ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘文化’ Category

老老介護,事始め(3):天恵としての認知症

高齢の母を自宅そばのアパートに呼び寄せ介護を始めて3か月余。当初,自分のためにも日々の出来事を整理し要点を備忘録風に書き留めておくつもりだったが,すぐ,それがいかに甘い考えであったかを思い知らされることになった。

母は中程度の認知症(痴呆症)。たいていは,はほぼ平穏に暮らし,特に危険なことをするわけではない。だから在宅介護でも大丈夫と考えたのだが,ときたま,しかもちょっと目を離したすきを狙いすますかのように,放置できないようなことをする。鍵をこじ開け外出したり,スイッチや蛇口をいじったり,引き出しや冷蔵庫をひっかきまわしたり,等々。まるで,こちらの方が監視され,わずかのスキを狙われているかのよう。まったくもって不思議?

そのため,平穏そうであっても常に気配に注意し,変なことをしないか見張っていなければならない。これは疲れる。四六時中,気が休まるときがなく,何をしようとしても集中できない。焦り,いら立ち,徒労感にさいなまれる。

とはいえ,在宅介護を始めた3か月前と比べると,認知症対応に少し慣れてきたこともまた事実だ。他のことも,集中はできないが,それでも途切れ途切れに時間を使い,ある程度やれるようになってきた。そこで,この「老老介護,事始め」も,とりあえず再開してみることにした。

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母の認知症(痴呆症)は,アルツハイマー型。記憶障害,判断力低下,見当識障害(日時,場所,人物などの認知障害)が,教科書通り,ネット情報通り,出ている。家族による介護は困難を極めるが,病気自体は,高齢者には多かれ少なかれ数人に一人はみられる,ごくありふれたものだ。

が,しかし,加齢に伴う認知能力の低下を「病気」と呼び,必要以上に恐れ,治療しようとする今の行き方は,根本的な誤りのような気がする。それは,「病気」ではなく,自然な老化現象の一部なのではないか?

というよりもむしろ,認知能力低下は,正気では到底直視できない恐ろしい「死」を見つめることなく,穏やかに「死」を迎えるための神の恩寵かもしれない。

人間は,はるか昔のあるとき,神の命令に背き,「認識の木の実」を食べ,認知能力を取得した。これは罪であり,罪は処罰される。人は,罪の意識に恐れおののきつつ認知し,どうしても認知できない,あるいは認知したくない物事,特に死に直面した時には,認知の罪を告白し,神の許しを請うた。人は,認知を断念することによりはじめて,罪を許され,救われ,「永遠の平和」に立ち戻ることができたのである。

ところが,近代に入ると,人間は原罪を忘れ,人間の力で万物を認知し支配したいと考えるようになった。知はそれ自体善であり,力である! 人間は,認知能力を高め自然(物理的自然と人間的自然)を理解すれば,それを存分に使いこなし,より豊かな,より幸せな生活を実現することができる。

この近現代合理主義を前提にすると,たとえ加齢によるものでも認知能力喪失は悪であり,治療すべき「病気」となる。人は,最後の最後まで正気で生き,死苦を直視し認知しつつ死ななければならない。何たる残虐! そんな近現代社会は,社会の方が倒錯し病んでいるのではないか?

加齢とともに認知能力が低下するのは,自然な成り行きであり,神の恩寵である。高齢者が,認知能力を喪失しても,そのあるがままの自然な姿で平穏に暮らしていける諸条件を整えた社会――日本はそうあってほしいと願っている。

▼認知症の人数と割合
MUFGホームページより

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/29 at 17:24

カテゴリー: 社会, 宗教, 文化

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晩春の山村

晩春の陽気に誘われ,丹後半島の山奥の小さな村を訪れた。豪雪地帯だが,さすがにもう雪はなく,菜の花や八重桜が満開だった。

山間の十数戸の家屋は独特の建築様式で,新緑に馴染み,なかなか趣がある。が,ここでも過疎化が進んでいるらしく,あちこちに廃屋が見られた。

伝統的な家屋を村として修復保存できれば,近くに高速道路の出入り口が開設されたこともあり,観光名所になる可能性は十分にあるのだが,いまのところその気配は感じられない。残念。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/25 at 15:01

キリスト教とネパール政治(9)

1.「キリスト教徒急増」問題の複雑さと危険性
2.キリスト教系政党と2017年5月地方選挙
3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
 (1)キリスト教の急拡大
 (2)布教の法的規制
 (3)布教規制撤廃の働きかけ
 (4)キリスト教系政党の政界進出
4.改宗の理由
5.タマンのキリスト教改宗
 (1)民族/カースト別キリスト教改宗率
 (2)タマンの改宗:M・ジョンソンの分析[以上,前述]

5.タマンのキリスト教改宗
(3)タマンの改宗:T・フリックの分析
タマンの改宗を扱った文献としては,他にも,たとえばトム・フリック「タマンの改宗:文化・政治とキリスト教改宗の語り」(2008, *1)がある。著者はミシガン大学人類学教授で,この論文もネット掲載。タマン改宗者からの聞き取り調査をもとに,キリスト教改宗の動機や過程が実証的に記述・分析されており,改宗の内発性を強調する結論部分はやや難解だが,改宗過程の具体的記述はたいへん分かりやすく,読んで面白い。以下,概要を紹介する。なお,被調査タマンの人々は仮名とされている。

(A)調査地:ティムリン村
著者のトム・クリックはタマン調査に1981年に着手し,10年後の1990年頃から研究成果を次々に発表した。「タマン家族調査プロジェクト(報告)」(1990,*2),「ネパール・ヒマラヤにおける基礎構造:ガーレ‐タマン婚姻の相互性と上下関係政治」(1990, *3),『ヒマラヤの世帯:タマン人口動態と世帯の変化』(1994,*4),そしてここで紹介する「タマンの改宗」(2008, *1)など。

「タマンの改宗」の調査地は,ダディン郡のティムリン村。フリックは「Timling」と表記しているが,著者らの報告「タマン家族調査プロジェクト」の表紙や地図では「Tipling」となっており,現在の地図でも「Tipling」とされている,他にも「Tibling」の表記もある。同じ村と考え,以後,ティムリンと記す。

ティムリン村は,ダディン郡の北部,アンク川(アンクコーラ川)上流域にあり,近くにセルトゥン(Sertung)やジャーラン(Jhalang)がある。村(VDC全体ではなくティムリン村だけ)の人口は,1980年代で約650人。タマンとガーレがほぼ半分ずつで,農耕と牧畜を生業とし,タマン語が話されている。キリスト教改宗以前は,伝統的なチベット仏教やシャーマン信仰であった。

このティムリンの村民が,1990年民主化前後にキリスト教に改宗しはじめ,遅くとも2008年(調査発表の頃)までにはラマ2家族と村長家族を除き,ほぼ全村民がクリスチャンになったのである。

 ■ティムリン村(*2)

*1 Tom Fricke, “Tamang Conversions: Culture, Politics, and the Christian Conversion Narative in Nepal,” Contributions to Nepalese Studies, Tribhuvan Univ. 2008.
*2 Tom Fricke et al., “Tamang Family Research Project,” Report to the Center for Nepal and Asian Studies, TU, May 1990.
*3 Tom Fricke, “Elementary Structures in the Nepal Himalaya: Reciprocity and the Politics of Hierarchy in Ghale-Tamang Marriage,” Ethnology, 1990
*4 Tom Fricke, Himalayan Households: Tamang Demography and Domestic Processes, 2nd. ed., Columbia Univ. Press, 1994
*5 Tom Fricke, “Marriage Change as Moral Change,” G.W. Jones et al ed.. The Continuing Demographic Transition, Oxford Univ. Press, 1997

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/20 at 17:06

ミス&ミセス・ネパール,日本開催

ネパールは,ミス・コンテストが大好きな国だ。人民戦争の残り火がくすぶっているころですら,華やかなミスコンが開催されていたほどだ。
 [参照]赤と桃色のネパールミスコンか被抑圧女性解放かミスコン

その世界に冠たるネパール・ミスコン文化が,いよいよ日本上陸となる。ネパール女性がきわめて有能で魅力的であることは,周知のとおり。そのネパール女性を「ミスコン」において,どう審査するか。西洋ミスコンや日本ミスコンと同じか? それとも,女性解放世界最先進国のひとつ,ネパール(少なくとも制度的には)にふさわしい新たな基準による審査となるのか?

まったくの門外漢ながら,興味津々。続報を待ちたい。

ミス&ミセス・ネパール 2018(Himalayan Times, 3 Jan 2018)
 ・開催日:2月18日
 ・会場:グリーンホール,板橋
 ・主催(共催):Pearl Entertainment[印イベント会社?]; Sinjau Co.[社名原文通り]
 ・目的:ネパールの芸術・文化の保存。ネパール女性の知性と隠された能力の発掘。
 ・応募資格:日本在住の既婚・未婚ネパール女性
 ・審査日:2月1日(第一次)~18日(最終)
 ・選考委員:ネパールから招聘の専門家,在日ネパール機関の代表者
 ・表彰等:優勝者と準優勝者には賞を授与し,音楽ビデオ等への出演機会を提供。

 2008年ミスコン激励,プラチャンダ首相

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/10 at 15:14

カテゴリー: 社会, 文化

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師走の村(2)

冬の村の生活は,以前ほどではないが,それでもなお厳しい。家には雪囲いがされ,道路わきの消火栓にはコモが着せられている。小道沿いの斜面には,横穴式の「芋穴」が掘られ,寒さに弱いサツマイモなどが,その中に保存されている。伝統的な村の生活だ。


 ■村遠景


 ■土蔵と三角屋根住居/雪囲いと南天


 ■土蔵の壁と雨だれ/斜面の芋穴

■コモを着た消火栓

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/12/22 at 09:17

カテゴリー: 自然, 農業, 文化, 旅行, 歴史

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瑠璃渓の侘しい「ネパール友好館」

好天に誘われ,晩秋の紅葉めあてに,瑠璃渓(るり渓)に行ってきた。瑠璃渓は,京都・大阪・兵庫の三府県の境界付近にある,宝石「瑠璃」のように美しいと称えられてきた渓谷。特に新緑と紅葉がすばらしい。

が,美しい自然は神が創り,人間が壊す。御多分に漏れず,瑠璃渓も,自然公園に指定されているにもかかわらず観光レジャー施設がつくられ,景観が損なわれている。

その瑠璃渓自然公園の中に,一つ,風格のある木造の塔がぽつんと立っている。「ネパール友好館」だ。

説明版によると,地元,園部町(現南丹市)は1990年ころから,農業技術援助や教育・文化交流を通してネパールと交流しており,友好のシンボルとして,また伝統技術継承支援の一環として,この塔を建てることにしたのだという。ネパール人職人が,17世紀バクタプルのパゴダをモデルにして,この塔を建てた。

たしかに「友好館」パゴダそれ自体は,見事な彫刻が施され,実に美しく風格がある。しかし,それが美しければ美しいほど,観光レジャー施設の中にぽつんと立たされると,違和感を禁じ得ない。なぜ,これがここにあるのか? しかも,維持管理でさえ十分のようには見えない。これで本当に友好に寄与できるのであろうか?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/12/02 at 09:46

カテゴリー: 自然, 国際協力, 文化, 旅行

イタリアの旅(16):そぐわないガチャガチャ

北イタリアのそこここに,日本ではやっているのとそっくりのガチャガチャが置いてあった。景品は宇宙戦士フィギュアなどで,大きい方が2ユーロ,小さい方が1ユーロ。お小遣い程度なので,子供たちが買うのだろう。

ガチャガチャ(カプセルトイ)は,もともと欧州発祥。19世紀末ロンドンあたりに現れ,それが米国に渡り,そして日本などに広まったとされている。だからイタリアにガチャガチャがあっても不思議ではないのだが,石造りのイタリアの街には,どう見てもそぐわない。浮いている。

たとえば,アオスタでは,ローマ遺跡石壁の向かいの店先にガチャガチャが数台,並べてあった。その前を通ると,そこだけ異質であり,違和感を禁じ得なかった。落書きは,結構様になっているのに,これは不思議。

●アオスタの街とガチャガチャ

 ▲駅前売店/食品店


 ▲ローマ遺跡石壁とその前で開催の土曜市

 
 ▲ローマ遺跡石壁向かいの店先のガチャガチャ


 ▲工場壁のらくがき

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/08/05 at 19:19

カテゴリー: 社会, 文化, 旅行

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