ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘健康’ Category

ガディマイ祭:動物供儀をめぐる論争(2)

1.2019年ガディマイ祭の概要
今年のガディマイ祭は,12月3日に水牛,翌4日に他の動物が供儀された。その供儀動物数は,報道によりかなり異なるが,おおよそ次の通り(*1,5,7,8,13,16,23,24)。
【参拝者]150万人以上
【警備要員]警官1千人,武装警官3百人
【供儀執行係]200人
【供儀動物]水牛 3千~6千5百(山羊,鶏等を含め総数?)
 [2014年 水牛 3千5百(山羊,鶏等を含め総数20万)]
 [2009年 水牛 1万(山羊,鶏等を含め総数25~50万)]

この150万人もの参拝者の約7割はインドから来た人々であり,供儀動物の多くも国境を越えインドから持ち込まれたものである。その意味では,ガディマイ祭は,ネパール人というよりもむしろインド人のための祭りという色彩が濃いとみてよいであろう(*25,26)。

ガディマイ祭において最も重要なのは,いうまでもなく水牛供儀である。今年も,数千頭の水牛が,寺院近くの柵で囲まれたクリケット場(ないしサッカー場)ほどの広場に集められ,12月3日,供儀係約200人によりククリ刀で次々と首を切り落とされていった。

供儀後の水牛については,頭は供儀数確認のため残し(確認後の扱い不明),胃腸など不要部分は穴を掘り埋めてしまう。肉や皮や骨は利用されるが,報道では具体的な利用方法がいま一つはっきりしない。
 ・肉は,供儀した人々がプラサド(供物)として食べたり持ち帰ったりする。皮は,寺院に納められて売却され,祭り経費に充てられる。(寺院高僧,Animal People Forum, 3 Dec)(*28)
 ・人々が持ち帰るか,商人に売却(Reuters, 4 Dec)(*14)
 ・カトマンズに運び,売却(New York Times, 6 Dec)(*23)
 ・インドとネパールの会社に売却(WIKI)
 ・持ち込み供儀した人々や他の参拝者らが食べたり持ち帰ったりする。(Animal People Forum, 3 Dec)(*27)
 ・チャマール(ダリット)の人々が持ち帰り,売ったり加工したりする。ただ,最近は,引き取り拒否が増加(Kathmandu Post, 2 Dec)(*10,28)

ネパールでも現在は,認可された処理施設で衛生的に処理された肉以外の取引は法律(Animal Slaughterhouse and Meat Inspection Act, 1999)で禁止されている。ガディマイ祭では,水牛以外に山羊や鶏が供儀され,大量の肉や皮が残される。冬で寒いから大丈夫とされ,供儀者や地域の人々が周辺で食べたり持ち帰ったり,あるいは商品として売買しているようだが,これには法的にも衛生的にも問題があるとされている。

■2019年ガディマイ祭FB(12月4日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/29 at 17:43

老老介護(17):蟻地獄に落ち込む前に

老老介護には様々な困難があるが,最も深刻なものの一つが,介護者の精神的・身体的疲労の蓄積の結果,介護者自身が介護の蟻地獄に落ち込んでしまうことだ。

老老介護は,介護される側も介護する側も,ともに高齢者。しかも,老化は両者ともに不可逆的に進行する。介護負担が日々重くなる一方なのに,それに反比例し,介護者の介護能力は落ちていく。

この状況では,介護者が介護を続けようと頑張れば頑張るほど,介護者には必然的に疲労が増大し蓄積していく。そして,疲労が蓄積すればそれだけ介護能力が落ちるので,介護者はさらに頑張ろうと無理をする・・・・。まさに悪循環,底無しの老老介護の蟻地獄だ。

この11月中旬,福井で71歳の妻が自分一人で介護してきた義理の父(93歳,要支援2)と母(95歳,要介護1)と夫(70歳,足不自由)の3人を殺害してしまった事件も,おそらくそうした老老介護による精神的・身体的疲労の蓄積の結果,引き起こされてしまった惨事であろう。

この妻は,3年ほど前から働きながら3人の介護をしてきた。もともと明るくて優しく,家族の世話をよくする「よい嫁」であったという。その妻による介護は,老老介護である上に,1人で3人をも介護する多重介護であった。その老老多重介護が,彼女にとって,「よい嫁」であろうとすればするほど,いかに過酷なものとならざるをえなかったか,まったくもって察するに余りある。同情を禁じ得ない。
*福井新聞「敦賀3遺体、夫殺害容疑で妻を逮捕」(11月18日),「敦賀高齢3遺体、介護の苦労漏らす」(11月18日),「敦賀殺人容疑の妻、介護うつ状態か」(12月6日)

これと比べ,私の母介護は,はるかに楽である。適当に手を抜き,息抜きをし,続けてきた。しかし,それでも,はっきりとは自覚はしていなくても,私自身の老化進行もあって,疲労は蓄積してきているようだ。

たとえば,このブログ。以前は毎日のように投稿していたのに,徐々に減少し,最近はせいぜい月数本となってしまった。関係情報を集め,読み,分析し,文章にまとめることが難しくなってきた。

といっても,私の場合,自由時間が極端に少なくなったわけではない。時間は,いまのところ,まだそこそこにはある。が,時間はあっても,介護のためそれが不規則に分断され,集中して何かをすることが出来なくなってしまった。そのため,イライラが募り,あせればあせるほど悪循環,それだけますます集中できない。これはブログ投稿だけでなく,他のことについても,多かれ少なかれ言えることである。

この状況は,身体よりも先に精神の疲労をもたらす。そして,それが少しずつ,だが着実に,蓄積していくと,眠る時間はあっても,実際にはよく眠れなくなる。そして,安眠できなければ,それは身体の不調をもたらし,不可避的に身体的な疲労をも蓄積させていくことになる。

私の場合,このような精神的・身体的疲労の蓄積は,いまのところ,まだそれほど深刻ではない(と自己診断している)。が,楽観は禁物,老老介護の底無しの蟻地獄に落ち込む前に,何か良い打開策を見つけたいと考えている。うまくいくとよいのだが・・・・。

[参照]厚生労働省「グラフでみる世帯の状況 平成30年国民生活基礎調査(平成28年)の結果から
▼要介護者等の年齢階級別にみた同居している主な介護者の年齢階級別構成割合

▼年齢別にみた同居の主な介護者と要介護者等の割合の年次推移

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/12/10 at 18:14

カテゴリー: 社会, 健康

Tagged with ,

AI化社会の近未来(6)

(7)診療のAI化
医療も,AI向きの分野だ。たとえば,内科。症状を聞き,体温,血圧,心拍数等を測り,血液や尿を検査し,必要な場合にはレントゲンや心電図等をとり,結果を基準値等と比較し診断を下す。そして,類似症例と照らし合わせ,投薬など最も有効と思われる治療をする。

この診療過程は,AIに最適と見てよい。AIの方が情報が多くて新しく,判断も速くて的確だ。すでに人間医師よりAI医師の方が診断能力が高いという実験結果がいくつも報告されている。

医療でも先駆的な中国では,すでにAI医師が診察するAI医院が開業準備中のようだ。もし開業すれば,患者はAI医師の診察を受け,処方箋をもらい,自動販売薬局で薬を買い,服用することになる。

外科は手術があるが,それでも手術ロボットがさらに進化すれば,AI任せでよくなるだろう。「神の手」など不要。

こうして医療がAI化されれば,医療は格段に速くて安くなる。AI医院・病院を開業すれば,大繁盛はまちがいない。

 *山崎潤一郎「米英で疾病の「診断」を下すAIドクターが登場。日本ではどうなるのか」@IT, 2019年06月20日

Parmy Olson, Forbes, Jun 28, 2018

(8)戦争のAI化
最後に,人間の業たる戦争のAI化。AIは戦争に備え,もちろん,すでに競って採り入れられつつある。もう少しすれば,戦争はAIに任せになり,もはや人が人を殺しあう実戦は不要となるだろう。

人間の兵士はAIロボット兵に置き換えられ,戦車,軍機,軍艦等もすべて無人AI操縦となる。戦争では,これらAIロボット兵やAI操縦武器が相互に破壊しあい,勝敗が決まる。敵の武器を破壊してしまえば,あえて敵国の住民や居住地を攻撃する必要はない。

しかし,この段階はすぐ終わり,結局は,AIが戦争シミュレーションをやり,実際に破壊しあうまでもなく,瞬時に勝敗は決してしまう。

戦争のAI化が進行すれば,人と人の殺し合いとしての戦争はなくなる。AI化による実戦の放棄!

しかし,AIによる実戦廃止が,人間にとっては,必ずしも望ましいとは言えない。AIが自動学習を進め,ブラックボックスがブラックホールのようになり,人間をAI世界に引き込み支配し始めても,人間にはそれに抵抗する手段がなくなる。

もし人間がAIの命令に背けば,AIが人間を攻撃する。人間操縦の武器などもはや時代遅れ,AI軍の敵ではない。あっという間に,人間軍は制圧され,AI支配に服することになるだろう。AIによる永遠の平和!

 * Ben Tarnoff, “Weaponised AI is coming. Are algorithmic forever wars our future?,” The Gurdian, 11 Oct 2018
 * Jayshree Pandya, “The Weaponization Of Artificial Intelligence,” Forbes, 2019/01/14

The Threat of AI Weapons, 2018

■朝日新聞,2019/08/19

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/08/24 at 11:54

カテゴリー: 社会, 軍事, 健康, 平和, 情報 IT

Tagged with , , , , ,

老老介護(16):永遠の平和へ,自然に

100歳近くの母の介護をしていると,人間も,自然な形であれば,他の動植物と同じように生命力が徐々に衰え,器官があちこちで機能停止していき,最終的な死へと向かっていくのだなぁ,と日々実感させられる。老衰による死は,他の動植物の死と同様,自然にして平和なものであるにちがいない。

たとえば樹木は,小枝が枯れ始め,大枝も一本また一本と枯れ,やがて幹が枯れ死んでいく。あるいは猫は,最近の過保護ペット化し自然=本性=本能を失った猫でなければ,視力・聴力や運動能力が次々と衰え,エサを食べなくなり,やがて死期を本能的に悟ると,家人の前から立ち去り,不幸にして他の動物に捕食されさえしなければ,そこで立木が枯れるのと同じように自然に死んでいく。かつての農家のネズミ対策用飼い猫はたいていそうであった。自然で平和で安らかな死!

母は,認知症になったため,老化・衰弱が加速しているようだ。認知症により神経回路があちこちで故障し始めたためか,言動の総合的な抑制均衡がとれなくなり,いわゆる「常識」を失い,「異常な言動」の頻度が増し,程度も激しくなっていった。精巧な機械の無数の歯車のうちのいくつかが壊れたり外れたりし始めたため,それらと連動している他の歯車が急停止や急回転を始め,制御できなくなったようなものだ。

たとえば食欲。数年前,記憶部分に加え満腹感の部分の神経回路が故障したためか,食欲が異常に昂進,むやみやたらと食べ始めた。当然,下痢をする。が,それでも食べる。しかたないので,ごはんやおやつ(菓子,果物など)を隠すと,捜し回り,冷蔵庫を縛っている鎖でさえ強引に切断しようとする。あるいは,玄関の錠を壊し,外に出て,近くにあると思い込んでいる(記憶の部分的喪失と混乱)「うどん屋」に行き,うどんを食べようとする。摂食行動を制御する満腹感回路や記憶回路が故障したため,食欲の歯車が空転を始め,回転数を無限に上げていく。(参照:老老介護(15):過食から寡食へ

あるいはまた,椅子を廊下に出し放置。以前は,掃除のとき椅子を出し入れしていた。ところが,掃除と椅子の出し入れとを関連付ける回路がどこかで切れ,椅子を廊下に出すという歯車(行為)だけが空転するようになった。椅子を誰かが部屋に戻すと,その都度,また廊下に出す。戻しては出し,戻しては出し,数分おきといったことさえあった。

このような認知症による不可解な「異常行動」が,他にもあちこちで見られるようになり,程度も加速度的に激しくなっていった。

ところが,加速度的に空転速度を上げた歯車がいずれ擦り切れたり焼き付いたりして回転を止めるのと同様に,認知症による「異常行動」も許容範囲を超えると,終息していく。

最も劇的だったのが,食欲。無際限に食べようとする典型的な認知症過食だったのに,食欲回路が擦り切れたのか,一転して食事への関心が急低下した。ご飯を出しても,おやつを出しても,なかなか食べようとはしない。食べても,量は急減,いまでは以前の三分の一,あるいはそれ以下。これでも,あれこれ食べるよう工夫してのこと。もし以前の通りなら,ほとんど食べないに違いない。これは,食欲の存在を大前提とする疾病としての摂食障害ないし拒食症ではない。食欲本能そのものが燃え尽き,無くなり始めているのだ。(参照:老老介護(15):過食から寡食へ

他の認知症による「異常行動」も,食欲ほど劇的ではないが,頻度,程度とも減少してきた。玄関錠を壊そうとしたり廊下に椅子を出したりはまだするが,数回止めさせれば,以前のように際限なく繰り返したりはしない。何であれ,何かをする意欲そのものが失われつつある。はっきりそれとわかる老衰が始まったと覚悟せざるをえない。

母のこの老衰は,認知症のため加速されてはいるが,自然なものであり,痛みや苦しみは特にない。まだ会話もできるし,自分で歩き,食べ,トイレに行き,テレビを見る(ながめる)こともできる。が,それにもかかわらず食べなくなり,何事であれ物事への関心そのものが加速度的に失われ始めた。心身はあきらかに終末へと向かいつつある。

母の老衰は,このようにごく自然なものなので,食事についても,好物中心の食べやすい料理を作り,食べるように話しかけはするが,それでも食べなければ,無理強いはせず,そのままにしている。それが自然だから。

人も自然から生まれ自然へと返る。食べなくなった猫が,平和の裡に自然に返っていくのと同じように。永遠の平和に向かって,自然に! Zum ewigen Frieden!

▼「老衰死――穏やかな最期を迎えるには」(NHKスペシャル2015/9/20

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/17 at 18:11

カテゴリー: 社会, 健康, 宗教

Tagged with , , , , ,

ゴビンダ医師のハンスト闘争(39)

10 参考資料
 (1)マンジート・ミシュラ「希望と恐怖の物語」
 (2)グファディ「狂気の権威主義的な医師」

(3)D・カイネー「無為無策の5か月」リパブリカ,2018年8月7日

—————————————
デイビッド・カイネーは極西部出身,トリブバン大学卒。Revival Ministry Nepal ( RMN )代表。人身売買防止,貧困救済等の社会活動に尽力。「リパブリカ」,「カトマンズ・ポスト」等への寄稿多数。この「無為無策の5か月」では,オリ政府の強権化・利権化を阻止し人民の利益を実現するには,市民社会自身が立ち上がるべきだと訴えている。
*David Kainee, “Five months of inaction,” Republica, August 7, 2018
—————————————

KP・シャルマ・オリ政府は,発足後5か月を経過した。その業績は,どう評価されるべきか? 昨年の地方,州,連邦の3選挙において,人民は共産党連合(現在は統合されネパール共産党)に未曽有の大勝利を与え,これによりオリは,近年のネパールにおいて最強の政府を率いることになった。首相は,「ネパール人の幸福,ネパールの繁栄」を約束したのであり,人民は,その約束の実現に向けての確かな前進を期待した。

ところが,オリ政府は次々と問題を引き起こした。政府は権威主義だという批判もあれば,議会で三分の二を握ったため傲慢になっているという声もある。[……]

先月[2018年㋆],政府は,医学教育改革の旗手ゴビンダ・KC医師に対し,この上ない傲慢さと無神経さを示した。政府は,ケダル・バクタ・マテマ委員会勧告無視の国民保健教育法案[医学教育法案]を通そうとした。[これを阻止するための]サティアグラハを行うためKC医師がジュムラに向かうと,ジュムラ郡当局は,連邦政府の要請を受け,抗議行動禁止場所を指定した。そのため,KC医師は,地域病院の暗い部屋で抗議行動を始めざるをえなかった。

オリは,KC医師の品位を汚すようなことを言った。人民の守護者として働くのではなく,自国の高貴な魂と敵対する権力者としての立場を,オリは自ら選び取った。KC医師が意識を失ったときですら,政府はそれを無視した。市民社会やメディアからの圧力が大きくなり始めてようやく,政府は交渉に転じ,結局は彼の諸要求を受け入れることに同意した。このときまでに,以前は愛国的指導者と見られていたオリの評価は,大きく損なわれてしまった。いまや彼は,コネ資本家どもの守護者と見られるようになった。

[オリ政府は公共交通や開発基金など他の諸課題についても,当初は改革を掲げたものの,実際には実行しなかった。……]

ウジャン・シュレスタ殺害事件で]有罪判決を受けたバル・クリシュナ・ドゥンゲルに対する大統領恩赦についても,政府は,多くの人々が指摘してきたように,マオイスト幹部と結託して,これを承認した。司法は政治化されてしまった。首相をはじめ大臣たちは,言葉でも行動においても,傲慢であり不寛容である。2006年人民蜂起において中心的な役割を果たしたわれわれ市民社会は,身内第一の諸政党とは距離を取り,自らを復活させる必要がある。[……]

■RMNフェイスブック

■Jeremy Snell, “David of Nepal,” (Video)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/15 at 18:44

ゴビンダ医師のハンスト闘争(38)

10 参考資料
(1)マンジート・ミシュラ「希望と恐怖の物語」

(2)グファディ「狂気の権威主義的な医師」カトマンズ・ポスト,2018年7月7日

—————————————-
鋭い風刺に満ちた興味深い論評。グファディはペンネーム。自称「偏屈老人」。カトマンズ・ポストに時評等多数寄稿。著者ブログhttp://guffadi.blogspot.com/
Guffadi, “The crazy authoritarian doctor,” Kathmandu Post, Jul 7, 2018
http://guffadi.blogspot.com/2018/07/the-crazy-authoritarian-doctor.html
—————————————-

われわれは皆,KC医師にはうんざりしていると思う。われらのこの偉大な国において,保健医療制度や医学教育の質について,KC医師だけがなぜ心配しなければならないのか? 彼を除けば,われわれはすべて,途方もない高額料金の医療で十分満足しているし,またバヤパリ[商売人]どもが医大を開設し,低水準の教育を行い無能な医者を送り出すことにより巨万の富を手にしていても,まったく気にもしない。要するに,医大投資家は,よい医者の育成よりも儲けの方を優先させているのだ!

われわれは,世界最高水準の公立病院をいくつか持っている。そこには高価な医療機器があるが,医者たちはそれを使わず,自分のクリニックを患者に紹介しそこで治療するので,病院の医療機器は無用の長物と化している。われわれはまた,世界最高水準の私立病院もいくつか持っている。そこでは,患者は,必要もない検査のため毎日何千ルピーも請求され,治療費総額は何十万ルピーにもなり,患者家族はその支払いのため土地を売るか,さもなければ完済まで患者を病院に人質として留め置かれることになる。

そう,これこそが,社会主義者[コングレス党]と共産主義者[共産党]が次々と政権を握り,あらゆる分野において一般庶民よりもバヤパリ[商売人]を優遇してきた国なのだ。いったいいつになったら,人民に小便をひっかけるのではなく,本当に人民のことを考えてくれる政府を,われわれはもつことになるのだろう? 腐敗した指導者[ネタ]たちがインドやタイやシンガポール,いやアメリカ[Amrika]にさえ治療を受けに行くのではなく,国内にとどまり公立病院で治療を受ける日は,いつになったら来るのであろうか?

わが国の前大統領[RB・ヤダブ]の前立腺ガン治療には,アメリカから医者を招かねばならない(引用者注)。わが国の政治家たちはまた,われわれ自身の国の医師よりインドの医師の方が優秀とも信じている。わが国の首領[チョラ・ネタ]たちは,この国に世界水準の公立病院を開設するためではなく,外国での治療のため何百万ルピーも費やす。にもかかわらず,われわれ人民は不平も言わず,街頭に出て抗議することもせず,腐敗した首領どもに過ちの責任を取らせもしない。われわれは,われらが小マハラジャたちが武装警官のお供を引き連れ豪華高級車でカトマンズを動き回るのを見て,せいぜい,恨みがましく不平を漏らすだけだ。
 [引用者注:ラム・バラン・ヤダブ氏は前大統領(在職2008年7月~2015年10月)。2013年,健康診断のため来日。2016年8月,前立腺ガン治療のため政府が600万ルピー支給を決定,翌9月にアメリカで手術。]

しかし,お医者様[Dr Saheb]はちがう。金も,権力も,特待特権も求めはしない。この国に良い医者が生まれることを願うのみ。貧しい人々でもよい保健医療が受けられること,それがお医者様の願いだ。彼は,この国にとって最善のものを医療の分野で求めているのだ。が,われらが政治屋たちは,彼が好きではない。というのも,彼らの多くが私立病院に投資しているか,あるいは医科大学を開設しお金をもっと儲けようと考えているからだ。

われらが偉大な共産主義者たちは,お医者様を狂気,権威主義,全身痛のようなものとみている。たしかに,体制に一人で立ち向かう改革者は狂気だ。いま,市民社会の人々は,いったいどこにいるのだろう? いわゆるフェイスブック活動家は,どこにいるのか? われわれが求めるのは,財布からいつも盗み取っている常習スリたちではなく,この国を導いてくれるお医者様,そう,まさにそのような人なのだ。

要するに,わが国では,いわゆる共産主義者のほとんどが大学や病院,いやNGOにすら投資しているということだ。お医者様は,この国の医学マフィアと闘っている。政府には,商売人たちが私立医大でしこたまゼニ儲けするのを許すのではなく,各州に医大を開設することが,なぜできないのか?

この人には,体制と闘うのではなく,何の心配もなく自分の仕事に邁進していただくべきだと思う。そうでしょう,お医者様,ハンストを幾度も繰り返すことにお疲れではないですか? 狂気のお医者様はジュムラに行き,いまはカルナリ健康科学アカデミー[KAHS]の救急室に収容されている。われらが偉大なオリ政府は,この国の医科大学の質は気にしていない。政府の面々は,身近のお気に入りの人々が医者を目指す医学生から大金をとりお金儲けできるようにしたいだけなのだ。

われらが無能政府は,KC医師の死を願っている。そう,これが真実であり,もしKC医師が天国に行けば,われらがミニ・マハラジャたちに対し抗議し,ハンストを行い,闘う者は一人もいなくなる! KC医師も死は恐れていない。カルナリで死ぬ覚悟はできている,と彼は言っているのだ!

お医者様は,要求が入れられるまでジュムラに留まると誓った。この狂気の医者は,この国のために最善の保健医療と医学教育を求めているにすぎない。われわれは,なぜ立ち上がり彼を支持できないのか? この孤独の改革者が医学マフィアとたった一人で闘っているのに,われわれはほとんどそれを気にも留めていない。恥ずかしくないのか!

われらが無能政府は,KC医師を投獄すべきだ。この人物は既成政治体制の疫病神だ。彼は,医学分野のあぶく銭をねらっている商売人や政治家たちにとって,脅威だ。この男は,青年たちの悪しきお手本だ。われらが首相は大きなことを考えている。われわれは,カトマンズで列車にちょいっと乗ればケルン[吉隆鎮]に行けるようになるだろう。コルカタへは,カトマンズから船で行く。われわれは,われらが商売人や首領たちには国内にたくさん医大をつくることを認め,これにより授業料を払える者が医者になり,ここから首領たちも利益をえられるようにしなければならないのだ。

神よ,オリに祝福を。神よ,われらが偉大な同志たちに祝福を。劣悪医大の国となるのを阻止しようとするKC医師を,打倒せよ! この世の最後の日に,お医者様は,その医学分野での業績と,医学分野改革のためハンストを行ったことをもって思い起こされるだろう。オリとその廷臣たちは,何をもって思い起こされるのか? 彼らには,思い起こされるべきものなど何もない。KC医師は明日死ぬかもしれないが,腐敗した体制と力の限り闘ったと考え,幸せに死んでいくだろう。一人でも,体制を揺るがすには十分だ。ましてや,われわれ何百万人もが街頭に出て,それぞれ自らハンストを始めたら,どうなるか。そうなのだ,もしわれわれが協力して腐敗した首領どもと闘うなら,われらの腐敗した体制を破壊することは可能なのだ。政党をつくるまでもない。勇気さえあれば!

■ヤダブ前大統領手術後ワシントンで会見(Republica, 31 Oct 2016)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/14 at 11:01

ゴビンダ医師のハンスト闘争(37)

10 参考資料
(1)マンジート・ミシュラ「希望と恐怖の物語」リパブリカ,2018年8月1日
——————————————————————–
ゴビンダ医師のハンスト闘争を,ガンディーやネルソン・マンデラのサティアグラハを継承するものとして高く評価。著者はラジビラジ在住の講師。リパブリカ紙にコラム等執筆。
Manjeet Mishra, “Tale of hope and fear,” Republica, August 1, 2018
———————————————————————

KC医師が力づくで拉致され,[KAHS] 病院が破壊された。これは,サティアグラハ[真理追求,非暴力抵抗]に対する攻撃に他ならない。

7月18日は,ネルソン・マンデラの生誕記念日。この数年と同様,今年も関心はあまり高くはなかった。トランプ,プーチン,エルドアン[トルコ大統領]のような力を振りかざす権力者たちが見出しを独占するような時代においては,マディバ[マンデラ愛称]のような平和と和解への訴えは,無力・無意味で時代遅れのように見える。世界は,もっと先へと進んでしまったように見える。

彼の訴え方は現在では現実離れしているように見えるかもしれないが,実際にはそれは間違いなくわれわれを勇気づけてくれるのであり,いまこそ,それは思い起こされてしかるべきである。……

マティバは親切で度量が大きく人々の中に入り込む力を持っており,これこそが彼の指導力の特質であった。むろん失敗――主に経済に関して――もあったが,それにもかかわらず彼が彼の国と世界にとって大きな希望となっていることは,紛れもない事実である。

そのマティバに,たとえ形だけであっても,敬意を表すべき時に,断食をしていたゴビンダ医師が,ジュムラの病院から「拉致」された。これ以上あからさまな皮肉な仕打ちはあるまい。サティアグラヒ[真理追求者・非暴力抵抗者]の強制的拉致と病院の破壊が,非暴力を象徴する人の誕生日に行われる――これはサティアグラハそのものに対する攻撃と見ざるをえない。……

私が初めてKC医師を遠くから目にしたのは,彼が2016年洪水のとき,私の故郷であるサプタリ郡ティラティ村の医療キャンプに来た時であった。村は洪水で破壊されてしまっていたが,彼は冷静沈着そのものだった。彼は余計なことをせず仕事そのものに取り組んでいた。その姿を見て私は感激し,すぐ彼を尊敬するようになった。

おそらく彼のそうした資質が,その無私の態度と相まって,彼をして[サティアグラハの]象徴としたのだろう。ハンストをジュムラで始めることにしたのも,見事な決定であった。政府は彼を強制的に「拉致」せざるをえなくなり,それが市民社会やメディアに衝撃を与え,彼らの大きな共感を呼び起こすことになったのだ。

これこそサティアグラハの力である。無私の人物が改革改善を深く確信し,断固とした毅然たる態度をとるとき,権力は暴力的手段に頼らざるをえなくなる。今回の稀有の勝利は,KC医師にして初めて獲得しえたものだ。彼の闘いは,一言でいえば,まさしくマハトマ・ガンディーのいったことに他ならない――「初め彼らはあなたを無視する,次に彼らはあなたのことをあざ笑う,そして次に彼らはあなたを攻撃する,そしてあなたが勝つ」。

■M・ミシュラ「ツイッター」(2018年8月2日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/13 at 10:07