ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

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田園に降り立つ神

2012年11月9日午後,キルティプール西方,バルクー川をさかのぼり,サラスワティ寺/マハデブ寺付近の茶店の外で茶をすすり,何となく田園風景を眺めていた。風もなくポカポカ,快適な小春日和。

ちょうど稲の取り入れ。あちこちで稲刈り,脱穀,稲藁たばねが行われている。稲作以外の田畑や空き地には,菜の花,マリゴールド,ブーゲンビリア,ラルパテなど,花々が咲き乱れている。その向こうには,「秋霞」にぼんやりと,煉瓦工場の煙突が浮かんでいる。幻想的な田園風景。

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 ■幻想的田園風景 マリゴールド・菜の花・煉瓦工場煙突

と,そのとき突然,何の前触れもなく,目の前の田圃で農作業をする女性二人のそばから,稲藁がふぁふゎと浮き上がり,頭上付近を舞い,やがて空高く飛び去っていった。女性たちはあっけにとられ,呆然と,ただ眺めるだけ。これは神風だ! 稲の収穫をご覧になった神が,田圃に降り立ち,農民を祝福し,再び天空へと舞い上られたにちがいない。

いまどき,こんなことを言うと,「非科学的」,「神がかり」などとバカにされるだろうが,小春日和の幻想的な田園風景の中に神を見ない者こそ,不幸である。局地的な小さな上昇気流が発生した――そんな「科学的」説明には,何のリアリティもない。

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 ■稲藁: 浮き上がり,頭上を舞い,天空へ

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/01/11 at 14:01

カテゴリー: 宗教, 文化, 旅行

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キルティプールのガート:自然に包まれて

1.仏教ゴンパと援助ロープウェー残骸オブジェ
11月21日、キルティプールの西方へ散策に出かけた。丘の西北端、インドラヤニのすぐ下に、援助ロープウェーの巨大な残骸があり、それにブーゲンビリアの大木がからみつき、巧まずして見事なオブジェとなっている。

その左横奥には、大きな美しい仏教ゴンパがある。誰でも入れ、花々が咲き乱れるヒマラヤ展望の名所である。本堂内ではネパール語・英語使用の法話を聴くこともできる。

 
 ■インドラヤニからのヒマラヤ/ゴンパからのヒマラヤ

 
 ■ロープウェー残骸オブジェ/ガート公園と残骸ロープウェー(上方)

2.ガート公園(仮称)
そのゴンパの隣に小学校があり、その横の小道を下りていくと、谷底の小川の側に小さな寺院インドラヤニ・サムサンがあり、その川岸がどうやらこの付近のガート(火葬場)となっているようだ。一昨日近くを通ったとき葬儀参列者が集まっていたし、今日も30人ほど集まり火葬の準備をしていた。かなりの人が、ここで荼毘に付されるのだろう。

この谷は、キルティプールの丘と西向かいの丘の狭間で、垂直に近い角度で切れ込んでいる。上からのぞくと足がすくむほどだ。キルティプール側は、公園として整備されているらしく、斜面には桜が植えられ、小道も造られ、あちこちに鉄製ベンチが置いてある。

このガート公園(仮称)は放牧が認められているらしく、牛や羊があちこちで草をはんだり、寝そべったりしている。ガート側の小川では、女性たちが洗濯し、洗った布を周辺の草地に広げ干している。その側では子供たちが遊び回り、近くの田では刈り取り・脱穀後の稲藁を広げて干したり束ねて運んだりしている。小春日和の、のどかな田園風景である。

このいつもと変わらない自然な風景の中で、この地方の荼毘は執り行われているようだ。

ネパールの火葬場としては、パシュパティナートが有名だ。寺院は立派だし、川岸の火葬施設も整備されている。しかし、その反面、寺院は制度としてのヒンドゥー教の権威の具現であり、良く言えば荘厳、逆に言えばケバケバしいこけおどし。ここでの葬儀は、死者と縁者のためというよりは、権威と見栄のためのよう思えてならない。

 
 ■公園の桜と羊/寺院と葬儀参列者(左上)

 
 ■ガートと牛/ガートで洗濯

2.日本の葬式産業
このことは、日本の葬式について、特に強く感じる。葬式はますます形式化し、寺と業者の商売となり、とんでもない金がかかるようになった。特に悲惨なのが、地方。

いま日本の地方では、高齢化が進み、当然、結婚や誕生は少なく、葬式が多くなる。その結果、驚くべきことに、田舎では、葬儀業者がアンテナを張り巡らせ、誰かが死ぬと、いち早くキャッチし、競って新聞チラシに死亡情報を掲載する。次の顧客――死亡待機者――を獲得するためである。いま田舎の朝は、新聞を広げ、死亡広告チラシを見るのが、日課となっている。

おかげで、田舎の「死の商人」は景気がよい。大きて立派な建物は、有料老人ホームか葬儀催事場と見て、まず間違いない。

私は、こんな葬儀はいやだな。自分の死を寺や僧侶や葬儀社の金儲けの種にされたくない。死は本来自然なものだ。死とともに、自然の中に自然に帰っていくのが理想だ。

3.死して自然に帰る
自然に帰るという点では、このキルティプール・ガートでの荼毘は理想に近い。伝統社会の葬儀は、一般に多くの儀礼に縛られるから、キルティプールでも死後の儀礼は多数あるであろうが、少なくともこの火葬場での荼毘に限れば、ごく自然だといってよい。参列者の多くは平服であったり、ごく質素な喪服だし、ケバケバしい飾り物があるわけではない。

荼毘そのものは見ていないが、ここでの火葬は、花々が咲き、牛や羊が草をはみ、女たちが洗濯し、子供たちが遊び、農民が稲藁集めをする、その自然な風景の中で、自然に執り行われるものであるに違いない。近親者の悲しみは、遠くからでも、よく感じ取れる。それすらも、自然は優しく受け入れ、自然のうちにいやしてくれているようだ。

私の葬儀も、このような自然に抱き包まれるような、自然なものであることを願っている。

  
 ■対岸のチョータラとヒマラヤ/峡谷と新興住宅街

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/23 at 15:43

カテゴリー: 社会, 文化

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寒くて暖かいキルティプール

この時期、北向きの室は寒い。たくさん着込んでもでも寒いので、屋上に上がり、ひなたぼっこをする。

これが快適。ぽかぽか、ついうたた寝を繰り返してしまう。本を持って行っても2、3頁読むとうとうと、これで半日終了。

周囲を見回すと、やはり屋上で椅子に腰掛け、何をするでもなく、じっとしている人が多い。また、田の畦にうつぶせになっている人もいて、行き倒れかと心配するが、実は、これらの人は、ひなたぼっこをしているのだ。

湿度が低く、天然赤外線が身体の深部までホカホカ暖めてくれる。周囲は百花繚乱、中景は有り難いスワヤンブー、そして天空にはヒマラヤ。半日といわず、一日中でも、ひなたぼっこをしていたいくらいだ。

が、そこは勤労倫理を埋め込まれた悲しき近代人、何かをしていないと罪悪感に駆られる。まことにもって、因果なものだ。

 ■朝夕の風景(ホテルより)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/19 at 09:31

カテゴリー: 旅行

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煉瓦と桜のキルティプール

キルティプール名物には、赤煉瓦と桜もある。日本人観光客には、この二つだけでもキルティプールは見物に値する。

1.赤煉瓦の伝統と文化
思い込みといわれるとそれまでだが、赤煉瓦には伝統と文化が感じられる。たとえば、同じ本でも、モダンな近現代建築の図書館にあると軽薄な感じがするのに対し、赤煉瓦図書館だと重厚な感じとなる。

キルティプールには、その赤煉瓦が多い。建物ばかりか道路も、たしかに石畳やセメントが増えてはきたが、まだまだ赤煉瓦敷きの部分が多い。この村に伝統と文化、深さと重さが感じられるのは、それ故である。

■煉瓦造りの町キルティプール

煉瓦には、製造所ですら、特有の文化の香りがする。キルティプールの南西郊外には、相当数の煉瓦製造所があり、現在も稼働中だ。

その佇まいが実によい。文化的だ。工場というより工房の趣がある。いずれもかなり大規模な製造所だが、田舎の風景にとけ込み、絵となっている。特に、「秋霞」たなびく菜の花畑と、よくマッチする。


 ■煉瓦製造所遠景(左)/近景(右)

2.桜の哀愁
キルティプールは、また桜の名所でもある。丘には少ないが、ちょっと郊外に出ると、かなり見られる。菜の花が秋に咲き、霞が秋にたなびくように、ここでは桜も秋に咲く(春咲きもあるだろうが)。

11月16日はまだティハール休み。午後、キルティプールの丘を南に下り、ナガウンからバッケパティ方面へ散歩に行った。道草をしながら約30分。この道路は新設らしく、直線のアスファルト。つまり、煉瓦の正反対。伝統も文化も不在で、歩いても疲れるだけだ。

また、道の両側の家も、新しいものが大半で、モルタル塗り。しかも、ピンクや青やら、やたらケバケバしい。ピンクは煉瓦色に近いと思われようが、モルタルのピンクは軽薄、煉瓦の落ち着きとは比較にならない。

というわけで、バッケパティまでは無味乾燥なアスファルト直線道路なのだが、バッケパティのバス停で道路を外れ、山麓方面に向かう田畑の中の小道を少し行くと、山麓に桜が咲いている。野生なのか植えられたものかはわからないが、かなりある。田畑や小道沿いにはマリーゴールド、菜の花、ラルパテ、カンナ、そして名も知らぬ青や白や黄色の花々も満開だ。まさしく百花斉放。

このように、キルティプールの丘や郊外の桜も満開だと華やかではあるが、なぜか一種の悲哀も感じる。とくに、稲刈り風景の中の桜には、哀愁を感じざるをえない。これは日本人特有の感傷なのであろうか? 地元の人々に尋ねてみたいと思う。


 ■山麓の桜(左)/道路沿い民家の桜(右)

[追記]古き良きネパール
バッケパティのチョータラの前の茶店で紅茶(ミルクティ)を飲んだら、10ルピー(9円)だった。椅子を店の前に持ち出し、ボケーと風景や道行く人々を眺めていたので、チップをおこうとしたが、受け取ってもらえなかった。また、帰りに小型路線バスに乗ると、少年車掌さんがわざわざ席をつくり座らせてくれた。30分も歩けば、期待通りの「古き良きネパール」を体験することができる。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/17 at 22:43

カテゴリー: 文化, 旅行

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キルティプールのティハール

今日(14日)もティハール休み。仏教の諸仏とヒンドゥーの神々との区別すらおぼつかなく、猫に小判だが、せっかくだから、午前、村を歩いてみた。

この村のすばらしいのは、通路の多くが昔ながらの赤煉瓦敷きや石畳となっていること。そこにマンダラなど祭事の美しい文様が延々と描かれていく(私には解読不能)。水瓶に花を供えたところもある。まるで異次元の世界に迷い込んだかのようだ。

村では、祭事であろうが、籾干しをしており、感心なことに、犬もお供えのお相伴に預かりながら見張りをしていた(村は犬だらけ)。バーグバイラブ寺院前では、サンカタール・サクワ(Sankhadhar Sakhwa、संखधर साख्वा)像を乗せた御輿が巡行し、礼装の少女が行列の人々に祝福を与えていた(クマリのような、そうでないような。やはり意味不明)。

この祭りがいかにも祭りらしいのは、あれほど手間暇かけて描かれた通路上の美しく長~い聖なる文様が、夕方いってみると、ほとんど原形をとどめていなかったこと。いくら手間暇かけて作ったものでも、祭事が終われば、無価値となる――その対比は、非常に印象深いものだった。祭事は、本質的に非日常のものなのであろう。

それはそうだが、それでもバイクや車が、厳かに聖別されたはずの通路の美しい文様の上を、排ガスをまき散らしながら我が物顔で走りまわるのを見ると、この罰当たりめ、と思わず罵りたくなるのを禁じ得なかった。祭事が終われば無価値とはいえ、あまりにもヒドイ!

というわけで、伝統文化の中心にいながら、それが意味するものはちんぷんかんぷん、まるでわからない。手抜きではあるが、写真でご容赦願いたい。素人写真だが、祭事のありがたさは、ある程度感じ取っていただけるであろう。写真は300ピクセル程度に縮小した。

 

 

 

 

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/15 at 02:47

カテゴリー: 宗教, 文化

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チョバールの丘*:古き良き農村

昨日は面白かった。むろん無責任な外人観光客の勝手な感傷に過ぎないが、事実、私自身、一観光客にすぎないのだから許されるだろう。世間で、文化人類学者は先住民族を調査し、見たいことをみ、聞きたいことを聞き、得意満面で「発見」を発表する、と揶揄されるのと、五十歩百歩だ。

●チョバールの丘
キルティプールから徒歩で30分くらいのところに、同じくらいの高さの小さな丘がある。「チョバールの丘*」とでも呼ぶのだろうか。昼食後、ちょっと散歩のつもりで出かけたら、これがなかなか面白い。結局、夕方まで遊びほうけてしまった。

[*訂正]当初「チャンパデビの丘とでも呼ぶのだろうか」と書いたが、この丘は「チョバール丘」とのころ。観光地図では「Chobhar」。在住邦人の方に教えていただいた。多謝。

1.ヒマラヤ絶景
この時期、キルティプールの丘からも、連日、ヒマラヤがよく見える。朝は、目覚めると、ベッドの上からヒマラヤ連山を拝し、夕は、ヒマラヤの日没を眺めながら夕食をとる。贅沢この上ない毎日だ。

ところが、チョバールの丘に登ると、ほんのわずかの距離なのに、ヒマラヤが何倍もの迫力で迫ってくる。信じられない。

たしかに登山では、峠を一つ越えると、景色が一変することはある。しかし、ここからヒマラヤ連山ははるか遠い。それなのに、ほんのわずか移動しただけで、こんなに見え方が変わる。驚き、いたく感動した。

この写真は、安物のカメラで適当に撮ったものだが、それでもヒマラヤの迫力は十分に感じ取れるだろう。写真は400ピクセル程度に縮小してある(以下同様)。


 ■ランタン(チョバールの丘より)

2.花盛り
チョバールの丘は、11月だというのに花盛り。ブーゲンビリア、マリーゴールド、ラルパテ、カンナ(のような花)、その他、名も知らぬ花々が咲き乱れている。そして、特記すべきは、菜の花(からし菜かもしれない)。

菜の花は、私の古き良き少年時代、あの夢のように幸せだった頃の原風景である。菜の花畑をみると、つい涙しそうになるほどだ。

その菜の花が、11月だというのに、チョバールの丘では、畑一面に咲いているではないか! 古き良き時代の、春霞のわが村の風景とそっくりだ。その歓喜は、安物カメラでは到底表現しきれないが、それでも一部は感じ取っていただけるだろう。

 ■菜の花畑、遠景はガネシュ

3.美しい民家
ヒマラヤと花々に自然にとけ込んでいるのが、伝統的な造りの民家。キルティプールの丘の民家も古いものが多いが、密集していて、どちらかというと中世小都市の趣がある。

ところが、チョバールの丘の家々は、適度に離れていて、村の趣が強い。しかも、古いにもかかわらず、手入れが行き届き、美しい家が多い。これには感心した。

■丘の中腹の民家


 ■丘の麓の民家

 

4.素朴な村人
都市からの観光客は、素朴な農民を期待するが、チョバールの丘には、そのような感じの村人が多い。キルティプールの丘の人々は、ちょっと小難しい感じの人が多いが、同じネワールのはずなのに、こちらの人々はたいへん愛想がよい。

都市的な造りのキルティプールと村的な造りのチョバールの、居住環境の違いからくるものだろうか? 文化人類学者になって、この思い込みを、村人たちからの聞き取り調査で「実証」してみると、面白いかもしれない。
 [補足]チョバールの丘は畑が多く、外部からバフン、チェットリ、タマンなど様々な人が移住してきている。相対的に民族/ジャーティが多いことも、開放的と感じる理由かもしれない。

 ■通路で籾干し(テャンパデビ)

5.愛想のよいマオイスト
チョバールの丘を歩いていると、愛想のよい中年男性が、日本から来たのかと話しかけてきて、あれが自分の家だ、寄っていかないか、と誘われた。見ると、その家は古い造りだが、よく手入れされていて、ちょっと見物したくなった。

そこで、言葉に甘えて、家の軒先に座り(古い民家の軒先には腰掛けて話す場所が作られている)、話を聞いた。

すると、驚いたことに、彼はマオイスト中央委員会委員で、バグルン出身。数年前、この家を買い、ここからカトマンズ市内に通い、党活動をしているとのこと。もちろん、ネワールではない。

私がよほどマオイスト好きと見えたのか、彼は、プラチャンダ議長やバブラム・バタライ首相のことをあれこれ話してくれた。また、彼自身についても、バグルンやカトマンズで幾度も逮捕され、拷問されたことなど、詳しく話してくれた。

しかし、感心なことに、そんな厳しい闘争を経験したにもかかわらず、彼には陰のようなものは全くなく、快活な明るい人物であった。マオイストのことが知りたかったらいつでも訪ねてくれ、と言ってくれたので、メールで連絡することにし、彼の家をあとにした。マオイストですら、この丘では、愛想よくなるらしい。

6.変化の兆し
無責任な外人観光客としては残念なことだが、そのチョバールの丘にも、邪悪な近現代文明の波が押し寄せてきている。

諸悪の根源は、車とテレビ。寺院のある丘の頂上まで道ができ、車やバイクが登ってくる。村人が、下の水田で収穫した米やジャガイモを袋に入れ背負って急坂を喘ぎ喘ぎ運び上げているのに、それを蹴散らし成金都会人が車やバイクで排ガスを吐きつつ駈けのぼる。この不条理、罰当たり!

また、TV。西洋やインドの俗悪番組が、村の神聖な寺院のそばでも見られている。子供たちから急激に俗物化し、伝統文化は失われていくだろう。

繰り返すが、以上はもちろん「素朴な農民」を期待する外人観光客の勝手な願望である。私自身、日本三大秘境の一つの出身だから、よそ者の勝手な「思い込み」や好奇心が村住民の感情をいたく傷つけることは、よくわかっている。

が、それはたしかにそうだが、私もここでは外人観光客の一人に過ぎないから、どうしても「古き良きネパール」を期待してしまう。どうしようもない。

せめて、できるだけ謙虚に振る舞い、よそ者として嫌われないよう努力する以外に方法はあるまい。因果なものだ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/11/08 at 15:03

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