ネパール評論 Nepal Review

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キリスト教会,連続攻撃される

ネパールのキリスト教会が,2回連続して攻撃された。いずれも犯人は不明。

4月16日午後,「ネパール全国キリスト教連合(FNCN)」のサントシュ・カドカ書記が,ラリトプル・マンバワンのFNCN集会所開催のイースター集会に参加し,帰宅しようと会場を出て100mほど行ったところで,何者かに銃で腰付近を撃たれ重傷を負った。FNCNはプロテスタント教会の統括団体。

その2日後の4月18日午前3時ころ,今度はラリトプル・ドビガートの被昇天教会(Assumption Church)が,何者かの集団に放火された。教会西入口付近と聖職者住居の一部が焼け,バイク2台と車1台が全焼した。この被昇天教会は,ネパール最大のカトリック教会で,2009年には礼拝中を爆破され,3人が死亡している(*3,*4)。

今回狙われたのはプロテスタントとカトリックであり,犯人も具体的な攻撃目的も不明だが,宗派にかかわりなくキリスト教そのものが攻撃目標にされたとみるべきであろう。5月中旬の地方選との関係は,不明。


 ■被昇天教会/放火された住居と車輌(同教会FB)

*1 “Christian Federation concemns shooting of its member,” Kathmandu Post, 19 Apr 2017
*2 “Arson attack at the Catholic Church just after office secretary of Christian federation was shot,” nepalchurch.com, 20 apr 2017
*3 コミュナリズムの予兆(5)
*4 コミュナリズムの予兆(6)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/04/26 at 12:21

Republica vs Nepal National

ネパールのネットメディアには不思議な習性がある。何の予告も案内もせず,ある日突然アドレスを変更,アクセス不能となる。継続して読みたければ,自分で新アドレスを探さねばならない。ちょっと予告しておけばよいのに,それをしないのが,いかにもネパール流。不思議な,読者無視の慣習だ。

今回は,ネパール大手メディアの一つで,International New York Timesと連携しているRepublica(My Republica)。突然のリンク切れで,アクセスできなくなってしまった。あちこち探し,新アドレスを見つけたが,また切れた。新聞そのものは発行しているようだが,こんな不親切では信用失墜,ネット版の読者に見放されてしまう。

これとは対照的にサービス精神旺盛なのが,中国系やオセアニア系,あるいはキリスト教会系。幾度か紹介した中国日報(China Daily)は,無償配布に加えて,奨学金さえ出し,サービスとイメージアップにこれ努めている。参照:中国日報

オーストラリアMidwest Radio NetworkのNepal Nationalも,なかなか使い勝手が良い。ニュース選択センスがよいし,画面もすっきりしていて読みやすい。参照:Nepal National

また,キリスト教会系ニュースメディア,たとえばローマカトリック教会のAsianews.itも,当然ながら立場が明確であり,たいへん興味深い。参照:Asianews.it

Asianews.itの中国語版発信趣旨説明によると,中国の大学ではキリスト教への関心が高い。中国通信制大学の調査(詳細不明)では,北京の学生の61.5%がキリスト教に関心を持ち信者になりたいと願っているという(本当かなぁ?)。だから,Asianews.itは,中国語版をネット配信しているのだそうだ。

Asianews.itのネパール向けニュースページも,おそらく,これと同じ趣旨で配信されているのだろう。そして,このAsianews.itのキリスト教関係記事は,上述のNepal Nationalにも転載されている。オセアニアないし西洋の人々にはネパールのキリスト教関係記事への関心が高い,また,ネパールの人々にもキリスト教への関心を高めてほしい,とNepal Nationalが考えているからにちがいない。

こうしたことを念頭において今週のネパリタイムズ(3-9 Apr,#752)を見ると,なかなか興味深い。中国日報(China Daily)の広告が出ているのは言うまでもない。そして,記事としては,「ネパール人,しかるのちにカトリック教徒」が目に付く。

150405 ■ネパリタイムズ記事

このネパリタイムズ記事によれば,キリスト教徒は,2011年全国人口調査で375,699人,全国キリスト教連盟発表で250万人,そのうちカトリックは8,000人。カトリックはまだ少数派だが,キリスト教徒総数はかなり増加している。

記事によれば,信徒であっても,様々な軋轢を恐れ隠れている人々(いわばネパール版「隠れキリシタン」)もいるし,逆に受洗していなくても教会行事には参加する人もいる。こうした状況を考え合わせると,信徒250万人というのも,あながち誇張ではないだろうし,もしそうだとすると,キリスト教はすでに相当の大勢力になっているとみてよいであろう。

Asianews.itは,こうしたネパールの状況をよく見据え,ネパールニュースを発信し,Nepal Nationalはそのキリスト教会系ニュースを転載しているのだろう。

このように,中国系やオセアニア系,あるいはキリスト教会系メディアは,それぞれの得意な方法で,読者へのサービスに余念がない。これに比べ,ネパールメディアは,まだまだ知識身分の特権意識が抜けきらない。「恩恵を恵んでやるぞ」といった上から目線。これでは「士族の商法」,自由競争市場では早晩淘汰されてしまうであろう。

【追加2015-04-08】
Republicaは,HP再構築が完了したらしく,再び接続できるようになった。が,他のネパールメディアと同様,依然として垢抜けせず,読みにくい。
【訂正補足2015-04-09】
Nepal NationalはAsianews.itの記事の転載をしているだけでした。上記のように訂正補足します。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/04/06 at 13:31

レグミ内閣とキリスト教墓地問題

キリスト教墓地問題の解決が,レグミ暫定内閣の初の「成果」となりそうだ。カーター元大統領の訪ネも,おそらく影響しているのであろう。

レグミ暫定内閣議長(首相代行)は,就任早々,新たな墓地問題特別委員会を発足させた。委員長はビノット・パハディ元CA議員,委員は16人で,その一人は「ネパール全国キリスト教連盟(FNCN)」のCB.ガハトラジ書記長。この委員会は,75郡すべてにキリスト教徒らの墓地を設置することを決め,7月15日までに用地の選定を終える,と発表した。実現すれば,画期的なことだ。

「これまで,キリスト教徒とキラント諸民族は,自費で土地を購入し,墓地として使用してきた。しかしながら,墓はしばしば冒涜され,墓地は没収された。多くのところで,土地は少なく,一つの墓に10遺体も埋葬する有様だった。」(Asia News, Mar21,2013)

キリスト教墓地については,2009年,パシュパティ寺院の近くのシュレシュマンタクの森が割り当てられたが,ヒンドゥー教徒が猛反発,使用禁止とされた。これに対し,2011年,最高裁が使用禁止処分の取り消しを言い渡したが,警察もパシュパティ寺院も使用を認めてこなかった(ibid)。しかし,今度は大丈夫だろう,とガハトラジFNCN書記長はいう。

「今回は大丈夫だろう。以前のマオイストや共産党政府は,マイノリティを政治目的で利用しただけだったが,新政府は政党利権とかかわらない官僚たちから構成されているからだ。」(ibid)

以前も紹介したように,このところキリスト教徒は急増している。数字は種々あるが,たとえば――

▼国家人口統計
 2006年 キリスト教徒 全人口の0.5%(カトリック教徒は4,000人)
 2011年 キリスト教徒 全人口の1.5%(カトリック教徒は10,000人)

このイースターにも,受洗者は多かった。「洗礼志願者の多くは,2008年のヒンドゥー教王国崩壊後,活発化したカトリックの学校や慈善団体の活動を通してカトリック教会を知ることになったヒンドゥー教徒であった。彼らは,2年間,キリスト教を学び,受洗した。」(Asia News, Apr2, 2013)

「これは,キリスト教徒に信仰の自由が認められるようになった近年の状況の好転によるところが大きいが,それだけではなく,ヒンドゥー教やマオイズム・共産主義の退潮にもよるものだ。この数十年間,マオイズムや共産主義は,ネパール青年の多くにとって自由のモデルであったのだ。」(ibid)

こうしたキリスト教拡大を受け,「殉死者・不明者調査委員会」は,この一月,ジョン・プラカシ神父を,キリスト教徒初の「国家殉死者」とすると発表した。神父はインド生まれのインド人だが,2008年,ヒンドゥー原理主義者に殺害された。発表通り「国家殉死者」に叙されたかは,不明。

いずれにせよ,近年のキリスト教の拡大は,顕著である。ただ,一神教で,死者復活を信じるキリスト教が,ネパールのヒンドゥー教や仏教の伝統とは,原理的に異なる宗教であることは,いうまでもない。

アメリカなどで行われる「遺体防腐処置(embalming)」では,遺体から血液を抜き去り,防腐剤を入れ,スーツやドレスを着せ,埋葬する。もちろん,時が満ちたとき,生前の姿のまま復活するためだ。これに対し,ヒンドゥー教徒は,河岸で火葬後,遺灰はバグマティ川(ガンジス川)に流す。死生観が原理的に異なる。

130410a ■防腐処置されたリンカーン(May6,1865)

130410b
■ヒンドゥー教徒の荼毘(パシュパティナート,2009年8月23日)

こうした二種類の宗教が,いまネパールで真正面から対峙し,勢力関係が大きく変わろうとしている。宗教的にも,ネパールは非常に不安定な状況になってきたといわざるをえない。

【参照】キリスト教

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/04/10 at 14:54

長崎被爆66周年と平和運動

8月9日午前,平和公園に行き,平和祈念行事に参加した。

1.長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典
長崎市主催の「平和祈念式典」は,例年通り,平和祈念像前の広場で開催された。10時半頃行くと,すでに満員で入場できないとのこと。例年そのような規制はなく,今日も外から見ると,空きスペースがかなり見られた。

入場拒否された人々の噂では,今年は米国主席公使が参列するので警備が強化され,一般参列者が閉め出されたとのこと。あくまでも噂だが,ありそうな話しだ。
入場拒否された参列者たち

そもそも,この公式「平和祈念式典」はケッタイな式典だ。以前にも指摘したように,「平和祈念像」は,多くの人にとって威圧的な偶像としか見えない。その偶像に向かって参列者一同が頭を垂れ,祈る。これは異様だ。
三角形は威圧象徴図形

式典終了後,平和祈念像前の献花を見ると,特等席に各政党や国家機関の名前が並んでいる。なるほど公式行事とは,このようなものなのだ。
平和祈念像前の献花

それと,もう一つ解せなかったのは,おびただしい数のミネラルウォーター(500mlペットボトル)とオシボリを無料で配布していたこと(例年のこと)。タダほど高いものはない。省エネを叫びつつ,なぜこんなムダな大盤振る舞いをするのだろうか?

2.浦上教会「平和祈念祭」
平和祈念像前の平和式典は,あまりに生臭く,騒々しすぎる。被爆犠牲者のことを思い起こし,静かに平和を祈るには,別の場所,たとえば近くの浦上天主堂の方がはるかによい。

浦上天主堂の「平和祈念祭」は,11時少し前から始まり,原爆投下の11時2分,参列者全員が黙祷し,犠牲者の霊の平安と,今後の平和を静かに祈った。

そう,原爆は,キリスト教国アメリカにより,日本カトリックの聖地,浦上の,このカトリック教会の上に投下されたのだ。一瞬にして,多くのカトリック信者が犠牲になった。この教会も破壊された。

カトリック信者ではない私にも,参列されている信者の方々の静かな祈りに秘められた重さと深さが,ひしひしと感じ取れた。祭壇左には,「平和の祈り もっと強く,もっとやさしく」と掲げられていた。祈りとは,本当はこのようなものであるはずなのだ。
浦上天主堂と被爆石像

3.爆心地公園の平和集会
浦上天主堂での「平和祈念祭」終了後,爆心地公園に行った。例年,ここでは様々な団体,グループが平和集会を開いているのだが,その熱意は年々低下し,今年は閑散としていた。

運動の持続には,合理的理性の力だけでは無理であり,心情を深くとらえる情念の支えが不可欠だ。

カトリック教会の強味は,そのような人間の弱さをよく理解し,様々な制度や装置を総動員して心情に訴えかけ,情念の力で人間を支えていくところにある。長い伝統に裏付けられた本物の権威の力と言い換えてもよいだろう。

では,非戦・反核平和運動は,どのようにして人々の心情に訴えかけ,運動を持続発展させていけばよいのであろうか? これは難しい。

一つ確かなのは,「平和祈念像」では無理であろうということである。平和祈念像は,「救い」や「やさしさ」ではなく,上からの「威圧的支配」を思わせる。ましてや,その前に生臭い国家権力機関や政党が麗々しく献花し,会場をおびただしい数の警官が取り囲んでいては,平和祈念像は権力支配の象徴と化しかねない。

非戦・反核平和運動を継続発展させるための持続的情念を生み出しうるもの――「市民宗教」を求めた民主主義者ルソーに習うならば,それは「平和宗教」ということになるのであろうか?


閑散たる爆心地公園(1)

閑散たる爆心地公園(2)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/08/09 at 21:39

カテゴリー: 平和

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枯松神社: 神仏共生はなお可能か?

 [1]

 「文化の日」の11月3日,憲法第20条「信教の自由」を思いつつ,黒崎の枯松神社祭に参列した。この神社には,キリシタン宣教師のサンジワン(聖ジワン)が神として祭られており,秋の祭では「カクレ(旧)キリシタン」,カトリック教会,仏教の3宗教が合同して祭礼を行う。神道は直接は参加していないが,枯松神社はれっきとした神社だから,その神域内の神社での祭礼には古来の日本の神も当然参加していると見るべきであろう。つまり,枯松神社祭は,カクレキリシタンの神,カトリックの神,仏教の仏,日本神道の神を合同して祭る,おそらく世界唯一の特異なお祭りなのである。(カクレキリシタンは「旧キリシタン」」「潜伏キリシタン」「隠れキリシタン」などとも呼ばれる。)

この祭には,キリシタン弾圧への深い反省がある。幕府は,禁教令によりキリシタンを徹底的に弾圧した。その結果,キリシタンは根絶されてしまったと思われていたが,当時は不便な僻地であった黒崎付近にはキリシタンが潜伏し,密かにキリシタン信仰を守り続けていた。そのとき,この地方のいくつかの寺,たとえば樫山の天福時はキリシタンと知りつつも彼らを受け入れ,弾圧から守り続けた。

また,神社も,サンジワンを御神体として祭らせることによって,結果的にキリシタンの信仰を守った。もちろん,神社はカクレキリシタンの隠れ蓑として利用されただけかもしれないが,それでも鎮守の森の神は利用されることを許したのだから,キリシタンを守ったといってよいであろう。

枯松神社祭は,キリシタン弾圧への深い反省と,諸宗教の相互理解・共存を促進するため,開催されているのである。

  ●プログラム(2010.11.3)
    感謝祭・慰霊ミサ 小島師(カトリック長崎大司教区)
    オラショ奉納   村上師(旧キリシタン代表)
    講  演     野下師(カトリック中町教会)
  ▼参考
    侵略と弾圧から共生へ:長崎キリシタン神社

[2」

この枯松神社祭には,2007年11月にも参加した。そのときは,曇天ということもあったかもしれないが,神社境内は,キリシタン弾圧時代をしのばせるような,鬼気迫る雰囲気に包まれていた。その厳粛さには誰しも粛然たらざるをえないほどであった。

ところが,今日は,そのような霊気のようなものは,ほとんど感じられなかった。晴天ということもあろうが,どうもそれだけではなさそうである。

一つは,この3年で,神社周辺が整備され「近代化」されたこと。立派な道路ができ,神社近くのグラウンド・駐車場も完成していた。観光バスも来ていた。「近代化」は暗闇を「光で照らすことであり,「魔術からの解放」である。カクレキリシタンの神を隠す神域が,光に照らされ,神は隠れることも魔術を使うことも難しくなった。これが一つ。

もう一つは,それと関連するが,傍若無人のカメラ中高年。最近は,中高年男女の間で写真が流行っているらしく,バカでかい一眼レフをもったアマチュア中高年男女が,ところかまわず動き回り,ミサ中にもかかわらず,パシャパシャ写真を撮りまくる。神父様がアーメンといえば,思い切り接近し,すかさずパシャパシャ。昔,写真は魂を抜くと恐れられた。いかな全能の神といえども,こんな自己中素人写真屋にパシャパシャやられては,子羊を救う前に退散してしまうのは当たり前だ。こんな罰当たりの写真屋どもは,来年から入域禁止とすべきだ。

[3]

しかし,これは実際には難しい。地域の人々は,この世界的にも珍しい枯松神社祭を村おこしに利用しようとしている。観光化だ。観光化すれば,神は見せ物となり,逃げ出す。神は隠れてあることをもって本質とするからだ。あとには,外見と私利のみのマモン神が控えている。

[4]

それと,今年不思議だったのは,お寺さんの参加がなく,祭礼は仏教抜きで行われたこと。また本来祭の中心のはずのカクレキリシタンも,オラショ奉納はあったものの,祭礼での扱いは小さく,影が薄かった。今年の祭礼は,カトリック教会が全体をほぼ仕切っており,カトリックのミサといってよいくらいであった。(主催は「枯松神社祭実行委員会)

もともとカトリックは,その名の通り普遍的であり,非常に柔軟だ。布教に役立つと思えば,土地の慣習であれ神々であれ,何でも取り込んでしまう。プロテスタントなど,足元にも及ばない。しかし,もし枯松神社祭がカトリック布教に傾斜していくなら,その本来の意義を失ってしまうだろう。

とはいえ,カクレキリシタンの人々は高齢化し,先祖伝来の信仰の継承が難しくなっているし,世は隠すことをもって悪とし,何でもかんでもあからさまに平気で見せてしまうようになった。地域の人々の生活の改善も当然必要だ。

それやこれやで,枯松神社祭の秘教的厳粛さは,結局,失われざるをえないだろう。残念なことだが。

 黒崎教会(枯松神社側より)

 神社でのミサ

祭神サンジワン様

 聖体拝領

 オラショ奉納

 講演

(C)谷川昌幸

 

Written by Tanigawa

2010/11/03 at 20:48