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京都の米軍基地(74):大使訪問情報隠しのハシゴ外し

京丹後市は,6月25日のケネディ大使訪丹について,親善・観光を前面に出すことによって,その「政治性」ないし「軍事性」を薄めようと涙ぐましい努力をしてきた。

が,そんなこと,米軍は知ったことじゃない。さっそくFBなどで,訪問を世界に向け宣伝し,そしらぬ顔で京丹後市のハシゴを外してしまった。米軍の常套手段。これから先,同じようなことが次々と繰り返されることになるだろう。

米軍は進駐軍であり,大本では治外法権。進駐先の現地人との約束など,守りはしない。沖縄を見よ! 

それでも「住民にとっての安全・安心が第一」などといった口約束を信じるとしたら,よほどのお人好し。「安全と安心」は,駐留米軍にとってのものであり,基地周辺の行政組織はその目的のために動員される。これから先,そのことも次々と事実により証明されて行くであろう。

▼経ヶ岬通信所視察
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 ■建屋外部。左上監視カメラ(基地FB6月27日)/基地海側(同6月28日)

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 ■建屋内(基地FB6月27日)/駐留軍閲兵は大使職務:三沢基地(米大使館FB6月11日)

▼「住民」との懇談
150629b住民はどこに?(基地FB6月27日)

▼「和み庵・空と海」(丹後町平)で昼食
150629d■米好みの和風(基地FB6月27日)
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 ■基地()の西近く。米軍御用達となるか?(空と海FB)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/06/29 at 13:43

京都の米軍基地(73):ケネディ大使歓迎,米軍とイルカ軍

1.不自然な報道記事
ケネディ駐日大使が6月25日,経ヶ岬米軍基地を視察した。有名大使視察であり各紙報道したが,記事がどこか変だ。不自然,あるいはピント外れ。
 ▼ケネディ駐日米大使「騒音問題改善に努力」 京丹後の基地視察し表明 /毎日新聞2015-06-26
 ▼ケネディ大使、基地周辺住民と懇談 京都・京丹後を訪問 /京都新聞2015-06-25
 ▼ケネディ米駐日大使、京丹後・琴引浜で住民らと懇談 /産経新聞2015-06-26
 ▼ケネディ駐日大使が京丹後視察 /NHK京都2015-06-25
 ▼キャロライン・ケネディ駐日米国大使が来丹 /京丹後市FB2015-06-26

2.基地訪問隠し
ケネディ大使が,辺境地・奥丹後にまでわざわざ出かけたのは,いうまでもなく米軍基地視察のため。ところが,そのことを記事冒頭ではっきり書いたのは,毎日新聞だけ。

「ケネディ駐日米大使は25日、京丹後市丹後町の米軍経ケ岬通信所を視察後、基地周辺住民らと懇談した。」(毎日)

京都新聞は,かなり腰が引け,記事の最後にこう付け足した。

「これに先立ち、大使は米軍経ケ岬通信所を視察したとみられる。」(京都)

「視察」したに決まっているのに,「みられる」としか書けない。なぜか? たぶん「外交秘密」か「防衛秘密」のせいだろう。

しかし,それでも京都新聞はまだまし。産経新聞やNHK京都ともなると,大使は「鳴き砂」見物に訪れ,ついでに住民懇談をした,といった書きぶりとなる。産経はこう書いている。

「米国のキャロライン・ケネディ駐日大使が25日、京丹後市網野町を訪れ、「鳴き砂」で知られる国の天然記念物「琴引浜」を見学するとともに、地元の住民らと懇談した。」(産経)

また,NHK京都は,京丹後視察が主目的であるかのような見出しをつけ(上掲参照),記事をこう書き出している。

「米国のケネディ駐日大使が25日、近畿地方で唯一の米国軍基地がある京丹後市を訪れ、地元住民らと懇談しました。」(NHK京都)

そして,期待通り出色の出来映えなのが,京丹後市役所のFB記事。冒頭は,こうだ。

「キャロライン・ケネディ駐日米国大使が本日、京丹後市を訪れ、国の天然記念物に指定されている琴引浜の視察や、市長や山内副知事、住民らとの懇談を行いました。」(京丹後市FB)

住民との懇談の記載もあるにはあるが,発言の直接引用は一語もなく,住民の安全安心に努力するという発言があったと記すにとどまる。そして,また琴引浜の話しに戻り,ここでは直接引用の礼が尽くされる。

「素足で浜を歩いて砂音を鳴らしたり、海に入ったりしながら「very good」と喜びを話していました。本市を「美しいまち、美しい環境ですね」と絶賛された・・・・」(同上)

京丹後市役所が大使の基地訪問をどう扱おうとしているかは,一目瞭然だ。それにしても「very good」とは! 「美しい国」の「国益」を守るとは,結局。こういうことなのだ。

3.中山市長の役回り
ケネディ大使の京丹後訪問は米軍基地訪問が主目的なのに,京丹後市はそれを隠そうとする。ここでも,やはり毎日は鋭い。こう書いている。

「ケネディ大使が基地視察で騒音をどう感じたかについての質問に対し、中山市長は「私にはわからない。(今回の懇談会は)要望をする場ではない」としたうえで、「大使は環境問題に深い関心があり、私としては素晴らしい環境にある琴引浜を見てほしいとお願いし、来ていただいた」と述べ、今回の視察は環境問題がテーマであることを強調した。」

そして,記事の最後に,「ケネディ大使は鳴き砂文化館を視察後、鳴き砂で知られる国の天然記念物の琴引浜を裸足で歩いた」と付け足している。いくら由緒正しきケネディ家のご令嬢が裸足で琴引浜を歩こうが,そんなことなど本筋には関わりないということ。さすが毎日新聞!

ケネディ大使は,最前線基地の米軍人・軍属を激励するためにやってきた。その本質を隠すため,中山市長は大使に哀願し,琴引浜にも来てもらい,和服姿で接待し,これをもって環境問題のための大使来訪という方向へと住民の見方を誘導しようとしているのである。

しかも,琴引浜は網野町で,丹後町の米軍基地からは遠く離れたところにある。いま丹後半島の美しく平和な環境を破壊しつつある最大の元凶は,いうまでもなく米軍基地そのもの。騒音,排水,沿岸部景観破壊,伝統的文化環境破壊,そして地域の平和環境破壊――すべてこれらの環境破壊は,米軍基地がやっているのだ。騒音や交通事故については少し話題になったそうだが,それは基地による環境破壊のごく一部。なぜ,「環境問題に関心の深いケネディ大使」(市役所FB)に他の多くの問題について問い質さなかったのか?

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 ■遠く離れた米軍基地()と琴引浜()(Google)/琴引浜の大使と市長(市役所FB)

なお,蛇足ながら,市長の和服着用が国内的には会合の「非政治性」を,そして対外的にはいわゆる「フジヤマ・ゲイシャ効果」をもつことはいうまでもない。(和服産業宣伝の意味も多少はあるだろうが。)

たとえば,kyodo,”U.S. envoy Kennedy visits Kyotango”(25 Jun)をみよ。この英文記事には,琴引浜で和服姿の市長と戯れる大使といった,いかにもそれらしい写真が添えられている。

このkyodo記事は,世界中に配信され,また転載されている。民族衣装の現地人との写真ほど,先進国市民に優越感を与え,満足され,歓迎されるものはない。

 150626d■琴引浜の大使と市長(Kyodo)

4.非公開「住民」懇談会
それともう一つ,各記事が当然のように用いている「住民との懇談」ないし「住民懇談会」。これも怪しい。

地元側出席者は,中山市長,山内副知事,三崎市議会議長,吉岡基地対策委員長,袖志区長,婦人会(代表?),琴引浜の鳴り砂を守る会(代表?)など8人だけで,しかも非公開。こんなものが,「住民懇談会」などと呼べるのか?

たった8人で「住民」,しかも「非公開」。懇談内容をバラすと,「特定秘密保護法」でしょっ引かれるのかもしれない。クワバラ桑原。
 
150626c■非公開「住民」懇談会(市役所FB)

5.大使大歓迎のイルカ軍団
ケネディ大使来訪が米軍人・軍属を感激させたのはまちがいないが,鼓舞されたのはそれだけではない。マル秘の情報筋から聞いたのだが,大使来訪に欣喜しているのは,日本有数の好漁場たる丹後半島沖に狙いを定め,近辺に基地を建設しようとしている例のイルカ軍団。

ケネディ大使は,世界周知のイルカ人権擁護主義者。和歌山・太地でのイルカ捕獲は残虐で非人道的だ,イルカの人権を守れ,と大キャンペーンを張り,太平洋のイルカ軍団を感激させた。

つぎは日本海の番だ。もし丹後の漁民がイルカをいじめたり殺したりしたら,ケネディ大使がすっ飛んできて,イルカの人権擁護のため,駐留米軍をバックに,猛然と漁民を非難攻撃するだろう。人権擁護を旗頭とする米軍の基地の目の前でイルカを虐待するとは何事か,絶対に許さない,と。

丹後半島付近のイルカ軍団は,米軍基地ができ,さらに守護女神ケネディ大使まで激励に訪れてくれたことに,大感激しているにちがいない。ウソだと思われるなら,経ヶ岬灯台下か琴引浜付近でイルカたちに尋ねてみていただきたい。むろん,監視カメラでバッチリ監視されていることは言うまでもないが。

[参照]
ケネディ大使,ジュゴン保護を!
イルカ漁非難,その反キリスト教的含意と政治的戦略性
京都の米軍基地(34):イルカ軍団,丹後半島近海来襲
カモとイルカと伝統文化

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2015/06/26 at 21:50

京都の米軍基地(34):イルカ軍団,丹後半島近海来襲

イルカが,500頭の大群をなし,京丹後市の丹後半島近海を遊弋しているのが目撃された(4月2日付読売ほか)。いうまでもなく,米軍Xバンドレーダー部隊の先遣隊だ。要厳戒! [イルカ500頭回遊(NNN)]

1.経ヶ岬をイルカ聖域に
米欧イルカ人道主義派によれば,イルカは知能が高く,人間の考えや気持ちをよく察知し行動できるそうだ。とすれば,イルカ社会では,ケネディ駐日大使がイルカの権利擁護に尽力し,また丹後半島にXバンドレーダーを設置する計画であることも,すでに知れ渡っているにちがいない。

そこで,イルカたちは考えたのだ。丹後半島近海に行けば,イルカの生存権は守られる。万が一,地元漁民が攻撃を仕掛けてきても,すぐケネディ大使らが非難の声をあげ,イルカ人道派も押しかけ,イルカを守ってくれるはずだ,と。

しかも,丹後半島周辺海域は,ブリなど高級魚の好漁場。イルカのエサとなる魚はたくさんいる――他の魚類はバカだから喰われて当然,生存権はない。思う存分食べ,イルカ仲間を増やし,丹後半島沖をイルカ聖域とすることも夢ではない。

2.イルカの米国益貢献
これは大恩ある米国に報いることにもなる。イルカは大量の魚を食う。しばらくすると丹後半島近海の魚は激減する。そうなれば,漁師たちは漁ができず,廃業に追い込まれる。こうして漁師がいなくなれば,電磁波やら温排水といったXバンドレーダー反対の理由もなくなる。

さらにまた,日本漁業が衰退すれば,日本人の食習慣が肉食中心に変化し,米国産の牛肉や畜産用飼料の対日輸出が増加し,米国益に大きく貢献する。したがって,イルカ人道主義派に保護され,丹後半島近海の魚を食い尽くすことは,米国の大恩に報いることになるのだ。

3.壱岐イルカ事件の教訓
まさかと思われる方は,「壱岐イルカ事件(1980)」を思い出していただきたい。イルカ被害に耐えかねた壱岐漁民が捕獲のためイルカを追い込んでいた網を,イルカ人道主義者の米国人が切断し,数百頭を逃がした。彼は逮捕・起訴されたが,執行猶予が付き,実質的にはイルカ人道主義が勝利した。その後,壱岐ではイルカ捕獲は断念され,水族館で「人道的」に飼育されるようにさえなった。

壱岐で勝利したイルカ軍団は,北上し,今度は丹後半島近海を攻撃目標と定めた(*)。ここで心すべきは,イルカ軍団が丹後漁民を攻撃し始めても,米国政府は絶対に漁民は守らないということ。米国政府は,イルカ人道主義を国益のため利用しており,漁民の味方など端から念頭にないからだ。(* イルカ軍団は,3月下旬には宮津湾内,4月9日には伊根湾内に深く侵入し魚を追っているのが目撃された。京都新聞4月10日)

4.イルカ人道主義と米軍国主義との共犯関係
丹後半島近海にイルカ軍団が布陣し,経ヶ岬に米軍Xバンドレーダー基地ができたら,どうなるか? 

イルカは,ブリなど高級魚を食い散らす。たまらず漁民がイルカ駆除を始めようものなら,たちまちイルカ人道主義者がやってきて,彼らを攻撃する。そして,ケネディ大使だけでなく,おそらく駐留米軍人・軍属らも,何らかの形で漁民攻撃に加勢するだろう。イルカ人道主義は,米軍国主義と共犯関係にあるのだ。

5.アングロサクソン偽善のしたたかさ
ちょっと冷静に考えれば,イルカ人道主義がいかにトンドモナイ偽善であり屁理屈であるかは明白だが,その無茶苦茶,無理難題をまるで「正義」であるかのように筋道を立て,巧妙に世界を丸め込んでしまうのが,西洋,とくにアングロサクソンの凄いところだ。この卓越した偽善能力は,彼ら自身も認めている周知の事実だ。たとえば,バーナード・ショーは,『運命の人』において,ナポレオンに次のように語らせている。

▼BERNARD SHAW, THE MAN OF DESTINY,1898
NAPOLEON. That accounts for it. The English are a nation of shopkeepers. Now I understand why you’ve beaten me.
LADY. Oh, I haven’t beaten you. And I’m not English.
NAPOLEON. Yes, you are――English to the backbone. Listen to me: I will explain the English to you.
LADY (eagerly). Do. [….]
NAPOLEON. No, because the English are a race apart. No Englishman is too low to have scruples: no Englishman is high enough to be free from their tyranny. But every Englishman is born with a certain miraculous power that makes him master of the world. When he wants a thing, he never tells himself that he wants it. He waits patiently until there comes into his mind, no one knows how, a burning conviction that it is his moral and religious duty to conquer those who have got the thing he wants. Then he becomes irresistible. Like the aristocrat, he does what pleases him and grabs what he wants: like the shopkeeper, he pursues his purpose with the industry and steadfastness that come from strong religious conviction and deep sense of moral responsibility. He is never at a loss for an effective moral attitude. As the great champion of freedom and national independence, he conquers and annexes half the world, and calls it Colonization. When he wants a new market for his adulterated Manchester goods, he sends a missionary to teach the natives the gospel of peace. The natives kill the missionary: he flies to arms in defence of Christianity; fights for it; conquers for it; and takes the market as a reward from heaven. In defence of his island shores, he puts a chaplain on board his ship; nails a flag with a cross on it to his top-gallant mast; and sails to the ends of the earth, sinking, burning and destroying all who dispute the empire of the seas with him. He boasts that a slave is free the moment his foot touches British soil; and he sells the children of his poor at six years of age to work under the lash in his factories for sixteen hours a day. He makes two revolutions, and then declares war on our one in the name of law and order. There is nothing so bad or so good that you will not find Englishmen doing it; but you will never find an Englishman in the wrong. He does everything on principle. He fights you on patriotic principles; he robs you on business principles; he enslaves you on imperial principles; he bullies you on manly principles; he supports his king on loyal principles, and cuts off his king’s head on republican principles. His watchword is always duty; and he never forgets that the nation which lets its duty get on the opposite side to its interest is lost.He――

▼近衛文麿による要旨引用(『英米本位の平和を排す』1918)
曾てバーナード・ショウは其「運命と人」の中に於てナポレオンの口を藉りて英国精神を批評せしめて曰く「英国人は自己の欲望を表すに当り道徳的宗教的感情を以てする事に妙を得たり。しかも自己の野心を神聖化して発表したる上は何処迄も其目的を貫徹するの決断力を有す。強盗掠奪を敢てしながらいかなる場合にも道徳的口実を失わず、自由と独立を宣伝しながら殖民地の名の下に天下の半を割いて其利益を壟断しつゝあり」と。ショウの言う所稍奇矯に過ぐと雖、英国殖民史を読む者は此言の少くも半面の真理を穿てるものなることを首肯すべし。

このショーの自国民認識は,歴史的事実に適合しており,正確無比である。さすが,イギリス人!(アイルランド出身だから,なおさらかもしれないが。)これに比べたら,私のイルカ人道主義批判など,大甘,足下にも及ばない。アングロサクソン政治の凄さは,平気で肉を切らせ,結局は,相手の骨を断ち,シャブリ尽くすところにある。これにどう対抗すべきか?

6.偽善には偽善をもって
これは難しい。偽善はケシカランといって偽善との真っ正面からの闘いから降りてしまい,本音の「日本人本位」に逃げ込み,独善に陥り,「日本人の正当なる生存権」のためには戦いも辞さずなどと空威張りし始めたら,負けである。

政治では,建前や偽善は,独善に陥りやすい本音や赤誠よりも大切だ。アングロサクソン型偽善には,それ以上の普遍性をもつように見える建前,それ以上にもっともらしく見える偽善でもって対抗し,世界世論の支持を獲得する以外に勝利する方法はない。

イルカ問題も同じこと。イルカ人道主義が偽善であることは明白だが,これに感情的に反発し,日本特殊論や「日本人本位」に逃げ込み,立てこもってしまっては,丹後半島とその近海は,イルカ軍団と米軍基地に席巻されてしまうだろう。すでに丹後半島には,Xバンドレーダーだけでなく,オスプレーなど,他の米軍最新兵器をも配備する計画があると報道され始めている。

この1月,グアムに行ってきた。広大な米軍基地を背景にイルカ・ウオッチ! 楽しかった。

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 ■ソレダッド砦(スペイン統治時代)/ウマタック湾とサン・ディオニシオ教会(マゼラン上陸・略奪地)。砦からはイルカの群れが湾内にまで入り込んでいるのが見えた。平地,良港は米軍が占領・使用。写真撮影:2014-01-30

谷川昌幸(C)

カモとイルカと伝統文化

4月4日,阪神間の桜の名所,夙川公園に行ってきた。満開! 花吹雪が舞い,夙川はまるで桜花のせせらぎ,花筏。

その桜花の清流に,つがいのカモと一羽のサギが来ていた。せせらぎで桜花と戯れ,時折,エサをついばんでいる。悠々泰然,人を恐れることはほとんどない。この鳥・人共生関係は,調和的な「第二の自然」であり,地域の伝統「文化」だ。

この「文化」の中でカモやサギは意味づけられており,もし誰かが無警戒のカモを捕らえ,カモ鍋にして食べてしまったら,なんたる野蛮,残酷と非難されるだろう。それは地域の伝統「文化」の否定であり,道徳的に許されない。

しかし,そのような文化がなく,カモは狩猟の対象とされているところでは,カモを捕まえ食べたとしても,誰もそれを非難したりはしない。もしかりに生息数減少で保護が必要なら,そう説明し捕獲制限を話し合えばよいだけのことだ。

140407a140407b ■夙川公園4月4日

この自明の理がわからないフリをしているのが,ケネディ駐日大使ら,米欧イルカ人道主義派。イルカ漁が「非人道的(inhumane)」とは,自文化絶対のタメにする妄論に他ならない。

ネパールにはサルを捕獲して食べている少数民族がいる。ヒトと同じ霊長類だから,サル猟は「非人道的」と言って言えないことはないが,「文化」を尊重するネパールの人々は決してそんな「非文化的」なことを言いはしない。私たち日本人も言わない。もしかりに助言を求められたら,近年,生息数が減ってきているので,サル猟はそろそろ見直した方がよいのではないですか,と科学的に冷静に答えるであろう。

イルカ漁を「非人道的」と非難できないのは,牛屠殺を「非人道的」と非難できないのと同じこと。牛屠殺であれ,特定文化の中で,許容されているにすぎない。ウソだと思うなら,インドに行き、公然と牛を殺してみよ。

イルカ漁も,種保護のため制限が必要となるかもしれない。しかし,それはそれだけのこと。決して「非人道的」などといった普遍的価値判断の問題ではない。むろん,ケネディ大使らは,そんなことは,十分わかっている。わかっていながら,わからないフリをして無茶を言う。なぜか?

いうまでもなく,政治が目的。イルカは票になる。米欧は政治力で世界を征服した。政治的に有効と思えば何でもやる。たとえば,ベトナム戦争。米国は,肥沃なベトナムの山野・田園に有毒枯葉剤を大量散布し,無数の美しく愛らしい動植物を虐殺した。被害は「ヒト」にもおよび,いまなお多くの「人」が苦しめられている。もしイルカ漁が「非人道的」なら,これはいったい何と表現すればよいのか?

140407c ■夙川公園4月4日

[参照]
イルカ漁非難,その反キリスト教的含意と政治的戦略性
ケネディ大使,ジュゴン保護を!

伴野準一『イルカ漁は残酷か』平凡社新書,2015(2016年3月19日追加)
イルカ追い込み漁は、はたして日本の伝統なのか、はたまた反捕鯨団体が批判するような心ない行為なのか。映画「ザ・コーヴ」を契機に巻き起こったこの議論は、残念なことに、双方の主張が不毛な感情論のまま平行線をたどっている。だが今必要なのは、虚心坦懐にイルカと人間の関係を知ることだ──。気鋭のノンフィクション作家による詳細な歴史調査と関係者への徹底インタビューから、この問題の驚くべき真実が見えてきた。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2014/04/07 at 12:16