ネパール評論 Nepal Review

ネパール研究会

Posts Tagged ‘ナショナリズム

京都の米軍基地(17):真のターゲットは中国か?

京丹後市経ヶ岬配備予定の米軍Xバンドレーダーは,もっぱら北朝鮮ミサイル警戒が目的と説明されているが,本当は,むしろ中国が対象ではないか?

1.日米防衛相会談
日本への2機目のXバンドレーダー配備が表明されたのは,2012年9月17日のパネッタ国防長官と森本防衛大臣との共同記者会見においてであった。

パネッタ長官:「米国と日本は将来的に2機目のTPY-2の監視レーダーの日本配備に関して、調整を始めました。これによりまして、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威から日本を守り、前方展開している米軍にも資するものであります。そして、米国本土を北朝鮮のミサイルの脅威から防衛する能力を共有させる上で効果的になります。」(日米防衛相共同記者会見概要,平成24年9月17日)

この段階ではまだ配備場所への言及はないが,目的については,北朝鮮ミサイルの脅威から日本,前方展開米軍そして米国本土を守るためと繰り返し述べている。

この説明は分かりやすい。が,国際政治の常識に従えば,あまりにもストレートな説明には,たいてい隠された真の目的が裏に潜んでいる。そもそも北朝鮮警戒なら,すでに青森県車力にXバンドレーダーが配備されている。あえて経ヶ岬に配備するまでもない。
 [参照]
 日米防衛相共同記者会見概要(2012年9月17日)
 日米防衛相共同記者会見概要(2013年4月30日) 
 Hagel: U.S. Bolstering Missile Defense(Mar.15,2013)
 防衛省「TPY-2レーダー(Xバンドレーダー)の配備について皆様の疑問にお答えします」(2013年4月)
    130903

2.方便としての北朝鮮ミサイル
経ヶ岬配備Xバンドレーダーは,戦略的には,むしろ中国をターゲットとしていると見た方がよいだろう。これは決して突飛な思いつきではない。共同記者会見の席で,米側記者が次のように質問している。

「森本大臣への質問でありますけれども、XバンドTPY-2のレーダーの配備はどの場所がいいと思いますか。また、パネッタ長官に対してですが、今仰ったのは、元々その目的は北朝鮮からの脅威に対するものだと言われたわけでありますが、過去において中国側の方からミサイルディフェンスがこの地域においてあることに反対意見を表明しております。今、この時期において、レーダーの再配備を発表するのは、いわゆるこの地域全体において、とりわけ日本と中国との尖閣諸島等の問題の緊張緩和をさせる上でむしろ良くないのではないでしょうか。」(同上)

さすが米国記者,鋭い。森本大臣もパネッタ長官も,この質問に対し,北朝鮮ミサイルが対象だと型どおりの回答で済ませてしまった。日本人記者からの追加質問なし。情けない。こんな有様では,日本ジャーナリズムは二流といわれても致し方あるまい。

むろん,北朝鮮ミサイルの脅威があることは事実だが,こと経ヶ岬Xバンドレーダーについては,それは真の――戦略的にはより重要な――配備目的をカムフラージュし,国民世論を煽り,地元住民を沈黙させるための方便の意味合いの方がはるかに大きい。今の日本で,「北朝鮮」ほど好都合で強力無比のジョーカーはない。

3.中国の反発
これに対し,中国は,経ヶ岬Xバンドレーダーを脅威と受け取り,激しく反発している。

チャイナネット(2012年9月18日)は,外国メディアを次のように引用している。「同レーダーは日本の南部に設置されるが,沖縄ではない」(AP)。「ミサイル防衛の他に,これらのレーダーは船舶の活動を正確に追跡することが可能だ。」(ワシントン・ポスト)。

つまり,チャイナネットは,Xバンドレーダーはもともと中国,とくに沿岸近海の監視が主目的だということを,米側情報により示しているのだ。

新華社(2012年9月18日)もまた,ロシア外務省の「日本への2機目の対ミサイル・レーダー配備は,アジア太平洋地域における米ミサイル防衛能力を大幅に増強することになる」という声明を引用し,その攻撃的性格を非難している。

こうした中国側の反応は,米英メディアも,きちんと伝えている。
▼C.Cheney(World Politics Review, Sep.18,2012):「パネッタは中国対象ではないと述べたが,北京は[Xバンドレーダー配備]発表に怒りを表明した。」
▼J.Logan(ibid):中国は,「それ[Xバンドレーダー配備]を反中国と見なすであろう」。「これをいま配備する最大の危険は,日中のナショナリズムと敵愾心を激しく高揚させることにある。」
▼New York Times(Sep.17,2012):中国政府幹部は,Xバンドレーダーは中国をもターゲットにしていると感じている。それは,中国の核抑止力の弱体化をもたらす。そして,日本をより攻撃的とするだろう。
▼BBC(Sep.17,2012):「中国は,この地域におけるミサイル防衛能力強化を中国自身の戦略への潜在的脅威と見ている。」
▼Washington Times(Sep.17,2012):日本配備Xバンドレーダーは,中国沿岸を守る対艦ミサイルをも探知可能であり,その配備により米海軍に対する中国近海の海域防衛力が無力化されるであろう。
Radar sent to Japan can track anti-ship missiles: Deterring N. Korea is stated goal, but China likely wary, By Shaun Waterman, The Washington Times, Sep.17,2012
 130901

4.極東の緊張と先制攻撃の危険性
欧米メディアが心配するように,経ヶ岬Xバンドレーダーは,戦略的には,むしろ中国がターゲットである。チャイナネットも指摘するように,もともと配備先は「日本の南部」が想定されており,のちには芦屋基地(福岡県)や見島分屯基地(山口県)が有力候補地とされた(産経,2013年2月24日)。

南の島々は無論のこと,福岡や山口でも,モロに中国が探知範囲に入り,さすがに日米当局ともこれは無理と判断し,少し北東の経ヶ岬にもってきたのだろう。北朝鮮ミサイルの脅威は,むろんある。それは間違いないが,にもかかわらず,それはむしろめくらまし,本当の戦略的な狙いは中国であろう。

Xバンドレーダーは米軍のものとはいえ,海外メディアが懸念するように,盾の強化が日本をより攻撃的とすることは間違いない。しかも,最近では,防衛名目の先制攻撃があからさまに唱えられ始めた。しかし,日本側に先制攻撃の可能性があると北朝鮮や中国が想定するようになれば,当然,先方から先制攻撃を仕掛けられる危険性も大きくなる。これは悪循環。決して日本の安全にはならない。

Xバンドレーダーは,どう考えても,日本の安全には役立たない。反骨・京都の沽券にかけても,日米「死の商人」を太らせるだけのXバンドレーダーなど,断固,拒否すべきだろう。
 (注)レイセオン社製「AN/TPYレーダー一式」の米ミサイル防衛庁契約価格(2007年2月)=2億1200万ドル(約21,200,000,000円);同改良型(2007年7月)=3億400万ドル(約30,400,000,000円)http://www.globalsecurity.org/space/systems/an-tpy-2.htm

谷川昌幸(C)

インドはネパール76番目の郡:Nepali Humor

仏陀はネパールに生まれ,エベレストはネパールにある,したがって,インドはネパールの76番目の郡だ!

ネパールお得意のユーモア。自虐ネタであり,仏教の政治的利用(これはかなりマジメ)でもあるが,内弁慶の日本ナショナリストよりはマシだ。くやしかったら,アメリカは日本の48番目の県だと,アメリカに向かって叫んでみよ。

130830 ■India – 76th District of Nepal

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/08/30 at 10:00

プラチャンダの「中国夢」絶賛と「3国協力」提唱

新華社ネット版(5月29日)が,プラチャンダUCPN-M議長の単独インタビューを掲載している。びっくり仰天! 手放しの中国礼賛。リップサービスはプラチャンダの特技とはいえ,本当に,こんなことを言ったのだろうか?

130603 ■習主席とプラチャンダ議長(新華社)

1.「中国夢」絶賛
記事によれば,プラチャンダは,「中国夢(チャイニーズドリーム)」を絶賛,ネパールはこれを支持し,分け持ち,もって国民的独立,政治的安定,経済的発展を図りたい,と語った。

「中国夢」は,習近平主席が掲げる政治スローガン。3月17日の全人代閉幕演説で,主席はこう訴えている。

「小康社会を全面的に完成させ、富強、民主、文明、調和の近代的社会主義国家を築く奮闘目標を実現し、中華民族の偉大な復興の中国の夢を実現するには、国家の富強、民族の振興、人民の幸福を実現しなければならない。とうとうたる時代の潮流に対し、人民大衆のより素晴らしい生活を送るという切なる期待に対し、われわれはわずかでも自己満足してはならず、わずかでも怠けてはならず、一層努力し、勇躍まい進し、中国の特色ある社会主義事業を引き続き前進させ、中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現するため奮闘努力しなければならない。」(「第12期全人代第1回会議閉幕・習近平国家主席が演説」2013/03/17,中国大使館HP)

習主席の「中国夢」は,アメリカンドリームに対抗しようとするものらしいが,要するに「中華民族の偉大な復興」と「国家の富強」の情緒的訴えであり,大時代的なナショナリズム,大国主義的国家主義といわざるをえない。

この「中国夢」は,海で隔てられた「大国」日本にとってよりもむしろ地続きの小国ネパールにとって危険なはずだが,豪傑プラチャンダは,賞賛,絶賛の雨あられ,そんなことなど全く意に介さない。

「中国の指導者たちは,人民の期待を極めて科学的な方法で中国夢へと綜合し,人民に訴えかけてきた。」
「私の理解では,この中国夢は全世界人民の21世紀の夢である。」
「私の理解では,中国夢は人民の夢である。アメリカンドリームは,全世界人民の夢ではあり得ない。これに対し,中国夢は,世界の平和と安定を願う人民の夢を示すものである。」

プラチャンダは,この中国夢に習い,政治的安定と経済的発展という「ネパールの夢」の実現を図りたいという。まさに手放しの絶賛。いくら真っ先に招待され習主席とも会見させてもらうという破格の特別待遇を受けたとはいえ,これはいくらなんでも,ゴマのすりすぎではないだろうか?

2.「3国協力」提唱
しかも,新華社インタビューでは,プラチャンダは,対印関係についても,大胆なことを語っている。

プラチャンダによると,訪中後の訪印の直前,インド外相は「ネパール・インド・中国3国協力」への不同意を表明した。従来の印ネ2国協力を損なうという理由からだ。にもかかわらず,プラチャンダは,新華社インタビューで,こう語っている。

「3国協力は,戦略的な提案だ。インド側の考えでは,この提案の実行はまだ尚早だということだ。」
「3国協力になっても,2国協力は後退しない,と私はインドで説明した。」
「2国関係の前進によってのみ,3国協力の条件は整う,と私は説き続けるつもりだ。」
「中国とインドには,ネパールの繁栄と政治的安定のため,協力してネパールを支援していただきたい。」

この「ネパール・インド・中国3国協力」は,ネパールはインド勢力圏内という,これまでの地政学的大枠を根本から変える大胆な提案だ。新華社インタビューが,このプラチャンダ提案を大きく紹介するのは,当然といえよう。

3.ヒマラヤを越えるか?
プラチャンダの一連の発言は,リップサービス,放言の域を超えている。これまで中国をカードとして使いインドと対抗しようとしたネパールの指導者は,限度を超え対中接近しすぎると,ことごとく失脚し,ネパールはインド勢力圏内に引き戻された。中国に,本気でネパールに関与する意思がなかったからである。

今回はどうか? 現在,プラチャンダは,最大とはいえ,一政党の党首にすぎない。しかし,もし彼が“中国援助”による制憲議会選挙で勝利し,新体制の首相あるいは大統領になり,従来の地政学的枠組みを変えようとするなら,そのときどうなるか? 中国はヒマラヤを越えられるのか?

この観点からも,11月予定の制憲議会選挙は注目される。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/06/03 at 15:49

中印覇権競争とプラチャンダ外交(3)

4.プラチャンダ訪中招待
プラチャンダは,当初,11月予定の次回制憲議会選挙のため,訪印を第一に考えていた。2008年制憲議会選挙後,政権をとったプラチャンダは,首相としては初めて訪印の前に訪中してインドを怒らせ,その結果,インドから様々な嫌がらせを受け,特に2009年のカトワル軍総監更迭失敗で,政権は崩壊してしまった。(プラチャンダ政権2008年8月~2009年5月)。ネパールにおいて政権を安定的に運営して行くには,やはりインドの協力は欠かせない。そう反省したプラチャンダは,次の制憲議会選挙後のことを考え,訪印を先にするつもりだったのだ。

ところが,反印の頭目であったプラチャンダの訪印打診に,インド側は色よい返事をしなかったらしい。そこに,中国がちゃっかり目をつけ,早々と,元首並みの待遇での招待を約束し,プラチャンダを釣り上げてしまった。外交だから,本当のことはよくわからないが,いかにもありそうな話しである。

しかし,訪中を先にするにしても,インド側の了解は取っておかなければならない。そう考えたプラチャンダは,在ネ印大使館を親印派のバブラム・バタライ副議長と共に密かに訪れ,訪中について説明,インド側から訪中了承の「ビザ」を得たという。これは反印派のPeople’s Review(nd)の情報。訪中にインドの事前了解「ビザ」をもらうのは,独立国家にあるまじきこと,ケシカランという非難である。どこまで事実かよくわからないが,訪中の前にインド側に説明し何らかの了解を得ておくということは,十分にあり得ることだ。おそらく,そうした根回しはあったと見てよいであろう。

5.マオイストの路線転換と対中印関係
プラチャンダの今回の訪中・訪印は,いうまでもなく第7回党大会(ヘトウダ,2013年2月2~8日)におけるマオイストの路線(戦術)転換を踏まえたものであり,これと関連づけなければ,その意味を十分に解読することはできない。

マオイストの非軍事的政治闘争への路線転換は,人民戦争にほぼ勝利し議会派諸政党を取り込み反国王共闘に向かうことを決めた2005年10月チュバン党集会の頃から事実上始まっていたが,それが正式に決定されたのは,この第7回党大会においてであった。

党大会は,議長にプラチャンダ,副議長にバブラム・バタライとNK.シュレスタを選出した。再任で,任期は5年。(出席代議員はプラチャンダ派70%,バブラム派25%,シュレスタ派5%とされている。)そして,党大会は,プラチャンダ=バブラム提出の「政策文書」について議論し,ほぼ提案どおり,それを採択した。この党大会採択文書の要点は,メディアの報道によれば,以下の通り。

(1)「プラチャンダの道以後(post-Prachanda path)」への路線転換。これまでの暴力革命から非軍事的な政治闘争への戦術転換。これまでの人民戦争の成果を制憲議会選挙と,その後の新議会により確認・発展させていく。多党制議会制民主主義の枠内での闘争。

この戦術転換の結果,「持続的人民戦争」,「新民主主義革命」,「プラチャンダの道」や,「インド膨張主義」,「アメリカ帝国主義」,「中国修正主義」といった表現は採択文書からは除外された。また,スターリン主義と文化大革命が批判され,ネパールを「半封建的・半植民地的社会」とする規定も,文書からは外された。

(2)社会主義実現のための「資本主義革命(capitalist revolution)」。生産革命による経済発展を目指す。「階級の敵」の言及なし。土地については,「革命的土地改革」ではなく,没収・再配分によらない「科学的土地改革」。経済発展のためには,中印との協力促進。

(3)「進歩的ナショナリズム(progressive nationalism)」。偏狭(blind)ナショナリズムも,封建的ナショナリズムも否定し,「進歩的ナショナリズム」の立場をとる。従来のネパール人民の敵としての「インド膨張主義」と「米帝国主義」は文書から外す。

(4)「3国協定(Nepal-India-China Tripartite Agreement)」。中印あるいはそのいずれかの敵視ではなく,両国と「3国協定」ないしは「3国協力(cooperation, partnership)」を取り結ぶ。(nepalnews.com, Apr2;newbusinessage, nd;The Hindu, Feb8-9,Apr30;Kathmandu Post, Feb2,12,17, ekantipur, Feb8-9,12; Republica, Apr24, Riseofnepal, Feb5,2013)

130509 ■第7回党大会ポスター(党中央委員会)

党大会の正式採択文書はまだ見ていないが,もしこの報道通りだとすると,マオイストは,暴力革命・人民戦争を完全に放棄したとまでは言えないだろうが,当面は多党制議会制民主主義の枠内で闘い,社会主義にいたるための「資本主義革命」による経済発展を目指すことになる。

プラチャンダは,このヘトウダ党大会における議長再選と提案承認により,内政・外交における選択の幅を大きく拡大することに成功した。

また,このヘトウダ党大会には駐ネ中国大使が出席,会開挨拶をし,歓迎夕食会(5時間!)にも参加した。これは新華社や在ネ中国大使館HPが大きく伝え,在日中国大使館HPにも掲載された。

戦術転換を図るプラチャンダは,中国を必要としているが,チベット封じ込め・南アジア進出を狙う中国もまたネパールを必要としている。そして,このようにして中国がプラチャンダに接近すれば,当然,インドも対抗措置を執らざるをえない。その結果,プラチャンダは,相対的に交渉の余地を広げることができる。プラチャンダの訪中・訪印の背後には,おそらく,このような新しい情況が生まれつつあった、と見てよいであろう。

130509a ■”Post-Prachanda Path” (Nepali Times, nd)

谷川昌幸(C)

中印覇権競争とプラチャンダ外交(2)

2.中印の覇権競争
ネパールを挟んで対峙する中国とインドが,すでに世界の大国であることはいうまでもない。21世紀は,超大国中印の時代となるであろう。

先に高度経済成長を始めた中国は,いま尖閣,南沙諸島など,あちこちで大国主義的ナショナリズム攻勢に出ているが,これは中印国境においても例外ではない。その一つが,カシミール東部。

日本メディアの報道では,4月15日,中国兵約50人が、突然,カシミール東部の中印実効支配境界線から侵入,約10kmインド側に入ったところにテントを張り,標識を設置した。これに対し,インド側もそこから300mのところに兵を進め,野営地を設置し,にらみ合っている。

しかし,この日本報道は,少し不自然であり,事実に反するようだ。いかな中国といえども,何の口実もなしに兵を進めたりはしない。尖閣の場合も,島購入などを仕掛けたのは石原東京都知事であり,結局,民主党政府が尖閣を国有化した。中国側の警告を無視し,先に大きく現状変更をしたのは日本であり,中国側はそれを絶好の口実に対抗措置――いささか過剰だが――をとっていると見るべきであろう。カシミールでも,先にインド側が不用意に国境付近で兵力増強やインフラ整備などに着手,これに中国側が対抗措置を執ったということのようだ(People’s Review, May1)。

ただし,中国側の大国主義的攻勢は事実としても,国境紛争などの場合,たいていどちらにもそれなりの言い分があり,明快な白黒判定は難しい。できるだけ口実を与えず,それでも紛争となった場合には,相手の意図を慎重に探り妥協により実利をとるのが,現実的である。カシミールにおける中印も,痛み分けで,結局,5月5日夜,両国の実効支配線内に兵を撤収した。

いずれにせよ,中印はいたるところで覇権競争を激化させており,その主戦場の一つとなりつつあるのが,両国に挟まれたネパールなのである。

130508a
 ■南アジアの国境紛争(The Economist, Feb8,2012)

3.中国のネパール進出
ネパールは,伝統的にインド勢力圏内にあり,中国もこれまでは基本的にそれを認めてきた。

ところが,この数年,中国の対ネ政策は積極的な影響力の行使へと,大きく変化してきた。政治家など有力者や要人を次々と中国に招待し,学生多数を留学させる一方,ネパール国内でも孔子学院を展開し,中国フェアなども大々的に開催している。いたるところに中国商品があふれ,あちこちで中国企業がビルやインフラ建設を進めている。すでに中国語は,英語の次に学びたい人気言語になっており,日本語などもはや相手にもされない。

この中国のネパール進出に,インドは神経をとがらせている。産経(5月1日)によれば,ネパール各地の放送局が反インドやチベット亡命者批判の番組を放送し始めたため,インド政府は高出力放送局を設置し対抗せざるをえない事態になっているという。

中印どちらにも言い分はあろうが,全体的に見ると,ネパールにおける中印関係の現状を変えつつあるのは,やはり昇竜,中国である。

130508b
 ■「反印キャンペーン」(India Today, Nov27,2012)

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/05/08 at 10:50

「美しい国」と「国益」,あるいは「ロマン」と「実益」

一昨日,愛国心に自己陶酔し,超国家主義に先祖返りすると,アメリカにも見放され,戦前のように世界で孤立し,再び破滅に向かって転落しかねないと警告したが,それが単なる杞憂ではないと感じさせるような本が出版されている。まだ手元になく読んではいないが,書評がいくつか出ているので,以下に紹介する。

●Thomas U. Berger, War, Guilt, and World Politics After World War II, Cambridge University Press, 2012.
130427

1.Foreign Affairs書評(May/June 2013 ,Twitter Apr26)
「ドイツは,最も残虐非道な国家行為を行ったが,自己のその負の過去を公的に徹底的に語ることにより,深い悔悟を幾度も公的に表明してきた。これに対し,日本は,自分を加害者でもあり被害者でもあると見ようとしてきた。」
(http://www.foreignaffairs.com/articles/139227/thomas-u-berger/war-guilt-and-world-politics-after-world-war-ii)

2.Time「著者Q&A:日本が今なお十分謝罪しないのはなぜか」(Dec11,2012)
「注意深い観察者であれば,よく知っていることだが,近隣諸国との日本の醜い領土争いは,実際には,漁場や石油,あるいはガス田や古来の歴史的要求をめぐるものではない。日本が固執するのは,第二次世界大戦や長期にわたるアジア植民地支配において,日本人は何も悪いことはしなかったということを,まだ――そう,まだ――認めるつもりはない,ということだ。

これは,近隣諸国がそう見ているということ。そして,これこそが,ちっぽけな小島をめぐる中国や韓国との争いを,いまにも衝突を招きかねない危険なものとしてしまった理由である。・・・・

本書において,著者は,日本が過去の過ちを認めていないと見られているのはなぜか,その理由を解明している。1945年まで続いた日本の半世紀に及ぶ戦争と植民地支配により,2千万人もの人々が死に,おびただしい人々が支配・抑圧されたのである。」
(http://nation.time.com/2012/12/11/why-japan-is-still-not-sorry-enough/)

著者のトマス・U・バーガー氏はボストン大学准教授であり,本書もきわもの時局本ではない。知日派と思われる著者が,このような本を書かねばならないような事態に,日本は立ち至っているのである。

3.先祖返り「ロマン」と実利的「国益」
現代がグローバル化時代であることは,誰もが認める常識。そのグローバル化時代に,近隣関係をぶち壊し,アメリカにも軽蔑され,世界社会での孤立を招くような愚行に,なぜ突き進むのか? 復古ナショナリストのお題目たる「国益」を害しているのは,いわゆる「平和ぼけ」の平和主義者ではなく,まさに彼ら,ロマンチックな懐古趣味ナショナリストらだ。

そもそも尖閣でドンパチやっても,日本に勝ち目はない。イザとなったら,アメリカは日本を切る。先祖返りはアメリカへの裏切りだし,ちっぽけな日本よりも巨大中国をとるのは当然だからだ。中国は,現実主義という点でアメリカと同類。日本のロマンは理解不能だが,同類の中国とは,現実主義的「実利」で「実務的」に理解し妥協しうる。

日本は,夢見るロマンチストであり,理解不能の神秘の国。それでも,霞を食って生きる覚悟があれば細々と生きられるかもしれないが,それはイヤ,俗臭ぷんぷん,贅沢三昧浪費生活を続けようとする。破綻必定。

ロマンチックな「美しい国」たらんと欲するなら,鎖国せよ。いやなら,世界社会の中で常識をわきまえて行動する「実務的」な国家となれ。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/04/27 at 13:19

台湾と日本と「固有の領土」

訪台翌日の日曜日(4月21日),台北市内を見て歩いた。予備知識ゼロに近く,単なる物見遊山だが,それなりに面白かった。

1.清潔な街と親切な市民
感心したのは,街が清潔で,バイクなどもきちんと整列駐車されていたこと。また,龍山寺や,二二八国家紀念館,中正記念堂,台北植物園なども,すべて無料。美しく管理運営されており,係員も親切だ。

130426b
 ■古い下町だが清潔。車用信号にも待ち時間秒数表示(2013/04/21)

2.台湾独立デモ
台北駅近くの繁華街交差点では,台湾独立デモ(民進党系?)をやっていた。大きな旗に「建立自由民主的国家 台湾独立 揚棄大中国主義」,「要做台湾国的主人 台湾独立 不做外来者的奴隷」,「廃除国民党殖民体制 台湾独立 創造人人平等的社会」といったスローガンを大書し,練り歩く。

方法はユニーク。交差点の歩道を左回りに何回も回る。青で歩行者と一緒に渡り,赤で待ち,青でまた渡る。エンドレス。整然とアピールしており,通行妨害にならず,警察も阻止しない。

中国語はよく分からないが,漢字から推察するに,これは反政府デモであり,相当な危険が伴う政治的行為であろう。少し離れたところから,警察が監視し,ビデオに撮っていた。

130426a
 ■交差点の台湾独立デモ(2013/04/21)

3.「一つの中国」・「各自表明」・「一国二区」
予備知識ゼロながら,このデモの場合のように,台湾で国家の根本的な在り方に触れることの危うさは,直感的に感じ取ることが出来る。

(1)「一つの中国」
大陸の中国(中華人民共和国)政府は,いうまでもなく「一つの中国」であり,台湾は「中国固有の領土」。中国政府は,このことをあらゆる機会に繰り返し,諸外国に確認させてきた。われらがネパールも,「一つの中国」を支持すると前置きしてからでないと,いかなる外交交渉のテーブルにも着かせてもらえない。それほど敏感な問題なのだ。

(2)「各自表明」
台湾も,長らく逆の立場から,「一つの中国」論であった。しかし,大陸で共産党支配体制が確立すると,中華民国による中国統一はほぼ絶望的となってしまった。

そこで1992年,台湾は中国との間で「九二共識(合意)」を取り結び,「一中各表」の立場をとるようになった。(野党民進党は「共識」に否定的)。つまり,「一つの中国」原則を堅持しつつも,それぞれがその解釈を「表明する」という考え方である。馬英九総統(国民党)は,第2期総統就任演説(2012年5月20日)において,こう述べている。

『私はここで、中華民国憲法が両岸関係に取り組むにあたって最高の指導原則であるということを謹んで申し上げます。両岸政策は中華民国憲法の枠組みのもと、「統一せず、独立せず、武力行使せず」という台湾海峡の現状を維持し、「1992年コンセンサス、一つの中国の解釈を各自表明する(九二共識、一中各表)」を基礎とし、両岸の和平を推進しなければなりません。そして、私たちの言う「一つの中国」とはもちろん、中華民国のことです。中華民国の領土は憲法に基づき、台湾と中国大陸を包括していますが、現時点で政府の統治権が及ぶのは台湾・澎湖・金門・馬祖にとどまっています。つまり、この20年来、憲法による両岸の位置付けは「一つの中華民国、二つの地区」であり、3人の総統の時期を通して、まったく変わりはありません。これは、もっとも理性的で実務的な位置付けであり、中華民国の遠い未来を見据えた発展と、台湾の安全保障のよりどころとなっています。両岸はこの現実を直視しつつ、共通点を求めて相違を残し、「相互の主権を承認せず、相互の統治権を否認せず」という共通認識を確立してこそ、安心して前に進むことができるのです。』(http://taiwantoday.tw/ct.asp?xItem=190743&CtNode=1892)

130426c ■馬総統(総統府HP)

(3)「一国二区」と台湾独立
この馬総統の「九二共識」・「一中各表」は,たしかに「実務的」であり,折衷的な二面性を持つ。それは,一方では,中国統治への譲歩ないし台湾吸収の恐れがある反面,他方では,「一つの中国,二つの地区(一国二区)」が,それ自体,論理内在的に,台湾の自治から自決へ,つまり台湾独立への含意をもつことも否定できない。その意味では,野党民進党の台湾独立と相容れないわけではない。

グローバル化世界は,まさにその方向に向かっている。国家主権は,EUを筆頭に多くの国で多かれ少なかれ相対化され,各民族・各地域に大幅な自治権が認められるようになってきた。「一国」は,たとえ残るとしても名目に近くなり,「各表」が実質となりつつあるのだ。これが世界の流れ。

台湾の場合,内部に原住民族・本省人・外省人の対立があり,さらにこれに大陸中国との対立があるので,たしかに複雑で難しいが,現代政治の原則そのものからいえば,その地域に住む人々が,その地域のことを決めるべきであり,もしそうであるとするなら,台湾独立に向かうのは時代の流れといえよう。

とはいえ,大陸中国と台湾の対立は厳しい。「一つの中国」か「独立台湾」かのガチンコ勝負に走れば,台湾にはミサイルが降り注ぎ,瞬く間に火の海,防ぎようもない。したがって,国民党,民進党いずれの政権にせよ,用心深く「一中各表」を前進させ,実利を拡大して行かざるをえない。それが,現実的な,政治的に賢明なやり方である。「政治」は,もともと「実務」に他ならないからだ。

4.ロマンとしての「日本固有の領土」
これに比べ,日本の「固有の領土」論は,気恥ずかしくなるくらいロマンチックで,稚拙だ。

歴史をさかのぼれば,人類は地球上をあちこち移動していたのであり,「固有の領土」など,どこにもない。 (国際法上の狭義の領土規定はあるが。) 沖縄も北海道も,その意味では「日本固有の領土」ではない。東京の日本国政府に,沖縄を「日本固有の領土」などと決めつける権利はない。沖縄は,そこに住む人々のものであり,まずは彼らが沖縄のことを考え,自分たちで決め実施していく。これが大原則であり,グローバル化時代の世界の流れでもある。

それなのに,安倍首相,石原維新代表らは,時代錯誤のウルトラ・ナショナリズム(超国家主義)を墓場から掘り出し,神国日本の「固有の領土」を守れ,とヒステリックに絶叫している。神国神話で日本は灰燼に帰した。その苦い歴史から,日本は何も学ぼうとはしない。さすが善良なる臣民の国,日本だ。

この安倍・石原流アナクロ国家主義からすれば,沖縄も日本の「固有の領土」であり,お国のためならば,「捨て石」にされても当然ということになる。かつては陛下の大日本帝国のために,そして今は大和人の日本国のために。これは,「一つの中国」を振りかざし,チベットや辺境自治区を抑圧するときの中国政府と同じ論法だ。いや,より正確には,中国の大国的「固有の領土」論の,小国的・内弁慶的矮小化版といってもよいだろう。

いまや,日本のゾンビ超国家主義が日本の「国益」を著しく害していることは,自明の事実だ。尖閣は,実効支配していたにもかかわらず,わざわざ「固有の領土」を言い立て,係争地たることを全世界に知らしめ,「国益」を回復不可能なほど損なってしまった。閣僚らの靖国参拝は,近隣諸国の激しい怒りを買うばかりか,世界中でドイツとの対比を再燃させ,日本を孤立に追い込みかねない愚行だ。こんなことを続けていると,中国だけでなく,世界中で日本ボイコット運動が起こりかねない。アメリカですら,先祖返り日本は見捨てるであろう。いま日本「国益」を危機に陥らせつつあるのは,安倍・石原流アナクロ矮小ナショナリズムだ。

130426d ■尖閣諸島(外務省HP)

5.台湾の実務外交に学ぶ
日本は,中国とのつきあい方を,台湾に学ぶべきだ。台湾は,すでに人間開発指数(HDI)の「高度人間開発達成国」であり,韓国とほぼ同等。フリーダムハウス「世界の自由2013年」では,日本や韓国と同じレベルの「自由国」。エコノミスト「民主化インデックス2012年」では,やや評価が低く,韓国(20位)と日本(23位)が「完全民主国」であるのに対し,台湾は世界35位で,「不完全民主国」。しかし,全体としてみれば,指数的には,台湾はすでに日本とほぼ同等の先進国と評価できるであろう。

その台湾にとって,対岸の中国は,日本とは比較にならないほど緊迫した具体的な「脅威」であろう。ロマンチックな「固有の領土」を唱えようものなら,たちまちミサイルが降り注ぎかねない。その緊迫した重圧の下で,とりあえずは「一中各表」により「実務的」に共存共栄を図っているのは,綱渡りとはいえ,高く評価すべきだ。

政治は,もともと愛国心のロマンを追うものではなく,現実的な「実利」のための「実務」だからである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2013/04/25 at 20:17

タメルの中国書店、尖閣特集号平積み特売

タメル繁華街のど真ん中に、数年前、中国書店が開店した。以前にも紹介したが、不思議な書店で、店員さんはネパール人だが、商売気はまるでない。かつての中国公営売店そっくりの雰囲気。

そのタメルの中国書店に、11月中旬に行ってみたら、釣魚島(魚釣島)問題を特集した『Beijing Review(北京週報)』が入口の棚に大量に平積みされていた。8月30日号だから、かなり前のものだが、特別扱いである。一冊購入した。

釣魚島特集を読んでみると、思いの外、記事は「冷静」であり論理的だ。中国以外の人々でも、この記事を読めば、中国の主張の方に理があると感じるかもしれない。それほど一見「客観的」に記述されている。

しかし、それはそれとして、この『北京週報』が外人観光客でごった返すタメルのど真ん中の書店に平積みされ販売されているのは、政治的に見て、なかなか興味深い事実である。タメル滞在外人は、日本人を除き、たいてい暇人である。暇をもてあましている。その外人が、日中領土紛争の表紙につられ、この週刊誌を買い、暇つぶしに読む可能性は大いにある。そして、読めば、その多くが、大日本帝国のおぞましい中国侵略を思い起こし、中国の釣魚島返還要求にも共感するであろう。

中国は超大国であり、情報戦略にも長けている。対照的に、 日本の国粋主義者らは昔も今も内弁慶であり、国外で日本への支持を広げる地道な努力をしようともしないし、できもしない。ただただ国内向けに勇ましいことを言いつのるのみ。自家中毒だ。そして、彼らが 内弁慶国粋主義に傾けば傾くほど、中国や韓国、あるいはロシアにも、世界の同情は向かう。

国内にむけ「固有の領土」を叫ぶ暇があったら、たとえばネパールの書店に商売抜きで英語版日本週刊誌でも並べる努力をしてみてはいかがであろうか。ただし、記事は少なくとも『北京週報』レベルの水準のものでなければ、逆効果であろうが。

121211a 121211b
 ■8月30日号表紙/特集内掲載地図(12頁)

中国書店

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/12/11 at 23:28

カテゴリー: 外交, 中国

Tagged with , , , ,

「民族州」支持4%,ヒマール世論調査

「民族州」の要求は,実際には、それほど強くない。ヒマールメディア「2012年世論調査」によれば,そうなる(Nepali Times, #604, May11)。

Q.「民族」により州区画すべきか?
  1.すべきでない。 72.7%
  2.すべきだ。    4.2%
  3.わからない。  10.1%
  4.無回答。    13.0%

また,IDE世論調査(2011年)によれば,「民族」帰属意識(アイデンティティ)も,実際には、それほど強くはない(Nepali Times, #588, Jan20)。

Q.あなたの帰属は何ですか?
  1.ネパール人。 71%
  2.ネパール人と自分の民族(エスニシティ等)。 18%
  3.自分の民族(エスニシティ等)。 5%

これらの世論調査がどの程度の客観性をもつかについては記事からだけでは分からないが,「民族」を政治目的で動員しなければ,「民族州」要求や「民族」帰属意識は,おそらくこのくらいとみてよいであろう。ジャナジャーティ(民族)利用のマオイストよりも,一般庶民の方がはるかに健全だ。

しかし,政治においては,穏健多数派よりも過激原理主義者の方が力を持つことが少なくない。とくに「民族」についてはそうである。尖閣,竹島,「北方領土」など,日本も例外ではない。ネパール「民族州」紛争をもって、他山の石とすべきであろう。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2012/05/14 at 11:55

カテゴリー: マオイスト, 政党, 民族

Tagged with ,

マオイストの憲法案(2)

1.人民民主主義憲法の宣言――前文
マオイスト憲法案は,「ネパール人民連邦共和国憲法2067(2011)」というタイトルの通り,人民民主主義を原理とし,社会主義の実現を目標とする。共産主義・毛沢東主義を党是とするマオイストの憲法案だから当然だが,イデオロギーの終焉社会に微睡む私たちは,ついこのあまりにも当然の大前提を忘れがちだ。自戒したい。

(1)民定憲法
前文は「われらネパールの主権者人民は」で始まる。主権者人民の定める民定憲法であり,現行暫定憲法と同じだが,表現はアメリカ憲法そっくりだ。

(2)ナショナリズム
前文の最初にくるのが,ナショナリズムの規定。「国家の独立,主権,地理的統合,国民的統一,自由,尊厳を維持し」と宣言している。万国の労働者の団結を目指すはずの共産主義なのに,ナショナリズム丸出しのショービニスム憲法案だ。

(3)人民戦争賛美
次に憲法案前文では,マオイスト人民戦争による封建王制打倒が賛美され,「人民連邦共和制」をその成果として確認している。暫定憲法では,「人民運動」の成果として確認されているのは「競争的多党制民主主義」である。この違いは大きい。原理的対立であり,妥協は困難である。

(4)社会主義
人民民主主義が憲法の原則となれば,当然,ネパールは「社会主義」による「無階級社会」の実現を目指すことになる。前文では,「半植民地的・半封建的体制」廃棄によりこれを実現していく,と宣言している。

現行暫定憲法前文には,むろん,こんな崇高な目標は宣言されていない。これも原理的対立であり,妥協の余地はない。

(5)労農階級の指導
社会主義となれば,当然,プロレタリア独裁となる。マオイスト憲法案には,「国家諸組織における労働者階級の指導的役割を保障する」と宣言されている。これも,暫定憲法の原則とは相容れない。

(6)連邦制
連邦制は現行暫定憲法でも宣言されているが,マオイスト憲法では,あらゆるカースト,民族,地域の「自治」と「自決権」を認める,と詳細かつ具体的に述べている。

その一方,「国家の地理的統合を維持し,国家の多カースト・多言語・多文化多地域的な多様性を制度化する」と欲張っている。カースト,民族,言語,宗教,文化,地域の自決と国家統一の両立がいかに難しいかは,インド・カシミール問題や中国チベット問題を見れば,一目瞭然だ。暫定憲法前文は,ここまで大胆な連邦制は述べていない。

(7)恐怖のプロ独憲法案
前文の結び部分になると,突然,「多党競争政治」が出てくる。さらに,市民的権利,経済的権利,定期的選挙,言論出版の自由が保障され,女性,ダリット,ムスリムらに対するあらゆる差別の廃絶が宣言されている。

あまりにも欲張り。何でもありだ。人民民主主義・社会主義と多党競争政治が両立しないことは明白だ。無階級社会になぜ政党が必要なのか? 

あるいは,基本的人権にしても,前文にはないが,本文にはおびただしい「但し書き」があり,実際には何一つ保障されていないに等しい。いやそればかりか,憲法案であるにもかかわらず,ご丁寧にも「スパイ罪」まで規定されている。

マオイストの19編274か条に及ぶ詳細な憲法案は,たいへん意欲的であるが,それだけにかえって恐ろしい,プロレタリア独裁憲法案なのである。

谷川昌幸(C)

Written by Tanigawa

2011/02/27 at 16:05

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。