ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘憲法’ Category

AI化社会の近未来(1)

このところ心身ともに絶不調,ブログも休眠状態だ。介護疲れかと思っていたが,どうもそれだけではなさそうなので,仕方なく先日,十数年ぶりに健康診断を受けてきた。3週間後,もう一度受け,結果を聞くことになっている。といっても,荒療治はイヤなので,結果を知ってもどうしようもないのだが,そこは意志薄弱,健康診断くらいはと,つい受診してしまった次第。

何もする気がしないので,涼みに近くの小さな図書館に行き,ボケーとしていたら,ふと『AIと憲法』(*)という本が目についた。借りて帰り読み進めると,加速度的に進むAI化が私たちのの生活にもたらす様々な変化とそれに伴う諸問題が,主に憲法学の観点から具体例を挙げつつ分かりやすく分析されており,大変興味深く,改めてこの問題について考えることの重要性を再確認させられた。

以下は,本書『AIと憲法』に触発され,日頃AI化について私自身が感じていることを,思いつくままに列挙したもの。目下,絶不調のため単なる思い込みや論証不足の部分などがあるかもしれないが,ご容赦願いたい。

山本龍彦編著『AIと憲法』日本経済新聞出版社,2018
AIと憲法問題/AIと個人の尊重、プライバシー/AIと自己決定原理/AIと経済秩序/AIと人格/AIと教育制度/AIと民主主義/AIと選挙制度/AIと裁判/AIと刑事法/
「参照」
・日本経済新聞「AIと憲法 山本龍彦編著 未来の人格・人権概念を問う
・朝日新聞「(社説)AI時代の憲法 いま論ずべきは何なのか

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/08/18 at 11:14

ゴビンダ医師のハンスト闘争(24)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 
④強制摂食:いくつかの事例 A. 西洋近世・近代の奴隷と病人 B. イギリス

C. アメリカ もう一方の人権と民主主義の国,米国では,いまでも強制摂食が合憲・合法とされ,刑務所や収容所でしばしば実施されている。

米国では,自己決定権ないし「独りでいる権利」が「プライバシー権」として広く認められているが,そこには「自殺の権利」までは含まれてはいない(末期患者尊厳死は別問題)。また,国家には秩序維持の権利義務があり,そのために必要な場合にはプライバシー権の一部を制限することが出来る。ハンストをする権利は,そうした制限可能な権利の一つであり,必要な場合には,ハンスト死防止のための強制摂食が認められるとされている。

米国刑務所での強制摂食としては,早くには1917年,ニューヨークの刑務所内でハンストをした女性産児制限主義者に対し,実施された。以後,強制摂食は継続され,たとえばコロラド州の刑務所では,2001~2007年に,少なくとも900回の強制摂食が実施されたという。そこでは2014年にも,ハンストをした8~9人に対し,強制摂食が行われている。(*5)

さらにウィスコンシン州の刑務所では2016年,ハンストの3人に対し強制摂食が実施された(*15)。米国では,州により扱いは異なるが,刑務所での強制摂食はマニュアル化されているとみてよいであろう。

米国の強制摂食として最も悪名高いのが,米軍グアンタナモ収容所(キューバ)でのもの。グアンタナモでは,早くも2001年1月からハンストが始まり,最多の時は150人余がそれに参加した。このハンストについては,2013年までは報告されているが,それ以降は情報不開示となったため詳細不明。

グアンタナモ収容所は,いわば治外法権であり,収容者の扱いは残虐を極めた。ハンストにも,当然のように強制摂食が実施された。ここでは死ぬことは許されない。人間の最後の自由,死ぬ権利さえ奪われている。「核軍縮キャンペーン(CND)」は,2005年大会において,次のような緊急決議をしている。「大会は,グアンタナモの200人以上の拘留者によるハンストが摂食と鎮痛剤の強制により長期化し8週目に入っていることを懸念をもって指摘する。」

米国で,いま最も問題にされているのは,急増する難民・移民希望者に対する収容所や拘置所での強制摂食である。「移民関税局(ICE)」は,食事9回拒否でハンストと認定し,裁判所の許可の下,強制摂食を行っているという。

「ICEは,収容所収容者の生命を守り,収容所の秩序を維持していく。・・・・ハンストを行う収容者に対しては,その健康と安全のため,ICEは食物と水の摂取をきちんと見届けている。収容者のハンストが,生命あるいは健康にとって危険かどうかは,医療担当者が常に監視している。」(*1)

この2019年1月には,ICEテキサス収容所が,ハンストをしているインドとキューバからの難民申請者30人のうちの6人に対し,裁判所の許可を得て強制摂食をした。彼らは鼻から出血し,耐えがたい苦痛を訴えている(*8)。


■ICE強制摂食抗議デモ(NYT, 2019/01/31)/グアンタナモ強制摂食(Graphic News, 2013/05/01)

D. ロシア ロシアの刑務所では,ハンストに対し強制摂食が行われている。テロ等の罪で収監されたウクライナ人映画監督オレグ・センツォフは2018年5月から抗議ハンストを続けたが,この強制摂食を避けるため同年10月6日,ハンストをやめざるをえなかった。

E. 北朝鮮 北朝鮮教化所は2018年夏,看守に対する抗議ハンストを行った収監者2人に対し,ホースを口に入れ強制摂食させた。

F. イスラエル イスラエル議会は2015年,ハンストで抵抗するパレスチナ人収監者に対する強制摂食を合法化した。
■イスラエル議会強制摂食法制定(The Telegraph, 2015/07/30)

G. インド インドの人権活動家で「鉄の女」とも称されるイロム・ミャルミラが2000年,インド軍による住民虐殺に抗議しハンストを開始したのに対し,インド政府はチューブによる強制摂食を始めた。彼女は,これに耐え16年間もハンストを続けたが,闘争方針を変え州議会選挙に出て闘うため2016年8月9日,ハンストを終了した。


■Burning Bright: Irom Sharmila(Penguin, 2009)/シャルミラ-ハンスト10年目(Facebook, 2011/09/19)

*1 BURKE, GARANCE, “UN: US force-feeding immigrants may breach torture agreement,” AP,
*2 Burke, Garance and Martha Mendoza, “U.S. immigration officials are force-feeding detainees who’ve been refusing food at Texas centre,” AP, January 31, 2019
*3 DAUGHERTY,OWEN, “UN says US force-feeding detained immigrants may violate torture convention,” The Hill, 02/07/2019
*4 Greenberg, Joel K., “Hunger Striking Prisoners: The Constitutionality of Force-Feeding,” Fordham Law Review, Volume 51, Issue 4 Article 7, 1983
*5 Hsieh, Steven, “Colorado’s Federal Supermax Prison Is Force-Feeding Inmates on Hunger Strike: Solitary Watch reports that eight to nine prisoners are taking part in the strike, held at the federal government’s highest-security prison” The Nation, Feb 27, 2014
*6 Long, Clara “ICE Force-feeding Immigrant Detainees on Hunger Strike: Force-feeding is Cruel, Inhuman and Degrading,” Human Rights Watch, February 1, 2019
*7 Miller, Ian, A History of Force Feeding: Hunger Strikes, Prisons and Medical Ethics, 1909–1974, Springer Nature, 2016
*8 Stevens, Matt, “ICE Force-Feeds Detainees Who Are on Hunger Strike,” New York Times, Jan. 31, 2019
*9 “1910 Liverpool, Force-Feeding: The suffering of a suffragette,” Lapham’s Quarterly
*10 “Cartoon depicting force-feeding from The Daily Herald: Illustration depicts Asquith force-feeding an imprisoned suffragette,” British Library
*11 “Force-feeding,” Wikipedia
*12 “Force-feeding in English jails – a hidden history,” The University of Manchester, 5 Nov 2015
*13 “Force-feeding at Guantanamo Bay,” Graphic News, 05/01/2013
*14 “Prison officials force-feed inmates on hunger strike against solitary confinement,” RT, 29 Jun, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/28 at 18:04

ゴビンダ医師のハンスト闘争(16)

5.オリ共産党政権成立とその医学教育政策
(4)政府側反論:民主主義の法と手続きを守れ
オリ内閣や共産党(NCP)の側の反論は,政権側からすれば至極当然ではあるが,民主主義の法と手続きを守れ,の一点張りである。

オリ首相は,プシュパラル追悼記念集会(7月23日)や党本部集会(7月24日)において,こう語った。――野党はゴビンダ医師を政治的に利用し,問題ではないことを問題化し,反動勢力の陰謀に加担しているが,「これは許されざることだ」。ネパールは憲法を最高規範とする連邦民主共和国。すべての問題は,「法の支配([記事ではrule of law,内容的にはrule by law]」を遵守し,民主的議会を通して解決されるべきだ。「民主国では,議会が法律を作るが,コングレス党にはそのような法律を受け入れるつもりがあるのだろうか?」「コングレス党は,われわれに民主主義を教えようなどとすべきではない。政権にあったとき,コングレス党は122人の人民を殺し,何千人もの教員や公務員をクビにしたではないか。」(*1,2,3)

これらの集会には,プラチャンダNCP共同議長も出席していた。彼も,「もし群衆動員ですべてを決めるのなら,議会はいらないではないか。ハンスト要求に政府が応じていたら,秩序なき混乱に陥ってしまうだろう」などと述べ,この件についてはオリ首相を全面的に擁護した。(*4)

閣僚の中では,ラム・B・タパ(バダル)内務大臣が強硬発言を繰り返している。7月3日の代議院において,タパ内相はこう述べた。「民主主義は,[病院,交差点など]いかなる場所でも抗議行動をする権利までも保障してはいない。・・・・われわれはKC医師の意見に敬意を払い,民主的な方法で解決しようとしている。誰も法の上にはいない。KC医師には,民主主義の諸価値を尊重していただきたい。」(*4)

あるいは,Onlinekhabarによれば,タパ内相は,「病院や交差点のような特別の場所での抗議行動は混乱をもたらす。なぜ他の場所を選ばないのか? そんな行動は民主的とは言えない」と述べ,KC医師を「権威主義者」だと批判した。内相の考えは,記事によれば,「民主的政府の行為に対し抗議するのは民主主義それ自体への抗議を意味する,というものであった」。(*4,5)

以上のように,オリ共産党政権は,民主主義の法と手続きの正統性を前面に押し立て,ゴビンダ医師のハンストによる改革諸要求を頭から拒絶しようとしたのである。

■タパ内相(Kantipur TV, 2016/05/25)

*1 “NCP flays NC for siding with Dr KC,” Himalayan, 24 Jul 2018
*2 “Accept democratic procedure, PM Oli urges NC,” Himalayan, 25 Jul 2018
*3 “PM urges main opposition to accept democratic procedure,” Republica, 24 Jul 2018
*4 “Home Minister: Govt hasn’t deprived people of right to protest, but Dr KC is authoritarian,” Onlinekhabar, 4 Jul 2018
*5 “Home Minister vows to address demands of Dr KC through democratic way,” Kathmandu Post, 4 Jul 2018
*6 Bihar Krishna Shrestha, “Saving Nepal’s democracy from its “Democrats,” Telegraphnepal, 22 Jul 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/01/14 at 17:24

ゴビンダ医師のハンスト闘争(4)

1.民主的専制とサティヤグラハ:ネパールから学ぶ(4)
ゴビンダ医師のハンスト(サティヤグラハ)は,こうしたネパール社会の現状を踏まえたうえで行われたものだが,そこには日本のわれわれにとっても学びうるものが少なからず存在するように思われる。

現代の日本は,自由や権利も民主主義も,制度的にはネパールと同様,憲法等により明確に保障されている。ところが,現実には,政治は野党の無原則な離合集散,萎縮により与党政府の思いのまま,民主主義の土台をなす政治倫理は衰弱し,国民の諸権利も侵食される一方だし,社会は政財界バックの市場原理主義により格差拡大,少数勝者の楽園となりつつある。日本国民の多くは正当な権利も健康で文化的な生活も満足には保障されていないのに,現体制は民主主義により成立し,支持を拡大し,着々と永続化に向け前進している。現代日本は,露骨な強権的専制ではなく,柔らかい,真綿で絞められるような「民主的専制」ないし「多数者専制」に陥りつつあるとみるべきである。構造的には,ネパールと同じではないか?

むろん,現代の日本にはネパールとは比較にならないほど長い,豊富な自由主義と民主主義の経験がある。しかし,たとえそうではあっても,日本政治が先の希望が見えない時代閉塞的な状況に陥りつつあるという点では,ネパールと同じである。日本でも,民主主義はいまや,富者・勝者がつくり出す国民多数派のものである。少数派が国民に訴え,支持を広め,民主的に体制を変えることは,ますます困難になりつつある。

たとえば,憲法改正について,これまでよく目にしてきたのは反対派の署名活動や意見広告であった。改正賛成派の同様の動きは,いまのところそれほど活発ではない。しかし,もし改正賛成派が,機塾せりと見て,一般国民向けの署名活動や意見広告を本格的に始めたらどうなるか? おそらく形勢一転,署名活動も意見広告も改憲派圧倒的優勢となるだろう。反対派は,街に出ても,新聞を開いても,テレビをつけても,改憲派の署名活動や意見広告を見聞きすることになる。民主国では,体制が民主的であればあるほど,反体制派の反対運動は困難となる。


 ■護憲派意見広告(朝日2007/5/3)/改憲派意見広告(産経&読売2018/6/28)

いまの日本は,そのような反政府少数派の反対運動が困難なソフトな「民主的専制」に陥りつつある。この状況では,体制側の政策に反対するには,民主主義以外の方法をも模索せざるをえない。そうした方法のうち,非民主的だが倫理的に正当であり,困難を極めるが実行されれば極めて効果的と思われるのが,サティヤグラハである。ここでゴビンダ医師のサティヤグラハとしてのハンスト闘争の紹介を試みるのは,このような問題意識からである。

ただし,ここでは,ゴビンダ医師の第15回ハンストにつき,全過程を跡付けたうえで,首尾一貫した形で紹介することは,断念せざるをえない。ハンストをめぐる動きが極めて複雑なうえ,このところの情報化により関係情報もおびただしい数量にのぼるからである。以下では,主な出来事や論点ごとに紹介していく。時間の前後や記述の濃淡,重複などが生じるかもしれないが,ご容赦願いたい。

■ガンディーのハンスト(AP, 1943/2/11)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/10/02 at 13:50

ゴビンダ医師のハンスト闘争(2)

1.民主的専制とサティヤグラハ:ネパールから学ぶ(2)
それにしても,なぜいまハンストなのか? ネパールは民主化し,最高水準の民主的な2015年憲法も制定され施行されているのではないか?

ゴビンダ医師のハンストは,直接的にはネパールの保健医療分野の不正を告発し抜本的な改革を要求するものだが,それは同時に,その不正を容認し助長しているネパール民主主義の現状に対する真っ向からの異議申し立てともなっている。

ネパールの民主化は,マオイスト人民戦争(1996-2006年)後,急激に進み,2008年には王制が廃止され連邦共和制となり,そして2015年にはその成果を法的に確定する2015年憲法が制定された。この現行2015年憲法は,国民の権利と民主主義を詳細に規定しており,これによりネパールは少なくとも制度的には世界最高水準の民主国の一つとなった。

しかし,制度はできても,その運用には相当の経験と努力が必要である。ネパールの場合,前近代的・半封建的王制から21世紀的包摂民主主義体制に一気に飛躍したため,人権と民主主義の経験が乏しく,そのため様々な前近代的因習や慣行が根深く残る一方,他方では現代的な市場経済や自由競争社会の論理が有力者によりご都合主義的に利用され始めている。国民各人に保障されるはずの自由や権利は,実際には旧来の,あるいは新興の富者や強者のものとして利用され,そしてそれが民主主義の名により正当化され保護される。憲法規定の民主主義は,富者や強者が,彼ら独占のメディアや彼らの意を体する議会等の統治諸機関を通して国民を教化し,操作し,動員し,かくして彼らの特殊利益に奉仕させるための格好の手段となりつつある。現代型の「民主的専制」といってもよいであろう。


■ネパール憲法2072(2015)/代議院(下院)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/09/30 at 15:02

紹介:三瓶清朝『みんなが知らないネパール―文化人類学者が出会った人びと』(2)

2.言葉と社会構造
本書の第2章11では,ネパールにおける言葉と社会構造の関係が分析されている。

言葉といえば,それが私たちの個人的および社会的生活と不可分の関係にあることは,古来,常識中の常識であった。聖書もこう述べている。「初めに言があった。言は神であった。万物は言によって成った。言によらずに成ったものは何一つなかった」(ヨハネ福音書)。

私たちは,何かあるもの(それ自体としては認識できない或るもの)に名(言葉)を与え,他と関係づけ,秩序づけることによりはじめて,それをそれとして認識する。はじめの名づけが神によるのか,それとも何かひょんな偶然か何かで人間が行ったのかは,わからない。それはわからないが,いずれにせよ,言葉使用ないし名づけが関係づけ,秩序づけと同義であることは,明白である。

しかし,言葉は日常的に使用するものであり,繰り返し使用していると,当初の作為的な関係づけ,秩序づけの意識が薄れていき,言葉で創り出した関係や秩序が「自然なもの」と思われるようになってくる。いわゆる「第二の自然」である。

この関係や秩序が「第二の自然」となってしまったところでは,それを批判し人為的なものだと説くのは容易ではない。そうした場合,具体的な事例をあげ,一つ一つ丁寧に実証し反省を促していく以外に方法はあるまい。

本書の「ことばと社会構造」の部分は,そのような実証的研究を目的としていると思われる。ネパールの人々は,相手を呼ぶとき,どのような語を対称詞として使うのか? 対称詞の使い分けと社会構造は,どのような関係にあるのか? 以下,要点を抜粋する(timiやtaは原文では音声表記)。

「カトマンズ市内の,教養のあるバフン族の男性の対称詞の使い方から比較して見ると,田舎のパンチカル村のバフン族はダヌワール族[低カースト少数民族]のおとな(おじいさん)に対して目下のものに使われるtimiや,手に負えない動物に向かって,つまり犬以下のものにしかも怒ったときに使う対称詞taを使うというのである。パンチカル村のバフン族はダヌワール族を犬以下扱いにしていることがよくわかる。ダヌワール族を強く軽蔑していることがわかる。しかし,これがバフン族の伝統的なことばの使い方である。」(68)

「バフン族は,ことばによって異カースト(異民族)を強く軽蔑し侮辱し,結果として劣位者(または犬)を支配し屈服させ服従させることを子どものときからじょうずに学ぶ。反対に,ダヌワール族にしてみるとバフン族という異カースト(異民族)からtimiや,犬以下にしか使われない対称詞taを使って軽蔑され侮辱され服従させられるように毎日,学ぶ。父や祖父がこのように軽蔑され侮辱され服従させられることを毎日,子どもの時から学ぶのである。軽蔑や侮辱,服従をおとなしく受容するように子どもの時から学ぶ。」(69)

「ことばの使われ方の中に社会構造(社会組織,社会的仕組み,社会的上下序列)が反映されて,ことばを使えば使うほど社会構造が心の中に刻み込まれる・・・・。」(70)

ここで指摘されている,このような言葉と社会構造(社会秩序)との相関関係は,ネパールだけでなく,どの社会にもある。日本でも,極端な例を挙げるなら,こともあろうに仏教僧侶が,社会で差別されている人々にあからさまな「差別戒名」をつけ,差別の維持拡大,永続化に大きな役割を果たした。ヒンズー教司祭のバフンの言葉の使い方と,本質的には,何ら変わりはない。

言葉と社会構造がこのような相関関係にあるとするなら,社会の不正な差別をなくすには,差別的な制度や行為そのものに加え,差別的な言葉,いわゆる「差別用語」をも無くさなければならないことになる。

しかしながら,これは容易なことではない。先述のように,言葉は文化であり人々の魂や精神と一体不可分の関係にあるからである。たとえば,「man」を「he」で受け,「人=男」とみなし,女性を「人」扱いしない慣行。それによれば,人間の権利(rights of man)は「男の権利」だから,女には権利はないことになる。投票権の男性限定は20世紀半ばころまで広く見られたし,実質的参政権ともなると日本をはじめ多くの国でまだ男性同等とはなっていない。

それゆえ「man=he(人間=男)」という言語使用慣行を改めなければならないのだが,「man」は一般名詞として広く使用されてきており,その作為的な使用制限や意味変更は極めて困難である。

努力はされている。いま注目すべきものの一つが,世界最新憲法の一つである「ネパール憲法」(2015年)の公定英訳。大統領,議長,首相などを受ける代名詞として,「he or she」または「he/she」を用いている。しかし,これではまだ男性(he)優先と恐れたのか,ときには「she or he」または「she/he」あるいは「s/he」が使用されている。いや,それどころか,一つの条文の中で「he/she」と「she/he」が交互に使用されているところさえある。エライ,立派! ネパールは,そこまでして,言葉による差別をなくし,差別的社会構造を矯正しようとしているのだ。日本も,頭を垂れ,見習うべきである。

しかしながら,ネパールをはじめとして,そうした努力はみられるにせよ,日常生活における言語使用慣行の変更が難しいことに変わりはない。言葉そのものに拘泥しすぎると,「he or she」「he/she」「she or he」「she/he」「s/he」のように煩雑になったり,終わりなき「ことば狩り」に陥ったりする。「chairman(議長)」を「chairperson」に変えるくらいはよいとしても,「history(歴史)」は「his story(男の歴史)」だから使うなとか,「manhole」は差別的だから「personhole」に変えよといった主張になると,正直,ちょっと待って,そこまでしなくてもと思えてくる。日本語にも,差別的を理由に使用禁止や言いかえの対象になっている言葉が多数ある。もっともなものも少なくないが,たとえば「子供」は「供」が差別的だから「子ども」とせよとか,「障害者」の「害」は悪い意味なので「障碍者」か「障がい者」とせよといった要求になると,ちょっと首をかしげざるをえない。(「障」を残し,「害」を「碍」やひらかなに変える根拠は?)

このように,言葉使用の作為的変更には複雑で難しい問題が少なくないが,明白に差別的な言葉については,改めるべきだし,それは比較的容易でもある。ネパールも,憲法公定英訳のように,作為的に変えやすい部分については,意欲的に変更しつつある。日常的な対称詞使用差別も,いずれ改められていくのではないだろうか。


 ■ネパール憲法 ネパール語正文/公定英訳

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/06/18 at 16:20

老老介護,事始め(13):ネパールの高齢市民法

ネパールの高齢市民(高齢者)は, 2015年憲法制定以前の「高齢市民法2063(2006)年」と「高齢市民規則2065(2008)年」により諸権利を保障され,それが以後そのまま継承されている。その意味では,2015年憲法第41条(高齢市民の権利)は,すでに法令で保障されている高齢者の諸権利をあらためて理念的に再確認したとみてもよいであろう。いずれにせよ,これらの法令は具体的で社会の現実に近く,それだけに生々しく,憲法以上に興味深い。

A. 高齢家族扶養の法的義務
高齢市民法は,「高齢市民」を60歳以上と定め,国民に「高齢市民を尊敬する義務」を課している。(日本の老人福祉法では「老人」は65歳以上。)  これが基本原則。

その上で,高齢市民法は,高齢者の扶養を家族各人に義務づけている。家族は,家族の中の高齢者を本人の意思に反して家族から引き離してはならないし,また同居,別居にかかわりなく高齢家族の扶養義務を負う。

家族がこの高齢家族扶養義務を果たさない場合,当該高齢者には,救済申し立ての権利がある。当該高齢者は,家族に対し扶養命令を出すことを,居住地区の区長に申し立てる。申し立てを受けた区長は,まず仲裁を試み,もし仲裁で解決しない場合は扶養命令を出し,それを公告する。それでも解決しない場合は,村長または市長が家族に対し扶養命令を出し,それを公告する。(これで解決できない場合の規定はないが,これ以降はおそらく裁判か,遺棄高齢者として行政当局が保護することになるのであろう。下記F項参照。)

家族はまた,高齢家族に「乞食」をさせてはならない。あるいは,本人の意思を無視して高齢家族をサンヤシ(托鉢僧),僧侶またはファキール(「貧者」,行者)にしてはならない。

B. 高齢者への優遇措置
高齢者には様々な優遇措置が保障されている。(ただし,バス料金,医療費など,まだ規定通りには実施されていない措置もある。)
・バス等には優先席を設け,料金は半額
・医療費は半額
・水道,電気および電話の利用優遇措置(詳細規定なし)
・裁判において弁護士を自費依頼できない場合,裁判所が弁護士をつける
・刑期の短縮:65~70歳=25%,70~75歳=50%,75歳以上=75%
・受刑者が高齢無能力または75歳以上の場合,刑務所ではなく介護施設に収容

C. 高齢市民福祉委員会
女性・子供・社会福祉担当大臣を議長とする「高齢市民福祉委員会」を設置し,その下で高齢者の保護と社会保障のための政策の立案・施行・評価を行う。また,同委員会は,介護施設(高齢者介護センター,通所介護センター等)や高齢者クラブの運営を監督する。

D. 高齢市民福祉基金
高齢者の保護と社会保障のために「高齢市民福祉基金」を設置する。資金拠出者は,ネパール政府,外国の政府や団体,国際的な組織や団体,ネパールの市民や団体,その他。

基金からは,認定介護施設を通してのみ,金銭を支出する。個人的な支出は一切認められない。

E. 介護施設の設置・運営
介護センター(ケアセンター),通所サービスセンター(デイサービスセンター)等の介護施設は,政府,団体,個人のいずれかが法令に基づき設置し運営する。利用は,高齢者自身が自費で利用する場合,家族が経費負担して利用させる場合,あるいは裁判所命令により入所させる場合がある(下記F項参照。)。

介護施設は,入所者が希望する宗教活動,社会活動,娯楽,経済活動をすることを認め,支援する。なお,「高齢市民規則」では,介護施設には,少なくとも聖地巡礼年1回,観光旅行年2回の実施が義務づけられている。

高齢者が入所している介護施設で死亡した場合,施設側が本人の希望した形で葬儀を行う。遺産は,本人による自費入所の場合は当該介護施設に譲渡される。家族が費用を負担して入所させている場合は,残った遺産は家族に返却される。

F. 通報義務
高齢者が遺棄されている場合,それを認めた市民は近くの介護施設,警察または市町村役所に通報しなければならない。警察は,当該高齢者を介護施設に引き渡す。

――以上が,ネパール高齢市民法と高齢市民規則の概要だが,これらはいくつかの点で,たいへん興味深い。第一に,これらの法令は,公権力が真正面から家族関係に介入し,高齢家族の扶養を法的義務として明記したことを意味する。だから,扶養義務違反は,居住地行政機関によりその事実(家族遺棄)を公告され,世論により非難され「罰せられる」ことになる。

高齢者の「乞食」や「サンヤシ」,「ファキール」等については,法律に明記されているのだから,そうした行為の家族による強制が社会において現実に相当程度行われている,と見ざるを得ないであろう。

高齢者優遇も,優遇座席や料金割引など,かなり広範に認められている。特に興味深いのは,高齢犯罪者の年齢に応じた拘禁刑の減刑。

介護施設は,政府,団体あるいは個人のいずれでも法令に基づき開設でき,居住型と通所型がある。入所者には,かなり大幅な行動の自由が認められている。年1回の聖地巡礼の権利保障はいかにもネパールらしい。経済活動については,どの程度認められているのか不明。

このように,ネパールでも家族関係が近代化する一方,すでに幾度か触れたように少子高齢化,小家族化,出稼ぎなども進み,家族による高齢者扶養が難しくなり始めている。高齢者を受け入れる介護施設の必要性がますます高まっていくと見てまず間違いあるまい。

すでに,ネットにはネパール富裕層向け高級老人ホームの宣伝がいくつも出ている。経済的に余裕のある富裕家族が,それらを利用し始めているのであろう。それは,それでよい。

では,一般庶民,特に低所得家族はどうすればよいのであろうか? 政府に備えはあるのか? はなはだ心もとない。問題の本質は日本と同じだが,深刻さはネパールの方が今後はるかに大きくなるのではないかと危惧される。

▼ネパールの老人ホーム宣伝

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/05/20 at 14:12

カテゴリー: ネパール, 社会, 健康, 憲法

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