ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘民主主義’ Category

ゴビンダ医師のハンスト闘争(34)

8.「9項目合意」の評価
オリ政府とKC医師が「9項目合意」に署名し,KC医師がハンストを終えたことにつき,メディアの大部分は社説等で歓迎を表明した。ここでは,この件につき最も詳細に報道してきたリパブリカ紙の7月29日付と8月13日付の記事のみ,紹介する。(他のメディア報道は最後に参考資料として列挙予定。)

(1)リパブリカ「KC医師との合意をその文書と精神に沿い実行せよ」(2018年7月29日)(*90)
「ゴビンダ・KC医師に何が起こるのか? 政府は彼の要求に応えるのか? 彼の生命は救われるのか? トリブバン大学教育病院の長老整形外科医が15回目のハンガーストライキを始めた6月30日からこれまで,一般民衆はこれらのことを心配し続けてきた。KP・オリ政府は,ネパールの医学教育・保健衛生分野の抜本的改革への要求に消極的と見えるときもあれば,KC医師の体調悪化についても同様に冷淡と見えるときもあった。カトマンズ内外で政府に対する抗議行動が始まったのは,そのためだ。そうしたなか,この木曜日[7月26日]夕方,政府とKC側が合意に達したことを知らされ,われわれはみなホッと安堵した。KC医師の生命は救われ,医学教育分野の改革がようやく緒に就いた。政府は,遅くなったとはいえ,高い目標を持つ重要な訴えを聞き入れたのであり,称賛されてしかるべきだ。オリ首相が自らこの交渉に深く関与し,合意に達したおかげで,KC医師は今回のハンガーストライキを終えることが出来たし,またそればかりか,KC医師がこれまでと同じ理由で再びハンガーストライキをする必要はもはやなくなったという新たな希望をも持つことが出来るようになった。ありがとう,首相。・・・・

しかしながら,これまでそうであったように,政府がまたまた合意を反故にするかもしれないという疑念は,払拭できない。KC医師と交渉したこれまでの政府はすべて,彼の要求を受け入れると約束し,合意書に署名した。が,いまの首相が率いていた2015年の政府を含め,それらいずれの政府も合意した約束を実行しなかった。KC医師が15回目の決死のハンストに訴えざるをえなかったのは,そのためである。われわれは,オリ首相がKC医師を欺き引き延ばしを図ることのないよう願うし,また,そうあるはずだと信じている。首相は自らの意思により,KC医師の要求の受け入れとその実行のための合意書への署名を行わせた。これは注目すべき成果である。首相が本当に評価されるのは,合意が実行されたときであり,また老サチヤグラヒ[真理希求者]がその生命を,政府が追求し実現すべきなのにそうしない事柄のために危険にさらす必要のない状況をわれわれがつくりだすときである。わが国の政治家たちは,あまりにもしばしばKC医師を困難な状況に追いやってきた。そのようなことが,もはや二度と起きないことを願う!」
 
 ■Republica, 26 Jul 2018

*90 “Implement agreements with Dr KC, in letter and spirit,” Republica, July 29, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/10 at 16:23

ゴビンダ医師のハンスト闘争(33)

7.ハンスト:開始から終了まで
 (1)ジュムラでハンスト開始
 (2)体調悪化
 (3)ゴビンダ医師支持の拡大
 (4)カトマンズへの強制移送
 (5)カトマンズでのハンスト継続
 (6)人権団体等のKC支持声明
 (7)メディアの報道

(8)「9項目合意」成立・ハンスト終了
オリ政府は,KCハンスト支持運動の急拡大に押され,KC側との交渉を進め合意を急がざるをえなくなった。政府側交渉団はラジ・バラル教育省事務局長(代表)ら関係各省幹部,KC側はJ・チェットリ医師,S・バンダリ医師,OP・アルヤル弁護士,AR・シン弁護士,S・パンディNMA代表。交渉が始まると,重要局面ではオリ首相自身を含む双方の有力者らが,当然ながら,様々な形で交渉に関与した。(*82)

カトマンズでの最初の交渉は,7月24日,教育省で始まった。この時は,カトマンズ盆地内での医大10年間新設禁止と,1大学の連携医大開設認可5校以内の2項目を中心に交渉されたが,相手側への非難攻撃に終始し進展は全く見られなかった。(*82,83)

次の交渉は,7月26日,いよいよ切羽詰まって,場所は首相官邸,しかもオリ首相自身も出席した。街では,医師・看護師や医学生も参加したデモや集会,外来休診など,激しい抗議活動が続いている。議会では,NCの抵抗で,議事停止。(*84)

オリ政府は追い詰められ,ついに26日夕方,KC側要求をほぼ全面的に受け入れ,これを文書化した「9項目合意」に署名した。(合意項目数は,数え方により「22項目」とされることもある。)(*85)

この合意成立を受け,26日夜おそく,KCはハンスト終了を決め,訪れたKB・マテマやS・ネムワン元議長らから手渡されたジュースを飲んだ。こうして,27日間にも及ぶKC最長のハンストは,KC側のほぼ完勝という結果をもって終了したのである。(*85)

(9)「9項目合意」の概要(*86,87,88,89)
・議会提出済みの「医学教育法案」は22か所修正。
・カトマンズ盆地内での医大新設10年間禁止。
・盆地内医大新設認可取得済みの場合は,新設準備資産を政府に売却するか,もしくは盆地外の優先地域で新設。盆地外新設には優遇措置。
・カルナリ健康科学アカデミー(KAHS)にMBBS開設のための特別委員会設置。
・ジャナキ医科大の運営妨害責任者処分と早急な授業再開。
・各州に少なくとも1医大設置。
・国立(公立)医大入学定員の75%は奨学金付き。
・病院による医大併設には,3年以上の病院運営実績が必要。
・マンモハン記念大学[共産党系]の国有化。
・医学教育問題調査委員会(MEPB)が有責とした関係者を2か月以内に処分。
・大学や他の政府学術機関の役職員選任基準を定めるための委員会設置。

▼KC支持サティアグラハ参加アピールと勝利宣言:KC連帯FB(日付は日本時間)

*82 “Talks between Dr KC and govt begins,” Republica, July 24, 2018
*83 “Talks between govt and KC’s team fail to strike deal yet again,” Republica, July 25, 2018
*84 “National Assembly adjourned for a week after obstruction,” Republica, July 26, 2018
*85 “Govt, Dr KC finally agree on disputed point, seal 22-point deal,” Republica, July 26, 2018
*86 “Oli govt bows to Dr KC’s demands,” Republica, July 27, 2018
*87 “How challenging is implementing agreement with Dr KC?,” Republica, July 28, 2018
*88 Bishnu Prasad Aryal, “Sincerity seen as key to implementing deal with Dr KC,” Republica, July 28, 2018
*89 “Editorial: Implement agreements with Dr KC, in letter and spirit,” Republica, July 29, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/09 at 15:06

ゴビンダ医師のハンスト闘争(30)

7.ハンスト:開始から終了まで
 (1)ジュムラでハンスト開始
 (2)体調悪化
 (3)ゴビンダ医師支持の拡大
 (4)カトマンズへの強制移送

(5)カトマンズでのハンスト継続
ゴビンダ・KC医師は2018年7月19日,軍ヘリによりジュムラからカトマンズへ強制移送され,午後4時にはトリブバン大学教育病院(TUTH)に収容された。

ゴビンダ医師の体調は,20日以上にも及ぶハンストのため極度に悪化,生命すら危険な状態になっていた。7月20日にKCを見舞ったデウバNC党首は,こう述べている。「彼は危険な状態だ。何か言いたそうだったが,話すことはできなかった。・・・・彼の背後には何百万人もの支持者がいる。政府は直ちにKCとの話し合いに応じ,彼の要求を聞き入れるべきだ。」(*67)

7月22日には,KCの母(80歳)が彼と面会し,精密検査受診を訴えた。この母の懇願を受け,KCが検査を受けると,冠疾集中治療室(CCU)での治療が必要なほど危険な状態であった。(*68)

7月25日付報道では,TUTH医師が,KCは危険な状態にあると警告した。白血球数,血糖値,カリウム値が,いずれも基準から著しく外れ,記憶喪失もある。このままでは,痙攣(seizure)を引き起こし,意識喪失(coma)になるという。

まさに極限状態。この文字通りの「決死のハンスト」は人々の関心をさらに高め,メディアが連日,大きく報道し,KC支持の集会やデモ,医療機関のストなどが拡大していった。

7月21日には,マイティガルでKC支持大集会が開催された。参加したのは,ガンガ・タパ元保健大臣らNC幹部数名,「新しい力」党のバブラム・バタライとヒシラ・ヤミ,ビベカシール・サージャ党幹部,スシル・カルキ元最高裁長官,人権活動家のクリシュナ・パダディ,女優のクリシュナ・マナンダールといった有力者・著名人をはじめとする多数の人々(参加者数詳細不明)。

マイティガル集会後,ニューバネスワルに向け,「マフィアのお友だち政府はいらない」などと書かれたプラカードを掲げ,風船を手にした「風船デモ」が行われた。このデモ隊は,ニューバネスワルで警官隊と衝突,デモ隊側数十人と警官11人が負傷した。この知らせを聞き,デウバNC党首はオリ首相に会い,警官隊の実力行使を非難し,KCの要求に応えなければ,闘争をさらに強化すると警告した。(*69, 70, 71)

翌22日には,「ゴビンダ・KC医師連帯同盟」主催のKC支持集会がダーバー広場で開かれ,医師,看護師,医学生ら約300名が参加した。さらに23日には,国民民主党,ビベカシール・サージャ党,ネパール医学協会を中心とするKC支持集会が開かれ,数百人が参加した。こうしたKC支持集会やデモは,ポカラなどでも実施され,全国へと拡大していった。(*72, 73)

■風船デモ(Republica, 22 Jul 2018)

*67 Bishnu Prasad Aryal, “180 days, 6 years, 15 hunger strikes,” Republica, July 18, 2018
*68 “Dr KC agrees to checkup at mother’s request,” Republica, July 24, 2018
*69 “For Dr. Govinda KC, Against Govt’s Decision,” Republica, July 21, 2018
*70 “Dozens including 11 police injured in protests over Dr KC’s demands,” Republica, July 22, 2018
*71 “Civil society takes to the street over Dr KC’s demands,” Republica, July 22, 2018
*72 “Civil society starts mass sit-in supporting Dr KC’s demands,” Republica, July 23, 2018
*73 “Civil society’s mass sit-in continues Monday,” Republica, July 24, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/05/06 at 09:41

ゴビンダ医師のハンスト闘争(29)

7.ハンスト:開始から終了まで
(1)ジュムラでハンスト開始
(2)体調悪化
(3)ゴビンダ医師支持の拡大

(4)カトマンズへの強制移送
ゴビンダ・KC医師が,「医学教育令2017年」の継承発展たる「医学教育法」の制定を求めジュムラでハンストを開始したのに対し,オリ共産党政府は,医療格差象徴の場として選ばれたジュムラでの交渉を忌避,彼を首都カトマンズに連れ戻し,そこで説得しハンストを止めさせようとした。政府側は次のように主張した(19日カトマンズ移送後報道も含む)。

オリ首相:①「納税者のカネから給料をもらっている者が,自分に割り当てられた義務を果たしもせず,政府を独裁的などと,どうして非難できるのか?」(7月9日頃,官邸での第2州共産党議員との会談において*46)。②「KC医師は,問題解決ではなく,問題をつくり出そうとしてきた。」そして,様々な勢力がそれを利用し,彼の治療を妨害してきた。医者や公務員が職務を放棄して街頭に出てよいのか? 医学教育法は,議会で審議すれば,修正に応じる用意はある。(7月24日付報道*47)

プラチャンダ共産党共同議長:KCのハンストには慣れっこ。政府は彼の生命を救おうとしているのに,反民主的勢力が彼を殺そうとしている。一個人の街頭運動で決められてしまうのなら,政府も議会も不要。反革命勢力がKCを政治的に利用している。コングレス党はKCの死体を踏みつけ利用するような恐ろしい政治をするつもりか。(7月24日付報道 *47)

GM・ポカレル教育大臣:①医学教育法は議会提出済。「座り込みで何でも変えようとする伝統は終わりにしなければならない。議論してはならないことは何一つないが,解決はハンスト以外の方法で見出すべきだ。」(7月10日付報道*48)②「KC は主権的上院に圧力をかけ自分の命令に従わせようとしているが,これは許されないことだ」(7月11日付報道*49)③7月13日,KCを強制的にカトマンズに連行することもありうると発言(7月17日付報道*50)④7月14日ジャーナリスト協会でのコメント。政府はKCの生命を救いたいと考えている。「天候の回復を待っている。拒否されても,KC医師をここカトマンズに連れてこざるをえないかもしれない。」(*51)

政府は,このような対KC強硬姿勢を維持しつつも,U・ヤダブ保健大臣が7月6日,医師2名,看護師数名をジュムラに派遣した(*52)。が,KCは,地元ジュムラの医師らに看てもらうとして彼らを拒否,退去を要求した(*52,53,54)。また,政府側はKR・バラル教育省事務局長を長とする政府交渉団を派遣したが,この交渉団は政府方針通りKCにカトマンズ帰還を要求するだけであったため,実質的な交渉には入れなかった(*55,56)。

そうこうするうちに,KC支持運動はますます拡大・過激化,政府は追いつめられKCのカトマンズ移送強行に急傾斜していった。カルナリ州政府が7月17日,KAHSでは治療困難だとしてKCのカトマンズ移送を中央政府に要請したのも,おそらく中央政府のそうした意向を受けてのことであろう(*57)。そして,ついに7月19日午前8時ころ,政府はKCカトマンズ移送を発表,軍ヘリをジュムラに派遣した。ヘリは同日午前9時半ころジュムラ軍駐屯地に着陸。(*58)

このヘリによるKC移送の知らせを受け,KC支持派はハンスト中のKAHSに多数集結,移送を阻止しようとした。彼らは,KCに移送を伝えるため訪れたカルナリ州のMB・シャヒ首相,N・バンダリ内務法務大臣らを阻止し,追い返した。

そこで郡当局(B・パウデル郡長)は,治安部隊にKC連行を命令した。抵抗する者には射撃も許可したという。銃使用については,警告はしたが,実際には実弾は発射されなかったようだ。催涙弾は使用。それでも,KAHS付近での激しい衝突により,40名にも及ぶとされる多数の負傷者が出た。(*58,59)

この衝突の知らせを受けたゴビンダ医師は,苦渋の決断を迫られた。彼は,要求が通らなければカルナリで死ぬ覚悟だと繰り返し明言していた――
「ニュース報道によると,政府は私をカトマンズに連れていくためヘリコプターを送るそうだ。私は,この聖なるカルナリの地で死を迎える覚悟をしており,カトマンズには私の要求がすべて受け入れられるまで帰るつもりはない。」(*60)
「7項目要求が満たされなければ,カトマンズには戻らない。たとえ死ぬことになろうとも,ここジュムラで死ぬことを選ぶ。」(*61,62)

ゴビンダ医師の決死の覚悟は,このように明確だったが,それではなぜ彼は,結局はカトマンズ移送に同意したのか? 理由はただ一つ,当局の強硬な実力行使によりKAHS周辺に結集していたKC支持派や治安部隊に多数の負傷者が出始めたこと。当局側は,拡声器を使い,衝突で警官死亡と放送したとさえ言われている。この放送はウソで,実際には警官は釘でけがをしただけだったようだが,もしそうした放送があったのであれば,KCにも聞こえていたであろう(*63)。KCは,こうした犠牲者続出の知らせを聞き,カトマンズ移送への同意を決断せざるをえなくなった――

MB・シャヒ州知事に対し,KCはこう訴えた。「暴力を止めよ,病院破壊を止めよ。こんな暴力を引き起こすくらいなら,カトマンズへ行く。」(*58)

こうしてKCは7月19日,軍ヘリに乗せられ,スルケット経由でカトマンズ(トゥンディケル)へ運ばれた。当初,政府は,KCを近くのビル病院に収容する予定だったが,これにはKCが断固抵抗,結局は彼の勤務先であるトリブバン大学教育病院(TUTH)に移送した(*64,65)。午後4時,KC移送作戦完了(*58)。

TUTHに収容されたゴビンダ医師は,ここでハンスト闘争をさらに継続することになる。

ジュムラ(jumlanepal.blogspot.com)

*46 “Height of cruelty,” Republica, July 9, 2018
*47 “Oli, Dahal spit venom at NC, Dr KC,” Republica, July 24, 2018
*48 “Dr KC rejects PM’s proposal for one-on-one by phone,” Republica, July 10, 2018
*49 “Centre continues to ignore Dr KC’s plight,” Kathmandu Post,Jul 11, 2018
*50 “Govt at last forms team for talks with Dr KC,” Republica, July 17, 2018
*51 “Dr KC to be brought to Capital forcibly: Minister,” Kathmandu Post, 2018-07-14
*52 “Rights bodies urge govt to take care of Dr KC,” Republica, July 6, 2018
*53 DB BUDHA, “Dr KC refuses to see docs from Kathmandu,” Republica, July 6, 2018
*54 Devendra Basnet/DB Budha, “Choice of Jumla was to draw govt attention to Karnali: Dr KC,” July 8, 2018
*55 “Govt forms talks panel led by Education Secy Baral,” Republica, July 16, 2018
*56 “Dr KC says govt is indifferent,” Republica, July 19, 2018
*57 “Dr KC appeals for medical attention,” Republica, July 17, 2018
*58 “40 injured in clash as Dr KC taken by force to Kathmandu,” Republica, July 20, 2018
*59 “Dr KC airlifted from Jumla,” Republica, July 19, 2018
*60 “Fasting surgeon refuses to leave Jumla,” Kathmandu Post, Jul 12, 2018
*61 Devendra Basnet/DB Budha, “Dr KC refuses medication,” Republica, July 10, 2018 *62 “Dr KC’s supporters to foil govt plans to airlift him to capital,” Republica, July 14, 2018
*63 “Police duped Govinda KC,” Nepali Times, August 3, 2018(Onlinekhabar, 30 July)
*64 “Dr KC brought to Surkhet,” Republica, July 19, 2018
*65 “Chopper carrying Dr KC landed at Tudikhel; rushed to Teaching Hospital,” Republica, July 19, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/04/06 at 18:21

ゴビンダ医師のハンスト闘争(27)

7.ハンスト:開始から終了まで
 (1)ジュムラでハンスト開始

(2)体調悪化
ゴビンダ医師は,6月30日午後3時頃から,郡スポーツ開発委員会ホールでハンストに入った。報道では,酸素吸入は受けてもグルコース(ブドウ糖)は拒否したとされているから,このハンストはおそらく水と食塩のみの最も厳しいハンストであったとみてよいであろう。

ゴビンダ医師の体調は,スポーツ開発委ホールの劣悪な環境もあって,ハンストに入って間もなく,急速に悪化していった。医学的なことは全くの専門外だが,報道によると経過はおおよそ次のようだったらしい。

ハンスト3日目の7月2には,早くも手足,頭部,胸部の痛みを訴え,尿量は200ml/日に激減。KAHS(カルナリ健康科学アカデミー)医師は,危険な状態に陥りつつあると警告した。

7月4日になると,ゴビンダ医師の体調はさらに悪化,危なくなったので,KAHSの医師らが午後5時半ころ,彼をKAHSの救急病棟に移した。以後,7月19日午後のカトマンズ強制移送まで,彼のハンストはKAHSで続けられることになる。以下,体調悪化の状況――

7月7日:手足,胸部,頭部に痛み。血圧低下,白血球減少。静脈内注入液,投与。
7月8日:酸素吸入開始。
7月11日:白血球減少,血糖値低下,血中マグネシウム低下。筋肉けいれん,嘔吐感。ほとんど話せない。
7月14日:せき。心拍異常。
7月16日:心拍異常。喉の異常,手のはれ。立てない。体重65㎏から56㎏に減少。
7月19日:常時酸素吸入開始。胸の痛み,せき。PVCs(心室性期外収縮)で心停止の恐れ。   
     ⇒⇒午後,カトマンズへ強制ヘリ移送


Solidarity for Prof. Govinda KC FB2018年7月17日/18日

*9 “Dr KC continues hunger strike in Jumla despite deteriorating health,” The Himalayan Times, July 02, 2018
*10 “DAO Jumla orders KIHS for best treatment as Dr Govinda KC’s health deteriorates,” Republica, July 2, 2018
*11 “Dr KC taken to emergency unit after his health deteriorates,” Kathmandu Post, Jul 4, 2018
*12 DB BUDHA, “We can’t treat Dr KC at present site: Doctors,” Republica, July 4, 2018
*13 “Dr Govinda KC rushed into ICU as his condition deteriorates,” Republica, July 4, 2018
*14 “Dr KC admitted to emergency ward,” Republica, July 5, 2018
*15 “Dr KC’s health ‘worsens’,” Kathmandu Post, Jul 8, 2018
*16 “Dr Govinda KC shifted to special care unit,” HIMALAYAN, July 8,2018
*17 “Dr Govinda KC shifted to special care unit,” HIMALAYAN, July 08,2018
*18 Devendra Basnet/DB Budha, “Dr KC refuses medication,” Republica, July 10, 2018
*19 “AHRC urges govt to save Dr Govinda KC’s life,” HIMALAYAN, July 11, 2018
*20 “KAHS prepares ventilator and defibrillator for Dr Govinda KC,” HIMALAYAN, July 15, 2018
*21 “Govt forms talks panel led by Education Secy Baral,” Republica, July 16, 2018
*22 “Dr KC appeals for medical attention,” Republica, July 17, 2018
*23 “Dr KC diagnosed with hypocalcemia,” Republica, July 17, 2018
*24 “Dr KC says govt is indifferent,” Republica, July 19, 2018
*25 “Dr Govinda KC diagnosed with PVCs; govt sends helicopter to bring him back,” HIMALAYAN, July 19, 2018

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/03/20 at 16:38

ゴビンダ医師のハンスト闘争(24)

6.第15回ハンスト
(6)決死のハンスト(v) 
④強制摂食:いくつかの事例 A. 西洋近世・近代の奴隷と病人 B. イギリス

C. アメリカ もう一方の人権と民主主義の国,米国では,いまでも強制摂食が合憲・合法とされ,刑務所や収容所でしばしば実施されている。

米国では,自己決定権ないし「独りでいる権利」が「プライバシー権」として広く認められているが,そこには「自殺の権利」までは含まれてはいない(末期患者尊厳死は別問題)。また,国家には秩序維持の権利義務があり,そのために必要な場合にはプライバシー権の一部を制限することが出来る。ハンストをする権利は,そうした制限可能な権利の一つであり,必要な場合には,ハンスト死防止のための強制摂食が認められるとされている。

米国刑務所での強制摂食としては,早くには1917年,ニューヨークの刑務所内でハンストをした女性産児制限主義者に対し,実施された。以後,強制摂食は継続され,たとえばコロラド州の刑務所では,2001~2007年に,少なくとも900回の強制摂食が実施されたという。そこでは2014年にも,ハンストをした8~9人に対し,強制摂食が行われている。(*5)

さらにウィスコンシン州の刑務所では2016年,ハンストの3人に対し強制摂食が実施された(*15)。米国では,州により扱いは異なるが,刑務所での強制摂食はマニュアル化されているとみてよいであろう。

米国の強制摂食として最も悪名高いのが,米軍グアンタナモ収容所(キューバ)でのもの。グアンタナモでは,早くも2001年1月からハンストが始まり,最多の時は150人余がそれに参加した。このハンストについては,2013年までは報告されているが,それ以降は情報不開示となったため詳細不明。

グアンタナモ収容所は,いわば治外法権であり,収容者の扱いは残虐を極めた。ハンストにも,当然のように強制摂食が実施された。ここでは死ぬことは許されない。人間の最後の自由,死ぬ権利さえ奪われている。「核軍縮キャンペーン(CND)」は,2005年大会において,次のような緊急決議をしている。「大会は,グアンタナモの200人以上の拘留者によるハンストが摂食と鎮痛剤の強制により長期化し8週目に入っていることを懸念をもって指摘する。」

米国で,いま最も問題にされているのは,急増する難民・移民希望者に対する収容所や拘置所での強制摂食である。「移民関税局(ICE)」は,食事9回拒否でハンストと認定し,裁判所の許可の下,強制摂食を行っているという。

「ICEは,収容所収容者の生命を守り,収容所の秩序を維持していく。・・・・ハンストを行う収容者に対しては,その健康と安全のため,ICEは食物と水の摂取をきちんと見届けている。収容者のハンストが,生命あるいは健康にとって危険かどうかは,医療担当者が常に監視している。」(*1)

この2019年1月には,ICEテキサス収容所が,ハンストをしているインドとキューバからの難民申請者30人のうちの6人に対し,裁判所の許可を得て強制摂食をした。彼らは鼻から出血し,耐えがたい苦痛を訴えている(*8)。


■ICE強制摂食抗議デモ(NYT, 2019/01/31)/グアンタナモ強制摂食(Graphic News, 2013/05/01)

D. ロシア ロシアの刑務所では,ハンストに対し強制摂食が行われている。テロ等の罪で収監されたウクライナ人映画監督オレグ・センツォフは2018年5月から抗議ハンストを続けたが,この強制摂食を避けるため同年10月6日,ハンストをやめざるをえなかった。

E. 北朝鮮 北朝鮮教化所は2018年夏,看守に対する抗議ハンストを行った収監者2人に対し,ホースを口に入れ強制摂食させた。

F. イスラエル イスラエル議会は2015年,ハンストで抵抗するパレスチナ人収監者に対する強制摂食を合法化した。
■イスラエル議会強制摂食法制定(The Telegraph, 2015/07/30)

G. インド インドの人権活動家で「鉄の女」とも称されるイロム・ミャルミラが2000年,インド軍による住民虐殺に抗議しハンストを開始したのに対し,インド政府はチューブによる強制摂食を始めた。彼女は,これに耐え16年間もハンストを続けたが,闘争方針を変え州議会選挙に出て闘うため2016年8月9日,ハンストを終了した。


■Burning Bright: Irom Sharmila(Penguin, 2009)/シャルミラ-ハンスト10年目(Facebook, 2011/09/19)

*1 BURKE, GARANCE, “UN: US force-feeding immigrants may breach torture agreement,” AP,
*2 Burke, Garance and Martha Mendoza, “U.S. immigration officials are force-feeding detainees who’ve been refusing food at Texas centre,” AP, January 31, 2019
*3 DAUGHERTY,OWEN, “UN says US force-feeding detained immigrants may violate torture convention,” The Hill, 02/07/2019
*4 Greenberg, Joel K., “Hunger Striking Prisoners: The Constitutionality of Force-Feeding,” Fordham Law Review, Volume 51, Issue 4 Article 7, 1983
*5 Hsieh, Steven, “Colorado’s Federal Supermax Prison Is Force-Feeding Inmates on Hunger Strike: Solitary Watch reports that eight to nine prisoners are taking part in the strike, held at the federal government’s highest-security prison” The Nation, Feb 27, 2014
*6 Long, Clara “ICE Force-feeding Immigrant Detainees on Hunger Strike: Force-feeding is Cruel, Inhuman and Degrading,” Human Rights Watch, February 1, 2019
*7 Miller, Ian, A History of Force Feeding: Hunger Strikes, Prisons and Medical Ethics, 1909–1974, Springer Nature, 2016
*8 Stevens, Matt, “ICE Force-Feeds Detainees Who Are on Hunger Strike,” New York Times, Jan. 31, 2019
*9 “1910 Liverpool, Force-Feeding: The suffering of a suffragette,” Lapham’s Quarterly
*10 “Cartoon depicting force-feeding from The Daily Herald: Illustration depicts Asquith force-feeding an imprisoned suffragette,” British Library
*11 “Force-feeding,” Wikipedia
*12 “Force-feeding in English jails – a hidden history,” The University of Manchester, 5 Nov 2015
*13 “Force-feeding at Guantanamo Bay,” Graphic News, 05/01/2013
*14 “Prison officials force-feed inmates on hunger strike against solitary confinement,” RT, 29 Jun, 2016

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/28 at 18:04

ゴビンダ医師のハンスト闘争(23)

6.第15回ハンスト
 (6)決死のハンスト(v) 
 ④強制摂食:いくつかの事例
  A. 西洋近世・近代の奴隷と病人

B. イギリス 収監ハンスト者への強制摂食が本格的に行われ始めたのは,英国においてのようだ。

英国では,19世紀末から20世紀初めにかけて,サフラジェット(Suffragette)が女性参政権を求め勇猛果敢に闘った。彼女らは,投獄されると,ハンストで抵抗した。当初,政府は殉死を恐れ,ハンスト者を釈放したが,1909年多数の収監サフラジェットがハンストを始めると,方針を改め,強制摂食を始めた。

英国内務省の1909年声明によれば,「人為的摂食(artificial feeding)」は人道的であり,理性を失い食べられなくなった収監者が生命を失うことを防止するのに必要な治療である。

しかしながら,実際には,抵抗するハンスト者を拘束し力づくで実施される強制摂食は,出血や嘔吐を伴う,肉体的にも精神的にも耐えがたい苦痛をもたらす「拷問」に他ならなかった。特に女性サフラジェットへの強制摂食は,「口からの強姦」として嫌悪され非難された。

英国政府は,千人以上のサフラジェットに強制摂食をしたとされるが,結局これを継続しえず,1913年に「猫ネズミ法(Cat and Mouse Act)」を制定した。収監者がハンストを始め危険な状態になると釈放し,回復すると再収監するという,まるで猫がネズミをいたぶるような,いかにも皮肉とユーモアの紳士の国,英国らしい法律だ。が,仮釈放したサフラジェットの再逮捕は容易ではなく,実効性は低かった。そうこうするうちに第一次世界大戦(1914-18)が勃発し,対サフラジェット強制摂食問題は終息した。

しかし,英国での強制摂食は,その後も,主にアイルランド民族派のハンスト者に対し継続された。1917~23年,多数のアイルランド民族派が捕らえられ,獄中ハンストは一万人にも及んだという。そうした中,ハンストをしていたトマス・アシュが1917年,強制摂食により死亡,大問題となった。これを機に,アイルランドでは強制摂食は実施されなくなった。

一方,英国では,トマス・アシュ強制摂食死以後も,強制摂食は継続された。英国の刑務所では1913~40年に834人(うちIRA40人)がハンストをし,強制摂食は7734回にも及んだ。(*13)

そして戦後1974年には,IRAのマイケル・ゴーガンと他の4人が英国ワイト島の刑務所でハンストを開始,強制摂食された。そして,64日目,ゴーガンが17回目の強制摂食後,死亡した。この強制摂食死は内外に大きな衝撃を与え,ついに英国政府はハンスト者に対する強制摂食を断念するに至った。

ところが,その代わり,ハンストは放置されることになり,再びハンストを始めたゴーガンの獄中仲間フランク・スタッグは1976年,ハンスト62日で餓死した。その後,1981年には,「鉄の女」サッチャー首相が,ボビー・サンズらIRAメンバー10人のハンストを放置して餓死させ,大問題になったことは周知のとおり。

人権と民主主義の総本家,イギリスでも,ハンストと強制摂食はなおも未解決の難問として残されているのである。


■強制摂食反対ポスター/「猫ネズミ法」反対ポスター/T・アシェ伝記

*13 “Force-feeding in English jails – a hidden history,” The University of Manchester, 5 Nov 2015

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2019/02/27 at 15:25