ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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選挙と移行期正義(1):ウジャン・シュレスタ殺害事件

国会・州会ダブル選挙まで,あと1週間。この選挙は,人民戦争後平和構築の制度的総仕上げとなる重要な選挙だが,もう一つ,見落としてならないのが,戦後処理としての移行期正義との関係。

1.ネパールにおける移行期正義の難しさ
人民戦争(マオイスト紛争)においては,政府・議会政党側もマオイスト側も,強制失踪,拷問,虐殺,財産強奪など様々な人権侵害に関与した。戦後平和構築においては,これらの重大な人権侵害につき,事実を解明し,それに基づき加害者の謝罪と必要な場合には処罰,および被害者の救済が行われなければならない。公正な移行期正義の実現である。

この移行期正義の実現には,誰しも建前としては反対しない。しかし,現実には,そうはいかない。ネパール人民戦争は,交戦当事者のいずれか一方の勝利ではなく,両者の停戦・和平という形で終結した。そのため戦後体制には人民戦争を戦った政府側諸勢力とマオイストの双方が参加し,軍や警察による人権侵害を裁こうとすればNC,UML,RPPなどが,逆に人民解放軍による人権侵害を裁こうとすればマオイストが,反対する。

ネパールにおいて,移行期正義は,政党とりわけその有力幹部たちにとっては,人権問題である以上に,自分たちの命運を左右しかねない重要問題なのである。

2.ウジャン・シュレスタ殺害事件
この移行期正義は,今回の選挙においても当然取り上げられ,政治問題化している。最も注目されているのが,マオイスト幹部によるウジャン殺害事件。その概要は,報道によれば以下の通り(*3,*4)。

ウジャン・クマール・シュレスタ(Ujjan Kumar Shrestha)はオカルドゥンガの住民。そのウジャンの身内が異カースト間結婚をしたことに怒り,あるいは別説ではウジャンがスパイ行為をしたと疑い,地元出身のマオイスト幹部バルクリシュナ・ドゥンゲル(Balkrishna Dhungel)が1998年6月24日,プシュカル・ガウタムら仲間7人を引き連れウジャンを待ち伏せて襲撃,銃で撃ち殺し,遺体をリクー川に投棄した。

事件後,弟のガネシュ・クマールが兄殺害を訴え出ようとしたところ,やはりマオイスト集団に彼も虐殺された。さらにガネシュの娘ラチャナも,父の居所をうっかりマオイストに告げてしまったため父が殺されたと思い込み,自殺してしまった。


 ■ウジャン(左)とドゥンゲル(右)(FB: No Amnesty for BalKrishna Dhungel 2011-11-11)

3.ドゥンゲル裁判と議員特権
ウジャン殺害6年後の2004年5月10日,オカルドゥンガ郡裁判所が,ドゥンゲルに対し,ウジャン殺害の事実を認め,財産没収の上,終身刑に処するとする判決を下した。他の仲間7人も有罪判決を受け,ドゥンゲルとともに収監された。

ところが,ドゥンゲルは判決を不当とし,ラジビラジ上訴裁判所に上訴,2006年に無罪判決を受け,釈放された。そして,2008年4月には制憲議会選挙にオカルドゥンガ選挙区からマオイスト候補として立候補して当選,議員となった。

これに対し,ウジャン家族は最高裁に上訴,2010年1月3日最高裁においてラジビラジ上訴裁判所無罪判決を取り消し,オカルドゥンガ郡裁判所判決を支持する判決を得た。ドゥンゲルを財産没収のうえ終身刑とする判決が確定したのである。

ところが,最高裁判決が出たにもかかわらず,ドゥンゲルは「議員特権」により収監されなかった。そして,翌2011年11月8月には,バブラム・バタライ首相(マオイスト)が,ドゥンゲルに大統領恩赦を与えるよう大統領に勧告した。これに対し,最高裁は2011年11月23日に恩赦手続き停止命令,2016年1月7日には恩赦禁止命令を出し,さらに2016年4月16日には警察総監に対しドゥンゲル逮捕命令を出した。しかし,これらの最高裁命令にもかかわらず,ドゥンゲルは依然として収監されることはなく,自由を謳歌していた。

この最高裁命令無視に対し,2017年10月24日,ディネシュ・トリパティ弁護士が警察総監を法廷侮辱容疑で告発した。ここに至って,警察は2017年10月31日,ようやくドゥンゲルを逮捕し,ディリバザール刑務所に送った。この手続きが確定すれば,ドゥンゲルはオカルドゥンガ郡裁判所判決後の収監期間を差し引く,残りの12年5か月余の期間,収監されることになる。

4.マオイストのドゥンゲル擁護
以上が,ウジャン殺害とその後の経過の概要だが,ドゥンゲル再逮捕,収監へと大きく動き始めたのは,国会・州会ダブル選挙日程がほぼ決まり,選挙戦が本格化し始めたころからであった。したがって,マオイスト幹部であり国会議員選挙出馬予定のドゥンゲル逮捕への動きが,選挙と関係しているとみるのが自然であろう。

ドゥンゲル再逮捕への動きが出ると,マオイストは党を挙げて彼を守ろうとした。たとえば,2017年3月12-13日,マオイストはラメチャップ郡で集会を開き,ドゥンゲル逮捕を命令した最高裁判決を激しく非難した。ドゥンゲルはこう演説した。「最高裁判決は破棄させる。・・・・この判決を下した裁判官を逮捕してやる。」(*12)

2017年10月30日,ドゥンゲルが逮捕されると,マオイスト幹部のディペンドラ・ポウデルは,こう非難した。「この逮捕投獄は,進行中の平和構築への重大な攻撃だ。この種の事件は移行期正義の手法で解決することに諸党が合意していたのに,いまになって逮捕が強行された。これは平和構築の完成を危うくすることになる。・・・・これは,包括和平協定と憲法の規定および精神に反している。」(*21)

また,マオイスト報道担当幹部のパンパ・プーサルも,「和平合意の精神に照らせば,戦時の事件は真実和解委員会(TRC)において解決されるべきである」と述べ,ドゥンゲル逮捕は選挙を失敗させる恐れがあると警告した(*20)。

さらに戦闘的マオイスト組織として知られている「青年共産主義者同盟(YCL)」も,ウジャン事件は「真実和解委員会」を通して解決されるべきだとして,彼の即時釈放を要求した。そして,もし釈放されないなら,人民戦争期のNCやRPPの関与が疑われる事件をすべて暴き,責任者を告発する,と警告した(*19)。

このように,ドゥンゲル逮捕にマオイストが激しく抵抗するのは,人民戦争期の重大な人権侵害事件に党首プラチャンダをはじめ党幹部の多くが多かれ少なかれ関与しているとみられており,ドゥンゲル逮捕を認めると,責任追及が彼ら幹部たちにも及びかねないからである。

5.ドゥンゲル擁護の根拠
しかしながら,マオイストによるドゥンゲル擁護にも根拠がないわけではない。第一に,人民戦争関係諸事件は真実和解委員会ないし移行期正義の手法により解決することが,停戦・和解の際,取り決められていたこと。

そして,第二に,マオイストが警告しているように,重大な戦時人権侵害には政府側の軍や警察あるいはNC,UML,RPPなど当時の議会主要諸政党が関与していたことが少なくないこと。マオイスト側の戦時人権侵害を刑事事件として裁くなら,政府側も裁けということになり,下手をすると紛争再発となりかねない,というわけである。

5.移行期正義の難しさ
これは難しい問題だ。ウジャン家族をはじめ被害者家族は,戦時人権侵害に対する損害賠償と責任者の厳罰を要求している。

内外の人権諸団体も,重大な戦時人権侵害を政治取引により免罪にすることには,強く反対している。たとえば,フレデリック・ラウスキー国際法律家協会(ICJ)アジア太平洋地域委員長はこう批判している。「人権侵害容疑者たちを守ることが,政治的支持を得たり政治的協力関係を作るための交渉の切り札として使われた。・・・・政党間取引のため人権尊重義務が損なわれるようなことをしてはならない。」(*26)

純然たる平時においては,確かにその通りだ。しかし,泥沼の人民戦争を終結させるため政治的に採用されたのが移行期正義ないし真実和解委員会による和解。戦時を平時にどう移行させるか,これは難しい。

6.選挙で問われる移行期正義の在り方
ウジャン殺害事件は,選挙戦本格化とともに大きく動き,マオイスト幹部のドゥンゲルが2017年10月31日,犯人として逮捕・投獄された。

そして,選挙管理委員会は2017年11月6日,ドゥンゲル立候補への異議申し立てを受理し,マオイスト比例制候補者リストから彼の名を削除した。マオイストの政治的敗北である。

今回の選挙でNCやRPPが大勝すればマオイスト側の戦時人権侵害が,逆にマオイストを中心とする共産党連合が大勝すれば旧政府側の戦時人権侵害が,表に出され,責任追及が激しくなる可能性がある。

戦争から平和へ――その移行の総仕上げとなる国会・州会ダブル選挙において,移行期正義はどうあるべきかも問われている。

■オカルドゥンガ(赤印)

[1998]
*1 DEWAN RAI, “Apex court denies clemency to murder convict Dhungel: Issues mandamus order to send Maoist leader to prison for life,” Kathmandu Post, June 24, 1998
[2010]
*2 INTERNATIONAL COMMISSION OF JURISTS, “ICJ urges the Government of Nepal to cease obstruction of justice,” ICJ, 5 October 2010
[2011]
*3 Advocacy Forum, “UJJAN KUMAR SHRESTHA,”
http://advocacyforum.org/fir/2011/10/ujjan-kumar-shrestha.php
*4 KANAK MANI DIXIT, “The lords of impunity,” Nepali Times, #578 (11 NOV 2011 – 17 NOV 2011)
[2014]
*5 “Jail-sentenced former Maoist cadre arrested & jailed,” Kathmandu Post, May 13, 2014
*6 Pranab Kharel, “SC to begin fresh hearing on appeal against Dhungel,” Kathmandu Post, Sep 5, 2014
[2016]
*7 NABIN KHATIWADA, “No presidential clemency for Bal Krishna Dhungel: SC,” Republica, 07 Jan 2016
*8 Nabin Khatiwada, “SC body again tells police to arrest murder convict Dhungel,” Rpublica, December 27, 2016
[2017]
*9 Deepak Kharel, “‘Murder-convict Dhungel hasn’t been arrested because police don’t want it’,” Republica, January 6, 2017
*10 “Prachanda Talks About Balkrishna Dhungel,”
http://khabarvideo123.blogspot.jp/2017/02/prachanda-talks-about-balkrishna-dhungel.h
tml
*11 Anil Bhandari, “Murder-convict Dhungel felicitated in Okhaldhunga,” Republica, March 14, 2017
*12 “Issue arrest warrant against Bal Krishna Dhungel: SC orders IGP Aryal,” Kathmandu Post, Apr 13, 2017
*13 “Supreme Court tells police to nab Bal Krishna Dhungel in a week,” Himalayan Times, April 13, 2017
*14 “Rule of lawlessness: The row over Balkrishna Dhungel inaugurates a new turbulence,” Indian Express, April 17, 2017
*15 “Contempt of court writ filed against IGP Aryal,” Kathmandu Post, Oct 24, 2017
*16 “IGP charged for neglecting Supreme Court’s verdict to arrest Dhungel,” Republica, October 24, 2017
*17 Shirish B Pradhan, “Maoist party leader arrested for murder during Nepal civil war,” Outlook India. 31 OCTOBER 2017
*18 “CPN (MC) demands prompt release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*19 “YCL demands immediate release of Dhungel,” Kathmandu Post, Oct 31, 2017
*20 “CPN-MC calls for Dhungel’s release,” Himalayan Times, October 31, 2017
*21 “Finally, murder-convict Dhungel arrested, sent to jail,” Republica, November 1, 2017
*22 “Demonstration in Okhaldhunga demanding Dhungel’s release,” Kathmandu Post , Nov 1, 2017
*23 “Murder convict Dhungel sent to prison,” Peoples Review, 2017/11/01/
*24 “Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability” Kathmandu Post, Nov 2, 2017
*25 Vinita Rawat, “Nepal: Arrest of Maoist leader Dhungel raises hope of justice for war-era victims,” The aPolitical | 02/11/2017
*26 “Search for truth and justice continues in Nepal: ICJ; Says arrest of Maoist leader Dhungel highlights weaknesses, as well as promises, for conflict victims seeking accountability,” Kathmandu Post, 02-11-2017
*27 “Half a milestone: Maoist leader Dhungel’s arrest for war-era murder should now be followed by broader prosecution,” Kathmandu Post, Editorial, Nov 2, 2017
*28 Ritu Raj Subedi, “Arrest Order Against Dhungel A Blow To Prachanda,” Rising Nepal, 4 November 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/11/19 at 21:02

投票用紙の分離印刷,最高裁命令

国会議員/州会議員選挙の前期投票日(11月26日)まであとわずかだというのに,投票用紙の書式をどうするかで,もめている。

選管は,投票用紙は小選挙区用1枚,比例制用1枚の2枚とすることにし,準備を進めてきた。投票用紙の上部が国会用,下部が州会用。ところが,これでは小政党に不利だし有権者も混乱するという批判が高まり,10月8日にはRJP-Nが,国会用と州会用とに分けそれぞれ2枚印刷することを求める訴えを最高裁に出した。

この訴えに対し,最高裁は10月18日,比例制用はすでに印刷に入っているとして投票用紙分離仮命令の請求は棄却したが,投票用紙分離の必要性は認め,選管に対し小選挙区用の準備進捗状況の報告を命令した。

この最高裁命令は,報道通りだとすると,あいまいで不明確。そのため選管は,分離印刷仮命令請求が棄却されたので,それ以外の部分も法的拘束力をもつものではないと考え,既定方針通り比例制用1枚,小選挙区用1枚を印刷することにした。

この選管の動きに対し,RJP-Nは,それは法廷侮辱にあたるとする訴えを出した。これを受け最高裁は10月25日,小選挙区投票用紙は国会用と州会用の2枚に分け印刷すべきだと判事した。

しかし,選管は10月27日,やり直していては間に合わないとして,既定方針通り印刷して選挙を実施することを決め,最高裁には後日それにつき弁明することにした。

以上がこの件の概要だが,いつものこととはいえ,この件にも報道からだけではよく分からないところがある。投票直前になって,なぜ投票用紙の書式で,これほどもめるのであろうか?

一つの要因は,選挙直前に決まった共産党系諸党の選挙協力への警戒がある。この選挙協力がうまくいけば,UML=マオイスト連合は大勝する可能性大だ。しかも,選挙後,共産党系諸党は大同団結し一つの「共産党」を立ち上げる構想もある。選挙優勢とみてか,最高裁命令を理由とする選挙延期には,UMLもマオイストも絶対反対を唱えている。

もう一つは,これと関連するが,インドの影。UML=マオイスト連合が大勝すれば,選挙後,強力な共産党政権が成立する。これまでの経緯からして,この共産党新政権は親中政策をとる可能性が高い。これは,インドとしては避けたいところだ。むろん,インド政府が表立って何か言っているわけではないが,インド・メディアの方は選挙延期をさかんに書き立てている。インドとしては親中派政権の誕生を阻止したいと考えているとみるのが,やはり自然であろう。

▼投票用紙分離決定(10月30日追加)
選管は10月27日,小選挙区用投票用紙を国会用と州会用に分け,それぞれ1枚ずつ印刷することを決めた。(上記報道と一部矛盾するが,諸機関への配慮と混乱の結果,分離印刷決定発表が遅れたらしい。)前期選挙は,予定通り11月26日に実施される。選管も,最高裁命令を無視することは,さすがに出来なかったらしい。切羽詰まっても,やればできる――いかにもネパールらしい。

■8月4日バラトプル市再選挙用投票用紙(選管HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/10/29 at 19:14

カテゴリー: 選挙, 政党

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ネパールの選挙:女性の制度的優遇と運用上の冷遇

ネパールでは国会(連邦代議院)と州会(州議会)のダブル選挙が,11月26日(北部山地・丘陵地)と12月7日(中南部丘陵地・タライ)に行われるが,この選挙は女性代表の観点からも注目されている。

ネパールでは,選挙制度的にはアファーマティブ(ポジティブ)アクションにより,女性はかなり優遇されている。国会,州会とも,選挙においては比例制政党候補の1/2以上が女性に割り当てられ,議会では各党議席の1/3以上が女性に割り当てられている。

また立候補の際の供託金は,国会議員選挙1万ルピー,州会議員選挙5千ルピーだが,女性候補およびダリットなど周縁的諸集団所属候補は50%引きとなっている。制度上の女性優遇は明らかだ。

ところが11月27日投票の小選挙区立候補者802人のうち,女性はわずか41人(国会18人,州会23人)にすぎない(10月23日現在)。そのうち,主要3党の女性候補は次の通り。
 ▼小選挙区女性立候補者数
  NC連合:国会2,州会1
  UML:国会0,州会1
  マオイスト:国会1,州会3

主要3党は,女性候補が少ない理由として,先の地方選(5/14,6/28,9/18)で女性候補を多数出してしまったからだとか,女性は小選挙区よりも比例制の方を希望するからだとか説明しているが,どうみても苦しい言い訳に過ぎない。

2015年憲法は,国会,州会とも女性議員1/3以上を定めている。主要3党は,比例制に女性候補を多数立て,あとで数合わせをするつもりなのだろうか?

 
 ■ネパールの女性国会議員比率(世銀HP)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/10/28 at 16:02

迷路のような選挙区割り

ネパール国会・州会ダブル選挙は,小選挙区の区割りがそれぞれ別であるにもかかわらず,1枚の小選挙区投票用紙を使うため,はなはだややこしくなっている。

小選挙区の区割り赤線=国会小選挙区,青線=州会小選挙区追加区画)
 
 ■カトマンズ/モラン(選管HP)

 
 ■ゴルカ/イラム(選管HP)

ゴルカやイラムのような地方はまだましだが,カトマンズやモラン(ビラナガルなど)のような人口密集地があるところだと,まるで迷路。ゲリマンダーが横行しているのではないか? 選挙実施は大丈夫か? 有権者は戸惑わないか? いささか気になる。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/10/22 at 18:26

カテゴリー: 選挙, 議会, 政治, 民主主義

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国会&州会ダブル選挙まで1か月余

ネパールでは,連邦議会代議院(下院)と州議会の選挙が,11月26日と12月7日の2回に分け,実施される。あとひと月少々だが,準備は万端とは言えないようだ。そもそも選挙制度が極めて複雑。欧米諸国が援助がらみで実験的な代表制度を押し付けたからだ。

代議院(下院)
 (1)構成
  定数275(小選挙区選出165,比例制[全国1区]選出110)
  *女性枠:各党議員の1/3以上。
  *国政政党の要件:比例区で3%以上の得票,かつ小選挙区選出議員1名以上。
 (2)比例制全国区の立候補者割当
  ダリット13.8%,先住民28.7%,カス/アーリア31.2%,マデシ15.3%,タルー3.6%,ムスリム4.4%。
  *障碍者も考慮すること。
  *女性候補者,50%以上。

州議会(1院制)
 定員:その州割当代議院議員数の2倍。小選挙区選出60%,比例制選出40%
 各党候補者割当:人口と地域を考慮し,次の集団に割り当てる。女性,ダリット,先住民,カス/アーリア,マデシ,タルー,ムスリム,後進地域,少数者集団,障碍者
 *各党議員の1/3以上は女性。

こんな複雑な制度による選挙を,連邦議会だけでなく州議会をも併せて同時に行うというのだ。各党の立候補者選考が混乱しているのは当然だし,そもそも投票用紙からして,もめている。(日本では,22日の衆議院選のため,混乱を恐れ,地方選を延期した自治体もある。)

選管は,投票用紙は比例制1枚,小選挙区制1枚の2枚とすることにし,すでに印刷準備に入っている(遅すぎはするが)。

投票用紙
 ・比例制1枚:上部=連邦議会用  下部=州議会用
 ・小選挙区1枚:上部=連邦議会用  下部=州議会用

ところが,この投票用紙だと,連邦議会選挙では共闘するが,州議会選挙ではそれぞれ独自候補者を立て闘う政党があれば有権者は混乱するし,小政党や地域政党にとっては不利となる。そのため,これらの政党はこの投票用紙による選挙に反対し,連邦議会選挙用2枚(比例区用/小選挙区用),州議会用2枚(比例区用/小選挙区用)の計4枚とすべきだと主張している。

これはたしかに合理的な案だし,費用も大してかかるわけではない。が,選管は,最高裁による見直し申し立て棄却を受け,投票用紙2枚による選挙を予定通り実施することにした。

いまのところ連邦議会比例区立候補届け出政党は55。かなり少なくなったが,それでもスゴイ数だ。これら政党の相当数が1枚の投票用紙に,連邦議会用と州議会用にズラリと並んで印刷される。政党シンボルマークのオンパレード。選管ホームページに投票用紙がアップロードされるのが待ち遠しい。

 ■8月4日バラトプル市再選挙用投票用紙(選管HP)

*1 “SC refuses to issue interim order in writ demanding separate ballot papers,” Republica, October 18, 2017
*2 Kamal Dev Bhattarai, “Nepal Set for 3-Way Competition in Upcoming Legislative Elections, A surprise alliance between Nepal’s two main communist parties has China excited and India dismayed,” The Diplomat, October 19, 2017
*3 “Separate ballot papers unlikely for upcoming polls: CEC Yadav, The Himalayan, October 20, 2017
*4 “‘Four types of ballot paper needed’,” The Himalayan, September 24, 2017
*5 “RJP objects to same ballot paper for two polls. But Election Commission clarifies ballot papers cannot be changed,” Kathmandu Post, Sep 25, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/10/21 at 19:13

選挙直前の政党再編,ネパール政界大混乱

日本同様ネパールでも,選挙を前に政党の再編が進んでいる。ネパールの場合,与野党を問わず,ほぼ全政党が関与しており,日本以上に大幅で劇的だ。ネパール政界は伝統的に三大勢力からなる三極構造だったが,11月26日/12月7日の連邦議会選挙を転機に,二大勢力からなる二極構造に移行するかもしれない。

そもそもの発端は,10月3日の共産党系諸党による「6項目合意」の突然の発表だ。それによれば,UML(議会第2党)とマオイスト(議会第3党)と「新しい力」(バブラム・バタライ党首)の3党が中心となって選挙のための統一戦線をつくり,他の共産党系諸党にも参加を訴えるという。しかも選挙後には3党が合併し,一つの新たな共産党となる。スローガンは「社会主義志向の繁栄」とナショナリズム。

UMLは現在野党だが,マオイストの方は政府与党。それなのに,なぜこの2党が手を結ぶことになったのか? UMLについては,9月の第2州地方選挙で惨敗したことが最大の理由とされている。マオイストについては,与党でありながら,プラチャンダ党首が連立相手のNCにより冷遇されたからだといわれている。これらがどこまで事実かは定かではないが,いずれにせよこの選挙直前の連携が分かりにくいものであることは確かだ。特にマオイストについては,与党でありながら野党と組むことにし,しかも選挙終了までは政権内にとどまりデウバ首相(NC)を支えるというのだ。ややこしい。

 

この共産党系諸党統一への動きに対し,NCの側も10月5日,「民主連合」の結成を発表した。これには右派のRPPやマデシ系諸党が参加する予定。

このNC中心の「民主連合」が成立すれば,議会多数派となり,マオイスト閣僚を罷免し,「民主連合」の議員と入れ替えることもおそらく可能だろうが,デウバ首相はいまのところマオイスト閣僚の辞任は求めない方針のようだ。1月余で選挙だから仕方ないとはいえ,やはりわかりにくい。

  

一方,多くの中小政党にとっては,ネパール政界の二極化への動きは,踏み絵でもある。年末選挙までに,いずれの側に与するか,態度決定を迫られることになろう。

このような二大政党化への動きは,もしこのまま進行するとすれば,どのような意味を持つことになるのか? 一方には,現在の多党乱立よりも政治が安定し発展に寄与するという見方があるが,他方には,二大政党制になっても高位カースト寡占に変わりはなく,実際の政治は大差ないという見方もある。いずれが妥当かは,いまのところ分からない。

国際的には,もう少しはっきりしている。共産党系諸党連合は親中的,NC中心の「民主連合」は親印的。インド諸紙が,早くも,このような見方に立ち,警鐘を鳴らしている。

ネパール連邦議会選挙は,日本以上にドタバタの合従連衡だが,長い目で見ると,この選挙を機にネパール政治の在り方が大きく変わるかもしれない。経過を注視していたい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/10/09 at 21:42

カテゴリー: マオイスト, 選挙, 政党

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日本のドタバタ政治悲喜劇,ネパールでも見られている

安倍首相の「もりかけ隠蔽」解散と,これを神風と見る小池都知事の「希望の党」急造は,当座のワイドショー的観点からは面白おかしく取り上げ視聴率が稼げる格好のドタバタ喜劇だが,歴史的にみると,戦後民主主義終焉への悲劇の幕開けとなりそうだ。

このドタバタ悲喜劇は,グローバル情報化の現在では,世界中で見られている。ネパールでも,扱いは大きくはないが,各メディアが報道している。そうした中,ネパールにとっては外国のものだが,読まれているに違いない有力メディアの一つにNikkei Asian Reviewがある。日経の英字紙だが,「もりかけ隠蔽」解散についての批判的記事も多い。たとえば,次の記事。
 ▼W・ペセック「安倍晋三の利己的選挙ギャンブル」2017年9月25日
 William Pesek, “Shinzo Abe’s selfish Japan election gamble,” Nikkei Asian Review, 25 Sep 2017

著者は東京在住ジャーナリスト。元ブルンバーグ・コラムニスト。著書に『ジャパナイゼーション 日本の「失われた数十年」から,世界は何を学べるのか?』(作品社2016年)がある。以下,Nikkei Asian Review記事の要旨。

 ・・・・・<以下要旨>・・・・・
安倍は,「経済改革」を掲げながら,結局は「ご都合主義と憲法小細工」に陥ってしまった。

「安倍政権は各方面からの攻撃にさらされている:金正恩のミサイルの脅威,ドナルド・トランプの貿易戦争のトゲ,お友達スキャンダル,そして経済政策の不調。包囲された日本の指導者は何をなすべきか? いうまでもあるまい,選挙だ。」

これまで安倍は,ことあるごとに選挙の必要を訴え,成功してきたが,今度の選挙は「それが実際には何のためかを暴露している――自己保存のためだ。」

2012年12月,安倍は三本の矢でデフレ不況を克服すると約束し,有権者の支持を得た。が,放たれたのはおもちゃの矢で,現状の克服ではなく,そこから目を逸らさせただけだった。「人々がうんざりすると,そのつど安倍はアベノミックスを売り込み,世界に向け約束し,そして選挙の必要を訴えかける。」

自民党は,もう一度投票してくれれば,賃上げも教育無償化も子供手当も対北朝鮮圧力強化も全部やりますと約束している。「が,実際に進行しているのは,安倍が10年前の首相就任の時から歌い続けてきた白鳥の歌――日本の平和憲法を改正し軍隊保有をはっきり認めるようにすること――にほかならない。この視野狭窄が,これ以上ない最悪の状況の下でも継続すれば,それは彼の名誉を損なうことになってしまうだろう。」

「安倍が狙っているのは日本国憲法の書き換えであって,それ以外のことはほとんど眼中にはない。」「安倍は,レーガン/サッチャー流改革の政治家としてではなく,日本の民主主義を破壊した政治家として記憶されることになろう。」

「安倍の三大勝利:ジャーナリストや告発者を投獄できる過酷な特定秘密保護法,可能的犯罪者を犯行以前に逮捕できるあいまいな治安関係諸法,そして政府は海外派兵を認められているとみなす憲法解釈。・・・・日本が,憲法の平和条項第9条を改正し他国同様の軍隊を保有し運用できるようにする権利をもっていることは,間違いない。しかしながら,安倍は,国民投票の機会を待ち,それを通して適正に9条改正を行うべきであって,そうする以前に9条解釈を変え右派の人々を喜ばせるようなことはすべきではない。」

「アベノミックスには,レーガノミックスやサッチャーノミックスと共通するところが一つある。それは,取り残されつつある中産階級家族のためのものではなく,富裕者のためのものだということである。」
 ・・・・・<以上要旨>・・・・・

いやはや,なんともラディカルな過激な安倍批判ではないか! 著名記事とはいえ,これを英語版日経が掲載し,世界中に配信しているのだ。

ネパールや他の国々の人々も,当然,これを読んでいる。これからは,他国の人々と話すとき,自分たちも見られているということを,これまで以上に十分自覚したうえで議論すべきであろう。

 ■Nikkei Asian Review電子版(10月1日)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/10/01 at 18:14