連行,行方不明にしてしまったとされる。まさしく強制失踪の応酬,こうしたことが人民戦争期には極西部,中西部を中心に全国各地で行われたのである。

3.強制失踪者調査委員会の機能不全
強制失踪については,「包括和平協定」(2006年11月)でも「2007年暫定憲法」(33(q)条)でも解決への努力が規定されていた。そして2014年には,「失踪者調査および真実和解委員会法」が制定され,これに基づき2015年2月には「強制失踪者調査委員会(CIEDP)」と「真実和解委員会(TRC)」が設立された。両委員会の任期は当初2017年2月10日までだったが,1年延期され2018年2月10日までとなっている。

しかし,CIEDPやTRCが設立されても,強制失踪問題への取り組みは,一向にはかどらなかった。人民戦争を戦い強制失踪に何らかの形で関与したとされる政府側とマオイスト側の幹部が,ほとんどそのまま和平後新体制の中枢にいる。したがって,強制失踪の解明を進めると,責任追及が彼ら自身にまで及びかねない。そのため,CIEDPやTRCには権限も予算も十分には与えられず,委員会の政治的独立も十分には保障されていない。強制失踪の解明が進まなかったのは,当然といえよう。

 ■CIEPD / TRC

4.新聞各紙の強制失踪問題報道
ネパール各紙も,この状況を次のように批判している。

「彼らはどこに?」ネパリタイムズ,8月29日(*1)
強制失踪者調査委員会(CIEDP)は,任期あと半年のため,任期再延長を求めているが,犠牲者家族はCIEDPには失望してしまっている。「いまや政府は,われわれの家族の拘束・拉致を命令した人々により動かされている。政府に従っているだけのCIEDPには何の期待もできない」(失踪者家族全国ネット議長ラム・バンダリ)。調査できないなら,委員は辞職せよ。

「正義の失踪」ネパリタイムズ,9月1日(*2)
強制失踪は,革命や反乱鎮圧を名目として行われた犯罪である。ところが,当時首相だったデウバ[首相在職1995-97, 2001-02, 2004-5, 2017-]やマオイスト党首のプラチャンダ[首相在職2008-09, 2016-17]が,いまや政府を率いており,ともに相手の罪を水に流そうとしている。

CIEPDとTRCには,彼らの息のかかった人物が送り込まれている。「任命された彼らの仕事は,調査を失速させ,指導者らを免罪にすることだけだった。」最高裁が有罪としたケースですら,TRCは無罪とした。「これら2委員会は,正義を実現する政治的意思をもたず,したがって当然,任期延長の理由もない。」

RK・バンダリ「失踪」カトマンズポスト,8月30日(*3)
「CIEDPは真実と正義を追求する政治的意思を持たず,もっぱら政治的利害に奉仕する弱々しい機関のようだ。・・・・この2年半,委員会は公平な犠牲者調査を怠ってきた。委員の大半が政党により忠実な代理人として任命された事実をみれば,これはなにも驚くべきことではない。」

「足跡もなく」カトマンズポスト社説,9月1日(*4)
「強制失踪は重大な人権侵害であり,国際法では犯罪とされている。ネパールは,この犯罪の重大さを認識し,それに見合う刑罰を定めねばならない。ネパールの移行期正義の問題点の一つは,まさにそれを定めた法がないことにある。・・・・」

「CIEDPとTRCが設立されて3年が過ぎようというのに,重大な人権侵害や虐待の犠牲者たちに正義はまだもたらされていない。ネパールの移行期正義は,制度的にも運用においても,国際基準にははるかに及ばない。」

「いまネパールでは,強制失踪を犯罪と定める法案が準備されている。・・・・しかし,この法案には欠陥があり,国際基準にははるかに及ばない。ネパールには,強制失踪に関する明確な国法がぜひとも必要である。」

5.改正刑法の強制失踪罪
ネパール政府は,強制失踪被害者の要求や国際社会からの圧力を受け,刑法(ムルキアインの刑法部分)を改正し,そこに強制失踪を犯罪とする規定を組み込むことにした。改正刑法案は8月9日,立法議会で可決され,あとは大統領の署名を待つだけとなっている。

この改正刑法の正文はまだ見ていないが,報道によれば,強制失踪に関する規定は不十分で,国際基準にも2007年の最高裁判決にもはるかに及ばないものだという。もしそうだとすると,皮肉にも,強制失踪が現体制にとっていかに敏感な問題かを,改正刑法が如実に物語っているとみてよいであろう。

(注)刑法改正について
8月の刑法改正では,強制失踪のほかに,チャウパディ(生理中女性隔離),ダウリー(持参金),奴隷労働,環境汚染などが犯罪として規定された。また,人身売買,重婚,強制結婚,レイプ,結婚年齢20歳以上,ハイジャック,ジェノサイドなどについても規定された。大幅な改正であり,特にチャウパディ禁止が注目された結果,皮肉にも,強制失踪規定からは目が逸らされる結果となってしまった。

*1 Om Astha Rai, “Where are they?,” Nepali Times, 29 Aug 2017
*2 “Disappearance of justice,” Editorial, Nepali Times, 1-7 Sep, 2017
*3 Ram Kumar Bhandari, “The disappeared,” Kathmandu Post, 30 Aug 2017
*4 “Without a trace,” Editorial, Kathmandu Post, 1 Sep 2017
*5 Om Astha Rai, “Toothless commission,” Nepali Times, 23-29 Aug 2016
*6 Nepal’s Transitional Justice Process, ICJ, August 2017
*7 “Nepal’s transitional justice mechanisms have failed to ensure justice for victims: ICJ,” Kathmandu Post, 8 Aug 2017
*8 Profile of Disappeared Persons, INSEC, 2011
*9 Ashok Dahal, “Landmark legal reform bills passed,” Republica, 10 Aug 2017
*10 “Criminal code passed, Chhaupadi criminalized,” Republica, 9 Aug 2017Nepal
*11 真実和解委員会の構成と機能(4)
*12 真実和解委員会任期,最高裁判決無視し1年延長

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/09/11 at 15:25

カテゴリー: マオイスト, 人権, 人民戦争

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真実和解委員会任期,最高裁判決無視し1年延長

プラチャンダ内閣は2月9日,「真実和解委員会(TRC: Truth and Reconciliation Commission)」と「失踪者調査委員会(COID: Commission on Investigation of Disappeared Persons)」の任期を1年延長し,2018年2月10日までとした。

TRCとCOIDは,マオイスト人民戦争(1996-2006)終結のため締結された包括和平協定(2006年11月)に基づき制定された「TRC法(強制失踪者調査および真実和解委員会法)2014年」(2014年5月11日公布施行)の規定に従い,2015年2月10日に設置された。当初の任期は,2017年2月10日まで。

ところが,TRC(とCOID)は,任期満了のこの2月10日までに,その任務を果たすことが出来なかった。幾度か指摘したように(参照:真実和解委員会),人民戦争期には,重大な人権侵害が多数行われ,加害者は政府側にもマオイスト側にもいた。しかも,包括和平協定後の現体制は,人民戦争を戦った主要諸勢力がすべて参加して構築し,維持してきたものだ。したがって,人民戦争期の人権侵害を追及していけば,必然的に主要政党政治家や政府高官など,現体制下の有力者の責任が問われることになるのは避けられない。調査を担うTRCそれ自体ですら,有力諸政党代表により構成されているといっても過言ではないのである。

そのため,TRCとCOIDは設置されたものの,調査は遅々として進まなかった。被害の受付こそ2016年2月から始められ,約6万件を受け付けたものの,2017年2月10日の任期切れまでに調査を完了したものは1件もない。重大事件であればあるほど,加害者は現体制下の有力者だからである。

この状況に被害者たちは不満を募らせ,国際人権諸団体の支援も得て,政府に対し実効的な正義の実現を強く迫っていった。プラチャンダ内閣は,この要求に押され,TRC任期を1年延長し,調査の継続を図ることにしたわけである。

しかし,この泥縄のTRC任期延長には,人民戦争被害者やその支援諸団体が,厳しい批判を加えている。たとえば,サム・ザリフィ国際法律家委員会アジア局長は,次のように指摘する。

「被害者らは正義を求め10年以上待ち続けており,もはや移行期正義の手法への希望を失いつつある。・・・・ネパール政府が,TRC法を最高裁判決と国際法に沿うよう改正し,かつ両委員会の任務遂行を2年間にわたり阻害してきた根本的諸要因を除去する具体的な対策をとらなければ,両委員会の任期延長は無意味となるであろう。」(IJC「ネパール:実効的権限付与なしの移行期正義委員会任期延長は犠牲者の信頼への裏切りである」IJC, 10 Feb. 2017)

【参照1】TRC法,2014年
第26条 アムネスティ(要旨) 委員会は,十分に合理的な理由があると認めた場合,重大な人権侵害についてもアムネスティ(赦免)を政府に勧告することが出来る。

【参照2】最高裁判決(2015年2月26日)要旨
(1)重大な人権侵害を赦免するTRC法のアムネスティ条項は不当。
(2)同意なき和解は認められない。
(3)法廷係争中の事件をTRCに移送してはならない。
(4)TRC法,特に上記(1)は,ネパール国家の国際法上の義務に違反。

また,ネパール立法議会でも,「社会正義・人権委員会」が2017年2月9日,政府に対し,TRC法を最高裁判決に沿うよう改正し,委員会には必要な予算と人員を配分せよ,と勧告している。

しかし,それでもなお,プラチャンダ内閣は,そうした要請をことごとく無視し,TRC任期の1年延長だけにとどめた。これでは,移行期正義の手続きを進め,人民戦争被害者を救済し,和解を実現していくことは,困難であろう。

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*1 ICJ, “Nepal: extending transitional justice commissions without granting real powers betrays trust of victims,” International Commission of Jurists, February 10, 2017
*2 Alexandra Farone, “Nepal extends deadlines for war crimes investigations,” jurist.org, Friday 10 February 2017
*3 “Nepal extends term of war crimes probes by one year,” Himalayan Times, February 10, 2017
*4 “AI, HRW call to extend mandates of TRC, CIEDP,” Himalayan Times, February 05, 2017
*5 LEKHANATH PANDEY, “Conflict victims question TRC’s efficacy,” Himalayan Times, February 07, 2017
*6 “House panel tells govt to amend TRC and CIEDP Act,” Republica, February 11, 2017
*7 “Nepal: Supreme Court Strikes Down Amnesty Provision in Truth and Reconciliation Law,” The Library of Congress (USA), Mar. 17, 2015
*8 Wendy Zeldin, “Nepal: Supreme Court Rules Government Ordinance on Truth and Reconciliation Commission to Be Unconstitutional,” The Library of Congress (USA), Jan. 8, 2014
*9 Monica Moyo, “Nepali Supreme Court Rejects Amnesty for War Crimes,” The American Society of International Law, March 6, 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/02/14 at 19:52

ハンスト闘争の政治的効果

ネパールにおける2つのハンスト闘争が,政府を動かし始めた。

一つは,人民戦争末期のクリシュナ・プラサド・アディカリ虐殺事件。母ガンガマヤが公正な裁判を求め,ハンストを続けてきた。(参照:戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(1) (2)(3)) これに対し,チトワン郡裁判所が9月25日,審理再開を発表した。被告は13人。主犯とされるチャビラル・ポウデルは逃走中,8人は保釈中(2014年4月17日決定),そして2人は行方不明。裁判所は,必要ならさらに証拠を調べるが,不要なら結審し判決を下すことになるという。

もう一つは,ゴビンダ・KC医師による医科教育改革要求。(参照:ゴビンダ・KC医師のハンスト闘争) 議会は9月25日,ダニラム・ポウデル教育大臣提出の「ネパール医科教育法2073年」に関する議案の審議を開始することを決議した。

以上の二つの動きは,ハンスト闘争により要求されてきたものである。その意味では,ガンガデビやゴビンダ医師のハンスト闘争は一定の成果を上げたといえるが,結果がどうなるかは,まだわからない。クリシュナ・アディカリ虐殺事件裁判にも医科教育改革にも,大きな利権が複雑に絡み合っているからである。

160819 160907
■ハンスト中のガンガマヤ(INSECOnline8月11日)/ゴビンダ医師(保健省FB9月3日)

*1 Parliament endorses proposal on Nepal Medical Education Bill 2073 BS, Kathmandu Post, 25-09-2016
*2 Hearing on Adhikari’s murder case begins, Kathmandu Post, Sep 25, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/27 at 11:59

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(5)

4.英政府の拷問加担責任:ムスタン作戦
英国は,普遍的裁判管轄権によりラマ大佐を逮捕・訴追したが,英政府自身が関与した人民戦争期の重大な人権侵害については頬かむりしてきた。これでは,通訳が見つからないといった不可解な理由でラマ大佐裁判の幕引きを図ったのには裏があるなどと疑われてもやむをえまい。

160915■MI6

英政府は,人民戦争においては,国王政府の側を経済的・軍事的に支援した。特に戦争後期,国王政府が劣勢に陥ると,諜報機関MI6(Military Intelligence, Section 6)を動員して「ムスタン作戦(Operation Mustang)」(2002~06年)を強力に支援した。諜報作戦用の秘密施設を4つ開設し,備品を整え,王国軍軍人や「国家調査局(NID)」要員を訓練した。

この「ムスタン作戦」については,従来あまり知られていなかったが,ジャーナリストのトマス・ベルがその著『カトマンズ』(2014年)でその内幕を暴露し,大問題になった。著者によれば,英国と「ムスタン作戦」の関係は,次のようなものであった。

160915a160915b■トマス・ベルFBより

「ムスタン作戦に参加したネパールの情報機関要員や軍将校らによると,英国援助により彼らの作戦は大幅に強化され,約100人を捕らえることが出来た。/ 正確な人数はわからないが,捕らえられたものの何人かは拷問され,失踪した。」(*1) たとえば,人民解放軍のプラシャント(サドゥラム・デブコタ)司令官。2004年,ムスタン作戦で捕らえられ,6週間後,首をくくって死んでいるのが発見された。しかし,当局は自殺と発表しただけで,調査はしていない(*1,2)。

このように,ムスタン作戦で相当数のマオイストやマオイスト容疑者が捕らえられ,拷問され,何人かは殺され,あるいは強制失踪した。秘密作戦のため,実数ははっきりしないが,相当数の犠牲者が出ていることに間違いはない(*2)。

では,英国政府は,このことを知っていたのか? 英国外務省報道官は,こう説明している。

「情報活動については,繰り返し説明してきたように,コメントはしないが,英国は拷問や残虐で非人間的で人格を否定するような処遇や処罰を要請したり,教唆したり,見て見ぬふりをしたりはしない。」「どのような状況においても,英国要員には,そのような行為をする権限は与えていない。われわれは,そのような行為をしないし,他の人々に依頼してそのようなことをさせたりもしない。」「第三者により拷問がなされるとわかっていて,あるいはそう考えられる場合,それに関わる行為を許可することは決してない。」(*1)

この英国政府の公式見解に対し,トマス・ベルは,こう反論している。

「[インタビューしたあるネパール軍将校によれば]彼らは,英国人としては人権を考慮しなければならないと思っていたかもしれないが,しかし彼らが,捕らえられた人々に何が起こっているかについては正確に知っていたはずである。」(*2)「英国は,・・・・拷問絶滅を呼び掛けながら,実際には,拷問されるに違いないとわかっている人々を捕らえさせるため,極めて大きな援助を極秘裏にしていたのである。」(*1,2)

また,人権監視(HRW)アジア局上席研究員デジシュリ・タパも,こう述べている。

「2002年までに,ネパール軍は即決処刑,拷問,保安拘禁をする残虐な軍隊として知られるようになっていた。そのような軍隊を支援するのは,虐待や免責を擁護・促進するに等しいことだ。」(*1)

それだけではない。トマス・ベルによれば,「ある人々は,移行期正義を利用して紛争の一方の当事者であるマオイストをもっぱら攻撃している」(*3)。また,父親を警察に連行されたマンジマ・ダカールも,移行期正義がNGOのための「人権産業」になっていると指摘し,「紛争中に国軍が行ったことが忘れられようとしている。移行期正義をこのように政治化することが真実と和解にとって役立つはずがない」と厳しく批判している(*3)。

英国MI6はスパイ諜報機関であり,その活動にはつねに秘密がつきまとう。しかし,西側諸国にとってネパール・マオイストが殲滅すべき左翼過激派であったことは明白であり,事実,アメリカは2012年まで「テロリスト」指定を解除しなかった。したがって,そうした状況を考え合わせるなら,MI6が「ムスタン作戦」におけるマオイスト拷問を黙認し,結果的にそれを助長したとするトマス・ベルらの批判には,相当の説得力があるといってよいであろう。

もしそうだとするなら,欧米の普遍的裁判管轄権を主張する人権諸団体は,なによりもまず自国政府による外国での重大な人権侵害を告発し,厳しくその責任を問うべきであろう。

*1 “Britain accused of conniving at torture of Maoists in Nepal’s civil war,” The Guardian, 2014/aug/31
*2 “Operation Mustang: United Kingdom’s MI6 aided torture of Maoist cadres,” Kathmandu Post = AFP, 2014-09-01
*3 Gyanu Adhikari, “UK’s ‘covert acts’ during Nepalese civil war,” Aljazeera, 2014/09/19
*4 Robin Pagnamenta, “MI6 ‘complicit in torturing and killing Maoist rebels’,” The Times, August 30 2014
*5 “Kathmandu by Thomas Bell – review,” The Guardian, 2016/apr/24
*6 “An excerpt from Thomas Bell’s fascinating Kathmandu,” Hindustan Times, Aug 31, 2014
*7 Robin Pagnamenta, “UK spy role in Nepal: Book,” Aug. 30, 2014
*8 “Book: UK spies aided torture of Nepal reds,” AFP, Sep 1, 2014

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/15 at 18:37

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(4)

3.実質的処罰としてのラマ大佐裁判
クマール・ラマ大佐は無罪となり,ネパールに帰国し国軍に復帰するが,英国における逮捕・拘置・裁判は,彼にとって極めて大きな重い負担となった。3年半余りの身柄拘束,弁護料43万ポンド(6千万円)ともいわれる巨額裁判費用,重罪判決への不断の恐怖,経歴と人間関係の切断による損失,等々。

一方,拷問被害者の側からすれば,加害者は厳正に裁かれ処罰されなければならない。それが国内でかなえられないなら,たとえ外国での裁判によってであれ。重大な人権侵害に対する普遍的裁判管轄権は,人権の普遍性を根拠に,被害者のそのような切実な要求に応えようとするものである。

しかし,ここで問題となるのが,外国での裁判の場合,犯罪事実の立証に大きな困難が伴うということ。グローバル化したとはいえ,国家の障壁はまだまだ高く,文化の相違や交通の困難も大きい。外国での犯罪の場合,証拠集めや証言の確保には大きな困難が伴うのが現状である。

英国でのラマ大佐裁判は,まさにその典型である。事件は,はるかかなたの南アジアの内陸国ネパールで,10年余り前に発生し,しかもネパールでは曲がりなりにも裁判は終わり昇進停止の処罰を受けている。その過去の事件を英国で再び告発し,裁判にかけることがいかに困難かは,先に引用したREDRESS声明からも明らかである。

では,そうした困難がわかっていながら,人権諸団体はなぜラマ大佐裁判を要求し告発者側に立ち裁判を支援したのか? 人権諸団体や有識者の声明等を見ると,ラマ大佐裁判は,有罪は勝ち取れなかったが,人権侵害に対する普遍的裁判管轄権の確立への大きな前進であった,と積極的に高く評価されている。

Dewan Rai(ジャーナリスト)「英国裁判所がネパール国軍クマール・ラマ大佐を無罪としたことは,紛争被害者と人権諸団体にとって一時的な後退だが,彼らによれば,紛争期の事件を普遍的裁判管轄権により裁くことが出来たという事実は,長期的に見ると一歩前進である。」(*1)
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Mandira Sharma(弁護士)「この裁判により,普遍的裁判管轄権が確立され,ネパールの他の被害者たちも訴えることが可能となり,ネパールの弁護士や人権諸団体が彼らを支援できるようになった。」(*1)
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Accountability Watch Committee「この裁判により,拷問などの人権侵害につき国内で裁判を起こせない場合は,外国で裁判に訴えることが出来るという,被害者の権利が確立された。」(*1)
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これらの声明や発言を見ると,ラマ大佐裁判は無罪判決だったが,裁判そのものは普遍的管轄権の拡充のために役立った,と肯定的に評価されている。たしかにそれはそうだろうが,しかし,これはあまりにも一面的な,手前勝手な見方ではないだろうか? いかに黒く見えようとも,ラマ大佐はあくまでも容疑者にすぎないのであり,裁判では無罪判決が下された。容疑者の人権はどうなるのか?

遠方の異文化の国の事件の裁判は難しいとわかっていながら,自分たちの掲げる目的実現のために,告訴を働きかけ,裁判闘争を支援する。たとえ無罪判決となろうが,長期間の拘束,巨額の裁判費用,有罪判決への恐怖といった事実上の処罰をすることにより,つまり見せしめとすることにより,自分たちの崇高な目標に一歩でも近づければ,それでよい。そういうことだろうか? 「レパブリカ」記事はこう批判している。

「普遍的裁判管轄権それ自体には何ら問題はない。その目的は崇高だ。しかし,その適用には,どこかご都合主義的で危険なところがある。/ ラマ大佐の場合,英国裁判所には,ネパール自身が移行期正義機関を設置する以前に,ネパール内戦期の事件を裁判にかける権利があったのか? ・・・・英国裁判所は,[ネパールにおける]裁判の遅れは裁判の否定に他ならないという信念に基づき,ラマ大佐裁判を行ったと思われる。しかし,不利な証拠が少ないのに,3年間も拘置するのは,明らかに誤りであった。ラマ大佐は,起訴事実につき無実となったのだから,英国政府が,3年間にもわたる苦闘苦悶につき,彼に賠償すべきことは,いうまでもない。」

この記事の言う通りだと思う。普遍的裁判管轄権は拡充されるべきだが,だからといって人権諸団体(たいてい欧米有力団体かその傘下団体)が,十分な証拠を集められる見込みもないのに,誰か(たいてい途上国国民)を遠方の外国(たいてい欧米諸国)において安易に告発し,長期裁判という事実上の刑罰を加え,見せしめにして苦しめ,もって自分たちの崇高な目的(普遍的裁判管轄権)を実現しようと図るのは,人道にもとることである。

*1 Dewan Rai, “Col Lama’s acquittal: Setback for moment, but ‘victory in long run’,” Kathmandu Post, Sep 8, 2016
*2 “Trial and error,” Republica, September 10, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/12 at 16:51