ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘司法’ Category

ゴビンダ医師の市民的抵抗,医学部長解任事件最高裁判決に対して(4)

5.「5項目合意」とハンスト終了
最高裁法廷(P・バンダリ判事とBK・シュレスタ判事)は1月10日,ゴビンダ医師の陳述聴取後,保釈金なしで彼を保釈した。一方,パラジュリ最高裁長官については,市民登録証とSLC資格の調査を命令した。ゴビンダ医師の次の出廷は,2月20日の予定。

保釈後,ゴビンダ医師は政府側(D・ボハラ保健大臣ほか)と交渉,1月12日夜,合意に達し,両者は「5項目合意」に署名した。

5項目合意(1月12日)
(1)「医学教育委員会」を組織するための準備委員会を7日以内に設立。
(2)JP・アグラワル医師はトリブバン大学(TU)医学部長の職にそのまま留まる。
(3)TU医学部に権限を戻すために必要なTU役員会を開催。
(4)TU教育病院改革に必要な予算の計上。
(5)ゴビンダ医師のハンスト終了。

この10日の最高裁決定と12日の「5項目合意」をみると,パラジュリ最高裁長官の辞任ないし解任については何も述べていないが,他の重要な点ではゴビンダ医師の要求が大幅に認められていることがわかる。自らの命をかけハンストで抗議したゴビンダ医師の「市民的抵抗」の勝利といってよいだろう。

しかしながら,ネパールでは,ここからが難しい。合意が成立しても,それが誠実に実行されない場合が少なくないからだ。ゴビンダ医師も,パラジュリ長官が辞任しなければハンストを再開する,と警告している。近く発足するであろう左派連合政府が,この問題とどう取り組むか,注目されるところである。

 ■D・ボハラ保健大臣(保健省HP)

参照資料
* “Police Arrests Dr KC on Charge Of Contempt Of Court,” New Spotlight Online, Jan. 9, 2018
* “Dr KC begins hunger strike demanding resignation of CJ Parajuli,” Republica, Jan 8, 2018
* “Dr KC warns of 14th hunger strike demanding authentication of HPE ordinance, Gives 7-day ultimatum to prez,” Kathmandu Post, Nov 6, 2017
* “Dr KC begins 14th hunger strike Demands resignation of Chief Justice Gopal Parajuli,” Kathmandu Post, Jan 8, 2018
* “Contemptible actions – Supreme Court acted harshly in ordering arrest of Dr KC who was only exercising right to protest,” Editorial, Kathmandu Post, Jan 10, 2018
* “Leaders express their solidarity,” Kathmandu Post, Jan 10, 2018
* “Will continue hunger strike till chief justice resigns: Dr KC,” Kathmandu Post, Jan 10, 2018
* “Protesters demand Nepal Chief Justice’s resignation,” Outlook, 09 JANUARY 2018
* “Nepal Medical Association demands immediate release of Dr KC,” Kathmandu Post, Jan 9, 2018
* “Leaders support Dr KC while major parties keep mum,” Republica, Jan 10, 2018
* “Dr Govinda KC says will continue hunger strike,” Himalayan Times, Jan 12, 2018
* “Govinda KC’s charges,” Nepali Times, 12-18 Jan 2018
* “Dr KC continues his fast, Says struggle goes on until remaining demands for reforms in medical education are met – The SC ordered his release on a general date in a contempt of court case on Wednesday, while calling for an investigation into the authenticity CJ Parajuli’s papers,” Kathmandu Post, Jan 12, 2018
* “I assure that the court will be made justice imparting body: Dr KC,” Kathmandu Post, Jan 13, 2018
* “Nepal Bar Association defends CJ Gopal Parajuli, urges Dr Govinda KC to end fast,” Onlinekhabar, Jan 12 2018
* “Bar unhappy with Dr KC’s protest, urges him to end hunger strike,” Kathmandu Post, Jan 12, 2018
* “I don’t need to display my credentials out in the road: CJ,” Republica, Jan 13, 2018
* “Dr KC ends 14th fast-unto-death protest after agreement with govt,” Himalayan Times, Jan 13, 2018
* “Dr KC ends hunger strike following 5-point deal with govt,” Kathmandu Post, Jan 13, 2018
* Baburam Bhattarai, “Struggle for reforms” Republica, Jan 15, 2018
* “Dr KC ends 14th hunger strike ‘Another fast if Chief Justice Parajuli does not resign’,” Kathmandu Post, Jan 14, 2018
* “Dr Govinda KC released without bail,” Kathmandu Post, Jan 10, 2018
* “A written reply furnished by Dr KC to the Supreme Court on Tuesday,” Kathmandu Post, Jan 10, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/23 at 15:04

ゴビンダ医師の市民的抵抗,医学部長解任事件最高裁判決に対して(2)

3.ゴビンダ医師の法廷陳述
ゴビンダ医師は,1月9日の法廷(P・バンダリ判事とBK・シュレスタ判事)において,11項目に分け陳述を行った。趣旨は抗議ハンスト時の発言と同じ。激しい言葉でパラジュリ最高裁長官を容赦なく徹底的に糾弾している。もしこの中に事実に反する部分があれば,法廷侮辱の動かぬ根拠とされかねないほど際どい陳述だ。陳述(弁明書)要旨は,カトマンズポスト記事*によれば,以下の通り。
*”A written reply furnished by Dr KC to the Supreme Court on Tuesday,” Kathmandu Post, 10 Jan 2018.

ゴビンダ医師の法廷陳述要旨
(1)パラジュリ最高裁長官は,2か所から市民登録証を取得している。これは万人周知の事実。市民登録証を1通だけでなく,それ以上取得する人物は,不道徳で不法。これは犯罪。それゆえ,彼を取り調べ処罰すべきだ。

(2)パラジュリ長官は年齢を偽っている。最高裁長官には,カトマンズ郡役所発行の2枚目の市民登録証の年齢に基づき,在職している。ところが[別の市民登録証によれば],彼は2074年アサド月(2017年6-7月)に,すでに満65歳に達している。法定の停年は65歳。この種の行為は「司法商売」も同然だ。

(3)パラジュリ長官は,LS・カルキ職権乱用委員会(CIAA)委員長を無罪にした後,甥をCIAA顧問に採用してもらった。権威ある司法が売り買いされた。彼は職権乱用罪で処罰されるべきだ。

(4)パラジュリ長官の中等教育終了試験(SLC)合格資格には疑義がある。この件にはスシラ・カルキ前長官の関与も疑われている。裁判官に必要なSLC合格資格を持たずに,どうして最高裁長官たりうるのか? これは,国家や裁判所を暗闇に引き込む犯罪ではないか?

(5)パラジュリ長官は,SLC以外の学歴や資格についても,疑義がある。司法委員会や憲法委員会での審査資料に基づき,調査せよ。

(6)ジャグディシュ・アチャルヤ土地関係事件の裁判で,パラジュリ長官は政府の土地政策を否定し「土地マフィア」有利の判決を下した。「司法が売られた」のではないか?

(7)パラジュリ長官のホテル・カジノ税免除判決は,「司法の死」をもたらすものだ。国家は税収を失った。「司法を殺す」人物に司法の独立が守れるのか?

(8)パラジュリ長官は,Ncell[通信事業会社]事件など様々な事件の裁判において,腐敗を助長した。Ncellの場合,600億ルピーの納税を免れた。これは法の支配に対する嘲笑ではないか。彼の下した判決は見直されるべきだ。

(9)パラジュリ長官は,義理の甥を半年の間に補助裁判官から補助裁判官長,高裁裁判長へと昇進させた。名誉ある最高裁長官たるに不可欠のモラルなし。関心を持つ市民の一人として,彼の辞任を求める。さもなくば,司法の独立と自由が妨害され続けるだろう。

(10)パラジュリ長官の就任は夜の10時半。前任のスシラ・カルキ長官に対する弾劾動議が提出されたその夜のことだった。どの法がこのようなことを認めているのか? 不法行為に関与する人物に司法の尊厳は守れない。彼は辞任すべきだ。

(11)『日刊カンチプル』は,その記事「ゴパル・パラジュリあれば,医科大訴訟あり」を理由に法廷侮辱罪で訴えられたが,無罪となった。記事の記述は司法的に認められたのだ。そのような人物が名誉ある最高裁判所長官の職にとどまることは適切ではない。

[結び]「ゴパル・パラジュリ最高裁長官は,司法への信頼および司法の尊厳と独立に対し挑戦してきたのであり,その行為は法廷侮辱罪にあたるので,私は裁判所に対し,彼を法廷侮辱罪に問うことを要請する。私に対する告発には根拠がない。パラジュリを除く他のすべての最高裁判事からなる法廷に,この事件の審理を求めたい。」

■最高裁(同HPより)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/21 at 14:25

ゴビンダ医師の市民的抵抗,医学部長解任事件最高裁判決に対して(1)

トリブバン大学医学部教育病院のゴビンダ・KC(गोविन्द के.सी.)医師が2018年1月8日夕方,最高裁長官を侮辱した容疑で逮捕され,シンハダーバー警察署に留置,翌9日朝,最高裁に連行され(9時到着),体調悪化のため警察救急車内で待機,午後2時から法廷で尋問された。10日,釈放。

この最高裁長官主導のゴビンダ医師法廷侮辱事件は,あまりにも唐突で強引で「お粗末」(10日付カトマンズポスト社説),ネパール司法の権威を著しく損なうことになった。

1.最高裁の不可解な医学部長解任事件判決
今回の法廷侮辱事件のそもそもの発端は,最高裁法廷(ゴパル・プラサド・パラジュリ長官とDK・カルキ判事)が1月7日,トリブバン大学(TU)医学部(IoM)の当時(2014年1月)学部長であったシャシ・シャルマ医師の学部長解任を無効とする判決を下したこと。

S・シャルマ医師は2014年1月10日,医科大認可をめぐる混乱のさなか,TU理事会により医学部長に選任された。これに対し,ゴビンダ医師らが不公正選任として反対,その結果,2014年1月22日,KR・レグミ暫定内閣首相がTUに対し学部長任命の取り消しを命令,S・シャルマ医師は学部長を解任された。

シャルマ医師は直ちに解任は不当と訴えたが,最高裁法廷(S・カルキ長官)はこれを棄却した。その後も学部長人事を巡り混乱が続いたが,少しずつゴビンダ医師がネパールの現状では最も公正と主張する年功選任が認められるようになり,現学部長も年功により2016年12月3日に選任されたJ・アグラワル医師が務めている。

ところが,2018年1月7日,最高裁法廷(GP・パラジュリ長官とDK・カルキ判事)が唐突にも(少なくとも事前報道は見られなかった),4年弱前のS・シャルマ医学部長解任の政府決定を無効とする判決を下した。

この最高裁判決がそのまま適用されれば,S・シャルマ医師は医学部長に復職することになるが,たとえ復職しても医学部長任期は1月14日まで。ほんのわずかにすぎない。なぜ,こんな不自然な,不可解な判決を下したのか?

2.ゴビンダ医師の抗議ハンストと法廷侮辱容疑逮捕
1月7日のS・シャルマ医学部長解任無効最高裁判決に対し,ゴビンダ医師は猛反発,翌8日午後4時からTU教育病院前で抗議ハンスト(通算14回目ハンスト)を開始した。

ゴビンダ医師は,最高裁は「医学マフィア」とつながっているなどと激しい言葉でパラジュリ最高裁長官個人とその判決を容赦なく批判し,長官の辞任と判決の見直しを要求した。

これに対し最高裁は,担当官ネトラ・B・ポウデルに指示してゴビンダ医師を法廷侮辱容疑で告発させ,内務省を通して警察にゴビンダ医師を逮捕させた。逮捕は1月8日夕方,ハンスト開始後すぐのことであった。まさに電光石火,デウバ首相ですら,この動きを知らされていなかったという。

警察は,シンハダーバーの首都警察署にゴビンダ医師を留置し,翌9日午前9時に最高裁に連行した。担当裁判官はP・バンダリ判事とBK・シュレスタ判事。ところが,手続きが延々と続き,ゴビンダ医師の体調が悪化したため,彼は警察の救急車に移された。彼の法廷陳述が始まったのは,ようやく午後2時になってからのこと。手続きのための長時間待機はネパールの長年の慣行とはいえ,これは拷問に近い扱いである。

最高裁での法廷陳述終了後,ゴビンダ医師はビル病院に移された。次の出廷は2月20日の予定。


■ゴビンダ医師(連帯FB)/パラジュリ最高裁長官(最高裁HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/20 at 17:23

選挙と移行期正義(1):ウジャン・シュレスタ殺害事件

国会・州会ダブル選挙まで,あと1週間。この選挙は,人民戦争後平和構築の制度的総仕上げとなる重要な選挙だが,もう一つ,見落としてならないのが,戦後処理としての移行期正義との関係。

1.ネパールにおける移行期正義の難しさ
人民戦争(マオイスト紛争)においては,政府・議会政党側もマオイスト側も,強制失踪,拷問,虐殺,財産強奪など様々な人権侵害に関与した。戦後平和構築においては,これらの重大な人権侵害につき,事実を解明し,それに基づき加害者の謝罪と必要な場合には処罰,および被害者の救済が行われなければならない。公正な移行期正義の実現である。

この移行期正義の実現には,誰しも建前としては反対しない。しかし,現実には,そうはいかない。ネパール人民戦争は,交戦当事者のいずれか一方の勝利ではなく,両者の停戦・和平という形で終結した。そのため戦後体制には人民戦争を戦った政府側諸勢力とマオイストの双方が参加し,軍や警察による人権侵害を裁こうとすればNC,UML,RPPなどが,逆に人民解放軍による人権侵害を裁こうとすればマオイストが,反対する。

ネパールにおいて,移行期正義は,政党とりわけその有力幹部たちにとっては,人権問題である以上に,自分たちの命運を左右しかねない重要問題なのである。

2.ウジャン・シュレスタ殺害事件
この移行期正義は,今回の選挙においても当然取り上げられ,政治問題化している。最も注目されているのが,マオイスト幹部によるウジャン殺害事件。その概要は,報道によれば以下の通り(*3,*4)。

ウジャン・クマール・シュレスタ(Ujjan Kumar Shrestha)はオカルドゥンガの住民。そのウジャンの身内が異カースト間結婚をしたことに怒り,あるいは別説ではウジャンがスパイ行為をしたと疑い,地元出身のマオイスト幹部バルクリシュナ・ドゥンゲル(Balkrishna Dhungel)が1998年6月24日,プシュカル・ガウタムら仲間7人を引き連れウジャンを待ち伏せて襲撃,銃で撃ち殺し,遺体をリクー川に投棄した。

事件後,弟のガネシュ・クマールが兄殺害を訴え出ようとしたところ,やはりマオイスト集団に彼も虐殺された。さらにガネシュの娘ラチャナも,父の居所をうっかりマオイストに告げてしまったため父が殺されたと思い込み,自殺してしまった。


 ■ウジャン(左)とドゥンゲル(右)(FB: No Amnesty for BalKrishna Dhungel 2011-11-11)

3.ドゥンゲル裁判と議員特権
ウジャン殺害6年後の2004年5月10日,オカルドゥンガ郡裁判所が,ドゥンゲルに対し,ウジャン殺害の事実を認め,財産没収の上,終身刑に処するとする判決を下した。他の仲間7人も有罪判決を受け,ドゥンゲルとともに収監された。

ところが,ドゥンゲルは判決を不当とし,ラジビラジ上訴裁判所に上訴,2006年に無罪判決を受け,釈放された。そして,2008年4月には制憲議会選挙にオカルドゥンガ選挙区からマオイスト候補として立候補して当選,議員となった。

これに対し,ウジャン家族は最高裁に上訴,2010年1月3日最高裁においてラジビラジ上訴裁判所無罪判決を取り消し,オカルドゥンガ郡裁判所判決を支持する判決を得た。ドゥンゲルを財産没収のうえ終身刑とする判決が確定したのである。

ところが,最高裁判決が出たにもかかわらず,ドゥンゲルは「議員特権」により収監されなかった。そして,翌2011年11月8月には,バブラム・バタライ首相(マオイスト)が,ドゥンゲルに大統領恩赦を与えるよう大統領に勧告した。これに対し,最高裁は2011年11月23日に恩赦手続き停止命令,2016年1月7日には恩赦禁止命令を出し,さらに2016年4月16日には警察総監に対しドゥンゲル逮捕命令を出した。しかし,これらの最高裁命令にもかかわらず,ドゥンゲルは依然として収監されることはなく,自由を謳歌していた。

この最高裁命令無視に対し,2017年10月24日,ディネシュ・トリパティ弁護士が警察総監を法廷侮辱容疑で告発した。ここに至って,警察は2017年10月31日,ようやくドゥンゲルを逮捕し,ディリバザール刑務所に送った。この手続きが確定すれば,ドゥンゲルはオカルドゥンガ郡裁判所判決後の収監期間を差し引く,残りの12年5か月余の期間,収監されることになる。

4.マオイストのドゥンゲル擁護
以上が,ウジャン殺害とその後の経過の概要だが,ドゥンゲル再逮捕,収監へと大きく動き始めたのは,国会・州会ダブル選挙日程がほぼ決まり,選挙戦が本格化し始めたころからであった。したがって,マオイスト幹部であり国会議員選挙出馬予定のドゥンゲル逮捕への動きが,選挙と関係しているとみるのが自然であろう。

ドゥンゲル再逮捕への動きが出ると,マオイストは党を挙げて彼を守ろうとした。たとえば,2017年3月12-13日,マオイストはラメチャップ郡で集会を開き,ドゥンゲル逮捕を命令した最高裁判決を激しく非難した。ドゥンゲルはこう演説した。「最高裁判決は破棄させる。・・・・この判決を下した裁判官を逮捕してやる。」(*12)

2017年10月30日,ドゥンゲルが逮捕されると,マオイスト幹部のディペンドラ・ポウデルは,こう非難した。「この逮捕投獄は,進行中の平和構築への重大な攻撃だ。この種の事件は移行期正義の手法で解決することに諸党が合意していたのに,いまになって逮捕が強行された。これは平和構築の完成を危うくすることになる。・・・・これは,包括和平協定と憲法の規定および精神に反している。」(*21)

また,マオイスト報道担当幹部のパンパ・プーサルも,「和平合意の精神に照らせば,戦時の事件は真実和解委員会(TRC)において解決されるべきである」と述べ,ドゥンゲル逮捕は選挙を失敗させる恐れがあると警告した(*20)。

さらに戦闘的マオイスト組織として知られている「青年共産主義者同盟(YCL)」も,ウジャン事件は「真実和解委員会」を通して解決されるべきだとして,彼の即時釈放を要求した。そして,もし釈放されないなら,人民戦争期のNCやRPPの関与が疑われる事件をすべて暴き,責任者を告発する,と警告した(*19)。

このように,ドゥンゲル逮捕にマオイストが激しく抵抗するのは,人民戦争期の重大な人権侵害事件に党首プラチャンダをはじめ党幹部の多くが多かれ少なかれ関与しているとみられており,ドゥンゲル逮捕を認めると,責任追及が彼ら幹部たちにも及びかねないからである。

5.ドゥンゲル擁護の根拠
しかしながら,マオイストによるドゥンゲル擁護にも根拠がないわけではない。第一に,人民戦争関係諸事件は真実和解委員会ないし移行期正義の手法により解決することが,停戦・和解の際,取り決められていたこと。

そして,第二に,マオイストが警告しているように,重大な戦時人権侵害には政府側の軍や警察あるいはNC,UML,RPPなど当時の議会主要諸政党が関与していたことが少なくないこと。マオイスト側の戦時人権侵害を刑事事件として裁くなら,政府側も裁けということになり,下手をすると紛争再発となりかねない,というわけである。

5.移行期正義の難しさ
これは難しい問題だ。ウジャン家族をはじめ被害者家族は,戦時人権侵害に対する損害賠償と責任者の厳罰を要求している。

内外の人権諸団体も,重大な戦時人権侵害を政治取引により免罪にすることには,強く反対している。たとえば,フレデリック・ラウスキー国際法律家協会(ICJ)アジア太平洋地域委員長はこう批判している。「人権侵害容疑者たちを守ることが,政治的支持を得たり政治的協力関係を作るための交渉の切り札として使われた。・・・・政党間取引のため人権尊重義務が損なわれるようなことをしてはならない。」(*26)

純然たる平時においては,確かにその通りだ。しかし,泥沼の人民戦争を終結させるため政治的に採用されたのが移行期正義ないし真実和解委員会による和解。戦時を平時にどう移行させるか,これは難しい。

6.選挙で問われる移行期正義の在り方
ウジャン殺害事件は,選挙戦本格化とともに大きく動き,マオイスト幹部のドゥンゲルが2017年10月31日,犯人として逮捕・投獄された。

そして,選挙管理委員会は2017年11月6日,ドゥンゲル立候補への異議申し立てを受理し,マオイスト比例制候補者リストから彼の名を削除した。マオイストの政治的敗北である。

今回の選挙でNCやRPPが大勝すればマオイスト側の戦時人権侵害が,逆にマオイストを中心とする共産党連合が大勝すれば旧政府側の戦時人権侵害が,表に出され,責任追及が激しくなる可能性がある。

戦争から平和へ――その移行の総仕上げとなる国会・州会ダブル選挙において,移行期正義はどうあるべきかも問われている。

■オカルドゥンガ(赤印)

[1998]
*1 DEWAN RAI, “Apex court denies clemency to murder convict Dhungel: Issues mandamus order to send Maoist leader to prison for life,” Kathmandu Post, June 24, 1998
[2010]
*2 INTERNATIONAL COMMISSION OF JURISTS, “ICJ urges the Government of Nepal to cease obstruction of justice,” ICJ, 5 October 2010
[2011]
*3 Advocacy Forum, “UJJAN KUMAR SHRESTHA,”
http://advocacyforum.org/fir/2011/10/ujjan-kumar-shrestha.php
*4 KANAK MANI DIXIT, “The lords of impunity,” Nepali Times, #578 (11 NOV 2011 – 17 NOV 2011)
[2014]
*5 “Jail-sentenced former Maoist cadre arrested & jailed,” Kathmandu Post, May 13, 2014
*6 Pranab Kharel, “SC to begin fresh hearing on appeal against Dhungel,” Kathmandu Post, Sep 5, 2014
[2016]
*7 NABIN KHATIWADA, “No presidential clemency for Bal Krishna Dhungel: SC,” Republica, 07 Jan 2016
*8 Nabin Khatiwada, “SC body again tells police to arrest murder convict Dhungel,” Rpublica, December 27, 2016
[2017]
*9 Deepak Kharel, “‘Murder-convict Dhungel hasn’t been arrested because police don’t want it’,” Republica, January 6, 2017
*10 “Prachanda Talks About Balkrishna Dhungel,”
http://khabarvideo123.blogspot.jp/2017/02/prachanda-talks-about-balkrishna-dhungel.h
tml
*11 Anil Bhandari, “Murder-convict Dhungel felicitated in Okhaldhunga,” Republica, March 14, 2017
*12 “Issue arrest warrant against Bal Krishna Dhungel: SC orders IGP Aryal,” Kathmandu Post, Apr 13, 2017
*13 “Supreme Court tells police to nab Bal Krishna Dhungel in a week,” Himalayan Times, April 13, 2017
*14 “Rule of lawlessness: The row over Balkrishna Dhungel inaugurates a new turbulence,” Indian Express, April 17, 2017
*15 “Contempt of court writ filed against IGP Aryal,” Kathmandu Post, Oct 24, 2017
*16 “IGP charged for neglecting Supreme Court’s verdict to arrest Dhungel,” Republica, October 24, 2017
*17 Shirish B Pradhan, “Maoist party leader arrested for murder during Nepal civil war,” Outlook India. 31 OCTOBER 2017
*18 “CPN (MC) demands prompt release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*19 “YCL demands immediate release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*20 “CPN-MC calls for Dhungel’s release,” Himalayan Times, October 31, 2017
*21 “Finally, murder-convict Dhungel arrested, sent to jail,” Republica, November 1, 2017
*22 “Demonstration in Okhaldhunga demanding Dhungel’s release,” Kathmandu Post , Nov 1, 2017
*23 “Murder convict Dhungel sent to prison,” Peoples Review, 2017/11/01/
*24 “Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability” Kathmandu Post, Nov 2, 2017
*25 Vinita Rawat, “Nepal: Arrest of Maoist leader Dhungel raises hope of justice for war-era victims,” The aPolitical | 02/11/2017
*26 “Search for truth and justice continues in Nepal: ICJ; Says arrest of Maoist leader Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability,” Kathmandu Post, 02-11-2017
*27 “Half a milestone: Maoist leader Dhungel’s arrest for war-era murder should now be followed by broader prosecution,” Kathmandu Post, Editorial, Nov 2, 2017
*28 Ritu Raj Subedi, “Arrest Order Against Dhungel A Blow To Prachanda,” Rising Nepal, 4 November 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/11/19 at 21:02

ネパールの「法の支配」,南アジア首位

「法の支配指標2016」によれば,ネパールは世界113か国中の第63位ながら,南アジアでは第1位となった。10年に及ぶ人民戦争の大きな犠牲によってあがなわれた成果の一つとみてよいであろう。
 * World Justice Project, Rule of Law Index 2016, World Justice Project, 2016

「法の支配」4原則
 (1)政府機関,個人および企業による法の順守。
 (2)法は明確で,公布され,安定的および公正であること。法は公平に適用され,人格及び財産の安全を含む基本的諸権利を守るものであること。
 (3)法の制定,管理および適用が公知,公平および効果的であること。
 (4)裁判は有能,倫理的かつ独立・中立の代表(裁判官)により迅速に行われること。および,裁判官の構成はその社会の住民構成を反映するものであること。

1.「法の支配」世界順位
 1 デンマーク
 2 ノルウェー
 3 スウェーデン
 15 日本(東アジア3位)
 63 ネパール

2.「法の支配」南アジア順位
 1 ネパール(世界順位63)
 2 インド(世界順位66)
 3 スリランカ(世界順位68)
 4 バングラディシュ(世界順位103)
 5 パキスタン(世界順位106)
 6 アフガニスタン(世界順位111)

3.ネパールの「法の支配」
「治安」と「政府諸権力の統制」は比較的良いが,「民事裁判」と「腐敗の不在」はきわめて悪い。
  

4.日本の「法の支配」
「治安」,「民事裁判」および「司法・行政等の決定の効果的執行」はよいが,「政府諸権力の統制」,「開かれた統治」,「基本的人権」および「刑事裁判」はかなり悪い。
  

谷川昌幸(C)

  

Written by Tanigawa

2017/08/14 at 18:45

カテゴリー: 行政, 司法, 政治, 民主主義

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カルキCIAA委員長,瀬戸際(3)

(2)異議申し立て裁判再審
異議申し立てを棄却されたアルヤル弁護士は,翌2015年11月24日,最高裁に再審を請求した。

再審請求を受けた最高裁は2016年8月26日,政府関係諸機関に対し,カルキ任命関係書類の提出を命令した。その中には,国王親政政府書記官長としてのカルキの行為に関する総務省の聞き取り調査記録も含まれていた。

この最高裁命令に対し,政府は当初,震災で文書はすべて失われたと説明していたが,最高裁が2016年9月17日再審開始を決定し,政府に対し関係文書を提出しなければ法的措置をとると警告すると,結局,政府は9月23日,すべての関係書類を最高裁に提出した。こうして,カルキ委員長任命異議申し立て裁判の再審が始まったのである。

再審開始決定後,最高裁はカルキを法廷に呼び出すため,召喚状を配達しようとした。規定によれば,召喚状は次のようにして配達される。
A: 本人に直接手渡しする。
B: Aが不可能な場合,本人宅居住者に手渡す。
C: AおよびBが不可能な場合,地区役所係官と証人2人の立会いの下,本人宅に召喚状を貼付する。
D: 上記方法による召喚状配達後15日以内(事情により15日延期可能)に出廷。

ところが,カルキは休暇(9月19日~10月19日)を取りカナダに行ってしまったため,本人には召喚状を手渡すことが出来なかった。また,本人宅居住者への配達や本人宅への貼付も,召喚状配達人が行方不明となったり,貼付立会人が来なかったり,あるいは何者かに妨害されるといった不可解な理由により,予定通り実施できなかった。召喚状が本人宅に貼付できたのは,3回目,10月17日のことであったという。

こうしてカルキは最高裁法廷に出廷することになった。カルキ裁判再審は,司法妨害など他の関連する4件の告訴もあわせ,5件まとめて12月1日から開始される予定である。

*1 “SC seeks documents on Karki’s appointment as CIAA chief,” Himalayan Times, August 26, 2016
*2 “SC warns of action if Karki’s appointment file not submitted,” Kathmandu Post, Sep 16, 2016
*3 Nabin Khatiwada, “SC to review verdict on CIAA Chief Karki’s appointment,” Republica, September 17, 2016
*4 DEWAN RAI, “Apex court dangles the sword of Damocles over CIAA chief Karki To review his appointment,” Kathmandu Post, Sep 17, 2016
*5 “PMO sends Karki appointment minutes to SC,” Kathmandu Post, Sep 24, 2016
*6 “SC given original documents related to appointment of CIAA Chief,” 24 Sept 2016, (http: //nepaliheadlines.com)
*7 “SC official carrying court summons for CIAA Chief Karki ‘missing’,” Kathmandu Post, Oct 6, 2016
*8 DEWAN RAI, “Notice to CIAA chief: Court attempt to serve summons fails again,” Kathmandu Post, Oct 7, 2016
*9 DEWAN RAI, “SC set to hear all cases against Karki on Dec 1,” Kathmandu Post, Nov 11, 2016
*10 “Lok Man the New Superman of NEPAL,” By weaker41, May 8, 2013 ( http: //ireport.cnn.com/docs/DOC)
*11 “Recommendation For Appointing Lokman Singh Karki To CIAA,” By KTM Metro Reporter, Issue 13, March 31, 2013 (http: //104.237.150.195/news/recommendation-for-appointing-lokman-singh-karki-to-ciaa)

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 ■CIAA/最高裁

谷川昌幸(C)

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2016/11/11 at 16:32

カテゴリー: 行政, 司法

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カルキCIAA委員長,瀬戸際(2)

2.カルキ任命異議申し立て裁判
(1)異議申し立て棄却
ロックマン・シン・カルキのCIAA委員長任命については,2014年5月16日,プラカシ・アルヤル弁護士が違憲の訴えを最高裁判所に提出した。

▼2007年暫定憲法の規定(現行2015年憲法もそのまま継承)
第119条(5) CIAA委員長の資格要件(要旨)
 a 学士号の保有。
 b 任命直近において政党に所属していないこと。
 c 会計,歳入,工学,法律,開発または調査のいずれかの分野において20年以上の経験を有する卓越した人物。
 d 高潔な道徳的資質(उच्च नैतिक चरित्र)を有する人物。

アルヤル弁護士は,憲法規定のこの委員長資格要件をカルキは満たしていない,と訴えた。

▼原告側の主張
1)経験年数と専門知識の不足
カルキは,憲法規定の高度な専門知識を持っていない。また,パンチャヤト期王室雇用の6年間は在職年数に算入するべきではなく,それを差し引くと,20年の経験年数には達しない。
2)「高潔な道徳的資質」の欠如
カルキは,国王親政の書記官長(Chief-Secretary)として2006年人民運動の弾圧に加担した。この事実は,ラヤマジ委員会も認定している。また,トリブバン空港事務所など多くの役所において,管理職高官として様々な汚職に関与した。

このアルヤル弁護士のカルキ任命異議申し立てに対し,最高裁は2014年9月24日,棄却を言い渡した。棄却理由の詳細は不明。

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谷川昌幸(C)

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2016/11/10 at 09:05

カテゴリー: 行政, 司法, 憲法

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HMIHS法案撤回,ゴビンダ医師ハンストを受け

ガガン・タパ保健大臣が9月29日,「マンモハン記念保健インスティチュート(MMIHS)法案」の撤回を閣議決定した,と発表した。また,これと関連する医療制度・医科教育改革諸法令が成立するまで,医科大学(カレッジ)は認可されないことになった。

これらは,医療制度・医科教育の抜本改革を求め9月26日から9回目のハンストに入っているゴビンダ・KC医師(TUTH)が,一貫して強く要求してきたことだ。

ハンストは,ネパールではやはり政治的に有効な闘争手段のようだ。先日,ガンガマヤがハンストで要求してきた,マオイストによる息子虐殺事件の裁判も,ルンビニ地裁で再開されている。

谷川昌幸

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2016/10/02 at 13:14

カテゴリー: 司法, 教育, 民主主義, 人権

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ハンスト闘争の政治的効果

ネパールにおける2つのハンスト闘争が,政府を動かし始めた。

一つは,人民戦争末期のクリシュナ・プラサド・アディカリ虐殺事件。母ガンガマヤが公正な裁判を求め,ハンストを続けてきた。(参照:戦時犯罪裁判要求,プラチャンダ首相の覚悟は?(1) (2)(3)) これに対し,チトワン郡裁判所が9月25日,審理再開を発表した。被告は13人。主犯とされるチャビラル・ポウデルは逃走中,8人は保釈中(2014年4月17日決定),そして2人は行方不明。裁判所は,必要ならさらに証拠を調べるが,不要なら結審し判決を下すことになるという。

もう一つは,ゴビンダ・KC医師による医科教育改革要求。(参照:ゴビンダ・KC医師のハンスト闘争) 議会は9月25日,ダニラム・ポウデル教育大臣提出の「ネパール医科教育法2073年」に関する議案の審議を開始することを決議した。

以上の二つの動きは,ハンスト闘争により要求されてきたものである。その意味では,ガンガデビやゴビンダ医師のハンスト闘争は一定の成果を上げたといえるが,結果がどうなるかは,まだわからない。クリシュナ・アディカリ虐殺事件裁判にも医科教育改革にも,大きな利権が複雑に絡み合っているからである。

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■ハンスト中のガンガマヤ(INSECOnline8月11日)/ゴビンダ医師(保健省FB9月3日)

*1 Parliament endorses proposal on Nepal Medical Education Bill 2073 BS, Kathmandu Post, 25-09-2016
*2 Hearing on Adhikari’s murder case begins, Kathmandu Post, Sep 25, 2016

谷川昌幸(C)

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2016/09/27 at 11:59

ラマ大佐無罪判決,英裁判所(4)

3.実質的処罰としてのラマ大佐裁判
クマール・ラマ大佐は無罪となり,ネパールに帰国し国軍に復帰するが,英国における逮捕・拘置・裁判は,彼にとって極めて大きな重い負担となった。3年半余りの身柄拘束,弁護料43万ポンド(6千万円)ともいわれる巨額裁判費用,重罪判決への不断の恐怖,経歴と人間関係の切断による損失,等々。

一方,拷問被害者の側からすれば,加害者は厳正に裁かれ処罰されなければならない。それが国内でかなえられないなら,たとえ外国での裁判によってであれ。重大な人権侵害に対する普遍的裁判管轄権は,人権の普遍性を根拠に,被害者のそのような切実な要求に応えようとするものである。

しかし,ここで問題となるのが,外国での裁判の場合,犯罪事実の立証に大きな困難が伴うということ。グローバル化したとはいえ,国家の障壁はまだまだ高く,文化の相違や交通の困難も大きい。外国での犯罪の場合,証拠集めや証言の確保には大きな困難が伴うのが現状である。

英国でのラマ大佐裁判は,まさにその典型である。事件は,はるかかなたの南アジアの内陸国ネパールで,10年余り前に発生し,しかもネパールでは曲がりなりにも裁判は終わり昇進停止の処罰を受けている。その過去の事件を英国で再び告発し,裁判にかけることがいかに困難かは,先に引用したREDRESS声明からも明らかである。

では,そうした困難がわかっていながら,人権諸団体はなぜラマ大佐裁判を要求し告発者側に立ち裁判を支援したのか? 人権諸団体や有識者の声明等を見ると,ラマ大佐裁判は,有罪は勝ち取れなかったが,人権侵害に対する普遍的裁判管轄権の確立への大きな前進であった,と積極的に高く評価されている。

Dewan Rai(ジャーナリスト)「英国裁判所がネパール国軍クマール・ラマ大佐を無罪としたことは,紛争被害者と人権諸団体にとって一時的な後退だが,彼らによれば,紛争期の事件を普遍的裁判管轄権により裁くことが出来たという事実は,長期的に見ると一歩前進である。」(*1)
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Mandira Sharma(弁護士)「この裁判により,普遍的裁判管轄権が確立され,ネパールの他の被害者たちも訴えることが可能となり,ネパールの弁護士や人権諸団体が彼らを支援できるようになった。」(*1)
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Accountability Watch Committee「この裁判により,拷問などの人権侵害につき国内で裁判を起こせない場合は,外国で裁判に訴えることが出来るという,被害者の権利が確立された。」(*1)
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これらの声明や発言を見ると,ラマ大佐裁判は無罪判決だったが,裁判そのものは普遍的管轄権の拡充のために役立った,と肯定的に評価されている。たしかにそれはそうだろうが,しかし,これはあまりにも一面的な,手前勝手な見方ではないだろうか? いかに黒く見えようとも,ラマ大佐はあくまでも容疑者にすぎないのであり,裁判では無罪判決が下された。容疑者の人権はどうなるのか?

遠方の異文化の国の事件の裁判は難しいとわかっていながら,自分たちの掲げる目的実現のために,告訴を働きかけ,裁判闘争を支援する。たとえ無罪判決となろうが,長期間の拘束,巨額の裁判費用,有罪判決への恐怖といった事実上の処罰をすることにより,つまり見せしめとすることにより,自分たちの崇高な目標に一歩でも近づければ,それでよい。そういうことだろうか? 「レパブリカ」記事はこう批判している。

「普遍的裁判管轄権それ自体には何ら問題はない。その目的は崇高だ。しかし,その適用には,どこかご都合主義的で危険なところがある。/ ラマ大佐の場合,英国裁判所には,ネパール自身が移行期正義機関を設置する以前に,ネパール内戦期の事件を裁判にかける権利があったのか? ・・・・英国裁判所は,[ネパールにおける]裁判の遅れは裁判の否定に他ならないという信念に基づき,ラマ大佐裁判を行ったと思われる。しかし,不利な証拠が少ないのに,3年間も拘置するのは,明らかに誤りであった。ラマ大佐は,起訴事実につき無実となったのだから,英国政府が,3年間にもわたる苦闘苦悶につき,彼に賠償すべきことは,いうまでもない。」

この記事の言う通りだと思う。普遍的裁判管轄権は拡充されるべきだが,だからといって人権諸団体(たいてい欧米有力団体かその傘下団体)が,十分な証拠を集められる見込みもないのに,誰か(たいてい途上国国民)を遠方の外国(たいてい欧米諸国)において安易に告発し,長期裁判という事実上の刑罰を加え,見せしめにして苦しめ,もって自分たちの崇高な目的(普遍的裁判管轄権)を実現しようと図るのは,人道にもとることである。

*1 Dewan Rai, “Col Lama’s acquittal: Setback for moment, but ‘victory in long run’,” Kathmandu Post, Sep 8, 2016
*2 “Trial and error,” Republica, September 10, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/09/12 at 16:51

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