ネパール評論 Nepal Review

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インドはネパールの真の友人たれ:SD・ムニ(2)

3.左派連合政権の課題
(1)UMLとMCの統一または連合維持
UMLとMCは,人民戦争で敵として戦った過去を持つだけでなく,政策の違いも多い。
・マデシの要求する憲法改正への対応の違い。[UMLは否定的,MCは肯定的]
・平和移行のための「真実和解委員会」ないし「移行期正義」についての考え方の違い。[UMLは肯定的,MCは消極的]
・大統領制の在り方についての考え方の違い。[UMLは現状維持の儀式的大統領制,MCは大統領直接選挙元首化]
・権力分有に関する考え方の違い。[有力ポスト争奪,状況により流動的]

しかし,これらの違いはあっても,UMLは,結局,MCと組まざるを得ない。それが,平和と安定と開発を実現せよという人民の意思に応えることになるのである。

(2)対印中バランス外交
左派連合が,中国主導によるブディガンダキ・ダム事業の再開を表明したように,これまで親中的であったことは事実だし,また中国も左派連合に大いに期待している。

「一帯一路発足以降,中国はオリやプラチャンダの開発計画への支援をてこに,その対ネ経済政策の拡大を図ってきた。中国は左派連合の勝利を期待していたし,また左派連合が一つの党に統一され,中国の対ネ政策や対ネ戦略を強力に支援してくれることも強く期待している。」

しかし,ネパールとしては,対中関係については,慎重であるべきだ。第一に,スリランカ,ミャンマー,モルディブ,パキスタンなどのように,対中長期債務のワナに陥るような事業は避けるべきだ。

第二に,インドの安全保障にかかわるような危険な事業には手を出さないこと。この点については,オリもプラチャンダも有能な経験豊かな指導者だ。「彼らは,印ネ関係特有の構造的制約や超えるべきではない危険ラインについて,十二分にわきまえている。」

オリもプラチャンダも,南と北の隣国とはバランスの取れた協力関係をつくり上げる,と繰り返し公言してきた。ネパールには,それが期待されるところである。

4.インドの対ネ政策の課題
(1)インドの対ネ政策失敗と左派連合の勝利
インドは,一連の不適切な対ネ政策により,ネパール・ナショナリズムに火をつけ,数十年来親印だったオリを離反させ,結局,反印的な左派連合を勝利させた。
・制憲過程への強引な介入。たとえば2015年9月には,制憲作業を中断させるため外務局長を送ったりした。
・2015年にはスシル・コイララ(NC)を支援してオリと対決させ,2016年にはプラチャンダ(MC)をUMLから引き離してNCと組ませ,オリを降板させた。
・マデシの憲法改正要求に応じないオリ政権に圧力をかけるため経済封鎖を強行した。

インドのこのような対ネ介入に対し,ネパールにはすでに,これに対抗できる「中国オプション」が開けていた。「オリは,インドの圧力に勇敢に立ち向かう強力な指導者というイメージを打ち立てることに成功した。今回の選挙結果は,こうした巧妙な彼の政治行動への報奨である。」

(2)不適切な対ネ政策
左派連合が勝利し「中国オプション」を手にしたネパールに対し,インドはこの新しい状況と折り合いをつけ,何とか巧くやっていくしかない。その現実を無視する次のような政策は,避けるべきだ。

i) 左派連合を崩壊させる策謀
インドの首相官邸,外務省あるいは他の官庁には,ネパール左派連合を崩壊させるのは容易だと考え,それを画策しようとする人々がいる。「これは,近視眼的な動きであり,インドの対ネ政策を破綻させるだろう。」左派連合は崩壊するかもしれないが,それはあくまでも内部対立によって自壊するのであって,外部からそこに介入すべきではない。

ii) ヒンドゥー教君主国への復帰画策
インド政権与党BJPの中には,ネパールをヒンドゥー教君主国に復帰させ,これをもって共産主義や中国に対抗させようとする動きがある。が,これは誤り。「彼らは,ネパールの人々が選挙により封建制やヒンドゥートヴァの諸勢力を粉砕した,その結果を直視し,そこから学ぶべきである。」

(3)真の友人たれ
「インドは,これらの破滅的冒険ではなく,左派連合がネパール人民に安定と良き統治をもたらすことができるよう支援すべきだ。インドは,言葉ではなく行動によって,ネパール人民の真の友人であり,ネパール開発への協力を誠実に望んでいることを自ら積極的に実証していくべきである。」

[補足追加(1月8日):SD・ムニ「もしインドが信頼に足る開発協力国と納得させることができなければ,ネパールにおいて中国の評価が高まることは間違いないであろう。」B. Sharma, R. Bhandari & K. Schltzdec, “Communist Parties’ Victory in Nepal May Signal Closer China Ties,” New York Times, 15 Dec 2017]

—–<以上,ムニ記事要旨>——————————-

ムニのこのネパール選挙分析は,ネパール民主政治の安定化という観点から左派連合の勝利を肯定的に評価するものであり,先に紹介したKM・ディクシトの選挙分析と共通する部分が少なくない。ネパールと印中との関係についても,両者の提言は基本的には一致している。ネパールのこれまでの民主化過程や現在の地政学的条件を踏まえるなら,彼らの選挙分析評価は,新政権への期待・激励の含意が多分にあるものの,基本的には妥当とみてよいであろう。

しかしながら,左派連合による民主政治の安定化は,必ずしも容易ではない。理念やイデオロギーよりもむしろ身内やコネ(アフノマンチェ)に起因する際限なき分派抗争はネパール政界の宿痾であり,選挙大勝といえども,それですんなりオリ政権成立となるかどうか? また,オリ内閣が無事成立しても,安定的に政権を維持できるかどうか? ムニが危惧するように,内部対立抗争の激化で自壊するのではないか? ネパール政界のこれまでの動向を見ると,いささか不安である。

対印中関係も難しい。ネパール史の常識からして,どの政権であれ,親印あるいは親中一辺倒ではありえない。ネパールは,長年にわたり印中二大国の間で巧妙にバランスを取りながら,曲がりなりにも独立を維持してきた。その意味で「バランス外交」はネパールの伝統といってよい。

しかしながら,グローバル化の大波はヒマラヤの小内陸国ネパールにも押し寄せ,ネパールを呑み込もうとしている。北からの「一帯一路」の大波と,南からの「一文化一地域」の大波の間で,ネパールはどうバランスを取り大波にさらわれるのを防ぐか? これも難しい。

この意味では,ムニのこの選挙分析評価も,KM・ディクシトのそれと同様,先述のように勝利した左派連合への期待・激励の意味もあるにせよ,やや楽観的に過ぎるといってよいかもしれない。

■『インドとネパール』表紙

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2018/01/07 at 14:45

デウバNC党首を首相に選出,混乱とシラケの中で

ネパール連邦議会は6月6日,コングレス党(NC)のデウバ党首を第40代首相に選出した。首相就任4回目ということに加え,利権的政争と首相職たらい回しのシラケの中での首相選であり,報道も低調であった。
 *デウバ首相在任:1995-97, 2001-02, 2004-05, 2017-

1.首相職たらい回し
今回の首相選は,実質的には首相の椅子の与党間たらい回しであった。先述したように(プラチャンダ首相,TVで辞意表明),昨年8月,NCとマオイストが連立合意したとき,首相は地方選まではマオイスト(プラチャンダ党首),そのあとはNCと取り決めていた。プラチャンダ前首相は開き直り,今回の首相交代は“約束を守る政治の誠実な実行だ”などと自画自賛している。

しかし,この首相交代は,20年ぶりの地方選の前期(5月14日)と後期(当初予定6月14日)の間であり,いかにも時期が悪い。与党内の党利党略的首相職たらい回しと見られても仕方ない。

2.タライ地方の自治体増設問題
プラチャンダ内閣は,前期地方選後の5月22日,後期地方選が予定されているタライ地方に自治体(村と町)22を追加増設し,ビルガンジとビラトナガルを中核都市に,また24の「村」を「町」に格上げすることを決定した。

これに対し,野党のUMLは,前期地方選終了以後,後期地方選以前のこの時期に,このような行政区画の変更は許されないと猛反対。選管や地方自治体再編委員会も,このような急な変更は無理だと反対した。

この問題は最高裁に持ち込まれ,最高裁は5月26日,「地方自治体法」などに基づき,自治体増設閣議決定の差し止め命令を出した。いまのところ,後期地方選は最高裁命令に従い,当初の自治体数のまま実施される見込みだが,タライのマデシ系諸党がこれを受け入れ選挙が実施できるか否かは不明。

3.バラトプル再投票問題
一方,タライ地方のバラトプルでは,スキャンダラスな選挙妨害事件が起きた。報道によれば,バラトプル市長選にはプラチャンダ首相の娘のレヌ・ダハルさんが立候補しているが,開票では野党UMLのデビ・ギャワリ候補がリードしていた。

そうした状況で開票作業が進められていた5月28日深夜,マオイスト2党員が第19区開票所を襲撃し,開票中の投票用紙90枚を破り捨ててしまった。この事態を受け,選管は6月3日,第19区再投票を決めた。

これに対し,優勢に推移していたUMLは猛反発,開票続行を要求した。この争いも最高裁に持ち込まれ,最高裁は6月5日,第19区の選挙手続き停止を命令した。この問題がどう決着するかも,いまのところはっきりしない。

 ■バラトプル開票途中経過

4.デウバ首相選出
このように見てくると,いま首相選をやれる状況ではないが,野党は数に勝る与党に押され,結局は議会開会,新首相選出の取引に応じてしまった。主な与野党合意は次の通り:
 (1)後期地方選は6月28日実施
 (2)州選挙と連邦議会選挙は,期限内(2018年1月まで)に実施。
 (3)選挙不正調査委員会の設置
 *バラトプル第19区の扱いは不明

この合意に基づき6月6日,首相選が実施された。立候補はデウバNC党首のみ。
 賛成:388(NC, CPN-MC, RPP, RJPN[ネパール国民党]ほか)
 反対:170(UML, CPN-ML, 労農党など)

5.デウバ首相への冷めた評価
こうした状況で選出されたこともあって,デウバ首相については報道は地味であり,大きな期待の表明もあまり見られない。以下は,厳しい評価事例:

クンダ・デクシト
「デウバの4回目の首相選出は民主的な方法ではなく,よい前兆とはいえない。」(“Sher Bahadur Deuba elected new Nepal PM,” Times of India, Jun 7)
「デウバは,首相に任免されるたびに民主主義を危機に陥れてきた。」(Gopal Sharma, “Nepali Congress Leader Deuba Elected PM for Fourth Time,” Reuters, June 6)

プラシャント・ジャー(ツイッター,6月6日)
デウバは極西部出身で,NC学生組織を経て,民主化運動に献身。が,1990年までは勇敢に闘った他のNC幹部のほとんどと同様,民主化後のデウバの退化も早く大きかった。
「デウバは,1990年代の最悪の首相の一人であり,ネパール人民の期待は極めて低かった。」
「デリー[印政府]は,オリを排除しNCを政権復帰させるという目的が達成されたので喜んでいるが,デウバには何の期待もしてはいない。」
「結局,デウバは問題を深刻化させるだけだろう。ネパール国家は,カス・アーリアの不労エリート国家であり続けるだろう。」


 ■デウバ氏FB5月26日/首相公式ツイッター6月7日

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2017/06/09 at 19:22

カテゴリー: 選挙, 政党

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