Archive for the ‘軍事’ Category
京都の米軍基地(119):現場に切り込まない朝日「現場へ!」(4)
5.宗教活動としての「良き隣人」
「良き隣人」としての駐留米軍が,もう一つ熱心に取り組んでいるのが,宗教活動。そもそも「良き隣人」とは,換言すれば「隣人愛」のことであり,これはもともとキリスト教の最も大切な教えの一つだ。
「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」(マタイ 22:39)
「良き隣人」や「隣人愛」が一般的な意味を持つことはいうまでもないが,キリスト教文化圏で使用された場合,それが多かれ少なかれキリスト教的含意を持つことは,まず否定できないであろう。
したがって,「良き隣人」たれと教えられ,また地元からもお願いされた米軍が,これ幸いと自ら積極的にクリスマス,イースターなどのキリスト教関係イベントをしばしば開催し,地元住民,とりわけ子供たちを招き,ご馳走し,ゲームをし,聖歌を歌い,楽しく交流するのは当然といえよう。こうして駐留米軍は,キリスト教を利用して米国文化を地域住民に刷り込み,親米感情・親米軍感情を育んでいくのだ。
むろん,キリスト教それ自体は最も尊敬すべき宗教の一つだし,米軍人・軍属の中には他宗教や無宗教の人もいることは,言うまでもない。米軍人・軍属の宗教は,無宗教も含め,私人としては,その自由を尊重されなければならない。問題は,彼ら軍隊による宗教の政治利用。これは極めて危険であり,断じて許されてはならない。
■クリスマス会ポスター/米軍サンタがプレゼント(14MDB:FB2019/12/15一部修正)
6.お願いではなく権利の主張を
このように見てくれば,治外法権的米軍基地を受け入れ,米軍人・軍属に様々な特権を認めたうえで,その彼らに地域住民の「良き隣人」であってほしいとお願いするのは,自尊心なき植民地根性,あまりにも卑屈と見られても致し方あるまい。
地域住民は,最高法規たる日本国憲法により人および国民としての諸権利が保障されている。それらの権利は,「お願い」ではなく,法的な「権利」として主張されるべきだ。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」(憲法12条)
■災害復旧支援も米語会話教室も軍服(朝日夕刊2020/4/30,一部修正)
谷川昌幸(C)
京都の米軍基地(118):現場に切り込まない朝日「現場へ!」(3)
4.戦略としての米語会話
このことは,米軍側が熱心で,地元の要望も強い米語会話(英会話)交流を見ると,よくわかる。米軍人・軍属が,米語(英語)を地元の子供や大人に教える。米軍はお手本とすべき先生,住民は無知な生徒!
そもそも言語は,米語に限らず,どの言語であれ,その言葉を使う人々や社会と不可分の関係にある。言葉は,それを使用する人々にとっては,自らの「精神」や「魂」の表現である。そして,使用される言語をそれ自体として見るならば,それは,その言葉が使用される社会それぞれに固有の文化にほかならない。各社会に固有の価値観やイデオロギーとは無縁の,完全に価値中立的・技術的な道具としての自然言語は存在しない。
米語もむろん,そうした固有文化を体現した自然言語の一つにすぎない。米語は全体として,アメリカのイデオロギーや価値観によって大きく方向づけられている。その米語を,しかも米軍人・軍属が,地元住民に教える。それが何を意味するか? 特に,子供たちにとっては?
駐留米軍が自国語たる米語を教えるということは,言葉の正誤・優劣の規準はつねに彼らの側にあり,それに従って住民側の誤りを指摘し,正しい米語を使うようにさせるということだ。しかも,住民側がいくら努力し上達しようが,お手本はいつまでも本家たる米軍側にある。住民側の精神の最も深く根源的なところでの自発的隷従化!
もう少し具体的に言い換えるなら,米軍人・軍属が住民側に教えるのは,単なる道具としての米語ではなく,実際には米国の,しかも米軍に多かれ少なかれ偏った考え方,暮らし方,ものの見方を体現している特殊文化としての米語である。その米国文化,米軍文化としての米語を,駐留米軍は米語会話学習を通して住民の心の中に刷り込んでいく。駐留米軍が米語会話交流に熱心なのは,もっともだ。
ちなみに,米軍基地との連絡は,米語優先。2018年には,急患ドクターヘリを呼ぶためレーダー停波を要請したが,日本側の米語が通じなかったため停波されず,結局,ヘリは飛来できなかったことがあった。
■高校での米語会話支援(14MDB:FB2020/3/6,一部修正)/公民館での米語会話交流(在日米軍USFJツイッター, 2017/9/26,一部修正)
谷川昌幸(C)
京都の米軍基地(117):現場に切り込まない朝日「現場へ!」(2)
1.基地米軍は「良き隣人」たりうるか?
この記事は,米軍基地受け入れを前提としたうえで,駐留米軍には「良き隣人」たることをお願いし,地元側にはよく話し合い,まとまり,駐留米軍を「良き隣人」として受け入れよ,という趣旨になっている。むろん,そこは朝日,そうストレートに,あからさまには書いていないが,私には全体の趣旨はそうとしか読み取れない。以下,この読みに基づき,議論を進める。
そもそもの問題は,駐留米軍は「良き隣人」たりうるか,という疑問。駐留米軍は,「良き隣人」になってほしいという地元住民のお願いを,本当に聞き入れてくれるであろうか? いや,それよりもむしろ,万が一,そのお願いが聞き入れられたとして,それは本当に住民にとって望ましいことなのであろうか?
2.存在が意識を規定する
京丹後に駐留しているのは,アメリカの軍隊。基地は事実上治外法権だし,基地外でも軍人・軍属には日本法の適用を免れる多くの特権が認められている。丸腰に近い地元住民に対し,米軍人・軍属はアメリカ国家をバックとし,強力な武器を保有する圧倒的な強者だ。
その強者たる駐留米軍に,「良き隣人」たることをお願いする? 当然,地元住民は卑屈たらざるをえず,それに反比例し米軍人・軍属は尊大となる。当たり前だ。存在が意識を規定する。
【参照】
*谷田邦一「武装米兵、国道側に銃口向け射撃動作 施設の訓練丸見え」朝日デジタル,2019/11/8
*「米軍基地訓練で銃携帯丸見え 『国道に銃口向けた』住民が不安視」京都新聞HP,2019/11/8
* 京都の米軍基地(115):子供に銃!
(14MDB:FB,一部修正)
3.存在誇示の軍服参加
地元京丹後が駐留米軍にお願いしているのは,具体的には,住民との交流会,米語会話(英会話)指導,祭り参加,スポーツ交流,音楽会,海岸清掃,災害被害復旧支援など多岐にわたる。
これら交流事業・支援事業の多くにおいて,米軍側は軍服・制服で参加している。単なる私人ではなく,軍人・軍属としての参加であることを誇示し,住民の心の中に彼らの圧倒的優位を刷り込もうとしている。彼らからすれば,地元住民など,守護者・米軍への恭順をしつけるべき素朴な「原住民(現地住民)」にすぎないのだ。
■軍服で節分交流(14MDB:FB2020/2/10,一部修正)/軍服で文化交流(14MDB:FB2019/10/13,一部修正)
谷川昌幸(C)
京都の米軍基地(116):現場に切り込まない朝日「現場へ!」(1)
朝日新聞が,シリーズ「現場へ!」で4回にわたり,京丹後の米軍基地を取り上げている。執筆は谷田邦一記者(防衛問題担当)。
▼米本土防衛の最前線・京都(朝日夕刊/朝日デジタル)
[1]基地受け入れ 「苦渋の決断」(4月27日)
[2]支えあいの地域 分断憂える(4月28日)
[3]交付金 過疎地に大きな恩恵(4月30日)
[4]厳しい軍務担う「良き隣人」(5月1日)
この記事から受けるメッセージは,証言等の全体構成・配列と記述の含みを読み取り整理すると,こうなる。
[大前提]米軍基地は国策であり,国益のため地元は受け入れざるをえない。
⇒基地を受け入れると,様々なトラブルで地域が分断される。
⇒基地は,交付金など,大きな恩恵を地域にもたらす。
⇒基地と地域は「良き隣人」たれ。地域はまとまり基地を受け入れよ。[結論]
この記事が,大筋でこのように要約されるとするなら,これが「地球貢献国家」を掲げる朝日社説と軌を一にしていることは明らかである。しかしながら,このような記事が,本当に「現場へ!」と深く切り込み,問題の真相を探り出し,広く読者に伝えることになっているのであろうか?
【注】良き隣人(good neighbor):隣人・隣国として友好(善隣友好)を図る人や国。米国ではF・ローズベルト大統領が1933年,「良き隣人政策」を宣言。沖縄では「県内在住の米軍人のこと」(琉球新報HP)。
【参考】谷田記者の京都での講演(会場:同志社大学)
テーマ「日本の弾道ミサイル防衛が抱える諸問題」,主催:京都安全保障フォーラム,2019年12月14日
■みんなの自衛隊イベント
谷川昌幸(C)
奄美の自然とその破壊(6)
5.自然破壊の土砂採取
湯湾岳からフォレストポリス(*),マテリヤの滝を経て東シナ海側の大棚に向け最後の峠を大きく回ったとき,愕然とした。
*フォレストポリス=観光レジャー施設。キャンプ場,グラウンドゴルフ,フィールドアスレチック,バッテリーカー,売店など
美しい多雨林の山々に連なる海側の山が,ひと山丸ごと,山頂付近から下まで丸裸,茶褐色の山肌をさらけ出しているではないか! あまりにも,むごい。しばし呆然,その信じ難い光景を,ながめていた。
しばらくしてわれに返り,少し考えてみた。――とにかく,途方もない量の土砂採取だ。このままでは,この山全体が消えてしまう。奄美では,これまで車で走って見た限りでは,これほど大量の土砂を使っているところは見当たらなかった。いったい,これほど大量の土砂を何のために使うのか?(山からの同様の大量土砂採取は,帰途,名瀬の近くでも目にした。)
そうか,沖縄か! 沖縄は埋立名所,あちこちで土砂が海に大量投入され,空港やら産業用地が造成されている。この山の土砂も,沖縄に運ばれ,埋め立てに使用されてきたに違いない。たとえば,那覇空港(軍民共用)の拡張のために。あるいは,辺野古の米軍基地拡張が本格化すれば,そのジュゴンの海にも,この山の土砂が運ばれ,埋め立てに使われることになるに違いない。いや,すでに辺野古でも使用され始めているかもしれない(未確認)。
土砂採取されている目の前の山は,貴重な動植物が保護されている保護区・保護地域とは地続き。すぐ近く。図上で截然と線を引き,ここからは大規模開発OKというようなことが,許されてよいのだろうか? アマミノクロウサギなど特別に保護されるべき動物たちが行き来し,貴重な植物たちも双方に根付き群生し繁茂しているはずだ。それら,本来一体であるはずの自然の生態系を,人間の都合でバッサリ切り分け,一方を情け容赦なく「開発」してしまう!
自然など,いくら貴重だとされようが,それは建前,人間の欲にはかなわない。軍事や金儲けが,文句なく優先されてしまうのだ。
【参照】辺野古埋め立て用土砂について防衛省に質問ーその回答(福島みずほOFFICIAL SITE,2015.06.16)
■防衛省「福島議員資料要求ご回答」より
谷川昌幸(C)
AI化社会の近未来(7)
3.追補:AI関係記事
AI化の問題点については,国連「自立型致死兵器システム」政府専門家会合が8月22日,自立型致死兵器禁止の方針を含む報告書を採択したこともあって,日本でも新聞各紙が社説等でかなり詳しく報道している。以下,目にした記事をいくつか列挙しておく。
▼福島申二「赤裸々な「私」のディストピア(日曜に想う)」朝日新聞,2019/8/25
「「いいね!」をクリックし,さまざまなアプリを使い,検索し,閲覧し,買い物もする。こうやって私たちは日々せっせと個人情報を献上している。欲望,悩み,好悪,位置情報・・・・あらゆるデータが集められ,分析され,無意識の部分まで赤裸々な,私も知らない「私」が電脳空間に立ち現れる。・・・・近未来のディストピアを,ふと想像してしまう。そこは,独裁的な支配者はいないのに,それと分からぬようにすべてが支配されている世界である。」
▼「ロボット兵器 法規制に向けて議論を(社説)」朝日新聞,2019/8/25
「人の生命を奪う判断を機械にゆだねることを認めるか否か。・・・・対象は、人工知能(AI)を備え自律的に作動して敵を殺傷する兵器だ。自律型致死兵器システム(LAWS)といい、殺人ロボットとも呼ばれる。・・・・ロボット兵器こそ国際人道法の実践につながるという言い分もある。敵の識別や攻撃行動が正確になり、間違った殺傷が減る。・・・・しかしAIの学習機能が深化するほど、何を基準に識別・判断したのか、人間にはわからないブラックボックス化が進む。学習データの偏りが、AIの判断を誤らせる危険も指摘されている。・・・・安易なロボット兵器推奨論に乗るわけにはいかない。・・・・まずは、・・・・完全自律型兵器については一切の使用禁止を実現させたい。そのうえで、・・・・AIに任せると危険な要素を洗い出し、そこに拘束力のある規制をかけるのをめざすべきだ。」
▼「AI兵器の国際指針 法規制につなげるべきだ(社説)」毎日新聞,2019/8/24
▼「AI兵器の規制 攻撃判断を委ねるべきでない(社説)」読売新聞,2019/8/23
▼「自律型の殺人兵器に規制を(社説)」日本経済新聞,2019/8/17
▼ユヴァル・ノア・ハラリ「AIが支配する世界――国民は常に監視下,膨大な情報を持つ独裁政府が現れる」朝日新聞2019-09-21[追加2019-09-22]
谷川昌幸(C)
AI化社会の近未来(6)
(7)診療のAI化
医療も,AI向きの分野だ。たとえば,内科。症状を聞き,体温,血圧,心拍数等を測り,血液や尿を検査し,必要な場合にはレントゲンや心電図等をとり,結果を基準値等と比較し診断を下す。そして,類似症例と照らし合わせ,投薬など最も有効と思われる治療をする。
この診療過程は,AIに最適と見てよい。AIの方が情報が多くて新しく,判断も速くて的確だ。すでに人間医師よりAI医師の方が診断能力が高いという実験結果がいくつも報告されている。
医療でも先駆的な中国では,すでにAI医師が診察するAI医院が開業準備中のようだ。もし開業すれば,患者はAI医師の診察を受け,処方箋をもらい,自動販売薬局で薬を買い,服用することになる。
外科は手術があるが,それでも手術ロボットがさらに進化すれば,AI任せでよくなるだろう。「神の手」など不要。
こうして医療がAI化されれば,医療は格段に速くて安くなる。AI医院・病院を開業すれば,大繁盛はまちがいない。
*山崎潤一郎「米英で疾病の「診断」を下すAIドクターが登場。日本ではどうなるのか」@IT, 2019年06月20日
■Parmy Olson, Forbes, Jun 28, 2018
(8)戦争のAI化
最後に,人間の業たる戦争のAI化。AIは戦争に備え,もちろん,すでに競って採り入れられつつある。もう少しすれば,戦争はAIに任せになり,もはや人が人を殺しあう実戦は不要となるだろう。
人間の兵士はAIロボット兵に置き換えられ,戦車,軍機,軍艦等もすべて無人AI操縦となる。戦争では,これらAIロボット兵やAI操縦武器が相互に破壊しあい,勝敗が決まる。敵の武器を破壊してしまえば,あえて敵国の住民や居住地を攻撃する必要はない。
しかし,この段階はすぐ終わり,結局は,AIが戦争シミュレーションをやり,実際に破壊しあうまでもなく,瞬時に勝敗は決してしまう。
戦争のAI化が進行すれば,人と人の殺し合いとしての戦争はなくなる。AI化による実戦の放棄!
しかし,AIによる実戦廃止が,人間にとっては,必ずしも望ましいとは言えない。AIが自動学習を進め,ブラックボックスがブラックホールのようになり,人間をAI世界に引き込み支配し始めても,人間にはそれに抵抗する手段がなくなる。
もし人間がAIの命令に背けば,AIが人間を攻撃する。人間操縦の武器などもはや時代遅れ,AI軍の敵ではない。あっという間に,人間軍は制圧され,AI支配に服することになるだろう。AIによる永遠の平和!
* Ben Tarnoff, “Weaponised AI is coming. Are algorithmic forever wars our future?,” The Gurdian, 11 Oct 2018
* Jayshree Pandya, “The Weaponization Of Artificial Intelligence,” Forbes, 2019/01/14
■The Threat of AI Weapons, 2018
谷川昌幸(C)
京都の米軍基地(115):子供に銃!
経ヶ岬の米軍通信所フェイスブック(FB)が,戦闘服を着て銃を持つ子供の無修正写真を掲載している(6月2日付&12日付)。
このFB写真だけでは子供とは断定できないが,体形・容姿からは,どう見ても子供である。また,子供だとしても,米軍関係者の子供の可能性もあるが,状況からみて,日本の子供の可能性が高い。
そうした子供たちの写真が他にも何枚かある。戦闘服姿で写真を撮ってもらう少女,拳銃付きガンベルトを着けてもらう少年,迷彩服の少年など。
▼戦闘服姿で写真を撮ってもらう少女/ガンベルトを着けてもらう少年/迷彩服の少年(修正=引用者)
これらの写真が撮られたのは,自衛隊が5月26日,経ヶ岬分屯基地62周年を記念し京丹後市後援をえて網野町八丁浜で開催した「エアーフェスタ経ヶ岬2019」において。このフェスタでは,自衛隊の装備展示,広報イベントに加え,F4戦闘機やUHヘリのデモ飛行も行われた。
ここに米軍も参加,キャンプ座間の陸軍軍楽隊が音楽演奏,第14ミサイル防衛中隊は軍装備展示,経ヶ岬通信所はアメリカンフードを提供した。主催は自衛隊(空自分屯基地)だが,米軍側も全面的に協力したとみてよいであろう。
このフェスタを見に来たのは,FBによれば,約4千人。地元・網野町の人口は1万数千人。会場の八丁浜からは遠い地域も多く,しかも高齢化が進んでいるので,4千人も来たのは驚異的だ。
その会場で,これらの写真は撮られた。子供に戦闘服を着せ銃を持たせたのが自衛隊か米軍かは,FBからだけではわからない。が,子供たちの写真をFBに掲載し,世界中に拡散しているのは,紛れもなく米軍である。
米軍のこのような行為は,平和(積極的平和)の理念に反し,また子供自身の人権の侵害になるのではないだろうか。
谷川昌幸(C)
京都の米軍基地(114):包囲された穴文殊
経ケ岬の自衛隊基地と米軍基地が相競うように大拡張,穴文殊をほぼ完全に包囲してしまった。
穴文殊は,正式には清凉山九品寺。数百年前に創建され,文殊菩薩をご本尊としている。智慧の仏様・文殊菩薩に,清らかな浄土へと導かれていくことを願う大切な祈りの場。
この九品寺は,日本海沿いの断崖の上に建立された。背後は,西方浄土に向かって開かれた日本海。陸地側の周囲は,長らく田畑や草地だけだったと思われる。清らかな浄土を願うにふさわしい,静かで美しい平和なお寺。
その九品寺の側に,太平洋戦争開戦後,帝国海軍が軍事施設をつくり,戦後は進駐軍や航空自衛隊がそこを継承利用したが,それでも施設はまだ小規模であり,お寺は清凉で平和な環境をなんとか維持できていた。
ところが,九品寺のこの清凉と平和は,米軍Xバンドレーダー基地建設と,それに便乗した空自基地大拡張により,根こそぎ奪い去られてしまった。いまや九品寺は,細長い参道を除き,周囲を巨大な軍事基地に囲まれてしまっている。向かって左側が日本軍基地,右側が米軍基地。警備要員がすぐそばを武器を構え四六時中巡回し,軍用機器の大きな運転音が不気味に鳴り響く。
智慧と清凉と平和の祈りの場を,軍隊が包囲する――末世の現前といわざるをえないであろう。
■空自基地[左]・穴文殊[中央]・米軍基地[右](Google 2019)
谷川昌幸(C)
選挙と移行期正義(1):ウジャン・シュレスタ殺害事件
国会・州会ダブル選挙まで,あと1週間。この選挙は,人民戦争後平和構築の制度的総仕上げとなる重要な選挙だが,もう一つ,見落としてならないのが,戦後処理としての移行期正義との関係。
1.ネパールにおける移行期正義の難しさ
人民戦争(マオイスト紛争)においては,政府・議会政党側もマオイスト側も,強制失踪,拷問,虐殺,財産強奪など様々な人権侵害に関与した。戦後平和構築においては,これらの重大な人権侵害につき,事実を解明し,それに基づき加害者の謝罪と必要な場合には処罰,および被害者の救済が行われなければならない。公正な移行期正義の実現である。
この移行期正義の実現には,誰しも建前としては反対しない。しかし,現実には,そうはいかない。ネパール人民戦争は,交戦当事者のいずれか一方の勝利ではなく,両者の停戦・和平という形で終結した。そのため戦後体制には人民戦争を戦った政府側諸勢力とマオイストの双方が参加し,軍や警察による人権侵害を裁こうとすればNC,UML,RPPなどが,逆に人民解放軍による人権侵害を裁こうとすればマオイストが,反対する。
ネパールにおいて,移行期正義は,政党とりわけその有力幹部たちにとっては,人権問題である以上に,自分たちの命運を左右しかねない重要問題なのである。
2.ウジャン・シュレスタ殺害事件
この移行期正義は,今回の選挙においても当然取り上げられ,政治問題化している。最も注目されているのが,マオイスト幹部によるウジャン殺害事件。その概要は,報道によれば以下の通り(*3,*4)。
ウジャン・クマール・シュレスタ(Ujjan Kumar Shrestha)はオカルドゥンガの住民。そのウジャンの身内が異カースト間結婚をしたことに怒り,あるいは別説ではウジャンがスパイ行為をしたと疑い,地元出身のマオイスト幹部バルクリシュナ・ドゥンゲル(Balkrishna Dhungel)が1998年6月24日,プシュカル・ガウタムら仲間7人を引き連れウジャンを待ち伏せて襲撃,銃で撃ち殺し,遺体をリクー川に投棄した。
事件後,弟のガネシュ・クマールが兄殺害を訴え出ようとしたところ,やはりマオイスト集団に彼も虐殺された。さらにガネシュの娘ラチャナも,父の居所をうっかりマオイストに告げてしまったため父が殺されたと思い込み,自殺してしまった。
■ウジャン(左)とドゥンゲル(右)(FB: No Amnesty for BalKrishna Dhungel 2011-11-11)
3.ドゥンゲル裁判と議員特権
ウジャン殺害6年後の2004年5月10日,オカルドゥンガ郡裁判所が,ドゥンゲルに対し,ウジャン殺害の事実を認め,財産没収の上,終身刑に処するとする判決を下した。他の仲間7人も有罪判決を受け,ドゥンゲルとともに収監された。
ところが,ドゥンゲルは判決を不当とし,ラジビラジ上訴裁判所に上訴,2006年に無罪判決を受け,釈放された。そして,2008年4月には制憲議会選挙にオカルドゥンガ選挙区からマオイスト候補として立候補して当選,議員となった。
これに対し,ウジャン家族は最高裁に上訴,2010年1月3日最高裁においてラジビラジ上訴裁判所無罪判決を取り消し,オカルドゥンガ郡裁判所判決を支持する判決を得た。ドゥンゲルを財産没収のうえ終身刑とする判決が確定したのである。
ところが,最高裁判決が出たにもかかわらず,ドゥンゲルは「議員特権」により収監されなかった。そして,翌2011年11月8月には,バブラム・バタライ首相(マオイスト)が,ドゥンゲルに大統領恩赦を与えるよう大統領に勧告した。これに対し,最高裁は2011年11月23日に恩赦手続き停止命令,2016年1月7日には恩赦禁止命令を出し,さらに2016年4月16日には警察総監に対しドゥンゲル逮捕命令を出した。しかし,これらの最高裁命令にもかかわらず,ドゥンゲルは依然として収監されることはなく,自由を謳歌していた。
この最高裁命令無視に対し,2017年10月24日,ディネシュ・トリパティ弁護士が警察総監を法廷侮辱容疑で告発した。ここに至って,警察は2017年10月31日,ようやくドゥンゲルを逮捕し,ディリバザール刑務所に送った。この手続きが確定すれば,ドゥンゲルはオカルドゥンガ郡裁判所判決後の収監期間を差し引く,残りの12年5か月余の期間,収監されることになる。
4.マオイストのドゥンゲル擁護
以上が,ウジャン殺害とその後の経過の概要だが,ドゥンゲル再逮捕,収監へと大きく動き始めたのは,国会・州会ダブル選挙日程がほぼ決まり,選挙戦が本格化し始めたころからであった。したがって,マオイスト幹部であり国会議員選挙出馬予定のドゥンゲル逮捕への動きが,選挙と関係しているとみるのが自然であろう。
ドゥンゲル再逮捕への動きが出ると,マオイストは党を挙げて彼を守ろうとした。たとえば,2017年3月12-13日,マオイストはラメチャップ郡で集会を開き,ドゥンゲル逮捕を命令した最高裁判決を激しく非難した。ドゥンゲルはこう演説した。「最高裁判決は破棄させる。・・・・この判決を下した裁判官を逮捕してやる。」(*12)
2017年10月30日,ドゥンゲルが逮捕されると,マオイスト幹部のディペンドラ・ポウデルは,こう非難した。「この逮捕投獄は,進行中の平和構築への重大な攻撃だ。この種の事件は移行期正義の手法で解決することに諸党が合意していたのに,いまになって逮捕が強行された。これは平和構築の完成を危うくすることになる。・・・・これは,包括和平協定と憲法の規定および精神に反している。」(*21)
また,マオイスト報道担当幹部のパンパ・プーサルも,「和平合意の精神に照らせば,戦時の事件は真実和解委員会(TRC)において解決されるべきである」と述べ,ドゥンゲル逮捕は選挙を失敗させる恐れがあると警告した(*20)。
さらに戦闘的マオイスト組織として知られている「青年共産主義者同盟(YCL)」も,ウジャン事件は「真実和解委員会」を通して解決されるべきだとして,彼の即時釈放を要求した。そして,もし釈放されないなら,人民戦争期のNCやRPPの関与が疑われる事件をすべて暴き,責任者を告発する,と警告した(*19)。
このように,ドゥンゲル逮捕にマオイストが激しく抵抗するのは,人民戦争期の重大な人権侵害事件に党首プラチャンダをはじめ党幹部の多くが多かれ少なかれ関与しているとみられており,ドゥンゲル逮捕を認めると,責任追及が彼ら幹部たちにも及びかねないからである。
5.ドゥンゲル擁護の根拠
しかしながら,マオイストによるドゥンゲル擁護にも根拠がないわけではない。第一に,人民戦争関係諸事件は真実和解委員会ないし移行期正義の手法により解決することが,停戦・和解の際,取り決められていたこと。
そして,第二に,マオイストが警告しているように,重大な戦時人権侵害には政府側の軍や警察あるいはNC,UML,RPPなど当時の議会主要諸政党が関与していたことが少なくないこと。マオイスト側の戦時人権侵害を刑事事件として裁くなら,政府側も裁けということになり,下手をすると紛争再発となりかねない,というわけである。
5.移行期正義の難しさ
これは難しい問題だ。ウジャン家族をはじめ被害者家族は,戦時人権侵害に対する損害賠償と責任者の厳罰を要求している。
内外の人権諸団体も,重大な戦時人権侵害を政治取引により免罪にすることには,強く反対している。たとえば,フレデリック・ラウスキー国際法律家協会(ICJ)アジア太平洋地域委員長はこう批判している。「人権侵害容疑者たちを守ることが,政治的支持を得たり政治的協力関係を作るための交渉の切り札として使われた。・・・・政党間取引のため人権尊重義務が損なわれるようなことをしてはならない。」(*26)
純然たる平時においては,確かにその通りだ。しかし,泥沼の人民戦争を終結させるため政治的に採用されたのが移行期正義ないし真実和解委員会による和解。戦時を平時にどう移行させるか,これは難しい。
6.選挙で問われる移行期正義の在り方
ウジャン殺害事件は,選挙戦本格化とともに大きく動き,マオイスト幹部のドゥンゲルが2017年10月31日,犯人として逮捕・投獄された。
そして,選挙管理委員会は2017年11月6日,ドゥンゲル立候補への異議申し立てを受理し,マオイスト比例制候補者リストから彼の名を削除した。マオイストの政治的敗北である。
今回の選挙でNCやRPPが大勝すればマオイスト側の戦時人権侵害が,逆にマオイストを中心とする共産党連合が大勝すれば旧政府側の戦時人権侵害が,表に出され,責任追及が激しくなる可能性がある。
戦争から平和へ――その移行の総仕上げとなる国会・州会ダブル選挙において,移行期正義はどうあるべきかも問われている。
[1998]
*1 DEWAN RAI, “Apex court denies clemency to murder convict Dhungel: Issues mandamus order to send Maoist leader to prison for life,” Kathmandu Post, June 24, 1998
[2010]
*2 INTERNATIONAL COMMISSION OF JURISTS, “ICJ urges the Government of Nepal to cease obstruction of justice,” ICJ, 5 October 2010
[2011]
*3 Advocacy Forum, “UJJAN KUMAR SHRESTHA,”
http://advocacyforum.org/fir/2011/10/ujjan-kumar-shrestha.php
*4 KANAK MANI DIXIT, “The lords of impunity,” Nepali Times, #578 (11 NOV 2011 – 17 NOV 2011)
[2014]
*5 “Jail-sentenced former Maoist cadre arrested & jailed,” Kathmandu Post, May 13, 2014
*6 Pranab Kharel, “SC to begin fresh hearing on appeal against Dhungel,” Kathmandu Post, Sep 5, 2014
[2016]
*7 NABIN KHATIWADA, “No presidential clemency for Bal Krishna Dhungel: SC,” Republica, 07 Jan 2016
*8 Nabin Khatiwada, “SC body again tells police to arrest murder convict Dhungel,” Rpublica, December 27, 2016
[2017]
*9 Deepak Kharel, “‘Murder-convict Dhungel hasn’t been arrested because police don’t want it’,” Republica, January 6, 2017
*10 “Prachanda Talks About Balkrishna Dhungel,”
http://khabarvideo123.blogspot.jp/2017/02/prachanda-talks-about-balkrishna-dhungel.h
tml
*11 Anil Bhandari, “Murder-convict Dhungel felicitated in Okhaldhunga,” Republica, March 14, 2017
*12 “Issue arrest warrant against Bal Krishna Dhungel: SC orders IGP Aryal,” Kathmandu Post, Apr 13, 2017
*13 “Supreme Court tells police to nab Bal Krishna Dhungel in a week,” Himalayan Times, April 13, 2017
*14 “Rule of lawlessness: The row over Balkrishna Dhungel inaugurates a new turbulence,” Indian Express, April 17, 2017
*15 “Contempt of court writ filed against IGP Aryal,” Kathmandu Post, Oct 24, 2017
*16 “IGP charged for neglecting Supreme Court’s verdict to arrest Dhungel,” Republica, October 24, 2017
*17 Shirish B Pradhan, “Maoist party leader arrested for murder during Nepal civil war,” Outlook India. 31 OCTOBER 2017
*18 “CPN (MC) demands prompt release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*19 “YCL demands immediate release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*20 “CPN-MC calls for Dhungel’s release,” Himalayan Times, October 31, 2017
*21 “Finally, murder-convict Dhungel arrested, sent to jail,” Republica, November 1, 2017
*22 “Demonstration in Okhaldhunga demanding Dhungel’s release,” Kathmandu Post , Nov 1, 2017
*23 “Murder convict Dhungel sent to prison,” Peoples Review, 2017/11/01/
*24 “Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability” Kathmandu Post, Nov 2, 2017
*25 Vinita Rawat, “Nepal: Arrest of Maoist leader Dhungel raises hope of justice for war-era victims,” The aPolitical | 02/11/2017
*26 “Search for truth and justice continues in Nepal: ICJ; Says arrest of Maoist leader Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability,” Kathmandu Post, 02-11-2017
*27 “Half a milestone: Maoist leader Dhungel’s arrest for war-era murder should now be followed by broader prosecution,” Kathmandu Post, Editorial, Nov 2, 2017
*28 Ritu Raj Subedi, “Arrest Order Against Dhungel A Blow To Prachanda,” Rising Nepal, 4 November 2017
谷川昌幸(C)
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