ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘教育’ Category

ゴビンダ医師のハンスト闘争(29)

7.ハンスト:開始から終了まで
(1)ジュムラでハンスト開始
(2)体調悪化
(3)ゴビンダ医師支持の拡大

(4)カトマンズへの強制移送
ゴビンダ・KC医師が,「医学教育令2017年」の継承発展たる「医学教育法」の制定を求めジュムラでハンストを開始したのに対し,オリ共産党政府は,医療格差象徴の場として選ばれたジュムラでの交渉を忌避,彼を首都カトマンズに連れ戻し,そこで説得しハンストを止めさせようとした。政府側は次のように主張した(19日カトマンズ移送後報道も含む)。

オリ首相:①「納税者のカネから給料をもらっている者が,自分に割り当てられた義務を果たしもせず,政府を独裁的などと,どうして非難できるのか?」(7月9日頃,官邸での第2州共産党議員との会談において*46)。②「KC医師は,問題解決ではなく,問題をつくり出そうとしてきた。」そして,様々な勢力がそれを利用し,彼の治療を妨害してきた。医者や公務員が職務を放棄して街頭に出てよいのか? 医学教育法は,議会で審議すれば,修正に応じる用意はある。(7月24日付報道*47)

プラチャンダ共産党共同議長:KCのハンストには慣れっこ。政府は彼の生命を救おうとしているのに,反民主的勢力が彼を殺そうとしている。一個人の街頭運動で決められてしまうのなら,政府も議会も不要。反革命勢力がKCを政治的に利用している。コングレス党はKCの死体を踏みつけ利用するような恐ろしい政治をするつもりか。(7月24日付報道 *47)

GM・ポカレル教育大臣:①医学教育法は議会提出済。「座り込みで何でも変えようとする伝統は終わりにしなければならない。議論してはならないことは何一つないが,解決はハンスト以外の方法で見出すべきだ。」(7月10日付報道*48)②「KC は主権的上院に圧力をかけ自分の命令に従わせようとしているが,これは許されないことだ」(7月11日付報道*49)③7月13日,KCを強制的にカトマンズに連行することもありうると発言(7月17日付報道*50)④7月14日ジャーナリスト協会でのコメント。政府はKCの生命を救いたいと考えている。「天候の回復を待っている。拒否されても,KC医師をここカトマンズに連れてこざるをえないかもしれない。」(*51)

政府は,このような対KC強硬姿勢を維持しつつも,U・ヤダブ保健大臣が7月6日,医師2名,看護師数名をジュムラに派遣した(*52)。が,KCは,地元ジュムラの医師らに看てもらうとして彼らを拒否,退去を要求した(*52,53,54)。また,政府側はKR・バラル教育省事務局長を長とする政府交渉団を派遣したが,この交渉団は政府方針通りKCにカトマンズ帰還を要求するだけであったため,実質的な交渉には入れなかった(*55,56)。

そうこうするうちに,KC支持運動はますます拡大・過激化,政府は追いつめられKCのカトマンズ移送強行に急傾斜していった。カルナリ州政府が7月17日,KAHSでは治療困難だとしてKCのカトマンズ移送を中央政府に要請したのも,おそらく中央政府のそうした意向を受けてのことであろう(*57)。そして,ついに7月19日午前8時ころ,政府はKCカトマンズ移送を発表,軍ヘリをジュムラに派遣した。ヘリは同日午前9時半ころジュムラ軍駐屯地に着陸。(*58)

このヘリによるKC移送の知らせを受け,KC支持派はハンスト中のKAHSに多数集結,移送を阻止しようとした。彼らは,KCに移送を伝えるため訪れたカルナリ州のMB・シャヒ首相,N・バンダリ内務法務大臣らを阻止し,追い返した。

そこで郡当局(B・パウデル郡長)は,治安部隊にKC連行を命令した。抵抗する者には射撃も許可したという。銃使用については,警告はしたが,実際には実弾は発射されなかったようだ。催涙弾は使用。それでも,KAHS付近での激しい衝突により,40名にも及ぶとされる多数の負傷者が出た。(*58,59)

この衝突の知らせを受けたゴビンダ医師は,苦渋の決断を迫られた。彼は,要求が通らなければカルナリで死ぬ覚悟だと繰り返し明言していた――
「ニュース報道によると,政府は私をカトマンズに連れていくためヘリコプターを送るそうだ。私は,この聖なるカルナリの地で死を迎える覚悟をしており,カトマンズには私の要求がすべて受け入れられるまで帰るつもりはない。」(*60)
「7項目要求が満たされなければ,カトマンズには戻らない。たとえ死ぬことになろうとも,ここジュムラで死ぬことを選ぶ。」(*61,62)

ゴビンダ医師の決死の覚悟は,このように明確だったが,それではなぜ彼は,結局はカトマンズ移送に同意したのか? 理由はただ一つ,当局の強硬な実力行使によりKAHS周辺に結集していたKC支持派や治安部隊に多数の負傷者が出始めたこと。当局側は,拡声器を使い,衝突で警官死亡と放送したとさえ言われている。この放送はウソで,実際には警官は釘でけがをしただけだったようだが,もしそうした放送があったのであれば,KCにも聞こえていたであろう(*63)。KCは,こうした犠牲者続出の知らせを聞き,カトマンズ移送への同意を決断せざるをえなくなった――

MB・シャヒ州知事に対し,KCはこう訴えた。「暴力を止めよ,病院破壊を止めよ。こんな暴力を引き起こすくらいなら,カトマンズへ行く。」(*58)

こうしてKCは7月19日,軍ヘリに乗せられ,スルケット経由でカトマンズ(トゥンディケル)へ運ばれた。当初,政府は,KCを近くのビル病院に収容する予定だったが,これにはKCが断固抵抗,結局は彼の勤務先であるトリブバン大学教育病院(TUTH)に移送した(*64,65)。午後4時,KC移送作戦完了(*58)。

TUTHに収容されたゴビンダ医師は,ここでハンスト闘争をさらに継続することになる。

ジュムラ(jumlanepal.blogspot.com)

*46 “Height of cruelty,” Republica, July 9, 2018
*47 “Oli, Dahal spit venom at NC, Dr KC,” Republica, July 24, 2018
*48 “Dr KC rejects PM’s proposal for one-on-one by phone,” Republica, July 10, 2018
*49 “Centre continues to ignore Dr KC’s plight,” Kathmandu Post,Jul 11, 2018
*50 “Govt at last forms team for talks with Dr KC,” Republica, July 17, 2018
*51 “Dr KC to be brought to Capital forcibly: Minister,” Kathmandu Post, 2018-07-14
*52 “Rights bodies urge govt to take care of Dr KC,” Republica, July 6, 2018
*53 DB BUDHA, “Dr KC refuses to see docs from Kathmandu,” Republica, July 6, 2018
*54 Devendra Basnet/DB Budha, “Choice of Jumla was to draw govt attention to Karnali: Dr KC,” July 8, 2018
*55 “Govt forms talks panel led by Education Secy Baral,” Republica, July 16, 2018
*56 “Dr KC says govt is indifferent,” Republica, July 19, 2018
*57 “Dr KC appeals for medical attention,” Republica, July 17, 2018
*58 “40 injured in clash as Dr KC taken by force to Kathmandu,” Republica, July 20, 2018
*59 “Dr KC airlifted from Jumla,” Republica, July 19, 2018
*60 “Fasting surgeon refuses to leave Jumla,” Kathmandu Post, Jul 12, 2018
*61 Devendra Basnet/DB Budha, “Dr KC refuses medication,” Republica, July 10, 2018 *62 “Dr KC’s supporters to foil govt plans to airlift him to capital,” Republica, July 14, 2018
*63 “Police duped Govinda KC,” Nepali Times, August 3, 2018(Onlinekhabar, 30 July)
*64 “Dr KC brought to Surkhet,” Republica, July 19, 2018
*65 “Chopper carrying Dr KC landed at Tudikhel; rushed to Teaching Hospital,” Republica, July 19, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/04/06 at 18:21

ゴビンダ医師のハンスト闘争(28)

7.ハンスト:開始から終了まで
  (1)ジュムラでハンスト開始
  (2)体調悪化

(3)ゴビンダ医師支持の拡大
ゴビンダ・KC医師がジュムラに入りハンストを開始すると,KC支持がジュムラやカトマンズで一気に高まり,そしてそれが全国へと拡大していった。以下,カトマンズ強制移送までの推移概要(日時のズレが多少あるかもしれない)。

6月30日:ジュムラでハンスト開始。
7月1日:ジュムラでKC支持署名開始。警官多数動員。
7月3日:KAHS,救急を除きスト。ムグとカリコットでも医療スト。(*13)
7月6日:バラトプル病院で10時から15分間,KC支持医師スト。
7月7日:ネパール医学協会(NMA: Nepal Medical Association),政府に対しKCの改革要求への回答が72時間以内になければ,医療機関スト実施を通告。7~8日,マイティガルでKC支持デモ。(*29)
7月9日:NMAの回答要求に対し,政府が話し合いを提案するも,KC側拒否。
7月10日:ジュムラで女性のKC支持デモ。
7月11日:NMA,全国の各病院前で毎朝10時~11時,KC連帯スト開始。
7月13日:①KC支持諸組織,共同声明発表。ネパール教授ユニオン,弁護士会,医師会,看護師会,医療職員会,カトマンズ大学教員組合など(*34)。②TU教育病院医師ら,マイティガルでKC支持デモ。
7月15日:ジュムラでKC支持拡大,立ち入り禁止区域にも入り警官隊と衝突。KCカトマンズ移送ヘリ着陸すれば破壊,ジュムラで交渉できないのなら郡役所閉鎖などと主張。(*36,40)
7月16日:①リパブリカ社説「無視の17日間」――[要旨]KC支持は,マイティガルKC支持集会など,国民運動となりつつある。オリ首相は見ているだけ。共産党はKCがコングレス党と手を組んでいると非難。が,KCはコングレス党政権時も改革闘争をしていたのであり,この非難は的外れ。「KC医師の要求の核心は,誰でも受けられる保健医療と医学教育であり,われわれはこれを求めるKC医師を支持する。ネパールの公衆保健医療は乱雑貧困きわまりないのに,貧しい人々はそれに依存せざるをえない。ところが,政治家たちは,ちょっとしたケガや病気でも外国へ行き大金を払い私立病院で治療を受ける。KC医師は,この現状を変えようとしている。ジュムラのような遠隔地でも彼が支持されているのは,そのためだ。ジュムラでは,女性も老人も街頭に出てKCを支持し,政府に対し彼の要求を受け入れるよう訴えている。彼らはKCを救い主と見ているのだ。彼らは政府に怒っている。もしKC医師に何かが起これば,オリ首相の政府は,国内でも国際的にも信用を完全に失うことになる。オリ首相がもし自分の評判を大切にするなら――われわれはそう信じているが――,彼はKC医師の抗議を誠実に受け止め,彼の諸要求に応じる方法を探るべきだ。手遅れになると,取り返しがつかないことになる。」(*37)
7月18日:NMA,総決起決定。19日に全国の公私立病院,医院,診療所を救急を除き閉鎖。医療関係者は19日,マイティガルに集結せよ。責任はすべて,KCの要求に応じない政府にある。
7月19日:①リパブリカ社説「首相,手法を改めよ」――[要旨]「K.P.シャルマ・オリ首相は,民主的に選ばれた政府の長たるに相応しくないほどの傲慢さをみせている。彼は,人民や彼の党に対し,政府のあらゆる行為を――善悪にかかわりなく――是認することを求め,批判に対しては不寛容になりつつある。彼は,彼に誤った情報を伝えたり,彼の聞きたいことだけを彼に告げる『イエスマン』を身辺に集めているようだ。」(*41)
②NMA声明「政府がKC医師の要求を無視すれば,医療機関の救急も閉鎖する。結果の全責任は政府にある。」(*42)
③ロチャン・カルキNMA書記長「KC医師の命を救い,彼の要求に応えるよう首相,保健大臣,教育大臣に訴えてきた。が,政府はわれわれの訴えを聞かなかった。だから,われわれとしては,人々の治療をやめたくはないのだが,仕方なく外来診療の拒否を行うのだ。」(*42)
④NMA,医師ら医療関係者約1000人参加し,マイティガル⇒ニューバネスワル抗議デモ行進。MR・シュレスタNMA会長「これはKC医師の訴えへの支持を示す象徴的な抗議活動だ。特定の政党を支持したり政府自体への反対をしたりしているのではない。」KCの訴えを聞き入れよ,さもなければ医療サービス無期限休止。(*40,45)
⑤全国で医師も参加しKC支持デモ拡大。カルナリ州,救急を除き全医療機関閉鎖。

 
■NMAロゴ/Save Prof. Dr. Govinda KC(FB)

Dr. Govinda K.C. 15th Hunger Strike(YouTube)
 
*26 DB BUDHA, “KC supporters gather in Jumla,” Republica, July 2, 2018
*27 DB BUDHA, “We can’t treat Dr KC at present site: Doctors,” Republica, July 4, 2018
*28“Bharatpur Hospital docs stage protest in support of Dr KC,” Kathmandu Post, Jul 6, 2018
*29“Protests in Kathmandu in support of Dr KC,” Republica, July 8, 2018
*30“NMA gives govt 72 hrs tofulfill Dr KC’s demands,” Republica, July 9, 2018
*31“Dr KC rejects PM’s proposal for one-on-one by phone,” Republica, July 10, 2018
*32“Dr KC: ‘New opposition’ for govt, ‘hero’ to locals,” Republica, July 11, 2018
*33“Docs to stage hour-long rally at medical institutions,” Republica, July 11, 2018
*34“In a symbolic protest, Dr KC supporters gift Marsi rice to PM Oli,” Republica, July 13, 2018
*35“Residential doctors demonstrate in support of Dr KC,” Republica, July 13, 2018
*36 Devendra Basnet/DB Budha, “Jumla locals urge govt to come for talks with Dr KC,” Republica, July 15, 2018
*37“Editorial: 17 days of neglect,” Republica, July 16, 2018
*38 Devendra Basnet/DB Budha, “Docs prepare to place Dr KC on ventilator,” Republica, July 16, 2018
*39 DB Budha, “Struggle Committee demands safety for Dr KC’s life,” Republic, July 16, 2018
*40“Docs to shut down services except for emergency on Thursday across country,” Republica, July 18, 2018
*41“Editorial: Prime Minister, mend your ways,” Republica, July 19, 2018
*42“Health workers boycotting OPDs from today,” Republica, July 19, 2018
*43“Dr KC says govt is indifferent,” Republica, July 19, 2018
*44“After forced airlift to capital, Dr KC continues fast-unto-death,” Republica, July 20, 2018
*45“NMA protests against govt apathy to Dr KC’s demands,” Republica, July 20, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/03/24 at 09:57

カテゴリー: 健康, 政治, 教育

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ゴビンダ医師のハンスト闘争(27)

7.ハンスト:開始から終了まで
 (1)ジュムラでハンスト開始

(2)体調悪化
ゴビンダ医師は,6月30日午後3時頃から,郡スポーツ開発委員会ホールでハンストに入った。報道では,酸素吸入は受けてもグルコース(ブドウ糖)は拒否したとされているから,このハンストはおそらく水と食塩のみの最も厳しいハンストであったとみてよいであろう。

ゴビンダ医師の体調は,スポーツ開発委ホールの劣悪な環境もあって,ハンストに入って間もなく,急速に悪化していった。医学的なことは全くの専門外だが,報道によると経過はおおよそ次のようだったらしい。

ハンスト3日目の7月2には,早くも手足,頭部,胸部の痛みを訴え,尿量は200ml/日に激減。KAHS(カルナリ健康科学アカデミー)医師は,危険な状態に陥りつつあると警告した。

7月4日になると,ゴビンダ医師の体調はさらに悪化,危なくなったので,KAHSの医師らが午後5時半ころ,彼をKAHSの救急病棟に移した。以後,7月19日午後のカトマンズ強制移送まで,彼のハンストはKAHSで続けられることになる。以下,体調悪化の状況――

7月7日:手足,胸部,頭部に痛み。血圧低下,白血球減少。静脈内注入液,投与。
7月8日:酸素吸入開始。
7月11日:白血球減少,血糖値低下,血中マグネシウム低下。筋肉けいれん,嘔吐感。ほとんど話せない。
7月14日:せき。心拍異常。
7月16日:心拍異常。喉の異常,手のはれ。立てない。体重65㎏から56㎏に減少。
7月19日:常時酸素吸入開始。胸の痛み,せき。PVCs(心室性期外収縮)で心停止の恐れ。   
     ⇒⇒午後,カトマンズへ強制ヘリ移送


Solidarity for Prof. Govinda KC FB2018年7月17日/18日

*9 “Dr KC continues hunger strike in Jumla despite deteriorating health,” The Himalayan Times, July 02, 2018
*10 “DAO Jumla orders KIHS for best treatment as Dr Govinda KC’s health deteriorates,” Republica, July 2, 2018
*11 “Dr KC taken to emergency unit after his health deteriorates,” Kathmandu Post, Jul 4, 2018
*12 DB BUDHA, “We can’t treat Dr KC at present site: Doctors,” Republica, July 4, 2018
*13 “Dr Govinda KC rushed into ICU as his condition deteriorates,” Republica, July 4, 2018
*14 “Dr KC admitted to emergency ward,” Republica, July 5, 2018
*15 “Dr KC’s health ‘worsens’,” Kathmandu Post, Jul 8, 2018
*16 “Dr Govinda KC shifted to special care unit,” HIMALAYAN, July 8,2018
*17 “Dr Govinda KC shifted to special care unit,” HIMALAYAN, July 08,2018
*18 Devendra Basnet/DB Budha, “Dr KC refuses medication,” Republica, July 10, 2018
*19 “AHRC urges govt to save Dr Govinda KC’s life,” HIMALAYAN, July 11, 2018
*20 “KAHS prepares ventilator and defibrillator for Dr Govinda KC,” HIMALAYAN, July 15, 2018
*21 “Govt forms talks panel led by Education Secy Baral,” Republica, July 16, 2018
*22 “Dr KC appeals for medical attention,” Republica, July 17, 2018
*23 “Dr KC diagnosed with hypocalcemia,” Republica, July 17, 2018
*24 “Dr KC says govt is indifferent,” Republica, July 19, 2018
*25 “Dr Govinda KC diagnosed with PVCs; govt sends helicopter to bring him back,” HIMALAYAN, July 19, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/03/20 at 16:38

ゴビンダ医師のハンスト闘争(26)

7.ハンスト:開始から終了まで
(1)ジュムラでハンスト開始
ゴビンダ・KC医師は2018年6月29日,空路ジュムラに入った。医療過疎地カルナリ州のジュムラで「決死のハンスト」を敢行し,「医学教育令2017年」の継承発展たる「医学教育法」の制定など保健医療制度の抜本的改革を訴え,オリ政府に圧力をかけ,それを実現させるためであった。

翌6月30日,ゴビンダ医師は,ハンストを予定していたKAHS(カルナリ健康科学アカデミー)教育病院に向かったが,途中で警察に阻止された。仕方なく予定を変えジュムラ郡役所に向かったが,今度は役所入口付近で拘束され,警察署に連行されてしまった。

ジュムラ郡当局は,ゴビンダ医師ハンスト情報に基づき,あらかじめKAHS,郡役所,郡警察署それぞれの200m以内での抗議活動を禁止していた。警察は,この禁止命令に違反したとしてゴビンダ医師を拘束したのである。

警察署に留置されたゴビンダ医師は,午後3時ころ,そこでハンスト開始を宣言した。これに対し,KC支持派が激しく抗議,困った警察は彼を「郡スポーツ開発委員会ホール」に移した。そこは電気すらなく,ジメジメしており,鳩の糞だらけ。特に日没後は暗くて寒い過酷な環境。それでもゴビンダ医師は,ひるむことなく,床(コンクリート?)にマットを敷き,そこで敢然とハンストに入ったのである。15回目のハンスト。


■ジュムラ(jumlanepal.blogspot.com)/KAHS付近(KAHS HP)


■KAHS(MN. Marhatta, Dean)/KAHS教育病院(KAHS FB)

*1 “Dr Govinda KC begins hunger strike at police office after arrest,” Kathmandu Post, Jun 30, 2018
*2 “Dr KC starts hunger strike in Jumla,” Kathmandu Post, Jul 1, 2018
*3 “Dr KC’s first night of 15th fast-unto-death in darkness,” Republica, July 1, 2018
*4 DB BUDHA, “Dr KC starts 15th hunger strike, is briefly arrested,” Republica, July 1, 2018
*5 DB BUDHA, “KC supporters gather in Jumla,” Republica July 2, 2018
*6 “Dr KC Begins Hunger Strike In Jumla,” NEW SPOTLIGHT, July 1, 2018
*7 “DR KC STARTS HUNGER STRIKE IN JUMLA,” Yuvanepal.Com, July 1, 2018
*8 “Dr KC starts hunger strike in Jumla,” The Province Times, July 1, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/03/16 at 17:56

ゴビンダ医師のハンスト闘争(25)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 

④強制摂食:いくつかの事例
A. 西洋近世・近代の奴隷と病人  B. イギリス  C. アメリカ
D. ロシア  E. 北朝鮮  F. イスラエル  G. インド

H. 日本 強制摂食は,医療先進国・日本でも,むろん行われている。どうしても抵抗して食べない場合は,数人がかりで押さえつけたり拘束したりして鼻からチューブを入れ,流動食を直接胃に流し込む。鼻からの出血や激しい嘔吐があり,身体的にも精神的にも苦しいが,生命を救うため止むを得ないとされている。

刑務所や拘置所での事例としては,2007年5月の大阪拘置所での強制摂食があげられる。明確な政治的理由からではなさそうだが,ある収監者が食事を拒否し続けたので,嫌がる本人の手足を職員数名で押さえ,鼻腔経管栄養補給を行った。

この本人の同意なき強制摂食については,鼻からの出血など不当な身体的・精神的苦痛を受けたとして慰謝料請求の訴えが出されたが,最高裁は国側には「安全配慮義務」違反はないとして請求を棄却した。日本でも,拘置所等では同意なき強制摂食が――事例は多くはなさそうだが――現在のところ法的には認められているのである。

拒食が,本人の自覚的選択によるものではなく,疾病としての摂食障害によるものである場合には,日本の刑務所,拘置所等でも,当然の医療行為として強制摂食が実施されている。これは,一般社会における場合と,本質的には変わりはない。

日本において,これから先,深刻な政治問題となりそうなのが,在留資格なしとして入国者収容所(入管センター)等に収容されている外国人に対する同意なき強制摂食である。今はまだ実施されていないようだが,今後,もし実施されることになれば,国内にとどまらず国際的にも大問題とならざるを得ない。

このところ出稼ぎ、移民,難民など,観光以外の目的で来日する外国人は年々増加し,それに伴い在留資格なしとして入管センターに収容される外国人も,2012年末に1028人だったのが2017年末には1382人になるなど,大きく増加している。

これら入管センターに収容されている外国人は,先が見通せないまま収容が長引くにつれ不満を募らせ,処遇改善を求め最後の手段としてのハンストに訴えることが多くなった。
・2011年4月 名古屋入管センターで処遇改善を求め20名余ハンスト。
・2015年4月 東京入管センターで仮放免申請却下に抗議し数十名がハンスト。
・2016年2月 大阪入管センターで食事改善等を求め49人ハンスト。6~7月には処遇改善を求め14人ハンスト。
・2017年5月 収容長期化に抗議し東京入管センターで40人,名古屋入管センターで約20人がハンスト。
・2018年4月 東京入管センターで,仮放免不許可後のインド人自殺をきっかけに,約140人ハンスト。
・2018年11月 東京入管センターで仮放免制度改善を求め20~30名ハンスト。
・2018年12月 大阪入管センターで強制退去命令を受けた10人以上がハンスト。

このように入管法違反で収容されている外国人のハンストは著しく増加しているものの,管見のかぎりでは,いまのところハンスト死も,それを防止するための強制摂食も報道されてはいない。

しかしながら,移民・難民政策不備をこのまま放置すれば,入管センター等での抗議ハンストの激化は免れえず,「決死のハンスト」によるハンスト死かさもなければ同意なき強制摂食かの,いずれも採りがたい二者からの択一を迫られることになる。

日本では,「決死のハンスト」の問題が,日本人自身ではなく,むしろ来日外国人によって,日本国民に突き付けられるおそれが大きい。が,これは,言うまでもなく,われわれ自身の問題である。

■東日本入管センター,牛久市(Google)

*16 「名入管で集団ハンスト 難民申請外国人ら 処遇改善を求める」中日新聞,2011/4/30
*17 「『私たちは動物ではない』不法滞在外国人の不満爆発 収容生活改善求めハンスト」sankeibiz, 2016.2.28
*18 「東京入管施設で約40人の被収容者がハンスト、長期収容などに抗議」reuters, 2017年5月11日
*19 「名古屋入管でもハンスト 収容長期化に20人抗議」sankei.com, 2017.5.16
*20 「東京入管の被収容者によるハンストが終了、『影響見極めたい』」jp.reuters.com, 2017年5月25日
*21 レジス・アルノー/倉沢美左「ベトナム人の死と外国人収容所の過酷な実態 収容者が見た壮絶な最期」東洋経済,2017/06/09
*22 「入管収容施設で待遇改善求めハンスト、インド人男性死亡を受け」newsweekjapan, 2018/04/21
*23 片岡伸行「収容者1人がケガ、ハンストへ──牛久の入管施設で抗議行動を強制排除」kinyobi,2015年4月7日
*24 「大阪入管でもハンスト 病気収容者の対応に抗議」共同通信, 2018年12月5日
*25 「入管収容者が集団ハンスト 東日本センター 長期の拘束抗議」東京新聞 18/4/17
*26 「入管収容者がハンスト、長期拘束に抗議 茨城・牛久、インド人自殺で」日本経済新聞,2018/4/17
*27 鬼室黎「入管施設で外国人30人抗議のハンスト 開始から1週間」朝日新聞デジタル,2018年11月26日
*28 「大阪入管でもハンスト 病気収容者の対応に抗議」共同,2018年12月5日
*29 宮崎岳志「東京入国管理局に収容されている外国人多数がハンガーストライキを行っているとの報道に関する質問主意書」衆議院,平成二十九年五月十六日提出
*30松本克美「判例研究:拘置所に収容された被拘留者に対する国の安全配慮義務の有無」末川民事法研究,第1号,2017
*31 鈴鹿祥吾(文責),若林茂雄(監修)「最高裁判所平成 26 年(受)第 755 号損害賠償請求事件 平成 28 年 4 月 21 日 第一小法廷判決」岩田合同法律事務所

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/03/03 at 20:56

ゴビンダ医師のハンスト闘争(24)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 
④強制摂食:いくつかの事例 A. 西洋近世・近代の奴隷と病人 B. イギリス

C. アメリカ もう一方の人権と民主主義の国,米国では,いまでも強制摂食が合憲・合法とされ,刑務所や収容所でしばしば実施されている。

米国では,自己決定権ないし「独りでいる権利」が「プライバシー権」として広く認められているが,そこには「自殺の権利」までは含まれてはいない(末期患者尊厳死は別問題)。また,国家には秩序維持の権利義務があり,そのために必要な場合にはプライバシー権の一部を制限することが出来る。ハンストをする権利は,そうした制限可能な権利の一つであり,必要な場合には,ハンスト死防止のための強制摂食が認められるとされている。

米国刑務所での強制摂食としては,早くには1917年,ニューヨークの刑務所内でハンストをした女性産児制限主義者に対し,実施された。以後,強制摂食は継続され,たとえばコロラド州の刑務所では,2001~2007年に,少なくとも900回の強制摂食が実施されたという。そこでは2014年にも,ハンストをした8~9人に対し,強制摂食が行われている。(*5)

さらにウィスコンシン州の刑務所では2016年,ハンストの3人に対し強制摂食が実施された(*15)。米国では,州により扱いは異なるが,刑務所での強制摂食はマニュアル化されているとみてよいであろう。

米国の強制摂食として最も悪名高いのが,米軍グアンタナモ収容所(キューバ)でのもの。グアンタナモでは,早くも2001年1月からハンストが始まり,最多の時は150人余がそれに参加した。このハンストについては,2013年までは報告されているが,それ以降は情報不開示となったため詳細不明。

グアンタナモ収容所は,いわば治外法権であり,収容者の扱いは残虐を極めた。ハンストにも,当然のように強制摂食が実施された。ここでは死ぬことは許されない。人間の最後の自由,死ぬ権利さえ奪われている。「核軍縮キャンペーン(CND)」は,2005年大会において,次のような緊急決議をしている。「大会は,グアンタナモの200人以上の拘留者によるハンストが摂食と鎮痛剤の強制により長期化し8週目に入っていることを懸念をもって指摘する。」

米国で,いま最も問題にされているのは,急増する難民・移民希望者に対する収容所や拘置所での強制摂食である。「移民関税局(ICE)」は,食事9回拒否でハンストと認定し,裁判所の許可の下,強制摂食を行っているという。

「ICEは,収容所収容者の生命を守り,収容所の秩序を維持していく。・・・・ハンストを行う収容者に対しては,その健康と安全のため,ICEは食物と水の摂取をきちんと見届けている。収容者のハンストが,生命あるいは健康にとって危険かどうかは,医療担当者が常に監視している。」(*1)

この2019年1月には,ICEテキサス収容所が,ハンストをしているインドとキューバからの難民申請者30人のうちの6人に対し,裁判所の許可を得て強制摂食をした。彼らは鼻から出血し,耐えがたい苦痛を訴えている(*8)。


■ICE強制摂食抗議デモ(NYT, 2019/01/31)/グアンタナモ強制摂食(Graphic News, 2013/05/01)

D. ロシア ロシアの刑務所では,ハンストに対し強制摂食が行われている。テロ等の罪で収監されたウクライナ人映画監督オレグ・センツォフは2018年5月から抗議ハンストを続けたが,この強制摂食を避けるため同年10月6日,ハンストをやめざるをえなかった。

E. 北朝鮮 北朝鮮教化所は2018年夏,看守に対する抗議ハンストを行った収監者2人に対し,ホースを口に入れ強制摂食させた。

F. イスラエル イスラエル議会は2015年,ハンストで抵抗するパレスチナ人収監者に対する強制摂食を合法化した。
■イスラエル議会強制摂食法制定(The Telegraph, 2015/07/30)

G. インド インドの人権活動家で「鉄の女」とも称されるイロム・ミャルミラが2000年,インド軍による住民虐殺に抗議しハンストを開始したのに対し,インド政府はチューブによる強制摂食を始めた。彼女は,これに耐え16年間もハンストを続けたが,闘争方針を変え州議会選挙に出て闘うため2016年8月9日,ハンストを終了した。


■Burning Bright: Irom Sharmila(Penguin, 2009)/シャルミラ-ハンスト10年目(Facebook, 2011/09/19)

*1 BURKE, GARANCE, “UN: US force-feeding immigrants may breach torture agreement,” AP,
*2 Burke, Garance and Martha Mendoza, “U.S. immigration officials are force-feeding detainees who’ve been refusing food at Texas centre,” AP, January 31, 2019
*3 DAUGHERTY,OWEN, “UN says US force-feeding detained immigrants may violate torture convention,” The Hill, 02/07/2019
*4 Greenberg, Joel K., “Hunger Striking Prisoners: The Constitutionality of Force-Feeding,” Fordham Law Review, Volume 51, Issue 4 Article 7, 1983
*5 Hsieh, Steven, “Colorado’s Federal Supermax Prison Is Force-Feeding Inmates on Hunger Strike: Solitary Watch reports that eight to nine prisoners are taking part in the strike, held at the federal government’s highest-security prison” The Nation, Feb 27, 2014
*6 Long, Clara “ICE Force-feeding Immigrant Detainees on Hunger Strike: Force-feeding is Cruel, Inhuman and Degrading,” Human Rights Watch, February 1, 2019
*7 Miller, Ian, A History of Force Feeding: Hunger Strikes, Prisons and Medical Ethics, 1909–1974, Springer Nature, 2016
*8 Stevens, Matt, “ICE Force-Feeds Detainees Who Are on Hunger Strike,” New York Times, Jan. 31, 2019
*9 “1910 Liverpool, Force-Feeding: The suffering of a suffragette,” Lapham’s Quarterly
*10 “Cartoon depicting force-feeding from The Daily Herald: Illustration depicts Asquith force-feeding an imprisoned suffragette,” British Library
*11 “Force-feeding,” Wikipedia
*12 “Force-feeding in English jails – a hidden history,” The University of Manchester, 5 Nov 2015
*13 “Force-feeding at Guantanamo Bay,” Graphic News, 05/01/2013
*14 “Prison officials force-feed inmates on hunger strike against solitary confinement,” RT, 29 Jun, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/28 at 18:04

ゴビンダ医師のハンスト闘争(21)

6.第15回ハンスト
 (1)なぜジュムラでハンストか?
 (2)決死のハンスト(i)
 (3)決死のハンスト(ii) ①ハンストと延命治療
 (4)決死のハンスト(iii) ②それほど苦しくない断食(以上前出)

(5)決死のハンスト(iv)
③強制摂食:人道名目の拷問
すぐ思いつき,事実,世界各地で利用されてきたのが,ハンスト者に対する「強制摂食(force-feeding)」である。ゴムチューブなどの管を鼻や口から食道に差し込み,流動栄養食を直接,胃に流し込む。あるいは,それができないときは,栄養液を点滴投与し生存を確保する。胃瘻でさえ,場合によっては実施されるかもしれない。

現象だけを見れば,日本でも日常的に行われている延命治療となんら変わりはない。現代では,生命は地球より重く何物にも代えがたいとされ,治療の可能性が少しでもあるのであれば,可能な限り延命治療をし,生命を救う,すなわち心臓を動かし続けることが正しいとされている。

強権的体制の為政者は,皮肉なことに,この人道主義的生命尊重の世情を巧みに利用する。生命はすべてに優先されるべきものだから,たとえ本人が主義主張貫徹のため「ハンスト死」を望もうとも,それは誤った考え方であり許されない。ハンスト者は,正気を失い,生きるために食べるという最も根本的な理性的判断ができなくなっている。だから為政者としては,生命尊重の人道主義の観点から,本人の意思にかかわりなく,強制摂食など,必要最大限の救命措置をとらなければならないというのである。

しかしながら,これは明らかに,生命尊重人道主義の偽善的政治利用である。ハンスト死させてしまえば,先述のように,それは社会に対し劇的な効果を持ち,為政者は大きな打撃を受ける。さりとて,ハンスト死を避けるためハンスト者の要求を呑んだり収監ハンスト者を釈放すれば,それが前例となり,ハンストが頻発し,統治は困難になる。社会秩序は乱れ,人々の安全は保障されなくなる。為政者にはハンスト者の要求を呑むことも,収監ハンスト者を釈放することもできない。そこで結局,ハンスト者がいくら食事を拒否しても強制的に栄養を取らせる「強制摂食」の方法を,為政者は採らざるをえないことになるのである。

ところが,ハンスト者への強制摂食は,人命尊重や社会秩序維持(社会の安全)をいかに力説しようが,実際にはそれ自体,精神的にも肉体的にも耐えがたい苦痛を与えるものであり,「拷問」に他ならない。

「拷問」は,近代国家では19世紀以降,法的に禁止されるようになった。ちなみに日本国憲法も「拷問は絶対にこれを禁ずる」(36条)と明記している。国際社会では,1948年採択の世界人権宣言が「何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは屈辱的な取扱若しくは刑罰を受けることはない」(5条)と宣言し,これがそのまま国連によって1966年「自由権規約」の中の規定の一つとして採択された。現代では拷問は許されない。

ハンスト者に対する強制摂食は,この現代社会では明確に禁止されている「拷問」に相当する。世界医師会も1975年採択の「東京宣言」において,「収監者,収容者のハンストに対し強制栄養法の使用[強制摂食]をさせてはならない」と厳しく警告している。

それにもかかわらず,強制摂食は,いまなお世界の少なからぬ国々で繰り返し実施されている。ネパールでも実施されない保証はない,と危惧せざるをえない。

ハンスト者に対する強制摂食はいまなお未解決の難しい問題であり,詳しくは別稿をまたざるをえない。以下では,参考のため強制摂食の事例をいくつか紹介するにとどめる。

■収監サフラジェットへの強制摂食(英紙1913年5月24日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/19 at 11:33