ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘歴史’ Category

宝塚の桜

宝塚の桜は,4月9~10日が満開。あいにくの小雨,曇天だったが,電力補助自転車(*1)で,ちょっと回り道し見てきた。

最も風情があるのは,山麓古道沿いの古木並木の桜。宣伝されないので近所の人しか来ないが,実に美事。花見客に見られ囃され誉めそやされることなく,それでも古道を包み隠さんばかりに咲き盛る桜は,この上なく華やかで,そして切ない。生のはかなさ,死の予感さえ抱かせる。たしかに日本人好み。死の美化にさんざん利用されてきたのも,もっともだ。

これと対照的なのが,宝塚歌劇場付近の桜。美しくはあるが,古道沿いの桜のような切なさ,哀愁は感じさせない。観光用の見世物であり,だから写真にとっても,魂を抜かれたり,祟られたりすることはない。

▼宝塚歌劇場付近の桜

(*1)蓄電池使用の電力補助自転車は優れもの。急坂でも難なく登れる。ただブレーキ制動力が弱く,速度を出すと危険。賠償保険加入を義務付けるべきだ。性能向上は革命的であり,電力補助98%といった高性能自転車も出るだろうが,これは自転車?

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/04/11 at 10:07

カテゴリー: 文化, 歴史

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秘境の観光資源

東海道途中下車で,寸又峡・接岨峡に行ってきた。大井川鉄道で1時間半,アプト式鉄道やバスでさらに1時間ほど。南アルプス南部の秘境だ。

峡谷は,ダムや道路でかなり破壊されているが,それでもまだまだ自然にあふれ,そこここに,ちょい古の昭和が点在している。日が落ちると,谷間のせせらぎ沿いに,無数の蛍が乱舞していた。

驚いたのは,こんな秘境の奥の奥にも,アジア諸国から観光客が来ていたこと。団体旅行ではなく,青年男女数名グループが多かった。かつて日本人がネパールに古き良き昔を探し求めたのと同じような心境かもしれない。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/06/10 at 09:06

カテゴリー: 自然, 文化, 旅行, 歴史

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花の宝塚とゼロ戦と特攻顕彰碑

散歩がてら近所の桜見物に出かけた。公園や古道沿いの桜は満開,ウグイスがさえずり,カワセミ(!)が小川の岸の茂みから小魚をうかがう。春爛漫。

陽気に誘われ,ちょっと足を延ばし――といっても十数分だが――宝塚聖天(七宝山了徳密院)に行くと,ここも満開,スミレや山ツツジなども咲き,まるで別天地。

と,そのとき,上方に巨大なゼロ戦が現れた。おそらく実物大,いまにも出撃しそうだ。ギョッとし,おそるおそる近づくと,それは戦没者慰霊堂「光明殿」(昭和53年8月建立)の屋上に設置された精巧なモニュメントであった。

この「光明殿」に祀られているのは全国陸海空戦没者250万の英霊ということだが,ここで特に目につくのは予科練(海軍飛行予科練習生)の顕彰・慰霊である。宝塚聖天は以前から知っており,近くを幾度か通ったこともあるが,まったくもって不覚なことに,宝塚とは切っても切れない関係にある,この異彩を放つ光明殿とゼロ戦の存在には,まったく気づかなかった。

 150401h■宝塚聖天付近(同HPより

海軍というと,内陸の宝塚になぜその予科練がといぶかしがられるかもしれないが,宝塚には訓練のための適当な建物や用地あるいは川西航空機製作所(その跡地が阪神競馬場)などもあったこともあり,昭和18年8月「海軍航空隊宝塚分遣隊」が設置され,20年3月には「宝塚海軍航空隊」へと昇格した。本拠は「宝塚新温泉」。

宝塚に集められたのは,第13期~16期甲種海軍飛行予科練習生(甲飛)。年齢は14~20歳くらいで各期約1000人,常時3500~4000人が訓練を受けていたという。

宝塚歌劇場は接収され,大劇場は体操場,音楽学校は通信訓練用,バレエ稽古場は住居として使用された。この間,歌劇団は「移動隊」「唱舞団」「挺身隊」などとして知覧,満州などへの慰問や,川西航空機などへの勤労奉仕に動員された。

宝塚海軍航空隊は,戦況悪化により昭和20年6月解隊。設置期間は短かったが,ここで訓練を受けた甲種飛行予科訓練生(甲飛)からは特攻要員が各地に送られた(人数不明)。とくに,第13期甲飛卒業生の多くは,特攻機に乗ることすら叶わず,人間魚雷「回天」要員に回されたという(人数不明)。また,第16期訓練生たちは要塞構築に動員され,昭和20年8月2日,鳴門海峡で米機攻撃を受け,82名が戦死した。

いまの華やかな宝塚からは,ほんの数十年前,14~20歳の少年や青年が搭乗訓練あるいは特攻訓練をうけ,また清楚で可憐なタカラジェンヌ(ヅカガール)たちが慰問や勤労奉仕に動員されたことなど,よほどのことがなければ想像もつかないだろう。

宝塚歌劇が華麗であればあるほど,桜花が咲き誇れば誇るほど,「宝塚海軍航空隊」は思い起こされてしかるべきである。宝塚観劇の前に,あるいは後に,宝塚聖天に参拝する。宝塚歌劇の感動が,より深く心に刻まれることは,いうまでもない。

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■満開の桜とゼロ戦(寺院境内より)/光明殿(慰霊堂)正面

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■光明殿上のゼロ戦/光明殿内

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■「神風特別攻撃隊之魁 甲飛十期之碑」/戦死者墓碑(光明殿前)

150401b ■遺書・遺詠(光明殿右下)

*「<終戦69年 消えゆく証>宝塚聖天/訓練施設跡」神戸新聞NEXT,2014年8月14日
*「宝塚プラス:花薫り めぐり 100年」毎日新聞,2014年4月15日
*「衣装を作業服へ-戦時下の宝塚歌劇」朝日デジタルhttp://astand.asahi.com/entertainment/starfile/OSK201208130039.html
*「海軍飛行予科練習生」朝日新聞朝刊広島,2011年9月1日
*「予科練とは?」(『月刊予科練』平成20年11月号)http://www.geocities.jp/bane2161/yokaren.html
*WIKI「宝塚海軍航空隊」「海軍飛行予科練習生」

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/04/02 at 17:08

カテゴリー: 軍事, 平和, 歴史

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ガンジーは「企業お抱えNGO」元祖: アルンダティ・ロイ

アルンダティ・ロイが,またまたガンジー(ガンディー,ガーンディー)を批判し,猛反撃を受けている。

120903 ■ロイ

ロイは,以前からガンジーの非暴力不服従運動には懐疑的であった。ロイによれば,ガンジー主義は,観衆を前提とする劇場型抵抗であり,たとえばチャッティスガルの村でのように,完全に包囲され外部から遮断された状況ではまったく無力だというのだ。

これは,ガンジーに対するロマン・ロランの批判と原理的には同じである。すなわち,たとえ観衆がいても,聞く耳を全く持たないヒトラーのような支配者には,ガンジー主義は無力だ,ということ。

【参照】
ガンディー劇場型抵抗の限界:A.ロイ
Un-Victim: 「武器を持つガンディー」としてのロイ(1)
2010/04/23 アルンダティ・ロイのインド・マオイスト取材報告(8) (7) (6) (5) (4) (3) (2) (1) 

また,カースト制についても,ロイは2014年7月17日のケララ大学での講演において,「理想的バンギ(The Ideal Bhangi)」(1936)を引き合いに出し,ガンジーを「カースト主義者」と批判し,ガンジーの名を冠した大学などの機関は改名すべきだと述べ,告訴騒ぎを引き起こしていた(*3-5)。

【参照】Gandhi,”The Ideal Bhangi,” Harijan,28 November,1936
The ideal Bhangi of my conception would be a Brahmin par excellence, possibly even excel him. It is possible to envisage the existence of a Bhangi without a Brahmin. But without the former the latter could not be. It is the Bhangi who enables society to live. A Bhangi does for society what a mother does for her baby. A mother washes her baby of the dirt and insures his health. Even so the Bhangi protects and safeguards the health of the entire community by maintaining sanitation for it. The Brahmin’s duty is to look after the sanitation of the soul, the Bhangi’s that of the body of society. But there is a difference in practice; the Brahmin generally does not live up to his duty, the Bhangi does, willy-nilly no doubt. Society is sustained by several services. The Bhangi constitutes the foundation of all services. [….]

このように,ロイのガンジー批判は周知のことだったが,今回は,それらに加え,ガンジーを「企業NGO」元祖と断罪したのだ(*1-2)。

3月21日,ロイは「第10回 ゴラクプル映画祭」に出席し,開会スピーチを行った。ロイはこう述べた。インドでは,タタなど大財閥がほとんどすべてを支配し,言論表現も例外ではない。アメリカで,フォード財団やロックフェラー財団が「資本主義プロパガンダ」を支援しているのと同じこと。ところが,この映画祭は企業支援を受けず,人々の寄付で10年間にわたり運営されてきた。これは高く評価される。

そもそもガンジーは,「この国の最初の企業お抱えNGO」である。「彼(ガンジー)は,ダリット,女性,貧者について実にひどいことを書いているのに,この国では彼を崇め礼拝している。これは,この国の最大の誤りの一つだ。」

以上のようなロイの発言に対し,会場からは,偉大な国父ガンジーを「企業の手先」などと呼ぶべきではない,といった激しい反論が出された。これに対しロイは,「私は,彼(ガンジー)についてよく研究し,彼が1909~1946年に書いたものに基づき,こう述べたのだ」と答えた。ロイのガンジー批判は筋金入りだ。

ロイは,おそらく現代の最も過激で行動的な反体制知識人の一人であり,そして何より素晴らしいのは,本質を突く鋭い議論を巧みなレトリックで表現し提供してくれる,その有り余るばかりのサービス精神。こんな面白くて為になる危険な過激派知識人は,現代ではまれといってよいだろう。

*1 Abdul Jadid, “Mahatma Gandhi was first corporate sponsored NGO of the country: Arundhati Roy,” Hindustan Times, Mar 22,2015
*2 Pratishtha Khattar,”Striking Sparks: Arundhati Roy On Gandhi, Again,” 23 Mar,2015 (http://economydecoded.com/2015/03/striking-sparks-arundhati-roy-on-gandhi-again.html)
*3 Viju B,”Mahatma Gandhi was a casteist, Arundhati Roy says,” The Times of India, Jul 18, 2014
*4 Jason Burke,”Arundhati Roy accuses Mahatma Gandhi of discrimination,”The Guardian, 18 July 2014
*5 “Gandhi Looked Down upon Dalits, Says Arundhati Roy,” Express News Service,18th July 2014

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/03/31 at 14:20

30党連合,第二波抗議闘争

マオイスト主導30党連合は,3月19日~4月9日,多数決ではなく合意による憲法の制定を求め,第二波抗議闘争を実施する。ゼネスト(バンダ)もあるらしい。

一方,バイダ派マオイスト(CPN-M)は,プラチャンダ派マオイスト(UCPN-M)に接近,再統合を交渉している。NC,UMLの出方にもよるが,いまのところ早急な再統合は難しそうだ。

肝心の新憲法については,草案は何通りか出来上がっているはずだが,1月22日期限切れ以降,これといった動きはない。次は5月末といわれているが,さてどうなるか?

そもそも,ネパールに本当に成文憲法は必要なのか? 正式成文憲法などなくても,あった時と大差なく,そこそこうまくやっていけているのだから,やはり成文憲法などいらないのではないか? 

英国がお手本。成文憲法などなくても,その気になれば,やっていける。日本製信号機などなくても,ネパールの交差点は,ちゃんと立派に機能している。それと同じこと。

▼セピア色のネパール:1993年8月
150316c ■ダクシンカーリ。退色し補正しきれない。新憲法ができると,ここでの動物供犠も禁止されるかもしれない。

150316d ■時間はまだ時計に奪われることなく,ふんだんに有り余っていた。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/03/18 at 10:41

セピア色のネパール(2)

カトマンズ盆地の古都が好きになった理由の一つが,レンガ敷き路地。下の写真は1993年8月のものだが,これらを見ると,通路はレンガ敷きだ。広いバス道路以外は,まだ多くがレンガ敷きだったのだ。

レンガ敷き路地は情緒があり大好きだが,自動車が進入し始めると,あっという間に傷み,コンクリートかアスファルトに変えられてしまう。いまのキルティプルがその好例。あと2,3年もすれば,レンガ敷き通路はほとんどなくなってしまうであろう。

また,1993年の写真を見ると,カトマンズ盆地でもまだ裸足の人がかなりいたことがわかる。まだ,裸足でも危険ではなかったのだ。私自身,村では裸足で走り回っていた。いま,そんなことをすれば,すぐ怪我をする。裸足が野蛮というのは,文明病患者の偏見に過ぎない。

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谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/03/17 at 17:43

カテゴリー: 文化, 旅行, 歴史

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皇太子憲法言及不掲載,答えにならない朝日新聞の「お答え」

朝日新聞が,またまた記事批判への言い訳記事を掲載した。菅野俊秀(社会部次長)「皇太子さまの憲法への言及、なぜ載ってないの? Re:お答えします 新しい発言紹介 指摘真摯に受け止めます」(朝日3月10日)。(皇太子の憲法言及については,「あつものに懲りて憲法を消す朝日新聞」参照。

これは,読者の質問への「お答え」の形を取っているものの,内容的には,皇太子憲法言及不掲載を批判した池上彰氏への弁解であることは明白である。要旨は以下抜粋の通り。

「[皇太子の憲法言及は]昨年は記事に盛り込みました。・・・・今年も、デジタル版の記事では皇太子さまが憲法に言及した部分も含めて、会見全文とともに掲載しました。しかし、紙面ではスペースが限られ、できるだけ新しい内容を読者に伝えようと、前述の部分を優先させました。」(朝日3月10日)

しかし,スペース不足でカットしたなどという弁解を額面通り受け取るお人好しで脳天気な読者は,一人もいないだろう。改憲や「70年談話」問題が連日マスコミで報じられているさなか,皇太子が戦争の惨禍や平和の大切さと関連づけて憲法に言及した。当然,大きな政治的意味を持ちうる。その皇太子発言を,朝日新聞は掲載しなかったのだ。

好意的に解釈するならば,記事を執筆した皇室担当記者が,皇太子や皇室が政治に巻き込まれるのをはばかり,憲法言及部分をカットした,ということになるだろう。ちなみに,その皇室担当記者ツイッターは,皇室記事満載。

しかしながら,前回も述べたように,天皇には憲法尊重擁護の義務があり,機会あるごとに天皇や皇族が憲法尊重の立場に立つ発言をするのは当然のことである。もし,それを非難する者がいるとすれば,それこそ天下の不忠者ということになってしまうであろう。

この場合,皇太子の憲法言及部分をカットした心情はわからないではないが,その判断がジャーナリズムとして正しかったかといえば,そんなことは断じてない。池上彰氏が「こんな大事な発言を記事に書かない朝日新聞の判断は,果たしてどんなものなのでしょうか」と,手厳しく批判しているとおりだ。ジャーナリズム失格!

それでは,もし本当に,菅野社会部次長が「お答えします」で説明しているように,皇太子の憲法言及が「新しい内容」ではないのでカットしたというのであれば,それは,いま現在,いったい何が問題となり重要なのか,いまジャーナリズムとして何を伝えなければならないのか,といったことすら全く念頭になかった,ということに他ならない。それこそ,まさしくジャーナリズム失格! 

池上彰氏は,皇太子の「謙虚に過去を振り返る」という発言の前の,これもカットされてしまった部分の重要性をも指摘しつつ,「新聞ななめ読み」(朝日2月27日)をこう結んでいる――

「記者やデスクの問題意識の希薄さが気になります。」

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/03/11 at 13:29