ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Archive for the ‘民族’ Category

キリスト教とネパール政治(3)

3.キリスト教会と2017年連邦・州ダブル選挙
(1)キリスト教の急拡大
ネパールは,前述のように「クリスチャン急増の国」であり,政治へのキリスト教勢力の進出も積極化し始めた。多少重複するが,たとえば――
 ・キリスト教会は,信者数3百万人以上と推計している。(*1)
 ・「ネパールでは,法による厳しい改宗禁止にもかかわらず,この20年ほどの間にキリスト教徒が急増した。」(*1)
 ・キリスト教会は現在,全国に1万2千あり,なお増加中(ネパール全国クリスチャン連盟[FNCN])。布教に熱心なのは,カトリックよりもプロテスタント諸教会。(*2)
 ・シンドパルチョーク郡の教会は,30年前は1つだけだったが,現在は175あり,その半数は2008年世俗国家移行後に開設された。(*2)
 ・マクワンプル郡の教会は,10年前は200だったが,現在は1000となっている。(*3)
 ・マクワンプル郡では「20年ほど前にキリスト教の普及活動があり,・・・・先住民族であるチェパン民族の大部分はキリスト教徒になっている。」(*4)
 ・コイノニア・ミッションは1978年にパタンに初の教会を開設,現在は90教会となった。2020年までに,さらに400教会を開設する予定。(*2)
 ・「君主制の200年間はネパールのクリスチャンにとって暗黒時代だったが,いまは攻撃されることはあるにせよ,黄金時代だ。」キラン・クマール・ダス(アヌグラハ教会,ラリトプル)(*2)
 ・パンチャヤト王政期には投獄されたが,いまは活動の余地があり,参会者も増えてきた。(カナンプレーヤーハウス牧師トリ・ラトナ・アダム・トゥラダール)(*2)

Churches Network Nepal登録教会数(2018年4月3日現在) ( *5)

*1 “Despite conversion ban, Christianity spreads in Nepal,” AFP, 23 December 2017
*2 Om Astha Rai, “The golden age of the gospel: A secular Nepal sees a surge in conversions to Christianity by evangelical groups,” Nepali Times, #873, 25-31 August 2017
*3 Pete Pattisson, “Why many Nepalis are converting to Christianity,” the Record, August 30, 2017
*4 紅谷昇平ほか「2015 年ネパール地震における国際支援と組織間ネットワークの実態」,『神戸大学都市安全研究センター研究報告』第21号,平成29年 3 月
*5 Churches Network Nepal(http://www.churchesnetwork.com/directory)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/04/03 at 15:59

カテゴリー: 宗教, 憲法, 政治, 民族

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ネパール連邦議会選挙:包摂民主主義の実証実験(3)

3.政党の本音は女性後回し
この表を見れば,各政党が女性候補を後回しにしたことは,一目瞭然。まず最初に投票される代議院小選挙区選挙では,当選165議員のうち,女性は6人だけ。三分の一ではない,たったの3%余なのだ! 各党とも男優先,女性差別丸出し。隠しようもない。隠そうともしない。本音丸出し,正直といえば正直だ。

参議院は,各州に最初から女性議席3が割り当てられているので,女性議員は当選議員の約38%。三分の一より少し多いのは,小選挙区男性優先をある程度考慮した結果でもあろう。(連邦議会各党議員の少なくとも三分の一は女性でなければならない。)

政党ごとに見ても,どの政党が特に男優先というわけではない。全政党が女性後回し。それでもひときわ目立つのが,大勝した「ネパール共産党-統一マルクス・レーニン派(UML)」で,代議院小選挙区では当選80人中,女性は2人(2.5%)だけ。その結果,最後の最後に割り当てられる代議院比例制議席は,割当41議席中の37議席(90%)が女性となった。むろん,UMLが自発的に女性を選んだわけではない。憲法の明文規定により,イヤでもそうせざるを得ないのだ。これが,マルクス・レーニン主義を党是とし,農民・労働者のために闘う人民の党の実態である。

「ネパール共産党―マオイストセンター(CPN-MC)」,「ネパール会議派(NC)」など他党も,男性優先では,UMLと大差ない。包摂民主主義を唱えながら,その第一歩といってよい,最も明確な女性の包摂ですら,現実政治の場では敬遠され,あるいは忌避されている。ネパールの政界がまだまだ男社会であり,男性優先が本音であることは隠しようもない。

といっても,そこは建前第一の形式主義の国ネパール,連邦議会(代議院と参議院)全体の各党別女性議員比率をみると,UML33.8%,MC33.8%,NC34.2%,RJP-N36.8%,FSF-N33.3%となっている。5つの国政政党のすべてが,憲法規定の女性議員三分の一の下限にピッタリ合わせている。お見事!


■UML会場雛壇は男性ばかり(UMLホームページ)

4.女性議席割当制の政治的意義
しかしながら,そうはいっても,いやまさにそうした男優先政界の現実があるからこそ,ネパール連邦議会全体でとにもかくにも女性議員三分の一を実現したことは,大きな前進であり,高く評価できる。

日本と比較してみると,その先進性は歴然。日本は,国会全体で女性議員13.1%,世界191か国中の第142位(2017年1月1日現在)。また,衆議院の女性議員は9.3%で,世界193か国下院中の第164位(2017年6月1日現在)。日本は,女性政治参加では後進国,ネパールの足元にも及ばない。頭を垂れ,先進国ネパールから謙虚に学ぶべきだ。

包摂民主主義は,繰り返し指摘してきたように,たしかに複雑で難しく,コストもかかる。しかしながら,たとえそうであっても,それが現代社会における参加・代表の公平の実現には最も有効な実効的手段の一つであることに間違いはない。

ネパールはいま,その大いなる包摂民主主義の政治的実験に取り組んでいるといってもよい。なによりもネパール自身のために,そしてまた多文化社会化せざるをえない日本のためにも,その成功を願っている。

谷川昌幸(C)

ネパール連邦議会選挙:包摂民主主義の実証実験(2)

2.連邦議会選挙の開票結果
 ・代議院(下院)=小選挙区制投票日:2017年11月26日/12月7日
          比例制(全国1区)各党への議席割当:2018年2月10日
 ・参議院(上院)=投票日:2018年2月7日
          政府推薦に基づく大統領指名:未指名

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/02/15 at 17:22

ネパール連邦議会選挙:包摂民主主義の実証実験(1)

ネパール連邦議会選挙の結果が,ほぼ出そろった。参議院(上院)の大統領指名議席など,まだ未確定の部分もあるが,選挙の大勢は,下表のとおりほぼ判明したといってよい。

1.包摂民主主義の実証実験
今回の連邦議会選挙は,憲法ないし国制(संविधान, constitution)の観点から見るならば,2015年憲法の根本理念たる「包摂民主主義(समावेशी लोकतत्र, inclusive democracy)」(憲法前文&4条)を,社会諸集団への議席割当(クォータ)により,まずは制度的に――形式的・強制的に――実現するための初の国政選挙である。いわば,包摂民主主義の実証実験。

この包摂民主主義の実証実験は,ネパール自身はむろんのこと,多文化化・多民族化が進む他の諸国にとっても,あるいは「一民族一文化」にこだわり続ける包摂民主主義後進国の日本にとっては特に,重要な意味をもちうる興味深い政治的試みである。

しかしながら,多種多様な社会諸集団の「比例的包摂(समानुपातिक समावेशी)」(憲法前文)を目標とする包摂民主主義は,諸集団の利害が錯綜し,制度が複雑化し,コストがかかり,運用が難しい。そのような高度な制度を,ネパールは本当に使いこなせるのか? 世界が注目している。

そこで,以下では,「比例的包摂」の基本中の基本たる女性の包摂が,今回の連邦議会選挙において,どのように具体化されたのかを見てみることにする。ネパールにおける包摂民主主義の初の本格的な実証実験が,どこまで成功したのか?


 ■民族/カースト分布地図(トリブバン大学社会人類学部, 2014)。社会諸集団包摂のため,この種の集団同定資料が,多くの場合国際機関や先進諸国の支援を得て,多数出版されてきた。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/02/14 at 17:56

地方選,3回に分けて実施

ネパール地方選は,もともと全国一斉実施を予定していたが,マデシや少数民族(ジャナジャーティ),とくにマデシが現行の地方区割は彼らの人口に対し相対的に少なく不公平だとして激しく反対,結局,彼らの反対の比較的少ない第3,4,6州だけを5月14日に先行実施,残る第1,2,5,7州は6月14日投票ということになった。

この間,政府は憲法の関係個所を改正して選挙区割り変更を行い,マデシの要求に応えるつもりだったが,いかんせん時間不足,また地方選さなかの区割り変更はどうみても不合理であり,最高裁も区割り変更の停止命令を出した。そのため,後期地方選は第1,5,7州で6月28日投票,特に反対の強い第2州だけは9月18日に先送りすることになった。

選管は,後期地方選受付(6月18日締切)は全体として順調に行われたと説明しているが,カピルバスツで爆発や衝突事件が起き,1人死亡,十数人が負傷した。またタライ系政党(RJPN)の支持者457人(!)が選挙妨害で逮捕されてもいる。このように反対運動は激しいが,タライ系政党は党規が緩く,有力者の足並みがそろわない。いまのところ,これ以上激化せず退潮しそうな雲行きである。

マデシやジャナジャーティの憲法改正要求に対し,与党のNCやマオイストは肯定的だが,野党UMLは強硬に反対している。彼らの要求を呑むと,「丘陵」とタライが分断され,「国家統一」を危うくするというのだ。インド政府は,内政不干渉といいつつも,「包摂民主主義」のための憲法改正には好意的とみられている。

なお,後期地方選では,前期では禁止されていた外国公館職員による選挙監視がカトマンズ盆地以外でも認められることになった。

■WIKIより(2017-03-10)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/06/20 at 14:31

カテゴリー: 選挙, 民族

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紹介:名和克郎「体制転換期ネパールにおける『包摂』の諸相」

これは,名和(編)『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相』(三元社,2017年)の序章(p1-43)。ネパールにおける「包摂」の問題が簡潔に整理されている。以下,興味深く読んだ部分を中心に,紹介する。
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「包摂(サマーベーシーカラン)」は,英語inclusionの訳語として21世紀に入ってから普及した新語だが,2006年以降,「『包摂』概念と全く無縁でいることは,ほぼ不可能」となった(p4-5)。

「包摂」は,パンチャーヤット時代の「統合」とは決定的に異なり,「多様な人々を,その多様性を消し去ることなく,その一員とすることを含意」し,紛争後のネパールでは「表立って反対することの困難な,プラスの価値を帯びることとなった」(p14)。

一方,「包摂」は,「包摂される単位の明確な設定を要請する」。それは,包摂を要求する周縁的な諸集団から,それらに対抗しようとする伝統的上位身分の人々にまで及んでいる(p14-15)。

しかし,「注意すべきは,王制廃止後,国の統一的シンボルの欠如が指摘される状況にあっても,ネパールにおける『包摂』を要求する議論において,ネパールという枠組み自体が疑われることは極めて少ないということである。『包摂』は『包摂』される対象の存在を前提とするのであり,『過度の包摂への取り組みがネパールの統一性を損ない,国家を分裂させる』と主張するのは,ほぼ常に,自らを主流社会の側に位置づける人間である」((p18)。
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以上が,「序章」の中で特に興味深く思われた部分の私なりの要約である。この部分を読んだだけでも,「包摂」をめぐる問題状況が,よくわかる。

ただ,私としては,ここでは直接触れられていないが,「包摂」を実現する制度の問題が気になる。包摂する際,社会諸集団の「自治」を制度的にどこまで認めるか? 連邦制との関連でしばしば要求されているように,もし「自決権」や「分離権」まで認めるなら,そうした形での包摂への取り組みが「国家を分裂させる」恐れは十分にあるとみてよいのではないだろうか?

■NEFIN・HPより

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/04/16 at 21:25

カテゴリー: ネパール, 民族

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紹介:名和克郎(編)『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相』

編者によれば,本書は,立憲王国から連邦民主共和国への体制転換期(2006~2016年)のネパールの社会動態を,「包摂(サマーベーシカラン,inclusion)」を鍵概念として多角的に分析したもの。全体の構成は,以下のようになっている。

●名和克郎(編)『体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相 言説政治・社会実践・生活世界』三元社, 2017年3月17日刊,592頁,6,300円

▼帯の内容紹介
「多民族・多言語・多宗教・多文化性を前提とした連邦民主共和制に向けた転換期のネパールを生きる人びとの歩み、その主張と実践がおりなす布置を「包摂」を梃子に明らかにすると同時に、「包摂」をめぐる現象を民族誌的状況(生活世界)の中に位置付け、「統合」から「包摂」へと転換した「民主化」のいまを描きだす。」

▼目次
序章 体制転換期ネパールにおける「包摂」の諸相――言説政治・社会実践・生活世界/名和克郎 
第1章 近現代ネパールにおける国家による人々の範疇化とその論理の変遷/名和克郎 
第2章 ネパールの「カースト/民族」人口と「母語」人口――国勢調査と時代/石井溥 
第3章 国家的変動への下からの接続――カドギのカースト表象の展開から/中川加奈子 
第4章 ガンダルバをめぐる排除/包摂――楽師カースト・ガイネから出稼ぎ者ラフレへ/森本泉
第5章 ネパール先住民チェパン社会における「実利的民主化」と新たな分断――包摂型開発、キリスト教入信、商店経営参入の経験/橘健一
第6章 何に包摂されるのか?――ポスト紛争期のネパールにおけるマデシとタルーの民族自治要求運動をめぐって/藤倉達郎
第7章 そこに「女」はいたか――ネパール民主化の道程の一断面/佐藤斉華
第8章 テーマ・コミュニティにおける「排除」の経験と「包摂」への取り組み――人身売買サバイバーの当事者団体を事例に/田中雅子
第 9 章 ストリート・チルドレンの「包摂」とローカルな実践――ネパール、カトマンドゥの事例から/高田洋平
第10章 乱立する統括団体と非/合理的な参与――ネパールのプロテスタントの間で観察された団結に向けた取り組み/丹羽充
第11章 「包摂」の政治とチベット仏教の資源性――ヒマラヤ仏教徒の文化実践と社会運動をめぐって/別所裕介
第12章 移住労働が内包する社会的包摂/南真木人
第13章 多重市民権をめぐる交渉と市民権の再構成――在外ネパール人協会の「ネパール市民権の継続」運動/上杉妙子 
第14章 現代ブータンのデモクラシーにみる宗教と王権――一元的なアイデンティティへの排他的な帰属へ向けて/宮本万里

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/04/12 at 10:42

カテゴリー: ネパール, 民族

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