ネパール評論 Nepal Review

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憲法改正案,審議入りか

政府が2016年11月29日に議会に提出していた憲法改正案が,UML等の反対はあるものの,いよいよ審議入りとなりそうな雲行きだ。

現行2015年憲法は,それに基づく国政選挙や地方議会選挙も行われておらず,実質的にはその基幹部分がほとんど具体化されていない。その意味では,憲法はまだ形だけといっても言い過ぎではない。

ところが,それにもかかわらず,政府はその憲法の重要部分7か所を早々と改正するのだそうだ。しかも,その政府提出改正案ですら,反対派との泥沼交渉により,またまた修正ということになるかもしれない。この調子では,憲法改正案の改正案の,そのまた改正案の・・・・といったことになりかねない。

というわけで,あまり気は進まないが,重要問題ではあるので,一応,正式の政府提出憲法改正案の概要を紹介しておく。ただし,諸要求をつぎはぎしたため,複雑にして難解なため,誤読があるかもしれない。不審な部分があれば,原文でご確認ください。

第6条 ネパールで話されるすべての母語は,国民言語(national language) である。
改正案⇒第6条 ネパール政府は,言語委員会の勧告に基づき,すべての母語を憲法の付表に掲載する。

第7条(2) ネパール語に加え,各州は,州法に則り,州民の多数の話す1つまたはそれ以上の国民言語を公用語とする。
改正案(第7条(2)に(a)追加)⇒第7条(2)(a) 政府は,言語委員会の勧告に基づき,公用語とされたすべての言語を憲法の付表に掲載する。

第11条(6) ネパール人と結婚した外国人女性は,希望するなら,連邦法の定めるところにより,ネパールの帰化国籍を取得することが出来る。
改正案⇒第11条(6) ネパール人と結婚した外国人女性は,希望するなら,外国籍放棄手続き開始後に,連邦法に則り,ネパール帰化国籍を取得できる。

第86条(2)a 56議員は,州議会議員,村会の議長と副議長,および市の市長と副市長からなる選挙人団の中から選出される。投票には,それぞれ重みを配分する。各州から8議員を選出し,その中には少なくとも女性3人,ダリット1人,および障害者または少数者集団に属する者1人を含まなければならない。
改正案⇒第86条(2)a 56議員は,州議会議員,村会の議長と副議長,および市の市長と副市長からなる選挙人団の中から選出される。投票には,それぞれ重みを配分する。各州から3議員以上を選出し,その中には少なくとも女性3人,ダリット1人,および障害者または少数者集団に属する者1人を含まなければならない。それ以外の35議員は,各州の人口に基づき選出する。ただし,連邦法に則り,各州から人口比に基づき選出される35議員のうち14議員は女性とする。

第287条(6)a 公用語の要件を決め,ネパール政府に勧告する。
改正案(第287条(6)aに1)を追加)⇒第287条(6)(a) 1) 第6条に則り,ネパールで話されるすべての母語の表をつくり,ネパール政府に提出する。

付表(4)
第5州 ナワルパラシ(ススタ・バルダガート以西),ルパンデヒ,カピルバストゥ,パルパ,アルガカンチ,グルミ,ルクム(東部),ロルパ,ピュタン,ダン,バンケ,バルディヤ
改正案⇒第5州 ナワルパラシ(ススタ・バルダガート以西),ルパンデヒ,カピルバストゥ,ダン,バンケ,バルディヤ

第4州 ゴルカ,ラムジュン,タナフ,カスキ,マナン,ムスタン,パルバト,シャンジャー,ミャグディ,バグルン,ナワルパラシ(ススタ以東)
改正案⇒第4州 パルパ,アルガカンチ,グルミ,ルクム(東部),ゴルカ,ラムジュン,タナフ,カスキ,マナン,ムスタン,パルバト,シャンジャー,ミャグディ,バグルン,ナワルパラシ(ススタ・バルダガート以西),ロルパ,ピュタン

161225a■2015年憲法の州区画(Wikimedia Commons)

*1 “Govt registers 7-point constitution amendment bill,” Republica, November 30, 2016
*2 “SC gives nod for Constitution amendment bill,” Business Standard, 2 Jan. 2017
*3 “Govt preparing to table constitution amendment bill tomorrow,” Republica, January 7, 2017

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/01/08 at 04:59

カテゴリー: 議会, 憲法

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連邦制,希望から失望へ(3)

2.シャンブー・デオ「アイデンティティ連邦制よりも分権化を」
アイデンティティ連邦制を原理的に批判し,民主的な集権化と分権化の必要性を説いているのが,この記事。少々難解だが,要旨は以下の通り。
 ▼Shambhu Deo, “Identity-based federalism: Decentralization is a better option,” Himalayan Times, 21 Dec. 2016.

「アイデンティティ連邦制(Identity-based federalism)は,ネパールにとって耐え難いリスクである。・・・・包摂的な民主主義,開発,平等を実現し,国民に効果的なサービスを提供する国家の責任を果たすには,アイデンティティ連邦制よりも実効的な分権化の方が効果的である。」

「南アジア諸国の大半は,20世紀半ばまで英国の植民地だった。それらの国々は,独立すると,アイデンティティに基づく連邦制をとりやすかったので,それを採用した。これにより,文化的,言語的,宗教的,民族的に異なる多くの小国家の人々を,一つの国にまとめたわけである。ところが,ネパールは,すでにこの段階を乗り越え,強く団結した統一国家になることに成功していた。」ネパールは,連邦制の長い経験を持つアメリカやスイスとも,膨大な人口を持つインドとも異なる。「2千9百万のネパール人は,分割されない一つの統一体として生きていくことができる。」

「連邦制は,各部分が統治機構を持つので,他と比べコスト高の統治制度である。」また,「連邦制は,インドで経済的不平等,民族格差,地域格差が拡大していることを見れば明らかなように,それ自体,政治的,経済的,地域的,民族的平等への前進を必ずしも保証するものではない。」ネパールでも,階級の方がアイデンティティよりも重要なのだ。

それにもかかわらず,ネパールは,単一制国家構造を放棄したため,人々の統合が弱体化し,政治が不安定となり,法と秩序が揺らぎ始めた。「アイデンティティ連邦制をさらに推し進めると,この国は暴力と終わりなき紛争に陥るだろう。そのようなことは止めるのが賢明だ。」

「国家は集権化と分権化の双方を必要とする。」「分権化は,民主主義の最小単位たる個人をてこに,国民統合と民主化を推進する。分権化された地方統治は,国家の民主主義のレベルを判断する指標である。」

「ネパールにおいて,より効果的に人民の要望に応えうるのは,アイデンティティ連邦制ではなく,定期的に選出される分権化された地方統治制である。アイデンティティ連邦制は,複雑で,コスト高で,不平等を拡大し,国民統合を脅かす制度であるにもかかわらず,主権を分割し,その連邦制[の各州]に自立権を与えるのは,ネパールには受け入れがたいリスクである。」
161225a■2015年憲法の州区画(Wikimedia Commons)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/12/30 at 01:12

英国人画家,デモ参加容疑で逮捕(2)

釈放
政治活動容疑で逮捕された英国人画家マーティン・トラバース氏(41歳)が,16日午後,釈放された。「取り調べの結果,政治活動をしていないことがはっきりしたので,この旅行者を英国大使館に引き渡した」(カトマンズ警察DSPプラジト・KC)。(*1)

15日逮捕時の状況
(1)トラバース氏の説明
リパブリカ紙(*1)によれば,トラバース氏は次のように説明した。15日,ダルバールマルグからパタンに行こうとしていたら音楽が聞こえたので,行ってみた。「そこで演奏をしている写真を撮っていると,ピケ隊の何人かに引き入れられ,座らされ,頭にバンダナ(ハチマキ?)をつけられた。」そのバンダナに何が書いてあるかは,まったく知らなかった。

これまで,この種の活動に参加したことはないし,この日の抗議行動の目的も知らなかった。ネパールには震災救援のために来たのであり,政治活動はしていない。「私だけでなく,旅行者はだれでも,催事に参加するのなら,その意味を理解しておくべきだ。」(*1)

(2)内務省の説明
AP記事(*2)によれば,トラバース氏は,「われらのアイデンティティを認めよ」とシュプレヒコールを上げているデモ隊のメンバーと同じ赤のハチマキをしていた。警察は,その写真を撮り,トラバース氏を逮捕した。またリパブリカ紙は,こう書いている。「治安当局は,写真や他の画像[ビデオなど?]を使い,旅行者の政治活動を監視しており,もし参加がわかれば,厳しい措置をとる,と内務省は述べている。」(*1)

不可解な説明
これらの説明は,トラバース氏の側のものも治安当局の側のものも,実に不可解だ。トラバース氏が,マデシ・ジャナジャーティ同盟の抗議活動のことを何も知らなかったとは全く信じられないし,写真など証拠をもつ警察が逮捕後あっさりと「無実」が証明されたと説明するのも変な話だ。

監視社会ネパール
これまで幾度も指摘してきたように,ネパール,とくにカトマンズは,いまでは世界有数の監視社会となっている(*4,5)。街中いたるところに監視カメラがあり,ちゃんと作動している。デモやピケなど,あらゆる出来事が,一部始終,カメラで監視されているはずだ。

トラバース氏の行動も,治安当局は,はっきり見ていたに違いない。そのうえで逮捕して一日勾留,翌日,呼び出しに応じるという条件を付けたうえで,「政治活動とは知らなかった」ということにして,英国大使館に身柄を引き渡した。

このような逮捕・勾留・釈放に関するメディア報道は極めて不自然だが,それだけに,かえってそこに込められているメッセージははっきりしている。すなわち,ネパール治安当局は外国人の行動を監視しており,いつでも逮捕できるということを,メディアを通して外国人に知らしめるということである。

 160518■外国人らしき人も多数みられる(Madhesi Youth FB, 17 May)

*1 KAMAL PARIYAR, “BRITON NOT ‘POLITICALLY INVOLVED’ IN SIT-IN, RELEASED,” Republica, 17 May 2016
*2 “Detention of Briton sparks concerns over Nepal’s democracy,” AP=Himalayan, May 17, 2016
*3 “Briton detained in Nepal released after anti-government protest arrest,” Belfast Telegraph, 17/05/2016
*4 監視カメラ設置,先進国ネパールから学ぶな
*5 前近代的共同体監視社会から超近代的カメラ監視社会へ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2016/05/18 at 13:50

邦なき連邦国の正統性なき議会:ニヒリズムの危機

法や制度と現実との乖離はどの国にもあるが,いまのネパールは国家存在そのものが違憲状態であり,乖離は極端といわざるをえない。

1.邦なき連邦国家
最も深刻なのは,連邦国家(संघीय राज्य, 憲法第4条)であるにもかかわらず,いまだに邦(州)がないこと。誇大表示ですらなく,虚偽表示であり,看板に偽りありだ。

140613a ■ネパール連邦民主共和国(大使館HP)

2.民族州の無理無体
そもそも125の民族/カーストが混在するネパールを民族ごとの邦(州)に分割し,連邦国家に再編するというのが,無理無体,無茶苦茶だ。繰り返し批判してきたように,ネパールを実験台として利用してきた先進諸国の連邦制原理主義者や,その煽動に乗った(ふりをしてきた)ネパール知識人の責任は,重大といわざるをえない。連邦制原理主義こそが,第一次制憲議会を無様に崩壊させた最大の原因である。

連邦制は,この1月成立の第二次制憲議会でも最大の難題となっている。コングレス(NC)と統一共産党(UML)が大勝したので,単一民族(単一アイデンティティ)による州区分は少数派となり,地理や経済を重視した多民族(多アイデンティティ)州区分が多数意見となりつつある。

しかし,この多民族州の提案に対しては,プラチャンダ派マオイスト(UCPN-M)も,バイダ派マオイスト(CPN-M)やマデシ系諸派も反対しており,歩み寄りは見られない。

3.仏陀の手にも余る包摂民主主義
そうした中,制憲議会本会議で連邦制審議が始まったが,これは空前絶後,お釈迦様に手が何本あっても足りない有様だ。

報道によれば,制憲議会本会議で議員300名が連邦制についてそれぞれ意見を述べることになった(ekantipur, 5 Jun)。試みに計算してみると・・・・
 【議員発言総時間】
   5分×300議員=1500分(25時間)
  10分×300議員=3000分(50時間)
  30分×300議員=9000分(150時間)
演説準備・交代時間を考え合わせると,途方もない時間。が,まぁ,長話には慣れているだろうからよいとして,問題は,記憶力。10人くらい前までならまだしも,200人も300人も前の演説など,誰も覚えてはいまい。そもそも,300議員が演説するのは,300通りの連邦制案があるということだから,これではいかなお釈迦様でも手に余るにちがいない。

お釈迦様でも無理だとすれば,煩悩にとりつかれた人間どもに300通りの連邦制案の集約など,どだい無理である。というわけで,このままでは,第二次制憲議会もお流れということになりそうだ。

4.現実的な代案
しかし,再び制憲議会を崩壊させるのは,いかにもまずい。そこで,NC,UMLを中心とする体制主流派は,上述のように,地理・経済重視の多民族・多アイデンティティ州を少数つくり,多少強引でも,これをもって連邦制の体裁を整える方向に向かいつつあるわけだ。

私も,この案であれば実現可能だと思うが,もしこれで行くのなら,それは従来の14開発区(Development Region)を少々手直しし,「州( प्रदेश, प्रान्त: state, province)」と改名したにすぎないことになる。あるいは,どうしても自分に近い「州」が欲しいというのであれば,現在の75郡(जिल्ला, district)をすべて「州」と呼び換え,ネパールを75州からなる連邦国家とすればよい。

「民族」にせよ何らかの「集団アイデンティティ」にせよ,人為的・歴史的に形成されたものだから,この程度のユルイ対応にした方が現実的であり安全であって,政治的に賢明である。

140613b ■14州案:国家再構築委(Republica,2014-1-1)

5.正統性なき議会
この連邦制の議論もそうだが,それ以上に悲喜劇的なのが,現在の制憲議会にはそもそも正統性がないこと。

暫定憲法第63条は,制憲議会を小選挙区制240,比例制335,内閣指名26の計601議員から構成されると明記している。ところが,選挙後半年を経過したのに,まだ内閣指名26議員が選出されない。制憲議会は,正式にはまだ成立していないのだ。

その理由は,ここでもまた包摂民主主義だ。どの集団から議員を出すかを,その理念に忠実に,諸勢力のコンセンサスで決めるべきだという。そんなことは,お釈迦様にだってできはしない。

それに加えて,現実の生臭い要求もある。選挙で落選した政党有力者を指名せよというトンデモ要求が,あちこちから出されている。

さらにまた,選挙不参加の反体制33党連合に指名26議席を割り当て,口を封じようという動きもある。憲法の議員指名規定など,棚上げ。もう無茶苦茶だ。

6.ニヒリズムの危機:ネパールでも日本でも
法や制度と現実とのこのような甚だしい乖離が続くと,政治そのものへの信認が失われ,国家は瓦解する。ネパールの政治的英知がいま試されている。

しかし,これはなにもネパールだけの話しではない。日本はネパールよりもっとヒドイかもしれない。調査なき「調査捕鯨」,研修・技能実習なき「外国人技能実習制度」,そして,いうまでもなく戦争放棄憲法の下での軍隊(自衛隊)保持と交戦権行使。安倍政権が閣議決定で憲法解釈を変更し集団的自衛権の行使を容認することになれば,日本は全くの非立憲国家に転落してしまう。

日本でも,法や制度,あるいは言葉そのものが信用されなくなりつつある。安倍首相の”under control(五輪招致プレゼン)”や「日本が戦争をする国になる・・・・ことは断じてあり得ない(記者会見5/15)」をみよ。放射性物質じゃじゃ漏れの福島,集団的自衛権行使(戦争)容認政策。言葉と事実との甚だしい乖離は自明だが,日本社会では放任されている。

これはニヒリズムだ。一方に安倍首相の積極的攻撃的ニヒリズム,他方に国民多数の消極的退行的ニヒリズム。このままでは勝利は前者だろうが,しかし,それはほんの一時,すぐニヒリズムの蔓延により日本全体が蝕まれ,根底から崩壊するであろう。

ネパールも日本も,難しい局面に立たされているといってよいだろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/06/13 at 10:48

制憲議会選挙2013(24):卍とハーケンクロイツ

ネパールの選挙を初めて見学し驚くことばかりだが,一目見て,一瞬,ギョッとし,凍りついたのは,選管の選挙啓発ポスターやカンチプルの選挙報道に使用されている「ハーケンクロイツ(鈎十字)」そっくりのデザイン。

131204a 131204b
 ■選挙啓発ポスター(アムリトキャンパス壁貼付)

131204c 131204d
 ■Kathmandu Post: Nov.24 / Nov.20

選管の選挙啓発ポスターは,街中いたるところに貼られている。いやでも目に入る。これには驚いたが,もっとびっくりしたのが,カンチプル(カトマンズポスト)の選挙報道宣伝。右側の緑の方が多かったが,左の赤の投票箱もかなり目についた。これは,形はナチス・ドイツの「ハーケンクロイツ」と全く同じ,配色も少し違うだけ。日本人の私ですらギョッとするくらいだから,西洋人,とくにドイツやその周辺の国々の人が見たら,本当に凍りつき,しばらくは動けなくなってしまうだろう。

131204e ■ドイツ第三帝国・国旗

むろん,卍(まんじ)は,逆向きの「右まんじ」も含め,ヒンドゥー教や仏教では,吉祥印である。西洋でも幸運を意味し,ヒトラー以前は,あちこちで使用されていた。

ネパール選管は,投票用紙に投票者が押す印を選ぶとき,おそらく,ネパールでなじみの吉祥印である卍(まんじ)が最適と考え,選択したのだろう。制憲議会選挙は国内選挙であり,それはそれでよい。

が,このグローバル情報化時代,ネパールの選挙も世界中で報道されている。西洋を中心に,多くの人々にとって,「ハーケンクロイツ」は言うまでもなく,卍にせよ逆卍にせよ,多かれ少なかれ忌避されていることも事実だ。詳細は確かめていないが,西洋では独仏など少なからぬ国で,それらの使用は法律で禁止さえされているそうだ。「ハーケンクロイツ」の使用は,犯罪というわけだ。

ここで疑問となるのは,西洋から派遣されている多くの選挙専門家や選挙監視団が,卍はさておき,「ハーケンクロイツ(鈎十字)」そっくりのデザインの使用に,どのような態度をとったか,ということ。反対しても賛成してもやっかいなことになるので,見なかったことにしてきたのだろうか?

ここに「文化」を政治の場で扱うことの難しさ,危険性が如実に表れている。ネパール文化――ネパール人アイデンティティ――においては,「ハーケンクロイツ」型デザインは,その使用に何ら問題がないどころか,逆に,吉祥印として積極的に使用すべきものとされる。だからこそ,投票を呼びかけるため,選挙啓発ポスターや投票箱に「ハーケンクロイツ」型デザインをつけたのだ。ところが,これをドイツやその近隣諸国でやれば,ネオナチか何かへの投票扇動と見られ,囂々たる非難を浴び,場合によっては逮捕されるかもしれない。

ことさように,文化はやっかいで危険だ。政党や政治家は,手っ取り早く支持を集めるのにいくら便利であっても,安易に文化やアイデンティティを政治の場に持ち込むべきではあるまい。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/12/04 at 20:11

「第三の性」パスポート,最高裁作成命令

ネパール最高裁は6月11日,DK. Buduja氏の訴えを認め,「第三の性」パスポートの作成を政府に命令した(ekantipur, Jan11)。市民証はすでに「第三の性」用が発行されている。

パスポートへの男女以外の性の記載を認めている国は,ネパール以外にもいくつかある。たとえば,インドは「M,F,E」であった。「E」は”Eunuch”。意味は調べていただきたい(*)。これに比べて,ネパールははるかに先進的であり,「M,F,X」としているオーストラリアやニュージーランドなどと並び,世界最先端を行くといってもよい(**)。
  * 最近,「M,F,Others」に変更されたようだ。
 ** Bochenek, M. & K. Knight, Establishing a Third Gender Category in Nepal, Emory International Law Review, Vol.26, 2012.

いまではネパールは,法制度や政治制度のいくつかの点で,日本のはるか先を行っている。最新制度を学ぶためネパール留学が必要になり始めた。古色蒼然たる「美しい国」日本,安倍「復古調」日本は,「第三の性」パスポート所持のネパール人を,どう扱うのだろうか?

130613c ■日本旅券発給申請書(部分)

ネパールでは,2007年12月27日,「ブルーダイヤモンド・ソサエティ(BDS)」SB.パント会長が,性的少数派の権利保障を求め訴えた裁判の最高裁判決において,「第三の性」の権利が認められた。「第三の性」とは,LGBTI,つまりレスビアン,ゲイ,バイセクシャル,トランスジェンダー,インターセックスなどの総称である。

この最高裁判決により,2008年11月以降,「第三の性」市民証が発行されはじめ,2010年からは「第三の性」での有権者登録も始まった。また,2011年の中央統計局(CBS)全国人口調査では,初めて「第三の性」カテゴリーが追加された。そして,今回,最高裁はパスポートにも「第三の性」を記入できるようにせよ,と政府に命令した。ネパールは,「ジョグジャカルタ原則」(2006/2007)制度化の優等生と言ってもよいだろう。

しかも,ネパールの「第三の性」は,本人の申請による。本人が,自分がそうだと思う性アイデンティティを申告する。これは,人権理念に忠実なラディカルな考え方である。

人権は,人は人として尊重されるべきだという理念。しかし,裸のヒトとして尊重されるだけでは,日常生活においては実際にはあまり意味はない。人を人として尊重するとは,人をその人の人格において,つまりその人固有のアイデンティティにおいて,尊重するということだ。もしこれが人権本来の理念だとすると,ネパールの「第三の性」の権利尊重は,その人権理念のストレートな制度化といってもよい。

「ネパールの性的少数派権利要求運動――特に2007年最高裁判決の獲得――は,世界中で,効果的な草の根人権運動の一つの範例と見られている。」(Sharma, Preeti, Historical Background and Legal Status of Third Gender in Indian Society, International journal of Research in Economics & Social Sciences, Vol.2,Issue 12, 2012, p.68 )

130613 ■BDSフェイスブック

このように,ネパールの「第三の性」権利要求運動の評価は高い。しかしながら,これがいわゆる「アイデンティティ政治」の一種であり,それ特有の難しさを免れえないのもまた事実だ。アイデンティティは,本質的に主観的なものであり,覚醒を訴えれば訴えるほど他との違いが際立ち,多様化し,共通利害を見いだしにくくなる。そして,多様化し個々の権利要求が高まれば高まるほど,それに対応すべき制度が複雑化し,運用が難しくなり,経費もかさむ。崇高な理念に水をかけるような興ざめな話だが,この現実を見ようとしないアイデンティティ政治は,必ず行き詰まる。

個人がその固有のアイデンティティにおいて,そしてマイノリティがその集団固有のアイデンティティにおいて,尊重されるべきことは言うまでもない。それを当然の前提とした上で,諸個人間,諸集団間の利害対立をどう調整していくか? これは難しい課題だ。ネパールが,この難問にどう取り組んでいくか,見守っていたい。

なお,蛇足ながら,性的少数派の権利要求運動も,西洋NGOや国連機関(UNDPなど)が,物心両面で,強力に支援していることはいうまでもない。

谷川昌幸(C)

マオイスト、多民族連邦制へ

プラチャンダUCPN議長が、YCL集会において、単民族(single identity)連邦制ではなく多民族(multi-identity)連邦制を採る方針を明らかにした(Nepali Times, 29 Jul)。

バイダCPN-M議長――UCPNから分離独立――が、訪問先の中国で、中国高官らに連邦制は危険だと警告されたことを受けた発言であろう。やはり中国はプラチャンダ議長の味方らしい。

そもそも、各帰属集団アイデンティティごとに、あるいは各民族ごとに、自治州を作り自決権を与える、という民族連邦制が無茶苦茶。そんなことはできるはずがない。

むろん、被抑圧カースト/民族にとって、自治権/自決権の要求は切実であり、その強硬な要求によって初めて一定の集団的権利が獲得できたことは事実である。これは正当に評価しなければならない。しかし、だからといって、帰属集団アイデンティティごとに州を作るとか、政治的・社会的権利を認めるといったことそれ自体は、非現実的であり危険である。特に問題となるのがタライ。

プラチャンダ議長が多民族連邦制の方針を示したことで、制憲議会選挙のためのNC,UMLとの妥協がなるかもしれないが、一方、タライがこれに反発するのは明白であり、対立の構図が「タライ+ジャナジャーティ(タライ諸党+CPN-M)」vs「体制派(UCP+NC+UML)」へと大きく変化するかもしれない。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/07/31 at 10:33