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エベレスト・トンネルと「新シルクロード経済圏」盟主,中国
AFP,テレグラフ,デイリーメールなど西洋メディアが,チベット鉄道延伸はエベレスト・トンネル経由だと派手に報道し,ヒマラヤンなどネパールメディアや時事など日本メディアが,これを後追いしている。世界最高峰エベレスト(チョモランマ,サガルマータ)の横っ腹をぶち抜き,トンネルを通す! メディアが飛びつきそうなネタだ。が,本当かなぁ?
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最初の報道と思われるAFPの情報源は,おそらく中国日報のこの記事であろう。Zhao Lei,”Rail line aims for Nepal and beyond,” China Daily,2015-04-09. 読んでみると,たしかに紛らわしく不正確な記事だが,少なくとも次のことは読み取れる。
(1)チベット自治区Losang Jamcan議長が3月,ヤダブ大統領に語ったのは,2020年までにチベット鉄道をシガツェから吉隆(Gyirong,Jilong)にまで延伸する計画があるということ。
(2)エベレスト・トンネルについて語ったのは,中国工程院(Academy of Engineering)の鉄道専門家Wang Mengshu氏。
AFP等は,この二つの話しをはっきり区別せず,つないでしまったため,読者は次の(1)または(2),あるいはその両方と受け取ることになってしまった。
(1)チベット鉄道ネパール延伸は,エベレスト・トンネルのコース。
(2)チベット鉄道は2020年までにカトマンズまで延伸される。
しかし,2020年までに延伸されるのは,シガツェから吉隆までであり,ここから先は,そのままトリスリ川沿いに南下しカトマンズまで線路を敷設する方が楽だ。吉隆は国境からわずか35kmほど。経済合理性を考えるなら,中国政府はおそらくこのコースを採用するであろう。
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ところが,である。中国は,目先のカネ儲けに目がくらむような,ケツの穴の小さな資本主義国ではない。かつては万里の長城を築き,いままた「新シルクロード経済圏」の盟主たらんとしている。すべてのロードは北京に通ず。そして,すべてのカネは,いずれ本家「円」(Yuan[CNY],人民元[RMB])を介し「アジアインフラ投資銀行」等を通して流通するようになる。
その21世紀の超大国・中国にとって,チョモランマ=エベレストをぶち抜き,トンネルを通し,五星紅旗はためく中国列車を走らせることほど,相応しく誇らしいことはない。
イギリスはマロリーやヒラリーに英帝国の威信を担わせローテク人力でエベレストを征服させた。ネパール・マオイストは,プラチャンダの息子に赤旗を持たせ,やはりローテク人力でエベレストを征服させようとした。
しかし,本家マオイストは,そんな前近代的な,せこいことはしない。世界最高峰エベレストを中国のカネと技術でぶち抜き,五星紅旗列車を走らせれば,中国こそが,世界最高,最先進,最強国家であることが,明白な具体的事実をもって,日々実証される。
21世紀のエベレスト征服は,まさしくこれをおいて他にはない。中国が,長大トンネル掘削でエベレストを征服すれば,魂も肝も抜かれたエベレストになど,あほらしくて誰もローテク人力で登ったりしなくなるだろう。
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このチベット鉄道エベレスト路線は,つくりごとでも何でもない。以前から,シガツェから先は,吉隆路線だけでなくエベレスト路線も検討されていた。エベレストの真下ではないまでも,その近辺を通り,おそらくは何本かトンネルも掘り,カトマンズにいたる。
このエベレスト路線は,観光面から見て有利な上に,やはり中国にとって魅力的なのは,上述のような政治的価値である。中国政府が,エベレスト(の近く)にトンネルを掘り,五星紅旗列車を走らせるとなれば,中国の威信はいやが上にも上がる。だから,政治的に判断するなら,エベレスト路線優先となるわけだ。むろん,中国の国力からして,吉隆路線とエベレスト路線の両方をつくることも,決して無理ではない。長期的には,そうなる可能性大だ。北京,上海からチベット鉄道でエベレストへ行こう!!
■エベレスト・トンネル線(Dailymail,9 April 2015)/シガツェ-吉隆&Yatung線(Global Times,2014-7-24) )
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このように見るならば,AFP等の記事は,必ずしも全くの誤りという訳ではない。というよりもむしろ,資本主義国ジャーナリズムが,センセーショナルに騒げば騒ぐほど,中国政府は,してやったりと,ほくそ笑むことになる。「新シルクロード経済圏」や「アジアインフラ投資銀行」の願ってもない絶好の宣伝になるからである。
【中国大使館発表】
Qinghai-Tibet railway to reach Nepal in 2020
2015/04/10
China has announced that it will extend the Qinghai-Tibet railway to the border areas with Nepal within the next five years. The railway will stretch out for another 540 kilometers from Xigaze to Jilong county which sits on the border of China and Nepal.
The announcement was made earlier this month during Neapalese President Ram Baran Yadav’s visit to China.
President Yadav applauded the announcement, saying that it fitted into the main aim of his visit which was to promote road and air traffic between Nepal and China.
Nepal has long been expecting that a new Tibetan railway which would extend to the border areas to boost bilateral trade and tourism between the two countries.
Nepal is an important transit point between China and South Asia, and a major chunk of the two countries’ expanding trade has been conducted through Tibet. With this newly announced Xigaze-to-Jilong section of the railway in five years, better road and rail connections could be expected between Nepal and China.
Earlier in March when Chinese President Xi Jinping met with Nepalese President Ram Baran Yadav at the 2015 Boao Forum for Asia in south China’s Hainan province, the Nepalese President said that Nepal will support China’s initiatives of jointly building the Silk Road Economic Belt and 21st-Century Maritime Silk Road as well as the Asian Infrastructure Investment Bank, or AIIB, saying that these are great measures to promote regional connectivity.
Moreover, Nepal also calls for strengthened cooperation between the South Asian Association of Regional Cooperation, or SAARC, and China, in a bid to promote regional interconnectivity and economic development.
(http://www.fmprc.gov.cn/ce/cenp/eng/News/t1253828.htm)
【参照】
ラサ-カトマンズ,道路も鉄道も
青蔵鉄道:シガツェ10月開通,ネパール延伸へ
初夢は鉄路カトマンズ延伸?
青蔵鉄道のルンビニ延伸計画
中国の「シルクロード経済圏」,ネパールも参加
* Zhao Lei,”Rail line aims for Nepal and beyond,” China Daily,2015-04-09
*”TIBET-NEPAL RAILWAY, China may build tunnel under Everest,” AGENCE FRANCE PRESSE,2015-04-09
* “China plans rail tunnel UNDERNEATH Mount Everest,” Dailymail,9 April 2015
* “China-Nepal railway with tunnel under Mount Everest ‘being considered’,” The Telegraph, 09 Apr 2015
*”China may build tunnel under Everest,” Himalayan,2015-04-09
*”China Plans Strategic High-Speed Rail to Nepal Through Mount Everest,” sputniknews.com,2015-04-10
*「「チベット・ネパール鉄道」中国が計画、エベレストにトンネル?」,時事=AFP,2015/04/10
【追補(2021/06/27)】”China-Nepal rail link may go through protected Himalayan park,” South China Morning, Post, 2021/06/26
谷川昌幸(C)
エベレストでも丸裸,グーグルストリートビュー
グ-グルストリートビューが,ルクラ,ナムチェからエベレスト・ベースキャンプにまで進出した。こんなところにまで侵出し,秘境を脱神秘化することもあるまいに,秘所のぞきは金になり,やめられないらしい。
プライバシーは,もはやエベレスト界隈でも,ないものと覚悟せざるをえない。たとえば,これらの写真を見よ(解像度を下げ掲載)。一応,申し訳程度のモザイクをかけているが,本人は言うに及ばず,多少とも本人を知っている人であれば,写っているのが誰かはすぐわかる。なぜ,人体全部を消さないのか? このような醜い顔修正写真の無断無期限世界公開は,名誉毀損,人格権侵害だ(下記参照)。
こうした批判は,世界各地から日々おびただしく寄せられているらしく,グーグルもメシのタネを死守するため,言い訳,弁明にこれつとめている。「ストリートビューの画像を収集する際に、顔やナンバープレートをぼかすなど、個人のプライバシーと匿名性を保護するための対策を行っています。保護すべき画像や問題のある画像を見つけた場合は、ストリートビュー チームにご連絡ください。」
まるで逆だ。時間も専門的な知識や技術もない一般市民は,世界中をのぞき回り,ネットに掲載していくグーグルを常時監視することなど,およそ不可能だ。そのような不可能な注意義務の一方的要求は,正義に反する。圧倒的な強者のグーグルこそが,写る人,あるいは写ってしまった人一人一人の許可を取得してから,撮影し,あるいは公開すべきだ。
■「強者の権利」表示
そもそもプライバシー(privacy, private)は,公共・公開(public)の対概念。隠れて在ることは,人権の基本の基本であり,秘密をすべて暴かれてしまえば,人は人ではなくなる。人は,隠れるために顕れ,顕れるために隠れる。隠すために見せ,見せるために隠す。
ヒマラヤの秘境ですらグーグルを意識せざるをえないとなれば,他は推して知るべし。現代人は,もはや隠れて在る自由をあらかた喪失してしまったといわざるをえないだろう。
【参照1】国際人権法のプライバシー保護
「国際人権法は、あらゆる人のプライバシーへの権利と恣意的または違法な干渉からの保護を保障している。国際法では、プライバシーへの権利は一般的に、自身に関わる情報がどのように取り扱われているのかを知り、それを不当な遅延や代償なく、かつ分かりやすい形で取得し、そして違法、不必要または不正な記載がある場合には適宜訂正や消去をしてもらえる権利として定義されている。ある人の私生活に関する情報が第三者に渡り、国際人権法に反した目的で使用されることのないよう、効果的な措置を取る必要がある。」(UNHCR「庇護情報の秘密保持の原則に関する助言的意見」2005年3月)
【参照2】「ウェブカメラ、ネットで丸見え3割」朝日新聞デジタル 2015年3月16日
「[調査したウェッブカメラの]35%にあたる769台がパスワードを設定することによって第三者からのアクセスをブロックする対策をとっておらず、映像を見たり音声を聞いたりできた。・・・・ほとんどが防犯や監視用として設置され、レンズが向けられている対象と状況から書店や美容院、飲食店、スーパーなどとみられた。事業所の従業員控室、幼い子どもたちがいる託児所のようなスペースもあった。」
谷川昌幸(C)
紹介:『長岡信治遺稿集』
長崎大学教育学部の地理学教授であった長岡さんの遺稿集が刊行された。A5判1000頁の大著。
■遺稿集刊行会編『長岡信治遺稿集』長崎大学教育学部,i-xv, 1-979頁,2013年4月
[収録論文]
・長岡信治「上高地の地形・地質」1988
・長岡ほか「クンブー・ヒマール,ゴジュンパ氷河周辺のモレーンとその編年」1990
・Nagaoka, The Glacial landforms in the Manang valley, north of the Great Himalayas, central Nepal, 1990
・(他49編)
長岡さんは,長崎大学教育学部の同僚教員であった。私の赴任が2000年4月,長岡さんの52歳での急逝が2011年7月だから,11年余ご一緒させていただいたことになる。
長岡さんは地理,私は政治学と専門は異なっていたが,信州やネパールのことについては,折に触れ教えていただいた。私の方は単なる趣味にすぎないが,学生時代から登山が好きで,信州にもよく行っていた。そして,それが高じて,1985年にはアンナプルナ・トレッキングに行き,すっかりネパールに惚れ,とうとうネパールの憲法や政治まで研究する羽目になってしまった。だから,長崎大学教育学部に赴任し,はじめて研究室に行くと,廊下の衝立にマチャプチャレの大きな写真が貼ってあったのを見て驚き,また嬉しくなった。長岡さんのもので,これは最後までそのまま使われていた。マチャプチャレは,私が四苦八苦してダンプスまで登り,はじめて見たヒマラヤの山であった。
長岡さんには,山のことだけでなく,もちろんネパールの酒のことも教えてもらった。また,ネパールから政治学専攻の院生を受け入れたときも,数年間にわたって,あれこれ相談に乗っていただいた。留学生には,豪放磊落な長岡さんは話しやすかったのだろう。
■ダンプスから望むマチャプチャレ,アンナプルナ。この家の前を歩き,ガンドルンクヘ向かった。長岡さんも,この道を登ったのだろうか? 聞き忘れてしまった。
長岡さんの急逝には,いくつか原因があるだろうが,近くで見ていて感じたのは,あまりにも多忙だったということ。それでも,私が赴任した2000年頃は,まだましだった。学生もある程度大人だった。ところが,数年もすると,予算と教職員の削減,学部改組,自己評価,教員免許講習などで時間がとられる一方,学生の気質が一変,「指示待ち生徒」のようになり,教育研究指導にも苦労するようになってきた。
長岡さんは,研究に厳しく妥協を許さない。研究室をのぞくと,いつも数編の原稿を抱え,締め切りに追われていた。休暇はますます短くなったが,それでもマダガスカルなどに,日程をやり繰りし調査に出かけていた。学生指導でも,一見手抜きのように見えるが,実際にはトコトン厳しく面倒を見ていた。長岡ゼミは,私のゼミ以上に多彩な学生が集まり,時間的にも精神的にも指導は大変そうであった。長岡さんは,もともと話し好きで,研究室に行けば相手をしてくれるのだが,このあまりの多忙さに気が引け,たんだん自主規制するようになってしまった。
長岡さんの多忙に輪をかけたのは,豪快に見えて繊細,手抜きに見えて完璧主義の,その性格である。研究をあれほど大切にしていながら,教育指導や学内問題にも手抜きはしない。学内文書作成などでも,最初はかなり怪しい原稿だが,最後にはきちんと完璧な文書に仕上げてしまう。これでは,ストレスはたまるばかりで,時間はいくらあっても足らない。そのようななか,長岡さんの体調は悪化していった。あれこれやっているが,なかなか良くならないと,よくこぼしていた。亡くなる半年くらい前には,どの薬もよく効かないので,漢方薬にしてみようかと言われたので,それも一つの手だが,漢方薬の副作用も恐ろしいので,よく調べてからでないと危ないのでは,といったことも話したことがある。
長岡さん急死の背景に,多忙による過労があることは,明らかである。いまの制度では,教育研究や学校運営に誠実であろうとすればするほど多忙となり,過労死に追いやられる。個々人というよりは,むしろ制度がおかしい。文科省あるいは大学は,教育と研究にとって本当に必要なことをよく見極め,厳選し,教育研究環境を改善すべきだ。長岡さんのような本物の教育研究者を過労死に追い込まないために。
長岡さんの死後しばらくして,私自身の体調が激変した。前兆はあった。6月頃,長岡さんと廊下で出会ったとき,「どうした,いまにも死にそうだなぁ」と声をかけられた。その時は,それほど悪化せず回復したが,長岡さんの死後,秋になると,様々な体調異変が始まった。睡眠は連日2時間ほど。耳鳴りがはじまり,時々聞こえなくなる。便秘がつづき,尿が極端に少なくなり,食欲もない。長岡さんの急逝の後なので,これは危ないと感じたが,あと半年で定年退職なので,用心しつつ何とか乗り切ることにした。
ふらふら,よれよれだったが,何とか3月まで生き延び,やっと停年を迎えた。正直,ホッとした。長岡さんに生かされたのでは,とひそかに思い感謝している。
■教育学部案内。表紙のマチャプチャレは長岡さん提供であろう。これも聞き忘れてしまった。
【参照】
▼シンポジウム「長岡信治:海から山,火山でのフィールドワーク」2013年6月
▼世界の山やま アンナプルナ(長岡信治)
▼長岡信治「マダガスカルにおける象鳥(エピオルニス)の絶滅と完新世環境変動史」(平成19年)
▼雲仙岳と岳の棚田の地形・地質(長岡信治)
谷川昌幸
エベレストに赤旗,マオイストの快挙
エベレストを征服し,赤旗を立て,世界最高峰の高みから世界マオイスト革命を指導する,というのがネパール毛沢東主義派の立党以来の目標だった。その念願が,5月26日,ついに達成された。
英雄プラチャンダ議長の名代,プラチャンダJr(プラカシ・ダハール)を中心とする総勢15人のマオイスト登山隊が,「ルンビニ=エベレスト平和行進2012」を掲げ,エベレスト登頂に成功したのだ。
マオイスト登山隊は,「ルンビニの土」とネパール国旗・マオイスト党旗をもって登頂した。ブルジョア反動メディアは報道していないが,おそらく山頂で国旗と赤旗(党旗)を掲げ,「ルンビニの土」つまり「仏舎利」を奉納したのではないだろうか。国家と党と仏陀! さすがマオイストは偉大だ。
少々残念なのは,時期がいささか悪かったこと。本来なら,マオイスト主導下に新憲法が制定され,ルンビニでは国連事務総長をはじめ世界の著名指導者多数を招き「仏前平和祭典」が賑々しく開催されているはずであった。ところが,無念なことに,反動勢力に妨害され,いずれも水泡に帰し,ネパールは目下,大混乱,戒厳令か国家解体かの瀬戸際にある。せっかくの登頂が,台無しにされてしまった。
しかし,そこはマオイスト,この逆境だからこそ,エベレスト登頂の意義もあろうというもの。世界最高峰に党旗をたて,マオイスト革命を訴えかける。さすがイデオロギー政党,健気なものだ。こうした不屈の信念があったからこそ,王制打倒,封建制解体,カースト・ジャナジャーティ差別撤廃,女性蔑視禁止などの偉大な目標が多数達成されたのだ。
マオイスト設立の頃,エベレストに赤旗を立てることを党是に組み込んだのが誰であったかは定かではないが,こうした無邪気な,しかしそれだけに人心を巧みに捉えることができるスローガンを思いついたのは,おそらくプラチャンダであろう。
自分の息子に「赤旗」と「仏舎利(ルンビニの土)」を持たせ,エベレスト山頂から「マオイスト革命」と「平和」を世界に向かって訴えかけさせる。こんな奇想天外な,愉快な大事業をやれるのは,われらが英雄プラチャンダ以外にはありえない。
「プラチャンダの道(Prachanda Path)」は,エベレストの高みに達した。プラチャンダ議長,万歳!
谷川昌幸(C)
プラチャンダご令息のエベレスト計画,頓挫
プラチャンダ議長のご令息プラカシ氏が,他のマオイスト同志10人と「ルンビニ・サガルマタ平和隊2012」を組織し,エベレスト(サガルマタ)登頂を目指すことになった。世界最高峰に赤旗がひるがえるのは壮観であり,はるか下界にルンビニのパン国連事務総長見下ろす,というその心意気は諒としたい。さすが,英雄プラチャンダ議長のご令息だけのことはある。
マオイスト政府も,この登山計画を高く評価し2千万ルピーの国費支援をすることにした。ネパールの「輝ける道」(「プラチャンダの道 Prachada Path」ともいう)がエベレストに達する記念すべき事業だから,これも当然だ。
ところが,どこにでも了見の狭い小人はいるもので,プラカシ登山隊への国費支出に対し,ねたみ,ひがみタラタラ,NC,UMLなどから文句が噴出した。また,栄光登山から外された身内のYCLからも,恨み節が聞かれ始めた。
NC系学生団体NSUにいたっては,いやがらせに支援キャンペーンをやり,2千万ルピーを集め,登山隊に寄付するという。まるで,漫画のような抗議運動だ。
もし登山隊の先頭に立つのがプラチャンダご本人なら,そんなひがみ,ねたみなど意に介さず,NSUが2千万ルピーくれるというのなら,「はい,ありがとう」といって受け取り,国費2千万ルピーと合わせ,豪勢にエベレスト登山をするだろう。豪華であればあるほど,箔がつく。
この「世界に輝けるネパール」を目指すプラチャンダ人民王に対し,首相のバブラム氏は、有能ではあるが,民草の1人にしかすぎない。ちまちま世俗的な心配をし,公用車にはネパール国産ムスタン車を使用,国連出張にもエコノミーを利用する。しかし,小国首相(実質的元首)がエコノミーを使用したら,貧乏くさく,惨めなだけだ。お金が無いのだな,おかわいそうに,と同情を引くだけ。
これに対し,エベレストに赤旗を立て,矮小資本主義諸国を見下ろし,国連をもひれ伏させることを目指すのがプラチャンダ登山隊――希有壮大,夢がある。2千万ルピーくらい,安いものだ。
ところが,残念ながら,登山隊を実際に率いるのはプラカシ人民皇太子。世間の批判にたじろぎ,たちまち腰砕け,国費2千万ルピーを辞退してしまった。こりゃダメだ。登山はするであろうが,私費と国費では重さが違う。そこのところが,人民皇太子には分かっていない。が,2代目だから仕方ないだろう。
■”Govt decision to aid Dahal son’s Everest team draws flak,” ekantipur,MAR 16
■”Dahal son’s Everest team to get crores,” 2012-03-17,HIMALAYAN NEWS SERVICE
■”Frugal PM Gives Rs 20m For Maoist Everest Bid,” myrepublica.com, March 17
■Binod Ghimire,”Country outraged by ‘birth of new princelings’,” ekantipur,MAR 18
■”NSU collects symbolic donation for Dahal’s son,” ekantipur,2012-03-18 04:35
■”Dahal’s son to reject govt’s aid,” ekantipur, MAR 18
谷川昌幸(C)
エベレストに赤旗,プラチャンダ議長ご令息
ネパール共産党マオイストは,エベレスト(サガルマータ)に赤旗を立てることを,党目標の一つとしてきた。パンフレットのタイトルにもなっている。
マオイストはいまや政権与党だ。首相は統一共産党(UML)のカナル氏だが,実質的にはプラチャンダ議長が政権をコントロールしている。制憲議会3ヶ月延長のための5項目合意についても,カナル首相の即時辞任を求めるコングレス党(NC)に対し,プラチャンダ議長は,挙国政府合意が出来るまで,つまり当分の間,辞めなくてもよいよ,とカナル首相を全面的に支援している。
プラチャンダ議長は,カリスマ的指導者であり,人民に恐れられつつ愛されている。私も大好きだ。
そのプラチャンダ議長が,権力掌握の次に狙うのは,どうやらプラチャンダ王朝の創始らしい。エベレストに赤旗を立てるという名誉ある任務を息子のプラカシ(サカール)同志に託したのだ。もちろん赤軍(人民解放軍)が支援する。
プラカシ同志が赤軍を率い,世界最高峰エベレストを征服し,赤旗を頂上に立てることに成功すれば,象徴的にはネパール・マオイストが世界を征服したことを意味し,それを達成したプラカシ同志の権威は比類なきものとなる。権力は父から息子へ継承され,プラチャンダ王朝が始まる。
プラチャンダ議長が人民に愛されるのは,このようなあっけらかんとした天真爛漫さにある。陰湿に野心を隠そうとはしない。首相になれば,巨大ベッドを買う。集会では,国連に人民解放軍4万とふっかけ,2万人も認めさせた,本当は8千人なのに,と自慢話をする。そして,今度は息子に赤旗を持たせエベレスト征服に向かわせる。下心見え見えだが,とにかく万事ネアカで,憎めない。
やはり,ネパールを統治しうるだけの器量を持つ政治家は,プラチャンダ議長しかいないのではないだろうか。
谷川昌幸(C)
ヒラリー卿とエベレストの十字架
谷川昌幸(C)
ヒラリー卿が1月11日,ニュージーランドで亡くなられた。卿とテンジン氏(1986年没)が1953年5月29日エベレスト(サガルマータ)初登頂を達成したことは,歴史に残る偉業だ。これは誰も否定しない。
ところが,エベレストよりも高い天の高みに立つ「天声人語」(朝日新聞1月13日)になると,エベレスト登頂については少々批判的になる。
なぜエベレストに登るのか? 模範的回答は,「そこに山があるからだ」(G.マロリー,1924年エベレスト遭難死)である。「天声人語」も暗にこれを想定し(そしそうでなければゴメンナサイ),この問いへの回答をいくつか紹介している。
・中国人女性登山家:「国家と人民の名誉のために」
・ポーランド人女性登山家:「女性の勝利のために」
上品な「天声人語」のこと,モロに批判はしていないが,前後関係から,かなりの嫌味と受け取れる。
さて,そこでヒラリー卿。「そこに山があるからだ」の崇高な登山哲学,登山倫理からすると,「天声人語」氏は率直には初登頂を賞賛できないらしい。
「登山がナショナリズムと結びついていた20世紀半ば,『大英帝国』の威信を背負っての初登頂だった。」
その通りであろう。アメリカを「新大陸(処女地)」とみなし,ここを「征服」し,旗を立て,命名し,先住民を追放,虐殺し,自分のものとする。イギリスは,この近代国家ナショナリズムの覇者だったが,20世紀にはいると落ち目となり,その挽回を大英帝国登山隊に託し,はからずもメンバーの一人のヒラリー卿が初登頂に成功したと言うことだろう。植民地生まれのヒラリー卿が,宗主国イギリスの旗を世界最高峰エベレストに立てた。世界史の授業に使えそうな興味深い話しだ。
むろん,ここまでなら周知の事実。登山史の素人の私が「天声人語」で教えられビックリ仰天したのは,「ヒラリー卿が小さな十字架を置いて去った頂」という指摘だ。登山史ではよく知られたことかもしれないが,不覚にもこんな重大な事実があるとは知らなかった。
ヒラリー卿の偉大さは認めた上で,この宗教行為は,断じて容認できない。「十字架を置く」とは,無主地エベレストをキリスト教徒が「征服」し,そこを「キリストに捧げられた地」とすることだ。
エベレスト周辺に住むのは,ヒンズー教徒,仏教徒,伝統的宗教を信じる人々だ。彼らにとって,エベレストは神聖な山だったはずだ。そこに,外国からノコノコ出掛け,「征服」し,十字架を置いてくる。許されざる暴挙だ。ネパール政府は,エベレストの「世俗化secularization」を要求すべきだ。
むろん,登頂者がそれぞれの国旗,礼拝物を自由にもっていけばよい,という意見もあろう。そうなると,いずれ近いうちに,エベレスト山頂は十字架や鳥居や仏塔が林立することになる。それがどのような状況かは,長崎平和公園の卑近な実例を見れば,よく分かる(拙稿「原爆投下と二つの歴史修正」月刊まなぶ,2007.10参照)。エベレスト山頂をこんな惨めな状態にしてよいのか。
朝日「天声人語」は天の声であり,また当然「なぜ山に登るのか? そこに山があるからだ」という登山倫理を熟知しているはずだから,ヒラリー卿がナショナリズムとキリスト教の先兵となったこと,あるいはその役割を担わされたことを指摘せざるをえなかったのだろう。
以上は,私にはこう読めた,ということ。もし「天声人語」氏に批判的意図はないということであれば,私の勝手な深読みです。もしそうなら,ゴメンナサイ。
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