ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘国王’ Category

紹介:米澤穂信『王とサーカス』

タイトルに「ネパール」関係の語がないので見逃していたが,この本は,王族殺害事件(2001年6月)で緊迫するカトマンズを舞台とするフィクション。文庫版で472頁もの大作であり,ミステリ分野で高く評価され,三つの賞を授賞している。

米澤穂信『王とサーカス」東京創元社,2015年;創元推理文庫,2018年
 ☆週刊文春「ミステリーベスト10」2015年,第1位
 ☆早川書房「ミステリが読みたい!」2016年,第1位
 ☆宝島社「このミステリがすごい!」2016年,第1位

1.梗概
文庫版カバー裏面の作品紹介:
「海外旅行特集の仕事を受け,太刀洗万智はネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み,穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先,王宮で国王殺害事件が勃発する。太刀洗は早速取材を開始したが,そんな彼女を嘲笑うかのように,彼女の前にはひとつの死体が転がり・・・・・・ 2001年に実際に起きた王宮事件を取り込んで描いた壮大なフィクション,米澤ミステリの記念碑的傑作。」

さらに詳しくは,下記ネット記事参照:
*「王とサーカス」ウィキペディア


2.コメント
この作品は,長編のわりには最後の「なぞ解き」部分が少々手薄な感じがするが,ネパールに関心をもつ私としては,王族殺害事件がらみのミステリとして,面白く読み通すことが出来た。特に興味深かったのは――

(1)カトマンズの街や日本人向けロッジの雰囲気が,よく描かれている。王族殺害事件前後の頃は,たしかにそんな感じだった。

(2)この本のメインテーマは,王族殺害事件そのものではなく,その事件の――とりわけ外国メディアによる――報道の仕方の方にある。

太刀洗の取材に,王宮警備の国軍准尉はこう応える。「お前はサーカスの座長だ。お前の書くものはサーカスの演し物だ。我々の王の死は,とっておきのメインイベントというわけだ」。

ここで准将は,サーカスの演し物のように,報道はより強い刺激を求める読者の期待に応えることを目的としているのか,記者の使命とはいったい何なのか,と問いかけている。本書のタイトルが「王とサーカス」となっている所以も,ここにある

このときは,太刀洗は,この真っ向からの問いに全く答えられなかった。その彼女が,彼女なりの答えにたどり着いたのは,王宮事件とは無関係の麻薬殺人を王宮事件絡みの暗殺特ダネとして報道することをすんでのところで免れたあとのことであった。物語の結末部分で,つまり謎解きがすべて終わった後で,太刀洗はこう語っている。

《「私は・・・・・」
仏陀の目が見降ろしている。
「ここがどういう場所なのか,わたしがいるのはどういう場所なのか,明らかにしたい」
BBCが伝え,NHKが伝えてなお,わたしが書く意味はそこにある。》(451頁)

報道は,たしかにそのようなものかもしれない。が,そう思う一方,ハラハラ・ドキドキの長編ミステリの終え方としては,少々,物足りない感じがしないでもなかった。

(3)先進諸国のネパール援助の独善性・偽善性の告発。これは,幾度か,かなりストレートな形で出てくる。

サガル少年(太刀洗の現地ガイド)「よそ者が訳知り顔で俺たちは悲惨だと書いたから,俺たちはこの街で這いずりまわっている」。
――――「外国の連中が来て,この国の赤ん坊が死んでいく現実を書き立てた。そうしたら金が落ちてきて,赤ん坊が死ななくなってな」「仕事もないのに,人間の数だけ増えたんだ。」「増えた子供たちが絨毯工場で働いていたら,またカメラを持ったやつが来て,こんな場所で働くのは悲惨だとわめきたてた。確かに悲惨だったさ。だから工場が止まった。それで兄貴は仕事をなくして,慣れない仕事をして死んだ」

先進国による無邪気な,善意のネパール貧困報道やネパール援助が,ネパールをさらに苦しめ悲惨にするーーたしかに,そのような情況が,以前のネパールには,ときとして見られたことは認めざるをえない。忸怩たる思い。

【参照】
ナラヤンヒティ王宮博物館,再訪
王宮博物館と中日米
王宮博物館の見所
CIAと日本外務省-王族殺害事件をめぐって
バブラム博士,茶番のようです
王制復古の提唱
国王の政治的発言,日本財団会長同行メディア会見
退位で王制継続勧告,米大使
ビシュヌの死
王室と軍と非公然権力の闇
日本大使館の王室批判禁止警告 

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2021/11/15 at 08:58

ナラヤンヒティ王宮博物館,再訪

6年ぶりに,ナラヤンヒティ王宮博物館を訪れた。入場は前回以上に厳しい。以前は,撮影禁止にもかかわらず,持ち込んだデジカメやスマホでパチパチ撮り放題だったが,いまは入口で厳重なボディ・チェックがあり(男女別,第三の性なし),私物は何も持ち込めない。(参照:王宮博物館と中日米

博物館は,館内も庭園も,予想に反し,よく管理されていた。前回は,博物館としての開館後日も浅く,特に2001年6月の王族殺害事件現場(トリブバン・サダン)付近は雑然としていたが,いまはきれいに整備されている。ディペンドラ皇太子銃撃のとき出来たとされる壁の銃弾の跡も,くっきり残っており,以前よりむしろ深くなったような気さえする。王族殺害事件は,いまではすっかり過去のものとなり,貴重な観光資源の一つとして役立てられている。
 【補足】文化・観光・航空省発行リーフレット「ナラヤンヒティ王宮博物館」は,ディペンドラ皇太子被害者説を採っている。銃撃実行者は特定せず。
  150224a150224b

館内で気づいたのは,日本関係の展示物や備品が減っていること。ネパール王家は,日本の皇室や政財官界と懇ろであり,その特別の関係を誇示する展示物や備品が以前はたくさんあった。いちいちチェックしていなかったので印象にすぎないが,今回いってみると,それらのかなり多くが無くなっていた。単なる展示の入れ替えや備品の交換にすぎないのかもしれないが。

しかしながら,それよりもなによりも,今回も印象深かったのは,中国の扱い。入場料区分を見ると,中国はネパールの次, 南アジア地域協力連合(SAARC)よりも前だ。単にゴロのためかもしれないが,こうした場合,そう見るのはナイーブすぎる。やはり何らかの配慮が働いているのだろう。そもそもネパール王室は中国と仲がよかった。そのゆかりの地への入場には,やはり中国への敬意を表するのが筋であり礼儀というものかもしれない。

▼王宮博物館正面入口と入場案内(モヤのため映像不鮮明)
150224c150224d

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/02/24 at 14:49

権威と風刺:ガイジャトラに学ぶ

風刺は権威に比例する。権威が強大であればあるほど,風刺も鋭さを増す。たとえば,ネパールのガイジャトラ(牛祭)における風刺。

1.権威的秩序としてのヒンドゥー教王国
ネパールがまだヒンドゥー教王国であったころ,社会は権威により秩序づけられていた。ヒンドゥー教は国教であり,国王はビシュヌ神の化身,つまりは現人神であった。

この聖俗二大最高権威の下に,王妃や王族,首相と大臣,役人,そして実業家や社会の様々な有力者らも,すべて階層的に秩序づけられていた。ヒンドゥー教王国は,権威の秩序であり,庶民には聖俗二大権威を疑うことは許されなかった。そこでは,近代的な個人の自由や権利は,原理的には認められていなかったのである。

2.ガイジャトラの風刺
ところが,年に一度,ガイジャトラ(牛祭)の数日間は,いわば無礼講,国王・王妃から,首相・大臣,政府高官,そして街の有力者らまで,ありとあらゆる権威が風刺の対象とされていた。上品な機知に富む洗練された風刺もあれば,下品なエログロ風刺まで,何でもあり。街中,風刺だらけ。大権威,小権威のお歴々は,恥ずかしくて,新聞・雑誌を開くことも,街に出ることもできないのでは,と心配するほどのすごさ。この有様を初めて見たときは,こんなことをしでかして本当に大丈夫なのか,とビックリ仰天したものだ。

しかし,少し考えればわかることだが,これは権威の側の自信と余裕のなせることに他ならない。日常生活において,人々は大小さまざまな権威に服従している。(権威については,なだ・いなだ『権威と権力』参照) しかし,それだけでは庶民の間に不満が鬱積していき,いずれ爆発し,権威が攻撃され,権威的秩序は崩壊してしまう。そこで権威の側は,日常生活で庶民が権威に服従する代わりに,非日常の時空を設定し,これをお祭りとし,その期間中は,ありとあらゆる権威を風刺してもよい,ということにしたのだ。しかも,権威の側からすれば,自由な風刺を通して,庶民の「本音」や日頃の不平不満を探ることもできる。一石二鳥。

ガイジャトラ風刺は,だから風刺をすらも許容するという権威の偉大さ,度量の大きさを示すものに他ならない。そして,庶民の側も,非日常的なガイジャトラ風刺の無礼講は,日常生活における礼の尊重=権威信従の代償であることを十二分にわきまえていたのである。

3.民主化による風刺衰退
ところが,ガイジャトラ風刺は,ネパールが世俗的な共和国になり,民主化が進むと,急速に衰退していった。今もあることはあるが,質量ともに,かつての風刺には,はるかに及ばない。

世俗化と民主化により,あらゆる権威が地に落ち,本気で風刺するに値するほどの権威がいなくなってしまった。風刺は非日常的なタブーやぶり。タブーなきところ,風刺もない。
  [参照] 国王隠棲とガイジャトラ漫画の低調

4.中心的権威の側からの「風刺の自由」擁護?
こうした観点からみると,フランスにおける反テロ運動には,どこか違和感を感じざるをえない。ムハンマド風刺画関係者殺害については,許されないことは言うまでもないことだから,言わない。

私が違和感を覚えるのは,現在のフランスの反テロ運動からは,「中心」ないし「権威」の側にいるという自覚ないし反省がほとんど感じられないからである。たとえば,フランス政府ホームページの「反テロ行進」記事(1月12日)には,次のような写真が大きく掲示されている。
   
「世界の中心パリ」,あるいは「世界の首都パリ(The capital of the world)」(仏政府HP,1月12日)。自分たちこそが「中心」であり「権威」だと,世界に向かって誇示しているように見える。地理的あるいは社会的な「周縁」にいる人々には,「中心」からの非難攻撃と受け止められても仕方あるまい。こうした強者の側の自己中心主義こそが,テロを招く要因の一つとなっているのではないだろうか?
  [参照] 表現の自由と構造的暴力:ムハンマド風刺画事件

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/01/19 at 14:56

パラス元皇太子,大麻所持で逮捕

パラス元皇太子が7月12日,バンコクで,大麻12g(6g包×2)所持容疑で逮捕された。前回,2012年10月に続き,2回目。

大麻(マリファナ)は,酒より危険ではないという説もあり,ベルギー,オランダ,アメリカ(一部の州)など,容認拡大の流れのようだが,タイでは重罪だ。

パラス皇太子の場合,麻薬取締法(1979年)の150万バーツ以下の罰金,15年以下の拘禁の刑罰規定に該当しそうだという。ただし,「元皇太子」でもあり,どうなるかまだ不明。

ネパールはいま新憲法制定直前。それなのに,元皇太子がこの行状では,王政復古はますます絶望的と見ざるをえない。

▼2004年訪日時のパラス皇太子夫妻
140717b 

140717a His Royal Highness Crown Prince Paras Bir Bikram Shah Dev with president of Japan-Nepal Society in Tokyo, Sunday. ID Photo (Rising Nepal, Jul.11)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/07/17 at 17:08

カテゴリー: 国王

Tagged with , , , , ,

ギャネンドラ元国王もティカで祝福

10月14日,ギャネンドラ元国王は,例年通り,ナラヤンヒティ元王宮内のマヘンドラ・マンジールを訪れ,ラトナ・ラジャ・ラクシミ・デビ・シャハ元皇太后から祝福のティカ(टीका)を受けた。そのあと,「王室僧侶(राजगुरु)」からもティカを受けた。

元国王は,午後3時からは,マハラジガンジのニルマル・ニワス(元国王邸)において,一般人民数千人にティカを与えた。形式的には,王制時代とほとんど変わらない。

131017a131017b
■ニルマル・ニワス(USNepalOnline, Apr.20, 2008)

一方,ヤダブ大統領も,大統領公邸(राष्ट्रपति भवन)において,ハヌマンドカ・ダサイン・ガールなどのパンデット(पण्डित)からティカの祝福を受けた後,ジャー副大統領,レグミ暫定首相,政府高官,メディア関係者,そして一般人民にティカを与えた。こちらも,形の上では王制時代の国王とよく似ている。

ここで興味深いのは,世俗国家の大統領が,大統領公邸で,おそらく「公式行事」として,ヒンドゥー教儀式を行っていること。

131017c ■シタル・ニワス(大統領公邸,大統領府HP)

しかし,大統領には,元国王のような「威厳」はない。動画を見るとよく分かるが,元国王からティカを受ける人びとは敬虔そのもの,まるで現人神を前にしているようだ。これに対し,大統領の前では現世利益が隠しきれず,そのような敬虔さはほとんど見られない。

宗教が絡むとどこの国でもややこしいが,ネパールは国制の転換期ということもあって,何がどうなっているのやら,さっぱり分からない。

131017d131017f
 ■ティカで祝福する元国王と大統領(www.videosbisauni.com/ Oct.14)

谷川昌幸©

Written by Tanigawa

2013/10/17 at 21:40

極左・極右共闘へ:CPN-MとRPP

極左派の共産党毛派(CPN-M)が,極右派のギャネンドラ元国王・国民民主党(RPP)に接近し,主流派(UCPN-M,NC,CPN-MUL)に対する共闘を呼びかけ始めた。日本と同様,極左と極右は,磁石の両極のように引き合うものらしい。

130725b ■「国王」フェイスブック

1.CPN-M,元国王へ共闘呼びかけ
バイダ(キラン)CPN-M議長は,こう述べている。

「この国の主権と国民統合を守るため,元国王をはじめナショナリストと協力することが必要となった。」

「元国王が,われわれのナショナリズム強化闘争に参加するというのであれば,歓迎するが,われわれの共和制・世俗制・連邦制政策については譲歩するつもりはない。」(Telegraph, Access:Jul.24)

この考えは,CPN-Mの他の幹部,たとえばNB.チャンド(ビブラブ)らも表明している。CPN-Mは,すでに元国王側と接触しているという(Ibid)。

バイダCPN-M議長は,つい先日,印外相訪ネにあてつけ,前夜に中国に発ち,中国高官と懇ろに会談してきたばかり。バイダ議長は,ネパール内政については何も言われていない,中国にはネパール内政干渉の意思なし,といっているが,果たしてどうか? もともと中国と歴代国王は仲良しだったのだ。

2.NC内の王制懐旧感情
王制への懐旧感情は,コングレス党(NC)内にも生まれつつある。BP.コイララの息子でNC幹部のシャシャンク・コイララ(Shashank Koirala)は,BBCインタビュー(7月19日)において,こう述べている。

「王制を廃止し共和制にしたのは,大きな誤りであった。2006年,人民が抗議のため街頭に出たとき,事態を統制しうるBPのような指導者は1人もいなかった。世俗制と連邦制をほとんどの政党が考えてはいたが,政策として明確に共和制国家を掲げていたのは,マオイストだけだった。王制廃止は,マオイスト側から出されたものだった。」(Nepali Times, Jul.21)

3.RPPの王制ナショナリズムの訴え
このようなCPN-MのラブコールやNC内の王制懐旧感情の高まりは,王制派にとっては,もちろん大歓迎だ。カマル・タパ国民民主党(RPP)議長は,こう述べている。

「BP.コイララの息子でコングレス党幹部のシャシャンク・コイララは,王制廃止は失敗だったと語り,またCPN-M幹部たちも元国王とナショナリスト諸勢力はネパール・ナショナリズム強化のため協力すべきだと述べたが,これらはいずれも評価されるべき発言である。」(Republica,Jul.23)

4.UCPN-Mの反撃
元国王を担ぎ出そうとするCPN-MやRPPの動きに対し,最も激しく反発しているのは,統一共産党毛派(UCPN-M)である。前首相でUCPN-M序列2位のバブラム・バタライ中央委員(先日,副議長辞任)は,こう述べている。

「CPN-Mは,ギャネンドラの手先にすぎない。革命のためといって王制派と手を組むのは,自殺行為だ。」(Himalayan,Jul.23)

あるいは,ギャネンドラ元国王が極西部諸郡で行っている洪水被害者救援活動についても,バタライ中央委員は,怒りを抑えきれず,「逮捕してしまえ」とまで主張している。

「洪水被害住民へのギャネンドラの救援活動は,扇動であり,選挙を妨害するための策略である。在任中なら,彼を投獄していただろう。(彼の地方歴訪は)1990年憲法を復活させること・・・・(が目的である)。」(Himalayan,Jul.23)

130725a 
 ■洪水被害救援をしている王族NGO「Himani Trust」

5.王制復古の可能性
2006年革命後の共和国政党政治の「失敗」により,革命以前の1990年憲法体制の再評価の機運が少しずつ高まりつつある。

しかし,いまのところ,その動きは最左翼のCPN-Mと最右翼のRPPの結託,あるいはより直截的に言うならば「野合」で進められており,その限りでは成功の可能性は少ない。

しかしながら,S.コイララのような考え方がNCやUMLの中に広まっていくなら,王制復古もあり得ないことではない。投票で王制を廃止したのだから,投票で王制復古を決めてもよいわけだ。またまた,世界が,アッと驚くであろうが。

谷川昌幸(C)

ギャネンドラ元国王,マオイストから立候補か?

各紙報道によれば,マオイスト(UCPN-M)のKB・マハラ常任委員が,5月21日のネパールガンジでの記者会見で,ギャネンドラ元国王を11月予定の制憲議会選挙におけるマオイスト候補とする可能性を示唆した。

「過去を反省するなら,元国王に偏見を持つ必要はない。普通の市民として生活してきたのだから,わが党でも他のどの党でも元国王を立候補者として登録してもかまわないだろう。」(ekantipur, May21)

「ギャネンドラ元国王が普通の一市民として入党するなら,マオイストは彼を党公認候補とすることを躊躇しないだろう。」(Himalayan, May21)

これは,にわかには信じがたい話であり,マハラ常任委員も,「しかし,元国王は王制復古を夢見ているので,わが党は受け入れないだろう」(ibid)と,慎重に留保をつけている。

しかし,留保は留保であり,条件が満たされれば,解除される。周知のように,マオイストは,人民戦争末期に,ギャネンドラ国王に初代大統領になるよう提案したことさえあった。少なくともマオイスト幹部は,ギャネンドラ氏を,常に,絶対的に拒絶してきたわけではない。

だから,次の制憲議会選挙でマオイストが勝利すれば,「ギャネンドラ大統領=プラチャンダ首相」の豪華二頭制が成立する可能性がないわけではない。

マハラ常任委員の記者会見は,単なるリップサービスか,それとも観測気球か? さすが不思議の国ネパール,目が離せない。

130523 ■50ルピー札のギャネンドラ国王(Wikimedia Commons)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/05/23 at 16:42

カテゴリー: マオイスト, 国王

Tagged with ,

ガルトゥング訪ネと積極的非暴力の理念

平和学の権威ヨハン・ガルトゥング教授(トランセンド平和大学学長)が,ネパール開催の平和集会(2月10~18日)に参加され,また政官民各界有力者と意見交換される。

130209 ■ガルトゥング教授(http://www.transcend.org/)

ガルトゥング教授は,2003年5月,2006年10~11月にも訪ネされ,和平交渉,とくに包括和平協定の締結に重要な役割を果たされたといわれている。

現在,ネパールでは,マオイスト連立政府(バッタライ首相)の無議会統治がずるずると続き,挙国政府設立のための諸党合意がいつになるのか皆目見当もつかない。正式憲法もなく,最高裁など主要国家機関の構成員も減少しており,統治の正統性そのものが日々損なわれていく。国家存立の危機といってよい。

今回のガルトゥング教授訪ネの目的も,講演や意見交換などを通して平和構築への合意形成を促し,平和プロセスを前進させることだという。成果を期待したい。

ところで,ガルトゥング教授の平和学の核心は,平和的手段による紛争転換(トランセンド)による「積極的平和」の実現である。この平和学は,グローバル化時代の平和理念として,広く認められている。また,ネパール人は,「消極的非暴力」は得意だが,「積極的非暴力」は不得手だ,という批判も鋭く的を射ている。

 *消極的非暴力=negative non-violence. 市民的抵抗,デモ,非協力など。非暴力による抵抗
 *積極的非暴力=positive non-violence. 国家構築,平和構築など。制度や組織の積極的構築

しかしながら,その一方,ガルトゥング教授は,積極的平和(積極的非暴力)をどう実現していくか,という点では,やや具体性に欠ける嫌いがある。「平和を求めるなら,飢餓をなくせ」(Nepali Times, #626)といわれても,「では,具体的にはどうのようにして?」ということにならざるをえない。

また,教授の連邦制論は一種の「原理主義」であり,観念論の域を出ない。「各州は,資源と言語等の自決権を持つが,それでも一つの国民・一つの国家の部分として機能する」(同上)といわれても,「では,どのように州を区画するの?」とか,「無資源州はどうするの?」とか,「少数言語必修の生徒の就職は?」などと問われたら,答えようもない。

ガルトゥング教授には,制度としての「王制」と具体的な「国王」個々人とは区別すべきだとか,同性婚は欧米では必要だがネパールでは時期尚早だ,などといった極めて現実的・保守的な主張もある(同上)。各論に入れば,教授も現実主義者とならざるをえないのだ。

ネパールはいま,理念というよりは各論をめぐって議論が錯綜し,収拾がつかなくなっている。そもそも「積極的平和」「積極的非暴力」は,具体的な各論がなければ空虚な観念論にすぎない。それは、「消極的平和」「消極的非暴力」よりもはるかに複雑多様で、高度な政治力を必要とする。現実との妥協も避けられない。難しい課題だが、教授には,あえてその各論に一歩踏み込み,できるだけ具体的な平和構築のための政策提案をしていただきたい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/02/09 at 18:22

コケにされる大統領、天の声は印から

ヤダブ大統領が、諸党合意による首相候補の選出期限を12月22日(土)まで延期した。11月23日の初回から、これで延期4回目。まるでバナナのたたき売りだ。

ネパールの諸政党には、統治の当事者能力がない。王制の頃も、諸政党は同じようなことを繰り返した。仕方なく、国王が天の声を発し、首相を決めた。

ところが、民主化とともに国王の権威が衰弱すると、そっと耳打ちのような介入では効き目がなくなり、介入はあからさまな強権的なものになった。しかし、国王がやむなく強権的な介入をすると、当の諸政党はそしらぬ顔で責任転嫁し、国王専制を非難した。そして、結局は、王制を廃止し、めでたく「完全(絶対)民主制」を実現したのである。

この完全民主制は、完全だから、他に責任を転嫁することはできない。だが、責任をとれないのに責任を引き受けると、どうなるか? 2010-2011年には、諸政党は多数派を形成できず、首相選17回の堂々たる世界記録を達成した。今後100年は破られない、大記録だ。

政党政治の未熟は、いまも同じだが、以前とは状況がかなり変わってきた。以前は、まだ国連や国際社会がネパール民主化に熱意を持ち、あれこれ介入し、圧力をかけていた。ところが、もはや世界社会は、ネパール民主化へのかつてのような関心を失い、冷たく突き放すようになった。

天の声は、もはや国連からも世界社会からも降されない。そこで、結局は、もっとも頼りになる宗主国インドに、天の声を懇願せざるをえないことになったのである。

これは大統領の訪印を見れは明らかである。大統領は、諸党合意首相候補の提出期限を3回も無視され、面目丸つぶれ、権威は地に落ちた。大統領の言うことなど、どの政党もきかない。そこで、大統領は12月24日の訪印を決め、インドの権威を借りて、第4回目の候補提出期限を12月22日に定めたのである。もし22日までに首相候補を提出しなければ、訪印し天の声を聞いてくる、というわけだ。

ネパールは、民主主義の成熟以前に権威の源泉たる国王を廃止してしまったため、結局、それに代わる権威の源泉をインドに求めざるをえなくなった。ナショナリストを自慢しながら、訪米し天の声を聴く某国首相よりはましだが、それでもみっともないことに変わりはないだろう。

121219
 ■ヤダブ大統領(The Hindu)

[追加]印外相の口先介入(2012-12-22)
インドのクルシド外相が21日、ネパールの挙国一致政府形成問題について、口先介入した。外相は、ヤダブ大統領の努力を評価し、こう述べている(ekantipur, Dec22)。

「ネパール国家元首として、大統領は、すべての党を話し合いのテーブルに着かせるため、最善の努力をしている。」

「ニューデリーにできることは、挙国一致政府を形成し選挙を実施する努力を、精神的・道徳的に(morally)支援することだけだ。」

控え目な表現ながら、24日のヤダブ大統領訪印直前の口先介入であり、これだけでも十分効果がある。天の声は、やはりインド方面から降るのではないか? 大統領訪印後の展開が注目される。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/19 at 20:24

ガルトゥングの王制擁護論

1.ガルトゥングの訪ネ前インタビュー
ヨハン・ガルトゥングといえば,「積極的平和」や「トランセンド法」で知られる平和学の世界的権威だ。そのガルトゥングが,来年1月のネパール訪問をまえにインタビューに応じ,いくつか興味深い指摘をした。インタビューは下記ネパリタイムズに掲載。

▼Johan Galtung,Interview, “If you want peace, abolish hunger,” Nepali Times, #626, 12-18 Oct, 2012

2.王制の正統性
第一に注目すべきは,王制(君主制)についてだ。ガルトゥングの祖国ノルウェーは王国であり,立憲君主制・議院内閣制をとっている。ネパールについても,ガルトゥングは,このような立憲君主制の方が適切だと考えているようだ。

ガルトゥング:王制(君主制)についていうならば,正しい(正統性がある Legitimate)か否かは,ひとえに王制の在り方による。王制だから正しくないとは思わない。専制(despotism)こそが不正なのだ。国王個々人と王制そのものとは区別されなければならない。

ネパール人の多くは,王制そのものは支持していたと思われる。立憲君主制は,王制の象徴性と憲法による規制を両立させるものだ。マオイスト紛争期に,私はカトマンズのある警察署長と話したことがある。彼が言うには,マオイストの40項目要求のうちの39項目には賛成であり,したがってマオイストの断固取締には躊躇するほどであったが,それでも他の1項目,王制廃止には賛成できなかった。

マオイストの王制廃止要求は,一般の人々の思いからは外れるものであったと考えられる。」(Ibid)

ここでガルトゥングは,まず第一に,制度と人を区別せよ,といっている。これは常識であり,もし区別しないなら,ヒトラーを生み出した民主制は悪ということになってしまう。王制についても,ある国王が悪政を行っても,だからといって直ちに王制そのものが悪となるわけではない。王制と専制は峻別されなければならないということである。

ここでガルトゥングは,ネパールの王制復古を積極的に唱えているわけではないが,自国ノルウェーが王国であることもあり,立憲君主制には彼は好意的であるとみてよいであろう。

3.連邦制と国家統一
連邦制については,ガルトゥングは強く支持しているが,その根拠は,説明(ネパリタイムズ記事)の限りでは不明確だ。

ガルトゥングによれば,連邦制は,権力や資源を豊かなところから貧しいところに移転させるが,これが直ちに国家分裂をもたらすわけではない。各州は,資源自治権や言語教育決定権などを保有しつつも,「国家」や「国民」の一部として行動する。州は地理的区分だが,どの州も他州の権利を侵害できず,したがってその意味では,一つの国の部分として行動せざるをえない。だから,分裂とはならない。

このガルトゥングの連邦制擁護論は,記事が正確だとすれば,論拠薄弱であり,説得力がない。彼自身のこのインタビューにおける他の主張とも整合性がない。西洋諸国には,多民族途上国の連邦制への思い入れがあるのではないだろうか?

4.自由より食糧
これはインタビュータイトル(If you want peace, abolish hunger)となっている議論である。この部分を見ても,ガルトゥングが想像以上に保守的な考えをもっていることがよくわかる。

たとえば,ネパール暫定憲法は最高裁解釈では同性婚を認めているが,ガルトゥングによれば,そうした権利は西洋諸国では重要となっているが,ネパールではまだ最優先課題の一つであるわけではない。「ネパール人にとっては,日々の食事への権利の方がもっと重要であろう。一言でいえば,ネパール憲法は,もっと守備範囲を限定した憲法であるべきだ。」

このガルトゥングの忠告は,わからないわけではない。メシもまともに食えないのに,同性婚のような,最先端の権利をあれもこれもと追いかけ回してどうなる,憲法は身の丈相応の簡素なものにせよ,という忠告である。

それはそうだ。私もそう思うし,幾度もその趣旨の発言をしてきた。途上国では,自由権,社会権,参政権のいずれも満足には保障されていない。一気に,それらすべてを実現することは到底不可能なので,当然,優先順位をつけざるをえない。もしそうだとすると,同性婚などのような最先端の権利よりも,国家としていま努力を傾注すべきは飢餓救済などの基本的権利の保障だ,という議論は十分になりたつ。これは合理的,現実的な判断だ。

しかし,その一方,これは一種の途上国差別であり,無意識の優越感の現れといってもよいであろう。「まともにメシも食えず学校へも行けないのにケイタイをほしがってどうする」といった,上から目線の「おごり」である。

食糧にも事欠き,電気・水道・道路も普及していない途上国に行って,最先端の法・政治制度や最新の工業製品を宣伝して回るのはいかがなものかと思うが,その一方,現地の人々がそうした最先端・最新の制度や製品を求めることについては,それは彼ら自身の選択であり,見守るよりほかはあるまい。日本人だって,幕末維新の頃は,ずいぶん分不相応な新制度・新製品に飛びついていた。自戒したい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/10/14 at 15:06

カテゴリー: 国王, 憲法

Tagged with , , ,

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。